決戦傀儡使い・空蝉~怨怨と哭き狂え

作者:朱乃天

 秋が深まりつつあるこの時期は、日暮れの時間も早くなり、夕焼け色に染まった空は瞬く間に深藍色の夜に塗り替えられていく。
 移ろい廻る季節の中で、その日もいつもと変わらない、人々の営みが繰り返されていた。
 とある地方の田舎町にある一軒家。人家も疎らにしかない自然豊かなこの場所で、聞こえてくるのは幸せそうな明るい笑い声。
「ねえ、今日もお星さまがすっごくきれいだね♪」
「うん、あんなにキラキラ光ってて、空がとっても明るいの♪」
 家の庭先では二人の少女が、夜空に広がる満天の星に目を輝かせながら喜び燥ぐ。
「ははは、二人とも本当に星が好きだねえ。今夜は雲もないから、本当によく見える」
 娘達を微笑ましく見守っていた父親も、二人に釣られるように夜空を見上げ、鏤められた数多の星に思いを馳せる。
「あなた達、もうすぐ晩御飯ができるわよ。早く来ないとなくなっちゃうからね」
 夕食の準備を終えた母親が、庭に顔を覗かせ、苦笑しながら冗談交じりに呼び掛ける。
 そろそろ中に戻ろうかと促す父親に、二人の娘はもうちょっとだけお願いと、声を揃えて暫く星を見続けた。
 瞳に映る宝石箱のような星空に、二人は憧れ抱いて眺めていたが――幸福に満ちた景色は何の前触れもなく一変してしまう。
 雲一つない夜空を塗り替えるのは、目も眩むような鮮やかな赤。鉄の錆びたような臭いと悲鳴が充満し、直後に世界は深淵の闇の中へと沈み込む。
 庭先には無残に転がる一つの死体。その傍らで、不気味な黒装束の男が歪な笑みを浮かべて佇んでいる。
「パ、パパ……パパァーッ! ……そんな……やだよおおおおお!!」
 愛しい娘達の目の前で、惨たらしく変わり果てた姿で横たわるのは、父親だった肉塊だ。
『絶望に呑み込まれる刹那の、恐怖に慄く顔を見るのは――実に愉快、愉快』
 黒装束の男は怯える少女二人を嘲り笑い、小さな命を刈り取ろうと刻薄なる暗殺者の手を伸ばす。しかしその時母親が、咄嗟に飛び出てきて二人を庇おうとする。
 せめて娘達だけでも――我が身を犠牲にして子を助けようとする、母親としての強い想いも報われることはなく。
「な、何事じゃ、いった……ぐわあああっっ!?」
 更には悲鳴を聞きつけ家から出てきた祖父母達までもが、男の凶刃に掛かって絶命してしまう。

 ――繰り返される惨劇は、今宵も一つの家族を朱に染めて。
 屍肉の群れが漂う血の海の中、愉悦に浸る傀儡使いは新たな禁忌の生命を造り出す。

 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は急いでケルベロス達を招集し、予知した事件を彼等に伝える。
 これまで幾度となく暗躍し、多くの家族の命を奪ってきた螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉の、その足取りが遂に掴めたというらしいのだ。
「とうとうこの日が来たようですね。今まで殺された家族の無念を晴らす為にも、この手で必ず斃してみせますわ……空蝉!」
 空蝉発見の報せを聞いて、千手・明子(火焔の天稟・e02471)は昂ぶる気持ちを抑え切れずに気炎を上げる。今回こうして予知できたのも、明子の調査のおかげだと。シュリは改めてお礼の言葉を述べながら、事件の詳細について説明をする。
 空蝉は今までと同様に仲の良い家族を惨殺し、それらの死体を用いて屍隷兵を造り出そうとしていたようだ。
「今回襲われるのは、地方の田舎町に住む家族だよ。今までは凶行を止められなかったけど……今度は事前に特定できたから、襲撃を阻止して討つことも可能になったんだ」
 つまりは家族が殺されるより前に現場に到着し、空蝉の行動にも介入できるようになったというわけだ。
 しかしここで注意点が一つある。もし空蝉の襲撃より先に家族を避難させてしまったら、空蝉は現場から消え去ってしまい、折角の討伐の機会を逃してしまうことになる。
 従って、適度な場所に身を潜めて待ち伏せし、空蝉が姿を現すタイミングを見計らい、襲撃と同時に突入して敵の注意を引き付ける、というのが今回の作戦におけるポイントだ。
 計画を阻まれた空蝉は、代わりにケルベロスを殺して屍隷兵にしようと襲い掛かってくる。家族の方は自主的に避難してくれるので、そちらは声掛け等で対応する程度で十分だ。
 そしてもしこの戦いで空蝉を討ち取ったなら、彼が引き起こしていた残酷な事件が起きることは二度とない。
 戦闘になると空蝉は、戦場中に糸を張り巡らせて相手を捕縛しようとしてきたり、少女の姿をした傀儡を操って、死角を突いた攻撃を仕掛けてくるようだ。また、分身術で相手を惑わし隙を狙い、高威力の一撃を繰り出してくる。
 これだけの事件を起こしてきた元凶だけあって、空蝉は並のデウスエクスより高い戦闘力を持つ。そのことを念頭に置いて、万全を期して戦いに臨んだ方が良いだろう。
 罪無き多くの命を蹂躙し、禁忌の生命を生み出してきた残忍なる傀儡使い。他人の命を弄び、尊厳を踏み躙るような外道には、然るべき処断を下すべきである。
「一連の事件には色々思うところがあるだろうけど……だからこそ、キミ達の手で全てに決着を付けてほしいんだ」
 喪われた命はもう還らない。それでもこの狂った残酷劇に終止符を打つことが、犠牲者達への餞になるだろう。
 シュリはケルベロス達の背中を見送りながら、静かに眸を閉じて武運を祈った。


