ハートのペアリング

■リプレイ

●ハートとリング
　マンションから慌ただしく人々が逃げ出していく、その流れに逆流するようにケルベロス達は中に足を踏み入れた。
「大切なものを狙うなんて……酷い魔女たちですね」
　和泉・紫睡（紫水晶の棘・e01413）は怒ってますよと、両手を胸の前に上げて拳を作った。
「大切な物を壊されるのは、自分に直接手を下されるよりも辛かったりするだろうにね」
　敵の所業に怒りを覚えつつも、ゼレフ・スティガル（雲・e00179）は今はまだ態度に出さず右目にかけたゴーグルに触れた。
「たいせつな、もの……こわされて、つらそうにしてる……なんど、みても……なれない、なぁ……」
　ロナ・レグニス（微睡む宝石姫・e00513）は以前あった同じような事件の記憶を思い出す。
「ヒールじゃ……もとどおり、なおすことも……できなかったから」
　失ったものは決して元には戻らないのだと、敵を倒しても救えない現実に自らの心を痛めた。
「ただ人を襲うだけじゃなくて、大切な思い出まで踏みにじるなんて。超許せない！　そんな奴の企み、ここで食い止めてやるっ！」
　憤る光宗・睦（上から読んでも下から読んでも・e02124）は絶対に被害を広げないと意気込む。
「1周年記念のペアリング、かぁ。大事にする気持ちもわかるし、なんつー嫌がらせなんだか」
　桜庭・萌花（キャンディギャル・e22767）は自らが左手の薬指に嵌めている猫の意匠のペアリングを見つめて、これが壊されたらと少女の心情を慮り溜息を吐く。
「ぶっ飛ばしたくなる気持ちは私も……ね。女の子の気持ちを踏みにじるのは、デウスエクスだろうとドリームイーターだろうと……許せないんだからっ！」
　ぎゅっと拳を握った近衛・如月（魔法使いのお姉ちゃん・e32308）の右手の薬指には同じペアリングがあった。
　階段を上がり４階にある目的の部屋の前になると声を潜めて立ち止まった。
「避難も、終わったようです。敵が、動く前に……踏み込みましょう」
　たどたどしい口調で櫂・叔牙（鋼翼骸牙・e25222）が準備を確認すると仲間と顔を合わせて頷き、ドアを破りマンションの一室に踏み込んだ。中に入ってすぐ奥の部屋に向かい少女の部屋の扉を開けた。そこには床に倒れる少女と、部屋にぎゅうぎゅうに収まっている巨大なシルバーリング。そしてふわふわ浮いている同じシルバーのハートの姿があった。
『ああっどうして大切なものを壊してしまうの！？　大切なものは命よりも重いものでしょう？　もう終わりよ、世界の終わりだわ！』
　ハートから嘆き悲しむ女性の声が響く。
「はいはいはい、なるほどね。生まれて早々に死にたいわけだ。大切を踏みにじるなんてな、許されるわけないだろ」
　軽い口調ながらもその声には怒りが含まれ、リュイェン・パラダイスロスト（嘘つき天使とホントの言葉・e27663）の視線の先には壊されてべしゃんこになった銀のハートのリングが床に転がっていた。

●悲しみのハート
「別に、指輪くらいまた買えばよくない？　そこらへんに売ってるでしょ？」
『どうして悲しんでくれないの？　こんなに私は悲しいのにぃ！』
　自らを囮にしようと返答した萌花に絶叫しながらハートがビームを放つ。それに対し萌花は降魔の力を込めて蹴り上げ攻撃を逸らし天井に穴が空いた。
『よくもようもぉーーー指輪を壊したなぁ！』
　狂気に満ちた声で巨大リングが動き出す。
「デート相手を。お間違え、なさらぬ様……願いましょう」
　叔牙は背中からエネルギー放出フィンを展開し、両掌の電撃端子をから放電してリングに掌打を叩き込み電撃を流し込む。電流に痺れ動きが鈍くなった。
「悪いけど、付き合ってもらうんだから！　大事なものを大切にしないドリームイーターに、これ以上好き勝手……させない！」
