祭りの夜に

作者:絲上ゆいこ

●夜風に交じる秋の香り、遠くに響く祭り囃子
 白い肌は、透き通るよう。
 切れ長の瞳は、黒曜石色のような深い色に揺れている。
 一般的に言えば、青年は目鼻の整った顔立ちと言えるだろう。
 その彼は、友人に誘われ女の子を引っ掛ける為に秋祭りへと行く為の準備をしていた筈であった。
 しかし今。
 青年は目を丸くする事しか出来なくなっている。
「うんうん」
 突如彼の部屋に現れた少女は、彼の胸ぐらを掴んで顔を見上げていた。
 彼女の褐色の肌を覆う、踊り子風の衣装。
 金の髪飾りでツインテールに纏められた髪は、活発そうにぴょんと跳ねている。
 そして、特徴的にツンと尖った耳。
 ――少女の背からはタールのような羽が対に伸びていた。
「なかなか良くなりそうだわ。綺麗な顔をしているじゃない、切れ長の瞳なんてなかなか好みよ」
「君は、誰だ……?」
「すぐに解るわよ」
 その瞬間、青年が炎に包まれた。
 煌々と燃え盛る青い炎。
 その奥に、影が蠢いた。
「ォ、オ、オオオオオオオオオ!!!」
 嘶きめいた音が響き、部屋の壁が弾け飛んだ。
 土埃の中。
 兜奥の黒曜石色の瞳を揺らし、エインヘリアルは吠える。
「ほら、やっぱり格好良くなったわね。やっぱりエインヘリアルは外見が良くないとね」
 少女――炎彩使い、青のホスフィンは、彼であったエインヘリアルを撫でながらうっとりと囁く。
「さあとっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そしたら、迎えに来てあげる」
 踵を返すホスフィン。
 エインヘリアルは小さく頭を下げ、外へと飛び出して行った。

●秋祭りの夜は
「ん。……集まった?」
 ぼんやりと頭を擡げ、口の中で欠伸を噛み殺しながら八上・真介(夜光・e09128)が皆に振り向き。
「よぅ、お仕事の時間だぞ。シャイターンに動きがあったんだ」
 その奥に腰掛け、あんみつを食べていたレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は、ケルベロス達に資料を手渡した。
「炎彩使い……、青のホスフィンってヤツが動いたみたい」
 真介は眠たげに瞳を揺らして立ち上がり、文字に視線を落とし読み上げはじめた。
 『炎彩使い』を名乗るシャイターンの少女たちは、今まで5人確認されている。
 彼女達は死者の泉の力を操り、その炎で焼き尽くした男性をエインヘリアルと化す事ができるようだ。
「現れたエインヘリアルはグラビティ・チェインが空っぽだ。近くで開催されている秋祭りに一直線にかっ飛んでいくぞ」
 ヘリオンの扉を開きながらレプスは言葉を次ぐ。
「敵のエインヘリアルは1体。ゾディアックソードに似た攻撃を行い、攻撃力に長けているそうだ」
 秋祭りはその地域でも有名な神社らしく、人々が多く集まっている。
「お前たちには、エインヘリアルが繰り広げるであろう惨劇を止めて欲しい」
 エインヘリアルはその場に着いた瞬間、虐殺を始めるだろう。
 彼にためらいは一つも無い。
 選ばれた彼が人々を糧にするのは当然の事であり、自らの為に死ぬ事ができるのは喜ばしい事であろうとすら考えているのだ。
「……もう、手遅れなのか?」
「ああ、青年はもう救えない」
 真介の問いかけに、レプスは真剣な声音で応える。
「でも、お前たちの行動でまだ救える命があるんだ。期待してるぜ、ケルベロスクンたち」
「……ん」
 頷く真介。
 ヘリオンに乗り込んだケルベロスたちを見やり、レプスは小さく笑ってみせた。


参加者
片白・芙蓉(兎頂天・e02798)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
八上・真介(夜光・e09128)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)

