ミッション破壊作戦~煙の先には青空が広がっている

作者:ほむらもやし

●止められない戦い
「十月になってすっかり肌寒くなってきた。それで今朝確認したら、またグラディウスが使えるようになっていたので、今月もミッション破壊作戦を進めたい」
 今月もグラディウスの状態を示しながら、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、あなた方に話しかけた。
「繰り返しの説明になる方もいるかもしれないけど、確認する。これがグラディウスだ。通常の武器としては使えないけど、『強襲型魔空回廊』を攻撃できる武器だね。これは時間を掛けて吸収したグラビティ・チェインを1回の攻撃ごとに使い切る。再度使用するにはグラビティチェインを吸収し直す必要がある。で、今朝のチェックで使える状態になっているとが分かった」
 攻撃は上空からの降下による敵地中枢への奇襲になるが、撤退に掛けられる時間が短い点は要注意。
 既に攻撃に成功した地域では、敵が対抗策を講じている場合もあり、以前にうまく行った手法を模倣しても、敵の動きが同じとは限らないため、同様の結果が得られる保障は無い。
「僕が連れて行くのは、エインヘリアルのミッション地域。前もって言っておくけれど、強敵ばかりだ。時間にシビアになれないチームは時間切れとなり、全滅する可能性もあるから、自分の実力を鑑みた上で、勇気をもって判断して欲しい」
 退路を阻む敵の1体を撃破する前に、増援が到着すれば、その時点での戦況が勝利目前であったとしても万事休すだ。短時間で敵を倒しきれるかどうかが重要なポイントにひとつになる。

 目指すのは各ミッション地域の中枢にあたる、強襲型魔空回廊である。
 徒歩など、通常の手段で目指せば、遭遇戦の連続となり、そこにたどり着く前に、消耗して撤退に追い込まれる。グラディウスを奪われる危険を考えれば、行わないのが妥当だ。
「強襲型魔空回廊は上部に浮遊するドーム型のバリアで囲まれている。高高度ではあるけれど、今回もヘリオンで真上まで連れて行くから、速やかに降下して攻撃を掛けて欲しい」
 攻撃はバリアにグラディウスを触れさせるだけで良い。
 使用する本人も一緒に、グラビティを極限まで高めれば効果が上がる。
 グラビティを高めるには、強い意思や願い、思いを叫びながら、グラディウスを使用すれば良い。
 但し、それを破壊の力へと換えるのはグラディウスであるから、本人がいくら意気込んだと主張しても、期待通りの破壊力の向上に繋がるとは限らない点は注意が必要である。
 降下に使える時間は長くは無いけれど、攻撃順序は成り行きに任せても良いし、自分らで決めても良い。
 もし、8人のケルベロス全員がグラビティを極限、もしくは、限界に達するほどにグラビティを高め、強襲型魔空回廊に攻撃を集中させられれば、単独のチームであっても、破壊に至る可能性はある。
 もちろん1回の攻撃では無理でも、複数回に渡る攻撃を実施すれば、ダメージの蓄積により、いずれは破壊出来ると見込まれているから、破壊出来なかったとしても、ちゃんと撤退できれば作戦は成功だ。
「それから大事なことだけど、この戦いはひとりでするものでは無いからね。お願いだから、そこは履き違えないようにして欲しい」
 功名や勢いというものは長く続かない。一度の功名に飽き足らず、運が尽きてもなお、徒に危険を繰り返すようになれば、先にあるのは破滅だけである。
 叫びのみ拘泥されることなく、無事に撤退できるようプランを描き、行動することは重要だ。

「現地の防衛戦力は、現時点で上空からの奇襲に有効な対処法を持たないとされている。グラディウスを使用した攻撃時に発生する雷光と爆炎が、グラディウスの所持者以外を無差別に殺傷するという、一方的に有利な効果は引き続き有効だ。同時に発生するスモークが敵の視界を遮る効果も絶大で、撤退を有利にしているから、短い時間ではあるけれど、好機を逃さずに撤退を成功させて欲しい」
 グラディウス攻撃の余波は敵防衛部隊を大混乱に陥れるほどの凄まじいものだ。
 しかしながら、敵の戦闘力が消滅したり減少したりはしない。爆煙(スモーク)が晴れれば、遭遇戦による単独攻撃から、組織的な追撃戦に転じる。
「敵地のど真ん中に、これほどの派手な攻撃を仕掛けておいて、やすやすと逃げおおせるような、虫のいい話は無い。敵とは遭遇するし、必ず1回は戦闘が発生するから、その撃破と撤退は神速をもって。時間が掛かりすぎて爆煙が薄れ敵を撃破する前に、増援が到着すれば、バッドエンドだ。増援と合流を許すほどに状況が悪化すれば、全滅か降伏しかない。撤退は目的だから、負けそうだから撤退するということは出来ない」
 攻撃するミッション地域を選ぶのは、ケルベロスの皆である。
「短時間で強敵を倒さないといけないという点で状況は過酷だ。希望しない地域に行くことになることもある。だから参加を決める前によく考えて欲しい。本当にこの作戦に参加しても大丈夫なのか。どんな戦場を選ぶことになっても、生死を共にする仲間と協調することができるのかを」
 現れる敵の傾向は、既に明らかになっている情報を参考にすれば、助けになるはずだ。

