鏡像の夢

作者:洗井落雲

●予感
 霧島・絶奈(暗き獣・e04612)にとって、この遭遇は意外でも驚きでもなく、予測、確信の範囲の物であった。
 絶奈がこの地に訪れたのは、突如とした予感に襲われたからだ。
 何かに呼び寄せられるような、この地に行かなくてはならないという予感。
 その予感に逆らわず、絶奈は、このモザイクに包まれた廃村にやってきた。そして、躊躇なく、モザイクの世界へと進入した。
 絶奈の周囲は、不可思議な粘液で覆われている。液体の中にいるというのに、呼吸もできたし、いつも通りに動く事すらできた。
 周囲の景色は異常で、朽ちた建物と緑の木々、或いは打ち捨てられた畑や山道が、ぐちゃぐちゃに、モザイク状に溶け合っている。
 そんな景色の中で、モザイクに溶けていないのは二人。
 一人は、もちろん絶奈であり。
 もう一人も、絶奈であった。
「なるほど。やっぱり、ですね」
 にいっ、と――とは言え、絶奈はいつも張り付いたような笑みを浮かべているのだが――絶奈は笑った。
 目の前の『絶奈』は、ほぼ絶奈自身と同じ姿をしていた。だが、絶奈にはない白い翼、角と瞳の色に違いがある。その姿には、何処か神聖な空気すら感じられた。
「この姿に縁のあるものか」
 『絶奈』が言った。
「ご明察。御覧の通りです」
 絶奈が言った。
「ケルベロスが。ワイルドスペースの秘密を探りに来たか」
 『絶奈』が言った。
「私としては、呼ばれただけなのですけれど」
 絶奈が言った。
「いずれにしても。オマエを生かして帰すわけにはいかない」
 『絶奈』が手にした槍を構え、絶奈が応じるように武器を構えた。

●救出行
「霧島・絶奈が廃村の調査中にワイルドハントに襲われた。至急、救出に向かってほしい」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、ケルベロス達を招集し、開口一番にそう言った。
 ここ最近頻発している、調査中のケルベロスがワイルドハントと遭遇する事件。
 どうやらそれに、霧島・絶奈が巻き込まれたらしい、という事だ。
 今なら、絶奈が敵と遭遇したタイミングで合流できるはずだ、という。
「すでに他のケルベロス達の報告書などで知っている者もいるかもしれないが、あらためて、周囲の状況などについて説明しよう」
 これからケルベロス達が向かう、つまり戦闘となる場所は、モザイクの中、奇妙な粘液に満たされた特殊な空間である。
 だが、呼吸や会話は可能であり、行動にも支障はない。つまり、いつも通りに動ける、という事だ。
「そうそう、この空間の調査については、現状では難しい様だ。今は絶奈の救出を最優先で考えてほしい」
 この空間について考察するなら、無事帰還してから、という事なのだろう。
 まぁ、いずれにせよ、絶奈の救出を最優先に考えるという事は、間違ってはいない。
「敵はどうも、絶奈と似たような姿をしているようだ。味方と同じ姿をしている敵と戦うのはやりづらいかもしれんが……どうか、惑わされずに戦ってほしい。君たちの無事と、作戦の成功を、祈っている」
 そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出した。


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
皇・絶華(影月・e04491)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
揚・藍月(青龍・e04638)
水無月・一華(華冽・e11665)