■リプレイ


 鳴り止んだ祭り囃子の代わりに、参道を飲み込んだ焦燥の音。
「此処は戦場になる故」
「さぁ早く! 本殿の方に逃げて下さい!」
 銀糸に揺れる桜の花。忍装束の男が本殿へ繋がる道を指差す。
 人々を誘導するイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)と葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)の声音が響き渡り、喧騒と足音が本殿へと駆けてゆく。
 そこに訪れる、大きな敵意の気配。
「――お出ましだな」
 鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が呟き、青い瞳の白翼猫のユキが空を見上げるように顔を上げた。
 ケルベロスの到着より数分遅れ。地に降り立った巨躯を包む鎧は黒く、美しい。
「……は」
 黒き鎧のエインヘリアルは既に避難を開始している群衆を認めると、吐息を零した。
 それは愉悦の音。
 人々の群れの愛しさすら覚えるか弱さ。
 比べ、自らの内より溢れる力の素晴らしさ。
「ははははは! ああ、良い気分だ。良い気分だ!」
 形の良い唇が歪み、嘲笑を形作る。
「で。選ばれて、いい気になって、殺戮か」
 ――本当に。
 紫色の炎が爆ぜる。
 八上・真介(夜光・e09128)の瞳が、火坑を覗くかの様に揺れた。
「選ばれたとか、優れてるとか、本当に馬鹿馬鹿しい」
 同時に月光の軌道が弧を描き、エインヘリアルの掲げた長剣が重なり留め。
「はは、選ばれる事の無かった者は可哀想にな」
 互いに弾かれるように後退し。距離を取る彼の方を見る事も無く、敵は言葉を紡ぐ。
 真介は瞳を細め、噛みしめる様に息を飲んだ。
 エインヘリアルの携えた長剣が星を纏う。
 愉悦に似た色に染まった黒曜の瞳が定める狙いは群衆だ。
「俺は、腹が減ったんだ」
「ひ……っ」
 威圧感に声を漏らし。思わず脚をまろばせた少女に向かい、宙を裂いて放たれる一撃。
 コン、と高く杖の音が響いた。
「被害者とはいえ、殺戮を良しとするのは人としてどうかと思うね」
 定められた狂刃の切っ先を反らす様に、叩き込まれた鉄の玉と猫の輪。
 同時に黒い毛並みの翼猫のキヌサヤは、翼一杯に加護を纏った風を扇いだ。
「いや……、もう人じゃないか」
 群衆を護る形で背を向けて。
 アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)が銀のリボルバー銃を構えたまま、青い双眸を細める。
「――弱者を嬲るしか能のねえ腑抜けが笑わせんなよ。シャイターンの駒にされた程度で思い上がりもいいところだな」
「弱い奴しか殺せないとは勇者の名折れよな」
 少女を庇い抱いた慶は彼女の頭をポンと撫でてやると、振り向く事無く言葉を紡いで杖を拾い上げる。
 敵を縫い止めんとするかの様に白銀の槍を構えた真介が、更に悪態を付け足した。
「もう転ぶなよ」
 ユキが慶の肩に降り立ち、同意を示すように小さく頬を寄せ。
 少女はお礼を口に、再び本殿へと駆け出して行く。
「はは、ケルベロス、……ならばお前たちから遊んでやろう!」
 どこか楽しそうに吐き捨てた黒き鎧が螺旋の軌道を描く辻風に弾かれ、後ろに跳び避ける。
「では。せめて害を為す前に、拙者等の手で滅せねばなるまい」
 避難者の海から、出店の天井を伝い跳ねてきた影二が地に降り立ち。巨大な手裏剣をその手に収め睨めつけ。
 応援動画に合わせて踊るテレビウムの帝釈天・梓紗の横で、片白・芙蓉(兎頂天・e02798)が呆れたように呟いた。
「……選ばれてようやく特別だなんて、凡人の証拠でしょうに、それ」
 芙蓉から御業が膨れ上がり、篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)を護る鎧と化し。
「はい、ゴクローサンっと」
 その後方より空を裂く光の刀筋。
 愛しき刀を振るい駆け込んで来たのは、人々を逃し終えたウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)だ。
「いやあ~顔がイイだけで狙われちゃうとは、イケメンは罪ってやつですかねェ。……顔が良くて強い男がイイとか丸きり俺ですよねえ、いやあ怖い怖い」
「そーうかしら? 容姿雰囲気魂の美しさその他諸々……! フフフ、どう見てもうちの真介の圧勝なのだわ……!」
「……イヤー、冗談だったんですが、流石に惚気が過ぎねェですか?」
 肩を竦めて軽口を叩くウィリアムに、芙蓉はいつも通り明るく悪戯げに瞳を細めて笑う。
 その傍らで葛葉は精神統一するかの様に、細く細く息を吐いた。
 自らの性質は、自分自身が一番理解している。
 だからこそ、――せめて、力を持たぬ人達の命は守りたいと思う。
「イリスさん、行きましょう!」
「はい、これ以上の凶行は私達が許しません!」
 刀を掲げたイリスが、背の羽根を大きく広げ。
 ガトリングガンを握りしめた瞬間。葛葉の瞳に、狂気に似た喜びの色が浮かぶ。
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参りますッ!」
「あは……、さあ、――殺し合いをはじめようッ!」
 凛と吠えたイリスの羽根が大きく風をはらみ駆け。
 同時に脚を踏み出した葛葉は、唇を笑みに歪めた。


