月下の獣性

作者:土師三良

●銀狼のビジョン
 月明かりの下に異様なものが鎮座していた。
 巨大なモザイクである。
 この場所に建っていたはずの廃工場を覆い隠しているのだ。
「地元の暴走族がここを根城にしていると聞いていたが……今はもっと危険な輩の住処になっているようだな」
 モザイクを前にして呟いたのはリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)。
 彼の目的は、巷を騒がすワイルドハントなるものの調査をすること。だが、確固たる根拠があって、この廃工場を選んだわけではない。説明のつかぬ第六感めいたものに突き動かされてやってきたのだ。
「虎児が得られる保証はないが、虎穴に入ってみるとするか」
 リューディガーは躊躇うことなく、モザイクの領域に足を踏み入れた。
 カオスな光景が彼を出迎えてくれた。本来の地形や建物が切り刻まれ、出鱈目な寄木細工のように組み合わされた世界。
 歓迎を受けたのは視覚ばかりではない。モザイク内の空間はゲル状のものに満たされており、動く度に体にまとわりついてくる。もっとも、呼吸に支障はなかった。
 それに発声が可能であることもすぐに判った。
 何者かがリューディガーの行く手を塞ぎ――、
「ワイルドスペースを嗅ぎ当てるとはな。おまえはこの姿に因縁のある者か?」
 ――と、問いかけてきたからだ。
「……」
 リューディガーはなにも答えず、ただ『何者か』をじっと見据えた。
 それはリューディガーに似ていた。だが、似ているだけであり、まったく同じというわけではない。銀狼の人型ウェアライダーであるリューディガーがより獣に近くなった姿。
「まあ、どんな因縁があるにせよ、『ワイルドハント』である俺に出会ったのが運の尽きだ!」
 リューディガーに似た自称『ワイルドハント』は腕を突き出し、威嚇するかのように鋭い爪を誇示してみせた。本物のリューディガーよりも感情の起伏が激しいようだ。
「俺は決して逃がさないのだからな! ワイルドスペースの秘密を知った者を!」
「なにやら誤解があるようだ。二つほどな」
 と、リューディガーが静かに言った。
「まず、一つ。俺はワイルドスペースの秘密とやらをまだ知らない。次に二つ目。べつに逃げるつもりはない。そして、付け加えておくと――」
 ワイルドハントに向けられたリューディガーの目が光を帯びた。
 野獣を思わせる光。
「――おまえを逃がすつもりもない」

●音々子かく語りき
「時代遅れの珍走団がたむろしている廃墟が群馬県伊勢崎市にあるんですけど――」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーの根占・音々子が語り始めた。
「――そこで調査活動をしていたリューディガーさんにドリームイーターが襲いかかるようです。そのドリームイーターは『ワイルドハント』と名乗っておりまして、廃墟をモザイクで覆い、なにか良からぬことをおこなおうとしていたみたいですね」
 幸いなことにリューディガーのフォローの用意を音々子は事前に整えていた。今すぐに出発すれば、ワイルドハントとリューディガーの戦闘が始まる直前に到着できる見込みが高い。
「モザイクで覆われているとはいえ、現地での行動に支障はありません。問題は場所よりも相手のほうですね。なぜだか判りませんが、ワイルドハントは暴走時のリューディガーさんのような姿をしているんですよ」
 ただし、あくまでも外見が似ているだけであり、能力等は同一のものではないらしい。暴走時のリューディガーのデータがないので、確証はないが。
「なんにせよ、戦闘能力は間違いなくリューディガーさんよりも上でしょう。でも、それは単体での話。皆さんの力を合わせれば――」
 音々子は胸を反らして断言した。
「――やっつけることができますよ、絶対に!」


参加者
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
井関・十蔵(羅刹・e22748)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
バラフィール・アルシク(闇と光を抱く・e32965)

