ハンガーと武術を組み合わせた、全く新しい格闘術

作者:木乃

●本人はいたって真面目です
「お前の最高の『武術』を見せてみな!」
 山奥に現れた快活そうな少女の纏う空気は、剣呑としたものだった。
 油断ならない相手と察知した武術家は得物を構えると、青髪の少女に挑みかかる――その得物は、ハンガー!
 ヌンチャクのように振るわれる巧みなハンガー武術。ブーメラン状の針金で少女を攻撃し続けるが、怯む様子は一切見られない。
「く、っ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 猛烈な勢いで叩きつけるブーメランヌンチャクに対し、少女はニヤリとほくそ笑んだ。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 少女、幻武極は手にした鍵で武術家の胸を刺し穿つ。
 貫かれたにもかかわらず、血飛沫が上がることもなく、男は失神してその場に崩れ落ちた。
 ――傍らに現れたドリームイーターもまた、ハンガーを手にしていた。
 確かめるように振るったハンガーを幻武極は軽くいなし、呵々と肩を揺らす。
「お前の武術、見せつけてきなよ」
 さぁ行ってこい。お前の武を知らしめろ! ――幻武極の言葉を受けて、ハンガーヌンチャク拳のドリームイーターが山を降りていく。

「手軽に入手できる日用品で武術を完成できれば、恐るべき武術となるでしょうね……例えそれがハンガーだとしても」
「ハンガーが凶器になっちゃうの……?」
 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)の言葉に、永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)は理解が追いついていない。
 奇妙奇天烈な武術を極めようとした武術家は、ドリームイーター『幻武極』が欠損している『武術』を補おうとして襲撃されたらしい。
「モザイクは張らせなかったようですが、代わりに、生み出されたハンガーヌンチャク使いのドリームイーターを暴れさせようとしていますわ」
 ふざけているのかと言いたくなるが、究極を目指しただけあり、油断していると痛い目に遭うかもしれない。
「ドリームイーターが人里に到着する前に迎撃することは可能ですので、周囲の被害は気にせず、倒してしまってください」
 オリヴィアもあくまで真面目に要請する。
 ドリームイーターは決闘におあつらえ向きな、ひらけた山の中腹に姿を現す。
「配下もなく、単独で行動しておりますわ。ひと気のない場所ですので人払いも考慮しなくてよいでしょう」
 おそらく人目のつかない場所を選んで修行していたからでは、とオリヴィアは考えている。
「例のドリームイーターってどんな感じなの?」
「赤ハチマキに上半身裸の……いかにも修行中の武術家です、みたいな外見で木製ハンガーを持っていますわ。得物は言うまでもなくハンガーです。ドリームイーターの力で具現化しているのでハンガーは壊れないようですわよ」
 それを聞いてエイジはさらに顔を青くしている。是非もないね。
「攻撃はハンガーの乱れ打ちや、ブーメランのような投げ打ち、相手をハンガーに吊り下げてブンブン叩きつける力業が多いようですわねぇ……もはやプロレスの域に達している気もしますわ」
 真面目に解説していたオリヴィアの顔色も怪しくなってきた。
「武術というものには疎いですが、自らが開祖となった武術を見せつけたいと思うものではないでしょうか?」
 それらしい場を用意すれば、向こうから挑んでくる可能性も高いでしょう。
 締めくくるオリヴィアの顔はなんとも言えない感じである。


参加者
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
立花・恵(続非力かわいい・e01060)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
尾神・秋津彦(迅狼・e18742)
アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)

■リプレイ

●深く考えてはいけない
 ひらけた山肌の中心でクロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)は素朴な疑問をもらす。
「うぅ、なんでよりにもよってハンガーなんでしょうか……?」
 もっと良いものがあったはずでは? ドリームイーターに聞いたところで考案した本人ではない。聞いても意味はないだろう。
 戦場となる平原を眺めていたギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)もその選択基準に疑問を呈さずにはいられなかった。
「素直にヌンチャクやらトンファーを使えば良いものを……」
「ハンガーを使った武術とは、面妖としか言えないよね」
 『どうしてそうなった』と言いたげにアリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)も顎を撫でるが、ギルフォードとアリシアとは対照的にガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)は神妙な面持ちをしている。

