鎌倉ハロウィンパーティー~祭場を跳ねる理想の夢~

作者:流水清風

 秋も深まりつつあるこの季節。
 世間では、ハロウィンの装飾で賑わっている。
 元来は特定の宗教における祭典なのだが、日本人は出典などをあまり気にせずお祭り騒ぎが出来るという稀有な国民性を有していた。楽しむことに貪欲と言い換えてもいい。
 けれど、そんなお祭り騒ぎに参加できず、羨望と少しの嫉妬に小さな胸を焦がす者もいる。
「ハロウィン……。お友達と仮装したり、お菓子を食べたり、楽しいんだろうなあ……」
 自室の窓から見えるコンビニの店頭を飾るコミカルなカボチャや魔女のディスプレイを羨ましそうに見る少女は、厳格な両親の教育方針によって、そうした催しに参加することを禁止されてしまっていた。
 外の世界にはあんなにも楽しそうなものが溢れているのに、自分はそこには混ざれない……。
 悲しみに暮れる少女は、自分のすぐ背後に突如出現した赤い頭巾を被った少女に気付いていなかった。
 そして、赤頭巾の少女が手にした鍵が、少女の心臓を貫く。
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか。その夢、かなえてあげましょう。世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 何故か怪我1つなく、けれど意識を失い崩れ落ちた少女の傍らには、全身がモザイクの少女のようなドリームイーターが現れていた。
 ドリームイーターは少女の理想を具現化したかのように、魔女の帽子とステッキを持ち、楽しそうにその場で飛び跳ねる。
 やがてハロウィンドリームイーターと赤頭巾の少女の姿は消え、部屋には意識を失った少女だけが残されたのだった。
 
 ヘリポートに集ったケルベロス達に、笹島・ねむは今起こっている事態について説明を始めた。
「藤咲・うるる(サニーガール・e00086)さんが調査してくれたんですけど、日本のあちこちでドリームイーターがこっそり活動してるみたいです」
 各地に出現するドリームイーターはハロウィンのお祭りに何らかの劣等感を持っている人々であり、ハロウィンパーティーの当日に行動を開始する。
「ハロウィンドリームイーターが出て来るのは、世界中でも一番盛り上がる鎌倉のパーティー会場です」
 そこで、ねむはケルベロス達にハロウィンパーティー開始の直前までにハロウィンドリームイーターを撃破して欲しいと告げた。
「ハロウィンドリームイーターは、パーティーの開始と同時に出てきます。だから、まるでパーティーが始まったみたいに楽しそうにすれば、誘い出せるはずですよ」
 どのように楽しむかはある程度工夫の余地があるだろう。重要なのは、実際のパーティー開始までにそれを行うことだ。
「楽しいハロウィンパーティーが台無しになったら悲しいです。みんなの楽しみを邪魔しようとするドリームイーターは、やっつけちゃいましょう」
 それに、とねむは付け加える。
「ドリームイーターの元になった女の子も、このままじゃかわいそうです。ドリームイーターをやっつけて意識が戻れば、観るだけでもハロウィンのお祭りの楽しさを感じられると思うんです」
 それが慰めになるのかは分からない。けれど、意識を失ったままでは何1つ楽しむことはできないのだから。


参加者
ジヴェルハイゼン・エルメロッテ(芽吹かぬプロセルピナ・e00004)
支倉・瑠楓(虹色シンフォニカ・e00123)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)
リズナイト・レイスレィ(銀色の風・e08735)
ギフト・ケーニッヒ(イレギュラーダモクレス・e12534)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)

