私じゃない誰か

作者:質種剰


 月白・鈴菜(月見草・e37082)は、珍しく金の瞳を目一杯見開いて、眼前に広がる光景を眺めていた。
「……そう。噂には聞いていたけれど、これが……」
 いつも眠そうな鈴菜を真顔にしてしまう程の驚きを与えた巨大モザイクは、ひと気の感じられない廃墟全体を覆い尽くしている。
「……ここまで来たんだもの。行くしか無いわね……」
 もうぼんやりした表情に戻って、巨大モザイクへと足を進める鈴菜。
 モザイクの中は、名状しがたい景色が展開していた。
 天井は足元を這い、代わりに床が天に貼り、柱は地と並行に聳えて。
 壁も窓も扉も区別のつかぬ具合に溶け合い、家具はまるで水中にいるかのようにふわふわ浮かんでいた。
 否、息が出来て視界もクリアではあるが、ここは確かに水中かもしれない——鈴菜は思う。
 全身に粘っこく纏わりつく、液体の感触に気づいたからだ。
「このワイルドスペースを見つけるとは……あんた、この姿に因縁のある奴かい?」
 ふと、鈴菜の前方から、蓮っ葉な物言いの少女がスタスタ歩いてきた。
 銀のツーテール、赤い首輪、黒い編み上げビスチェに揃いの紐パンとガーターベルト……。
 扇情的な格好の少女には、濡れ濡れと光る赤い尻尾と角、翼が生えている。
「けれど、今、ワイルドスペースの秘密を知られる訳にはいかないんだよ。あんたは、ワイルドハントであるあたしの手で殺してやるよ!」
 ワイルドハントは嗜虐的な笑みを浮かべて、鈴菜へ襲いかかった。


「どうやら、ワイルドハントについて調査なさっていた月白殿が、ドリームイーターの襲撃を受けたようであります」
 小檻・かけら(清霜ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
 そのドリームイーターは自らをワイルドハントと名乗っていて、鈴菜が向かった建物をモザイクで覆い尽くし、内部で何らかの作戦を遂行中らしい。
「このままだと、月白殿のお命が危ないであります。すぐ助けに向かって、ワイルドハントの撃破をお願い致します……」
 かけらが真剣な声で懇願する。
「皆さんがワイルドハントと戦うのは、件のモザイクの中……特殊な空間ではありますが、戦闘には何ら支障ありませんので、その点はご安心くださいませね」
 ワイルドハントは、長い美脚による蹴り技を駆使して攻撃してくる。
 ロングブーツによる頑健性に優れた蹴りは、近距離の敵単体へ凄まじい破壊力の一撃を叩き込む。
 また、手から繰り出す光球は、気咬弾やマインドスラッシャーによく似たグラビティらしい。
 ポジションはどうやらクラッシャーのようだ。
「重ねてお願い申し上げます。どうか無事に月白殿をお助けして、ワイルドハントを撃破なさってくださいましね」
 かけらは説明を締め括って、深く頭を下げたのだった。


参加者
板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
月影・舞華(泡沫なる花・e30526)
鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)
月白・鈴菜(月見草・e37082)

■リプレイ


 廃墟を丸ごと吞みこんだワイルドスペース。
「全くもって目障りだよあんた! さっさと消えちまいなっ!」
 蠱惑的な下着姿のワイルドハントが、吊りブーツを履いた足を勢いよく振り上げ、蹴りを放ってきた。
 ——ゴスッ!!
