黄昏にその影は揺らめいて

作者:流堂志良

●黄昏の山中にて
 何かに惹かれるように山中にやって来た嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)は夕陽に照らされ、立ち止まる。
 ここには隠れ里のような山荘があるはずだった。
 それなのに、モザイクが全てを覆い隠している。
「何となく来てみたが、俺の勘も捨てたもんじゃないかもな」
 ここで出会う予感がしていた。そんな表情で陽治は頷く。
「中は見えない、か」
 モザイクは中を見通すことを許さず、陽治は仕方なく中へと足を踏み入れた。
 体に何やらまとわりつく液体の感触がある。だがそれだけだ。他は何も問題はなかった。
 そこは地形と元あった建物がバラバラに混ざり合っており、陽治は目を丸くする。
「このワイルドスペースを発見できるとは……まさか、この姿に因縁のあるモンかねぇ」
 突然掛けられた声に陽治は振り返り、ごくりと喉を鳴らした。
 そこに立っていたのは硬質の何かに全身を覆われた人影であった。
 金属にも木にも思えるその質感、今の陽治とは似ても似つかない。
「まさか……俺、なのか?」
 その問いかけに対する返事はない。人影はただその瞳を青く爛々と輝かせた。
「今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかねぇ。アンタはワイルドハントである俺の手で死んでもらわなければ、な」
 にたりと笑うとワイルドハントを名乗る者は陽治へと襲い掛かった。

●救援要請
「ワイルドハントについて調査をしていた嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)さんがドリームイーターに襲われたようっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は告げる。
「ドリームイーターはワイルドハントを名乗っていて、山中の山荘をモザイクで覆って、その中で何か企んでいたみたいっす」
 その真意はわからない、とダンテは言葉を切り、本題へと話を進める。
「このままだと彼の命が危ないっす。急いで救援に向かって、ワイルドハントを名乗るドリームイーターを倒して欲しいっす!」
 まず彼は場所についての話に入った。
「場所は特殊な空間っすね。まとわりつくような液体に満たされているっすけど、戦闘に支障はないっす」
 そしてダンテはワイルドハントについて説明を始めた。
「ワイルドハントは、彼の暴走時の姿をしているっす」
 けれどそれは外見だけの話である。
「腕から硬い蔦のような物を巻きつかせて来たり、足を踏み鳴らして、皆さんの行動の邪魔をしたり、怪しい光を放つ目で皆さんに幻覚を見せたりするようっす」
 能力も言動も陽治とは違うとダンテは説明をした。
「無事に陽治さんを救って、敵も倒して欲しいっす! それにしても足を踏み入れただけで陽治さんに襲い掛かるなんて、ワイルドハントはワイルドの力を調査されることを怖がってるのかもしれないっすね」
 そうダンテはケルベロスたちを送り出したのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ

●ワイルドスペースへの突入
 望月・巌(昼之月・e00281)は厳しい表情で腕輪を撫でて、目の前のモザイクを見やる。
 その隣で生明・穣(月草之青・e00256)は何とも言えない表情で黙り込み、右手で左手を撫でさすった。
「穣、行くぞ。あいつを叱ってやりにな」
 その言葉はワイルドハントと遭遇した彼を心配してのものだ。
「巌の説教ね、これは大変だ……」
 巌の言葉に穣はようやく苦笑を漏らし、仲間たちを振り返る。
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)は普段から世話になっている彼の現状を思い、口を開く。
「早く行かなくては……」
「うん。どくたー、たすける」
 大人たちが多くいるため緊張しているのか、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が振り絞る。
 そしてケルベロスたちはワイルドスペースに突入した。
「モヤモヤいっぱい、へんなかんじ……」
 ワイルドスペースについての感想を勇名は漏らす。けれど戦うには何の支障もない。
 仲間たちの言葉を聞きながら簾森・夜江(残月・e37211)は油断なく周りの気配を探っている。
 戦闘音が聞こえればすぐさまそちらに走れるように。
「じゃあ、打ち合わせ通りに。行くよ、タカラバコちゃん」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)がタカラバコに声を掛けた。