参加者
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)
津雲・しらべ(薊と踊る・e35874)

■リプレイ

●虐殺の宴
 これまで多くの家族を殺め、禁忌の生命を造り上げてきた残虐非道な傀儡使い。
 ケルベロス達はその足取りを遂に掴んで、いよいよ決戦の日を迎えることになる。
 予知が捉えた出現場所は、人家も疎らな小さな田舎町。血生臭い事件とは無縁であった長閑なこの場所が、惨劇の舞台に選ばれてしまうという悲運。
 だがそのような悲劇の結末を食い止めるべく、ケルベロス達は一軒家の周囲にある雑木林に身を隠して待ち伏せをする。
「犠牲になられた方々の為にも……空蝉さんの凶行を……絶対に終わらせなきゃ……!」
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は家族に気付かれないよう隠密気流を纏いつつ、襲撃に備えて警戒の目を光らせる。
 家の庭へと視線を移したアリスの目には、父親が二人の娘と仲睦まじく過ごす様子が見て取れる。
 空を彩る星は夜を明るく照らし出し、闇に紛れて蠢く異形の影を浮かび上がらせる。
 明らかに異質な気配を醸し出す、黒子のような衣装を纏った男の姿。今までどれ程多くの者達が、この卑劣な外道――空蝉を探し続けたことだろう。
 漸く見つけた標的を、ここで逃すわけにはいかないと。ケルベロス達は慎重に様子を伺いながら、突撃のタイミングを図る。
 そして父親に男の魔の手が差し迫ろうとする瞬間――ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)が巨大な槌を筒状へと変化させ、魔力を充填しながら照準を絞る。
「……これ以上の罪なき人々の犠牲は、絶対に止めます」
 ベルカントの思いを込めて放った魔力の奔流は、水姫が唄うが如く風切り音を響かせながら、黒衣の男を狙い撃つ。
 急な不意打ちに、空蝉は驚きつつも咄嗟に反応して飛び退り、父親は間一髪のところで難を逃れて事なきを得る。そしてこの一撃が、戦いというカーニバルの幕開けを告げる号砲となる。
 空蝉を家族から引き離した隙を見計らい、物陰に潜んでいたケルベロス達が一斉に飛び掛かって包囲網を敷く。
「さあ……この場は私達に任せて、皆様は家の中に避難して下さい」
 一体何が起きたのか、訳も分からず動揺する家族に、レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)が言葉を掛けて避難を促す。
 この混沌とした状況下でも、冷静に対応するレーヴに安心したのか。父親は黙って頷きながら娘達の手を取って、急いで家の中へと駆け込んだ。
「よう、伊達男! 驚愕に慄いてるか? 生憎だケド、絶望顔はもう見納めだ!」
 父親達を追い掛けようとする空蝉を阻止すべく、ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)が黄昏色の三枚翼を大きく広げて行く手を遮る。
 空蝉の注意を引き付けようと挑発するミズーリに、黒衣の男は不敵な笑みを漏らしながら殺意を宿した目を向ける。
「クックックッ……血の臭いでも嗅ぎ付けたのか、今宵の番犬共は随分『鼻』が利く。だがこれはある意味好都合。貴様等の『死体』なら――より上質な屍隷兵が出来そうだ」
 その直後、空蝉の手から糸がするすると伸びて結界のように張り巡らされ、ケルベロス達の四肢に絡まり自由を奪う。
「くっ、姑息な真似を……! そうやって、幸せな家庭を沢山壊して……だけどもう、誰一人として殺させない!」
 千手・明子(火焔の天稟・e02471)が糸を振り解こうと藻掻けば藻掻く程、余計に手足を締め付ける。それでも攻撃を試みようと太刀を振り抜くも、刃は相手に届くことなく虚しく空を切り。卑しく耳障りな嗤い声だけが、明子の心に忌々しく刻まれる。
「そう何でも思い通りになると思ったら間違いよ。さ、私の可愛い娘達。手伝って頂戴」
 振る舞う仕草はどこか妖艶で、背徳的な色香漂うスズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)が、禿姿の絡繰人形型ドローンを掌に乗せて空へと飛ばす。
 ドローンはスズネの意思に従うように飛び交いながら、戦場に展開された結界に対抗すべく防護壁を張り、空蝉の次の手番に備えるのであった。
「今までたくさんの人々を苦しめてきた、その悪行もここまでです」
 後方からは、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)がバスターライフルを構えて援護射撃する。
 空蝉から目を逸らすことなく重力を込め、狙い澄まして撃ち込まれた紺の一撃は、的確に敵の動きを捉えて足元を射る。
「……やっと見つけた。誰も、もう誰も、傷つけさせない」
 空蝉の前に立つ、三つ編みの銀髪に薊の花を挿した一人の少女。
 津雲・しらべ(薊と踊る・e35874)はずっと追い続けてきた宿敵との邂逅に、怒りを微塵も隠さず露わに出して。憎悪の炎を灯した双眸で、射殺すように激しく睨む。
 縛霊手を装着した右腕の、手首に結ばれた赤い紐。銀の蜻蛉飾りが幽かに揺れて、翳した手から気弾がうねりを上げて放たれる。
「全部、全部、終わらせる。皆を日常へ、被害者達に平穏を――」
 人の心を知らなかった『人形』に、人としての生を吹き込んでくれた大切な人。しらべの心に残る過去の優しい思い出は、悲哀に満ちた赤い世界に塗り替えられてしまう。
 その元凶が、今正に彼女の目の前にいる。あの日誓った復讐劇に、決着を付ける為――。
 手首の結び紐に秘めた決意、それは他の誰よりも強く、強過ぎるが余り、危うい脆さを孕ませていた。

