鎌倉ハロウィンパーティー~Egg Prince

作者:七凪臣

●生徒会長の憂鬱
 南瓜、蜘蛛の巣、蝙蝠、南瓜、魔女、お化け、また南瓜。
 文化祭前の雑務に追われすっかり遅くなった帰り道。
 人通りが絶えたアーケード街を急ぎ足で抜けながら、詰襟姿の少年は並ぶオレンジ色を眺めながら重い溜め息を吐いた。
(「……何がハロウィンだ」)
 日を追う毎に賑やかさを増す街のディスプレイが忌々しい。
(「こんなに浮かれて何になる」)
 もう一つ、溜め息。
 でも、少年は知っていた。くさくさした気持ちの裏にある、自分の劣等感を。
(「……羨ましいなんて、思ってない」)
 真面目で堅物。成績優秀で頼り甲斐はあるけど、気軽に声は掛け難い――それが、通う高校で生徒会長を務める少年への周囲からの評価だった。別に、それで構わないと思っている。来年は受験生だ、余計なものは耳に入れなくて構わない。
(「――嘘だ」)
 少年は、知らず立ち止まっていた。
 ショーウィンドウに映る自分の姿は、まるで捨てられた子猫のよう。
(「自分の殻を、破れない。皆の輪に加わりたいのに、そう出来ない」)
 孤高に慣れたフリをする少年は、いつも一人ぼっちだった。
(「友達と、騒いでみたい。仮装だってしてみた――」)
「――え?」
 心の声が、不意に現実の音になる。ただしそれは、短い戸惑いの声。だって自らの心臓に巨大な鍵が刺さっていたのだ。
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか。その夢、かなえてあげましょう。世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 鍵の柄を握るのは赤い頭巾の少女。
 しかし少年の意識はそこで途切れる。少女に――ドリームイーターに夢を吸い上げられてしまったから。
 怪我もなく、ただ眠るようにその場に崩れ落ちた少年。代わって具現化したのは、帽子と上着で割れた卵を演出した――しかも頭の方には小さな王冠付――仮装をした無邪気な笑顔を浮かべる少年。
 否。
 後者は少年ではない。
 彼はハロウィンドリームイーター。その証に、彼の全身はモザイクで彩られている。

 斯くして産声を上げたハロウィンドリームイーターは、ふらりその場から姿を消したのだった。

●南瓜の国のEgg Prince
 藤咲・うるる(サニーガール・e00086)が調査した結果、判明した事がある。
 それは、日本各地でドリームイーターが暗躍しているということ。
 出現しているドリームイーターは、ハロウィンのお祭りに対して劣等感を持っていた人物で、ハロウィンパーティーの当日に、一斉に動き出すらしい。
 そして。
「ハロウィンドリームイーターが現れるのは、世界でいっちばん盛り上がるハロウィンパーティー会場……そう、鎌倉のハロウィンパーティーの会場みたいなんですっ!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)、両手両足をきゅっと踏ん張って力説。
 それもそのはず。鎌倉の会場といえば、ケルベロスハロウィンが行われる会場。つまり、狙われているのは自分達のパーティーなのだ。
「お願いなんです。本物のハロウィンパーティーが始まる前に、ハロウィンドリームイーターを撃破しちゃって欲しいんです!」
 ――至極当然の願いである。
 ともあれ、幾体も現れるハロウィンドリームイーターのうちの一体の話をすると。
 生真面目な性格ゆえ、賑やかな人の輪に加わる事が出来ない少年の劣等感から生まれたドリームイーターだ。
 上下に割れた卵殻を模した衣装を纏っており、その頭にはちょこんと小さな王冠が乗っている。
「外見から、卵王子ってねむは呼ぶ事にしたんですけど。その卵王子さんは、ハロウィンパーティーが始まると同時に現れるみたいなんですね。だから……」
 本来のパーティーが始まる時間より早く、あたかもパーティーが始まったように振る舞えば、卵王子を誘い出す事が出来るに違いない。
「賑やかな会話とか、仮装とか。ちょっぴり羽目を外しちゃうくらいに盛り上がるのに憧れてるみたいでしたから、そんな雰囲気にするといいかもしれないです」
 自分の殻を破れぬ少年の夢。
 叶えるなら、どんな形になるだろう?
 想像の翼を広げ、また実際にその空気を楽しんでみるのもまた一興。されど、お楽しみの本番は戦いの後にこそ待っている。
「ケルベロスハロウィンを思いっきり楽しむ為にも、卵王子さんをしっかりやっつけてきて下さいね!」
 えいえいおー!
 軽く握った拳を突き上げて、ねむは戦いに赴く者たちへ全力でのエールを送った。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
淡藤・咲月(蒼天藤舞・e00696)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
ルピナス・ヘリオドール(たいようのおおかみ・e01392)
クレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)
ノイアール・クロックス(ドワーフの降魔拳士・e15199)
白山・千夏(神威発掘者・e16492)

