追憶のアガペー、侵食のアニムス

作者:東間

●似て非なる、私とあなた
 予感を胸に抱いたエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は、目の前に広がる光景を前に『やっぱり』と呟いた。
 この日向かったのは、素行の悪い若者達がたむろするようになった廃洋館――の筈だったが、目に映るのは廃洋館をすっぽりと覆い隠すモザイクだった。
「もしかして、とは思っていましたけど……」
 肩にしがみついたウイングキャットのラズリと共に、モザイクの向こう側へと目を凝らしてみる。が、モザイクしか映らない事に再び『やっぱり』と声を零した。
「モザイクの向こう側に行かないと、内部の様子はわかりませんよね……」
 自分は何かに惹かれるように此処へやって来て、結果、この場所を見つけた。
 という事は――。
 目を閉じて、静かに深呼吸をして。それからモザイクの向こう側へ踏み込めば、全身にまとわりつく粘液に歓迎された。呼吸は問題ない。動く事も。だが。
「このワイルドスペースを見つけるひとがいるなんて……あなた、この姿に因縁のあるひとですか?」
 でたらめに切って貼ってを繰り返した奇妙な世界で、傍らにウイングキャットのようなモノを浮かべた少女――若葉の瞳に浮かぶ灼熱色がエレを射抜く。
 所々荒れている紅薔薇の衣装。傷付いた足から見える機械部分。腰まで伸びた髪と、その一房を頼りなく結わえる青色リボン。
 エレは言葉を無くしていた。
 あそこに居るのは自分と同じ顔の少女なのに、向こうは、母の言葉を胸に生きる自分と真逆のようだった。全てを許すのではなく、全てを――。
「何ですか? いえ、『あなた』が『何』だっていい。今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないんです」
 淡々と紡がれる声に殺気を感じた瞬間、星の意匠持つ大鎌が向けられる。
「この私、ワイルドハント自ら、あなたを殺すだけです」
 途端、ラズリがサッと前に出る。エレは一瞬目を丸くした後、笑顔を浮かべ武器を構えた。そうだ、自分は全てを許すと決めたから――絶対、こんな所で立ち止まらない。

●追憶のアガペー、侵食のアニムス
 ワイルドハントの調査に向かっていたエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が、『ワイルドハント』を名乗るドリームイーターの襲撃を受けた。
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、集まったケルベロス達にヘリオンへ乗るよう促し、出発準備をしながら詳細を伝えていく。
 現場は、夜な夜な不良がたむろするようになった廃洋館。
 そこをモザイクで覆ったドリームイーターは、内部で何らかの作戦を行っていたようだ。
「このままだと彼女が危険だ。現場に到着次第、ヘリオンから降下してくれるかい」
 フォローの用意をしておいて良かった、と息をついたラシード曰く、謎の粘液で満たされたモザイクの内側は奇々怪々。
 窓から階段が伸び、芝生から屋根の一角が中途半端に生え――と、元々あった物がバラバラにされ、混ぜ合わされたような場所になっているが、これまで報告があがっているものと同様、内部の奇怪さも、謎の粘液も、戦うのに一切支障はない。
「敵は暴走状態の彼女と瓜二つだけど、それは見た目だけ。内面と攻撃グラビティは全くの別物さ」
 闇色の刃を持つ大鎌を旋回させて繰り出す斬撃と、そこから放つ刃状のモザイク。
 どちらも単体を標的としたもので、威力は高そうだという。
 傍らにいるエレのウイングキャット・ラズリと似たモノも、攻撃グラビティの1つ。大鎌と鳴き声を共鳴させ、波状攻撃を仕掛けてくるようだ。
「よし準備完了、出発しよう! 色々と疑問は湧くだろうけれど、全てはワイルドハントを倒して、ニーレンベルギアを救ってからだ」
 エレがいなければ、彼女が向かった先、廃墟となった洋館にワイルドハントがいると知れぬまま終わっただろう。
 彼女が見つけたもの、そして彼女の命。
 どちらも無駄にしない為――勝利を。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
連城・最中(隠逸花・e01567)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
幸・公明(廃鐵・e20260)
有馬・左近(武家者・e40825)