●哭けや狂えや
 果たして幾人もの罪無き人々が、この男の手に掛かって無残に殺害されただろう。命を救う医師であるベルカントにとって、命を玩具のように弄ぶ下郎には、憤りしか感じない。
「貴方だけは……絶対に逃しません。私達がここで仕留めさせて頂きます」
 胸に燻る激情が、嵌めた指輪に注ぎ込まれて、眩く光り輝く剣となり。ベルカントは人々の無念を晴らすべく、命の光を灯す刃を振り下ろす。
「空蝉さん、もう……ひどいことはさせません!」
 小柄で可憐な容姿のアリスだが、内に秘めたる闘志は誰にも負けていない。リボンや羽で装飾されたブーツで跳ねるように蹴り込むと、虹色の星のオーラが空蝉目掛けて弾け飛ぶ。
「漸く、相見えること叶いましたね……。念願の醜敵、存分に打ちのめしましょう……ね、プラレチ」
 従者のウイングキャットと目を合わせ、レーヴが身構えながら黒衣の男と対峙する。
 敵が発する殺気に呑まれぬよう、闘志を滾らせ脚に降魔の力を纏わせて。プラレチが先に仕掛けて尻尾のリングを飛ばし、レーヴが後に続いて刃のように鋭い蹴りを繰り出すと。衣服と共に肌を掠めて、裂いた皮膚から薄ら赤く血が滲む。
「この悪夢のような悲劇を終わらせる為……どうか、私に力を与えて下さい」
 亢竜の水晶から作られた首飾り。少し無骨な形をしたその石を、紺は祈りを込めるように握り締め、心を集中させてガトリングガンのトリガーを引く。
 鋼の獣が吼え猛り、嵐のような連続射撃が空蝉を襲う。炎の魔力を宿した弾が爆ぜ、派手な爆発音を轟かせ、紅蓮の炎が立ち上る。
 ところが炎に包まれた筈のその影は、微動だにせず不気味に佇んだまま、紺を蔑むように口角を吊り上げながら嘲笑う。
 空蝉の揶揄うような態度に、紺の怒りが込み上げる。その僅かに生じた心の隙を狙われてしまい、空蝉の手から離れた絡繰人形が、死角を突いて迫り来る。
 だがそこに、一つの影が割り込むように躍り出る。ミズーリが間に入って盾となり、螺旋を纏った少女の傀儡の攻撃を、闘気で相殺するかのように耐え凌ぐ。
「自分で戦わず、屍を築くのみのヤツにあたし達は負けないぞ! それにアンタみたいなセンスなし、勝てる道理もないからな!」
 傷を負っても強気な姿勢は崩さない。ミズーリの自信に溢れた言葉は、仲間の力を信じるからこそ。そうした思いをギターに託して掻き鳴らし、鼓動が昂るような勇壮なる曲調が、仲間の闘争心を奮わせる。
「治療の方は私に任せて。すぐに癒してあげるわよ」
 スズネが螺旋の力で大気を歪め、自らの姿を模した幻を作り出す。幻影はミズーリを守護するように重なり合い、同時に彼女に癒しの力を施した。