 幾度も重ねられた剣戟は、高く響き。
「灼き尽くせ、龍の焔!」
 イリスの朗々とした詠唱に合わせて突き出された掌より、竜の幻影が大口を開き敵に喰らいつき。
 参道の柱を飛び継ぎ跳ねる影二が握りしめた御人守。
 体重と重力、そして膂力。柱を蹴り上げると雷めいた速度で鎧に向かってその槍を叩き込む。
 数に押され、バッドステータスを重ねられ。エインヘリアルは炎を纏い、貫かれた兜がその場に転がり落ちる。
 たたらを踏みながらも、黒き鎧はその場に立ちとどまり。
「……はは、ははは、痛い、痛いが。生きているぞ!」
 そして彼は、割れた兜を見下ろして笑った。
「ケルベロス達の攻撃を受けても、俺は生きている! さあ、待っていろ、餌共!」
 イリスは眉根を寄せて、呟く。
「炎彩使い……。その能力、中々厄介なモノみたいですね」
「……決して褒められる人間性の持ち主では無かった故に選ばれてしまった、か」
 影二が頷き、首を振る。
 その為に選ばれてしまった。
 人として生きる事が出来なくなってしまった。
「あははは、そうだよね」
 敵の笑い声に重なる、弾んだ笑い声。
「まだ生きてる! まだ蜂の巣にできてないもんね!」
 葛葉が柱を蹴り、壁を蹴り。デートを待ち望む少女のように熱に浮かされた声音で葛葉は笑う。
「まだまだぶっ殺せるなんて素敵! 楽しいね。もっともっと殺し合おうよ!」
 巨躯の肩を蹴り上げ、至近距離より吐き出されるガトリングの弾は歌う様。
 ウィリアムが肩を竦め、腰を低く構えた。
「ま、気の毒だが祭りの邪魔なんつー無粋な真似にはお仕置きをくれてやろうぜ」
「そうだね、折角の秋祭り。台無しにする様な無粋者にはお帰り願おう」
「――影となりて、闇に裁き。仕置する事ができるのが、拙者達だけならば仕方あるまい」
 相槌を交わした影二とアトリに頷いて見せたウィリアムは、白銀を煌めかせて吠える。
「オラ、顔だけじゃねェんだろ? 俺達が怖くて一般人しか斬れねェなんて言わねェですよねえ?」
 人々の避難先――本殿には行かせねェぞ、色男。
 宙を滑る白刃が捉えるは黒き鎧だ。
「――Have a good night, birdie.」
「腹は減っているが――、選ばれた俺にとってお前達など敵では無い。無論お前たちも斬る!」
 自らの力を過信しているのか、理解できていないのか。
 着実に削られている体力にも構う事無くエインヘリアルは叫び、剣を地に叩き込む。
 冷気を纏った星々が地を貫き、駆ける大量の亀裂に似た冷気がケルベロス達に迫る。
「おおっとォ!」
「……っ!」
 イリスを庇い、同時に駆けたアトリとウィリアム。
 熱にすら似た痛みがその身体を貫いた。
 その身にまともに冷気を受けながらも、アトリの義父のリボルバーの照準はブレはしない。
「そうはさせないよ、――生を啜られゆく感覚、じっくりと味わいなよ」
 自らの経験した暴虐による理不尽を、もう人には味合わせたくは無い。
 その為ならば。自らの身体が幾ら傷もうが敵から目を離すことは――無い。
 吐き出される仄暗き影の弾丸は、着弾と同時に溶けるよう。食らいついた影が、鎧を喰らい蝕む。
 ユキが宙を駆け、その頬に爪跡を残す。
「……髄から骨、骨から肉、肉から鱗へ、その外へ」
 骨まで凍る一撃は、自由の効かぬ脚を更に痛めつける。
 慶が囁くように口遊む、身体を蝕む呪いを祓う呪歌に合わせ、キラキラと光の竜鱗が降り注ぐ。
「……大丈夫か?」
 抱き上げるように庇った真介を地に降ろし、慶は言う。
 その言葉に掛かる心配は身体だけでは無い、彼の心もだ。
「大丈夫。……大丈夫」
「そうか。なら、さっさと蹴散らして終わらせるぞ」
 真介の言葉に頷く慶。
「あらあら、内緒話なら混ぜて欲しいわ! フフフ、何より回復ならば芙蓉さんにお任せよ!」
 ぴょーんと跳ねて腕を伸ばした芙蓉から、大量の仔うさぎのエネルギー体があふれこぼれ落ちた。
 踊り鼓舞する梓紗に、キヌサヤが更に癒やしを重ねる。
「さあ、活躍の時よ、速やかにゴー!」
 前衛達の肩に取り付いたうさぎがもふもふと肩を食み、加護を与え始める。
 彼を心配しているのは慶だけでは無いのだ。
 ああ、――お前の。
 ……真介の前でエインヘリアルが誰かを倒すだなんて、まったく冗談じゃないわ!
 内心の感情を噛み殺すように、芙蓉は明るく笑って見せ、弾んだ声で叫ぶ。
「お前たち、各自ファイトよー!」
 瞳を細めた真介は、うさぎを肩に力任せに地を蹴りあげる。
 敵意に揺れる黒い瞳と、力に溺れた黒い瞳が視線を交わされた。
「……折角綺麗な顔でも、やる事がこれではまったく救えないな」
 自らの過去。
 焦燥と怒りと不安を綯交ぜにした焼けた棒となり、肚をかき混ぜるようだ。
 真介は吐き気すら催しそうな感情を刃に乗せて叩きつけた。
「お前はここで終われ、エインヘリアル」
 睨めつける瞳の色は、黒に揺れる。


