リリエの誕生日~リリエ空挺大作戦!?

作者:のずみりん

「空、か」
 手にした広告にリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は呟く。
「飛んだことは、ないな」
 当たり前である。
 シャドウエルフに羽はないし、ヘリオライダーの役割は空挺先にケルベロスたちを運ぶ輸送ヘリ型サーヴァント『ヘリオン』を操る事だ。
 堅物なリリエでなくとも、ヘリオライダーが飛ぶという発想は普通しないだろう。
「空か……」
 再び、唸るような呟き。
『首都圏から飛べるスカイダイビング、開演』
 広告の誘惑は強烈であった。
「私も飛べるのか……?」
 ケルベロスたち、空を降りる降下する者への憧れ。漏れてしまったそれは止めようもなく、言い訳をつくりふくらんでいく。
「降下する側になるのも一つの経験、ではあるし……うむ……うん。鍛錬と知識はあって困ることはない」
 いささか無理くりに願望を信条へと押し込み、リリエは決意した。

 首都近郊にスカイダイビングのクラブができた。
「と、いうわけでだ。一緒に空飛ばないか」
 何が『というわけ』なのだかわからないが、リリエはいささか早口にケルベロスたちを誘う。
「まぁ、皆にはいつもヘリオン飛び降りてもらっているが……たまには戦い以外で、その、ゆっくり降りるのも面白いと思わないか?」
 自分も皆みたく飛んでみたい、と素直に言えないのが堅物なリリエらしい……が、一刻を争う戦場への空挺では、なかなかできない体験なのもたしか。
 リリエの引っ張りだした広告によると、単独でのフリーダイビング以外にも、二人一組でのタンデムジャンプ、空を波乗りするスカイサーフィン等も楽しめるという。
「降下先の近くにはちょっとした広場もあって、ちょっとした催しもできるそうだ。空を楽しんで、降りた先で野外パーティ、どうだ?」
 食い気味にリリエは呼びかける。
 当日の天気は秋晴れ、行楽日和。彼女の誕生日に空までお付き合いというのも面白いかもしれない。


■リプレイ

●はじめてのそら
 高度千メートル超の機上から見る地上は、小さく、心もとない。
「アタシ、スカイダイビング初めて! 楽しみだね! カレンちゃんも?」
「うん、カレンも初めてだよ……でも、一通り指導は受けたし、フレアも一緒だから」
 装具を纏ったフレア・ナトゥール(不屈の魂・e39543)は、カレン・フェブラリー(七色の妖精・e40065)の足取りに、そっと手を差し伸べる。
「うん。一緒なら平気だよ」
「……準備はいい? それなら……せーのっ、ジャンプ!」
 ぎゅっと握り返される手。頷くカレンに歩みを合わせ、フレアたちは二人、空へと躍り出た。

「大丈夫か、アレクセイ? 顔が堅くなってないか?」
「リリエさんこそ」
 瞬く間に小さくなる二人の姿へ、何時にも増した緊張顔で気遣うリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)に、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)は笑って返す。
 空に身を置くヘリオライダーでも、飛び降りる側となると勝手が違うのだろうか。ロゼ・アウランジェ(ローゼンディーヴァの時謳い・e00275)は夫の背中を見守りながらくすりと笑う。
 愛する夫の背にあるのはサキュバスの、悪魔の翼。翼なれど、空を駆けることは叶わない寂しげな翼。
 穹を眺め寂しげなあなたを、今日は穹の世界へ案内する。
「ずっとアレくんと一緒に飛んでみたかったの」
「ロゼ……」
 装具を確認するリリエに一礼し、背中から隣へ。二人は手を取り……。
「どしたのアレくん……そんな真剣な瞳をして」
「……死ぬ時は一緒です。絶対に、離さないで下さい」
 握った手に込められた感情は愛しさと、もう一つ。
「もしかして高い所が苦手……?」
 手に込められた力が遠慮がちに肯定する。愛しの妻がこうも楽しそうで、愛おしいのに、という二律背反。
「大丈夫、死なないわ。パラシュートもあるしいざとなったら私がぎゅっとするよ」
 空への扉が開かれる。絶対に離さない、とアレクセイをきつく抱き、ロゼは二人空へと飛んだ。

