鎌倉ハロウィンパーティー~きみの手

作者:朱凪

●ハロウィンの夢
「Trick or treat! お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!」
 教室で弾ける笑い声。俺は狼男、私は魔女よ、なんて、パーティの仮装の話で持ち切り。
「ひなの! お前は仮装、なににする?」
 クラスのお調子者がひょいと机ごしに振り向いて、彼女――三橋・ひなの(みはし・-)へと声を掛ける。
 けれど彼女は、さっと視線を落とした。ふるふる、首を振る。
「わたし……なにも……」
「なんで? そうだ、俺らふたりで悪魔しようぜ、悪魔!」
「ケン、そんな奴ほっとけよ、ノリ悪いし」
「あ? なんで? 俺らのノリじゃなくてもひなののノリで遊べばいーじゃん」
 な、とにっかり笑顔を向けられて、心が揺れた。
 視線を上げたとき、――けれど周囲の眼が、怖くなった。
「……っ」
 かたん、と椅子を蹴立て、ひなのは慌てて廊下に飛び出す。彼が彼女を呼ぶ声が聞こえてはいたけれど、あの居たたまれない場所から逃げ出したかった。
「……ハロウィン、パーティ……」
 行って、みたい。
 ひなのとて、そう思う。でも、勇気がない。折角誘ってくれたケンの手を取る、勇気が。
 誰も居ない渡り廊下まで辿り着いて、ふぅと小さな息を吐く。やめよう。クラスのみんなは、きっとひなのの参加を快く思わない。クラスの人気者であるケンが、ひなのに構うことが面白くないのだ。
「……うん。やめよう」
「いいえ。諦める必要はありませんよ」
 誰も居ないと安心していた場所で突如声を掛けられて、ひなのは飛び上がるほど驚いた。振り向けば赤い頭巾をかぶった女が、ひなのを見て少し、首を傾げる。手には大きな鍵、胸元はモザイクになっている。なんて凝った仮装だろう、だけどちょっと早過ぎる。
「え……あの、」
「その夢、叶えてあげましょう。世界でいちばん楽しいパーティに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 そして、どすっ、とひなの胸の中心を赤頭巾の鍵が穿つ。
 がちん、と。
 箍の外れる音を聞いた気がした。意識を失い崩れ落ちた少女の身体からずるりと現れたのは、蝙蝠めいた羽、黒いミニスカートワンピに大きなピッチフォークの小さな悪魔。その身体はモザイクと化し、そして悪魔は校舎の窓から飛び立った。
 
●鎌倉ハロウィンパーティ
「皆さん! うるるちゃんの調査の結果、ドリームイーターの動きが予知されました!」
 藤咲・うるる(サニーガール・e00086)が気付いた通り、ドリームイーターは日本各地で暗躍し、ハロウィンパーティに対して劣等感を持つ人々の夢からドリームイーターを生み出そうとしている。
「世界一盛り上がるハロウィンパーティ……どこだと思います? それは鎌倉! 鎌倉でハロウィンパーティが開かれるんです! 皆さんもそこに向けて一生懸命、仮装を用意してるところじゃないですか?」
 そう言って笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が晴れやかに笑う。
「皆さんには、そのハロウィンパーティに乱入してくる『ハロウィンドリームイーター』を倒して欲しいんです」
 このまま放置していれば、ハロウィンドリームイーターは、パーティが開始すると同時に現れる。そのため、パーティが始まる少し前に、あたかもパーティが始まったように振る舞えば、釣られて現れるはずだ。
「今回、ねむの見たハロウィンドリームイーターは、小学2年生の女の子が悪魔の仮装をしているふうな形を取るみたいですね。かぼちゃ型の飴を持ってるみたいですが、最初はきっと、少し離れたところから皆さんを眺めているかもしれないです。でも、誘えばどんどん近付いてきてくれると思いますよ!」
 どんなふうに誘うかは、それぞれの工夫次第だろう。
「悪戯しちゃいます? それともお菓子をあげますか? わくわくしますね!」
 ぴょこんと跳ねて、ねむはケルベロス達を見渡した。
「ハロウィンパーティを楽しむために! どうぞ、よろしくお願いします!」