■リプレイ

●祭の前の
 盛夏の頃は濃い緑だったろう木々の葉は、落ち切るにはまだ早いらしく、茶に褪せて秋風に揺れる。
 嵐の前の静けさならぬ、祭の前の静けさ。
 人避けのされた街中の小さな公園は、弾ける予兆を前の寂しさを漂わせている――かといえば、そうでもない。
「届かないにゃっ!」
「俺がするよ。ここら辺でいいかな?」
「もうちょっと右がいいにゃ。そこから、隣の枝まで伸ばせたらバッチリにゃ!」
「了解」
 深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)ではうんっと背伸びしても手が届かない街路樹の枝先へ、淡藤・咲月(蒼天藤舞・e00696)が小柄な監督官の仰せの通りに、蜘蛛の巣に模した飾りをするすると施していく。綿菓子の様に纏めたり、枝と枝との間に薄く渡し架けると、それだけで雰囲気は十分だ。
「ね、ブランコにジャックオランタン乗せたら可愛くないかな?」
「それは良いアイディアっす!」
 元から設えられた遊具だって、今日という日は特別に。
 朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)の提案に、ノイアール・クロックス(ドワーフの降魔拳士・e15199)はオレンジ色の南瓜飾りを抱えて全力疾走。
「――」
 が、現着するや否や一旦停止。そして、やおら魔女のぬいぐるみを取り出しブランコの座面に乗せ、傍らに南瓜をちょこんと置く。
「セットにすると可愛さ倍増じゃないっすか?」
「うん、いいと思うよ」
 咄嗟のアイディアは、思考するより降って沸いた天啓。されど勢い任せなノイアールの妙案は、ばっちり的を射ていて斑鳩の笑顔を弾けさせた。
 『本番』には少し早いハロウィンパーティーの準備は、賑々しく楽しげで。上がる声が帯びる気配が、既に心を浮き立たせる。
「ふむ、好い感じじゃの。なればこのランタンは入口辺りじゃろうか?」
「いいんじゃないか?」
 現場監督よろしく公園の全景を見渡していた本日この場の最年長――とは言え、ドワーフである事もあってぴちぴち溌剌――、白山・千夏(神威発掘者・e16492)の弁に、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)がオレンジ色のリボンを結わえる手を止め是を頷く。
「目立つし、足元の光ともかち合わないだろう」
 言って男が視線で示したのは、隅に配した南瓜型のライトたち。ころり転がる姿の愛らしさは言うまでもなく、日暮れ後の世界に添えるだろう彩りもさぞ華やかに違いない。
「よし、ではそうするのじゃ」
「ねぇねぇ、おんがくはこれでいいかな?」
 一人がまろび走れば、また次が。兎の着ぐるみを纏わせた狼のぬいぐるみリュックを片手に、ルピナス・ヘリオドール(たいようのおおかみ・e01392)が空いた方の掌の上でお化けが踊る動画を再生させると、思わずスキップしたくなるリズムの音楽が響き出す。
「ぴったりじゃないか! ……にしても凄いな」
 流石レプリカントのハイテクぶり。くるくるシーン移ろう動画に、文明の利器を使いこなせない程度には機械音痴なクレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)の口から感嘆の溜息が零れる。
「えへ、そうかな?」
「ああ」
 褒められて咲いた笑顔の花に、クレスは再びの太鼓判。
「でもね、クレスのきーぷあうとてーぷもカワイくできてるとおもうんだ!」
「はは! それはありがとう」
 念の為にと飾りに混ぜて貼ったテープを真顔で頷き賞賛されれば、青年の顔も柔らかく綻んだ。

 右に左に駆けて、上に下に手を伸ばし。
 置いて、乗せて、結わえて、賑やかに軽やかに華やかに――果たしてその仕上がりは?

