骸共の夢

作者:遠藤にんし


 何かが、この場所にある――三和・悠仁(憎悪の種・e00349)の抱いた思いは、直感だった。
「やはり……」
 そこはモザイクに覆われて、外から様子を伺うことは出来ない。
 中を調べようと一歩進めば、全身を粘性の液体が覆った。
 液体に満ちた空間であっても呼吸は可能、動きは妨げられる様子はない。景色はちぐはぐに切り混ぜられた不可解な空間の中、奇妙なものが悠仁の前に姿を見せる。
 樹木、なのだろうか。青白い葉をつけるソレは幹に人の顔のようなものを浮かべ、顔のようなものはそれぞれが苦しげな呻きを上げている。
「この、姿に……因縁が、ある者なのか……」
 顔のひとつが言う。
 ――見つめる悠仁の表情が厳しいのは、その姿が自身の暴走姿であることを悟ったから。
「今、ワイルドスペースを……秘密を、知られるわけにはならぬ……オマエは、ここで……骸となるが良い」
 樹木が青白い光に包まれる。
 悠仁は地獄を眼差しに、醜き敵と接近した。


 救援と撃破を、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は依頼する。
 ワイルドハントについて調査していた三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が、ドリームイーターの襲撃を受けたのだ。
「ドリームイーターは自分を『ワイルドハント』と名乗り、何かの作戦を行っているらしい」
 デウスエクスの襲撃を受け、壊滅した町にワイルドハントはいるらしい。
「このまま放っておけば、彼の命が危ない。みんなには救援に向かって欲しい」
 戦場となる空間は建物などが切り混ぜられ、特殊な粘液が満たす空間だが、それらは戦いの妨げとはならない、と冴は説明する。
「この町が壊滅したのは随分前のようだから、一般人が来ることも無い」
 ドリームイーターは悠仁の暴走時の外見をしているが、悠仁が暴走しているわけではないということにも注意しなければいけない。
 戦闘の方法や言動などに覚える違和感は、敵が悠仁の暴走姿を借りただけの存在だからだろう。
「ヘリオライダーの私でも予知できなかった事件だが、彼の調査のお陰で発見出来た。これは、敵の姿とも何か関係があるのかもしれないね」
 どうか無事で、と冴はケルベロスを見送った。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
灰野・余白(空白・e02087)
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
水限・千咲(斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る・e22183)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)

■リプレイ


 虚ろな樹木を見つめる三和・悠仁(憎悪の種・e00349)。
 その右目からは絶え間なく青い炎が流れ出て、目の前のワイルドハントの葉が生み出す靄と大気の中で混じり合う。
「俺がそう成り果てるのならば、それはいい」
 しかし、二つは分かたれた――悠仁の持つべき姿を、このドリームイーターが奪い取った。
「返せ。それは、いつか俺に与えられるべき苦痛だ」
 歪む顔は数多、苦悶の呻きが滲み、鬼火のように葉は揺らぐ。
 不快な叫びに苛まれながらも、悠仁の周囲に地獄の弾丸が浮かぶ。
 叩き込まれる弾丸の数々。
 一瞬の空白を経て、辺りは猛火に包まれた。

「一刻も早く向かわなくては、ですっ!」
 日本刀『斬撃空間』を携える水限・千咲(斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る・e22183)の言葉に追随するのはラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)。
 しかしその表情に何か陰りがあるような気がして、皇・晴(猩々緋の華・e36083)は問いかける。
「どうされましたか?」
「……いえ。何も……」
 悠仁の危機に駆けつけられるということは、ラズにとっては喜ばしいこと。
 しかし、彼が一人でいるということへの不安が胸中には渦巻いていた。
「ほっといたら何やるかわからんし」
 灰野・余白(空白・e02087)も同じ気持ち。
 ワイルドスペースの粘液とモザイク、暴走姿……何かと面倒なことが起こっているようではあるが、余白にとってやるべきことはただひとつ。
 悠仁を助けることだけだ。
「飛んで行く……ってのも、やりづらいな……」
 クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)は空を見上げてぼやく。
 激しい戦闘の後、見捨てられた土地なのだろう。折れかけた電柱や樹木がそのままで放置されており、一人で動けば仲間と分断される恐れがあった。
 ボクスドラゴンのクレエもクラムから離れることがないようゆっくりと翼を打ち、赤い双眸を周囲へ向けていた。
 戦闘という面で考えればこの地が無人であることは助かる、だが――と、東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は思う。
(「あんまりいい雰囲気の場所ではないですね」)
 何があってこんなことになったのかは分からない。
 しかし、破壊された建物や大穴の開いた地面からは、ここが無人になるまでに多くの無念があったことが分かった。
「悠仁様、聞こえませんか?」
 ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は名前を呼びつつ歩みを進める。
 そうして歩いていた時間はさほど長くはない――ほどなくして、菜々乃は駆け出した。
「いました、行きましょう!」
 走り出しながらもオウガメタルを腕へと巻き付かせる。
 禍々しい樹木が視界に飛び込むと同時に、菜々乃は腕を振りかぶった。


