がんばれ

作者:八幡

●がんばれ
 女性が独り、夕暮れの道を足早に歩いている。
 何故足早に歩いているのかと言えば……今日は早く帰ると言ってた夫のために、夫の好物であるハンバーグを作ろうと買い物に出たのだが、張り切りすぎて時間が掛かってしまった。
 慌てて帰った女性が玄関に手をかけると、鍵は既に開いていた。料理を済ませて夫を待つつもりだった女性が心の中で夫に懺悔しながらもリビングの扉を開けると、
「ただい……」
 そこに立っていたのは、半身を羽毛で包まれた異形だった。予想外のものの出現に言葉を失う女性へ、その異形はゆっくりと近づきながら話しかける。
「仕事で壁にぶつかった俺に、貴方なら出来るよと……君は言ったね。その言葉はとても嬉しかったんだよ」
 始めは只、怯えていた女性だが……異形の発する声に女性は息をのむ。
 それはとても聞き覚えのある声だった。何より、あの日珍しく落ち込む夫に自分が声をかけた時の、夫の嬉しそうな顔はよく覚えていたから。
「聡さん?」
 近づいてくる異形……聡へ女性は震える手を伸ばすと、聡は口の端を釣り上げて笑い、伸ばされた女性の手を握る。
「毎日帰りが遅くなり家を空けることも多かった俺に、無理はしないでねと……君は言ったね。その言葉に俺は自分を奮い立たせたんだよ」
 日に日にやつれていく夫を見ているのが辛かったからかけた言葉……あの時の乾いた笑顔をよく覚えている。
 握られた手からはかつて優しかった夫のぬくもりは感じられず、半分羽毛に包まれた笑いには既にあの乾いた笑顔の面影すらなかった。それどころか――、
「っ!?」
 伸ばした手から走った激痛に目の前が白くなる。
 我知らず悲鳴を上げようとするも、それよりも早くかつて夫であったものに喉元を掴まれ、言葉を発することも許されない……そして眼前に迫った夫であったものの顔に、自分の血の気が引いていくのを自覚する。
「疲れて、思わず弱音を吐いてしまった俺に頑張ってと、君は言ったね」
 あの時の振り絞るような笑顔はもうない。目の前にあるのは変わり果てた人ならざるものだ。その瞳に宿るものは仄暗い狂気の喜びだ。本能では逃げるべきだと分かっている……それでも女性はその場を動けない。
「そうさ、お前も……俺と同じように、せいぜいがんばれよ」
 それは只の恐怖からか、痛みのせいか……あるいは夫だったものへの最後の期待か……いずれにしても、泣きそうな声で頑張れよと呟く夫の声を聞きながら女性の意識は闇に呑まれた。

●契約者
「ビルシャナを召喚しちゃった人が事件を起こそうとしているんだよ」
 ケルベロスたちの前に立った、小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)が口を開く。
 ビルシャナの契約者。
 理不尽で身勝手な理由での復讐をビルシャナに願い、その願いが叶えばビルシャナの言うことを聞くと言う契約を結んでしまった人たちのことだ。
 もし、契約者が復習を果たした場合。心身ともにビルシャナになってしまう。それは防がねばならないだろう。何より、理不尽な復讐で犠牲者がでるなど、許せるはずもない。
 ケルベロスたちがビルシャナと契約者についての記憶を辿っていると、透子が説明を始める。
「ビルシャナが現れるのは、そのビルシャナとお嫁さんが二人で住んでいる一軒家で、家の場所も分かってるから簡単に着けるんだよ」
 家への侵入については、扉から入っても窓を蹴破って入っても良いだろう。物はヒールで直すことも出来るのだから。
「戦いになったら、ビルシャナはお嫁さんじゃなくて、みんなを攻撃してくるんだよ……でも、負けそうになったらお嫁さんを道連れにしようとするかもしれないから注意が必要だよ」
 復讐の相手は苦しめて殺さなければ意味がない。それ故にビルシャナは、邪魔者であるケルベロスの排除を優先すると言う。何とも気分の悪い話ではあるが、その特性を突けば狙われている女性を逃がすことも出来るだろう。
「あと……可能性は低いんだけど、ビルシャナと契約した人が『復讐を諦め契約を解除する』と宣言したら、ビルシャナを倒した後に人間として生き残ることもあるんだよ」
 とっても難しいんだけどねと透子は続ける。
 もしも契約を解除させるつもりなら、何が必要でどんな行動をするべきなのかを、よくよく考える必要があるかもしれない。
 ケルベロスたちを見つめていた透子は、一度その視線を逸らし……再び真っ直ぐにケルベロスたちを見つめると、
「身勝手な理由で相手を殺してしまうなんて許せないことなんだよ。でも……できれば多くの人を救って欲しいな」
 救ってという言葉に複雑な色を乗せて、透子は後のことをケルベロスたちに任せた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
結城・勇(贋作勇者・e23059)
守部・海晴(空我・e30383)
エミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)