「デウスエクスは今でもミッション地域を拡大し続けている。今、こうしている間にも、新たな強敵が攻め込んで来て、どこかを制圧するかも知れない。だからもう、この戦いを止めるわけには行かないんだ」
 平和に見える世界であっても侵略を受けている日常は、本物の危機だ。
 この危機を救い得る力を持つのは、一時的な功名ではなく、真に平和を願う、純真かつ気力に溢れたケルベロスだけだ。
 ケンジは力を持つ人には、その力を正しく使って欲しいと心の中で願う。
 だからこそ、個人的な思いや衝動にのみ依らず、仲間を信頼できて、仲間の思いにも寄り添うことができて、侵略を受けた場所に人々の生活や思いがあったことの意味も知っている、あなた方にお願いしたいのだと、あなた方の顔を確りと見つめてから、出発の時を告げるのだった。


参加者
玖々乱・儚(罪花喰らい・e00265)
ファン・バオロン(剥ぎ取りは六回・e01390)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
バン・トールマン(番頭するマン・e25073)
嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)

■リプレイ

●小さな刃に思いを託し
 玖々乱・儚(罪花喰らい・e00265)にとっては、エインヘリアルっていうのは、どうもケルベロスなんて敵じゃないという雰囲気が不満だった。
 いや、そう言う言葉を耳にしたわけでは無い。そんな風に思っているように感じる。そういうところに腹が立つのだと。
(「力を見せてみろ? ドラゴンを屠った俺たちはお前らなんかに殺されない。なんて言っているようにも思えるな……そう思うと余計に腹立たしい」)
 岩木川の南西方向、現存する城郭、二重の堀に囲まれた弘前城は高空から見てもハッキリと視認出来る。
「ならば力を見せつけてやろう!」
 狙うは、その一画にある強襲型魔空回廊、それを防護する半径30メートルほどのバリアである。
「たしかに一人の力じゃ確かに敵じゃないだろう……。だから力を合わせて叩かせていただくよ! 幾人もの手によって回廊に一撃を加えてきたこのグラディウスをもって! いくぜグラディウス、自分たちがやられるなんて思っていない侵略者に目が覚めるような一撃を喰らわせてやろうぜ!」
 叫びと共に叩き付けられたグラディウスから閃光が広がり、轟音が大地を揺さぶる。溢れる爆炎は天守を櫓を門をを城壁を、そして人々の営みを奪われた街並みをも飲み込んで行く。
 かくして、儚の振り下ろしたグラディウスの一撃を持って、弘前城に設置された魔空回廊への攻撃の幕は切って落とされるのだった。
「上からだ!!」
 パチパチと音を立てて燃え始める天守を隠すように、バリアの表面を流れ落ちてきた爆煙が風景を灰色の闇で塗り行く中、この地を制圧して以来、初めてのグラディウスの攻撃を受けた屠龍兵団は大混乱に陥る中、ファン・バオロン(剥ぎ取りは六回・e01390)の叫びと共に、この日2度目の衝撃に大地は揺さぶられる。
「歴史とは人々の命の連鎖を紡いだ物……この城は、それを現代まで残し、守った貴重な財産であり、この土地に住まう人々の誇りを宿したものでもある。戦の時代など、最早誰も望んでは居ない、此処は貴様らの土足で踏み込んで良い場所では無いと知れ!」
 急速に密度を増す煙が明滅し、その煙の中を氾濫する大河の如くに荒れ狂う雷光が、怒りの声を上げるエインヘリアルを一瞬で焼き払う。
「竜殺しだかなんだか知らねぇけどよ、テメェらの勝手な理由で! ここに住んでる人々を! 勝手に巻き込んでいい理由になるわけねぇだろうが!!」
 続く、マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)の叫びに煙を雷光は勢いを増し、繰り返し押し寄せる業火に地上にあるありとあらゆる有機物が燃える。
「そんなにオレらの力が見たいなら見せてやる。テメェら全員根絶やしだ! 今日ここで死ね!!」
 圧倒的なグラディウスの力よって増幅されたマサヨシの声に続くのは、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)。
「闘いってのは殺し合う為にするんじゃない。お互いの力を比べることで、お互いを尊重し高め合う為にあるんだ。ドラゴンすら倒したんだ、あんたらは相当強いんだろうよ……でもな! 相手が何者だろうと、殺したことは誇りにも何にもなんねぇんだよ!」
 闘争行動は理性によって制御されるべき。緋桜は邪気のない理想を掲げてグラディウスを振り下ろす。