 浴びた炎の残滓に異臭を発するワイルドハント。
 その姿が突如として衝撃に歪んだことで、悠仁は救援の到着に気づいた。
「大丈夫でしたか?」
 問いかける菜々乃が視線で合図をすれば、ウイングキャットのプリンが清らかな風を吹かせる。
 その風を追い風に、仲間のケルベロスたちも現場へと駆けつけた。
「おまたせー」
 言葉こそ軽いが、余白の目は笑っていない。
 軽くとはいえダメージを負っている悠仁の姿を確かめて、晴は花を贈る。
「さぁ、咲かせましょうか。満開の花を」
 散りばめられるのは仲間の元へ。シャーマンゴーストの彼岸は頭を垂れて祈りを捧げ、その頭上にも花は落ちる。
 花舞う中であってもワイルドハントの幹に浮かぶ人面は苦しげな表情であり、茂る葉は不吉な色に染まったまま。
「花も実もない……寂しいですね」
 返事をするかのように、葉はざわざわと不穏な音を上げた。
「まだ死んでねェか? おい」
「はい、お陰様で」
「そりゃ良かった」
 にっと笑みを浮かべるクラム――クエレも嬉しいのか、黒黒としたブレスを勢い良く吐き出す。
 クラムのドラゴニックハンマーが変形、轟音とともに砲撃。
 ハンマー自身が砲撃の反動に大きく揺らぐが、クラムは己の膂力でもってそれを押さえ込み、姿勢を崩すことはなかった。
「こんな液体は嫌ですね、早めに終えられると良いのですが」
 チリチリとバケツヘルムから炎を覗かせつつ、ラーヴァはバスターライフル『Bow with Flame & Infinity』を構える。
「我が名は光源。さあ、此方をご覧なさい」
 赤々と燃え盛る炎は照らすのではなく輝く。
 ワイルドハントの幹にある顔面のいくつかがこちらを見ている――見られているだけで薄ら寒い感覚を味わいつつも、ラーヴァは矢を放つ。
 金属矢が鼻面を貫き、熱にやられたのか周囲の顔もどす黒く変色した。
 ミミックのエイドも噛みつき攻撃で後に続き、主であるラズは悠仁へと駆け寄る。
 視線は悠仁へ、手は救急箱『Omnipotent』の中へ。大きなダメージを負っていないと判断し、ラズは麻酔薬とメスを取り出す。
「……逃がしてあげません」
 宙にメスが煌めいた。
 巨木の姿でありながらワイルドハントは器用に回避、直撃こそ免れるが掠めてはしまう。
 ラズにとってはそれで充分――塗布した麻酔薬に動きを鈍らせるワイルドハントへと、千咲はひらりと刃を閃かせる。
 樹皮を撫でる剣先によって切り開かれ、ずるりとその切断面をあらわにする。
 中に入っていたものは赤黒く絡まり合う何か。こぼれ落ちたそれを千咲が解くようにバラバラに斬り裂くと、それはたくさんの臓物のようだった。
「なんや、悪趣味やな」
 灰色の髪を揺らして余白は跳躍、薄汚い臓物ではなく葉へと蹴りを叩き込む。
 添えられた流星は葉と同じく青白い。
 それでも輝きは凛々しく、戦場を明るく照らすものだった。


