バトルモードデストロイ

作者:流水清風

 かつてこの国の経済発展に寄与したであろう工場群。
 そしてそこで働く人々とその家族の住居であったいくつもの集合団地。
 それらは決して狭くない範囲に広がっており、1つの街と言えぬまでもちょっとした村程度の面積を占めている。
 けれど、工場がその役割を終え、団地もまた住む人はいない。
 主要交通網からも遠いこの場所は、ちょっとした陸の孤島と化していた。
「まるでゴーストタウンだ」
 訪れる者すらいなくなって久しい寂れたこの地に足を運んだティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は、端的な感想を呟いた。
 ここに何かしらの縁や思い出がある訳ではない。そもそも、地名すら知らない。
 けれど、薄々とした根拠の無い予感に導かれるように、こうしてここに来た。
「勘……か。不明瞭な行動原理だが、それが正鵠を射ることもあるか」
 この地の中心である、工場群の中心となる建物。それがモザイクに包まれている。
 モザイクの外からいくら観察したところで、得るものはない。リスクを承知で、ティーシャはモザイクに覆われた廃工場に足を踏み入れた。
「これは……」
 そこは、不可解な空間であった。床の先が壁であり天井であり、不規則に窓が点在している。壁伝いには上り階段と下り階段が交差して繋がっており、階段の途中には何かの部屋に繋がる扉がある。空間のあちこちに走っている錆びたパイプは、本来なら整然と組み立てられていたものなのだろう。
 そして、このモザイク空間の中は身体に纏わりつく粘性の液体に満たされていた。呼吸も発生も問題は無く、動きを阻害することもないけれど。
 空間の異常さに驚きを隠せずにいたティーシャだが、目の前に現れた存在はさらなる驚異の対象であった。
「未知の対象を補足。この姿に関わる存在であると推測される」
 ティーシャ自身はその姿を目にした記憶が無いけれど、それが何者の姿であるのかは即座に理解できた。
 戦闘時の自分をより重装甲に、かつ敵対者を殲滅することに特化したような姿。きっと、かつての自分はこんな姿だったのだろう。或いは、自身の潜在能力を理性と引き換えに解き放てば、こうなるのかも知れない。
「現段階で当ワイルドスペースの機密奪取は容認できない。貴様はワイルドハントである当機が殲滅する」
 ワイルドハントを自称するその存在は、ティーシャへと胸部の砲身を向けた。

 ティーシャから気になる場所を調べるという言伝を受けていたヘリオライダー、静生・久穏。彼は予知によってその窮地を知り、ケルベロス達へ呼びかけを行った。
「ワイルドハントに関して調査を行っていたティーシャさんが、ドリームイーターに襲われてしまいました」
 ティーシャを襲うドリームイーターは、自身をワイルドハントと名乗り、廃工場をモザイクで包みその内部で何かしらの活動中であったようだ。
「敵をティーシャさん1人で撃破することは不可能です。急いで救援に向かい、ワイルドハントを名乗るドリームイーターを撃破してください」
 ケルベロス達がティーシャと合流し、ワイルドハントを名乗るドリームイーターと交戦する場所は特殊な空間となっている。しかし、行動や戦闘に支障はない。
「敵は単独で味方や配下は存在しませんが、単体でも十分に脅威となる戦闘能力を有しています。くれぐれも油断は禁物です」
 ヘリオライダーが予知できなかったモザイク空間で活動する自称ワイルドハント。その存在をティーシャが発見した理由は敵の姿と何かしらの関連があるのかも知れない。
 しかし、今はそうした考察よりも敵の撃破が最優先される状況だ。
「ドリームイーターを撃破し、ティーシャさんを救出してください」
 ティーシャを含めた全員の無事での帰還を願いつつ、久穏はケルベロス達をヘリオンへと誘導した。


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)
羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)