「……私がワイルドスペースを見付けたというのは逆じゃないかしら……?」
 月白・鈴菜(月見草・e37082)は、側頭部から血が流れるのも構わずに、無表情のまま言葉を発する。
 何を考えているのか解らない、ミステリアスな佇まいの少女だ。
 大人しく素直な性格もあって積極的に場の雰囲気を乱したりしない為になかなか表面化しないが、実は倫理観が薄く色々とズレている。
 そのせいか、自分にしろ他者にしろ情や倫理は後回しに、合理性や欲望の充足を優先する思考回路の鈴菜。
「……ワイルドハントがその姿をしているせいで、寧ろ私が引き寄せられたように思えるのだけど……?」
 客観的に物事を見た上で疑問を覚えつつ、流星の尾を引く重い飛び蹴りを放った。
「……蒼眞が言ってた……格上の相手とやるなら、まずスナイパーが相手の足を止めて他の方が攻撃を当てるチャンスを作れって……」
 スターゲイザーそのものは何とか空振りしなかったが、
「きゃっ」
 鈴菜は上手く着地できず尻餅をついて、
「……私の姿であんなに綺麗に動けるのなら、私にも出来そうな気がしたのだけど……」
 やはり首を傾げた。
 同じ頃。ケルベロス達は廃墟を覆うモザイクの塊を見つけて、中へ踏み込んだ。
「思い通りにはさせんぞ、夢喰!」
 すぐに笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)が鈴菜の前へと走り込み、その大きな身体で彼女を庇った。
 悠々たる雰囲気の巨体が特徴的な、白熊のウェアライダー。
「この護りの盾、易々と打ち砕けるとは思わんことだ!」
 見た目に違わず頑健な肉体を活かし、人々の盾として今日も戦う鎧装騎兵ながら、その顔立ちにはどこか愛嬌がある。
 また、ふわふわの毛皮が密かな自慢で、汚れが目立つ為に日頃からしっかりとお手入れしているそうな。
「些少ではあるが、援護させてもらうとしよう」
 鐐は仁王立ちを続けたまま、吼えるかの如き猛々しさで勇気の賛歌を声に乗せる。
 それは前衛陣へ今一歩深い踏み込みを促し、狙いの間を一息長く感じさせた。
 ほんの少しではあるものの、勝利に繋がる絶対的な差となり得る事を願って。
 ボクスドラゴンの明燦も属性インストールを試みて、鈴菜の怪我の治療に努めた。
「無事でしたか? 無事ならそのまま押し切りましょう」
 マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)も、ミミックの田吾作と一緒に鈴菜より前へ躍り出て、いつでも代わりに攻撃を受けるべく身構えた。
 背中まで届く美しい銀髪とその上に被った白いキャスケット、黒い手袋がクールな雰囲気を漂わせるレプリカントの女性。
 元はダモクレスの尖兵で——時折適当になる事もあるが——普段は何事も表情を変えずに淡々と処理する冷静沈着さと、ケルベロスコートの上からでも判るスタイルの良さが持ち味。
 ちなみに田吾作は木箱の風貌をしていて、踏み台にしたり腰掛けにしたりとマリオンからいつも雑に扱われている。
「見た限り暴走した姿というよりも、その姿を模した別人、といった感じでしょうか」
 とはいえ、目の前の敵を倒さずして、ゆったりと田吾作へ腰掛ける訳にはいかない。
「なら遠慮の必要も無いでしょう。猿真似はしょせん猿真似でしかありません」
 マリオンは半透明の『御業』をワイルドハントへけしかけて、その細い腰を鷲掴みにさせた、
 田吾作も主の意思に忠実にワイルドハントへ接近、ガブリと太ももに噛みついていた。
 一方。
「此方の相手もして戴きましょうか」
 鈴菜とワイルドハントを視界に入れるなり、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)がスナイパーライフルの引き鉄を引く。
 長大な砲身から凍結光線が迸って、ワイルドハントの腹部を損傷させると共に、その体温を奪った。
「鈴菜さんの回復が済むまでは……」
 ワイルドハントに彼女を攻撃させないよう立ち回ろうとヴォルフは考えているのだが。
 怒りを煽り立てる訳でもなし、ディフェンダーとして鈴菜を庇う用意もない。
 ジャマーとして凍傷の度合いを強める自体は全体の作戦に沿っているものの、どうやってワイルドハントの気を逸らそうとしたのか理解に苦しむところだ。
 せめて初手がフロストレーザーでなく、行動を失敗させる可能性のある稲妻突きであったなら、彼の言行も一致したと思われる。
「廃墟にあんな格好の乙女が……、これは事件の予感ですね」
 と、至極もっともな見解を洩らしながら走ってきたのは、板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)。