参加者
花骨牌・晴(春告鳥・e00068)
チェスター・ホルム(風見鶏・e00125)
花骨牌・旭(春告花・e00213)
ロベルト・スライフィールド(世界で二番目にカッコイイ豚・e00652)
ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)
インレ・アライヴ(ルナティックトリガー・e02246)
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)

■リプレイ

●ハロウィンパーティ、その前に
「とりっく・おあ・とりーと……!」
 ばぁっ、と大きな毛むくじゃらの手を広げ、ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)が飛び出せばその後ろに彼のふたつ名と同じようにツギハギフェルトでおめかししたミミックのミクリさんも軽い足取りで跳ねる。たっぷりお菓子の詰まった彼の鞄もツギハギ、ふたり揃って『ツギハギの怪獣ぶらざーず!』なんて!
「きょうだいでお揃い、一緒だね! 晴もあにさまとお揃い!」
 ね、と振り向く吸血鬼姿の花骨牌・晴(春告鳥・e00068)の笑顔に、彼女の兄たる花骨牌・旭(春告花・e00213)は「ああ」と目尻を下げて肯く。
「似合ってるじゃねえか」
 口角を上げるロベルト・スライフィールド(世界で二番目にカッコイイ豚・e00652)も、いつもの中折れ帽とトレンチコートも今日はお留守番。白いファーの縁取りの黒いサンタクロースの格好に身を包む。
「でへへ……いっぺんやってみたかったっす」
「トリートだ。ほらよ、食え」
「わ! ありがとっすう!」
 照れるベーゼに、ロベルトが小さなパンプキン・マフィンを投げて寄越せば、チョコレート色の大柄な熊の獣人は無邪気に瞳を輝かせた。
「あっロベルトさん、そんな! トナカイはご入り用じゃないですか! ひひーん!」
 黒のサンタに合わせた白のトナカイの着ぐるみでアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)がずりずりと小型とは言え本物の橇を引いてくる。積み荷はたっぷり余りあるほどの飴だ。
「あれ、トナカイってなんて鳴くの? トナアアアア!」
「まずそうは鳴かねえだろうな。ほら、嬢ちゃん達も」
 苦笑と共に太い指先でちょいと招く。わぁい、と手を伸ばす晴の隣で、『魔法使い』のティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)は眼鏡の奥の瞳を瞬いた。
「あら、わたしにも?」
 悪戯めいて微笑む彼女に、ロベルトは「ああそうだ」と同じ類の笑みを口許に浮かべて返す。
 周りを見渡せばオレンジと黒、紫に飾られた屋台の準備が進んでいる。ジャック・オ・ランタンを象った飴が見目を賑わせ、かぼちゃを使ったパイの甘い香りが街中に漂う。そわそわと浮かれた空気に、精巧なつくりの大鎌携え死神に仮装したインレ・アライヴ(ルナティックトリガー・e02246)は月影宿る瞳を僅か眇めた。
「街中大騒ぎだな……ま、パーティーは騒ぐもんだしな」
「わーこれかわいいっすね!」
 ちょいっと何気なくベーゼがつまむのは、死神のフードから伸びた兎耳。彼にとって月とは『死』の象徴──同時に兎が居るという伝承を踏まえてみたら、こうなった。
「……」
 ちゃ、と黙ってリボルバーを仲間に向けて構える。途端、目に見えてベーゼは慌てた。
「へっ? ちょちょちょっと、悪戯はカンベンっすう……!」
「菓子を寄越せ。でなければ撃つ」
「あげるっすあげるっすう!」
 装うまでもなく賑やかな喧噪を眺めて、フランケンシュタインに扮したチェスター・ホルム(風見鶏・e00125)は手にしたヴァイオリンをそっと撫でる。足許でウィングキャットのメメが角笛を手に、彼を見上げる。
「ハロウィンって不思議なお祭りね。それこそ、夢でもみてるみたいだわ」
 彼の傍に来たティアリスが呟けば、くつりとチェスターは笑い旭は肯いた。
「年に一度の日だものね」
「ああ、楽しまなくちゃ損だよな」
 告げた旭の青紫の瞳が、出店の向こうへ視線を走らせる。
「──あの女の子にも、そう思わせてやりてーよな」
 そこには、蝙蝠の翼に黒のミニスカート、大きなピッチフォーク、そして全身がモザイクになった少女が佇んでいた。

