紅蓮の悪意

作者:刑部

「……やはりこの山の地層は近隣の山と相違がある。教授の仮説を裏付けになるな」
 剥き出しになった断崖を見上げて青年は呟いた。
 都内の有名大学で地層学を学ぶ彼は、ゼミの教授の提唱する仮説の裏付けの為、一人で山梨の山中を訪れていた。
「えっ……」
 興奮気味に断崖の写真を撮るカメラのレンズが不意に真っ赤になり、彼はカメラから顔を上げる。目の前に居るのは不敵な笑みを浮かべた中東の踊り子の如き少女。
「きみ……」
「あなたは頭が良さそうね。それはとても魅力的なんだよ」
 青年が誰何の声を遮る様に口を開いた少女が腕を振るうと、青年の体は紅蓮の炎に包まれる。
 断末魔も掻き消す業火に焼かれた青年。その炎の中から青年の倍はあろうかという巨躯がのそりと踏み出した。
 それは星霊甲冑に身を包んだエインヘリアル。腰に剣を佩き左手に盾を携えたその姿は、正統派の騎士を思い出させた。
「ん、やっぱり、エインヘリアルは騎士が似合うの。さぁ、ちゃんと迎えに来てあげるからグラビティ・チェインを奪って来て。……選ばれた騎士として、その力を示すんだよ」
 その少女……シャイターン『赤のリチウ』の言葉に頷いたエインヘリアルは、深紅のマントを翻し、麓の町目指して歩き始めた。

「有力なシャイターンが動き始めたみたいや」
 杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044)が口を開く。
「奴さんらは死者の泉の力を操って、その炎で燃やし尽くした男性をその場でエインヘリアルにする事ができるよるみたいや。
 ほんで現れたエインヘリアルなんやけど、グラビティ・チェインが枯渇した状態みたいで、その補充の為に直ぐに人間を殺そうと動き出しよる。幸いにもエインヘリアルの出現場所は町まで距離があり、エインヘリアルが町に着く前に到着できる筈や。
 被害が出る前にこのエインヘリアルの撃破してほしいんや。頼むで」
 とケルベロス達を見回す千尋。

「この山のこの辺でエインヘリアルが出て来て、こっちの町に向うからヘリオンの速度を考えたら、遅くてもこの辺りで迎撃できる筈や」
「そのシャイターンは狙えないのか?」
 地図を広げて説明を始めた千尋に、一人のケルベロスが尋ねる。
「ずっとそこに居てくれたら可能かもしれへんけど、まぁそんな甘ないやろな。とりあえず目の前のエインヘリアルや」
 と残念そうに肩をすくめて千尋は返し、
「エインヘリアルは、星霊甲冑を纏って赤いマントを翻し、腰に剣を佩いて左手に盾をたずさえとる。いわゆる正統派の騎士と言った風貌やな。その風貌らしい正攻法で攻めて来るで」
 と、迎撃地点になるであろう地図に示された町外縁の辺りを、トントンと人差し指で叩いた千尋は、
「暗躍しとるシャイターンはいずれ引っ張り出すにしても、とにかく目の前の虐殺を止めなあなん。頼んだで」
 とケルベロス達を送り出すのだった。


参加者
月海・汐音(紅心サクシード・e01276)
アップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)
天月・光太郎(満ちぬ紅月・e04889)
草間・影士(焔拳・e05971)
柚野・霞(瑠璃燕・e21406)
月城・黎(黎明の空・e24029)
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ


