黒いストレス解消法

作者:夏雨


「死ねぇぇぇぇえぇ! クッソババァ!!」
 夜も更けた頃。某神社の裏の林に響く女性の怒号。
 竹刀を手にした女性は、木の幹にくくりつけたぬいぐるみをめちゃくちゃに叩き付けていた。ファンシーなぬいぐるみからは綿がボロボロこぼれ、無残な姿に変わり果てている。
「何がお客様だぁぁぁ! お前みたいな疫病神お呼びじゃねえんだよ! 2度と来んなぁぁくだらないクレームつけんなあぁ店員は奴隷じゃねぇんだよボケがあぁぁ!!」
 髪を振り乱してぬいぐるみをストレスの対象に見立てた女性の行動は鬼気迫るもので、遠目から見ても常軌を逸した空気が伝わってくる。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 そこへ唐突に現れたドリームイーターの『幻武極』(げんぶ・きわめ)は、女性のまとう空気など意に介さずに言い放つ。
 闇が深いストレス発散法を見られてハッとしながらも、女性は極の一言に操られるように襲いかかる。
「何なの!? 気安く話しかけてんじゃねーよ!」
 竹刀を扱う女性の剣筋は決して素人臭くはなく、有段者の鋭い一突きが極を襲う。しかし、何度打ち込まれても極の体はびくともしない。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 それだけ言うと、極は等身大の鍵の切っ先を女性の胸元目がけて突き放った。女性の体を鍵が貫くと不思議と傷は残らないものの、女性は意識を失ったようにその場に倒れた。
 女性の横には新たなドリームイーターの姿が現れる。
 日本刀と金属バットを持ったドリームイーターは剣道着を着た女性の姿を借り、モザイクに包まれた火の玉が周囲に浮遊している。
 剣道着姿のドリームイーターはおもむろに刀を構えると、そばの木を一撃で切り倒してみせた。
「お前の武術を見せつけてきなよ」
 姿をくらました極の言葉に促されるままに、倒れたままの女性を放置したドリームイーターは神社から町へと向かう。


「闇が深い……っす。まあ、女性の乱心振りは置いといて――」
 神社裏でストレス発散をしていた女性が幻武極に襲われる経緯を話した黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、女性から生み出されたドリームイーターについて説明を始める。
「彼女の『武術』では極のモザイクは晴らせなかった、ついでに女性を利用してドリームイーターを生み出したという訳っす」
 人気のない神社の裏の林から移動する前に、ドリームイーターに接触することができる。女性は林の中で気を失ったままの状態で、ドリームイーターを倒さない限り目を覚ますことはない。
「ドリームイーターが神社から移動する前に、力尽くで止めてくださいっす。ドリームイーターはグラビティ・チェインを集めるために人々を襲撃するつもりなんすけど、『自分の武術を見せつけたい』という性質の相手っす。皆さんが戦いを挑めば向こうも乗り気になるはずっすよ」
 ドリームイーターの姿は被害者が『理想とする武術家の姿』となるようだが、能力や姿には誇張もあるようだ。
 ドリームイーターは周りに浮遊するモザイクの火の玉を自在に操り、無数に分裂させることができる。金属バットと日本刀というバイオレンスな二刀流ながら、剣道有段者らしい身のこなしでケルベロスたちに挑みかかる。
「夜の神社なら人が来る心配はなさそうっすね。今回のドリームイーターは剣道家の被害者がベースになっているだけあって、ケルベロスの皆さんにも引けを取らない戦いになりそうっす。くれぐれも気をつけてくださいね」


参加者
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
七種・徹也(玉鋼・e09487)
九十九折・かだん(泥に黎明・e18614)
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)
鬼灯・こよみ(カガチの裔・e39618)
伊礼・慧子(臺・e41144)

