●
「辛さの中に美味さあり!」
全身に羽毛の生えたビルシャナが、激辛担々麺に激辛麻婆豆腐、激辛カレーなどの料理を猛烈な勢いで食べていた。半数ほどの信者がそれを遠巻きに見つめ、残りの信者は厨房で激辛料理を作ったり、テーブルの上に並べている。
「もっと辛さを、火を吹く辛さを!」
ビルシャナは激辛料理に一味唐辛子やタバスコを振りかけると、皿を傾けて喉へと流しこむ。
「見るがよい!」
やおらビルシャナは立ち上がり、天井を仰いで口から孔雀の形をした火を吹いた。
「出た、火だ!」
「教祖さまが激辛料理で火を吹いた!」
信者たちが一斉に歓声を上げる。
天井までの高さはそれなりにある建物だが、引火しないようにビルシャナも炎の高さは加減していた。
「人間の一生は有限、すなわち食べられる食事の量も有限。ならば命ある限り激辛料理を食べようではないか! そして皆も激辛料理を食べて口から火を吹ける体になるのだ!」
ビルシャナの教えに従い、信者たちもテーブルに用意された激辛料理を食べ始める……。
●
「孔雀炎かな」
「孔雀炎でしょ」
「孔雀炎だよねこれ」
シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールからビルシャナの話を聞いていたケルベロスたちが、口々にそう言った。
「はい、孔雀炎です。流石はケルベロスの皆さん、手品のタネを早々に見破りましたね」
と、セリカが微笑む。
「六道衆・餓鬼道という『生きることは食す事、命ある限り思う侭に喰らうが正しい在り方』という教義を持つビルシャナの信者がビルシャナ化、独立して自分の信者を集める事件が起きています。このビルシャナは、元は口から火を吹くパフォーマンスを得意とする、激辛料理好きの大道芸人さんでした。信者たちも辛い物好きで、ビルシャナの教えに従えば激辛料理を食べて口から火を吹けると信じています」
火を吹く辛さ、と激辛料理の辛さの度合いを喩えることはあるが、本当に口から火が出るはずがない。
しかしビルシャナの言葉が持つ強い説得力と、孔雀炎を用いた大道芸か手品のようなものでも実際に火を吹くことで、このビルシャナは信者たちの心を掴んでいた。
「ビルシャナと信者たちは、郊外にある潰れたレストランを占拠しています。ビルシャナの攻撃方法は、まず孔雀炎、他にビルシャナ閃光と清めの光です。信者の数は10名、戦闘時にビルシャナの配下となります。配下となった信者たちはビルシャナを撃破すれば元に戻りますが、その生死は問いませんので、救出できたら良い程度に考えて下さい」
ビルシャナの間違いに気づけば、信者たちの目も覚めて配下となる数も減るはずだ。
となると、ビルシャナ以上に迫力のあるアピールをするか、信者たちの前でビルシャナの手品のタネを暴くか、激辛料理を食べ続けることの弊害を説くか、だろう。
「いずれは六道衆・餓鬼道と戦う日も来るでしょう。ですが、まずはこの事件の解決をお願いします」
セリカの依頼を受けたケルベロスたちは、早速作戦会議に入る。
参加者 | |
---|---|
ティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611) |
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659) |
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155) |
若道・咲百合(雑食性腐ァルキュリア・e24325) |
浜咲・アルメリア(捧花・e27886) |
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710) |
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364) |
エミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677) |
●
不法占拠している潰れたレストランで、ビルシャナはテーブルの上に並べられた数々の激辛料理を貪り食っていた。
「見るがよい!」
