紅雨の獣

作者:柚烏

 ――さくり、さくりと落葉を踏む音を鳴らして、白き獣の蹄が大地を横切っていく。
「……何かが、イブを呼んでいるような気がするのよ」
 其処は遥か北の大地に位置する、秋の色に染まりゆく森の中。不思議な予感を覚えた神乃・息吹(虹雪・e02070)が、軽やかに木々の間を進んでいくと――やがて目の前に、モザイクで覆われた奇妙な空間が姿を現した。
「これ、は――」
 ああ、やはり自分の感覚は何かを捉えていたのか。確かこの先には小さな集落がある筈だが、モザイク越しにそれを確認することは叶わない。
 ならばと意を決して、息吹がその内部に足を踏み入れると――出鱈目に千切れて混ざり合ったような、異形の森が彼女を出迎えた。
「おや、このワイルドスペースを発見出来るなんて。まさか、この姿に因縁のある子なのかな」
 そして纏わりつくような粘性の液体の中、くすくすと響いてくるのは、乱吹のように凍てついた声。大地に向かって枝を伸ばす樹を飛び越えて、息吹の前に姿を現した声の主は、無垢な相貌に笑みを浮かべ――血染めの姿でことんと首を傾げた。
(「血に濡れた、白トナカイ……あの姿は」)
 ――獣の角も、両の脚も。ふわりとした髪も精緻なドレスも、かつては眩い純白であったろうに。それらは今、林檎よりも鮮やかな血飛沫によって凄惨に彩られている。
「……イブ、なの?」
 そんな息吹の裡に眠る、禁忌の姿そのものをした相手は、手にした杖を握りしめてうっとりと囁いた。
「ともあれ、今はワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないんだ。キミはワイルドハントであるボクの手で――死んで貰うよ?」
「させない、のよ……!」
 煌めく結晶を生んで襲い掛かって来るワイルドハントへ、息吹はファミリアのアダムと共に立ち向かう。いつしかその唇から零れる吐息は、白く凍えて辺りに溶けていった。

 ワイルドハントについて調査をしていた息吹が、ドリームイーターの襲撃を受けた――予知により得た情報を元に、現状を説明するエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、事態は一刻を争うと真剣な表情で告げる。
「このドリームイーターは、自らをワイルドハントと名乗っているみたいなんだ。このままだと息吹さんの命が危険だから、急いで救援に向かって欲しい……!」
 ワイルドハントが現れたのは、北海道の山間部。其処にある小さな集落付近の森をモザイクで覆って、内部で何らかの作戦を行っているらしい。
 幸い、と言うべきか――調査を行っていた息吹をフォローする準備はしていたので、素早く救援に向かうことが出来るとエリオットは言った。
「戦闘を行うのは特殊な空間になるけれど、あくまで見た目が特殊なだけで戦闘に支障はないからね」
 そして戦う相手のワイルドハントは、息吹が暴走した姿を模しているとも付け加える。ただ、あくまで外見を奪っているだけに過ぎず、敵の能力はドリームイーターのものだ。
「手にした杖によって氷を操ったり、精神を揺さぶる攻撃をしてくるみたい。真正面からと言うよりも、こちら側の自滅を狙うような感じだね」
 ――息吹の調査によって発見出来た、この事件。それは敵の姿とも関わりがあるのかも知れないが、今は彼女の救出が最優先だ。
「無事に息吹さんを救って、ワイルドハントの撃破を……どうか、よろしくお願いするね」
 敵はワイルドの力を調査されることを恐れているのかもと――最後に零したエリオットの呟きは、ヘリオンの羽ばたきに重なり空へと昇っていった。


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
森光・緋織(薄明の星・e05336)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)