■リプレイ

●飲み込めない想い
「ただい……」
 自分の姿を見て凍り付く妻の姿を見て、聡は自らの口元が歪んでいくのを自覚した。
 こんなにも妻の顔を見るのを嬉しいと思ったのは何時以来だろうか。嗚呼、そうだ、あの時だ……妻が初めて自分を励ましてくれた時、『貴方なら出来るよ』と、腫れ物に触るように恐る恐る声をかけてくれた時以来だ。
 きっと妻なりに色々考えて、勇気を振り絞って紡いだ言葉だろう。それが分かったから、自分の事を考えてくれる人が居て、自分はもう独りではないのだと感じる事が出来て、嬉しかった。
 ――だからこそ、その言葉の裏にあるものを感じてしまった時に、裏切られたと思ってしまった。
 だからこそ……この手で復讐すると誓ったのだと、妻へ歩み寄ろうとする聡だが、聡が妻に近づくよりも早く扉を破る音が聞こえ、
「待って、ダメだよ!」
 間を置く事なく踏み込んできた、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)が二人の間に割って入った。
 行き成り割り込んできたマイヤに聡は思わずたじろぎ、その間に結城・勇(贋作勇者・e23059)が聡の前に立ち、続けて、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)と、守部・海晴(空我・e30383)が美奈を庇う様にマイヤの横に並ぶ。
「あんたらは……?」
 次々と姿を見せる見知らぬ顔と状況が理解できずに慌てふためく美奈に、聡は冷たく目を細め、
「お二人とも、動かないで。私たちはケルベロスよ。少し、話を聞いてくれない?」
 そんな聡の動きを警戒しつつ、六星・蛍火(武装研究者・e36015)が名乗りを上げる。
「こ、こちら、へ……」
 蛍火たちが睨みを利かせている間に、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は、聡の手が直接届かないように美奈の手を引こうとするが、混乱する美奈の足は動かない。
「大丈夫、大丈夫……」
 無理やり引っ張る事も可能だが……ウィルマは美奈をあやすように抱きしめ背中を軽く叩く。この状況は美奈にとっては、現実味が無いだろう、だが直接触れる事により現実味を与える事が出来る。
 美奈の身を守るためにも少しでも早く状況を理解し、落ち着いて貰わなければならない……何より、聡の説得には美奈の協力が必要に違いない。
 ウィルマにあやされて徐々に落ち着きを取り戻している様子の美奈と、渋面でその様子を見つめている聡……二人の関係は拗れに拗れ、既に修復は難しいようにも思えるが、それでも、エミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677)は二人を助けたいと考える。
 そうでなければ報われないと、だがエミリの考えなど知った事ではないとばかりに聡は、頭上に氷の輪を作り出し、
「邪魔を、するな!」
「邪魔をしに来たのですわ!」
 美奈を抱きしめているウィルマへ向かって飛ばしてくるが、ウィルマの前に躍り出た、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が咲き誇る紅薔薇の柄が施された扇子でその氷の輪の軌道を逸らした。