「……見つけました。接触まであと3分くらいです」
 着地して振り返り、カスミソウの咲く黒髪を揺らして瑠璃色の翼を畳んだ柚野・霞(瑠璃燕・e21406)が、北西の方角を指して報告する。
「わー、ホントに物語から出て来た騎士様みたいな格好だ」
「ホント。見た目だけハ、物語に出てくるような正統派の騎士デスネ」
 そちらに目を凝らし、霞の次にその姿を視認したのは死属性を持つボクスドラゴン『ヨミ』の頭を撫でる月城・黎(黎明の空・e24029)とアップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)。『星泳ぐ海』のピアスを揺らしたアップルが仲間達を振り返ると、
(「……屍隷兵に続いて、今度はこれか。デウスエクスめ……将来ある若者であっただろうに……」)
 アップルの言葉にその青い瞳を細めた霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が、赤いマントを翻し迫り来るエインヘリアルの姿を認め、トントンと愛用のコンバットブーツ『リンクス』の調子を確かめる様にステップを踏み、
「どうにもエインヘリアルは縁があるわね……」
 嘆息した月海・汐音(紅心サクシード・e01276)が、黒い外套から伸びた手で長い金髪を掻き揚げると、
「ったく。選ぶ奴も性格も悪いのに勤勉なこって……」
 時間を確認した三日月のチャームの付いた懐中時計を懐にしまった天月・光太郎(満ちぬ紅月・e04889)が、愛槍を一閃して小脇に挟む。
「むっ、武装した集団……私の王道を阻む者供か、面白い。この剣の錆にしてやろう」
 元より遮蔽物のない場所である。
 此方の姿に気づいたのか、足を止めて睥睨したエインヘリアルはそうごちると地面を蹴り、その巨躯に似合わぬスピードで一気に距離を詰めて来る。
「選ばれた方も性格悪そうだ……」
 その言葉に肩を竦める光太郎に、
「選ばれたから性格がねじ曲がったのかもしれないだろう。ま、今は倒す事に集中しよう」
 右の拳で左掌を打った草間・影士(焔拳・e05971)がそう応じ、地面に突き立てていた如意棒を手にとる。
「我が王道を阻むな、下賤の者供よ!」
「むー。アルはアナタは選ばないわ。だってお友だちに『ゲセンナモノ』なんて言われたくないもの! ねーおどうぐばこっ!」
 エインヘリアルの発した言葉に唇を尖らせたアルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)が、傍らのミミック『おどうぐばこ』に同意を求めると、おどうぐばこはそれに応じる様に蓋を開閉し、
「下賤ねぇー……その下賤な奴等にキミは討伐される訳だ。ヨミ君、放て」
 黎の声に応じヨミが放ったブレスを合図に、戦いの火蓋は切って落とされたのである。


 仲間達の前に一歩出てエインヘリアルの吶喊の矢面に立ったのは光太郎。
「ほらほら、下賤の者が阻んでるぜ、掛って来いよ」
「小僧ッ!」
 小馬鹿にした光太郎に眉を吊り上げたエインヘリアルが剣を振り上げるが、その腕が爆発し跳ね上げられる。黎が与えた風の加護を得た光太郎の放ったサイコフォースにより、体勢の崩れたエインヘリアルに、
(「……今」)
 アルナーの護殻装殻術により破剣の力を得た和希が、冷静に『アナイアレイター』の引き金を引き、凍結光線を撃ち放ち、
「大きさで負けている分、手数で押すわ」
 声と共に『Black Swan:Proto』のローラーで地を滑った汐音が、和希の光線により右足に氷の張ったエインヘリアルの体を、駆け上がる様にして摩擦で生じた焔と共に蹴り上げ、黒い白鳥の如く宙を舞って距離をとる。
 更に霞が放出したオウガ粒子によって超感覚を覚醒させ、跳躍したアップルの蹴りと共に影士が蹴り飛ばした星型のオーラがエインヘリアルのかざした盾に爆ぜ、
「おのれっ!」
 憮然としたエインヘリアルが振るう剣から仲間を庇ったおどうぐばこが、その一撃に吹っ飛ばされる。
「天月さん、月海さん」
 だが剣が大振りになった隙を突いた和希が、仲間達に呼び掛けながら重い飛び蹴りを叩き込み、
「おうよ! ゼロ距離……取ったぞ、悪く思うなよ!」
 その和希に気を取られたエインヘリアルの巨体のバランスを崩して投げ倒した光太郎が、掌底を叩き込む。
「重く行くわよ」
 更に畳み掛ける様に汐音がその首目掛けて『Aurelia:Beginning』を振り下ろす。
 ……が、ギリギリのところでその一撃を盾で受けたエインヘリアルは、その体勢からは考えられない軌道の一閃を繰り出し、汐音の両脛を裂いて跳び退きつつ立ち上がり体勢を整える。