■リプレイ

●『今』と『もしも』
 切って貼って、付けて足してを悪戯に繰り返す。
 そんなでたらめな世界に深紅の刃と飛沫が舞った。
「っ、ラズリ!」
「ニャッ!」
 エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が守護星座を描き名を呼べば、勇ましい返事と共に翼猫ラズリが勢いよく尾を振るう。風のように駆けたリングが闇色の刃と火花を散らし――僅かな均衡が崩れた瞬間、自分と同じ姿形をした少女がリングを弾き飛ばした。
「……」
 灼熱を浮かべた瞳は、初めて相対した時と変わらない表情でエレとラズリを見つめている。そこにあるのは、エレが持つもう1つの――有り得たかもしれない可能性。
(「……あそこから出られなかったら、こうなってたのでしょうか……」)
 ワイルドハントの姿は、孤児院を装った『あそこ』で実験を受けた自分が至っただろう姿、そのもののよう。
(「でも」)
 心と呼応するかのようにラズリが肩に乗ってきた。目はきりり、もふもふ尻尾はぴん。小さな体いっぱいに詰まった心が、温かい。
 ワイルドハントの表情が訝しげなものに変わる。
「どうして――なぜ、笑ってるんです」
「……これが、私の信念だから」
「信念? 何を……いえ、そんな事はどうでもいい事です。私はあなたを殺して、ワイルドスペースの秘密を守る」
 冷たい声と共に大鎌から闇色が立ち上る。
 その時、モザイクの空が揺らいだ。

●確かなもの
「なんか物凄く顔色悪いエレが居る件。この時期ですし風邪ですかね?」
「なっ!?」
「えっ……!」
 ワイルドハントとエレ、それぞれが目を見開き見つめるのは、少し離れた場所に次々と着地する者達。その中の1人、霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)は黒頭巾の下で笑うと地を蹴った。
「ああはい、冗談です。ワイルドハントですね、分かります。ということで、デストローイ!」
 覚悟するべし、の声と共に、己の旅団に属する少女を傷付ける相手へ見舞う流星の蹴り。
 そこへ続くのは赤と黒の砲台纏った男。フューリー・レッドライト(赤光・e33477)は呆けているエレを見て一息つき、
「間に合ったか……」
 呟くのと同時、2色の砲台から一斉射を見舞う。
 蹴撃と主砲から放たれる一撃を防ごうにも間に合わず。衝撃で顔を歪めたワイルドハントが次の瞬間目にしたのは、エレと並んだ御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)が涼しげに笑った所だった。
 自信に満ちた目は一瞬で目の前に。凄まじい衝撃がワイルドハントの体を貫くのと同時、エレを中心に黒鎖の魔法陣が展開し、紙兵が宙を飛び回る中をミミック・ハコが作り出した武器と共に突っ込んでいった。
「悪いが邪魔をさせてもらいますよ。俺達は貴方の敵で、そして――彼女の仲間ですから」
「なんかホラーちっくだけど、手早く解決してみなさんで帰りましょう!」
 連城・最中(隠逸花・e01567)は、露わにした鮮やかな緑眼でしっかりと『敵』を捉えながら。幸・公明(廃鐵・e20260)は滑るように全身を包む『空気』をつい嗅いでから、ハッキリと口にした。
「皆さん……!」
 そう、とワイルドハントが呟く。浮かべていた驚きは既に失せ、酷く冷たいものだけがギラギラと宿っていた。
「援軍ですか」
 囁きと共に、ワイルドハントの傍らに浮いていた『翼猫』と大鎌が、声と音の二重奏を細く高く響かせる。薄暗い波の如き音色は前衛を喰らうように広がるが、代わりに傷を負ったフューリーは微動だにしない。
「……その程度か、紛い物」
「うん。聞いてたとおり、エレにそっくりやな。エレ、大丈夫か? 助けに来たで」
 ワイルドスペースが何なのかわからなくとも、彼女がピンチならば助けに行く。それがここへ来た理由だから、小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)はからりと笑い――次の瞬間にはワイルドハントへ凄まじい蹴りを繰り出した。
 有馬・左近(武家者・e40825)も戦言葉で己の防御力を高めれば、現状は10対1と大きく変化している。その状況を前にワイルドハントの目はどんどん冷たくなっていた。大鎌がひゅん、と旋回し星意匠が煌めく。
「増えたひとも、あなたも。全員、死んでください」
 ひりひりと肌を撫でる殺気。エレはぎゅっと剣の柄を掴み、排除の意志に染まり尽くした敵の眼差しを真っ直ぐ受け止めた。
 あれは可能性の形。もしもの未来。けれど自分とは全く違うものだ。何故なら。
「たとえ貴女が私を傷つけようと、私は貴女を許しましょう。それが私の信念だから!!」
 これは決して変わる事のない自分の『核』。
 言葉と共に描いた守護星座が、モザイクに包まれた世界で燦然と煌めいた。

