巨躯の拳闘士

作者:飛翔優

●とあるボクサーと黄のナトリ
 雨が上がり、陽も昇り始めて間もない朝。
 1人の男性がひと気のない河川敷を走っていた。
 規則正しく呼吸を刻み、勢い良くたくましくも引き締まった腕を振り。ただただ前だけを見据え、男性は走り続けていく。
 そんな彼の進路上に、1人の少女が現れた。
 男性は少女を舐め回すように眺めた後……鼻の下を伸ばし、立ち止まっていく。
「何だ何だ、そんな格好して。もしかして誘ってんのか?」
 少女は黄色い髪を持ち、簡素な胸当てと腰当ての他には薄い羽衣のようなものしか纏っていない。
「いや、どう考えても誘ってるな。だったらこっちへ……」
 自問自答しながら男性が手を伸ばしかけた時、その体が炎に包まれる。
 苦悶の声を漏らしながら、男性の身体は肥大化していった。
 全長3メートルほどの巨躯を持つ、エインヘリアルと呼ばれる存在に変貌した。
 少女は笑う、朗らかに。
「お兄ちゃん、体の調子はどう? ナトリ、お兄ちゃんの事応援してるから、精一杯頑張ってきてね! お兄ちゃんならきっとできるよ! じゃ、またね」
 少女は去る、足取り軽く。
 見送ることなくエインヘリアルは歩き出す。
 増水し、流れも早い川へと足を踏み入れて。
 流されることなく前へ、前へと……住宅地の方角へと……!

●エインヘリアル討伐作戦
「有力なシャイターンの動きを察知した。名を、炎彩使いという」
 そう前置きし、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は説明を始めていく。
「彼女たちは死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男を、その場でエインヘリアルにすることができるようだ」
 そのエインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇しているようで、人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと暴れだす様子。
「そのため、急ぎ現場へと向かい暴れるエインヘリアルの撃破を頼む」
 続いて……と、ザイフリート王子は地図を取り出した。
「エインヘリアルが発生するのはこの住宅地近くにある河川敷。時間帯は日の出の時刻。ランニングしていた男が、エインヘリアルとなってしまったみたいだな」
 その男性は近所のボクシングジムに通っているボクサーで、有力な選手として期待されている。一方、性格面や素行面に難を抱えており、どうにかして矯正したい……とも思われていたようだ。
「エインヘリアルとなった後も、その性格はさほど変わっていない。エインヘリアルに選ばれたことを喜んでいるようだ」
 姿は全長3メートルほど。ボクサーパンツのような布地を腰に纏い、全身にバトルオーラをたぎらせているエインヘリアル。
 戦いの際は、とにかく相手を倒すことだけを目的に行動してくる。
 グラビティは三種。
 加護を砕くハウリングフィスト、避けることを許さぬ気咬弾、傷を癒やし毒などを浄化する気力溜め。
「以上で説明は終了となる」
 ザイフリート王子は資料をまとめ、締めくくった。
「危険な状況だ。どうか、全力での戦いをよろしく頼む」


参加者
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
阿木島・龍城(翡翠宮の剣英・e03309)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)
ラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)
オライド・ヴィーング(敗残狼・e40345)

■リプレイ

●明け方の戦い
 日が昇り始めて間もない河川敷。
 冷涼な空気に包まれた、淡い街灯を頼りにしなくても良くなる時間帯。
 前日の雨によって増水した川の流れをものともせず横切り向かってくるエインヘリアルを眺め、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)はひとりごちる。
「将来有望だが素行に難あり、ですか。確かにシャイターンが好みそうな人材ですね」
 エインヘリアルになった以上、討たねばならない。
 そのために彼は、仲間たちと共にやって来た。
 川から出てきた瞬間を狙い、仕掛ける。
 そのために、ケルベロスたちは精神を集中させて……。