「やはりその一撃は侮れないですね」
 水宝玉の首飾りを揺らした霞が、『Mors Nigra』に宿された破壊のルーンを汐音に飛ばして回復を図る。だが、その間にも自分の流す血で地面を濡らし、一撃を見舞ったアップルを薙ぐエインヘリアル。が、ぎりぎり滑り込む様にして割って張ったおどうぐばこがその一撃を受け、パレットや絵具を撒き散らして吹っ飛び、飛び散った道具のエクトプラズムが掻き消える。
「よくもおどうぐばこを! アル怒ったからね」
 吹っ飛ばされたおどうぐばこがまだ消えていない事を確認したアルナーは、回復すると黎が合図してくれたのを見てエインヘリアルに向き直り、符を展開して氷槍を構えた騎士のエネルギー体を喚び出すと、挑発する光太郎に剣を振るうエインヘリアルにぶつけ、その穂先が赤いマントを切り裂く。
 下がる光太郎と入れ代わる様に距離を詰める影士と和希を見ながら、
「貴方は何も悪くない。でも……だからこそ……」
 くるくると回した得物を地面に突き立てた霞は、オウガ粒子を放出して仕寄る仲間達を後押し、それを支えに猛攻を仕掛ける汐音やアップル達。
「くうぅ……アルはこれぐらいで負けないんだよ」
 至近距離から気咬弾を見舞われたアルナーは、踵に土を盛り上げながらも奥歯を噛んで堪え、エインヘリアルを睨み返すと体勢を立て直したおどうぐばこと共に、仲間達を守るべく地面を蹴る。

「全然シールドを展開しませんネ。自分をヨク把握しているヨウデス」
 一閃された斬撃を『ダンス・ウィズ・ラビッツ』で受けたアップルは、その重みによろめきながらもエインヘリアルをそう評し、体を反回転させて逆側から見舞われる斬撃を、光太郎がカバーに入った隙に体勢を整え直す。
「ヨミ君のブレスもあって、火と氷はいい感じに回っている様だね」
 その光太郎に電気ショックを飛ばして回復を図りながら、黎は戦況を観察する。
 炎と氷、相反する2つがエインヘリアルの体に貼り付きその体力を奪うも、エインヘリアルは無限の体力があるかの如く、果敢に猛攻を仕掛け、今も挟撃を図った汐音とアルナーを押し返している。
「隙を見せるなよ。こっちは加減してやる義理はない」
 だが、2人を押すエインヘリアルの隙を突き、影士の直角を描く高速の斬撃が叩き込まれると、エインヘリアルを包む炎と氷がその勢いを増し、
「小癪な!」
 睨んだエインヘリアルは影士に気咬弾を放とうと掌を向けるが、ヨミのブレスと共に、和希の放った蒼い魔法剣群が殺到し、舌打ちすると盾をかざし剣を振るいながら後退する。
「逃がさナイ、流星の煌きを見せマショウ」
「そうそう。まさか下賤な者に背中を見せて逃げ出さないよね?」
 そこに追い縋るアップルを追う様に黎が雷撃を放ち、それに仲間達が続く間に霞がアルナーの回復を図り、
「この程度の攻勢に晒されて後退するのが、選ばれた騎士だとは」
 影士が向けた掌から現れたドラゴンの幻影が、その言葉に足を止め、ボロボロのマントを翻して睨み返したエインヘリアルを灼いた。