 悪しき叫びの広がりすら、晴は受け止める。
 隣で祈りを捧げる彼岸とともに味方を庇い続ける晴だったが、厚い防衛の層のために満身創痍には遠い。
 オウガメタル『緋緋色金』の輝きがいっそう強くなり、神聖な光が注がれる。
 晴のヒールは癒やしというよりは味方の支援の意味が強い。傷を癒やし、倒れる者がいないか目を配るのはラズの役割だ。
「これで解除……です」
 ラズのライトニングロッドからはピンク色の優しい雷光が迸り、放っておけば厄介な負荷を消し去った上で攻撃の威力を底上げ。
 まさにメディック、看護師としての本領発揮――エイドのばら撒く黄金に目を細めながら、ラズは仲間の様子を注意深く見つめる。
「ヒールは僕らに任せて、攻撃をお願いします」
「そうですね、任せてください」
 晴の言葉に菜々乃はうなずいて、栄養剤……締め切りまであと一日(デスデスデスマーチ)の利用を控える。
 代わりに手に宿るのは猫の力。プリンの作った風に長い髪をふわりと膨らませて、菜々乃はワイルドハントへ打撃を加える。
 千咲の刀捌きはごく自然。淀みなく振り下ろせば、自然の摂理としてワイルドハントは傷を増やす。
「――斬って払っておーしまい」
 どこか幼い響きの呟き。
 斬るために振るった剣は敵を斬り、斬ることだけを想うからこそ幾重にも斬り刻むことが出来た。
 ワイルドハントからある程度の距離を保ち続けるクラムは、茂る葉の全容に色の薄い瞳を細める。
 幹が人面を模していることは分かっていたが、葉も遠目から見るとふたつの骸骨の様相。
 悠仁の暴走姿は、どこまでも骸なのか――気付いてしまったクラムはそれを口にはせず、代わりに歌を唇に乗せる。
「――耳を塞いでも無駄だ。内側に留まり籠れ、停滞の歌」
 肉体を苛む苦痛、恐怖、後悔。
 思い出すだけで心臓が凍りそうな感情を想起させるクラムに続いて、ラーヴァは凍てつく波動を放つ。
「みんなで砕いて差し上げましょうね」
 厄介な敵であっても、人数が多いからこそ手数も多い。
 その有利を生かすようにラーヴァは妨害を重ね、猛る炎をバケツヘルムの隙間から溢れさせる。
「砕けいや!」
 余白の声と共に現れたのは巨大な黒い足。
 黒金の足が甲でワイルドハントの全身を捕らえたかと思えば、勢い良く吹き飛ばす――行き過ぎそうになるのを防いだのはクレエのボクスタックル。
 吹き飛んで、戻されてと翻弄されたワイルドハントが最終的に辿り着いたのは、悠仁の眼前。
「まかせたで」
 もはや死に体のワイルドハントだが、逃走の気配はない。
 それでも警戒しつつ告げる余白へと、悠仁は軽くうなずいた。
「牙を剥け、我が内より来たる憎悪の声、叫び、慟哭」
 地獄から這い出る、黒き枝。
「潰えた夢の更に彼方、最早訪れる事無き希望を噛み殺せ」
 地獄から這い出る――つまり、右の眼窩から。
 眼窩から伸びる枝の姿は、肉の無い骸にも似ている。
「【憎悪を刻め我が枝よ】!!」
 肉体に棘が突き刺さる。
 獄炎が精神をも蝕む。
 深奥の魂すら、劫火に等しい苛烈さからは逃れられなかった。


「本当に、助かりました」
 ワイルドハントの消滅を確認した悠仁は、真っ先に彼らへと礼を言う。
「無事で良かったです! 何よりです!」
 千咲は刀を握りしめたままうなずき、切断面から見えたモノを思い起こす。
 随分と痛ましく、恐ろしいものだった……しかし、あれは真似た暴走姿から模倣した何かだろう、ということも千咲は感じていた。
 ラーヴァは全員の無事を確かめてから、粘液の調査にかかる。
「無味無臭……どこから来ているのかも不明、といったところですねえ」
 空間がどこから出てきているのかも、今ひとつハッキリしない。
「なんか持って帰ってみたいがのう」
 空き瓶も用意していた余白だったが、採取の試みは失敗に終わる。
 今までにも多くの者が調査に乗り出し、空振りだったことを考えると、まだまだ時間がかかるのかもしれなかった。
(「護れて、良かった……」)
 晴は周辺の修復を行いながら、密かに安堵。
 人を護ることが出来るだけの力が自分にあるということ。きっとこれからも誰かを護っていけるだろうと思うと、晴は充実感で満たされる。
 菜々乃はヒールをしつつ、周囲を見回して思う。
(「この町を取り戻して復興できないか確認したいところですが……」)
 しかし、戦いの傷跡は深く、放置されてから長い町を今すぐどうこうすることは出来ない。
 ここで何が起こったのかも気になるが、そういった痕跡は、時間が洗い流してしまっていた。
「今回の件について、何か手掛かりや残留品でもあるかもしれません。壊滅跡を少し見回ります」
「見回りならば、私も……いえ、何でもありません」
 悠仁の言葉に同行を申し出ようとするラズだったが、結局その言葉は飲み込む。
「手がかり、なァ」
 クラムは呟いてしばし沈黙。しかしひらひらと手を振って、悠仁を見送る。
「ああ、行ッて来い行ッて来い。終わるまでは待ッててやるよ」
 ゆっくりと、仲間たちから離れる悠仁。
 見た目だけとはいえ、己の暴走姿と向き合った――今、彼に立ち入ってはいけないだろう。
 遠ざかる後ろ姿を見守るラズの横、クラムはワイルドハントへと思いを馳せる。
 碌な敵でないということは確かだ……多くのケルベロスがワイルドハントの姿に苦しみ、戸惑っている。
「さッさと解決できりャいいんだがな」
 呟きを乗せる風は、不思議と生温かい。

 ――誰も同行せずにいてくれたのは、悠仁にとって幸いだった。
 手掛かりをという言葉は偽りではなかったが建前。
 悠仁はただ、もう一度ここを見ておきたかっただけだ。
「ここで……」
 かつての記憶が、脳裏に。
 凝願石ゼファルの色がまたひとつ、沈んだ。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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