■リプレイ

●合流
 様々な物質が本来の物理法則を無視して捩じれ合わさり、呼吸も行動も阻害しないが身体に纏わり付く液体に満たされた空間。
 そこで自身とよく似た自称ワイルドハントと対峙するティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は、向けられた砲門に眉一つ動かしはしなかった。
「殲滅する、か。その判断の正否はさて置くとして、少し遅かったようだな」
 己の命運を指していながら、まるで他人事であるかのような冷めた物言い。自分や敵に対して含む処があるのではなく、ただそういう性格なのだ。
 その言葉が合図となったかのようであった。ティーシャの背後、この空間の入り口から7人のケルベロスが突入して来た。
「なるほど、これは我が友たるティーシャ殿によく似ておる」
「よぅ来たぜ。……んじゃま、Assemble!」
 ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)の使役するシャーマンズゴーストと燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)が敵の前に立ち塞がり、ティーシャへの射線を阻んだ。
「遅きに失したか。だが、増援諸共全て殲滅するのみ」
 ワイルドハントは胸部からの砲撃を中断し、両腕に取り付けられた銃器をケルベロス達に掃射した。複数となった敵への対処と同時に、その力量を推し量る意味もあるのだろう。
 銃撃が収まると、その報復とばかりに強力なビームがワイルドハントに照射される。激しい閃光と爆発からは、下級のデウスエクスであれば撃破も期待できただろう。
「まだこれからですわ! 仲良しのティーシャ様の一大事、張り切っていきましょう」
 ビームを撃った当人であるレーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)は、これは戦いの始まりを告げる合図でしかないと言う。
「私、この戦いが終わったらティーシャさん救出祝いパーティーをやるんだ……」
 未来に不安の種を植える物言いをしながら、羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)がオウガ粒子の散布によって味方の超感覚を覚醒させた。
「ご無事ですか、ティーシャさん」
 テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)はティーシャの安否の言葉を掛けるが、その答えを得る前に味方前衛陣をドローンの群れで警護させている。さらにその傍らを走り抜け、ライドキャリバーのテレーゼがワイルドハントに炎を纏い突撃していた。ゆっくりと問答をしている状況ではないと分かっているのだ。
「見た目通り、歩く武器庫って感じだね。でも好きにはさせないよ、回復は任せて!」
 一房だけ色の異なる髪を揺らし舞い踊り、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は銃撃を受けた仲間達を花びらのオーラで癒す。負傷を完全に癒すには至らないけれど、前衛に立つ仲間にとっては実に頼もしい支援であった。
「ダミー投影開始。パターンは命中支援でランダムに。今のうちに、態勢を整えて下さい」
 ケルベロス達は窮地に陥っていたティーシャの救援に集ったが、ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)は無事を喜ぶといったような感情表現は一切無かった。淡々と、仲間達の戦闘支援を行うという堅実な初手を打つ。敵を前にして、なし崩しに戦いが始まっている状況では、適切な行動である。
 予知の通りに無事合流を果たしたケルベロス達だが、ここから先の戦いがどうなるかは自分達次第。
 もっとも、特異な空間内で外見が特殊なデウスエクスが相手とは言え、結局はケルベロスにとっては幾度も潜り抜けて来た戦いと大差ないのだけれど。