 白刀の軌道が重なり、空を斬る一撃は敵ごと宙と地すら切り裂く。
 膂力の差はあれ、剣を振るってきた数と技術。そしてグラビティチェインの保有量はウィリアムのほうが数段上だ。
 打ち負けて、たたらを踏むエインヘリアル。
 ウィリアムの腰で揺れる二本差しの鞘を抑え。重心を低くしたまま構えを解いたウィリアムは、はた、とまるで今気がついたかのような、わざとらしい表情を浮かべた。
「ははぁ、さてはオタク、剣の腕は大したことねェな?」
「はぁ?」
 エインヘリアルが思わず、すり抜けていったウィリアムにぐるんと向き直り。
 そのままの勢いで剣を振るうが、その軌道は甘さと疲労の色が濃い。
「忍の妙技、篤と御覧頂こう……!」
 そのような太刀筋を避けられぬ訳も無く、影二はバックステップを踏んだ。
 そして稲妻の霊力を帯びた棒手裏剣を展開し、瞳を細める。
 幼少の頃から厳しい修行を積み重ねたこの身。その修行は全て、敵を倒すが為だ。
 螺旋の力を穿いエインヘリアルを杭打ち、繋ぎ止める手裏剣。
「……身動きも出来まい」
 彼が囁くと同時に弾けた稲妻。感覚を狂わせる程に、鋭敏と化したであろう身体。
 がろん、と音を立てて敵が剣を取りこぼした。
「こっちもちゃんと見ていないと、危ないよ」
 その隙をアトリが逃してやる義理も無い。
 鋭く跳ねた彼女は、蹴り上げる形でエインヘリアルに飛びかかり。
 余った勢いを殺さんと肩の飾りを掴んで、強引に制動を掛けた。
「冥土の土産に、これも持っていきなよ」
 折角祭りに遊びに来たのだから。
 こめかみに押し付けられた銀の銃。
 乾いた音が響き、エインヘリアルはその場で巨躯を揺らした。
 そこを重ねてアトリに蹴り上げられ、黒い鎧は勢い良く砂利の上を転がる。
「わーい」
 笑顔を浮かべた葛葉は、その首元に馬乗りに。ナイフの刀身を掲げて笑う。
 ――自らの性質は何より理解している。
 だから、――自らは兵器で良い。
「ねえねえ、どうやって殺してほしい?」
 肉を刻む、斬り刻む。
「ぐ、うっ!」
 ナイフを振るう葛葉を払いのけるように腕を凪ぎ、そのままその拳を振り落とさんと――。
「させねぇってるだろ」
 それを押さえ込んだのはディアトリマの戦鎚を掲げ、滑り込んだ慶だ。
「邪魔、だ!」
 巨躯の拳を再び擡げ、慶を払いのけようとするエインヘリアル。
「――疾く往け」
「――光よ、かの敵を光が如く刺し貫く槍と為れ! 銀天剣・漆の斬!!」
 強く握りしめた懐中時計。
 頭に過るのは、過去の言葉。魔術を構築するあの詠唱。
 翼が生み出した光の剣、魔力が生み出した刃。
 それらが射出されるだけのシンプルな攻撃。それ故に、避ける事は困難だ。
 真介とイリスが同時に放った撃は、エインヘリアルを確かに貫いた。
「俺は、選ばれたのに、どうして……?」
 疑問に答える者は誰もいない。
 イリスは目を閉じ、妖刀に操られていた過去が脳裏に過る。
 あの時、助けてくれた『誰か』がいなければ。
 もしかしたら、自分だって。
「は……、俺より強くなってから出直すんだな」
 ウィリアムは崩れ落ちるエインヘリアルを見下ろし、口元に拳を当てる。
「やれやれ、イケメンっつーのはな、中身が伴わないと意味ねェぜ」
 薬指に嵌った指輪に、唇を寄せるように。――言い聞かせるように彼は囁いた。