■リプレイ

●月影に吠ゆ
「俺は決して逃がさないのだからな! ワイルドスペースの秘密を知った者を!」
「なにやら誤解があるようだ。二つほどな」
 猛り狂う獣人――暴走時の己に似た自称『ワイルドハント』に向かって、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は静かに語りかけた。
「まず、一つ。俺はワイルドスペースの秘密とやらをまだ知らない。次に二つ目。べつに逃げるつもりはない。そして、付け加えておくと――」
 リューディガーの目が光を帯びた。
 野獣を思わせる光。
「――おまえを逃がすつもりもない」
「その通りだ」
 リューディガーの背後から声がしたかと思うと、蒼い影が滲み出て、竜派ドラゴニアンの形を取った。
 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)である。
 その肩からボクスドラゴンのラグナルが飛び立つ。
 小さな羽音はすぐに二つになった。
 ボクスドラゴンのぶーちゃんも現れのだ。主人の大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)とともに。
「じゃじゃーん!」
 オラトリオの翼を広げ、可愛い(ゆえに場違いな)ポーズをあざとく決める言葉。
 そんな彼女の両横に木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)と井関・十蔵(羅刹・e22748)が並んだ。
「まだ生きてっか、リューディガー?」
「恩の押し売りに来たぜぇ」
 振り返ったリューディガーに対して、ウタと十蔵がニヤリと笑う。
 更に竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が現れ、二人と同じようにニヤリと笑い、小さく頷いた。
 リューディガーは仲間たちに目顔で感謝を伝えると、倒すべき相手に視線を戻した。
「そこの老いぼれに言ってやるがいい」
 と、ワイルドハント(以下、ワイルドハント)が十蔵に向かって顎をしゃくった。
「『悪いが、恩は返せない。今日ここで死んでしまうのだから』とな」
「いいえ、死にません」
 新たな助っ人が断言した。
 リューディガーの妻のチェレスタ・ロスヴァイセだ。
 彼女に続いて、モザイクの障壁の奥から次々と仲間たちが現れる。
 皆の視線を背中に感じながら、リューディガーがゾディアックソードで地面に守護星座を描いた。
 スターサンクチュアリの輝きが前衛陣に異常耐性を付与していく。もっとも、五人のケルベロスに加えて三体のサーヴァントがいるので減衰が生じ、全員には行き渡らない。それを補うべく、チェレスタもスターサンクチュアリを描き、ウイングキャットのカッツェが清浄の翼をはためかせた。
「ヴァーミスラックスも前衛の状態異常対策を念頭に置いて行動してくれ」
 アジサイがヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)に指示を送った。
「べつにいいけどさ、対症療法的なキュアしか使えないぜ」
「異常耐性はないのか?」
「俺のレパートリーにはないね。縛霊手を付けてるとギターが弾けないし、攻性植物はウネウネして気持ち悪いし、刃物は苦手だからゾディアックソードも持てないしー」
 そのやりとりを聞いていた晟が視線をあらぬ方向に向けて――、
「……」
 ――何事かをぽつりと呟いた。
「聞こえたぞぉー! 今、『使えん奴だ』って言っただろぉーっ!」
 ヴァオが腕を振り回して怒鳴ったが、晟はその声に悩まされずに済んだ。
 より大きな声がワイルドスペース内に轟いたからだ。
「オオオォォォーッ!」
 ワイルドハントの咆哮である。
 それは見えざる拳となってケルベロスの前衛陣を打ち据え、何人かの体に氷結の状態異常をもたらした。ケルベロス側のエンチャントと同様に効果は減衰しているが、無傷で済んだ者は一人もいない。
 しかし、傷を負ったからといって臆する者もまた一人もいなかった。
「もしもーし、聞こえますか?」
 レプリカントのジェミ・ニア(星喰・e23256)がオウガメタルを纏い、ワイルドハントに戦術超鋼拳を叩きつけた。ここにはいない誰かにアイズフォンで語りかけながら。
「戦闘中に通話だとぉ? ふざけているのか!?」
 ワイルドハントは戦術超鋼拳の衝撃を利用して後方に飛び退った。
 その後を追って、アジサイが一気に間合いを詰めた。
「いや、誰もふざけてなどいない」
 腕を鞭のようにしならせて、ワイルドハントの脇腹に手刀を打ち込む。動くことが死に繋がるという錯覚を相手に植え付けて機動力を削ぐグラビティ『幻死(マヤカシ)』。
 アジサイに続いて、晟がワイルドハントに追い縋り、静かに問いかけた。
「貴様たちの目的はなんだ?」
「はっ!」
 ワイルドハントは牙を剥き出して嘲笑した。
「よし、教えてやろう……とでも言うと思ったかぁ?」
「いや、思っていない。ただ――」
 晟は無表情に足を蹴り上げた。竜の脚を模した半長靴が虹色の弧を描く。ファナティックレインボウ。
「――形式的に訊いてみただけだ」
「ぐおっ!?」
 顎に爪先を打ち込まれ、ワイルドハントは体をのけぞらせた。
 次の瞬間、上を向く形になった胸板に言葉のスターゲイザーが命中した。
「たとえリューディガーくんのそっくりさんでも容赦はしないのー!」
 着地ざまにまたもや可愛いポーズを決める言葉。登場時のポージングが誰にも注目されなかったので仕切り直したのである。
 このような状況でも己を見失わない主人に半ば呆れ、半ば感心しながら、ぶーちゃんがワイルドハントにボクスブレスを浴びせた。普段は臆病なのだが、今日はサーヴァントが多いため、少しばかり強気になっている。
 その横を一陣の風が吹き抜けた。彼を強気にしている要因の一つであるところのラグナルが晟に投擲されたのだ。
 頭部の角で刺し貫くような勢いでラグナルはワイルドハントの胸に飛び込み、ボクスタックルを決めた。
「なんだかよく判らねえが、ワイルドスペースってのは失われた時の力がどうこうとかいう世界らしいな」
 上昇して離脱するラグナルと入れ替わるようにして、如意棒が振り下ろされた。ウタが達人の一撃を放ったのだ。
「その『失われた時の力』とやらを利用しても、おまえらは他人の姿を借りて現れることしかできないのかよ? ダサいにも程があるぜ」
「なにも知らぬくせに偉そうなことを……」
 ワイルドハントが呻いた。悔しげに。苛立たしげに。
「はい。私たちはワイルドスペースの秘密を知りません。今はまだ……」
 そう応じたのは、ヴァルキュリアのバラフィール・アルシク(闇と光を抱く・e32965)。
「ただし、あくまでも今の話です。先のことは判りませんよ。それとも、貴方たちは――」
 バラフィールの手から殺神ウイルスのカプセルから飛んだ。
「――秘密を永遠に隠し通せるとでも思っているのですか?」
「だ、黙れ!」
 カプセルを躱したワイルドハントであったが、一瞬の虚を衝いて十蔵が切り込んだ。
「ほっほぉー! おまえ、動揺してるなぁ? 判りやすい野郎だぜ」
 十蔵の握る匕首型の惨殺ナイフ『傍斬』が霞に覆い隠され、不規則な軌道を描き、予期せぬ位置からワイルドハントの胸に突き立てられた。『幽鬼柳(ユキヤナギ)』の名を持つグラビティ。
「見た目だけじゃなくて、リューディガーの中身も真似るべきだったな。奴さんなら、なにを言われてもパニくったりしないぞぉ」
「黙れと言ったはずだ!」
 ワイルドハントが腕を振り上げ、すぐに振り下ろした。
 赤い爪が斬り裂いた相手は十蔵ではなく、晟だ。ファナティックレインボウに怒りを付与されたのかもしれない。
 晟の血が噴き上がった。
 だが、半秒後にはワイルドハントの血も噴き上がっていた。竜の頭を模したゲシュタルトグレイブの穂先に腹部を抉り抜かれて。晟が稲妻突きで反撃したのだ。
「黙らせてみろ」
 そう言って、リューディガーがルナティックヒールの光弾を飛ばした。
「たぶん、そちらが先に黙ることになるでしょうけど」
 バラフィールがライトニングロッドの『Rote Blitzableiter』を振ると、先端部の紅い宝玉からエレキブーストの電光が伸びた。
 二つの光は晟に命中し、傷を癒すと同時に攻撃力を上昇させた。