激辛ニラそばをすすっていたビルシャナは立ち上がり、天井を仰いで口から孔雀の形をした炎を吹く。
「出た、火だ!」
「教祖さまが激辛料理で火を吹いた!」
信者たちが歓声を上げたその時、レストランの扉が勢いよく開いた。
「生涯の食事の回数には限りがある。なら追求するべきは量でも火が吹けることでもなく、辛さの質でしょう。鳥野郎に惑わされちゃだめよ」
声の主はエミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677)である。彼女を先頭に、仲間たちもレストランの中へ入ってくる。
エミリは激辛料理の並ぶテーブルへ近づくと、激辛麻婆茄子をレンゲですくって食べる。
激辛料理は苦手な彼女だが、ペインキラーを用いることで辛さを抑えていた。
「ハフハフっ、んぐぅ、ぷはぁ……美味しい。でもね、辛いものと辛いものの間に野菜や果物を挟むべきよ! 辛いものを続けて食べたら舌はそれに慣れるもの!」
と、エミリは懐から出したリンゴを掲げて見せた。それは攻性植物で実らせた黄金の果実でもある。
「いきなり何なんだ? 激辛料理好きの女子たちか?」
「つまり激辛ガールか?」
信者たちは戸惑いつつ、遠巻きにケルベロスたちを見つめる。
厨房で激辛料理を調理中の信者たちも手を止め、事の成り行きを見守っていた。
「激辛ガール? ううん、違うよ、あたしは甘いものが好きよ」
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)は持参してきた甘いアイスクリームやケーキ、フルーツにチョコレートソース山盛りのパフェを、空いているテーブルに並べた。
「まだアルは辛いモノが苦手なの、大人の味なのね、って思うわ。でもでも、甘い物好きでも火は吹けるわ!」
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)はアルメリアが並べたケーキを一口、ぱくり。そして天井を仰ぎ、火を吹いて見せた。ドラゴンブレスを用いた火だが、天井を焦がさぬよう火力は控えめだ。
「少女が火を吹いた!」
「甘味で火を吹く、だと……?」
「このように、甘味を食べても火は吹けます。辛いものは、苦手な人は本当に苦手なので、それが全てではないと思います!」
戸惑う信者たちへと、春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)がビルシャナの教えを真っ向から否定した。
「貴様らは私の信者たちをたぶらかしに来たのか。皆、激辛料理を食べて火を吹きたい者たちだというのに、何故に邪魔をする! タバスコを口から注がれたくなければ疾く立ち去れい!」
ビルシャナがタバスコの瓶を掴み、ケルベロスたちに向けた。
「違います、目を覚ますために来たのです。辛さって痛み、つまり体の警告なのですよね。辛いのばっかり食べていたら体が壊れちゃうのです」
激辛は苦手なティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611)はハンカチで鼻や口を覆っていた。レストラン内は激辛料理の匂いで刺激的、空気までほんのり赤く染まっているような気すらしてくる。
「辛いものって味が濃いし、あとお酒も進むわね。お酒の飲み過ぎ、料理の食べ過ぎで、健康診断では高血圧! 高コレステロール! 高血糖! の三冠王。他にも色々あるけれど、下手したら健康診断バッドステータスのMVPね」
「つまり辛いものばかり食べていたら、死ぬ! 心臓に負担がかかったり頭がおかしくなって、死ぬ! 水を飲まないと水分補給できずに死ぬし、世界中の人が辛いものを食べていたら辛いものの供給が追い付かなくなってたぶん死ぬ!」
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)と湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)からストレートに激辛料理を過剰に食べることの弊害を説かれ、何人かの信者たちの顔が青ざめた。