■リプレイ


 ぬいぐるみを括り付けられた木の根元に女性は放置され、ドリームイーターは街の方角へと歩きだそうとする。だが、林から出る前にドリームイーターを止めようとするケルベロスたちが立ちはだかる。
 敵意を示すように、ドリームイーターは手にした日本刀と金属バットを構え、各々が持ち寄った光源がその姿を照らした。
 ドリームイーターの向こうに倒れた女性の姿とズタズタにされたぬいぐるみを認めた七種・徹也(玉鋼・e09487)はぼそりとつぶやいた。
「⼥ってのは怖ぇなァ……」
 ドリームイーターと女性を見比べた伊礼・慧子(臺・e41144)は、徹也に同調するように言った。
「サービス業というものは深い暗⿊⾯を秘めているのですね……」
 慧子は同時に『殺界形成』による障壁を広げ、一般人の侵入を拒む空間を作り上げた。
 豊満な身体的特徴にも比例する物柔らかな口調で、エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)は言った。
「いろいろな意味で強敵そうですね。あの姿には女性の負の部分も現れていそうです」
 『負の部分か……』とエレスの一言を繰り返す天津・総一郎(クリップラー・e03243)は、
「鬱憤晴らしでぶち壊したい気持ちが出てるとか?」
 ドリームイーターの金属バットを見つめながら、改めて女性の抱える闇の深さに身震いした。
 今にも嘆息しそうな調子で、竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)はつぶやく。
「仮にも剣の道に踏み込んだものが、こんな場所で憂さ晴らし。挙句理想がアレとは……情けなくなるのう」
「とにかく、被害が出ないよう止めましょう」と、率先してドリームイーターに啖呵を切ったのは鬼灯・こよみ(カガチの裔・e39618)。
「今晩は。……⼀勝負、してゆかれませんか」
 こよみに続き、異性とはいえ敵に対しても紳士的な笑みを向けるアレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)は、
「さぞ腕に⾃信があると⾒た。どうかな、⼀つお⼿合わせを」
 瞳の奥に挑発の意志を覗かせる。
 刀の切っ先をゆっくりと向けるドリームイーターに対し、ケルベロスたちは戦闘態勢を整えた。ライドキャリバーのたたら吹きはエンジンをふかし始め、宙に浮かぶウイングキャットのディケーも毛を逆立てて警戒する。
 ドリームイーターのすり足がわずかに音を立てた直後、掲げられた刃と共に鋭く踏み込んでくる。手始めの攻撃をかわし、ドリームイーターを包囲するように散開する面々。
 アレックスが取り出したスイッチにより作動する演出は、林の中を苛烈な戦場へと変えた。激しい爆破音と共に次々と巻き起こる爆煙。衝撃で木の葉が舞い落ちるものの、不思議と引火の影響はないアクション映画さながらの光景。
 敵へと飛びかかる直前に九十九折・かだん(泥に黎明・e18614)の背後で起きた爆破は、猛進するヘラジカの勢いと威圧感を増幅させ、無数の落ち葉を散らした。
「付き合ってやる」
 戦闘に突入する以前のぼんやりした面影は消え、かだんはあっという間に相手を至近距離に捉えた。その左腕をバットで打ち据えられそうになるかだんだが、虚空に振り抜かれたバットを脇に抱えるようにして押さえ込む。バットを引き抜くことを断念したドリームイーターは、かだんへ覆い被さるように体重を傾け、強烈な頭突きと共にかだんを押し倒す。ドリームイーターの刀はかだんの眼前へと迫るが、その腕をつかまれたドリームイーターは地面に刀を突き刺した。
「負けてやる気はないけど、な」
 仰向けになっていたかだんは覆い被さるドリームイーターの腹部を蹴り上げ、両手が塞がっている相手を地面へと投げ出した。
 ドリームイーターは突き立てた刀を支柱にして瞬時に起き上がるが、たたら吹きは一瞬でも無防備になるドリームイーターへと突撃していく。