●巨躯を持つ拳闘士
 河川敷を埋めているコンクリートを覆い尽くすような波を巻き起こし、エインヘリアルは大地に立つ。
 押し返すかのように、力強い主砲が無防備な胸元へと打ち込まれた。
「っ!?」
「続け」
 主砲の担い手たるオライド・ヴィーング(敗残狼・e40345)が促せば、恵が引いていく波を追いかけエインヘリアルの足元へと辿り着く。
 濡れた大地にしっかりたち、鞘に収めたままの刀に手をかけ腰を落とす。
 抜刀を牽制に、返す刀でエインヘリアルの胴を斜めに切り裂いた。
 傷口から血が流れることはない。
 冴え渡るような斬撃が、冷気を導き凍てつかせたから。
「その人生にテンカウントゴングを」
 さらに阿木島・龍城(翡翠宮の剣英・e03309)が側面へと回り込み、冷気漂う翡翠玉の居鎚を傷口へと叩きつけた!
「ぐ……」
 体を若干曲げながら、エインヘリアルは一歩下がる。
「この……!」
 すぐさま姿勢をもとに戻し、ファイティングポーズを取り始めた。
「うざってぇんだよぉ!!」
 叫ぶと共に全身にオーラをたぎらせ、虚空を殴る。
 導かれたオーラは獣に変わり、恵の元へ――。
「おっと、させませんよ」
「ちっ」
 ――源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が割り込み、蒼空のオーラを巡らせ受けていく。
 勢いは相殺しきれず、地面を削りながら後ろへと下がっていく。
 遊歩道と住宅地を隔てるフェンス手前で止まり、跳躍。
「次はこちらの番です」
 拳を固く握りしめ、落下の勢いを乗せて突き出した。
 同様に突き出された拳とぶつかり合いながら、まっすぐに瞳を見つめていく。
「私も霊地の守護者として武道の道に邁進しています。ですから、決着を付けねばなりません。同じ武道を志すものとして、あなたが過ちを行う前に」
「……はっ!」
 エインヘリアルが笑うと共に、両者は音を立てて弾き合う。
 飛び退く那岐と入れ替わるように、比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)が御業を解き放った。
「まずは堅実に……」
 御業は縄へと姿を変え、エインヘリアルに巻き付いていく。
「こんなもん!」
 すぐに引きちぎられてしまったけれど、込めていた呪詛はしっかりと刻まれているはずだ。
 重ねていけば……と、黄泉は再び御業を操る。
 炎弾を作り出しながら、狙いを定め始めていく。
 視線の先、エインヘリアルが軽快なフットワークを刻み始めた。
 少しずつ恵へと近づいていくさまも見える。
 護るため、ラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)が間に立ちふさがった。
「だったらてめぇから死ねやぁ!!」
 かまわないとでも言うかのように、エインヘリアルが拳を放ってくる。
 獣の咆哮がごとき風なりを響かせながら向かってくるその拳を、ラヴェルナは日本刀を軸に受け流し……。
「……んぅ……」
 衝撃を殺しきれず、全身に痛みを感じながら一歩、二歩と後ろへ下がった。
 姿勢を正しながら呼吸を紡ぎ、エインヘリアルを見上げていく。
「……エインヘリアル……なって、あなたが……どんな……気持ち、だったか……私には……関係、ない……。害なら……倒す、だけ」
 パーカーのフードをはためかせながら、静かな瞳で見つめ続けていく。
「あっ?」
「無理はするな」
 そんな彼女をかばうかのように、山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)が正面に割り込んだ。
「皆で協力して守っていけばいい」
 太郎は拳を握りしめ、エインヘリアルを見つめていく。
 仕掛ける隙を、仕掛けてくるタイミングを図るため、一挙手一投足を観察していく。
 そんな中、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)はラヴェルナに光の盾を差し向けた。
「大丈夫私が支えます。皆さんを」
 誰ひとりとして倒れないこと。それこそが、勝利につながっていくのだから……。

「オラァ!」
 風がうなり、拳が走る。
 太郎はクロスしオーラで固めた両腕で、その拳を受けた。
「っ!」
 ぴしりと地面が砕ける音がする。
 体が沈む。
 全身を激しい衝撃が揺さぶっていく。
「……その程度か?」
 表情には出すことなく跳ね除けた。
「ぐ……」
 よろめきながら下がるエインヘリアルと、治療を受けるために退いていく太郎の間に、那岐が割り込んでいく。
「次は私が受け持ちましょう」
「その間に、攻撃を重ねていこう」
 黄泉はガトリングガンを構え、トリガーに指をかけた。
「ボクシングって動体視力が凄いらしいけどこれは避けられるかな?」
 言葉を終えると共に引き、数多の弾丸を打ち出した。
「この……」
 エインヘリアルは右へ、左へと小刻みに動かしながら1発、2発と弾丸を避けるも、やがて避けきれなくなったのか無防備な体に3つのくぼみが穿たれていく。
 好機とケルベロスたちは攻め込んだ。
 治療役を担う悠乃は反撃に備えていく。
 エインヘリアルの放つ一撃は力強い。守りに秀でた者以外、まともに受けることなど考えない方が良いほどに。
 もっとも、それでも勢いはケルベロスの側にある。
 先程、ガトリングの弾丸が埋め込まれたように。
 好機と見ればなだれ込む元気が残っているように。
「……きっと、守っている限り大丈夫、ですから……」
 視線の先、太郎が獣の如きオーラを受け止めた。
 すかさず悠乃は光の盾を放ち、太郎の治療を始めていく。
 万全の状態を保ち、エインヘリアルを打ち倒すため。
 様々な理由で今、ここにいない仲間たちのし来に応えるためにも……!