●喧騒
 この空間は粘液のような液体で満たされているが、それは行動を阻害することもなければ、音の伝達にも影響はしない。
「おめぇは下がってろ。そんんでテメェは……オラっどけや」
 ティーシャを後方へと促しつつ、亞狼はワイルドハントを蹴り付ける。グラビティでなければ痛手を与えられないが、敵の射線に割って入ることは出来た。
「音も、光も、そして拍手も無いマジックショーの開幕よ」
 ワイルドハントが爪で亞狼を抉った姿勢から立て直す暇を与えず、結衣菜は一撃を加えた。
 視覚と聴覚での認識を妨害されたワイルドハントには、物体消失マジックのように結衣菜の姿が消え、そして攻撃を受けた時点で出現したかのように感じられただろう。
「仲良しのティーシャ様の一大事ですわね。わたくしも張り切らせて頂きますわ」
「……一大事なのか? まあ、適当にやってくれ」
 親しいティーシャの危機に駆け付けたという認識のレーンは、氷結の螺旋を放つ動作にもいつも以上の力が籠っている。
 しかし、当のティーシャにとっては仲間達が駆け付けてくれるであろう事は想定通りであり、窮地を脱する以前にそもそも危難に遭ったという認識も特に無い。
 当初こそ敵の外見に面食らったものの、そういうものだと考えればこれといって感慨もなく、冷静に狙いを付けレーンの放った螺旋に重ねるように凍結光線を撃った。
「泰然たる振る舞い、それでこそ我が友よ」
 全く動じることのないティーシャに感心するワルゼロムだが、その間にも法力で負傷した亞狼を癒すことは忘れない。
「ティーシャ様は多少の事には動じないご様子。では、私も私の役目を果たしましょう。……当たれっ!!」
 テレサ専用の白黒一対のアームドフォートに内蔵された弾丸が、ワイルドハントの装甲に火花を散らす。高い威力を発揮するために反動が大きく、テレサの身体が大きく揺れた。
「やっぱり、どの武器も凄い威力みたいだね。イリス、足止めお願い」
 引き続き舞いによるオーラで仲間達を癒すロベリアだが、敵の攻撃に対して回復が追い付くかどうかはやや厳しいと判断した。長期戦は不利であろうと、姉と呼ぶビハインドのイリスに敵の行動を少しでも阻害するよう指示を出す。
「敵は単独。動きを阻むのは良い判断です」
 アームドフォートの主砲を一斉に発射し、ピコも敵の行動妨害を狙う。
 この砲撃が当たる確率はほぼ半々なのだが、ピコ自身や仲間の支援によって命中精度が向上していることで、撃つに足るだけの確率を確保できていた。
 奇怪な空間を、戦いの喧騒が満たす。ワイルドハントの銃撃と砲撃が轟音を立て、ケルベロス達の攻撃がワイルドハントの装甲を破砕する音が響く。
「個々の戦力は低脅威。しかし、数的不利は無視できない水準か」
 ケルベロス達の攻勢に曝されながら、ワイルドハントは戦況が自身にとって厳しいものであると分析する。
 けれど、撤退という選択肢は無い。この空間を知った者を殲滅するべく、砲火を上げるのみだ。
「単騎でわたくし達に挑んだ事が失策でしたわね。貴方は優れた武器にはなれるようですが、指揮官の素養には欠けるようですわ」
 身体を覆うオーラに炎も纏わせたレーンの一撃は、ワイルドハントの武装の一部を砕いた。
「レーン様の仰る通りです。火力偏重の性能だけでは私達を打ち崩すには足りません」
 銃撃を庇ってくれたテレーゼを視線で労い、テレサの放った銃弾がワイルドハントの顔を覆うバイザーに亀裂を生じさせる。
 目に見えて敵の損傷が増えた事で、ケルベロス達が俄然勢いを増す。
 しかし、敵もまた攻撃能力という一点においてはこの場で右に出る者はいない。幾度目かの銃撃が、前衛のケルベロス達を撃ち抜いた。
「余勢を駆るのは結構であるが、敵もさるものよ。我もまだまだ手は抜けぬな」
「私とワルゼロムちゃんの2人掛かりでも、癒しきれないね。これは敵がもう1体でもいたら本格的に危なかったかな?」
 敵の攻撃はワルゼロムとロベリアの2人でも治療し切れない。もしもの話を口に出来る程度にはまだ余裕があるものの、そろそろ前衛に立つワルゼロムのシャーマンズゴーストのタルタロン帝とテレーゼは危険な状態だ。中衛に位置する結衣菜の使役するまんごうちゃんも、あまり余裕はない。
「ちっこい奴等を狙ってんじゃねえよ。おぅコラ、どーしたこっちだ」
 無造作に、ただ単純に鉄塊剣の重量とそれを振るう膂力のみで生み出される破壊力が、ワイルドハントを強かに打ち付ける。サーヴァントを庇っているかのような亞狼だが、実際には敵の攻撃が己に集中するのが効率的というだけの判断だ。最終的に、敵が倒れた時点でこちらが1人でも立っていればそれで良いという思考なのである。チェスや将棋で特定の駒を惜しんで負けるような棋士がいないようなものだろうか。
「……損傷甚大。なれど敵殲滅を継続する」
 ワイルドハントの言葉が、虚しく空間に消えて行く。それを聞き届ける者は居らず、自己奮起に繋がる事も無い。
「随分とまあ、出来の悪い偽物だことで。ワイルドハントというのは大根役者なのかしらね」
 視認の困難な斬撃で、ワイルドハントの装甲の隙間を切り裂く結衣菜は、呆れたように呟いた。曰く、ティーシャはよく笑い表情豊かでネタの引き出しも多いのだと。その評論に対する本人からの回答はないけれど。
「回復手段を持たない事が、あなたの敗因です。拠点防衛するには、戦力が不足しています」
 ワイルドハントの装甲の弱点箇所を見抜き、強烈な攻撃を見舞うピコ。攻撃とは裏腹に静かな声音での指摘を、敵は理解しているのだろうか。
「私は確かに遠距離火力制圧が得意だが、ここまで応用の利かない戦術は採らないな。過ぎたるは及ばざるが如しとは、よく言ったものだ」
 優秀な兵隊は、戦場に於いて一通りに技能を備えているものだ。特定の何かだけに特化し他の技能が欠けていては、ただの専門バカでしかない。専門バカは集まって不足を補い合ったところで、誰かが欠ければその一点から崩壊する。ましてや、それが単独というのでは結果は見えている。
 やはり自分に似ているのは表面だけかと、もはや興味も無くティーシャは竜砲弾を撃ち放つ。
 敵に回復や防衛を担う者がいれば、こうはならなかっただろう。いかに火力に秀でていようが、ケルベロス達は数人で被弾を分担し、かつ回復支援もある。そして味方の強化と敵の行動阻害も重なり、戦況は完全にケルベロス達が掌握した。