 車体を燃え盛る炎に包み、疾走するたたら吹き。灼熱の鋼弾と化すたたら吹きに向けて、ドリームイーターは浮遊するモザイク状の火の玉を操る。無数に分裂した火の玉がたたら吹きの進路上へと連射され目の前の地面が爆ぜるが、車体をぐらつかせる程度ではたたら吹きは止まらない。
 たたら吹きに続くこよみや総一郎の接近を危惧し、ドリームイーターは攻撃を回避することに傾注する。
 刀を構える一刀は、
「せめてまともに剣を使わんか」
 正面からドリームイーターへ挑む。鋭い突きを放つ一刀の一撃を辛うじて弾き、反撃に転じるドリームイーターは一刀へと斬りかかった。片手で振るわれた刃を弾けば、バットで一刀を打ち据えようと攻めかかり、刹那のスピードでドリームイーターとの激しい攻防が繰り返される。
 徹也は左腕をプロテクターから開放し、黒炎に包まれ地獄化された全貌を現した。
 水のように流れあふれ出す不可思議な流体金属、オウガメタルを操る徹也の意志により覆われる右腕は、鋼の腕と化していく。鋼の戦鬼のような重厚さを備えた徹也の右腕は、一刀へと食い下がるドリームイーターへと振りかぶる。
 徹也に向けて武器を構えたドリームイーターだが、得物ごとへし折られそうな勢いに逡巡した体は、鈍い音を発して鋼の拳とぶつかり合う。
 脱臼したらしい右肩を無言で戻しつつ、ドリームイーターは後退していく。
 無言でケルベロスらを見据えるドリームイーターの火の玉は、怒りのバロメーターを現すようにめらめらと燃え盛る。
「怒らせてしまったようですね、くれぐれもご注意を」
 と言いつつ、エレスは分身の幻影を徹也にまとわせ、被害者の安全を確保するよう配慮する。
 大きな塊へと膨れ上がった火の玉は破裂したかと思うと、複数に分裂して八方へと飛び散る。複数をめちゃくちゃに狙うと見せかけ、中心から飛び出した1つは弾丸のように確実に慧子を狙う。
 詠唱から魔法を放とうとしていた慧子は攻勢を挫かれそうになるが、アレックスは身を挺して慧子への攻撃を防いだ。攻撃をあきらめない慧子はアレックスの影から飛び出し、視界に映るドリームイーターに向けて直線状の閃光を放つ。ほぼ不意をつかれたドリームイーターの道義をかすめ、傷口の表面から石のように硬質化していく症状が徐々に現れ出す。
「⼤丈夫? 怪我はないかい?」
 そう言って慧子に余裕の笑顔を向けて軟派な気質を覗かせたアレックスは、礼を伝える間もなくドリームイーターをけん制しに向かう。
 火の玉などの厄介な攻撃から皆を守るべく、ディケーは翼の羽ばたきに守護の力を込め、アレックスの傷さえもその能力によって癒しを得る。


 総一郎はドリームイーターを相手に攻撃を誘いながら、
「これ以上ぬいぐるみを犠牲にさせるわけにはいかない……お前には、消えてもらう!」
 正面から仕掛けるドリームイーターの攻撃を、尽く総一郎はかわして見せる。しかし、敵の隙のない攻撃には反撃をためらう。機会を見出だそうとする総一郎に対し、ドリームイーターはその足元をすくおうと動いた。
 鋭い切っ先が宙へと飛び退いた総一郎のふくらはぎをかすめながらも、構えた総一郎の脚はドリームイーターを突き飛ばす。きっ抗するスピードにより、互いに相手を地面に触れさせた。
 瞬時にはね起きるドリームイーターの攻撃をそらそうと、こよみはその視線の先に進み出る。互いに刃を構えて対峙すれば、ドリームイーターはこよみの刀を弾き飛ばす勢いで全力を振るう。圧倒されそうになる勢いにも耐え、こよみは踏み込む姿勢を崩さない。
 引いていく相手の流れに乗ろうとするが、頭上で揺らめく存在に気づく。複数の火の玉がこよみを囲むように現れ、連続する飛弾がこよみを狙う。慧子は火の玉を操るドリームイーターへと斬りかかっていくが、すべてを振り切ろうとするこよみに火の玉は迫る。
 最後の一撃を残して逃れられない状況に立つこよみは、目の前に立ち塞がる姿に視界を遮られる。徹也はこよみの頭を抱えるようにして低い姿勢を取らせ、同時に掲げた左腕に被弾する火の玉は砕け散った。
 絶えず攻撃の流れを作るケルベロスたちに対し、ドリームイーターも応戦する。剣術を駆使すると同時に、自在に火の玉を撃ち出して攻撃を寄せ付けない。
「火の玉は俺らでガードしないとな、七種のおっさん」
 『女の子に火傷は禁物だろ?』と続けるアレックスらしい振る舞いを受け入れつつ、徹也は同様にドリームイーターの出方をうかがいながら言った。
「俺は正面からやるだけだ、後は任せた」
 一気に仕掛ける腹積もりの徹也に向けて、エレスはその周囲に幻影を発生させる。オーラが徹也の姿を包み込むように行き渡り、
「無理をすることは承知しませんが、支援は保証しますよ」
 エレスの一言と共に、傷ひとつない姿が陽炎のように揺らめいた。
 立ち替わる攻撃陣に臨む徹也に向けて、ドリームイーターは火の玉の連撃を集中させる。黒炎の左腕で残らず弾き落とそうとする徹也の横を過るのは、光の粒子の集合体と化したアレックスの姿。
 アレックスの光の翼を中心に発散される光の粒子は、眩いほどの輝きを放ち、視界を照らされたドリームイーターの判断は鈍る。
 致命的な傷には至らないものの、回避するタイミングを誤ったドリームイーターは態勢を突き崩された。