「パッと見は間抜けかも知れんけどね。本格的な得物として使われたことがないっちゅうことは、つまりすべてが未知数ちゅうこっちゃ」
 開祖に師匠は居ない。重要参考人は山の中で気絶中。
 前例がないために『全く新しい格闘術』という謳い文句は莫迦に出来ないというガドの言葉に、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)もこっくり大きく頷いた。
「カンフー映画で『その場にあったものを武器として使う』ってシーンがあったんだよね、ハンガー使ってる人も見たことあるんだよなぁ……」
「俺も小さい頃やってみた気がする。まさか本当に武術に発展させる人がいるなんてね」
 子供の自分が聴いたら驚くだろう、立花・恵(続非力かわいい・e01060)は小さく笑いを盛らす。
 『本来の用途以外で活用する』という発想と情熱が、ひとつの武術体系に昇華されようとしたことには違いない。それがたまたまハンガーだっただけである。
 アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)もきゅっと大きな瞳を吊り上げ、
「何気ない発想から、凄いものが生まれたりします。ですから、油断は禁物、です」
 と気合を入れる。相手がなんであれ、侵略者たるデウスエクスには変わりないのだ。
「うんうん、僕もよく解らないけどしっかり倒さないとね!」
 理解度が8歳女児を下回っていたらしい永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)も目的を思い出したように頷き――肌寒い秋風が吹く中、数分が過ぎた。

 鯉口に指をかけていた尾神・秋津彦(迅狼・e18742)は米粒ほどの小さな影を捕捉する。
 季節外れの半裸姿に真っ赤なハチマキ。そして手にする木製ハンガー……ドリームイーターも十数歩、手前で歩みを止めた。
「斬新な武器術の使い手がいると聞いて馳せ参じました。小生らと手合わせ願いたく」
「ここで逢えたのも何かの縁、早速試してみましょう、です!」
 さあ、果たし合いましょう。秋津彦達が得物を構える。
『ハァン!』
 ドリームイーターに名乗り口上はない。奇抜な声を発してハンガーを小脇に挟む。
 ――ピィィーーーーーーーーーーーーーヒョロロロロ……。
 互いに睨みあう中、鳶の一鳴きを合図に仕合は始まった。

 クロコの放つ大鎌をハンガーで弾き、返す形で投擲する。ボクスドラゴンのギンカクが受け止め、ガドが朽ちた黄金の槍を引き絞った。
「位置よし、気合よし……せーのっ!!」
 全力で投げた槍は空を切る。否、空を穿つほどの衝撃を帯びた一撃がドリームイーターを刺し貫く。
「悪いが、その武術を披露する場所は街中にはないぜ!」
 抉りこむ一撃に恵も飛び蹴りから槍の柄を押し貫く勢いで腹部に突きこんだ。
『ンーガガァー!!』
「脇が甘いです、よっ!」
 秋津彦が放つオウガ粒子を受けて、野を駆けるウサギのように跳ねまわるアリシアが側面から膝を突き上げる。
「見せてもらおうか、ハンガー武術の性能とやらを!」
 隙あらば技術を修得する気の右院が豪快な火柱と砲撃を繰り出し、その合間を掻い潜ったアンジェラがドリームイーターの足元へ。
「ふふ、そう簡単には吊るされてあげません、です♪」
 グラビティで腕力を強化したアンジェラがハンガーを掴むと急上昇して一回転、捻り倒して顔面ダイブのおまけをつける。
 流石にイラッときたのかハンガーを投げる反撃が飛び、割り込んだクロコが抉りこまれるような顔面キャッチで防ぐ。
「ほ、本人は針金なのになんで木製ハンガーなんですか!? 小さい子に全力とか恥かしくないんですかー!?」
 ぶたれた頬を押さえるクロコだが、襲われた本人とドリームイーターは同一存在ではないのだ。

