猛炎楽土

作者:遠藤にんし


 森の中、打ち捨てられた神社へとパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)は足を踏み入れた。
「やっぱり……中に入ってみましょう」
 パトリシアは独りごち、モザイクの中へと入り込む。
 夕映えの空、赤い鳥居……それらを切り取って混ぜたような風景に、空間を満たす粘性の液体。
「何なの、これは……」
 驚きながらも進もうとしたパトリシアの前に、一人の女性が進み出る。
「このワイルドスペースに人だなんて、この姿に縁のある者なのかしら?」
 その者の燃えるような色の瞳は、どこか昏い。
「今はワイルドスペースの秘密を知られるわけにはいかないわ……そうね、私が殺してあげましょう」
 差し伸べられた腕。
 赤い視線が、交錯した。


 パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)がワイルドハントと遭遇したようだ――告げる高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)の表情は、厳しいものだった。
「ワイルドハントと名乗るドリームイーターは、打ち捨てられた神社をモザイクで覆い、その中で何らかの作戦を行っていたようだ」
 そこに足を踏み入れたパトリシアは、ドリームイーターの強襲を受けた、という状況だ。
「このままでは、彼女の命が危ないかもしれない。救援とワイルドハントの撃破を、みんなにはお願いしたい」
 打ち捨てられた神社の周辺は雑木林になっており、それらの景色は切り取って貼り合わせたような状態になっている。
 おまけに謎の液体が空間を満たしてもいるのだが、呼吸や会話、戦闘の動作が阻まれることはないだろう。
「敵は彼女の暴走姿を取っているが、それはあくまで表面上のことだ」
 パトリシアが暴走しているわけではないため、攻撃の方法や性格などは、彼女の暴走時とは異なることだろう。
 急いでワイルドスペースへ突入すれば、交戦のギリギリには到着できるはずだ。
「敵はワイルドの力を調査されていることを恐れて、ケルベロスを殺そうとしているようだね。思い通りにはならないということを見せてやろう」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)
リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
ノイアール・クロックス(菫青石の枯草色・e15199)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)

■リプレイ


「なんでこう、自分から危険に飛び込んでいくのかね、あの人は」
 唐揚げを頬張りつつ、戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)はぼやく。
 目の前にあるのはモザイクに包まれた空間。この中にはパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)がおり、彼女自身の暴走姿を取るドリームイーターと相対しているのだ――そう思うと、飄々とはしていても、久遠も穏やかなばかりではいられない。
「名前に特別な意味が込められてそうだけど、気になるなぁ」
 呟きつつ、セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)は保存容器の蓋を開ける。
 容器の中は空っぽ。ワイルドスペースに満ちる液体を冷凍か何かさせれば持って帰れないかと思い、採取のために持ってきたのだ。
 ワイルドスペースの秘密に興味津々なのはノイアール・クロックス(菫青石の枯草色・e15199)も同じ。
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)はノイアールと共に、録音のための機材の準備に取り掛かっていた。
「突出しすぎないようにしないとな」
「そうっすね。ニセモノなんて悪趣味なコトやるやつに、好き勝手させないっすよ!」
 以前、パトリシアには世話になった……それぞれの思いを胸に、ケルベロスたちは準備を進める。
「さてさてー、後幾つの双眸を閉ざせばー、肉食獣の姿は揺らぐのでしょうー?」
 神社へと一歩踏み出すフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は、これでワイルドハントとの戦闘は三度目になる。
 果たして真意を知ることは出来るのか――周囲を探るように視線を巡らせながらリディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)も続き、ケルベロスたちはワイルドスペースへと突入する。
 空間は奇妙な液体に満ち、だというのに動作の何も阻まないのが奇妙だった。
 鳥居はモザイクのように継ぎ接ぎ。一部が欠けていると思えば思いもよらない場所に欠片が引っ掛かっているせいで、空間の全てが紅色になっているかのような印象を受けた。
 ――この空間のすべてが紅に沈んでいるような印象を受けるのは、きっとそのせいなのだろう。
 その深紅の中においてもより紅い何かが揺らぐのを、叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)は認める。
「すぐそこだ!」
 叫びと共に広がる炎。
 その方向へ向かって、ケルベロス達は一気に駆けだした。


