闇纏う少女

作者:遠藤にんし


 草木へと侵食された廃村へと、南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)は辿り着いた。
 外側からはモザイクの中がどうなっているかはよく分からない。仕方なしに足を踏み入れると、そこは草木と廃屋を混ぜ合わせた奇妙な空間が広がっていた。
 纏わりつく粘性の液体もあるというのに、呼吸もできるし、動きが阻まれる感覚もない。
「これは……?」
 戸惑う夢姫の前に、一人の少女が姿を見せる。
 長い髪、緑の着物……姿は今の夢姫とまったく変わらない。
 しかし爛々とした瞳が、手足に纏う禍々しさが、その少女が只者ではないと告げていた。
「このワイルドスペースを発見したということは、この姿に因縁があるのですね?」
 問いかける少女の瞳が、より強く輝き。
「今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいきません。あなたには、死んでもらわなければ」
 言うが早いか、その少女は夢姫へと飛びかかった――。


「ワイルドハントについて調べていて、ドリームイーターの襲撃を受けた者がいる」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
 今回、ドリームイーターと遭遇したのは南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)。
 夢姫は廃村へと訪れ、そこでワイルドハントを名乗るドリームイーターと遭遇した。
「今からなら、戦闘が始まる直前に現場に到着出来るはずだ……どうか、助けに行って欲しい」
 廃村の中は草木や家をモザイク状にかき混ぜたような奇妙な環境で、謎の液体に満たされているが、行動に一切の支障はない。
 無人の村のため、即座に戦闘に移ることが出来るだろう。
「ワイルドハントを名乗るドリームイーターは彼女の暴走姿によく似ているが、それは外見のみの話だ」
 戦闘方法や性格などは、彼女の実際の暴走時とは異なるだろう。
「無事に彼女を救い、ドリームイーターも倒してもらいたい」
 気をつけて、と冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
ミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)
佐藤・非正規雇用(狩りの季節・e07700)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)

■リプレイ


 飛びかかるワイルドハントを見つめる南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)――まさか自分にも、という気持ちはある。
 夢姫自身の知る暴走姿とまったく同じ容姿。
 だが、闇に濡れた爪を突き出す攻撃の様子は、この少女が上辺だけを借りた存在だという証拠。
「一緒でないのなら――」
 爪が迫る。
 しかしそれはぎりぎりのところで夢姫には届かず、佐藤・非正規雇用(狩りの季節・e07700)が受け止める。
「――ここで倒させてもらいますっ」
 ウイングキャット・プリンの吹かせる風が渦巻く。
 その中にあっても、非正規雇用の声はよく響いた。
「待たせたな!!」
 見れば見るほど夢姫そっくりな姿には非正規雇用も内心では驚く。
 服装も揃っているせいで、遠目には鏡合わせのようにも見えるのかもしれない。
 でも、一点。
 一点だけの大きな違いを見つけて、非正規雇用は笑みを浮かべる。
「フッ、このワイルドハント、服装まで南條に似せたようだが、顔だけは似ても似つかねえブサイクだぜ!!」
 目を見開くワイルドハント――宿る憎悪をかき消すように、オルトロスの店長は刃で敵を切り裂く。
「ありがとうございます、佐藤さん」
 言いつつ夢姫は爆発を引き起こし、色彩豊かな煙で戦場を満たす。
 塞がれそうになる視界を開いたのはボクスドラゴンのブレス。弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)が腕を伸ばせば、攻性植物が姿を見せる。
「気は引けますが、たとえ南條さんの姿だとしても容赦はしませんよ」
 一気呵成とばかりに飛びかかる攻性植物。村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)はエクスカリバールを手に、ワイルドハントへと駆けだす。
「ナイスだ、続くぜ!」
 何であれ突き破ることの出来そうな一撃。ワイルドハントを見つめるレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)の口からは、言葉がこぼれる。
「来たよ、来たとも。僕らは来たぞワイルドハント」
 レオンの影は歪み。
「キミはもう何処へも行けない。ここで腐れて沈んでいけ、塵でしかない我が身のように」
 這いずる鎖の衝突。フリルに飾られた裾から覗く白い脚には、ぐるりと鎖が絡みついていた。
 ワイルドハントの少女が動くたびに不快な金属音を立てる鎖は離れようとはせず、その事実に少女は焦ったように顔を歪める。
「姿を借りてるだけの別人、遠慮はいらなそうね」
 呟くバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)は影を歪め、作り出した弾丸を地面に落とす。
「足裏から毒素を取り込みましょう」
 滴るように地面に吸い込まれる弾丸は毒を孕み、ワイルドハントの右ふくらはぎを飾るフリルをじわりと汚した。
 足に力が入らないのか、ワイルドハントの体が一瞬、崩れ落ちそうになる――しかしボロボロの翼を打って立て直す。
 そのままの勢いで少女がケルベロスへと迫れなかったのは、セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)が右手を突きつけたからだ。
「悪いがここからは私達の時間だ!!」
 短剣の煌めきは紫。銀の十字架を連ねる武器飾りも、凛とした色彩を戦場に添える。
 睨み合うセフィとワイルドハント。
 ――緊迫した状況に隙が生まれたのは、ボクスドラゴンのシルトが箱ごとぶつかってきたからだ。
「きゃっ……!」
 そんな時に上げる声ばかりは愛らしいが、そんなものはセフィには通用するわけではない。
「『護る』だけが騎士の役割ではないからな、攻めさせてもらう!!」
 言葉と共に叩き込まれた杭には、凍結の気が宿されていた。
 杭に戒めを受けて低く呻くワイルドハント。その傷跡へと目をやりながら、ミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)は素朴な疑問を口にする。
「……中身ってモザイクが詰まってんのか?」
 アイテムポケットから取り出した弾倉で杭を装填。
 貫く苛烈な一撃が手首へと向かったのは、いくら偽物であっても顔や体を傷つけたくはなかったからだ。
 ――ワイルドハント。その存在が、果たして何の意味を持つのか。
 それはまだ分からなくても、倒すべき者が何なのかは分かっていた。