 普段は人型故に緑のストレートヘアが可愛らしい、白い狼のウェアライダー。
 『てきとー』が口癖で『雑に叩きつける』のが得意というシンプル思考、誰が言ったか頼りにならない小さなおねーさんである。
 動物を色々世話していて、動物と遊ぶのが好きだが、食べるのも好き。
 そんな割り切った性格がえにかの魅力なのだろう。
「その姿には因縁はないけど、乙女のピンチには駆けつけるのがケルベロスって奴でサー!」
 元気溌剌としたえにかは、三下っぽい口調で鈴菜と合流する。
 魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術を彼女へ施して、体力を大幅に回復させた。
「なんだ、これは?」
 月影・舞華(泡沫なる花・e30526)は、ワイルドスペース独特の異様な光景を前に、ぐるぐると目を回しそうに混乱。
「……と、こんなことしている場合ではないんだぞ! 月白!?」
 謎の液体を掬おうと手を泳がせるも、すぐ我に返って鈴菜を探していた。
 そんな舞華は、青みを帯びたて艶やかに照り映える銀糸の髪と、夜の海の如く深い色味の瞳を持つドラゴニアンの女性。
 透き通るような白磁の肌の上に纏った、百花繚乱の和装がよく似合っている。
 シャーマンズゴーストのスイレン含めて、とにかく全てが謎めいた雰囲気の螺旋忍者である。
「……ここよ」
 鐐やマリオン達に守られてようやくひと息ついている鈴菜を見つけて、舞華も安堵の息。
「おお、無事か? ……ん? あれ、誰だ?」
 彼女とワイルドハントを交互に見やってから、
「とりあえず、これでも喰らっておけ! なんだぞ」
 ちゃんとワイルドハントの方へ最大級の螺旋の環を足下から噴き出させ、奴のグラビティを喰らう事で一時的に動きを封じた。
 スイレンはスイレンで己の爪を非物質化、ワイルドハントの霊魂目掛けて攻撃している。
「衣も、宜しくお願いするぞ」
「ああ、全力を尽くそう……こちらこそ宜しく頼む」
 草臥・衣(神棚・en0234)は舞華へ頷いて、縛霊手の祭壇から霊力帯びし紙兵を大量散布、前衛陣の異常耐性を高めた。
 御衣櫃もエクトプラズムで作った武器でワイルドハントを斬りつけている。
「何故ケルベロスの暴走した姿を模しているのか理由は分かりませんが、解明は他に任せましょう」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)は、そうさっぱりと断言して櫻鬼の刃を構えた。
 長い漆黒の髪と冴えた光を賛える切れ長の碧眼が冷たい空気を織り成す、シャドウエルフの男性。
 自我や記憶を欠落しても尚、唯一つ残った欲求の赴くままに日々技量を高めて刃を磨くのは、師の言葉が胸にあるからだろう。
 只管至高を目指して——善悪や使命の為でなく己の為にのみ——刃を振るう刀剣士である。
「私にはただ刃を磨くための敵がいれば良いのです」
 故に、織櫻の太刀筋は清々しいほど迷いがなく、深々とワイルドハントの胸を貫く。
「あなたが刃を磨くに相応しい敵であればなお良いのですが」
 雷の霊力帯びし刀身による神速の刺突は、ワイルドハントの体力を削るのみならず、その堅い守りをも突き崩した。
 他方。
「ワイルドスペース……何度見ても不思議な場所だな……」
 そうしみじみと呟く鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)は、歪に融け合った調度品の天辺、逆立ちする椅子の脚の上に立っていた。何とかと煙は高い処へ登りたがるを地で行く性質なのだとか。
 褐色の肌と豊満な肢体が魅力的な、ゴーグルがトレードマークのオラトリオの女性。
 無表情かつ寡黙が故に何を考えているのか判りにくいところがあるも、その実、当人ですら何を考えているか解っていないかもしれない、おっとりした性格をしている。
 常に腹ぺこで最強の燃費の悪さを誇る一方、戦闘狂の気があり、戦いとなれば生き生きするそうな。
「空は良い……空は……」
 今も、無意識のうちに口癖を言っては、ひょいと椅子から飛び降りる小鳥。
 同時に、フェアリーブーツの履いた足先を突き出して、ワイルドハントの側頭部へ星型のオーラを蹴りつけた。
 その傍らで。
「……まあ、どうせ別人だし……」
 鈴菜の無事を確認した蒼眞は、攻撃の合間にもワイルドハントへおっぱいダイブを敢行している。
 流石に緊急事態の為、ヘリオン降下時は小檻におっぱいダイブこそしたものの、蹴られるより早く自ら飛び降りるぐらい急いでいた彼だ。
 だが、そんな蒼眞の心配も鈴菜には伝わらず——仔細を知れば尚更伝わらなかっただろうが——ワイルドハントの乳を揉む彼に鈴菜は、
 ゲシッ!