■リプレイ

●肉食獣の毛皮
 ――この逢瀬に感謝を。
 霧島・絶奈(暗き獣・e04612)は笑みを浮かべつつ――それは、絶奈にとっては無表情と変わりない物ではあるが――『絶奈』、つまりワイルドハントと相対する。
「ワイルドハントも遅れていますね」
 絶奈が口を開いた。
「私のグラビティも在り得た可能性を行使する力。望む可能性を使えるのは彼方だけではありません」
 じり。と――。
 距離を詰める。
 ワイルドハントは、口を開かない。ただ、絶奈を睨みつけるだけだ。
「自らのルールを押し付ける空間は脅威ですが――」
 絶奈はそう告げると、
「無限に続く合わせ鏡を覗き込み、平行世界にどれ程干渉しようとも無駄です」
「無駄?」
「ええ。肉食獣の姿を簒奪したところで、私達の本質は解析不能。――いや、あなたの目的など、本当はどうでもいいのですが」
 単に。
「自分と戦える。それがただの姿の模倣であったとしても、素敵で貴重な経験です」
 にいっ、と。
 絶奈が笑った。
 それは、いつもの無表情を意味するそれであったのか。
 あるいは――。
「見つけた! 絶奈、いたよ!」
 割って入ったのは、隠・キカ(輝る翳・e03014)の声だ。間髪を入れず、救援のケルベロス達が姿を現す。
「や、絶奈。無事だったか」
 口調は軽く、しかし油断なくワイルドハントを警戒しつつ、八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)が言う。
「お待たせいたしました、霧島さん」
 水無月・一華(華冽・e11665)が言った。
「予定通り、戦闘前に合流できましたわね。お怪我はないようで、何よりですわ」
「なるほど、先ほどの言葉は時間稼ぎだったか」
 言い捨てるワイルドハントに、
「まさか。ちょっとした世間話ですよ。しかし、少々残念ではありますね」
「残念、だと」
「ええ。ケルベロスの救援程度を予測できないのだとしたら、全くあなたは本当に――カタチだけを真似た紛い物。我々は集団で狩りをする獣だという事を理解していないようですね」
 絶奈がその手を、ゆっくりとつきだした。ほの青い燐光が、その周囲を漂う。
「教えて差し上げましょう。我々の狩りを。お代はあなたの命で結構ですよ」
 絶奈のその言葉が、戦端を切り開く合図となった。