(「なんでケルベロスの暴走姿をとるのかしら」)
 戦いの中、バジルは考える。
 戦いにくさを作り出す、という意味ではある程度は役に立つ。
 だが、それはあくまで程度問題。夢姫は暴走姿がよく似ているが、似ても似つかない暴走姿であったなら、やりづらさだって感じなかったかもしれない。
 それに、やりづらくするというのなら他にも方法はあったはず……表面だけを似せるというのは、それだけを目的にするのならばお粗末だ。
 知りたいことはたくさんあるが、それも眼前の敵を倒してからのこと。
 大きく後ろに後退したワイルドハントは荒い息。体勢を整えようとしているのか、その手足から滲む闇が色濃くなった。
「させないわよ」
 バジルの差し出すウイルスは高濃度だからこそ致死性が高い。
 少女の小さな体では薬の回りも早いのだろうか、ワイルドハントの体内へとウイルスが消えると、滲んでいたはずの闇が瞬く間に晴れ、彼女の細く可憐な手足を際立たせた。
 為されたのは癒やしの妨害。闇が晴れたせいで露わになった手足は、それでも闇に浸っていた時間が長いせいか黒ずんでいる。
「君たちが此処に何を隠してようが、僕らは全て覆しにいくぞ」
 呟くレオンの手元でけたたましい音を立てるチェーンソー剣が浅く乱雑に傷を刻めば、ワイルドハントの内側に押し付けられた負荷が増す。
「いっくぜぇー!」
 レオンの攻撃のせいで負荷に苛まれたワイルドハントの動きは鈍く、ミツキはそれを好機と受け取ってワイルドハントに接近。
 がしっと全身に掴みかかる――ミツキが小柄なせいもあって、掴みかかるというよりは抱きつくに近い感じだ――そして、ほとんどふたりの距離のない状態で。
「がおー!」
 威嚇咆哮に、大気が揺らぐ。
 距離が開けば露骨に威力が下がるなら、距離を詰めるだけのこと。
 至近からの大音量に加えて衝撃波。逃げ場のない攻撃に追い込まれていることを自覚してか、ワイルドハントは眼差しを燃やす。
「この身に宿るは戦場の力!」
 大きな攻撃が来るか、と予見した仁王の言葉にグラビティはオーラ状に変形。
 幾重にも束ねて重ねたお陰で、その眼差しに灼ける者はいなかった。
 シルトがブレスを吹けばプリンが風で巻き上げる。シルトのブレスの輝きを角に受け、セフィは己の快楽エネルギーと魔法を重ね合わせる。
「我が灰色の剣嵐にひれ伏すが良い!」
 惨殺ナイフが纏う灰のオーラ。
 セフィの生み出した疾風は苛烈にワイルドハントへと向かい、翻弄し、その手を攻撃に使わせることを許さなかった。
 店長も剣を叩き込み、非正規雇用は惨殺ナイフを大きく振りかぶる。
「受けてみろっ!!」
 滑る刃に宿る破壊の力は計り知れない。
 吹き飛ぶワイルドハントを見つめる夢姫は、手にしたウイルスのカプセルを己の唇に寄せる。
 ――戦いが始まってどれほどか。
 ワイルドスペースにて、暴走姿と出会ってしまった自分を助けにきてくれた仲間へと癒やしを施す一方だった夢姫は、ここに来て初めて攻撃へと回る。
「行ってらっしゃい」
 囁きとともに、ウイルスが注がれる。
「……っ!」
 引きつったような悲鳴がワイルドハントの唇から漏れ、夢姫は痛ましげに目を伏せる。
 そんな夢姫の前に柚月は立ち、夢姫へと告げる。
「続きは任せてくれ」
 その手にはエクスカリバール。一枚のカードに触れると、エクスカリバールは解けるように歪曲し。
「穿て銀の閃光! 顕現せよ! メタルバニッシュ!」
 液体金属へと変容したエクスカリバールはさながら鞭。
 しなりつつ迫る打擲をギリギリのところで回避したワイルドハントは、しかし巻き付く動きには対応できず。
「お前の存在は許されてはいけないものだ。失せな」
 巻きついたエクスカリバールのままにワイルドハントの体が持ち上がり、地面へと叩きつけられる。
 それが最期。
 腰に刺していた刀が軽い音を立てて地面に落ち、そして消えた。