●拳闘士は覚醒していく空の下
「すぐ、癒やします」
 エインヘリアルの拳を受け後ろへ下がってきた太郎を、悠乃が光の盾を用いて治療する。
 万全の状態が保たれているのを感じながら、龍城が足元へと踏み込んだ。
 凍てつく巨鎚を手に見つめる先、息を乱しているエインヘリアル。その視線がラヴェルナへと向けられた瞬間に踏み込み、フルスイング!
「ぐっ……」
 腹を強かに打ち据えられ、エインヘリアルは3歩分ほど後退した。
「今だ、畳み掛けよう」
 即座にオライドが軍刀を振るう。
 紫色に発行する斬撃は虚空に軌跡を残し、エインヘリアルの体に数多の斬撃を刻み込んだ。
 勢いに押されたか、エインヘリアルはのけぞった。
 体勢を整えんとした体も固まっていく。
「ぐ、この……」
 胸元には、新たな傷。
 恵の放つ風刃によって刻まれた、新たな傷。
 全て、重ねてきた呪縛を増幅させるため。
「もう、動けないみたいですね」
 エインヘリアルを雁字搦めに縛り付けるため。
「ぐ、ふざけるな、俺は、俺は……!」
 1秒、2秒経っても動かぬのを確認した上で、ケルベロスたちはなだれ込む。
「さあ、もうじき試合もお終いです。覚悟してくださいね」
 龍城が腰元に手を当てていく。
「来たれ我が刃よ、奔れ光の如く」
 長大な刃を持つ太刀を鞘ごと召喚し、居合一閃。
 紺碧の軌跡は再び鞘へと収められ、あるべき場所へ送り返されるとともに陽炎を生み出していく。
 その揺らめく景色の中、恵が背後へと回り込んでいた。
 投げかける言葉などなく、ただ、軍刀を古い背中を縦横無尽に切り裂いていく。
 更に増幅していく呪縛がエインヘリアルを捉える中、ぴしり、と氷の砕ける音が響いた。
「がはっ、ぁ……」
 赤き欠片がこぼれていく。
 砕けた身体の隙間から流れる、命の欠片だ。
 エインヘリアルが表情を苦痛に変える中、ラヴェルナは足元へと踏み込んでいく。
「……ばいばい」
 冴え渡るような斬撃で、両足の半ばまで食い込ませた。
 うめき声が響く中、上空より迫るは太郎の拳。
 エインヘリアルの頬を思いっきりぶん殴り、川の中へとふっ飛ばした。
 川の流れに埋もれていくエインヘリアルの気配を感じながら、太郎は静かに告げていく。
「すまんな。さらなる犠牲者が出る前に、お前を倒させてもらった」
 その言葉が、エインヘリアルの耳に届いたかはわからない。
 太郎が言葉を投げかけたことすらわからなかったかもしれない。
 ただ、力なくその大きな拳は開かれて……。

 静寂の訪れた河川敷。
 風と水の流れる音色を聞きながら、朝日が差し込み始めてきた場所で、オライドは1人川を見つめている。
「殺したやつは元々人なんだよな……致し方ないってこと、理屈では理解できているんだがやっぱり多少きついものがある」
 紡いだ言葉が風に運ばれ仲間たちのもとへと届けられていく中、龍城はゴング片手に引き上げたエインヘリアルを見つめていた。
「1、2、3、4……」
 試合が、戦いが終わったことを告げるため。
「……7、8、9、10」
 ゴングを鳴らし、追悼の意を示すため。
 その澄んだ音色を聞きながら、那岐が瞑目する。
「さようなら。貴方への武道への志は、私が受け継ぎましょう」
 ……様々な思いを懐きながら、事後処理を進めたケルベロスたち。
 全てを終えた段階で、黄泉がお腹を軽く押さえながら提案する。
「ちょうど良い時間ですし、朝ごはんを食べに行きませんか?」
「んん……疲、れた……。眠い……でも……ご飯……」
 ラヴェルナが寝ぼけ眼をこすりながら、迷う素振りを見せていく。
 他の仲間たちは賛同の意を示す。
 朝食の場で仮眠も取れるだろうということでラヴェルナも同道する事になった。
 気づけば日は高く、人々が活動を始めていく音も聞こえてくる。
 護ることのできた平和の中で鋭気を養おう。
 来る、次の戦いに備えるためにも……!

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。