●鏡像の夢
「不思議だよな、人の姿を……どーいう習性でそうなってんの?」
 爽が駆けた。エアシューズ、『Meteorbit』による加速。瞬間的にトップスピードに乗り、ワイルドハントへと迫る。軌跡すら残さず、気取られぬ。死角へと消え、再び現れた時には、射程の内だ。
「まぁ、答えは期待してないぜ。話す間もなく、速攻で狩らせてもらうからな」
 鋭い蹴りがワイルドハントを襲う。直撃したワイルドハントが態勢を立て直す間もなく、
「では、此方の可能性を見せてあげましょう」
 絶奈が狂笑を浮かべる。凄絶な、絶奈本来の笑み。
 突き出された腕より、幾重に魔法陣が紡がれていく。輝くはほの青い光。いずるは可能性。その模倣。その一部。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ――『DIABOLOS LANCER=Replica』!」
 打ち放たれるのは青い槍。生命の根源。定命あるものに祝福を、定命なきものに禍を。
 蒼き光の槍は、ワイルドハントを飲み込んだ。直撃によろめくワイルドハントへ、絶奈のテレビウムの追撃が入った。
「可能性だと……!?」
 ワイルドハントは叫び、剣を振るった。刃の軌跡より水滴が生まれ、それが鋭い刃となって絶奈へと迫る。
「その攻撃を通すわけにはいかないな」
 立ちふさがり、それを受けたのは、揚・藍月(青龍・e04638)である。
「礼を言います」
 絶奈の言葉に、
「それが俺の役割だ。しかし、貴殿と奴とでは、やはりずいぶんと印象が異なる」
 藍月が言う。
「でしょうね。直感的な物ですが、アレは、厳密には私ではない、そう理解しています。ですので、まぁ、容赦は必要ありませんよ」
「達観しているのか……自分と同じ姿とした存在と相対する事に恐怖は?」
 藍月の問いに、絶奈は笑顔を崩さず、言った。
「いえいえ、とても面白い、と思っています」
「……それは頼もしい」
 苦笑しつつ、藍月。
 そのやり取りの一方で、ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)はワイルドハントへ斬りかかる。
「僕の七天抜刀術は人々を守り、悪を断つ剣! 仲間を見捨てる事はありません!」
 相手の傷口を、正確に切り裂く斬撃。ワイルドハントは呻き語をあげる。
「ワイルドハント……あなた達は、ここで何をハントしているのです!」
 ワイルドハントは答えない。もとより、ギルボークも答えが返ってくることは期待していないが。
「貴様は何だ? 何故私達の姿を映す? ……鏡……か?」
 皇・絶華(影月・e04491)はエアシューズ、『斬狼』に炎を纏わせ、ワイルドハントをけりつける。ワイルドハントの顔が歪むが、それはダメージ故か。
「ワタシはワイルドハントだ、ケルベロス」
 ワイルドハントが吠える。
「あなたの正体はさておき。この奇妙な空間……拡げる訳にはいきませんね」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)が言った。バトルオーラ、『姫への愛』を纏った足より放たれる蹴りが、ワイルドハントへ突き刺さる。
「各地で何やら企んでいるようですが……あなた方の所業に、巻き込まれたくない人がいるのですよ」
「ワタシからしてみれば、其方が突然現れたようなものなのだがな!」
 ワイルドハントの言葉に、アレクセイは、
「悪ある所に我らあり……というわけではありませんが、何かを企んでいるのでしたら、妨害されることも織り込んでほしいものです」
 藍月は前衛のケルベロス達への支援を開始し、藍月のボクスドラゴン、『紅龍』はワイルドハントへとブレスの一撃を加える。
「怪我はお任せくださいませ。皆様の誰一人、膝をつかせるようなことはさせません」
 穏やかな声。一華は祈るように縛霊手を掲げると、大量の紙兵を出現させ、前衛のケルベロスへと向かわせる。
「ないしょにしたいこと、見つけてほしくないこと。きぃにもあるよ」
 踵をならせば星が生まれる。キカは、足元に発生した星を、えいっ、と蹴って、ワイルドハントへぶつける。
「でもね、ひみつのためにだれかをきずつけるなら、きぃたちはあなたたちをたおさなきゃだめなの」
 ね、キキ。と、抱えた小さな玩具に話しかける。
「ケルベロスの外見ならばさ、お前らって他のデウスエクス殺せたり出来たりしねーの?」
 爽が言いながら、手元から口紅を取りだした。いや、それは口紅ではない。そのように加工した、柘榴石だ。
 【鉱石回路術式】、電脳空間に保管してある魔術陣を、身に着けた鉱石を媒介に顕現させるとされる、爽の独自魔術。その一つ『【鉱石回路術式】柘榴石恋罠仕掛(オリジネラル・グラナートディフゥルミネ)』は、口元に柘榴石をつける事で発動する。
 それは、見るモノを陥れる柘榴石の罠。
「……!?」
 不可視の魔術のダメージに、ワイルドハントがぐらりと揺れる。
「はっ。無理でしょう」
 絶奈が答えた。ブラックスライム、『親愛なる者の欠片』がワイルドハントを飲み込み、テレビウムが追撃を仕掛ける。
「絶望という言葉に酔い、自らのルールに守られた領域に引き篭もっているだけの、シュレディンガーの猫にもなれない存在です。そんな大それたことができるわけがありません」
「ははぁ、違いないな。それに……ここで俺らに狩られる時点でなぁ」
 爽が続ける。
「おのれ、侮るなよ!」
 ワイルドハントが手にした槍を振るう。前衛のケルベロス達を薙ぎ払い、
「オマエ達に我々の事は理解できまい!」
 叫ぶ。
「ええ、分かりませんね!」
 ギルボークが大器晩成の一撃を撃ち放つ。
「そもそも、隠そうとしているのはそちらじゃないですか!」
「同感だな」
 絶華が『斬狼』で駆ける。切り裂くような蹴りの一撃。ワイルドハントがたまらずのけぞった所へ、
「ここは、あなた達のような存在の逃げ場なのですか?」
 アレクセイのドラゴニックハンマー、『Ignaz』より放たれた竜砲弾がさらに着弾、ワイルドハントを大きく吹き飛ばす。
「貴殿に我は在るか?」
 藍月が神速の突きを撃ち放つ。それはワイルドハントの身体に突き刺さり、ワイルドハントはたまらず大きく息を吐く。
「……ワタシは、ワイルドハントである」
 『紅龍』が主人に続いてブレスを吐き、ワイルドハントをブレスで包み込む。
「攻撃を続けましょう、戦いの趨勢は見えていますわ」
 一華が再び祈り、紙兵はそれに応えケルベロス達を支援する。
「みんな、がんばって!」
 キカはオウガメタルの力を借りて、オウガ粒子によりケルベロス達をサポート。
「そろそろそっちもキツくなってきたんじゃねぇの!?」
 簒奪者の鎌、SilberKristallAugenを投擲した爽が、ワイルドハントに向けて叫ぶ。
 回転しながら飛来する大鎌は、ワイルドハントを切り裂き、爽の手元へ。
「くっ……まだ……まだワタシは……」
 体中を切り裂かれ、立ち上がろうとするワイルドハントの前に、
「いいえ、もう結構ですよ」
 絶奈が立ちはだかった。
「絶望という安酒に酔い、ぬるま湯の孤独につかり、全てに目をつむり耳をふさぐ日々は、さぞかし楽しかったでしょう」
 絶奈のかざした手に、ほの青い燐光が宿る。展開される魔法陣。現出する槍。
「ですが、それでは――いくら我々の姿をとった所で、何の益にもなりません。嗅ぎ付けられて、食い殺されるが関の山。あまり番犬を舐めない方がよろしいかと」
「ケルベロス――」
「それでは。可能性に圧し潰されて消え去りなさい」
 放たれた蒼の槍。
 銀色の雨の記録。現出した可能性。
 ワイルドスペースが蒼い光に包まれる。
 そして。