●フライングパーティー
 緋色のマントをふわり翻しクレスが爆ぜさせたクラッカー。紙製のジャックオランタンや魔女やお化けが飛び出せば、それがパーティー開始の合図。
「ハッピーハロウィーン!」
 海賊船長に扮したクレスの一声に、全員でジュースを満たしたグラスを打ち鳴らしたなら、世界は日常から非日常のワンダーランドへ一っ飛び。
「皆さん、写真撮らせて下さいっす」
 礼装の悪魔の装いならば、きりっと大人な風情が似合うのは百も承知。されどテンション鰻上りのノイアールはわくわくを抑えきれず、橙や黒、赤のテープでデコレーションしたミミックのミミ蔵を伴いカメラのシャッターを切りまくる。
 でも、その高揚も仕方ない。だって、其々が其々に工夫を凝らした仮装は、写真で永久保存したくなる出来栄えなのだ。
「さぁ、お礼にこれをどうぞっす」
「わぁい! ありがとうだよ」
 いつものうさ耳パーカーには一時お休みいただいて、半袖パーカーでカラフル猫になったルピナスは、ノイアールが広げたお菓子袋に飛びついて、
「! しまった、このてじゃたべられなかったよ」
 肉球つきのアームカバーをぐぅぱぁさせて一同の笑いを誘うアイドルと化す。
「ふむ、それならこうするのじゃ」
 子猫が餌を求めて鳴くなら、与えるのが大人の役目。買って出た吸血鬼に化けた千夏は、クッキーを一枚摘み上げ、ひょいっとルピナスの口に放り込む。
「いいにゃ! 雨音にも美味しいお菓子、いっぱいちょうだいにゃ!」
「慌てない慌てない。ほら、こっちにもたくさんあるよ」
 はいはーいと右手を上げて九尾のレッサーパンダになった雨音――ただし、彼女は元からレッサーパンダのウェアライダー――へ、今度は鴉天狗の衣裳を纏った斑鳩が七色の飴玉を差し出す。
 が。
「本物の尻尾はど~れにゃ?」
 ハロウィンのお約束はトリックオアトリート。思い出した雨音はくるり反転し、飾りの八本と本物をふりふりして悪戯を仕掛けてみせる。
「楽しいですね」
 ちょこちょこと歩きまわるミミックの貯金箱を、自分と同じ蝙蝠羽とマントでヴァンパイアに仕立てた咲月は、和風仕様だからと銘打った種族の証とも言えるキタキツネの耳に弾む心を現す。
「そ、そうだな」
 しかし、語り掛けられたアラドファルの動きは若干ぎこちない。誤魔化すように飴玉を差し出す手も、ほんのり緊張気味。理由は簡単。アラドファル、実は大勢で賑やかにするのが苦手なのだ。だが、そうとばかりは言っていられない今日は、根性据えて自分の中に眠る明るさを振り絞る。多少の無理は、ゾンビ医者を演じる為に施した蒼白メイクが誤魔化してくれると信じて。
 年齢種族仮装も多種多様。混ざり融け合った笑い声は、朗らかな音色となって街を渡る。 心寂しい者を、惹きつけるように。
「おっ」
 最初に気付いたのは、周囲に気を配っていた千夏だった。
 釣られて視線を投げると、少し離れた所に特徴的なまぁるいシルエット。
「こっちにおいでよ! いっしょにあそぼ!」
 満面の笑顔を輝かせ、ルピナスが手を差し伸べる。せっかくの楽しい時間、皆で楽しまなきゃ損だから。
「トリックオアトリート! さあ、俺たちとパーティーをしよう?」
 山奥育ち故、今回がハロウィン初体験の咲月も手招く。始まるのは、ただの戦いではない。これもまた、パーティーの一環。憂鬱な生徒会長の夢だって、叶える位に明るく愉快に。
「君も一緒に!」
「楽しい、ズルい! 羨まシイ!」
 誘われるように近付いてきた破けた殻を被ったドリームイーターは、斑鳩の声と共にケルベロス達の輪に飛び込んだ。