●救援到着
「こりゃまたおかしな事もあるもんだ」
 嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)は冷静を装い、ワイルドハントと対峙する。
「さすがに肖像権の侵害だろ、先に断り貰わねえと困るぜ」
 ワイルドハントからの攻撃に耐え、己の回復をする。
「ったく……アンタも物好きだな、何もそんな姿を取らんでも」
 ぼやきのようだが、声は高らかにワイルドハントへと届けるように張り上げる。
「意外と追い込まれてるはアンタの方じゃないか?」
 対するワイルドハントは無言。ただ殺気のみを叩きつけてくる。
 今の彼にできることは時間稼ぎのみ。緊張感が高まっていく。
 仲間が到着したのはそんなタイミングだった。
「嘉神さーん!」
 ひなみくの声を合図にするかのように、仲間たちが陽治の元へ駆けつける。
「助けに来っ……」
 助けに来たよ、というひなみくの言葉は、敵の姿を見た瞬間に消し飛んでしまった。思わず悲鳴を上げるが陽治に対する気力溜めは忘れない。
「なにあれ! 木? 金属? で、でも負けないんだよ!」
 祥空は陽治を隠すようにワイルドハントの前に滑り込む。
「そこまで。――ここからは私たちがお相手いたします、ワイルドハント」
 そして祥空はワイルドハントを睨みつける。
 マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)も同様に行動する。
「SYSTEM COMBAT MODE」
 戦闘モードに切り替わるように、声は平坦に機械的へと変貌した。
 武器を展開すると警戒するように、銃口をワイルドハントへ向ける。
 まだ攻撃はしない。
 夜江はワイルドハントを見つめながら、考える。ワイルドハントはケルベロスの暴走姿をしている。
「記憶まで共有されていたのなら、もっと厄介な相手だったかもしれません」
「ったく、一人で行動するなんて無茶しやがって」
 巌の頼もしき姿が、ワイルドハントの注意を逸らすように、もしくは死角を作ろうとするがごとく、やや離れた場所に仁王立ち。
 改造スマートフォンを掲げて宣言する。
「ほれほれ、俺を止めねぇとワイルドスペースの秘密が漏れちまうぜぇ?」
 そのグラビティの名は『Thank U 4 SentenceSpring』。色々と細かい所はさておき、このグラビティの効果はビームが発射されるということ。この攻撃をワイルドハントは避けきることが出来ず、まともに受ける。
「本当、間に合ってよかったよ」
 穣は陽治の姿を確認すると安堵の声を漏らす。けれど表情がやや硬く、穣の心情を悟らせるのには十分だった。
「げっ……やっぱり怒っているか?」
「言いたいことは後で言うよ」
 だから今は敵に集中すること。それが重要だった。
「どくたー、たすけにきた。だいじょぶか」
 勇名は勇気を振り絞るように告げる。
「ああ、確かあいつんとこの……。大丈夫だ。ありがとな」
 そうしてケルベロスたちはワイルドハントに対峙した。