●割れた鏡、割れぬ夢
 気づけば、そこはただの廃村だった。
 それは、現実空間への帰還を意味し。
 ワイルドハントの消滅を意味していた。
「そういえば、礼を言っていませんでしたね」
 いつもの微笑。絶奈の無表情。
「ご助力、感謝します。おかげさまで、こうして無事です」
「どういたしまして! ケルベロスの仲間を見捨てるわけにはいきませんからね!」
 ギルボークが言う。
「ご無事でようございました」
 ほっとした様子で、一華。
「しかし、ワイルドスペースが消滅してしまったのは少々惜しいですね……興味深くはあったのですが」
 アレクセイの言葉に、
「アレが鏡のようなものだとしたら……その像を破壊するとは、鏡そのものを破壊する、という事なのかもしれんな。ワイルドスペースが消えてしまうのも仕方ないのかもしれない」
 絶華が言う。とは言え、全ては憶測にすぎない。ワイルドスペースの秘密は、ワイルドハントが持って行ってしまった。すべては、鏡の夢の向こう側に。
「収穫なし、とは言わないぜ。当初の目的は達してるんだからな」
 爽の言葉に、
「うん、絶奈がぶじで、みんなもぶじ。よかったよ」
 キカが笑って言った。
「だが……これからも、しばらく、ワイルドスペースの事件は続くのだろうか」
 藍月が言った。
「そうですね……敵の真意は不明のまま、事件は増加の一途をたどっています。もしかしたら、全てのケルベロスに対応した、ワイルドハントが存在するのかもしれません」
 ギルボークが答える。
 ワイルドハントの真意は不明ながら、同様の事件は増え続けている。いずれ根本的な解決の時を迎えるまで、この戦いはまだまだ続くのだろう。
 そして、いつか、自身の鏡像と出会う日が、来るのかもしれない。
「きぃのまねをした子が目の前にあらわれたら――」
 キカが言う。その手にキキを抱きしめて。
「きぃはその子を……こわせるのかな」
 鏡の夢に潜む、自分とは異なる自分。それは、絶奈の言った通り、ケルベロスのもう一つの可能性であるのかもしれない。
 敵はあくまで、姿を写しただけの存在である。その本質は、本人とは全く異なる。
 だが、その姿が、自身のある別の姿である事は事実だ。
 それを見た時、自分ならどうするのだろうか、とケルベロス達は考える。
 それは歓迎するべき姿なのか。忌むべき姿なのか。
 恐怖を覚えるのか。歓喜を覚えるのか。
 戦えるのか、護れるのか。
 自分が敵であったとき、自分はどうするのか――。
「いえ、あまり深刻なムードになられても。一応勝ったわけですから、皆さん、もっと明るくなれませんか」
 絶奈が言う。
「そうですわね。恐れるだけでは、ワイルドスペースに逃げ込んだワイルドハントと同じ。私達は、立ち向かい、護るもの。番犬なのですからね」
 一華が微笑を浮かべつつ、言った。
「しかし明るく、とは言えさ、『やったぜ、絶奈、大勝利だ!』とか言って胴上げとかされたいわけ?」
 尋ねる爽に、絶奈は、
「御冗談を。頼まれてもお断りしますね」
「だよなぁ」
「とは言え、明るく、というのは賛成です。勝利の凱旋と行きましょう!」
 ギルボークの言葉を合図に、一行は一路、帰還の途へ着く。
 その最中に、絶奈は背後を振り返った。
 そこにモザイクはなく、かつて感じた、呼ばれるような感覚もない。
 ここはもはや、自分とは何の関係もない場所となった。
「まぁ……楽しめましたよ」
 割れた鏡像、消滅した、ある意味でのもう一人の自分へ向けて。
 絶奈は呟いた。
 ――この逢瀬に感謝を。
 胸中で呟くと、絶奈は、帰途を歩き出した。
 もう、ふり返らなかった。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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