■リプレイ

●宴の前に
 鎌倉市では、世界でも最大規模のハロウィンパーティーが催されようとしていた。
 あたかも街全体がパーティー会場であるかのように、そこかしこに飾り付けが施されている。
 もちろん飾り付けだけではなく、実際にパーティーを楽しむためのテーブルやイスも用意されており、そこでお菓子を始めとした飲食物を持ち込む事も出来るようになっている。
 そこに数人の男女が落ち合い、ハロウィンパーティーを開始した。
「見るだけでも楽しさが伝わってきますけど、やっぱりパーティーは参加して楽しみたいですね」
 ミミックの着ぐるみ姿でイスに座り、お菓子をくれないと齧ると宣言する多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)。テーブルの下には、彼女が使役する本物のミミックであるジョナが飾りの1つであるかのように待機していた。
「フランケンシュタインさんが、皆さまに御菓子の贈り物を届けに参りましたよ」
 お菓子一杯のバックを配るのは、有名な小説に登場する名前の無い怪物に扮したギフト・ケーニッヒ(イレギュラーダモクレス・e12534)だ。
「こっちは色んなチョコレートをたくさん用意しておいたから、好きなだけ食べてね」
 ケンタウロスの仮装をしたジヴェルハイゼン・エルメロッテ(芽吹かぬプロセルピナ・e00004)は、国内外様々なチョコレートをテーブル上に並べて見せる。一見すると男性に間違われる彼女だが、仮装のため余計に性別が分かりにくくなっていたりする。
「こんなンでイイか? 甘いモンは詳しくなくてな。……いや、仮装じゃねェよ! 一応一張羅だぜ!?」
 身綺麗なジャケットを着用した伏見・万(万獣の檻・e02075)は、各種駄菓子の袋詰めをその場の面々に配る。先の2人とは毛色の違った甘味であった。
 顔見知りであるジヴェルハイゼンに服装を指摘されて少しバツが悪そうにしているのは、普段着慣れていないためだろうか。
 これだけでも沢山のお菓子が山積みになっているのだが、パーティーを彩る食べ物はお菓子だけに留まらない。
「うふふ、やはりパーティーの醍醐味はご馳走ですよね!」
 そう言って大きなパンプキンパイと丸ごと南瓜のグラタンを持ち寄ったのは、リズナイト・レイスレィ(銀色の風・e08735)だ。ただ、その仮装はべっとりと血糊に塗れた白いドレスというもので、少々食欲を減退させてしまうものだけれど。
「まずはかんぱーい!」
 派手な装飾が地味な色合いで目立ちにくいゴシックロリータのワンピースに身を包んだ支倉・瑠楓(虹色シンフォニカ・e00123)の音頭で、その場の一同はグラスを合わせた。メンバーの大半はジュースやシャンメリーだが、万だけは自前のスキットルを用意していた。
「……パーティー……か」
 周囲に合わせてパーティーを楽しんでいるように装うアレクシア・レーヴェンハイム(月下凶刃・e07765)だが、これまでの孤独な人生経験には縁の無かった催しに少々の戸惑いが表れている。
 乾杯を契機にパーティーは徐々に盛り上がりを見せ、瑠楓はギターを取り出して演奏を始めた。おっとりとした性格ながら、演奏中は積極的な一面を見せる。そのため激しい動きによってワンピースの裾がめくり上がったりもしているが、女装に慣れていない彼はその点はあまり配慮できていなかったようだ。
 パーティーの盛り上がりが気になったのか、テーブルの下でジョナが身じろぎしていたり、瑠楓が使役するボクスドラゴンのフェリアが隠れている箱の中から顔を覗かせたりする一面もあった。
 至極真っ当にハロウィンパーティーを楽しんでいるかのような一同だが、もしその情景を見る者がいれば違和感を覚えるだろう。演技混じりであることを考慮しなくとも、パーティー会場の規模に対して参加人数が少な過ぎるからだ。
 実際には、鎌倉のハロウィンパーティーはまだ始まっていない。そして、この場に集っているのは全員がケルベロスである。
 わざわざ一般人を会場から排してケルベロスのみがパーティーに興じていると見せ掛けているのには、相応の理由があった。
「……!」
 逸早くそれに気付いたのは、包帯を全身に巻いてミイラの仮装をしていたホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)だった。
 面倒だからか周囲を警戒していたからか、問い掛けに応じる以外にはほぼ口を開かなかったホワイトの視線の先には、ハロウィンらしい魔女の帽子とステッキ姿の少女がいる。ただし、その全身はモザイクで構成されているのだが。
 パーティーの華やかさに引き寄せられたのは、ドリームイーターと呼ばれるデウスエクスの一種だ。
「……邪魔」
 即座に両手に惨殺ナイフを構えたホワイトは、包帯を引き裂くようにして仮装を解いた。他の面々も、戦闘の邪魔になる仮装は脱ぎ捨てている。
 ハロウィンパーティーを契機に現れた大量のドリームイーター。それらを撃退することが、このケルベロスだけのパーティーの目的であった。