●ワイルドハントとの戦い
「おのれ……!」
 低く唸るワイルドハントは足を踏み鳴らし、前衛を威嚇する。
 その力は地割れを引き起こし、前衛たちを飲み込む。だがそれで怯むケルベロスたちではなかった。
「重力装甲展開」
 マークの体から蒸気のように、グラビティが噴き上がり、防護膜のように彼らを覆った。
 仲間を守る心強いグラビティだ。
「あれが、テキか? どかーんって、すればいいか?」
 勇名はフォートレスキャノンで逆に敵の行動の邪魔をしようと試みる。
「我が刃、火の如く」
 忍び寄るように夜江はワイルドハントに切りかかる。手で刀身に触れ、根元から切っ先まで撫で上げると炎が刀身を包む。
 敵に切りつけると炎は弾けるように散る。それはまるで花のように。『華炎』の名を表すよう。
「少しは効きましたか?」
 振り返り、夜江はワイルドハントの様子を窺う。ついでに素早く周囲の観察をする。
「お前の暴走姿って聞いた時は、もうちょい戦うのに抵抗感があるかと思ったんだがなぁ」
「全然面影もないんだけど、本当に陽治の暴走姿なの?」
 巌は敵の注意を逸らすため走り続けながら、穣は陽治に傷がないか確認しながら質問する。
「そんな事俺に言われても困るっつーか……」
 巌たちの問答はこの場で答えの出ないものばかり。
「わたしが皆を回復するから、ワイルドハントを倒すのに集中しよう! タカラバコちゃんは一番前で敵の行動を邪魔しちゃおうね」
 ひなみくの力強い言葉に、ミミックは応えるように踊る。
「では私は敵の妨害に専念しましょう。上手くいくといいのですが」
 穣はがらりと口調を変えて呟き、まず己のサーヴァントに仲間の支援を指示した。
「テキ、たおす」
 勇名は惨殺ナイフを構えて言う。
 刀から杖へと武具を持ちかえて夜江は呟く。
「次は毒で弱らせましょうか」
「よっしゃ、連携してぶっ倒してやる!」
 改造スマートフォンを手にした巌の気合の入った言葉が続く。
「それではいきます」
 ひやりとした祥空の鋭い声。口調は変わらないのに普段の様子とは大違いだ。
 祥空の達人の一撃が素早くワイルドハントを切りつけた。
 マークのバスターライフルの銃口が光る。ゼログラビトンが放たれる。
 重力装甲と併せて使う事で、敵の攻撃を弱める狙いだ。
 救出対象と合流した事で、彼らの士気は高まっている。
「さっきのお返しだ!」
 陽治は助けに来てくれた仲間をサポートするように、敵を妨害するため旋刃脚を放つ。
「がああああ!」
 けれどワイルドハントは立ちふさがるケルベロス相手に吠える。
 積極的に前衛を狙い、行動の妨害を狙う。
 腕から伸びる蔓のような物を伸ばすが、マークが割り込むように庇い、ワイルドハントが狙った相手には届かなかった。
 ワイルドハントの攻撃力は高いが、ケルベロスたちの準備が功を奏した。
 マークは仲間に重力装甲を使用し、敵にはゼログラビトンを使用して受けるダメージを極力減らす。防御の要はまさに彼だった。
「つぎ、ジグザグスラッシュ……つかう」
「それでは私も敵の傷を広げるとします」
 勇名と夜江は声を掛けあい、ワイルドハントに突撃する。
 祥空はその高い攻撃力で、着実にダメージを与えていく。
「ぐおおおおお!」
 ワイルドハントが吠える。その雄叫びはワイルドスペースに響き渡る。前衛への攻撃を無駄だと悟ったのか、ワイルドハントは中衛に狙いを定めた。
 その目が怪しく輝き、勇名たちを狙う。催眠を伴う魔法攻撃だ。
「生明さん、勇名ちゃん! しっかりして!」
 ひなみくがオラトリオヴェールですかさず回復させる。
「火倶利、ありがと。たすかった」
 再度、祥空の攻撃――ブレイズクラッシュ。
「いきます!」
 武具に水色の炎を纏わせて敵に叩きつける。
「LOCK ON」
 その隙を見逃さないようにマークの武装がワイルドハントをその言葉通りに狙い、火を吹く。
 ワイルドハントにとってマークはまさに要塞だった。
 仲間を庇うように動き、容赦のない攻撃を返してくる。
 夜江のファミリアシュート。手にした杖がイヌワシへと変化し、魔力をその身に帯びてワイルドハントへと突撃する。
「ずいぶんダメージを与えたと思いますが、やはりデウスエクス。しぶといですね」
 周囲を警戒する夜江の言葉に、祥空も頷く。動きは鈍くなったもののまだ決定打とまではいかない。
「もう二、三撃浴びせたいところです。マークさん、何度も攻撃を受けていますが、大丈夫ですか?」
「損傷軽微――戦闘続行」
 祥空の問いかけに対する答えを返すように、マークの兵装が唸りを上げ、砲門をワイルドハントへと向ける。
 何度も攻撃を受けたとは思えないほど、滑らかな動きだった。
 発射されるバスタービームはワイルドハントの胴を焦がすように命中する。
「小癪な真似を……!」
「たおす……!」
 声を上げるワイルドハントに対し、更に畳み掛ける勇名のフォーチュンスター。
「どうだ?」
「うんうん、勇名ちゃんいい感じだよ」
 ひなみくはどんどん仲間に回復を振りまき、仲間を励ます。
 彼女がメディックとして回復を繰り返す以上、ワイルドハントに勝ち目はないだろう。
 それに気づいたのか、ワイルドハントは目を光らせ、ひなみくを狙う。
「ぐおっ……! から、だが……!」
 しかしワイルドハントは痺れたかのように動かない。目の輝きも急激に消える。
 ケルベロスたちの重ねての妨害が効果を発揮したのだ。
「あーもう、びっくりしたー!」
 攻撃されるかと思ったひなみくはほっと息を吐く。
 戦局は時間を追うごとにケルベロスたちへと明確に傾いていった。
 祥空はナインブレイズを放つ。
「我が地獄を治めし可憐なる乙女達に願い奉る。神討つ力を我に与え賜え」
 オレンジ、青、白。九つの炎が現れる。
 黄、緑、赤。その炎は内なる地獄に宿る象徴。
 紫、水色、ピンク。刃に変じた炎はワイルドハントを切り裂いていく。
 それでもまだワイルドハントは立っている。
「本当にしぶといですね。――だが、これで終わりだ」
 夜江の口調が切り替わる。敬語が消えて淡々とした口調でも凄味が増す。
 斬霊刀を構えて、夜江はワイルドハントへ忍び寄った。
 その刀は敵の傷をなぞるように閃く。そのすぐ後、ワイルドハントはゆっくりと大地に倒れ込んだ。
「ENEMY DOWN」
 マークが倒れたまま動かないワイルドハントを警戒しながら呟く。その銃口は未だワイルドハントに狙いを定めたまま。
 しかし敵は起き上がることもなく、そのまま消えていった。