　槍を手にした如月は雷光のように突きを放ちリングに傷を入れる。
「紫睡、このおんなのこを……おねがいね。そのあいだ、ぜったいにまもる、から」
　声を掛けたロナは魔法の木の葉を纏い自らの姿を隠す。
「は、はい。お任せください」
　慌てながらも紫睡は少女を優しく抱き上げると窓から飛び降り、竜の翼を広げて地上へ滑空した。
「さあ、相手はこっちの僕らだ。余所見してたら痛い目見るよ」
　敵の注意を引き付けるようにナイフを抜き放ったゼレフは、銀の刃に炎を纏わせて斬りつけた。
『ねえ、悲しでしょ、大切なものを壊されたら涙が流れるでしょ』
「こんなものを生み出すなんて、魔女は絶対に許せない！」
　相手の質問には答えずに睦はリングの前に立ち塞がり、棍をヌンチャクに変形させて振り回し連打を浴びせた。
「さあここからは僕ら番犬の舞台だ！　負けない！　屈しない！　誰も悲しい顔なんかしない！！」
　怒りを隠さずリュイェンが金色の翼を広げて浮き上がり、仲間の心に響く歌を高らかに紡ぐ。
『死んでよ、死んでしまえよぉ！』
　怒鳴りながらリングがベッドや机を破壊しながら回転を始める。
「怒ってるのはこっちもだよ！」
　魔女への怒りを籠めて睦は光のメリケンサックを生み出しリングの攻撃を拳で受け止め、そのまま振り抜いて押し返した。
「その指輪、露店の安物でしょ？　壊れたなら新しいのねだるいいチャンスじゃん」
『壊れろ、潰れろ、死ねぇ！』
　挑発する萌花に向けてリングが回転して突っ込んで来る。
「お部屋荒らしちゃうけど……後でしっかりヒールするからねっ！」
　相手の動きを封じようと如月はリングに向け、グラビティの力を込めた槍を薙ぎ払った。部屋の壁も一緒に斬り裂きながらリングを傷つける。
「怒ったってしょうがないじゃん、もっと前向きに考えなきゃ」
　それに続いて萌花は魔力を増幅させる口紅を塗った唇で囁き、敵の心を幻惑する。
『ああ、どうして私達は別々なの、一緒のものだったのに……酷い、酷すぎるわ』
　ハートの嘆きの声が聞く者の心に暗い影を落とす。
「舐めやがって、そんな攻撃が通じると思ってんのか！」
　リュイェンはオーロラの如き光で仲間達を包み込み、その心を侵す力を消し去った。
「別々にされちゃったのか、可哀想に」
　ゼレフは長柄の剣にグラビティを込めてハートに振り下ろした。
「……砕いてしまうのは気の毒だけれど、勘弁してね」
　刃は真っ直ぐに入り敵をハートに大きな傷を入れる。
「わかる、よ……そんなこと、したから……あなたたちが、いるんでしょ……？」
　死角から大切なものを壊す事に一瞬躊躇したロナは心を決め大鎌を投げつけた。桃色に輝く刃が回転しながらハートを斬り裂く。
『ああっなんて悲しいの！　もういや！』
　叫ぶハートがピンクの光を放ってロナの目を晦ませた。
「そう、簡単に……僕以外の人に。膝は……付かせない！」
　フィンから放熱した叔牙はハートに向かって冷気の渦を放ち、その全身を凍りつかせていく。
「ただいま戻りました、避難完了です」
　窓から飛んで戻った紫睡は、トパーズ製の鏃に探索魔法を掛けて放つ。月色の光が軌跡を描きハートに突き刺さり、凍った部分が崩れ落ちた。
「クソックソッ死ね死ね死ね」
　邪魔しようと毒づきながらリングが突進してくる。
「来るよ、気をつけて」
　ゼレフはナイフで攻撃を受け流し、飛びついて傷口に刃を突き立て、破片を切り取って傷を広げた。
「ハートの方へは行かせない！」
　如月は光の剣を手に接近し、リングを斬りつけて牽制する。するとリングが小さくなりながら飛び上がり、睦の体をすっぽりと輪の中に通す。更にリングが小さくなり締まり切る前に、睦は体を捻って小さく拳をリングの内側に打ち込み拘束を緩めた。