●パレードへようこそ
 奏で上げられる明るく跳ねるテンポ、けれど低音に忍びやかな敢えての不協和音を交えて流れ出すのは、おばけ達の喧噪を表すかのようなハロウィン・ソング。
 角笛口にしたメメが踊るようにリズムを取れば、音楽好きのフランケンシュタインは微笑浮かべて弓を弦に滑らせる。
 魔法使いの手に引かれ、少女の吸血鬼が小さな悪魔に駆け寄る。
「Trick or treat! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」
「……!」
 モザイクで表情は判然としない。それでも小さな悪魔に喜色が浮かんだのが判った。もたもたと頼りない手付きで、手にしていたかぼちゃ型の飴をふたりに差し出す。
「えへへ、ありがと! ね、晴は晴って言うの。あなたは?」
「……、ひなの!」
 明るい声で、悪魔が答える。少し離れた場所の仲間にも聞こえるような、元気な声。
「あのね、晴とティアちゃんね。これから面白いところ行くんだけど、よかったら一緒にいかない?」
 良いよね? と窺うように吸血鬼は魔法使いを見上げ、魔法使いはもちろんとばかりに目を伏せて口許を和らげる。
「今日はお菓子とファンタジーの魔法の世界──……」
 手を広げて、仲間達を示す。ヴァイオリン奏でるフランケンシュタインは片目を瞑って見せ、青年吸血鬼は穏やかに肯く。兎耳の死神は横目で彼女を一瞥して、黒いサンタクロースがおおらかに笑う横で白いトナカイが盛大に両手を招いて彼女を誘う。そしてその小さな橇の陰に、収まり切らない巨体を縮めるツギハギモンスター。
「押しちゃダメっすミクリさぁん……! ちびっこに恐がられたら、おれ凹んじゃうっすう……あ、いたた尻尾ひっぱらないで! 判った、判ったっす!」
 たたらを踏むように歩み出した彼を、手を引かれて傍にやって来た悪魔が見上げる。だからツギハギのモンスターは、そっとしゃがんで彼女と視線を合わせた。
「かわいい悪魔さんには、とっときのをあげるっすう、どうぞ!」
 へにゃり、相好崩して差し出す、手いっぱいの飴玉。悪魔は嬉しそうにひとつを手に取りそして笑ったのがモザイク越しにも判った。
「ハッピーハロウィン!」
 それが合図であったかのように、フランケンシュタインが高らかに告げて一行はゆるりと歩み出す。

「……──私達とパレードしながら一緒に遊びましょ!」
 きみに魔法をかけよう、大切な夢を取り戻すための!