「その……恥を忍んで言いますわ。ずばり辛い物は、痔の原因になりやすいのです! 毎日食べ続けることで、自身のお尻にダメージを与えているのですよ! 教祖と名乗るあの鳥や、わたくしたちケルベロスならともかく、皆さんのお尻ではドーナツクッションが手放せない事必至です!」
やや頬を赤らめた若道・咲百合(雑食性腐ァルキュリア・e24325)が指摘すると、身に覚えのある信者は両手で自身の尻をさすってしまう。
●
「激辛料理で痔になる? あげく死ぬ? 私の教えに従えば、そのような苦しみとは無縁の体となろう! しかも火が吹ける!」
ビルシャナは手にしたタバスコを一気に飲み干して、再び火を吹く。
「また火を吹いた!」
「さすが教祖さまだ!」
言葉に強い説得力を持つのがビルシャナ固有の能力、それと火を吹くパフォーマンス。再び信者たちの心が掌握されていく。
「そもそも辛いものを食べるイコール火を吹ける、という固定観念がダメのダメダメです。彼女たちを見てください」
美緒から振られたアルメリアと春撫は、ケーキとパフェを、ぱくり。
「甘い……これぞ至福、これぞ天上の味ね」
「はぁー、幸せですー! これが甘味の力なのです! さぁ、みなさんも甘いものを食べましょう!」
アルメリアは背中の翼からオラトリオヴェールを用いたオーロラのような光を放ち、春撫は翼飛行で宙に浮かび上がって見せる。
「な、なんて神々しい輝きなんだ!」
「こっちは宙に浮かんだ! 凄い!」
フェスティバルオーラも使っているので、信者たちの興奮も一段と高まっている。
「はいはーい! マシュマロを焼きたい人は今がチャンスよ!」
再びアルナーが吐いた炎へと、ティセが棒の先に刺したマシュマロを近づけた。遠火で炙り、少し溶けてからビスケットにサンド、そして齧る。
「うん、おいしーよー!」
その叫びは立体的な文字となり、ビルシャナへと飛んでいく。これらの光景にマジックショーでも見ている気分になったか、信者たちは息を呑んで圧倒されている。
「つまらん手品を見せおって……」
ビルシャナは受け止めた立体的な文字を床に叩きつけた。
「激辛料理でこんな真似ができる? この鳥人間と同じ体になれば話は別だろうけど、そうでなければ体を壊して即入院。入院費や生活費で火の車、働けなくてもお金はバンバン飛んでいく。羽が生えているみたい、不思議! そんなところかしら。信者をやめるなら、リティ先生が解決策を優しく教えてあげるわ」
「どうせなら人間のままで辛いもの、甘いもの、美味しい料理を食べませんか?」
リティはどこからか取り出した眼鏡をかけ、咲百合が信者たちを優しく諭す。これまでに説かれた激辛料理ばかりを食べることへの弊害を思い、何人かの信者は俯き黙っていた。
「……もう限界だ。皆の者、こやつらをぶちのめせ!」
怒れるビルシャナは指示を下すが、俯いていた信者たちは顔を上げて、こう叫んだ。
「すみません教祖さま、火を吹けなくてもいいです、健康を大事にしつつ辛党でいたいです!」
「激辛料理だけでなく甘味も食べたい!」
6人の信者がビルシャナの元から走り去る。逃げる彼らのためにレストランのドアを開けていたエミリは、残る顔ぶれを見回して嘆息する。
「残りは鳥野郎と同じ体になりたいようね」
敵はビルシャナ1体に、配下の信者4体。厨房にいた信者たちは肉切り包丁や出刃包丁を手に掴み、残りは椅子を武器代わりに掴んだ。
「小娘どもを打ちのめし、縛りつけ、口からタバスコやハバネロソースや一味唐辛子を注ぎこめ!」
ビルシャナの号令の下、配下が雄叫びを上げて突進してくる。
途端にレストラン内は敵味方入り乱れた戦場となる。
●
配下は仲間たちに任せ、クラッシャー組はビルシャナに突撃する。
「あなた、汗くさいです!」
「激辛料理の食べ過ぎねっ」
ティセの叫びは物理的な文字となって飛んでいき、ビルシャナの頭にごちーんとぶつかる。直後に美緒の轟龍砲がビルシャナの胴に命中した。
「甘味で火を吹いたのも、宙に浮かんだのも、どうせ貴様らケルベロスの能力を用いたトリックだろう! くだらん小細工だ!」
攻撃に耐えつつ態勢を整えるビルシャナが叫ぶが、彼の指摘はブーメランとなって自身に跳ね返ってくることだ。
「そっちこそ火を吹いたのは孔雀炎を使った手品じゃん。インチキじゃん。つまないの」
「手品のタネはバレバレだよ!」