「怒りが伝わるよ……それだけ大切なものだったんだね。その無念、ぜんぶ私が受け止めてあげるよ」
　そして睦は思い切りアッパーを叩き込んでリングを打ち上げた。
「まあどれだけ怒っても直りはしないんだけどね」
　そこへ跳躍していた萌花は天井に逆さで着地して待ち受け、回転しながら回し蹴りを浴びせリングを床に叩きつけた。
『どうしてなの、どうして、どうしてどうしてどうして』
　呪文のように堂々巡りの言葉を漏らし、ハートはピンク色に眩く輝く。
「ふざっけんなよこのクソ外道どもが。何にも知らない木偶の坊共が、誰かの心を、大切を語るんじゃねえ！！」
　リュイェンは思いの丈を叫び、その身を活性化させて光の影響を吹き飛ばした。
「こわしたのは……ものだけ、じゃない……。おもいでも、なんだよ……」
　ロナが呼び出した御業が炎を放って敵を燃やす。金属が溶けハートの形が崩れていく。
「大切なものを、足蹴にするのは……申し訳ありませんが、倒さなくてはなりませんので」
　それを跳躍して躱した叔牙は踏みつけるようにハートを蹴りつけ床に転がした。
「その、起こるかは判りませんが、それは酷く悲しいとは思います……」
　悲しみに共感しながら紫睡は、跳躍して斧を振り下ろしハートにひび割れ、衝撃が全身に伝わると真っ二つに割れた。そしてハートは幻であったように消えていく。

●怒りのリング
『どうしてくれるんだよ！　このクソ野郎が！』
　汚く罵りながら大きくなったリングは高速回転して周囲に竜巻のような衝撃波を起こし、ケルベロス達を壁に叩きつける。
「相方を倒されて怒ってるみたいだね」
　風の刃に傷つきながらも低く駆けて竜巻を突破したゼレフはナイフで斬りつけ、その生命力を奪い取った。
「こわれたものは、もどらない……でも、すべてなくなるわけじゃない」
　ロナは御業を操りリングに抱き着かせ、その回転を封じ込めた。
「大人しくしてろ、部屋で暴れんじゃねえ！」
　リュイェンは小型ドローンを周辺に展開し、敵が動くたびにぶつかり邪魔をさせる。
「悲しいから怒ってしまうんですよね……大切なものを壊されたら怒る気持ちも分かります。ですがそれを人にぶつけても解決しません」
　紫睡は伸ばした刃物のような爪を振り抜き、何本もの爪痕を刻み込んだ。
「ハートは無くなっちゃったから、ただのリングになっちゃったね」
　口紅を塗った萌花は囁き、リングの精神を狂わせる。
『ぶっ壊してやるっ同じように壊してやるっ』
　リングが狂ったように周囲に体当たりしていく。壁に穴が空き、天井が崩れ始める。
「その怒りを思いっきりぶつけてくるといいよ！」
　睦は己が身に光を纏い両腕を突き出して突進を受け止めた。
「大切なものを失いたくないのはみんな同じ……だからわたしも守るよっ」
　そこに踏み込んだ如月は槍を突き入れ分厚いリングを貫いた。
『傷つける奴は、みんな死ね！』
　リングが浮き上がり縮まりながら頭上に迫る。
「武人の魂は、武具に在らずと。言いますが……思い出は、しばしば。その品に宿る物、ですからね……」
　敢えて敵の内部に入った叔牙はリングが小さくなる前に両手を当て、電撃を流して動きを止めさせた。
「語ってるだけで誰にも喋ってない偽物には負けない。僕らは負けないし、あの子も直ぐに目を覚ます」
　翼を羽ばたかせたリュイェンは力強く歌い、仲間達を癒し勇気を奮い立たせるように鼓舞する。
「悲しかったね。でも――もう終わりだから」
　ゼレフはナイフに炎を纏わせ、攻撃を掻い潜り間合いを詰めると、ナイフを斬り上げてリングを深く斬り裂いた。
「悲しみも怒りも断ち切って、前に踏み出さなくてはなりません」