 ハンガー使いは次弾装填するガンアクションのように得物(ハンガー)を振り回す。
 右院の援護を受けながら、既にげんなりしていたギルフォードが黒刃 明王で斬りかかっていく。
『ハッハァン!!』
「ハンガーって時点で萎えんだよ、さっさと消えろっての」
 一太刀目こそ頬を斬りつけたものの、すかさず次手を(ハンガーで)捌かれてギルフォードは苛立ちを覚える。
「チッ、宴会芸とは違うってか」
 かつて山野の奥の奥、一振りの棒を振り続けて飛燕を斬り落とす極致に至った者がいたという。
 これもまた、ただひたすらに、ひたすらに研鑽し極致に達しようとした者―――の、『虚像』なのだ。
 ドリームイーターの放り投げたハンガーは器用にエイジのジャケットにかかると、弾むように何度も地面に叩きつけていく。
「いたっ、いたい!地味に痛いってばー!!」
「アカン!突風に吹かれた洗濯物みたいになっとるー!?」
「もしかすると本人より使いこなしているのではありませんか……?」
 ガドの悲鳴に秋津彦が反応し、月のエネルギー弾を飛ばして幻影のハンガーを消し飛ばす。
 オーラの余韻で『驚きの白さ』な演出に見えるが、だいぶ土汚れが目立っているのだった。

 ハンガーの動きは暗器に近かった。蛇のように主人の体に巻きついたかと思えば、瞬きする間にみぞおちを抉りこんでくる。
 得物が正しくヌンチャクであれば、武芸の極点に達しているのではないかと錯覚するだろう。懸念した通りだとガドはゴクリと喉を鳴らす。
「扱い方は双節棍のソレやけど、使い手の動きはあんま見ないタイプやね。伊達や酔狂で、開祖を名乗ったわけやなさそうや」
 だが、ハンガーだ。
『ハァァッ!!』
「ブ、ブーメランが二段階で曲がるなんて……こんな攻撃は聞いていません、です…ま、まさか、進化しています、です!?」
 追撃する飛翔物に翻弄されるアンジェラは持続的に敵への挑発を重ねていた。ただ、一人で受けきろうという気概に体が追いつかない。
 狙われる彼女をクロコやギンカクが、代わって受け止めることが解決策になるとも言い難い。カバーリングにも回ろうとすれば容易く崩されてしまうだろう。
「絵面は間抜けなハズなんだけど、なんで絵になってるんだかなぁ……!」
 納得いかないと漏らしつつも恵の口元は笑みが浮かんでいた。まるで、子供心に夢見たヒーローの面影を思い出しているかのよう。
「さあ、地獄の夜明けを……呼んでやるよ!」
 エイジが牽制する隙に照準合わせ、グラビティを込めて恵がキャットウォークの引き金を引く。
 伸びる赤熱の弾道は幻想の武術家を何度も撃ち貫き、赤いハチマキが炎で焼けていく。