●月桂を断つ
 ヴァオの奏でる『紅瞳覚醒』が戦場に流れた。対象は前衛陣。減衰しているにもかかわらず、防御力上昇の恩恵を受けられなかった者は少ない。
 もちろん、それはヴァオの演奏の技術が高いからではなく――、
「お手伝いします!」
 ――イッパイアッテナ・ルドルフのヒールドローンたちも前衛陣を守り始めたからだ(むしろ、ヒールドローンこそがメインで、ヴァオのほうが『お手伝い』レベルだった)。
 ドローンのフォーメーションに合わせるかのようにシャーマンズゴーストの竹光が剽げた動きで祈りを捧げ始める。
 それによって異常耐性を得た十蔵が『傍斬』で絶空斬を放ったが、ワイルドハントは素早く身を躱した。
「嬢ちゃんよ!」
 反撃が来る前に間合いを広げながら、十蔵は言葉に声をかけた。
「カメラは撮れてるか?」
「ぜーんぜんダメ」
 答えながら、言葉がワイルドハントに迫った。先程まで彼女がいた場所には防水仕様のカメラが打ち捨てられている。ワイルドスペースの内部を映像に記録できるかどうかを確かめるために持ってきたのだが、この特殊な場所の影響なのか、ワイルドハントがなんらかの方法でジャミングしているのか、それは作動しなかった。
「手動式の8ミリカメラにしとけばよかったかなー。そんなの持ってないし、使い方も判らないけど」
 言葉はアポロニアンキーに地獄の炎を宿して、ワイルドハントに叩きつけた。
 続いて、ウタがバイオレンスギター『ワイルドウィンド』のネックを手にして、横薙ぎに払った。ボディから『紅蓮の輪舞(ゲヘナロンド)』の業火が放たれ、ワイルドハントの白銀の毛皮を燃やしていく。
 そこに黄金色の閃きが加わった。ジェミがゾディアックソードで雷刃突を見舞ったのだ。
「カメラだけじゃなくて、アイズフォンも使えないみたいですね。外にいるエリオットさんに繋がりませんでした」
「外じゃない。もう中にいるぞ」
 アジサイが殺神ウイルスのカプセルを投げながら、空いているほうの手で後方を指し示した。
 吊られて振り返ったジェミの目に映ったのは、ワイルドスペースに足を踏み入れたエリオット・アガートラム。ジェミが通信を試みていた相手であり、リューディガーの所属旅団の後輩でもある。
「なるほど。リューディガーさんにちょっと似ていますね」
 ウイルスのカプセルを食らったワイルドハントの姿を見ながら、エリオットは『英雄騎士団の凱歌』を発動させて、仲間たちに破剣の力を付与した。
「でも、所詮は紛い物。本物には――」
「――絶対に勝てやしないぞ!」
 鏑木・郁が後を引き取り、轟竜砲を発射した。彼もまたリューディガーの友人だ。
 砲声が轟き、爆煙がワイルドハントを包み込む。
 その煙と闇に紛れるようにして黒い影が走った。狂月病の影響を受けた玉榮・陣内。寄り添うようにして走るもう一つの影――比嘉・アガサから幻夢幻朧影を受けてジャマー能力を高められると、彼は煙の中に飛び込み、ワイルドハントに絶空斬を浴びせた。
 そして、煙が晴れる前にまた闇に紛れたが、リューディガーの目は陣内の姿を捉えていた。それに気付いたアガサが小さく頷き、リューディガーも頷き返す。
「俺は紛い物ではない!」
 消えかけた煙の奥からワイルドハントが怒号とともに飛び出し、掬い上げるように手を伸ばした。
 赤い爪の軌道上にいたのはジェミ。
「うわぁー!?」
 なにもない場所に目を向けて、ジェミが悲鳴をあげた。爪の攻撃によって、トラウマが具現化したのだ。彼の視界の中だけで。
「だから、倉庫にあんぱんをため込まないでくださいって言ったのにぃー!」
「落ち着いてください。なにを見ているのかは知れませんが、それは幻覚です」
 バラフィールが慌てず騒がずエレキブーストを用いて、トラウマの幻覚を消し去った(メディックのポジション効果を得ているため、彼女のヒール系グラビティはすべてキュアを伴っていた)。
「どんな幻覚が見えたんだよ?」
 ウタが尋ねると、ジェミはげんなりとした顔で答えた。
「とても大きなゴキブ……」
「あぁぁぁーっ! 言わなくていい! 言わなくていい!」
 と、横にいた言葉が大声を出して耳を塞いだ。