 無言で蹴りを食らわせたのだった。


「しぶとい奴らだね、あたしはしつこい奴もしぶとい奴も嫌いだよ!」
 鈴菜の暴走時の姿と瓜二つなワイルドハントは、いかにケルベロス達の集中攻撃を受けようとも、反撃の手を休めない。
「喰らえっ!」
 光の戦輪にも似たグラビティが宙を滑って、後衛陣の防御を次々と突き破っていく。
「田吾作、その調子です」
 その度にマリオンや田吾作、明燦が鈴菜の代わりにダメージを受けていた。
「……ねぇ……」
 鈴菜も果敢に前へ出て、『ドラゴンの幻影』をワイルドハントにぶち当てる反面、
「……あの姿の相手に貴方が傷付けられるのも、あの姿に貴方が遠慮しているのも、どちらもなぜかは分からないけど酷く嫌な気持ちになるから、早くやって……」
 と、ワイルドハントの顔以外を狙って斬りつけている蒼眞に対して、物憂げな声で命令していた。
「……あの姿は、頭では分かってはいても流石に戦い難くてな」
「戦い難くてもおっぱいは揉むのね……」
 鈴菜の表情は固いままだ。
「悪いが、早々に終わらせるとしよう」
 ヴォルフはUnterweltを構えて超高速の突きを放つ。
 稲妻を帯びた一撃がワイルドハントの肩を抉って、その神経回路をも痺れさせた。
「つくづく謎な空間だ……。どこかに繋がっているのか、集積か中継か」
 デカい図体に似合わず機敏な動きで高々と飛び上がるのは鐐。
「——問うても答えはせんだろうが」
 足先に纏いし虹で色鮮やかなな直線を描きながら急降下、ワイルドハントの肩へ鋭い蹴りをぶち込んだ。
 明燦は封印箱に収まって突進を仕掛け、ワイルドハントへ体当たりを見舞った。
「ワイルドスペースの秘密ってなんでしょ?」
 すっかりモザイクに侵食された廃墟だった物達を眺めて、懐から薬剤を取り出すのはえにか。
「いろいろ気になるのです。ここで暴走したらどうなるのかしらね?」
 ばしゃぁっ! とまるで打ち水のように景気良く薬液の雨を振り撒いて、後衛陣の傷を癒した。
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 降り頻る雨すらも悉く断つという、俊速の斬撃を繰り出すのは織櫻。
 瑠璃丸の刀身が閃く度にワイルドハントの四肢を斬り裂き、その動きを鈍らせた。
「空に生き、空で育ったわしにかなうはずもあるまい!」
 小鳥は威勢良く啖呵を切って、螺旋手裏剣を投げつける。
 螺旋力を宿した手裏剣が渦巻きを描き、まるで吸い込まれるようにワイルドハントの胸へ突き刺さった。
「Call、八角の牢獄」
 マリオンは、グラビティを介して生み出した正八角柱の結界にワイルドハントを閉じ込めるや、内部に深海が如き高圧力を発生させて奴の全身を押し潰す。
 結界内で生じた重圧は余りに大きく、ワイルドハントの両手に拭えぬ苦痛を残した。
 偽の財宝をばら撒いて、ワイルドハントを惑わすべく奮闘中なのは田吾作だ。
「お前は、このワイルドスペースがなんなのか知っているのか? ドリームイーターのワイルドハントはこれを使い何かをしているらしいんだ」
 と、螺旋手裏剣を投擲する合間に、スイレンの方を見やるのは舞華。
「もしも、ワイルドスペースがお前の故郷なら……悪だくみに使わせないんだぞ!!」
 スイレンが返事してくれる筈もなかったが、手裏剣は螺旋の軌跡を描いて飛んでいき、その螺旋力を帯びた刃先でワイルドハントの下腹部をショーツごとズタズタに引き裂いた。
 もっとも、
「スイレン、回復は自身だけにしておくんだぞ! あとは攻撃と防御に徹するんだ」
 例え声を介した会話が不可能でもそこは以心伝心、舞華の要請をスイレンはちゃんと理解して、自分の為に祈りを捧げた。


 戦いは続いた。
「宜しく頼みますよ」
 いかな長期戦になろうとも疲弊の色を出さずに、ブラックスライムをけしかけるのはヴォルフ。
 捕食モードに変じた黒い塊は大口を開けてワイルドハントを丸呑み、少なくないダメージを与えた。
「前のめりの編成だと思ったけど、何とか持ち堪えているな。真っ向勝負上等だ」
 鐐は惨殺ナイフの刃をジグザグに変形させ、ワイルドハントの背後へ回って斬りかかる。
 ズブッ!