●消失
 勝敗が完全に決した後も、ワイルドハントは徹底抗戦の構えを崩さなかった。
 銃弾をばら撒き、砲撃を放ち、鉤爪を振るう。ただの悪足掻きに過ぎないそれは、退く事が出来ない事情があった故なのか、そうする事しか出来なかった為なのか。それはケルベロス達には分からない。
「敵……殲メ……ツ……」
 壊れたスピーカーのようにそう繰り返すワイルドハントだが、憐れみを抱く者はいない。
 目的も存在も不明な点の多かったデウスエクスは、ケルベロス達の連携攻撃を受け、看取る者もなく崩れ落ち消滅していった。
「何者だったのか、気にならないでもないが、今はここから出るのが先か」
 ティーシャは消滅していくワイルドハントを一瞥したが、それ以上は気に留めることもせず廃工場の出入り口へと踵を返した。仲間達は、一足先に動き出している。
「努力、友情、団結、クール! レプリフォースの勝利の方程式ですわ♪」
 ティーシャと肩を並べ走るレーン。2人を最後にケルベロス達は奇妙な空間を脱出した。
「……ただの廃工場。さっきまでの変な粘液とか何も残ってないのね」
 振り返った結衣菜の目には、稼働しなくなり人の出入りも耐えて久しい廃工場の姿が映るのみであった。
「ティーシャちゃんが無事で何よりだね。敵の事は追々考えようかな」
 ワイルドハントの目的や外見については謎が残るが、考察しても答えに至るだけの材料はない。目的であるティーシャ救出と敵の撃破を達成した、それで十分だとロベリアは朗らかに笑い、傍らでイリスも頷いている。
「当分補給は大切です。皆さんもよければどうぞ」
 予め用意しておいた大量の菓子と飲料を摂取するピコの相伴に預かる面々だが、どうせならとこのまま宴会にこぎ着けようという流れになった。
「宴か、我も付き合おう。行き先は任せたゾイ」
「俺ぁ酒かブラック珈琲がありゃいいや」
 ワルゼロムと亞狼の大人2人が参加するということで、飲酒も可能な飲食店を探そうという事になる。
 各々がアイズフォンやスマートフォンで適当な店を探し始めるが、逸早くテレサが近場にある店を探し出し予約を済ませていた。
「お2人には酒類を。他の皆さんには腕によりを掛けて特性の紅茶をご用意します」
 テレサに先導され、ケルベロス達は宴会へ赴いて行った。
 後には、何事も無かったかのように時代に取り残された廃工場群と集合団地が静かに佇んでいる。

作者:流水清風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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