 ――命を奪った相手の亡骸を、屍隷兵として使役する。
 明子があの日聞いた泣き声は、今も耳に残って離れない。心を引き裂くような悲鳴を思い返す度、自身の心が圧し潰されそうになる。
 しかし哀しみに囚われてはいけないと、太刀を持つ手に力を込めて。呼吸を整えながら気を鎮め、怒りの炎を刃に焚べて。燃え盛る煉獄の剣を振るい、忌むべき外道を斬り付ける。
「あの日の悲鳴よりも悲痛な悲鳴を、必ず喉から絞り出させてやるわ……空蝉!!」
 怒りを吐き出すように明子が咆える。震えが止まったその手には、確かな手応えと感触がある。
 空蝉の肩に刻み込まれた斬撃痕。流れ滴る赤い血を、空蝉は指で拭って舌で舐め、禍々しい笑みを浮かべて明子を凝視する。
 寒気を覚えるような傀儡使いの邪悪な顔付きに、明子は嫌な予感がしながら防御の構えを取ろうとするが。敵の動きの方が一瞬早く、幻術によって分身した空蝉が、明子を取り囲んで手に掛けようと――。
「……もう、誰も奪わせない」
 仲間が傀儡使いの凶手に倒される、それだけは絶対させないと。しらべが明子を突き飛ばすようにして入れ替わり、四方から迫る不可避の集中攻撃を、一身に浴びて直撃を受けてしまう。
 最期の犠牲は、私だけで――“私達”だけで、いい――。
 暗殺者の凶刃は心窩を貫き、結った三つ編みが、切られてはらりと地面に散り落ちる。
 痛みをなくしても、限界を超えた身体は糸が切れるように力尽き。嗚呼、結局『人形』なんだと諦観し、意識が遠退き霞む視界の中で、褪せる瞳に映ったものは――手首に結んだ赤い紐飾り。
 必ず戻って返すと約束をした。だから“私達”は倒れない。死んでなんていられない。
「私達……いいえ、“うちら”と地獄へ堕ちましょ? 手すがら案内しますえ、空蝉様」
 追憶の果てに産まれたもう一つの自分。傷付き倒れた筈のしらべの身体が息を吹き返して起き上がり、虚ろな器に再び戦う意志が舞い戻る。全ては空蝉を殺す為だけに――。
「フン……死に損ないの駄犬のくせに。なら望み通りに堕ちるが良い、但し貴様一人でな」
 先程までと異なる気配を感じたか、空蝉の表情から徐々に余裕が消え失せていく。