「力を見せてみろだと? いいだろう。魅せてやる! 魅せつけてやる! 俺の……ニンゲンの持つ強さを!」
 迸る稲妻が亙に衝突して鉄をも溶かす高温の火粉を噴出させる、異臭と共にまき散らされる溶解物がすさまじい火災を引き起こす。
「力を示せ、ですか。目的はオレ達を力で屈服させて使役しようって所ですかい。かつてのオレたちみたいに」
 抱く万感をグラディウスに込めて、バン・トールマン(番頭するマン・e25073)は降下を続ける。
 そこに見える筈の風景は既に灰色の煙に包まれて、その輪郭を認めることは困難になっていたが、急速に近づいて来る魔空回廊の上に浮遊するバリアだけはハッキリと認めることが出来る。
「なら負ける訳にはいかねぇな! あの頃に戻りたくも戻したくも無い! 時計の止まった過去にしがみついているテメェ達とは違うんだ! 限りが出来た代わりに一分一秒毎に先に進める様になったことを俺は誇りたい! だから負けられねぇ! 過去を抱いて未来へ進む為にも!」
 間近では壁のようにしか見えないバリアにグラディウスを突き出すと同時、壮絶な衝撃の反射。
「この壁は必ずぶっ壊す!! 砕けろぉぉぉ!!!」
 その刹那、衝撃に抗って力を込めれば、爆ぜる光柱が立ち昇った。
 次の瞬間、砕けた光柱が無数の矢の如くに変わる中、嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が突き出したグラディウスと共にバリアに突っ込んで行く。
「強者なら結構! 龍を屠った力、存分に見せてもらおうじゃないですか!」
 だが、雑念にも似た疑問が叫びに混じる。
「でもなんで弘前城制圧しちゃってんですかねぇ……塒ならいくらでもあるじゃないですか。二つ消えてるけど。ケルベロスの力が見たいってんなら、そんな人質取るような真似しないでくださいよ!」
 生み出される雷や爆炎はグラディウスの持たない者に容赦なく襲いかかる。麻代が人質と感じるような何かがあったとしても、ためらいもなく破壊し尽くされているだろう。
「仕返しなら後から幾らでも受け付けますんで、この魔空回廊、破壊させてもらいます!!」
 叫びと共に叩き付けられたグラディウスの生み出す、火炎と稲妻が暴れ回る。
 攻撃が始まってから数分、弘前城に設置された魔空回廊を起点に周囲数キロメートルは濃密な煙に埋め尽くされていることは理解できる。その範囲は不定形であるが、煙の覆う範囲さえ抜けきれば、恐らくは敵の追撃を振り切れる想像は、誰にでも出来るだろう。
「やれやれ、こいつぁ無粋だ。日本の七名城に数えられる弘前城に、赤い西洋甲冑は見苦しい」
 豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
 せめて赤備えで出直してくれないか。それが、この地に受け継がれて来たものを顧みようとしない、エインヘリアル、屠龍兵団への最大限譲歩した言葉であった。
「――津軽が誇る桜の名所に、その見苦しい甲冑はそぐわないってわけさ。帰らないって言うなら、これから……お掃除の時間だ!」
 が、やはり譲歩などあり得ない。姶玖亜は、気持ちを込めながら、叫びの言葉を紡ぐ。
「江戸太平の夜明けから、津軽の地を鎮守し弘前城を……今こそ我らの手に、無粋な闖入者を駆逐し、いざ取り戻さん!」
 そして、己のもつ全ての力をグラディウスに込めて、全てを阻む壁にしか見えないバリアに向けて突撃する。
「その甲冑を、貴様の血で染め抜かん! 進め猟犬!!」
 恐るべき雷光が爆ぜて、彼女がこれまでに感じたことのない衝撃が姶玖亜を襲う。溢れる爆炎と稲妻がグラディウスを持つ姶玖亜を避けるようにして飛び抜けて、地上に向かって行く。
「弘前城の桜、凄く綺麗なんだって、ね。日本中の、世界中の人たちにとって大切な場所のはずだよね」
 アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は顔も名前も知らない者たちに思いを巡らせる。民間人とか1名とか、何ら個性も与えられない者たちにも人生があり、大切にしているものがある。
「大切な風景を、場所を、暮らしを、守る者でありたい。この命にかけて! この一撃に思いをのせて! グラディウスの刃よ、多くの人を守る一撃となれ!!」
 この日、8回目の強烈な閃光が爆ぜる。だがバリアはその強大な防御力を発揮して、衝撃を受け止めた。
 魔空回廊を守るバリアは健在、破壊には至らなかった。
 次の瞬間、アトリの小さな身体は衝撃に弾かれて、自ら起こした火炎と稲妻の奔流に放り出された。