●戦いの宴
「……!」
 無言のままにホワイトがドリームイーターを爆破する。その爆発が、戦いの開始を告げる合図となった。
 踊るような足取りで爆発を回避したドリームイーターのだが、そこへケルベロス達が立て続けに攻勢を掛ける。
「……残念だけど、退場して貰うの」
 手にした斬霊刀に空の霊力を帯びさせドリームイーターを斬り裂くアレクシアは、攻撃と同時に味方の位置取りを考慮し巧みに敵の逃げ場を塞いでいた。
「喰らい尽くします」
 ドリームイーターはアレクシアの斬撃に怯んだ様子も見せてはいないが、続くリズナイトの追撃に対応する余裕までは無かった。
「世界を蝕む暴虐を。終わり無き惨禍を」
 世界を喰らう邪龍の影が招来され、ドリームイーターをその顎で捉える。
 それでもなお、ドリームイーターはこれがパーティーのイベントの1つであるかのように、楽しげな足取りで戦場を跳ねるのだった。
 そして、邪龍の顎を模倣するかのように自らを構成するモザイクを巨大な口の形に変え、万を噛み砕こうと迫る。
 しかし、その攻撃はジヴェルハイゼンが庇い万へは届かなかった。
「頑張って。僕達は負けるわけにはいかないからね」
 瑠楓のマインドリングから浮遊する光の盾が具現化し、ジヴェルハイゼンの傷を癒し防護する。精悍な男性を少女が癒しているかのような光景だが、実際の性別は逆である。ケルベロスの誰1人、そんなことを気にする余裕などないが。
「ありがとう、瑠楓。それから万さん、戦いの技法を学ばせてもらうよ」
「教えるなんてガラじゃねェや、見て盗みな。自分で飲み込まねェと、身になんねェしよ」
 自身を庇ったジヴェルハイゼンの背後から駆け出し、万はドリームイーターへ炎を纏った激しい蹴りを放つ。
 ギリギリで万の蹴りを躱したドリームイーターだが、万の攻撃に絶妙なタイミングで重ね合わせたジヴェルハイゼンの魂を喰らう一撃までは避けられなかった。
 これでいくらかは怯むであろうかと思われたが、ドリームイーターの足取りの軽妙さは失われてはおらず、ギフトの超加速突撃を軽々と回避してのけた。
(「……厄介ですね、心のどこかで同情の念を抱いているのは事実ですが、手を抜いてなどいないのですよね」)
 このドリームイーターが発生した事情を鑑みると、一抹の同情を禁じ得ない。だからといってギフトは自身の攻撃が鈍っていたとも考えられなかった。やはり、それだけこの敵が強力だということだろう。
「ジョナはみんなを守ってあげてね。タタンはあいつをやっつけちゃいます!」
 仲間達を守るようジョナに頼み、タタンは高速で回転しながらドリームイーターに突撃を敢行した。
 ケルベロス達の攻撃をほぼ半分は避けていたドリームイーターだったが、タタンのこの突撃は全く避ける余地もなく被弾する。戦闘における立ち位置の妙と言うべきであろうか。
 この戦いは、ケルベロス達にとって決して敗北は許されない。デウスエクスの跳梁を看過できないだけでなく、1人の罪もない少女の命運が懸かっているからだ。
 だが、数の上で圧倒的に勝っていながらも勝機はまだ見えない。