 因みにこの時。
 わいわい賑やかにするのに疲れかけてきていたアラドファルが、密かに安堵の息を吐いていたとかいなかったとか。

●かち割れ、卵殻!
 誰にでも表には出せない夢や気持ちはある。
 叶うなら、知ってほしい、知らしめたい、それら。出来ないのは、周囲と自分の認識の差。知られる事で生じる周囲と己の意識の差が、恐れとなって顕す勇気を封じる殻になってしまう。
「この光に触れる先に在るは艱苦か、其れとも享楽か。知るは汝の身をもって。貫け!」
 敵の頭上に乗った小さな王冠は、まるで虚勢の象徴。卵王子を産み出した少年の想像に難くない憂いへ思い馳せ、斑鳩は武器より精製した弓を引く。
 番えるのは、太陽の光。
 眩い矢が、鴉天狗にしては珍しい白翼を風圧ではためかせながら空を翔け、チラつくモザイクを灼いた。
 公園の外周を彩るオレンジのリボンに、古びた包帯。随所にハロウィンモチーフの小物たちが配された戦場は、まるでメリーゴーラウンドのよう。
 くるくる踊るように走り、視線と力が交錯する。
「知ラない、楽シイ事なんテ」
「――っ!」
 吼えた卵王子の意識が、千夏を捉えた。だが、老成した女が身構えるより先に、飾り物の尻尾を靡かせる小さな影が射線上に滑り込む方が早い。
「いたくないもんっ」
 飛来したモザイクに呑まれたのは、身を呈したルピナスだった。
「すまないのじゃ」
「だいじょうぶ!!」
「ルピナスの事は任せて」
 千夏の謝辞に明るく応えても、ルピナスの顔からは無視できない程度に血の気が引いている。素早く状況を見て取った咲月は、癒しを届ける為に星辰を宿した剣で守護星座を地に描く。
「俺の小さな友達がハロウィンをスゴク楽しみにしてるんだ。彼女の笑顔を曇らせたくないからな、無粋な輩には早々にご退場願おうか」
 抜き放った白刃を突撃の型に構え、クレスが言う。
「――それに、少年の夢も返して貰うぜ」
 美しき日本刀に雷の力を乗せ、緋色のマントで風を切りクレスは一気に夢喰いとの距離を詰めると、神速の一撃を繰り出した。
「痛イィ!」
 ビシリと卵殻に走った罅に、デウスエクスが悲鳴を上げる。
「はいはい、にゃ」
 ひらり。可愛らしい蜘蛛の巣風のワンピースの裾を跳ね上げた雨音が、右手と左手、斬霊刀の柄を握るそれぞれの手に力を込めた。
「卵王子様は思いっきり割ってあげるにゃ!」
 二刀の一閃。解き放たれた衝撃波が、土煙を上げる事無くモザイクの異形を薙ぐ。
「悪い事する子は食べちゃうっす!! がおー!」
 踏鞴を踏んだ敵の足元。僅かにバランスが崩れた隙に、ノイアールも魂喰らう降魔の一撃を繰り出した。
 何とも祭に似合いな、賑やで楽しげな戦場だった。
(「……早く仕留めれば、その分だけ早く楽になれる」)
 楽しい、ではなく、楽。
 厳しい顔つきの割に――ゾンビメイクを除いても――実はかなりマイペースのアラドファルは零しかけた溜息をぐっと飲み込む。代わりに振るう刃は、鮮烈にして艶やか。まろい月の弧を軌跡で成し、卵王子の王冠を撥ねる。
「浮き立つ時期を狙うとは、ドリームイーター共も抜け目ないのう」
 攻め所は外さぬ敵に贈る賞賛は言葉のみ。勝ちを呉れる気など一切ない千夏は、ふんっと奮起し、吸血鬼衣裳の下に仕舞い込んでいたアームドフォートの砲口を卵王子へ向けた。