●撤退
 果たして、各々が目測で先行する仲間の方向を追いながら、着地方向を定めた。
 結果合流したのは上空から見て比較的空き地の多く見えた魔空回廊の南側、弘前公園の辺りとなった。
「では、急ごうか」
 姶玖亜が仲間のグラディウスを預かり終えるよりも早く、マサヨシは南に伸びる通りを道なりに駆け始める。
「あ、置いて行かないでよ」
 急ぎつつ、しかし丁寧に7本のグラディウスを預かったことを確認してから、姶玖亜は濃密な煙の中を進む仲間たちの後を追う。
 なお、撤退路が南となったのは弘前公園の南に比較的大きな通りがあったからで、着地点が変われば、西や北の岩木川方向、東側の奥羽本線や平川を目指すことも出来た。
 濃霧の如き煙の中でも、仲間を見失うことも障害物に躓くことも無く、一行は順調に走り続けるが、作動していない信号機を5つほど越えた辺りで、進行方向に立ちふさがる強大な威圧感に気がついた。
「敵だ!」
 マサヨシが警告を飛ばすと同時、戦いの始まりを告げるように、地面を踏み込む音が立つ。
 次の瞬間、エインヘリアルの突き出した拳がマサヨシを打ち据える。
 今までに感じたことの無い強烈な衝撃、そして激痛に襲われて、赤色のノイズで視界が満たされる。
「――駄目だ! 俺はまだ何もしていない! そうだ、守りきる! 絶対にテメェの攻撃は後ろには行かせねぇ!」
 全身の力が抜け落ちて、意識が切れそうになる刹那、パーティの中で最大の耐久力を持っている自分が倒れてはならない。その気持ちだけで踏みとどまり、叫びと共にメタリックバーストを発動した。
 直後、無数の銀色の粒が煙と混じり合い、幻想的な光景が作り出される中で、超感覚を覚醒させる仲間たち。
 そしてアトリの繰り出す強大な癒力が、死の淵にあったマサヨシの傷を癒す。
「兵団を名乗るくらいだ。粘られる前に斬り倒す。タイムアタックってヤツです。楽しませてもらいますよ!!」
 風景を満たす煙は未だ充分な濃密さを保ってはいる。
 まるで攻撃に全振りをしたような一撃、ファンが声を上げるまでも無く誰もが気づいた。
 ならば、その分守りが手薄になっているはず。
 そう踏んだ麻代の判断は正しかったが、満を持した絶空斬が大きく外れ、続けて姶玖亜の放った禁縄禁縛呪、その巨大な御業もまた煙しかない空間を掴む。
「遅いな、ケルベロスの力とは、その程度のものなのか?」
「力は認める。だが、下品な赤だ。君は津軽の林檎の赤など見たことも無いのだろう。あの乙女が頬を染めたような紅に比べたら……まさに、天と地の差だよ」
 姶玖亜は攻撃を外したことに戦慄しながらも精一杯の強がりを込めて返した。
「大人しくアスガルドとやらに帰っちゃくれないか? でなきゃ、場合によってはあんたを殺さなきゃなんねぇ」
「殺す。だと、いったい何の冗談だ?」
「ナメんな!」
 緋桜が吠えると同時、儚の放つメタリックバーストの支援が重ねられる。一方、てれと名付けられたテレビウムの顔に流れる動画に癒される。
 そして敵前に躍り出た捨て身の一撃がようやく敵を捉え、続けて、バンの投げ放った下駄箱鍵が、炎の光が作る敵の影に突き刺さった。
 力量で勝る相手と戦うために、その能力を削ぎ自身の能力を高めて能力差を狭める発想は正しい。だがそれでも埋めきれない差があるならば、それを埋めて目標に手を近づける熱意や足掻きが必要だ。
 手を伸ばそうとする者には幸運が巡り、手を伸ばそうとしない者には何も起こらない。
(「絶対に当てるんだ……外すわけには行かない」)
 一秒にも満たない刹那、仲間への思い、勝敗の行方に考えを巡らせ、ファンは決意と共に指を突き出した。