●楽しい夢と目覚めをきみに
 パレードは賑やかに、けれど確かな足取りで広場を抜ける。
 チェスターの音楽のお蔭で、パレードを装いひなのに怪しまれることなく連れ出すことができた。
「トリックオア、トリート……!」
 彼女は嬉しそうに、アルレイナスや旭、チェスター、インレをそれぞれに追いかける。強面が怖がらせたかとロベルトとベーゼも最初こそ不安になったけれど、彼らが声を掛けても彼女は嬉しそうに笑顔を返す。
 首を傾げたのもしばしの間、理由はすぐに、知れた。
 彼女の声掛けに「ほらよ」とかぼちゃクッキーとチョコの詰め合わせを、セロファンで包みピンク色のリボンを巻いた──彼にとってはひどく準備に苦労した──お菓子を渡したインレに、ひなのは言った。
「ありがと、『ケン』!」
「!」
 それは、三橋・ひなのの夢を具現化した存在。
 望んでいたのはあくまで、『クラスメイトであるケンが参加するハロウィン・パーティ』に参加することで、おそらくケンは地球人であったのだろう。だから彼女は代替を探した。
「……正義じゃない……ッ」
 橇を引くその指が白くなるほど力を籠めたアルレイナスの呟きが聞こえたのはいくら居ただろう。ティアリスはパレード用の笑顔を浮かべ、前をまっすぐ見据えたまま告げる。
「……ええ、ほんと」
 沈めた怒りがふつふつと沸き上がる感覚。その矛先は当然、ドリームイーター。
 ──ほんと、気に入らないわ。
 辿り着いたひと気のない場所で、一小節。軽やかに弾き終えたチェスターとティアリスはひなのへ振り向く。
「さあ、前奏はここまで。君が君らしくハロウィンを迎えられるように、少しだけお手伝いをしよう」
「ええ、その子の夢はあなたが好き勝手していいものじゃないわ」
「さぁ本当のパーティの始まりだ」
 続いて旭もシャーマンカードを突きつければ、ひなのは愕然とした。
「……『ケン』……?」
「悪いな嬢ちゃん。その坊主は、ここには居ねえ。代わりと言っちゃなんだが……たらふくの鉛をプレゼントだ」
 女子供を戦いに巻き込む。それどころか、子供に向けて発砲する──苦々しい思いのまま、けれど馴染んだリボルバーは僅かの躊躇いも乗せず高速射撃を可能とする。ロベルトに明確に否定されたひなののドリームイーターは、途端に強烈な殺意を纏った。
「まだ足りないの?! わたし、ちゃんと明るくなったのに!!」
「晴!」
 モザイクの中から飛び出した黒い靄のようなものが、咄嗟の判断で晴の前に陣取った旭に喰らいつく。
「あにさま!」
 黒く渦巻く重い殺意が旭を蝕み、敵と味方の区別をじわりじわりと失わせる。けれどその中にあってまだ、妹の姿は、護るべき存在の姿は、明確だった。
「……大丈夫……あにさまが守るからな……!」
「もっと……もっと、明るくなったらいいんだ……」
 おそらくケルベロス達は、さほどひなののドリームイーターに危機感を抱いて居なかったことだろう。楽しいパーティに無理やり引き出された夢が混ざり込んだだけ──そうは、思っていなかっただろうか。
 いかな即席であろうとも『それ』はデウスエクス。
 いつでも人間達のグラビティ・チェインを奪う存在たりえることを、改めて自覚した者も少なくはなかったことだろう。
 けれどもちろん全員、そこに油断があったわけではない。
 奥歯食い縛り、ベーゼは満月模すエネルギー球を自らに宿し、潜む凶暴性を揺り起こす。その陰から駆け出したもふもふの白いトナカイ、アルレイナスが「とうっ!」と高く跳んだ。
「見た目には騙されない! 悪は必ず倒すのだ! 喰らえ、グラビティブレイクッ!」
 欲しいのならばくれてやるとばかりに、グラビティ・チェインを剣に乗せて叩き込む。彼の信じる『ジャスティス力』は正義の心が生み出す、つまりなんかカッコイイアレだ。
 こんなときほど彼は、強いのかもしれない。

 悪魔のピッチフォークが鍵となって、死神の胸を突いた。
 衝撃に焦点がズレたのは、寸時のこと。しかし彼の瞳が再び焦点を結んだのは、その場に無い存在に対してだった。
「……誰、だ……?」
 喉が締め付けられるような、胸を圧されるような、こんな感情は、知らない。くるしい。声を。掛けないといけないと思うのに、呼吸すらままならない。
 切なげに、見る者が見れば『泣きそうに』顔を歪めた彼の姿に、ティアリスは彼の視るトラウマの姿が視える気がした。かつて暴かれた傷。イカナイデ──……ぎっ、と彼女は振り払うように前を睨み魔法使いの杖を掲げた。癒しの雨が、降り注ぐ。
「これ以上、好きにはさせないわよ」
 大丈夫。ちらと視線やれば、不安気に見遣って来るふたりの幼馴染。その顔に、思わず彼女はちょっと笑う。
 ──ずっと一緒に居るって、もう、知ってる。