「先発は大丈夫そうかな。こちらもいこうか?」
「コンディション・オールグリーン。問題無い」
 ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)は同じく第二陣、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)と、後続へ呼びかける。
 彼の装備は地獄と化したオラトリオの翼、いっとうかわったジャンプスーツ。機械兵そのものといった様相のマークと並び立つ姿はちょっとした空挺部隊の雰囲気だ。
「小松空港を思い出すな、あの時は世話になった……マーク・ナイン、パーティ会場へ降下する」
 だが今日は戦うための空ではない。マークとしても初めての空。
「次は地上で会おう。ジェロニモー!」
「気を付けてな、ケルベロス!」
 気の入ったラハティエルの叫びにあわせ、エアシューズがキャビンを滑る。思わずリリエも『いつも通り』声かけてしまう勢いで。
「あ、いや。今日は私も飛ぶ側だったな……こんな感じで大丈夫かな?」
「えぇ。グレッツェンドさんは初めてということですから……レクチャー通り、大丈夫ですよ」
 慣れた手つきで空木・樒(病葉落とし・e19729)が確認するリリエの姿は、いつものベレー帽とコートでなく模範的なゴーグルにフライトジャケット。几帳面だが、衣装に着られている感もある。
「ありがとう……樒は慣れているんだな」
「ええまあ。単に趣味で、ではありませんけれど……空から山、海まで、エクストリーム系なあれこれは、ケルベロスになる以前に大体覚えました」
 濁すような樒に察したのか、リリエはそうか、と一言だけ。
「こう、初めてだとタンデムの方がいいのかな?」
「リリエさんもケルベロスですし、けっこう鍛えてるでしょう? 一緒に飛ぶのも楽しいでしょうけど……」
 と、樒が懐から取り出すのはコンパクトなアクションカメラ。
「周りを飛んでいますから、好きなだけ自由に、素敵な笑顔をどうぞ!」
 飛び出す樒たちの向こうには、別便の筐・恭志郎(白鞘・e19690)たちの姿も見えた。

●ひととき、風になってみる
「うわぁ高っ、高い!?」
 その恭志郎は鉄・冬真(薄氷・e23499)の背中。思い切って飛び出したタンデムだったが、依頼でヘリオンから飛び出す時と全く違う感覚に思わず兄貴分の背中を求めてしまう。
「恭志郎。目を瞑っていたら勿体ないよ」
「こ、高所恐怖症じゃない筈なんだけど……」
 冬真に促された恭志郎が恐る恐る目を開けると、地平線が弧を描いた。
「すごい……空、飛んでるみたいで……!」
 澄み切った青空が八、雄大な大地が二。戦いへの降下では眺める暇もなかった世界は、こんなにも美しかったのか。
「飛べているさ。恭志郎、楽しい?」
 目線を戻せば、よく見知った冬真の顔がある。
 僕は君と遊べて楽しいのだけれど、と付け足す、降下のためか眼鏡を外した顔は何処か恭志郎を案じてみえる。身を切る空気の中、恭志郎は最近に関わってきた悲惨な事件から、翳っていた気持ちが幾分か軽くなっているのを感じた。
「楽しいっていうか、凄かった」
「そうか、よかった」
 目を細める冬真。降りてきた樒たちに手を振りながら、二人は着地まで暫し自由な空を堪能した。