 攻撃が当たるようになってくると敵の耐久力も減少の一途を辿る。
 だが、マサヨシは早々に落ちている。緋桜もまた落ちる寸前にまで追い込まれている。アトリの持つ強大な癒力に落ち着きを取り戻すも、敵の攻撃の重さを考えれば、攻撃を受ければただでは済まない。
「我は毒を撒き、敵を蝕むもの。我が毒は神にすら死を与える」
 ウィルスカプセルを投射した儚が、後ろに引くと同時、エインヘリアルは傷ついた緋桜の脇をすり抜けて間合いを詰めてくる。投擲したカプセルが放物線のカーブを描いて、火災で熱せされた路面に落下、湯気を立てるのと前後して、敵の繰り出す蹴りは儚を強かに打ち据えた。瞬間、経験から来る勘でもう戦えないと悟って儚は両膝を着く。
 あとどの位時間は残っているだろうか。
 敵のダメージも甚大だが、それはここまで一度も癒術を使っていないからだ。
 切り札のひとつであるはずの、アンチーヒールは全く付与出来ておらず、強力な攻撃を次々と命中させているファンも麻代も、胸の内に焦燥が小さな棘のように突き刺さっていた。
 景色を埋め尽くしていたグラディウス攻撃の余波の煙は薄まり、代わりに燃え盛る街並みから黒煙が流れてくるが、その煙には8人を隠してくれる効果などない。
「そろそろおねんねの時間だよ。いい夢かどうかは……保証できないけどね」
 姶玖亜の放つ弾丸は漆黒の軌跡を描いて、赤い鱗の甲冑に突き刺さる。発動するトラウマが記憶の奥底にある恐怖を思い出させて、突如、エインヘリアルは悲鳴を上げる。
 その隙を逃さずに、バンの繰り出したアイスエイジインパクトが衝突、凍気に包まれた甲冑に無数の亀裂が走る。
「の、脳がはち切れそうだぁ!!」
 思いがけず、感情のこもったエインヘリアルの男の声がした。いったい何を見たのだろうか。半壊したヘルメットから覗く顔の半分はこの世の物とは思えぬ形をしていて、まるでレンズのような瞳がこちらを凝視している。
 次の瞬間、全身のバネを拳に乗せて、敵は一直線に姶玖亜に突っ込んで来る。
「——?!」
「退けっ!」
 骨が砕けるような高い音と、肉の潰れる水音が響き渡った。
「……糞、が……、好き勝手やりやがって、死ぬかと思ったじゃ——」
 姶玖亜を突き飛ばし、代わりに巨大な拳に打ち据えられた緋桜の身体はあり得ない方向に折れ曲がったまま崩れ落ちる。もしアトリが癒してくれていなければ、ここで彼の生涯は終わっていた。
「今が倒せる、チャンスだよ!」
 私はみんなを支える盾として戦う! その心に誓った盾の力を、矛に変えて、アトリはウィルスの詰まったカプセルを投げ放った。次の瞬間、カプセルは拳を突き出したままのエインヘリアルの頭部を直撃し、零れ落ちた液体が染みこんで行く。
 ファンの焔の刃が唸りを上げ、麻代の斬撃が正確に急所を斬り裂く。そこにバンと姶玖亜の攻撃が加わって、遂に進路に立ち塞がるエインヘリアルは膝を着き、そのままの姿勢でサラサラと金色の砂となって消滅する。
 だが後方から近づいて来る新たな敵の気配。
 感慨に浸っている暇など、1秒たりとも無いのだ。
 捕まってたまるか、絶対に逃げ延びてやる。傷ついた仲間を気遣いながら、8人は燃え盛る街を全力で駆けるのだった。

作者:ほむらもやし 重傷:玖々乱・儚(罪花喰らい・e00265) マサヨシ・ストフム(未だ燻る蒼き灰・e08872) 氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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