●月明の如く
 激闘が続く中、ワイルドハントは何度か白い光を体から放った。エレキブーストと同様に傷を癒し、攻撃力を上昇させる光。
 だが、メディックのポジション効果で治癒能力が増幅しているとはいえ、ダメージは着実に蓄積していく。しかも、ヒールに手間を取られる分、攻撃の回数は減ってしまう。
「手数の減少を攻撃力の上昇で補うつもりだったのか? あまいな」
 晟が日本刀を一閃させて、月光斬を食らわせた。
 その背中を飛び越えて、ジェミがゾディアックソードを振り下ろす。
「上昇分をリセットさせていただきます!」
「……うっ!?」
 力強い叫びの後に苦しげな呻き声が続き、ワイルドハントの体勢が崩れる。白い光がもたらしたエンチャントは効果を発揮する機会を与えられることなく、ゾディアックブレイク(本来のブレイクに加えて、エリオットに付与された破剣もある)に消し飛ばされた。
「そのまま動かないほうがいい。楽に死にたければな」
 アジサイの尾がワイルドハントの脚を打った。二度目の『幻死』。
 そして、三つの得物が続けざまに唸りをあげた。言葉の簒奪者の鎌、ウタの如意棒、十蔵の『傍斬』。
 ブレイズクラッシュと如意直突きと絶空斬を受け、ワイルドハントは倒れかけたが――、
「ウォォォーッ!」
 ――なんとか体勢を立て直して、反撃に転じた。アジサイの忠告(?)に従うつもりはないらしい。
 濁った赤い爪が十蔵めがけて振り下ろされ、鮮やかな赤い血が迸った。
 十蔵の血ではない。
 素早く両者の間に割り込んで盾となったリューディガーの血だ。
「俺の姿形を真似たところで、なんの意味もないぞ」
 痛みに顔を歪めることもなく、リューディガーはワイルドハントを真っ直ぐに見据えた。ワイルドハントの瞳にリューディガーが映り、そのリューディガーの瞳にワイルドハントが映り、そのワイルドハントの瞳にリューディガーが映り……合わせ鏡のように延々と続いていく。
「俺を『リューディガー・ヴァルトラウテ』という存在として成り立たせているのは姿形ではなく――」
 無限に増加する鏡像をまとめて叩き割るべく、リューディガーは肘を沈めるようにして右半身を退いた。
 後方から飛来したバラフィールのエレキブーストが背中に突き刺さる。
「――ともにある仲間たちなのだからな!」
 叫びとともに拳が打ち上げられた。エレキブーストで攻撃力が増したハウリングフィスト。
 その強力な一撃を顎に受け、ワイルドハントの体が垂直に飛んだ。
 だが、落下することはなかった。
 重力に引き戻される前に飛散したのだ。
 無数の光の粒子となって。
 それらが消えていく様を見届けることなく、リューディガーは振り返り、『ともにある仲間たち』を見た。その目に野獣を思わせる光はもう無い。
 チェレスタがリューディガーに歩み寄った。顔が輝いて見えるのは光の粒子に照らされているからだけではないだろう。
「……」
 チェレスタは無言で夫の手を握った。
「……」
 リューディガーもまた無言で妻の手を握り返した。
 そんな二人から眩しそうに眼を逸らし、ウタが静かに言った。
 今は亡きワイルドハントに向かって。
「今度は自分の夢と姿を持てる存在として生まれて来いよ」