 翼猫が癒やしの風をそよぎ、アトリが顔を上げた。
 蔦の絡む出店に、キノコの形の階段。
「キヌサヤ、もう大丈夫だよ」
「……こんなものだろうか」
 アトリと影二が施したヒールは、周りをファンタジックに癒やしあげ。
 その光景はファンタジックさを感じさせはするが大体元通りと言えた。
「皆さん、お祭りはすぐに再開されるそうですよ」
 本殿に報告にいっていた葛葉の様子は先程とは打って変わり。いつも通りの穏やかな様子で、皆に手を振った。
「中止にならなくて何よりだな」
「皆、楽しみにしていたみたいですから」
 ウィリアムの言葉に小さく頷いた葛葉は、影二をちらりと見る。
 実は彼とは苗字と名前が被っていて少し気になっていたのだ。
 視線に気が付いた影二が、不思議そうに首を小さく傾ぐ。
「また今度、狩りに行こう」
 砂利道を、慶の突く杖がかき混ぜる音が響いた。
 ――復讐はそう悪いものじゃないと、思っている。
 少なくとも慶は。
 憎む気持ちを否定するつもりは、ひとつも無い。
「……ん」
 慶の言葉に、真介は曖昧に答える。
 いつも通り、眠気と欠伸を噛み殺すように。
 ユキがにあ、と鳴く。
「フフフ、祭りが再開するらしいわ! はやく行くわよっ、全ての出店を制覇するのよー!」
 頭に仔うさぎとニヒルに指示待ちをしていた梓紗を乗せて。
 2人の腕を後ろから組んだ芙蓉が、彼らを見上げて笑う。
「わ、食べ歩きなら私も是非行きたいですっ」
「勿論歓迎よ!」
 イリスの申し出に、芙蓉がにっこり微笑んだ。
 仔うさぎと同じ形の白い耳がぴょんと跳ねる。
 楽しい事は、きっと心だって癒やしてくれるだろうから。
 響く祭り囃子。
 祭りの夜の空は、暮れゆく。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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