「おっと! なかなか気分屋だな、今日の空は……」
 ボードをひっくり返す風にカットバックターンを決め、アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)は空を泳ぐ。
「キヌサヤにコツを聞いておけばよかったかな」
 地で待つ相棒に想いを馳せる彼女の羽は脚元にある。誰が考えたのか、雲海の風に乗るその名も『スカイサーフィン』
 使いこなせば自在に空を駆けられる風乗り板は、だがそれだけに難度も高い。
「あちらもなかなか、苦戦しているようだね……はっ!」
 アトリの様子を見やり、ラハティエルは片腕を広げて旋回する。彼のまとうもう一つの翼、四肢に翼を授けるジャンプスーツは、その名も『ウイングスーツ』という。
 身体全体で風を掴むスーツは、常人には数百回の降下を経て初めて許可される高速空挺用の装備。巧みに操り、ひと時を共に飛ぶオラトリオの姿へ、アトリも風乗りの技で返す。
「よし……掴んだ」
 目の前に迫る分厚い雲へ恐れず飛び込み切り裂けば、一瞬の白に続いて溢れる景色。
「事件現場へ降下するのと全く違う緊張感と爽快感、最高だね……おーい!」
 仰ぎ見た先に捕らえたリリエに、ボードと手を振り返しアトリたちは地上へと更に加速していく。

「そろそろか」
 高度計を横目で見やり、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は一つ呟いた。
 地上を遠く見やっての空は、時間と距離の感覚がいつも以上にあいまいだ。いつまでもこうして空を自由に散歩したい、出来るような気すらしてくる。
「ま、俺には過ぎた話だな……と」
 ぽんっと背を蹴るように羽ばたくウイングキャットの『猫』が、わかっているさと意識を引き戻す。彼にあるのは黒豹の耳であり、手足であり、羽ではない。
「おっと……猫は捕まえていないと飛んで行ってしまわないかい?」
「こいつにも翼があるからなぁ」
 相方が飛び乗った月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)の翼が開く様子を、速度を変えながらじゃれ合う堕天使の君を陣内は眩しそうに見つめた。
「なあ、堕天使。お前のその背中に生えてるものは間違いなく空の宝石だよ」

●雲の海から
「風圧がやばいッ!! 風の魔法みたいッ!!」
「風がすごいね! ほら、雲を抜けるよ! 街が……あんなに街が小さく見える!」
 勢いを増す風に負けぬよう、カレンの振り絞る声にフレアも叫ぶ。
 雲を抜けた先にはもう街が『見え』た。小さいけれど、それが人々の住む家やビルだと、もうはっきりとわかる。リリエたちヘリオライダーは、いつもこんな景色の中を飛んでいるのだろうか?
「ほんとだ、街がちっちゃい……なんだろう、あの、金色の光!」
「太陽の照り返しかな? でも……動かない!」
 小さくも不思議な輝きに見守られるなか、下がる高度に落下傘が開く。鈍い衝撃と共に、ぐんと風が弱まっていく。
「まだ降りてないのに言うのも変だけど、今度はもっと高い所から降りてみたいね。お月様とか!」
「お月さまかー。宇宙服着なくちゃ……あっ」
 落下傘が影になったのだろうか? 語り合う二人の視界から、夜明けの月のように地の黄金が消えていく。降りたら探しに行ってみよう。カレンは心にそっと、光の場所を刻み込んだ。

 ひと時の自由も、翼をもたぬ者にはやがて終わりが来る。
「ほら! 見て! 世界はこんなに、広いのよ!」
 歌うように弾む声。笑いかけるロゼに、アレクセイは穹の上、迫り移り変わる景色に目をみはる。
「――ああ、世界はこんなにも」
 感動に息の止めた彼のひと時を、そっとロゼは抱き上げる。自分の翼は自由に空を飛べるけど、教えてくれたのは彼だった。
 広げた翼が風を受ける。お姫様抱っこの体勢に気づいたアレクセイが頬を染める顔も愛おしい。地上までは、もうあと少し。