 カトレアに弾かれ霧散する氷の輪を見送り、陣内は深く息を吸い込む。
 まずは美奈を救う事はできたが、本番はここから……聡を救うには、如何に心を揺らし、隙間を作り、その隙間に何時、何をねじ込むか、よくよく考えて動く必要があるのだ。
「さて……」
 意を決するように吸い込んだ息を吐くと、陣内は美奈へと振り返った。

●本当の理解者
 背中を向けた陣内を追うように伸ばした聡の手を掻い潜ったマイヤは、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを聡の腹に炸裂させる。
 それから腹を蹴りつつ一度両翼を広げて打つと、聡から距離をとった。
「何を期待してたの?」
 そして腹を抑えて苦悶の表情を浮かべる聡に、マイヤは怒ったような口調で問いかける。
(「落ち着いて聞いてほしい……ご亭主の精神は酷く不安定な状態だ。あんなバケモノにしたまま終わらせたくない……説得を試みるがあんたに求める事がある……弱いままでも前に進もうとするご亭主は好きか? 味方でありたいか? その答えをはっきり決めてほしい」)
 マイヤの唐突な問いかけの真意が分からない聡が首を傾げている間に、地面へ座り込んだ美奈の肩へ海晴が手を置いてテレパスで問う。
 海晴の問いに美奈は一瞬体を震わせ……おずおずと頷いた。海晴が言う求める事が何であるかは不明だし、自分に何が出来るのかも分からないが、それでも夫を救いたいと言う意思はあるようだ。
「いくら自分が追い詰められたからと言って、妻に手を上げるような男はもうダメだ」
 海晴が美奈の肩から手を離すのと同時に、陣内が膝をついて座り込んだ美奈と視線を合わせ、マイヤと対峙していた聡にも聞こえるようにはっきりと言葉にする。
「一緒に死んでやる価値もないさ。さっさと見限って後は任せろ」
 聡の中で何があったのかは当人にしか分からないが、結局ビルシャナに願ったのは聡自身だ。そんな者の自爆に付き合う事はないさと陣内は穏やかに諭すような口調で美奈に語る。
「落ち着いたあたりで、俺と食事にでもどうかな」
 それから言葉も出ない様子の美奈へ手を伸ばしつつ、聡を横目で確認する……それは、このままだとお前の嫁を奪うぞと言う明らかな挑発。
「人の嫁に手を出すな!」
 陣内の予想通りに激昂した聡は、陣内に向けて理解不能な経文を唱えて破壊しようとするが、カトレアが陣内と聡の間に飛び込み破壊の力を肩代わりする。
「っ!」
 体を裂かれそうな痛みに一瞬眉を寄せたカトレアの横を駆け抜けて、エミリは蔓触手形態に変形させた攻性植物を聡に絡みつかせて締め上げ、
「聡さん、不安に思う事ないのよ」
 聡の目の前に移動すると、息を整えてからゆっくりと語り掛ける。
 陣内の言葉に反応したという事は、美奈への想いはまだ残っているという事だろう。それがたとえ歪なものであっても、想いがあるのならそこから突破口を開く事が出来るかもしれない。
「がんばらなきゃ、大切な人に見放されるかもしれないと思うと不安よね……忙しくて時期を逸すると、心を確かめるのが怖くって、言葉が、薄く感じたり……本当にそう思ってるか、不安になったり……素直に受けとめられないの、分かるわ」
 大切なものがあればこそ、失いたくなくて深く踏み込めない事もある。そして踏み込めないからこそ、真意にたどり着けない。そうなると後は、負の感情が負の感情を呼んで、それに囚われてしまう。
「そんな事思ってしまったら、自分が嫌になるわよね。でも、実はみんなそうよ。人の事、自分の事、迷いながら生きてる」
「どう思ってるかなんて言葉にしないと伝わらないよ。人の気持ちは誰にも見えないから」
 エミリに頷いて、マイヤが続ける。皆同じ、だからこそ人は言葉を使って誰かにその事を伝えるのだと、
「がんばれ、と言われて、それは心の潤いになったとは思うわ。その言葉は、いつもあなたの背中を押してくれたのじゃないの?」
 エミリとマイヤの言葉に押し黙る聡に、蛍火が話しかける。
「いつしか、貴方はその『がんばれ』という言葉さえ怖くなってしまった。それが本心からの言葉かどうかも疑ってしまった」
 始めは背中を押してくれた言葉も、捉え方によっては意味が変わってくる。それはエミリが言っていたように勇気が足りなかったり、マイヤが言っていたように言葉にしないからだったりするのだが、
「もっと、その言葉と真摯に向き合う必要があるわ」
 何を思って美奈がその言葉を使ったのか、真摯に向き合う必要があると、聡の瞳を真っ直ぐに見つめながら蛍火は言い放った。