 くるくる、ぐるぐる。
 勢いを増す戦流は、いよいよジェットコースターじみてくる。一呼吸ズレてしまえば、乗り遅れてしまいそう。
(「……ん」)
 仲間たちの作り出した波に乗り、影の如き斬撃を見舞ったアラドファルは、己が心音が愉しげなリズムを刻んでいる事に気付いた。
 どうにも、楽しくなって来たらしい。心なしか、ボロボロ白衣もイケているように見える。
「もふもふ・ている・ですとろーい!!」
 踊るようにステップを踏んで敵に迫った雨音は、くるり目前で反転。もふもふの立派な尻尾で、卵王子の顔をびたびたと幾度も張り叩く。
「雨音の技は面白いね」
 貯金箱を駆けさせつつ、咲月は目に映る新たな出逢いに目を細める。無論、自分もシャーマンズカードを繰る事を忘れずに。
「さあさあ! そのカラ、ぶちわってやるっすよ!!」
「痛イ! 酷イ!」
 すっかり気高き悪魔な風情を脱ぎ捨てて、ミミ蔵の背面からハイテンションにノイアールが跳躍する。独楽の如き回転は己が身を弾丸へと変え、遂に卵王子の殻の一部を砕いた。
「チクショー、負けナイ!」
 足掻く夢喰いは、モザイクで巨大な口を形作ると千夏に喰らい付く。
「回復は不要じゃ!」
 与えられた苦痛は、恐らく全身を引き裂かれる程だった。されど、終幕を予感して千夏は畳み掛けるよう仲間へ促すと、エアシューズに備えられた車輪で地面を擦り、生じた炎ごと苛烈な蹴りをデウスエクスへ届ける。
(「きっと、後押しになる」)
 オルトロスの茜と一緒に駆けながら、クレスはこの戦いの意味を思った。
 心の殻を破る事は簡単そうで、難しい。されど、己にしか出来ない――でも、心が、夢が産み出した化け物を狩れたなら。
「心に誓った、自らの矜持を貫く為に……!」
 薙いだ刃は冴え渡り。宵闇さえ断つ漆黒の一閃は、赤く、紅く、赫い華を散らす。

●さぁ、ご一緒に!
 逃げる事を許さず、攻撃の手も休めず。
 ハロウィンの罠に誘き出された夢喰いは、見る間に竟の断崖へと追い込まれた。
「嫌ダ、いヤだ……」
「ねぇねぇ、ボクといっしょにあそんでよ!」
 いっくよー、と弾みをつけてルピナスが身の丈程ある剣を卵王子に突き刺す。だが、技の真価はこれから。
 ダンっと地面を蹴りつけ飛びあがるに任せ、刃を斬り上げる。昇った紅蓮は、摩擦の炎。
「だいじょーぶ。こわくないよ。だから、ね」
 しかし痛撃とは裏腹に、ルピナスの声は優しかった。まるで一人ぼっちの子供に、手を差し伸べるように。
「殻を破るのは簡単ではないと思う。それに、夢を持ちながら、それを抑えたままでいるのも一つの道だろう」
 ボロボロになった外殻、壊れた王冠。卵王子はもうボロボロだった。そう分った上で、斑鳩は最期の言葉を死を齎す指先に乗せる。
「でもさ、思い切って殻を破ったら。素敵な日が過ごせるかもしれない……きっと、楽しいよ」
 さぁ、君も君のパーティーを楽しむんだ!
「うァアぁあ……っ」
 願いを込めた気脈断つ一撃に、ハロウィンドリームイーターがポンっと軽やかな炸裂音と共に爆ぜた――かと、思いきや。
「へ?」
「すごいにゃ!」
 直後、その身体は大きなジャックオランタンとなって公園の彩りの仲間に加わったのだった。

「さー、たのしいパーティーはこれからだよ!」
 わぁい、と走り回るルピナスをアラドファルは最初とは違う想いで見守る。確かに、楽しい。
(「少年も勢いで皆とわいわい出来るかもしれんな」)
「どうしたのじゃ?」
 ふと沈む思考の海。気付いた千夏が見上げ声をかけるが、
「トリックアンドトリートは間違いないにゃ! お菓子も貰って悪戯もするにゃ♪」
「へぇ、そういうのも有りなんだね」
 旋風のような雨音と、興味深げに頷く咲月に、全ては四散し笑いの坩堝と化す。
 と、その時。
「ふぇっ!?」
 素っ頓狂なノイアールの声に、クレスと斑鳩が彼女の手元を覗き込む。そこには切り撮ったばかりのワンシーン。中央に鎮座した南瓜飾りが、満面の笑みを浮かべているように見えて――。
「あいつの殻、バリってやってあげた分、元になった子が勇気を出してハロウィンを楽しんでくれたらいいっすね」
 大人の顔でのノイアールの呟きに、クレスは「きっと大丈夫。今頃、彼の世界は変わってる」と希望に満ちた笑みを返した。

 ハッピーハロウィン♪
 さぁ、パーティーを楽しもう!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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