●謎は謎のまま
 ワイルドハントは消え、追うようにワイルドスペースも消えていく。
「ワイルドスペースはすぐに消えてしまうのですね」
 夜江が周囲を見回すと、ひなみくがしゃがみこんで何かをしているのを視界の端にちらりと映った。
 結局あの不思議な空間は何だったのか、知ることはできなかった。
「状況終了。怪我はあるか?」
 マークは先ほどまで機械的な喋り方をしていたのを切り替えて、陽治に声を掛ける。
「いや、ない。ありがとな、そっちこそ回復が必要だったりするか?」
 やれやれと陽治が首を振り確認する。
「俺も問題ない。アンタが無事でよかった」
 他のケルベロスたちも駆け寄ってくる。
「先生がご無事で何よりです」
 祥空は警戒を解き、ほっと胸を撫で下ろす。
「うーん、あんまり調べる時間なかったね」
 ひなみくはあっさりとワイルドスペースが消えてしまったことが残念そうだ。
「どくたー、たすけられた……よかった」
 ふぅっと緊張から介抱された勇名は眠たそうに目を擦る。
「ちょっとこっち来い」
 巌が陽治を離れたところに呼ぶ。
「皆さん、お疲れ様でした」
 穣は持ってきた杏の飴を皆に配る。
「あめ、ありがと」
「戦った後に飴は嬉しいですね。いただきます」
「わぁ、おいしそう。ありがとう~」
 飴を配り終えると穣は巌へちらりと視線を向ける。
 少し離れたところで巌が陽治に何かを言っているのが見えた。でもきっとそれは心配の裏返し。
「後は穣に任せるわ」
 言いたいことを終えたのか、巌は手を上げ背を向ける。穣も合わせて手を上げ彼を見送った。
「さて」
 今度こそと穣は陽治に向き合い、拳を振り上げる。身構える彼の口に飴を放り込み、素早く囁く。
「無事で良かったよ」
 伝えたいことは数あれど、今は無事であることを喜ぼう。
 山を下りるケルベロスたちの影。黄昏にその影は揺らめいて、寄り添うように日常へと帰って行った。

作者:流堂志良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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