　紫睡はトパーズの鏃を放ち、まるで蛇の如き軌道で傷口を狙いリングを穿ち穴を空けた。
『壊す壊す壊す壊す、全て壊す！』
　怒り狂うリングが回転して全て破壊しようと暴れケルベロス達を薙ぎ倒す。
「悲しみも怒りも受け取ったよ、だからもう眠るといい」
　それに対し真っ向からから睦は拳を打ち出し、リングを凹ませ停止させた。
「ごめんなさい。でも、あたらしいおもいでが、つくれる、はずだから……」
　その隙にロナは身の丈程もある巨大な鋏を取り出すと思い切り投げつけた。弧を描いて飛んだ鋏はスパッとリングを切り寸断した。
「怒りだけ宿った品など、呪いの指輪となるでしょう。ここで破壊してしまいます」
　叔牙は氷結の螺旋を起こしてリングを氷塊の中に閉じ込めてしまう。
『壊してやる、大事なものを同じように、壊してやる……！』
　ギシギシと軋みを上げながら凍ったままリングが動き出す。
「指輪を壊されても……私の、あの子への気持ちは壊させない。――何より、貴方達如きに指輪も壊させないんだから！」
　如月は連続で槍を突き入れ、何度もリングを打ちつけて動きの邪魔をする。
「大切なものを壊された気持ちを知ってるなら、人のものを壊そうとしないでよね」
　跳躍した萌花がリングの最も深い割れ目にナイフを突き立てると、ひびが一気に広がりリングは真っ二つに割れて落下した。そして動かなくなると跡形もなく消えてしまった。

●大切なもの
「大丈夫ですか、痛いところとかありませんか？」
「えっと、大丈夫。どこも痛くないよ」
　紫睡は目覚めた少女に事情を説明すると、体の調子を尋ね少女が大丈夫だと確認すると安堵の息を吐いた。
「これで直せるかな？」
「元通り、修復できると。良いのですが……」
　睦と叔牙が懸命にヒールを掛けて潰れた銀の指輪を修復していく。そこに指輪の写真を見せてもらったロナも微修正を掛けていく。
「おなじにはできなかったけど……」
　ロナがヒールの終えた指輪を渡す。恐る恐る少女は指にそれを嵌めてみせる。ハートのデザインが変わってしまい前と同じではない。
「僕もさ、恋人ができたんだ。生まれて初めて、心から好きな人。だからさ、仲間。いっぱい泣いたり笑ったり、恋しようね！」
　天使のような笑顔でリュイェンが少女を元気づける。
「ありがとう。……うん、大丈夫。ちょっと形は変わっちゃっても、私のケイ君への気持ちは変わんないもん！」
　そう言って悲しい気持ちを健気に押しやり、恋人の惚気話を始める少女をケルベロス達は優しく見守る。
「魔法のように指輪も治してあげられたら……本物の魔法使いじゃないのが、悔しいよもなちゃん……」
　如月が悲しそうな顔を隣に向けると、萌花は大丈夫と明るく笑みを返した。
「大事なものなのにごめんね。代わりってわけでもないけど、思い出の品、増えていくといいね。まずは明日のデート、めいっぱい楽しんで♪」
「そうだった！　明日着ていくものを決めなくっちゃ！」
　元気が出るような萌花の笑顔に釣られるように、少女もデートの事を思い出して笑顔になり、女性陣と相談してファッションショーが始まった。
　邪魔だと外に追い出された男性陣のゼレフと叔牙の耳に楽し気な声が届く。
「あの子、残念だったけれど、これからもっと仲良くなれるといいね」
「そう、ですね」
　ゼレフは亡き妻との出来事を思い出す。
「――次は二周年、かも？」
　何があっても本当に大切なものが分かっていれば大丈夫だと、ゼレフは形見のゴーグル越しに優しい瞳で微笑んだ。

作者：天木一	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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