●前へ、先へ
「皆さん、ありがとうございます」
 ラズリの起こす羽ばたきが癒しを広げる中、届いた短い礼。白陽は『気にするな』と同じく短い言葉を返し、『己』を拡げ、内へ沈めていく。
「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
「ッ――!」
 世界に溶け、見舞った一撃はワイルドハントそのものを完全にバラそうとするよう。
 悲鳴を堪えた敵が次の一手を行動に移す前に。最中は戦場を、仲間を見て――もう1人の自分という形を持つ『ワイルドハント』、裡に眠っているかもしれないその可能性を拒絶した。
(「見たくも見せたくもないから仕舞い込んでいるのに」)
 だが。
「公明さん」
「うん」
 やはり、到着するより前から戦っていたエレが、誰よりも傷を負っている。次いで傷が目立つのはラズリ、そしてフューリーだ。
 同じ癒し手である公明と素早く頷き合い、現したのは、己と向き合う少女が望んだ未来へ辿り着けるよう、その背を押す代わりの分身ひとつ。
 本物の想いは偽物に負ける訳がない。そう信じる癒しに公明が色彩溢れる爆発を重ねた。ハコがガブガブ噛み付いた直後、爆風を背にした真奈がエクスカリバールを振りかぶり――。
「これでどうや」
 凶悪ともいえる殴打を見舞う。
 だがワイルドハントは地面を強く踏み締め、己を軸に大鎌をぐるんと振るった。エレ目掛け放たれた闇は、少女ではなく間へ飛び込んだラズリを傷付け、しかしラズリは主を守れて誇らしげだ。少女は小さな頭をそっと撫で、白陽を中心に自然の恵み溢れる雨雫を降らす。
 前に立ち続ける仲間の、何故か暴走した際の姿を持つ存在。ワイルドハントの『形』は不良品と断じられた自分でも辿り得た強さ――可能性だろうか、と公明は考え、心中で首を振る。
(「何方にせよ俺には無かったろうな、こんな未来」)
 密かな思案は、ガスッと決まったハコの遠慮ない蹴りに断たれる。ガチガチと歯を鳴らされて小さく跳び上がり、いけますっと返した。今は、望まれるままケルベロスの力を使うだけ。
 そしてケルベロスの力に嫉妬の力を乗せるのは、勿論この男。
「ちょっとチクっとしますよ~」
「いつの間に後ろにっ……!?」
 リア充爆破を謳う裁一の攻撃は一瞬。その周囲をフューリーの放ったドローン達が飛び回って支え、左近も日本刀を手に一気に前へ出た。
 仲間と姿形が似通っている敵だとしても、やる事に変わりはない。左近は深く息を吸い、雄叫びを上げた。