「さて、私のそっくりさん?」
 ――ケルベロスたちが救援に現れるより、ほんの僅かに前のこと。
 パトリシアに呼びかけられた女は、伸ばしていた腕を下げる。
「どうして私たちは似ているのかしらね? わたしのこと知ってるの?」
「貴女さえ消えてしまえば、何も気にすることは無いのよ」
 下げられていた腕は太ももを伝う。撫でるような指先に不意に力が籠められたかと思えば、パトリシアの喉元めがけてナイフが投げつけられた。
 迫りくる白銀はナイフであり、庇うために急行したライドキャリバーでもある。二つの鋼鉄は激突し、鈍い音を立てる。
 パトリシアの銃はワイルドハントの首のそば、不可思議な液体に満ちるこの空間そのものに向けられ。
「燃え上がれ、悲しみを焼き尽くせ」
 焔の魔力が解き放たれれば、紅蓮へと変わって戦場を燃やし立てる。
 草木が、鳥居の欠片が炎の中に呑み込まれる――乾いた音を立てて爆ぜる火花を皮膚に浴びても、ワイルドハントに大きな変化はないらしい。
 否、その表情は歪んだ。しかしその変化は、
「この頃縁が続いておりましてー、そろそろ目的も掴めそうですわねぇー」
 ゆらり、救援に訪れたフラッタリーが姿を見せたからであった。
 にこりと目を閉じて笑んだフラッタリーは、刹那、地獄を迸らせる。
「之rEゾ、闘ヒト謂フモノйÅリ」
 言葉の半ばにおいて、既に槍は振るわれていた――裂けた皮膚から零れる血にすら細かくモザイクがかかり、ぱらぱら散る様は火花を思わせた。
「そう簡単に切り崩せるとは思わんことだ」
 久遠は眼鏡を外してブラックスライムを呼び起こし、女の元へと向かわせる。
 ひとつ、強く打ち据えれば女の体に痕が刻まれる。ワイルドハントの背後に回ったセルリアンは日本刀『壊世』で一閃、膝をつくワイルドハント越しに、パトリシアと目を合わせ。
「今回はパトリシアに当てないように気をつけるよ」
「そうね、助かるわ」
 言葉と視線が交わるのはひと時。セルリアンの体がワイルドハントから離れた瞬間、今度はリディが迫る。
 このワイルドハントは、パトリシアとよく似ている……本音で言えば、気が引ける。
 でも、敵対するのならば容赦はしない。
 脚そのものが一陣の風に変わったかのような感覚。空気抵抗も躊躇も感じさせない蹴りを、リディは叩きこんだ。
 蹴りを重ねるのは宗嗣。似姿への攻撃であっても攻撃に遠慮はなく、ただダメージを与えるためだけにその身体は使われていた。
 重なる蹴撃に体勢を崩すワイルドハントの前に広がるのは、偽りの黄金。
 大口を開けたミミ蔵の吐き出した黄金に惑わされるワイルドハントへと、ノイアールはチェーンソー剣で迫撃。
 大地を引き裂くほどの一撃を叩きこむと、重厚な音を立てて大気が震えた。
 一対、左右で質感すら異なる翼をノチユが広げれば、そこからはサキュバスに特有の霧が漏れ出る。
 柔らかく、優しい霧……パトリシアを包み込む霧は淡く、苛烈な赤を引き立てるようだった。