 座り込んでしまっている美奈に溜息をつく。愛する妻の事、分からないはずもない。きっと彼女は色々考え、悩み、自分の事を想い……足踏みしてしまっているのだろう。
 始めは、本当に嬉しかった。愛する人のために……新しい家族となった人のために頑張れる事が。
 だから、頑張って、がんばって、ガンバッテ、頑張りぬいて……けれど、何時からだろう。妻からの言葉を重荷に感じるようになったのは……何時からだっただろう、妻からの励ましが喜びではなく、呪いに変わってしまったのは。

●あと一歩の勇気
「なぁ、あんた今味方は誰もいないと思ってるか? ……少し前まで、俺もそうだった。ある日知り合いの子と口喧嘩になってね、その子は励ますつもりで構ってきたけど、イラついて疲れてた俺は本音を溢したのさ」
 蛍火の言葉を苦しそうに聞いていた聡に、今度は海晴が話しかける。
「どうせ誰も俺の味方になってくれない、何の得にもなりゃしないからね。そしたら、その子に怒られた『損とか得とか関係ないですっ、私はあなたの味方でいたいです……私じゃ頼りないですか』……ってね 味方がいないんじゃない、意地張って駄々こねて周りを遠ざけてたとやっと理解した……」
 自分から人を遠ざけて居ては、何時まで経っても人に理解される訳がない。味方を作れる訳がない。けれど、それでも海晴には寄り添ってくれる人が居た。だから気付く事が出来た。
「魔性の甘言を聞く前に、奥さんの気持ちをしっかり聞きなよ」
 あんたも同じなら、美奈の言葉をしっかり聞けと海晴は言う。
「それは、もうやったさ!」
 だが、海晴の言葉を聞いた聡は声を荒げて氷の輪を投げつけてくる。あの時、思わず弱音を吐いた……軽蔑される覚悟もあった、だがその時の美奈がとった行動は……。
 氷の輪をケルベロスチェインで絡めとって弾いたウィルマが美奈の顔を掴んで聡へ見せつける。
「……ではこの人を苦し、めて、あなたは今す、すっきりして、不満がなく、なって、た、楽しい? 本当、に?」
 楽しいのか? と問いかけるウィルマに乱暴につかまれた美奈は苦しそうな表情を見せ、その姿に聡はたじろいだ。
「今、こんな、にも、あなたを心配しているこの、人が、がんばっていなかった、と? 自分だけががんばっていた、と? 本当、に?」
 たじろいだ聡を追うようにウィルマは美奈を掴んだまま身を乗り出し。頑張っていたのは本当に自分だけだったのかと問いただす。
「……ああ、買い物に行ってたのか」
 床に転がっていた袋の中身を覗いて材料を1つ1つ確認しながら ハンバーグ、かな? と小さく呟いた陣内は、その袋を手に美奈とウィルマの傍へ歩み寄る。それからウィルマの肩を叩くと、ウィルマは慌てて美奈から手を離した。
「疲れて帰ってきたときに好物を用意して待っていてくれる人がいると、『家に帰ってきてよかった』と、きっと心から思うだろう」
 居心地のいい綺麗な部屋、洗いたての寝間着、干した布団。大事な人のために『帰る場所』を毎日整えてくれる人、愛する人との暮らしは、何にも代えがたい。
 そんな風に家を守る……それは十分に頑張っていたと言えるのではないだろうか。
「外で頑張って帰ってきたら、家ではホッとしたいもん」
 陣内に頷きつつマイヤは、ね? と同意を求めて自分の相棒を見ると、ラーシュは大人っていうのは大変なんだと言うような顔でマイヤを見つめていた。
 頑張っていなかったと言えば嘘になるだろう。何よりその事は聡自身が一番に感じているはずだ。
「美奈、貴女は本当に聡の事を想って、励ましてくれていたのでしょう」
 心の揺らいだ聡の様子をみたカトレアは、ウィルマから解放されて咳き込む美奈の背中をさすりながら語り掛ける。
「聡はあのようなお姿になっていますけど、まだ言葉は通じますわ。どうか、聡に、貴女の本心を届けてあげて下さいませ」
「聡さんを元の姿に戻してあげられるには、貴女の協力が必要なの」
 それから蛍火と共に、美奈の手を取って立ち上がらせてやる。
「聡も、自暴自棄にならずに、ちゃんと真正面から美奈の言葉を受けてあげて下さいませ」
 聡の心をとり戻すには美奈の言葉が必要だと、カトレアたちは考えたのだが……。