「多分、アレが『誰の』暴走形態をとっていたかってのは特に意味は無い」
 戦いが終わった瞬間、奇妙な空間も消え失せた。
 何の変哲もない廃村に戻った空間の中で、レオンはそのように考察を口にする。
「重要なのはこの空間をなんのために用意したか、だ」
 それを突き止めなければいけない――だが、既にその空間は無い。
「液体を採取したかったわね」
 バジルも少々残念そう。
 ダメで元々、とは思っていたが、そもそも実行出来ないとなると未練が募った。
「本当に、ありがとうございます。助かりました」
 夢姫は周囲に蝶を振りまくことでヒール、そうしながらも仲間への感謝を伝える。
「ありがとう、夢姫ちゃんも怪我はない?」
「はい、何とか」
 戦いが終わって、安堵した空気が周囲には広がっていた……仁王のヒールを手伝いながら、非正規雇用は呟いた。
「見た目は南條に似てたが、戦闘力はカスだったな」
「カスというほどでは……」
 柚月は言いつつ、先程まで相対していた敵の姿を思い浮かべる。
 記憶はまだ新しい。服装も髪型も、今ここにいる夢姫と何も変わらないものだった。
「でも、結構似てたな」
「……でも、胸は向こうの方がデカかったかも」
 呟きとは言え聞き捨てならない一言に、夢姫が長い髪を大きく広げて振り返る。
 ……非正規雇用は全力ダッシュで逃げた後。
「怒られても知らないぞ」
 困惑顔で、セフィはその背中に語りかけるのだった。
 胸の話をされたということにやり場のない感情があるのか夢姫はしばらく視線をさまよわせ、ミツキとばっちり目が合う。
「俺に振るなよ!? コメントに困るだろ!」
「佐藤さんはどうして一言多いのかしら」
 あたふたと言うミツキ――いつしか、言葉の端々には笑みが滲み。
 戦いを終えたという達成感とともに、ケルベロスたちは現場を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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