 髪も瞳も滴るものすら赤く、床に流れ落ちた赤をワイルドハントは指先で掬う。
 血だまりに浸された指先は赤黒いからこそ、艶めく爪が鮮やか。紅を唇に引くと、ワイルドハントは歩み出る。
 ゆるりとした動きながらも剣呑な様子に、リディは緑の双眸を開き。
「幸せを奪う敵は、」
 オラトリオの力が、集う。
「許さない――!」
 言い知れぬ不安を胸に解き放たれたケルベロスチェインがワイルドハントを穿ち、魔力を解き放つ――しかし、ワイルドハントはそれを振りほどき、ライドキャリバーの掃射にすら足を止めない。
「貴方の悪夢(ユメ)はどんな味?」
 血に濡れた唇が、久遠へと押し付けられる。
「クオン!」
「大丈夫っすか!?」
 鉄錆の味のキス。纏わりつく臭気が久遠からパトリシアやノイアールの声すら遠ざけ、少女の幻影を呼び起こす。
 長い金髪、揺らめく白衣……幼馴染の、宿敵の姿を取る敵は、知人の姿にも重なる。
 ノイアールはそんな様子にミミ蔵を呼び、その力を借り受ける。
「我が血と掌中の星の下 幻翼よ来たれ」
 ノイアールの手のひらからこぼれる宝石の煌めきが翼の幻影を授け、呼び起こされたトラウマが刻む傷を癒す。
 ミミ蔵が跳躍で迫り噛みつくそば、御伽噺を紡ごうとしていたノチユは唇を閉ざし、全身から霧を作り出した。
 碧と紅交じり合う霧が前衛へと贈られ、傷を癒し、歪んだ認識を是正する。
「むざむざ殺されるほど、地獄の番犬は弱くない」
 この場にどのような秘密があるのか、どうして秘密を暴かれることをそこまで恐れるのかは、分からない。
 だが、ノチユの役割はただ一つ――仲間を癒し、誰一人として欠かさないことだけ。
 苛む幻影も祓われ消えた。仲間の背中を見つめるノチユが小さく首を傾ければ、黒い前髪の上で光が星屑のように踊った。
「迷ってる場合か。今は戦闘中だ」
 己の頬を殴る久遠の視界は晴れた。倒すべき敵を前に、久遠は陽の気をワイルドハントへ流し込む。
「陽を巡らせ陰を正す……万象流転」
 致死量とすら思えるほどに注がれて呻くワイルドハント。
 その眼前に投げ捨てられたのは、フラッタリーのゲシュタルトグレイブだ。
「ソnO手其之足二朱ヲ刻MI、紅キ花々ヲ飾ラU」
 カッパーレッドのケルベロスコートの下から抜き放たれた鉄塊剣『野干吼』を手に、フラッタリーはニタリと笑み。
「掲ゲ摩セウ、煌々ト」
 地獄の炎/火種/力/封じた――封炎が臨界に達すれば、
「種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ。紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ!!」
 一気に上がる炎が、刹那、何かを形取ったかと思えば消滅。
「さくっと殲滅しないとね」
 轟轟と囃し立てる音の中でも、不思議とセルリアンのつぶやきは聞こえる。
「蒼穹と雷光の眷属よ、我が盟約に従いて我が身に宿れ。我と汝の力にて、眼前の敵を打ち砕くことをここに誓う」
 簒奪者の鎌『禍月』が纏う雷光。
 追い縋っての一撃に背中を穿たれたワイルドハントの髪がひと房切れ、風に乗って浮遊する――場違いに優雅な光景は、しかし宗嗣が呼び起こした逆巻きの炎の前に灰となる。
「俺の隠し玉だ……その魂、貰い受ける……!」
 啄むように宵星・黒瘴は軽く動き、内奥まで貫く刃が真紅のものを撒き散らす。
 飛散した血痕が炎に飲まれて蒸発、嫌な臭いの煙の中、パトリシアはワイルドハントの額へと銃口を向ける。
「地獄の焔に灼かれなさい」
 解き放たれた弾丸が咲かせるのは、紅蓮地獄。
 燃える炎に封じられたワイルドハントはもがくように両腕を振り回し、己の体をかき抱き、その姿のまま塵へ還る。
「貴女の地獄はどんな色かしら。わたしもいつかその色に染まるわ……」
 最期に聞こえたのはきっと、そんな言葉だったのだろう。


 ――ワイルドハントが燃え尽きるのとほぼ同時に、奇妙な空間は消え去る。
 空間へグラビティ攻撃をしてみたかったセルリアンは少々残念そうな表情だったが、すぐに切り替えてワイルドハントへと考えを向ける。
「自らの目をそらしたい部分の集合的無意識なのかな……」
 そうであれば、暴走姿を取ることや強さの秘密に迫れるかもしれない……思うセルリアンの横、ノチユも暴走姿へと思いを馳せる。
(「自分の暴走した姿なんて、弱い僕には見ることすら耐え難い」)
 思いながらノチユは英雄譚を連ね、仲間と周囲へのヒールを施す。
「なかなかにぃー、足取りを追うのもー、難しいものですわぁー」
 瞑目したままでフラッタリーは周囲を歩いてみるが、特におかしなところもない様子。
「上から見てみたけど、何ともないみたい」
 翼を畳んでリディは着地。
 モザイクのない状況だから何もないとは踏んでいたが、やはり空振りに終わってしまったようだ。
 保存容器は戦いの衝撃で蓋が開いてしまっていて、用意していたカメラもブレてしまったり、度重なる炎にレンズを煤けさせてしまっていた。
「解んないまま振り回されるのも癪っすからね。多少なりとも秘密に迫る材料になりゃいいんすけど」
 ほとんど何も映っていない映像に、ノイアールは腕組み。
 今の方法で、重要な事項を掴むのは難しいのかもしれなかった。
「誰も怪我はないね。無事で良かった」
 宗嗣は言いつつパトリシアの方を見るが、怪我は既に癒えた後であり、己の暴走姿と戦ったということへの苦悩は今の時点では見られない。
 ならば、全員大丈夫と思って良いだろう。ペインキラーを自らに施す宗嗣は、そのように判断した。
「大丈夫だったかい、パトリシア姐さん?」
 久遠に声をかけられ、パトリシアは頷いて笑みを見せる。
「みんな、助けに来てくれて、本当にありがとう――嬉しかったし、頼もしかったわ!」
 願わくば、この縁を大事に続けていけることを。
 思いを胸に、ケルベロスたちは現場を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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