●不変のアガペー、アニムスとの別れ
「チェストーッ!!」
 獣のような声と共に放たれた、地を断つほどの一撃。
 ワイルドハントは、躱せたかもしれないそれを躱せなかった。それは、左近の攻撃が完全に割り切ったものだったからというだけでなく、重ねられた呪がその力を発した為。
 ケルベロス達の意志に満ちた戦略は、確実にワイルドハントを喰らい続け、そして追い詰めていた。
 合流してすぐ飛び交った癒しという支えがなければ、どこかが綻んで崩壊したかもしれない。だが、彼らが優先したのはワイルドハントを抑えながらエレを癒す事。
 そして共に戦い続ければ、それ自体が彼女を支える事になっていた。
 地面から中途半端に生えている階段を足場に、白陽が飛ぶ。振るう刃は仲間達と共に刻んだ傷へ真っ直ぐ突き刺さり、恵みを受け威力を増した太刀筋が傷を一気に拡げていった。
「あ、うッ……! こんな、こんな事で――!」
 ふらついたワイルドハントは、その目にこれまで以上の殺意を浮かべ、大鎌を鋭く旋回させる。それが光を反射して残した軌跡から深紅の刃が翔た。だが。
「この命がある限り、俺の仲間は死なせはしない……!」
 フューリーは身を呈し仲間を守ってすぐ、精神を起爆剤とした一撃を見舞った。
 片腕に起きた爆発、その勢いに圧された姿はエレと同じ。しかし真奈も、裁一も迷い無く攻撃を繰り出していく。
「黙って帰してはくれん感じやな」
「エレは1人で十分なので! とーう!」
 光線と弾丸、2つの攻撃は迷いの無さに比例するように冷たい。
 続いた最中もまた、静かに冷たい眼差しのまま、刹那に雷の軌跡だけ残す居合いでもってワイルドハントを斬った。
「例えその姿が彼女の可能性の一つだとして、彼女の心を持たぬなら、ただの偽物です」
 守るべきものと倒すべきものを見紛うなど、ある訳が無い。
 斬霊刀を鞘に仕舞って自分を見る姿に、少女は最中が言わんとしている事を察し、こくりと頷く。
 同じ姿。同じ声。もしかしたら、あったかもしれないそのカタチをしっかりと見る。
「させ、ない……ここの秘密、は、何者、にも……!」
 出遭った時は衝撃を受けた。
 訪れた事を、抗う事を、生きて帰る事を許さないと、容赦のない殺意と攻撃も受けた。
 それでも。
「私は、貴方を許します」
 放った雷撃が戦いの最後を刻み、手から離れた大鎌がガランと音を立てた。
 ワイルドハントの全身にモザイクが広がり――消えていく。
 よく知る姿が完全に消えた直後、エレの肩に温もりが乗った。とんっ、と軽やかで、そして暖かい。
「……ニャ」
「ラズリ……!」
 すりすりと頬を寄せてくる様に、戦闘中は小さくも勇敢な盾だったラズリが、しっかりものの中に甘えたな部分を秘めていた事を思い出す。
「……ありがとう。皆さんも、ありがとうございます」
 深々と頭を下げれば、眼鏡を掛けた最中も軽く頭を下げ、お疲れ様ですと言った。ワイルドハントとの邂逅は未だ報告されており、これらは始まりのひとつかもしれない、とも。
「立ち止まってはいられませんね」
「そうだな……ん?」
 周囲を手早く探っていた白陽は一瞬の浮遊感を覚え、腰の後ろに交差させた武装へ手を伸ばす。
 目の前で起きたのは、映像を逆再生するような現象だった。
 空を覆っていたモザイクに開いた穴が下へ下へと広がる中、芝生に生えていた階段が消え、ぐちゃぐちゃだった石畳も正しく整列していく。廃洋館は急速に本来の姿を取り戻していき、おかしかった所はあっという間に全て無くなっていた。
 エレが頭上を見れば、冬の色濃い空が広がっている。
 ひゅう、と風が吹き、木の葉が飛んでいった。
「さようなら。……もしかしたらあったかもしれない、もう1人の私」
 ここにはもう、過去の幻影を思わすものはいない。
 あるのはただ、未来への時を過ごすもの達だけ。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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