●宴の終わり
 戦いは長引き、ケルベロス達には疲労の色が濃く浮かんでいた。
 確実に攻撃を命中させることができるのは、タタン1人。そのタタンの攻撃も、威力という点では最前線で攻め手を担う仲間達に比べて心許ない。
 結果として、ケルベロス達は数で勝っていながらもあと一歩押し切れてはいない。
「ジョナ、もうちょっとだけ耐えて! もう少しですから」
 仲間を庇ったジョナが限界であることは明らかだが、他のメンバーにも最早余裕はない。かくなる上は少しでも早く敵を討つしかないと、タタンは降魔の一撃を放つ。
 狙い通りにドリームイーターに命中したその攻撃だが、まだ止めには至らなかった。
「ドリームイーターって、弱ってるのかどうか分かり難いから困ったものだね」
 前衛の味方を癒しながら、瑠楓はぼやく。苦渋から生じた発言というよりは、平静を保つための呟きであった。主の気圧されまいとする心持を肯定するかのように、フェリアがブレスを放射し敵を押し退けようとする。
「往生際の悪ィやつだ、さすがはこのパーティーのメインディッシュだぜ。それなら食い尽してやらァ、掛って来やがれ!」
 ナイフの形状を傷を抉るものに変形させ、ドリームイーターに肉薄する万。防衛を担当する仲間達が限界であるため少しでも自分に敵の注意を引き付けようと、無意味とは知りつつも挑発の言葉を投げ付ける。
「気づかいは無用ですよ、万さん。僕はもう、あの時とは違いますから」
 一瞬の遅滞無く、万の攻撃にジヴェルハイゼンの電光石火の蹴りが重なる。
 ドリームイーターによって呼び起されたトラウマと襲われながら、それでもジヴェルハイゼンは気丈に戦い続けていた。皮肉にも、そのトラウマが無辜の少女を救うという意志を強固なものにしている。
「うふふ、やっぱりパーティーは楽しいものですね。こんなにも……」
 戦闘で流れた血に興奮したリズナイトは、紅潮した表情で戦闘の熱に浮かされていた。それでも何を楽しんでいるか口に出さないくらいの理性は働いており、戦闘にも支障はない。ナイフが刻んだ敵の身体から血が流れないことに、少しだけ落胆しているが。
 当初から今まで、どれだけケルベロス達の攻撃を受けても平然としているかのようなドリームイーターだが、果たしてそうなのだろうか。
 ギフトの右腕を包む炎をぶつけられ、未だ弾むような足取りは変わりない。それでも、ドリームイーターは倒せない敵などではないのだ。
「あーーー!!! 鬱陶しい!!!」
 これまでほぼ口を開かずにいたホワイトが、激昂し高らかに雄叫びを上げた。ドリームイーターの攻撃によって平静を失ったためか、トラウマに曝されたためかは本人にしか分からない。
 それでも、これまで攻撃の主軸に据えていたナイフから素手での攻撃に切り替えたのは、我を忘れたからではない。莫大なグラビティ・チェインを溜め込み体術で敵の内部へと打ち込んでいくその攻撃こそが、ホワイトの奥の手なのだ。
 このホワイトの苛烈な連撃は、明らかに致命傷であった。これで倒れなかったのは、ドリームイーターの執念だろうか。そんなものがあるとすれば、だが。
「……さよなら」
 ドリームイーターに執念というものがあり限界を越えた自身を支えていたにせよ、それはアレクシアによって断ち切られた。
 戦いは、ようやく決着を迎えたのだった。
 消え行くドリームイーターの表情は、モザイクで読み取れるはずもない。それでも、ケルベロス達には楽しい時間の終わりを寂しがる幼子のそれであるかのように思えてならなかった。
「次に会う時は、一緒にハロウィンを楽しみたいですね……」
 ギフトは別れの言葉と共に、小さなネコ型のストロベリーチョコを手渡した。
 そして、ドリームイーターが消え去った後には、ハロウィンを彩るジャックオーランタンや蝙蝠の飾り付けが残されていた。まるで、ドリームイーターが消え去ってなおハロウィンパーティーを楽しみたいという遺志を残したかのように……。

●宴の後に
 ドリームイーターが遺した飾りを、ケルベロス達は会場に施した。壊れてしまった建物には、ヒールを掛けて修復も済ませてある。
「さーて終わった終わった、っと。飲みにでもいくかァ」
 複数携帯していたスキットルをいつの間にか全て空にしている万。
「フェリアもよく頑張ったね。箱、狭かったよね。ごめんよ」
 フェリアの尻尾とハイタッチを交わし、ぎゅっと抱きしめて労う瑠楓。
「お腹が空いてしまいましたし、パーティーの続きをしましょうか」
 沢山のお菓子や料理に手を伸ばすリズナイト。
 戦いが無事に終わったことをケルベロス達は心から安堵し、日常へと回帰していた。もっとも、今夜はハロウィンパーティーという特別な日常の一幕だけれど。
「件の女の子は無事に意識が戻ったかな? 外を見ることも出来ないままハロウィンが過ぎたなんて寂しいものね」
 シャンメリーのグラスを傾けながら、ジヴェルハイゼンは彼方を見やる。
「でしたら、少女にこの楽しみを届けてあげに行きますか?」
 そうすれば無事の確認が出来るし、アフターフォローにもなるだろう。
 ギフトの提案に、タタンはそれはいいと同意した。
「ハッピーハロウィンのお裾分け、いいですねー!」
 そうと決まれば、行動は早い。賛同するメンバーはお菓子や飾りをプレゼントしようと詰め合わせ、少女の元へと出発した。
「……飛ぶ、かな?」
 あまり積極的に賛同してはいないが、少女の自室が2階以上であれば自分が飛んで届けようとアレクシアも同行する。
「……」
 そんな仲間達を無言で見送り、ホワイトは1人帰路に着く。依頼を達成した以上、もうするべき事は何もない、と。
 様々な過ごし方でハロウィンの夜は更けていく。
 楽しい一夜となる人もいれば、特に何事も無く過ごす人もいるだろう。
 少なくとも、ケルベロスによって救われた1人の少女にとっては、特別な一夜となるに違いない。
 クリスマスにサンタクロースからプレゼントが届けられるような、そんな喜びが得られるのだから。

作者:流水清風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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