 そのまま奴の背中を容易に回復しない深さまで抉り抜いた。
 明燦も鐐に合わせてボクスブレスを吐き、ワイルドハントの凍傷を悪化させている。
「まだまだ私も継戦可能です。このまま力押ししましょう」
 淡々とした物言いで頷き、己が掌へ螺旋を籠めるのは織櫻。
 すぐにワイルドハントの胸元へ音もなく触れたかと思うと、体内へ螺旋の力を伝えて内側から組織を破壊した。
「ワイルドスペース……まーいっか」
 えにかは一旦思索を中断して、誘惑の花に纏わる童話調のやり取りを思い浮かべ、気力を回復させる。
「それにしても秘密がばれそうになって慌てるとか、いい女はもっとどっしり構えてるもんです」
 自身も宣言通りにすっかり落ち着き払い、リラックスした気分で自然治癒力を高めていた。
「これが、オラトリオの秘術と螺旋の奥義の合わせ技……」
 胸元から取り出した黒い折り紙の鳥を、まるで仮初の命を与えたかのように舞わせるのは小鳥。
 螺旋の回廊を潜り抜けた鳥は、剣の如き嘴をワイルドハントの喉元へ突き刺した。
「田吾作、休んでる暇はありませんよ」
 マリオンは、足元の田吾作を爪先で軽く小突いてから、半透明の『御業』を自分の身体に宿す。
 『御業』の放った炎弾が間をおかずにワイルドハントの全身へ回り、広範囲の火傷を残した。
 具現化させた武器を構えて、ワイルドハントへ思い切り叩きつけるのは田吾作だ。
「ワタシも氷責めに協力するんだぞ」
 直前に攻性捕食を挟んだ後、両の掌を突き出すのは舞華。
 勢いよく放った氷結の螺旋が見事ワイルドハントの腹へ命中、その細い肢体をビキビキと凍らせた。
 その傍ら、スイレンは召喚した『原始の炎』をワイルドハントへぶち当てている。
(「……もし今暴走して私があの姿になれば、あの姿こそが私になるのだから、ワイルドハントにも何か影響があるのかしら……?」)
 鈴菜は、純粋に疑問を覚えた様子で、じっとワイルドハントを見つめる。
「……っ、絶対に負けられない……秘密を知られるわけに——ゲホッ」
 もはや全身が血泡塗れになり、ビスチェもショーツもボロボロ、凍傷と火傷に未だ苦しめられているワイルドハントは、とても鈴菜のような凛とした雰囲気を保ててはいなかった。
 顔面も憎悪に醜く歪んでいるのである。
「……よく分からないけど、あの姿の相手に負けるのはなにか嫌なの……」
 物静かな風情の中にも気合いを入れ直した鈴菜は、ワイルドハントの鳩尾へ音速の拳を捩じ込む。
 その強い魔力の奔流がワイルドハントの残り僅かな体力の全てを吹き飛ばして、ついにトドメを刺したのだった。
 言葉にならない絶叫がモザイクの中に霧散する。
 鬼のような形相が見るに耐えない、苦悶に満ちた最期であった。
「ワイルドハンド……恐ろしい敵だったな」
 小鳥が呟く。
「ワイルドスペース——あり得た可能性、だったか? 誰も犠牲にならない道を示してくれればな……」
 敵であろうとなるべく殺したくないと考えている鐐は、やりきれない思いを吐露した。
「月白さん……如何ですか? 以前と違う感覚や変化などありますか?」
 織櫻は、ワイルドスペースそのものが気になるらしく、鈴菜へも丁寧に問いかける。
「いいえ……特には」
 短く答えて首を横に振る鈴菜。
 だが、その表情からはワイルドハントを討ち取れた事への安堵が看て取れ、蒼真も胸の内で安心するのだった。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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