「ああ、もう少しだ。どうして我が翼はあの高みに届かないのか」
 黒翼を開き、減速するイサギは名残惜し気に手を掲げた。ケルベロスの翼にも地球の空は少々重い。高層ビル一つ越えられぬ身には、見えてくる都会の空は狭くもどかしい。
「まさに『堕天』だな。引き摺り下ろした俺が言うのもナンだが、地球の引力も悪くないだろう?」
 クク、と笑い声は上から降ってくる。パラシュートを開き、減速した陣内だ。悠然と降下するイサギとの位置は、先ほどと対照的な対称となった。
「いってくれるね、玉さん。けどもう私は空は見上げるものと知っているんだ。誰かと見上げる空は、一人の空よりずっと美しく広いってね」
 一つ羽ばたき、二人が並ぶ。降りなければ誰にも出会えなかった、彼にだって。

「こちらマーク・ナイン、ペイルウィング動作正常。降下開始」
 動翼を展開し、制動。地上数十メートルからの空を、マークの身体はパラグライダーのように舞った……ケルベロスである彼にはどうという事ない距離だが、重量級に垂直降下される地面には一大事だろうし。
 翼と落下傘で落下を水平方向の速度に変え『LU100-BARBAROI』を走らせるそれは、航空機の着陸に近い。
「みんな、綺麗に決めるな。さすがだ」
「そろそろ、私たちもですよ。パラシュートで減速していますけど、けっこう衝撃が来ますから気を付けて。つまづくとパラシュートにもっていかれますよ」
「う、うむ。了解……!」
 着地に備えるリリエの横顔に、カシャリ。シャッターを切った樒は先に降りた恭志郎たちの元へ、自らも態勢を整え直した。

●デブリーフィング――ご感想は?
「ではミッション完遂とリリエさんの誕生日を祝って――」
 ロゼの音頭で、秋空に乾杯の声と音が響く。広場の一角を借りての打ち上げは、ささやかだが事欠かぬ話題に盛り上がる。
「貴女と同じ世界が見られて、よかった……リリエさんも、ありがとう」
「こちらこそ、付き合ってくれて嬉しかった」
 ロゼに抱き上げられた恥ずかしさで暫く立てなかったというアレクセイだが、今は少し落ち着いた様子で振り返る。
 ほんの半刻ほど前まで過ごした空も、すっかりまた遠くなってしまった……いや、案外そうではないのかもしれない。
「アレくんは、楽しめた?」
「えぇ。ロゼがいてくれましたから」
 案外と空は近くにあるのかもしれない。

「それで、リリエさんはどうだった?」
「あぁ、アトリとラハティエルの姿も見えたぞ。ああいう飛び方もあるとは、すごいな」
 先に着地したアトリはパラシュートも片付け、相棒の『キヌサヤ』とすっかりいつもの姿だ。だがサーフボードを立てかけた彼女は違う違うと首を振る。
「おほめにあずかり光栄……じゃなくって! リリエさんの降下作戦。どうだった?」
「あ、あぁ……うむ……そのなんだ」
 言って覗き込み、ちょっと意地悪かったかなとも思う。高揚と、戸惑いと、思案。『言葉はいらない』とは陳腐な言葉だが、最高の体験を表現するのは案外難しく、ついでに恥ずかしいものだ。
「……すごかった」
「……わかる」
 ぷにゃっ、とキヌサヤが吹き出すような声を出す。
「ケルベロス……戦人への憧れというのは、昔からあったんだ。相応に鍛えたりもしてみているが、やってみると驚くことの連続だな」
「依頼で降下する時と、こうやって楽しむ時でも全然違うしね」
「私もだ。空の上はいつも皆と飛び回っているのにな」
 ほんの少しの変化で、世界はかくも面白い。
「まだ時間もありますし、もう少し振り返ってみますか?」
「あ、俺たちも取ってくれたんだ……うわ、思い切り目つぶっちゃってるなぁ」
 樒が見せたカメラのプレビューには、そんな皆の様々な姿。
「着地はうまく決まったじゃないか、ほらこれ」
「私の方がつんのめってるな。やはり皆は飛び慣れて……」
「この猫、ウイングキャット!? すごいことするなぁ」
 話題溢れる一日は、まだしばらく続きそうだ。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月20日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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