■リプレイ

●白と紅の獣
 ――まるで、何かに導かれるようにして神乃・息吹(虹雪・e02070)が辿り着いた場所。奇妙なモザイクに包まれた其処は、出鱈目な地形が入り混じる悪夢のような空間だった。
「お前がイブを呼んだの?」
 酷く現実味の無いその場所で、彼女はもう一人の自分――血に濡れた白トナカイの少女と出会う。ワイルドハントを名乗るそのドリームイーターは、息吹の内包する闇をかたどって、否応なくその存在を突き付けるのだ。
「こんな場所まで呼び出して……傍迷惑な子ね。悪い子にはお仕置きしないと」
 そんな息吹の挑発にも、邪悪な鏡映しの如きワイルドハントは、不敵に微笑みながら身構えて。その手に握られた漆黒の杖をじっと見つめる息吹は、ややあってからぽつりと呟いた。
「……黒いアダム。ちょっと格好良いかも……あら。怒った?」
 彼女の手中で不満げに揺れた白杖――ファミリアのアダムが変じたそれへ『嘘よ、嘘』とくすくす笑いながらも、息吹は螺鈿の輝きを帯びた瞳で、真っ直ぐに敵を見据える。
「それはさて置き……ねぇ。ケルベロスの姿を真似るのは、何故?」
 ――けれど思惑を訪ねる少女への返答は無く、無垢な笑みを張りつけたワイルドハントは、ただ静かに殺意を研ぎ澄ませているようだった。まぁ、返事には期待していなかったけど――と直ぐに息吹は気持ちを切り替えて、魔法の杖を片手に詠唱を始めていく。
「……その姿は好きじゃないし、全力で攻撃出来て丁度良いわ」

●混沌の森を駆けて
 そんな、息吹が邂逅を果たしていた一方で――彼女を追ってワイルドスペースへと足を踏み入れた仲間たちは、その異様な光景に戸惑いつつも、急いで合流を果たすべく混沌の森を駆け抜ける。
「イブ! ……どうか無事で居て」
 最初に身体を包み込んだ、粘性の液体に身を竦めていた森光・緋織(薄明の星・e05336)だったが、違和感は直ぐに消え去った。そうして友人の名前を呼びながら必死に探索を続ける彼を、穏やかな口調で励ますのはミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)だ。
「友人の危機と聞けば、冷静を欠きそうになるけど……こんな時だからこそ落ち着かないとね」
 それでも急ごうと目配せをして、ミルラ達は戦闘の物音や声を頼りに、息吹の居場所へと確実に近づいていく。少しでも早く合流出来るよう、迅速に――眩暈を覚える森の切れ端を軽やかに飛び越えながら、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)はワイルドハント達の思惑に想いを馳せた。
(「私達の、裡なる力が目覚めた姿を利用し、何を為そうとしているのか……」)
 ――否、とにもかくにも今は息吹の救出が最優先だ。そうしている内に、激しい炎が森を焦がす様子が飛び込んできて、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)の瞳に揺るがぬ意志の灯が宿る。
「皆で辿り着いて――必ず、力に」
 恐らくは息吹の方でも、自分の居場所を伝えようと殊更派手に戦っているのだろう。眩い銀の髪を揺らし、流星の如く駆けるクィル・リカ(星願・e00189)の背を押すように、一陣の風となって後に続くのはオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)。
「昨今の時流、私たち番犬にとっては穏やかならぬ風向きよね」
 殊、心中察するに余りあるのは、象られた当人であるが――やがて彼女の視界には、相争う白と紅の少女たちの姿が飛び込んで来た。
(「愛らしくも残酷なその声も、聞こえなければ意味をなさないわ」)
 ――だから、より派手に、より煩く。巨大なガトリングガンを顔色ひとつ変えずに構えたオルテンシアは、敵の気を反らす為、多銃身からなる弾丸の連射で牽制を行った。直後、暴力的な破壊の音色が悪夢を終わらせるように辺りへ響き渡り――その間に野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が颯爽と、息吹を守るべくワイルドハントとの間に立ちはだかる。
「イブちゃん、おまたせ! 大変だったと思うけど、わたし達が来たから大丈夫だよ」
「息吹様……間に合って、良かったです」
 溌剌とした表情でイチカが彼女を励ます中、素早く駆け寄ったリコリスは、怪我を癒すべく御業を鎧と化して解き放った。
 どうやら本格的な戦闘に突入する前に合流出来たようで、息吹に大した被害が無いのが幸いだ。万が一に備え、消耗が激しければ後方に下がることも考えていたが、このまま行けそうだと息吹は頷く。
「皆さん、来てくれたのね。有難う。気合いに満ちて……心強い限り、だわ」
 ――そう、此処に居る者は皆、息吹の危機を察して駆けつけてくれた仲間たちだ。心配そうな顔で見つめる緋織へそっと微笑んだ息吹だったが、その時彼女の耳元へ、オルテンシアの囁きが密やかに吸い込まれていく。
「動じてはいない? 揺らいではいない?」
 その問いかけに息吹は、揺るぎなき瞳を向けることで答えて。凛々しい少女の姿に賛辞を贈ったオルテンシアは、そのまま彼女と肩を並べるようにして戦場に立った。
「……それじゃあ、存分にいきましょう」
 やる気満々、と言った様子を見せる煌石匣のミミック――カトルが牙をかちかち鳴らす音を聞きながら、主であるオルテンシアもまた、反逆の牙を剥いて抗うのだ。