時折出る毒舌で言い返したアルメリアは、オウガメタルを嵌めた拳で配下を殴り、昏倒させる。
春撫もまた配下が振り回す肉切り包丁を避け、その胴に拳をめり込ませて悶絶させた。
「私と同じくビルシャナ化すれば火も吹けよう! 嘘は言っておらん!」
乱戦の中でビルシャナが口を大きく開いた。孔雀炎を使う気か。
「おどうぐばこ、皆を守るわよ!」
「敵戦力確認……データーベース照合……火器管制システム、アップデート完了。最新パッチ、配信します」
アルナーはサーヴァントを盾役に走らせ、自身は禁縄禁縛呪でビルシャナの攻撃を妨害する。リティはまずは小型ドローンの群れを飛ばし、仲間たちのサポートに回った。
「激辛料理の間に口をサッパリさせる事で、より辛さを感じる事ができる。さらにそれが素晴らしい美味しさなら……これこのとおり」
エミリは手にしたリンゴを信者の口へ突っ込んだ。それは攻性植物で実らせた黄金の果実、その味は辛みに舌を焼かれた配下を魅惑して――。
「み、瑞々しい甘さと薫りだ……」
感動に動きの止まった敵の背後に回り、彼女はその首に腕を絡ませて締め落とす。配下は夢見心地で意識を失った。
「お尻にこれと同等のダメージがあるとわかれば目を醒ましてくれると思うのですが……いえ、醒ましてもらわなくては。抵抗感はありますが、これを見てください」
咲百合が残った配下の顔面へと突きつけたのは、彼女が愛好するBLやYAOIジャンルの本である。
「おおおお男同士で、なんてことを!」
見せられたページの内容に驚いた配下は、顔が真っ赤になってしまう。
「や、やっぱり刺激が強すぎました? ごめんなさい!」
謝りながらも彼女は手刀の一撃で配下を気絶させた。
残るはビルシャナ1体のみ。
「よくも私の信者たちを! もはや激辛調味料漬けにするだけでは済まさぬ、貴様らまとめて激辛料理の具にしてくれる!」
大きく開かれたビルシャナの嘴の奥から、本気の孔雀炎が迸った。
●
パフォーマンスではない、ビルシャナの本気の炎。火力も桁違いだ。
「負けてられないかなっ」
「その炎でマシュマロは焼けないわ、辛くなっちゃうものっ」
炎には炎、春撫とアルナーが火力で対抗する。周囲の温度が急激に上がり、ケルベロスたちの肌にも珠の汗が浮かぶ。
「田中、ディフェンダーに付きなさいっ」
「すあまは回復よっ」
エミリとアルメリアはサーヴァントに指示を出しつつ、連携してビルシャナへと更なるダメージを与える。
「辛さこそ私の活力!」
負傷の重なったビルシャナは数歩後退するも、顔には不敵な笑み。そして右手にタバスコ、左手にハバネロソースの瓶を掴むと、口腔へと流し込んだ。
「この世よ、激辛なれ!」
ビルシャナの全身の羽毛が剣山のようにそそり立つ。そして赤みを帯びた光を放ち、全身の傷が癒えていく。
「清めの光? 回復はさせないっ」
リティが殺神ウィルスをビルシャナの体内へと送り込む。
直後にビルシャナが口から吐き出したのは、激辛調味料の混ざった真っ赤な鮮血だ。
「わたくしの生きる気力、この世の至宝……MOEに至る被創造物たちよ! わたくしたちに力を!」
MOEの力は世界を救う。咲百合がこれまでに読破してきたMOEな本から得た興奮を回復力に変換してばらまく精神汚染じみた技だが、その高揚感は味方を鼓舞する。
「一気に行くよー!」
「これが、お父さん直伝のピック投げです!」
大きく踏み込んだティセの絶空斬がビルシャナの胴を斬り裂き、美緒のピックが指から弾丸のように弾かれた。フリーズピックガン。氷のグラビティを乗せられたそれはビルシャナの額に突き立ち、全身を凍りつかせていく。
「さ、寒い、体が凍えていく……激辛料理を、私に激辛料理をくれ……五臓六腑を焼くほどの辛さをくれ……」
ビルシャナがテーブルに置かれていた激辛トムヤムクンに手を伸ばす。しかし氷結した腕が肘から折れ、やがて全身も粉々に砕け散った。
勝負を制したケルベロスたちは、疲れを癒やすためにも帰りに甘味を食べに行きたい気分だった。
そして、こう思う。
辛党でも甘党でも、好きなものを食べればいい。ただし、体と舌を味わって。
作者:砂浦俊一 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|