「行くぞ、達人の一撃ッ! トナァアアアアア!!」
 アルレイナスが繰り出す拳が、ひなのの身体を打ちのめす。地面に転がるように距離を取った彼女へ、ふわとティアリスが躍り掛かる。
「──トリックオアトリート! ただし悪い子にはお菓子はあげられません残念! 悪戯を倍であげちゃうわ! ね、チェス兄!」
 その手には二本のライトニングロッド。振り下ろすと同時に奔り抜けた電流。間髪入れず、チェスターが微笑んで祝福の矢を放つ。
「なんだ、心配して損したな……ほら旭、ティアが倍をご希望だ」
「任せろ、」
 に、と笑み返した彼が放つ御業。幼馴染による熟練したコンビネーション、それを眩しい想いで見上げた晴に、旭が手を差し伸べた。
「ほら、晴!」
「──うんっ!」
 雷、炎と来たなら、選ぶのは氷。開いた魔道書から時空すらも凍らせる弾丸を撃ち出せば、もはやひなのは満身創痍。それでも闇雲に打ち出した黒い靄がベーゼの脚へ噛み付いて彼は大きく尻餅をついた。
「いってて……あ、」
 ツギハギの鞄から飛び出した、小型望遠鏡を模したキャンディ缶に、色とりどり飴玉が詰まった袋。……ああ、そうだ。
 ──この毛むくじゃらの手は、傷つける為じゃなくて。
 ちょこっと背中を押すためにあるはずだから。
 だから、『彼女』を倒さなきゃ。
 ぐ、と拳を握り締めて繰り出す、獣撃拳。モザイクの向こう、苦悶に歪んでいるであろう表情に、彼は言う。
「今度は本当のひなのと、一緒にハロウィン、しようっす……!」
 彼の台詞に、ロベルトも覚悟を決める。インレとふたり、動き回る前衛達の隙間に照準を合わせ、ひとつ、重い溜息。
「悪夢は覚めるもんだぜ、嬢ちゃん。……じゃあな」
「……俺は死神だ。おまえの夢を、狩りにきた」
 重なった銃声。
 モザイクの悪魔は撃ち抜かれた反動に吹き飛び、地に落ちると同時に崩れ落ちるようにして消え去った。
「……返してもらうぜ」

●ハッピーハロウィン
 消えた幻影の幼さを想い、ロベルトは「……クソが」と小さく己に対して吐き捨てる。
 余韻を見遣って、晴は静かに旭の袖を掴んだ。
「あにさま、」
「うん。あの女の子、変われるといいんだけど」
 くすり、どこか苦笑じみて旭は妹の柔らかな髪を撫でる。
「……変われるだろう、きっと」
 強さを秘めていることも判った。そんな女の子が、強くなって今、隣に並んでいることを知っている。な、とチェスターが視線をやれば、気付いたティアリスはふいと顔を逸らす。
 そうだなと旭も笑えば、さて、と青年吸血鬼は襟元を正した。
「あとはハロウィンを楽しむだけだな!」
「あにさま、ティアちゃん、チェスくん、さっきの屋台に行こう?」
 晴が言えばころり、「旭ちゃん、チェス兄、わたしも」とティアリスも悪戯気な笑みを浮かべ、おやとチェスターは眉を上げた。
「早速トリックオアトリートかい?」
「いいえ、トリートしか求めてないわ、ね、晴?」
「うん、みんなで思う存分楽しもう?」
 大通りに出れば、既に賑わい始めたそこここの様子が眩しい。先の戦争があったばかりだというのに人々の表情は明るくて、なんだか救われるような気がした。
 ──……俺の両親も、今夜はパーティを楽しんでるだろうか。
 顔も名前も忘れてしまった、そのひと達。不意に感傷めいたことが浮かんで、ふるり、インレは首を振る。鍵に抉られた傷がまだ少し疼いているんだろうと誤魔化して。
「彼女にも他の人にも、楽しい一日になれば良い。勿論、ここに居る皆にとってもね」
 そう言ってチェスターは再び、ヴァイオリンに弓を滑らせ騒々しくも温かいハロウィン・ソングを奏でるのだった。


作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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