●天国では狩りができない
「やれやれ、随分と大勢お出ましだね……。全員消えて貰うことには変わりないけれど」
 大仰に肩を竦めたワイルドハントは、此方に抵抗の意志があると分かると、血塗れの相貌を愛らしく歪めて杖を操る。乱吹を思わせる声音に相応しく、急速に温度を失った周囲に吹き荒れるのは、宝石めいた氷結晶の嵐だ。
「ああ、まったく違った存在と分かっていますが……、姿を模している点には少々怒りを感じてしまいますね」
 息吹と同じ顔をしている――そんな敵にクィルが、若干の躊躇いを感じたのは一瞬。むしろ同じ容姿を取っていることに憤りつつ、彼は努めて冷静に反撃へと移った。
「黒い、黒い、雨が――あなたを残酷に染め上げてくれるでしょう」
 クィルの呼んだ重く黒い雨粒が、ワイルドハントの身体を阻むように次々と降り注ぐ中、同じく付与に長けるミルラは仲間たちの支援に回っている。
(「そっくりの顔に躊躇いがないと言えば嘘。……いつも以上に勇気が入用、かも」)
 ――けれど、本当の息吹はちゃんと傍にいる。深呼吸をひとつして心を落ち着かせたミルラは、左胸に灯る確かな炎の熱を感じながら、黄金の果実を実らせて聖なる加護をもたらしていった。
「ワイルドハントだか何だか知らないけど、友達に酷い事する気なら黙っちゃいないよ」
 そして覚悟を決めた緋織は、躊躇うことも容赦もしないと誓いつつ、自分の役目を果たそうと果敢に斬り込んでいく。後衛からの狙い澄ました一撃――紅に輝く魔力の刃で以って、標的に断罪の枷を嵌めるのだ。
「……イブは絶対に、連れて帰るからね」
「ええ、その姿にどんな所以あれ。許しなく模るのは無礼ですよ、ワイルドハント」
 一方で前衛に立つ朝希は、自分の仕事は攻撃に集中することと心得て、行く手を封じられた敵へと神槍を繰り出し、激しい稲妻で神経回路を麻痺させようと迫った。
 狙うのは短期決戦、その為にはもう一押し敵の足取りを鈍らせる必要がありそうだと、オルテンシアは傍らのカトルへ目配せをする。
「攻め手はもちろん、イブ達の守護も大事なお役目よ。しっかりね」
 そう、相手の得意な状態異常に罹り、長期戦になったら不利だ。奔放に吹き荒れる風の如く、歪な森を舞うオルテンシアの脚が流星と化して叩きつけられると、攻撃へと集中する息吹の蹄も間髪入れずにワイルドハントを襲った。
「暴走姿を蹴れる好機なんて後にも先にも、多分これっきりよね……あら、イチカさん?」
「ううん、やりづらいはやりづらいんだけどね」
 盾となって敵の攻撃を凌いでいたイチカは、ちょっぴり歯切れ悪い様子でかぶりを振ったが――息吹の溌剌とした様子を見て、うんと自分に言い聞かせる。
(「あの子が敵で、それをきみが望むなら」)
 友達の姿をしたドリームイーターを一瞥したイチカは、息吹の意志を尊重しようと決意した。望みに応えること――それこそが彼女の、機械としての幸福だったから。いや、違う。
(「……やっぱり、わたしが守りたいだけだ」)
 必要に応じて、では無く。望みに応えて、でも無い。其処にあるのは、紛れもないイチカ自身の意志――守りたいと思った時、いまがきっとその時なのだと実感し、彼女はワイルドハントの繰り出す血染めの刃から息吹を庇った。
「よし、かっこいいとこ見せたげる!」
 ひとであることを望む少女は、肉体に見える機械部位を嫌っていたけれど、今回は遠慮などしない。肘から先を回転させて威力を増した、とっておきの一撃を食らわせてやる。
(「より、あの子と縁深きものたちが、自由に振る舞えたら……」)
 そう願うオルテンシアは、一歩引いた形でのサポートを信条とし、ただ追い風であれと己に言い聞かせていた。それは控えめながらも確かな存在感を放って、回復に従事するリコリスも同じ。仲間たちの消耗具合、早めに対処すべき状態異常の有無――事前に確りと優先順位を決め、巧みに回復手段を使い分ける彼女のお陰で、戦線は揺らぐこと無く維持出来ている。
「どうか、無理はなさらずに……」
 後衛に襲い掛かった氷群を、極光のヴェールで癒すリコリスの傍らで、懸命に敵へ向かって行くのは緋織だった。多少の怪我ならかすり傷と変わらないと言って、無茶をするのも厭わない彼の様子は、ひたむきであるが何処かあやういようにも見える。
(「イブとそっくりな相手と戦うなんて、良い気持ちはしないけど。躊躇った所為で友達を失ったりしたら、その方が怖いから」)
 後衛の分をわきまえ、自分の役目も分かった上で――それでも緋織は後悔したくないと思ったのだろう。彼の笑顔の裏に隠された、拒絶への恐れ。皆の傍に居続ける為に頑張ろうとするその姿を見たリコリスは、静かに彼らを支えようと決意する。
「ワイルドハント……お前に恨みはないけれど、その姿で出て来たのがいけないのよ」
 そして――鮮血であかくあかく染まった少女へ、無垢な白の少女が距離を詰め、自慢の蹄で血塗れのツノをへし折ってやろうと力一杯蹴りつけた。
「――っ、この……!」
 重力に押しつぶされ、か細い悲鳴を上げるワイルドハント。その表情からは既に、余裕めいた笑みは消え去っていた。