 夫は強い人だから、自分の励ましなんて要らないと思っていた。
 それでも自分の言葉で、笑顔になってくれた事を思い出して……それが嬉しくて、少しでも力になりたくて、色々な言葉をかけた。そう、自分の言葉で夫を笑顔にできるのだと知ったから。
 ――けれど、それは只の自己満足ではなかっただろうか?
「聡さん……私は……私は、どうしたら……」
 踏み込めなかったのは美奈の方だ。相手を想い、傷つける事を恐れるあまり、近くで寄り添う事も出来ず、何を伝えて良いのかも分からず、その場に座り込んでしまった。

●すれ違いの果てに
 再び座り込んでしまった美奈へエミリが手を伸ばすも、言葉が出てこない。
 相手の事を本気で考えて、分かってあげたつもりになって、寄り添って、気遣って、それが愛するって事なんだ。
 だから良いんだ、もっと我儘で、相手を信じて自分を押し付けて……良いんだ、時に相手を傷つけても。それは本質ではないのだから。例え傷つけても寄り添う事が出来る、それが愛し合っているという事なのだから。
 あと少し、あとほんの少しだけ美奈の背中を押してやれれば……二人の未来を変える事が出来るはずだが……。
「……そうやって君は、何もしないんだな」
 聡も美奈も、もう少し上手に生きる術もあったのだろう。だが、全てはもう遅い。結局、聡と美奈は、共に悩み、共に手を汚し、共に喜ぶ……そんな同じ場所に立てなかった。それが結論。
 すぐ目の前にまで見えた背中が、遠のいて行く……静まっていた聡の瞳の狂気の色が再び取り戻されていく。
「何かのための事、だったはずなのに、それが何か、を簡単に見失う。人間、って本当に……」
 その様子を見たウィルマは人間ってめんどうくさいと小さく笑う。人の心は弱い上に、個人個人で物差しが違う、だからこそほんの少しの事で喜び……そして、ほんの少しのすれ違いで絶望して狂う。
 完全に正気を失い、狂ったように鐘を鳴らすビルシャナに顔をしかめつつ何か方法は……とカトレアは考えるが、
「卓越した技術の一撃を、その身に受けてみなさいませ!」
 打つ手は既にない。ならばせめて、狂った心で愛した人を手にかける前に救うのみだ。
 カトレアが紅薔薇の扇子を手に舞う様にビルシャナの前で回ると……あっけないほど簡単にビルシャナは倒れた。

 光となって消えていくビルシャナを呆けたように見送る美奈へ、海晴が何か言葉を掛けようとするが……蛍火がその肩に手を置いて首を横に振る。
 今はどんな言葉も届きはしないだろう……だが、これから先、ほんの少しでも自分たちの言葉が支えになってくれれば良い。
 その指針となるように陣内は言葉を選んだつもりだ。それに、
「道は自分で選べるよ」
 誰へともなく呟いたマイヤの言葉の通り、道は自分で選べるのだから。
 せめて……良い道を選んで欲しいと願いながら、一行はその場を後にした。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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