 ワイルドハントの後を追うかのように周囲のモザイクも消え去り、ワイルドスペースは元の状態に戻った。この場所を根城にしていたという暴走族の姿はどこにも見当たらなかったが。
「ギュバラギュバラギュバラ……」
 戦いを終えたケルベロスたちは一箇所に集まり、ワイルドハントの呪文を皆で唱えていた。ワイルドスペースの調査の一環である。
『皆で』と言っても、全員が同じテンションでことに当たっているわけではない。
「……」
 と、晟は自分にしか聞こえないほど小さな声で呟いていた。大声で唱えるのが恥ずかしいのだ。
 一方、ヴァオは乗りに乗って、『ウザい教師モード』とでも呼ぶべき状態になっていた。
「どうした、神崎ぃ~? ほらほら、恥ずかしがらないで先生と一緒にギュバラギュバラギュバラァーッ!」
 しかし、どれだけ呪文を唱えても――、
「うーん。なにも起きないね」
 ――言葉が肩を落とした。
 他の者たちも詠唱をやめた。ただ一人、ヴァオを除いて。
 楽しそうにギュバラギュバラと唱え続ける彼をなんとも言えない目で見ながら、バラフィールが言った。
「まあ、なにも起きないだろうとは思っていましたが……それでも、少し残念ですね」
「ワイルドハントを倒せただけでも良しとしましょう」
 と、ジェミが総括すると、十蔵が大袈裟にかぶりを振った。
「いやいやいやいや。良しとするにはまだ足りねえな。最初に言ったように俺は恩を売りに来たんだから、きっちり返してもらわにゃあ。こういう形でよぉ」
 ニヤニヤと笑いながら、猪口を傾けるジェスチャーをしてみせる。
「ああ、判ってるよ」
 リューディガーが苦笑を返した。ワイルドハントには決して模倣できないであろう穏やかな笑み。
「帰ったら、皆で祝杯をあげよう。もちろん、俺の奢りだ」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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