●白雪の獣
「決して、逃がしはしませんよ」
 その身に蓄積された麻痺により、身動きが取れなくなったワイルドハントを、クィルは無慈悲に追い詰めていく。釘を生やしたバールを振りかぶり、くぐもった音を響かせると同時、秋の森に鮮やかな紅が散った。
(「……おかしな動きは、ないようだけど」)
 その間も周囲の様子に気を配っていた緋織だったが、自分が確認した範囲では特に変わった変化は無い。ワイルドハントも、この空間を捨てて逃走する素振りは無く――彼女は最期の力を振り絞って、悪夢の中に引きずり込んでやろうと息吹に襲い掛かる。
「イブちゃん、危ないっ!」
 ――その間に割って入り、代わりに心を侵食されたのはイチカだった。ゆらりと傾ぐその身体は一気に催眠状態に陥ってしまい、危険と見たリコリスが直ぐに御業を向かわせ守護を行う。しかし――。
「催眠の方が危険ですね……。援護をお願い致します」
「了解した。掻き乱すのが得手と言うなら、此方はそれを払うのみ」
 直ぐに駆けつけたミルラは、浄化の力を如何なく発揮して薬液の雨を一帯に降り注がせた。癒し支えるのは得意分野――侮らないでくれよとワイルドハントへ告げる彼へ、さすが『魔女さま』ねと息吹が微笑む。
(「そう、偽物ならば……何より彼女を傷つけると言うのなら。俺は、恐れない」)
 これで峠は越えただろうか。勢いを失いつつある敵を追い詰めるべく、緋織の棍とイチカの鎚が唸りをあげて。賭けをしようと囁くオルテンシアの繊手は鮮やかに、掲げた白のカードを裏返す。
「ふ、愚かも愚か。総取りさせてもらいましょうか!」
 ――さあ、きみがこの勝負に賭けた『一切の現在』を頂こう。忽ち身動きの取れなくなったワイルドハントの元へ、攻勢を崩さぬ朝希の声が、不可視の牢獄となって襲い掛かった。
(「偶然出逢った同い年の女の子……雪の精みたい、と思ったのも今は昔ですね」)
 彼が想う息吹とは軽やかで強かで、快い語り口の話せば話すほど楽しいひと。だからだろうか、助ける――と言うよりは、負けない彼女の力になりたい。
「あなたはこんな千切絵細工の世界より、晴れの日の雪原みたいに、日の下できらきらしてる方がきっと似合います……!」
「この……っ!」
 鬼気迫る表情で黒杖を突き立てるワイルドハントだが、息吹は物怖じせず――逆に彼女の髪を引っ掴んで、一気に肉薄する。
「何処へも行かせない。もう少し遊びましょうよ」
 そんな息吹の背中を押すように、リコリスが護殻の術を紡いで、最後はあなたの手でと止めを託した。
「ええ、寒いのがお好きなのでしょう? それなら熱く、燃やしてあげる」
 ――息吹の掌で揺らめくのは、古の竜の幻影。それは獲物を炎の中へと誘い、燃え尽きるまで死の舞踏を踊らせるのだ。
「おやすみなさい。どうぞ、とびきりの悪夢を」
 最早かたちを留めることも叶わず、消滅していくワイルドハントへ――息吹は優雅にお辞儀をして、その最期を見送った。