「Amazing! 良いじゃないか!それでこそ殺し甲斐がある!」
 ようやく闘志に火がついてきたギルフォードも刃を振るう手が走り、数合打ちあったところで幻影の大狼を引き連れた右院が飛び掛かる。
「恐るべしハンガーヌンチャク……でも、これは見切れるかな!」
 大槌から伸びる狼牙は空想の拳士の脚に食らいつき、内包するモザイクが弾けだした。続けざまにアリシアが隠し玉を披露する。
「始まってすらもいない夢の残骸でしょうけど、アリシアが斬り捨ててあげますよ」
 すり抜け際に二重の斬――咄嗟に構えたハンガーにより直撃は塞がれていた。
「なんて手捌き……でも、素直に納得できないんですけどぉ!?」
 所詮はお遊戯と侮ったためか。アリシアが立て直している隙に秋津彦が戦場に視線を巡らせる。
(「負傷者は数人いるけど……集中攻撃が続いたら危険ですよね」)
 宙に描くは静けし輝きの満月。
 秋津彦はエネルギー弾をアンジェラに放つと、極採の爆風でさらに鼓舞させていく。
 爆煙の尾を引きながらクロコが鉄塊の大剣を頭上に振り上げ、
「こ、こっちに向いてくださーい!!」
『ハァァァンンンッ!?』
 脳天に叩きつけて狙いを分散させにかかる。当たり所がよかったのか、モザイクを流しながらもクロコに反撃を試みた。
 ギンカクが飛び出し注目が逸れた隙にふたつの影が素早く飛び込む。
「おぉっと、足元がお留守やっちゅうねん!」
「一緒にいきます、です! せーのっ」
 無防備な両脚を狙ったガドの低空ドロップキックは流星の、
 アンジェラのスライディングキックは花の軌跡を描いて両脛を蹴り抜く。
 鮮やかな連携にドリームイーターの巨体が前のめりに倒れ掛け、右院と恵はダメ押しとばかりに更なる足止めをかける。

「同じ技は見切られちゃいますからね、搦め手をいれて――」
 四つん這いのドリームイーターにアリシアはムーンサルトキックを決め、着地と同時に高濃度の螺旋力を両手に込める。
「その首、貰い受けます」
 宙に浮くドリームイーターをシュレッダーのように切り裂いていく。飛び散るモザイクは噴き上げ、煙のように立ちのぼっていく。
「珍技だなんだと思っていたが、想定より3割は楽しめたぜ」
 ギルフォードの手には既に三又の槍が構えられている。
 落着と同時に擲たれたトライデントは濛々と立ち上る幻想の根源に突き立つ。
「……落ちろ、極星」
 晴れ渡る空から飛来する青白い閃光、またたく星の柱の中で武術家の夢想は終わりを迎えた。

●武の道
「これで一件落着、かな?」
 恵は銃口に立つ煙を払うように、愛銃を軽やかに回してホルスターに収めた。
「可愛い顔してえげつないところ狙うね!僕も見習わないと……痛い痛い痛い脇腹に地獄突きは痛いって!!?」
 エイジの余計な一言に地雷を踏みぬかれた恵は無言の抗議(物理)を送る。
 それはさておき、秋津彦達は被害者を探して山中に踏み入った。

 獣道を分け入った先、不自然な痕跡を辿っていくと功夫スーツの男が一人。
「このぐにゃぐにゃに折れ曲がったなにかの数々……針金ハンガーに違いないね」
「うぅ、こんなに酷使するほど練習が必要なのでしょうか……?」
 所詮ハンガーだものね。服掛けだもんね。
 クロコの疑問が解決する気配は本人に聞く他なさそうだ。
 右院達が呼びかけたり、ヒールを施しているうちにハンガー使いが目を醒ました。
 事の顛末を伝えると男は困った様子で首を傾げる。
「武器は持てぬし代用できそうなハンガーならと思ったが……まさか悪用されてしまうとは。もはやお恥かしくて世間に顔向けできませんなぁ」
 思った以上に落ち込む様子にアンジェラが歯止めをかけた。
「わたし、なにか、可能性は感じました、です」
 これからも自分の道を頑張って欲しいと励ますと、右院とガドもひょっこり前のめり。
「自宅警備術的な系譜を感じるので、良ければお話を伺いたいのですが!」
「あんなごっついハンガー捌き見せられたら興味も湧くっちゅうねん!うちもちょっとばかし教えて欲しいわぁ」
 キラキラと目を輝かせる姿に男は呆気にとられていたものの「貴方がたの前では児戯に等しいでしょうが」と前置きして承諾してくれた。
 野山でハンガーを振り回す光景は奇妙だろう。
 妙技の熱意を語る姿は奇怪だろう。
 それでも棒きれ一本、鎌一本、鞭のひとつも振らねば極限に至ることなし。その道は千里か万里か、あらゆる道は長く険しいものなのだ。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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