「捉えた」
 一刀のつぶやきが耳に入るか入らないかの瞬間、緩やかに弧を描くように翻された一刀の刃は、即座にドリームイーターの急所を捉えようと迫る。
 わずかに及ばないドリームイーターの動きは、防御態勢を整えるまでに至らない。
 深くまで到達しようとした一刀の攻撃はドリームイーターの刃によって隔てられたが、脇腹には真っ赤な傷がにじんでいる。
 ドリームイーターが後退するわずかな合間にも、分裂する火の玉は1つ1つがその背後で円列を作り出した。その配列から火の玉は機関銃のように撃ち出されるが、どれだけ火の粉が舞う中でもこよみはドリームイーターをまっすぐ見据え、
「同じ手は食らわない!」
 振るわれる刀は怒涛の勢いで攻撃を弾き、相手の動きを捉えた刃が閃く。攻めかかるこよみへと続くケルベロスたちの攻撃に、ドリームイーターは余裕を打ち消されていく。
 ふらつく足取りで抵抗を続けるドリームイーターに対し、
「飛び道具に頼るばかりですね、ご自慢の剣の腕を振るったらどうです?」
 鋭く迫る慧子の攻撃は不可視の刃と化し、更に傷を刻まれたドリームイーターは木の幹に体を預けるだけで反撃もままならない。とどめを担おうとばかりに瞬時に飛び出した総一郎は掌底打ちの構えを見せ、
「彼女の鬱憤も一緒に消えてくれたらいいんだけどな、これで――」
 ドリームイーターの目の前で沈み込む態勢に続き、直下からその顎を突き上げた。
 『終わりだ!』と総一郎が言い放つのとほぼ同時に、周囲に浮遊していた火の玉は一瞬で消し炭と化す。
 木に寄りかかったままのドリームイーターの全身は見る見る内にモザイク状に変化していく。その姿は霧散するモザイクの向こうに消滅し、遂に最後を迎えた。

 ケルベロスたちに囲まれる状況に気づき、目を覚ました女性は詳細を理解するまで茫然としていた。
 ドリームイーターに襲われた詳細を説明された女性に一刀は、
「怒りは原動⼒でもある。ぬいぐるみを壊すより有意義に使うべきじゃ――」
 教え諭すように語りかけたが、「イヤアアアア! 見られたアアア!」という女性の絶叫に遮られる。
 女性は羞恥心に耐え切れず顔を覆い、その場にうずくまる。
「見たというより、あんたが、ここで発散してるところを、狙われる話を聞いて――」
 別段女性のしていることを悪いとは思わないかだんは淡々と話す。
「どうか顔を上げてください、いい年した女性がそんな姿をさらすのも相当見苦しいですよ」
 柔らかな物言いでありながら、エレスは女性の醜態を堂々と指摘する。
 『じゃあせめて――』と竹刀を手にした女性は切実な願いを口走る。
「この竹刀で私の頭から今日の記憶を消し去ってください!」
「残念ですが、そんなエスパーはいません」
 エレスは断言するも、女性を気遣う言葉をかけた。
「物に当たるのもストレス発散⽅法の⼀つですが、⼈に話した⽅が気分がスッキリしますよ」
 女性の苦労を想像した総一郎は、しみじみとつふやく。
「大人って大変だな……」
 その一言に対し、慧子は嘆息まじりに言った。
「剣道は心の修練でもあると聞いたことがあります、その道を究めても思い通りにならないものなのですね」
 総一郎は苦笑いを浮かべながら、
「や、やっぱ俺……⼦どものままでいいかも……」

作者:夏雨 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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