「があああああぁぁぁぁああああああああぁあ!」
 キレたのか炎と氷に包まれた騎士然としたエインヘリアルが咆哮すると、踵を返し追い縋るケルベロス達の先頭に位置したアップル目掛けて、その剛剣を振り下ろした。
「ザッツ、ショウターイム!」
 アップルは如意棒を後ろ手に伸ばすと、それを掴んだ霞が思いっきり力を込め、急ブレーキが掛った形になったアップルの鼻先をかすめ、地面を穿つエインヘリアルの剣。
「猛き炎を持つものよ。忌わしき牙を持つものよ……」
 後ろで影士が魔法陣を描いて詠唱する間、穿たれた地面から跳び散る砂礫を押し退ける様に、
「ここが『がりょうてんせい』というやつですね。たたみかけますよ」
 ネコ毛の絵筆を宙に絵を描く様に動かしたアルナーにより、御業がエインヘリアルを掴み、おどうぐばこが造り出したパレットの角を、エインヘリアルの頭に強かに撃ちつける。
「ここは押しの一手だね。いくよヨミ君」
 言葉に応じヨミが死の属性をインストールし、黎がくるくるっと回したライトニングロッドを突き付けると、迸る死の雷撃が御業に掴まれたエインヘリアルを穿ってその身を痺れさせる。それでも尚、痺れる腕を無理やり動かし汐音に斬り掛るエインヘリアル。
「やらせるかよっ!」
 その剣を押し留めたのは光太郎の持つ『蒼天の聖槍』。重い一撃を押える光太郎の奥歯がギリギリと鳴る。
「……我が命運切り開く為に。その身に宿りし力を以って、喰らい尽くせ、立ち塞がるものを」
 その後ろで影士が詠唱を結び終えると、生み出された炎が大蛇の姿を形どり、エインヘリアルに絡んで牙を剥く。
「くっ……動け……」
 多重に掛けられた麻痺の効果に思う様に腕を動かせずもがくエインヘリアル。だが剣が振るえないと見るや、気咬弾を放って光太郎を押し返す。
「ただの悪足掻きです。その様な小細工を重ねたところで、戦局を覆せる訳もないでしょう」
 その光太郎を霞が直ぐに癒す間に、
「――動くな。壊せないだろうが」
「担い手は此処に……来なさい……シルヴィ! 穿ち滅ぼす、銀の弾丸!」
 和希が術式により産み堕とした蒼い魔法剣の群が四方八方からエインヘリアルに襲い掛かり、その剣舞を彩る様に汐音の手に現れた銀色に煌めく銃の銃口から光が弾けた。
「ゴハッ……、こんな……」
 無数の裂傷と穿たれた散弾の傷から血を滴らせ、顔を歪ませるエインヘリアル。
「ハハッ! 選ばれた、って割には力が足りてねえな。下賤の者達に追い込まれる気分はどうだ?」
 霞の回復を受けた光太郎が、紅炎の顎を棚引かせて崩撃・紫電掌を叩き込んだところに、
「燃え上れ、私の愛! ゴット・アイ・ラブ・ユー! この愛を、貴方に刻み付ケル!!」
 猛る情熱の炎を身に纏い跳躍したアップルが、豪兎槌を思いっきりエインヘリアルの腹に叩き付けた。
「ゴフッ……」
 嘔吐物を撒き散らしながら、起こそうとしていた上体は力を失い後頭部が地面を撃つ。
 倒したか……と思われたが、
「せめて……」
 エインヘリアルは最後の力を振り絞り、アップルに一撃を見舞おうとする……が、その眉間を冷凍光線に撃ち抜かれ、断末魔も上げれず倒れ伏し、和希は今しがた引いた引金から指を外すと、大きく息を吐いたのだった。

「シャイターンの手掛かりになりそうなものはないデスネ」
「青年だった頃の遺留品もない……か」
 エインヘリアルの亡骸を調べていたアップルと霞が、残念そうにつぶやく。
 周辺も下草がところどころ抉られた程度で、特にヒールが必要な感じもなかった。
 こうしてケルベロス達は、エインヘリアルにされてしまった哀れな青年に黙祷を捧げ、山梨県の山中を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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