 ――あの日から止まったままの運命の歯車が、少しずつ音を立ててまた動き出す。

●待ち望んだ復讐の果て
 他のデウスエクスより高い戦闘力を誇る空蝉ではあるものの、本来は暗殺術を得意とするが故、正面からの力勝負は彼には些か分が悪かった。
 それでも地力の違いでケルベロス達は苦戦を強いられてはいたが、強い絆で結ばれた連携力により、敵の脅威を耐え抜きながら機が訪れるのを窺っていた。
「月の魔力をお借り致しましょう。傷を負った戦士に、慈愛の心と――月光の癒しを」
 レーヴが懐から出した銀のカードを、空に翳すと光を浴びて淡く輝いて。月の力を宿したカードを、レーヴがしらべに向かって投擲すると、慈愛の光が彼女の傷を優しく癒す。
「そうやって貴方はずっと、人々のささやかな未来を壊して……。貴方に『未来』などありません……!」
 アリスの髪に咲くアリステアの花。舞った花弁は空色の焔となって翼に纏い、羽搏く翼は焔の風を巻き起こす。欠落した記憶を地獄化させた【アリスの青】は、空蝉の刹那の記憶を灼いて、時の流れにおける予定事象を滞らせる。
「舞え、その命尽きるまで――」
 ベルカントのオーラが白い薔薇となって華麗に舞う。優雅に振る舞いながらベルカントが歌を奏でると、失くした筈の歌声が、炎となって薔薇の花弁に緋が灯る。
 緋色の薔薇は突然嵐のように吹き荒れて、刃のように敵を斬り裂き、血の色に染め上げながら散っていく。
「その唇を開けて? ……そう、いい子ね」
 スズネが掌の上に添えた菓子。それはスズネの故郷の味であり、一族の祈祷と女神の加護が授かる至高の銘菓でもあった。
 甘く蕩けるような香が鼻を擽り、血肉を清め、不思議な気力が身体の底から湧き上がる。
「さて、もうひと踏ん張りね。私が支えているから大丈夫、相手もかなり疲弊してるわよ」
 回復役として、また戦線を支える司令塔として。状況を常に見極めながらスズネが仲間に指示を伝えると、ケルベロス達は更に気勢を上げて攻め立てる。

「後は夜色騎士にお任せ! クライマックスは笑顔で迎える! それがお約束なのさっ!」
 番犬達の息もつかせぬ猛攻に、空蝉の顔が次第に険しくなっていく。このまま一気に畳み掛けようと、ミズーリが軽快にギターを爪弾きながら、テンポの速い音色を鳴り響かせる。
 幾度の困難にも果敢に立ち向かう、熱いハートを込めた激しいビートの凱旋曲に、空蝉は気圧され気味に身体を震わせ、怖れを抱いて焦りの色を滲ませる。
「――戦い争う者の宿命です。どこへ行こうと、決してあなたを逃しません」
 紺の周囲に渦巻く、赤黒く澱んだ瘴気のような霧。その正体は、空蝉が殺めた命の怨嗟が、幻覚となって顕れた存在だ。
 負の因果は廻り廻って最後は己に降りかかり、幻覚を必死になって振り払おうとする空蝉を、翻弄しながら心を貪るように締め上げる。
「何だか随分辛そうね。そろそろ年貢の納め時かしら」
 一度堰が崩れてしまえば、押し寄せる激流を防ぎ止める術はなく。
 明子の全身から漲る殺気が、陽炎めいて揺らめいて。不利を悟った空蝉が逃げ出さないよう間合いを保ち、太刀を腰に携え、眼光鋭く睨め付ける。
「千手の剣を、篤と見るがいい……!」
 洗練された明子の剣の極意。千変万化の研ぎ澄まされた太刀筋が、敵を縦横無尽に斬り刻み、怨敵たる傀儡使いを地にひれ伏させ、深手を負わせて追い詰める。
「グハァッ……!? こ、こんなところで、くたばるわけには……!」
 地面を這い蹲って醜態を晒す空蝉を、しらべが冷ややかに見下しながら、罵るように吐き捨てる。
「私達は、ここ。どこ見てる。早く殺してみせて、よ」
 命乞いをしたって赦さない。憐れに思って楽に殺す心算だってない。苦しみ悶え、惨たらしく死んでいくのが似合いだと。
「私は至り損なった者……深淵の底……深く、昏き瞳を抱いた……亡霊達よ……」
 小声で呟くように詠唱し、影の中から生み出されたものは、記憶の狭間を彷徨う亡霊の群れ。それは空蝉が抱える傀儡の姿そのモノだ。
「かの者を、我らが煉獄へと――誘え」
 しらべの容を模した傀儡の群れが、空蝉を常世へ引き摺り込もうと縋り付き。死に怯え、逃れぬ恐怖に顔を引き攣らせる空蝉は、今まで殺した人間達の報いを受けているようで。
 やがていつしか背後には、一人の少女が立っていた。
 在りし日の亡霊が、過去の悪夢を断ち斬る為に――振り翳した刃の一閃は、鮮やかな朱色の花を咲き散らし。耳を劈く断末魔がけたたましく響く。

 そして最期に音を立てて転がり落ちたのは――空蝉の狂気に笑んだ『首』だった。

作者:朱乃天 重傷:津雲・しらべ(山梔子・e35874) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 25/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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