「辛くはなかった? 痛くはなかった? ……ちょっと、カトル?!」
 無事に戦いを終えた直後、息吹の前に飛び出したミミックは、白の姫君に捧げるべく色とりどりの花を撒く。外から見守っている心積もりだったのに、と溜息を吐くオルテンシアだが、その表情は晴れやかだ。
「皆様お疲れでしょうから、これで少し――」
 そう言ってチョコレートの包みを取り出すリコリスを見たカトルは、嬉しそうに口をぱくぱく動かしている。微笑ましいその様子を眺めるリコリスだが、心の奥には微かな悲哀が渦巻いていた。
(「……しかし、彼らワイルドハントも何か、哀しみを抱えている。そんな気がします」)
 けれど、そんな哀しみを吹き飛ばすように辺りへ響くのは、有難うと微笑む息吹の声だ。
「自分と同じ顔が、仲良しの皆さんから攻撃されてるのは、なんとも複雑でした……なぁんて、冗談よ」
「それは……本当にごめん、って、冗談?」
 必死に謝ろうとした緋織が、きょとんとした顔をする中、こっちだって気まずかったとミルラは口を尖らせて。それでもやっぱり、いつもの真っ白なイブが一番だと――モザイクの晴れつつある空間を見渡すミルラは、帰ろうと言って皆の背を押す。
(「ええ、だからあなたはどうか、真白のままで」)
 ひそりと願う朝希の元に、その時少し早い雪が舞い降りて――それもやがては消えた。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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