二度とない瞬間を

作者:白鳥美鳥

●二度とない瞬間を
「……よし、これで良いかな? 自信作はこれで十分」
 香苗は引き延ばした写真を額に入れたものを並べる。数は10点。その中でも特別大きいものがある。それは夕空の写真だ。何とも言えない色々な色が混ざった……幻想的で美しい一瞬を切り取ったもの。
「初めての個展。小さい規模だけど、ずっとやりたかった。……そして、目玉はこれ」
 香苗は、改めて夕空の写真をうっとりと眺める。
「こんなの狙って撮れるものじゃないもの。本当に素敵な色……。本物はもっと綺麗だったけどね。それでも、この一瞬を切り取れたのは……幸せだわ」
 そんな香苗の前に、第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテが現れ、その素晴らしい一瞬を切り取った写真を、ズタズタに引き裂いてしまった。
「な……!? 何て事をするの!? こんな瞬間を写真に収める事はとても難しいのよ!? 酷い……酷すぎるわ……!」
 怒りと悲しみに支配される香苗に、二人の魔女は彼女の心臓に向かって同時に鍵を突き立てた。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 崩れ落ちる香苗。そして彼女の傍から一眼レフのカメラと夕焼けに染まった雲が現れたのだった。

●ヘリオライダーより
「みんな、写真って好き? 今頃は手軽に撮れるよね? でも、貴重な一瞬を撮るのは本当に難しいんだ」
 そう言うと、デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は、事件のあらましを説明し始めた。
「また、パッチワークの魔女が動き出してね……立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)の予知した事件が起こってしまったんだ。このドリームイーターは『壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解出来なければ『怒り』でもって殺害するらしい。この2体のドリームイーターが事件を起こす前に倒して欲しいんだ」
 デュアルは状況の説明を始める。
「場所は個展等が開けるギャラリーだ。いくつもの大きさの部屋がある場所で、建物にいる人達を避難させた方が良いと思う。ドリームイーターが現れる場所は、彼女が個展を開こうと思っていた小さ目な展示場。そこには、彼女もいるし、彼女の他の作品もある。場所も狭いし、必要とあらば広い場所に上手く誘導できると良いかもしれないね。上手くいかない場合は、出来れば彼女と彼女の他の作品も出来るだけ守って欲しい所だけど、それは出来る範囲になるかな? 前衛にいるのは夕やけ雲のドリームイーター。後衛には一眼レフカメラのドリームイーターがいて、互いに連携しながら攻撃してくるよ。それから、このドリームイーター達は、悲しみを語る事と、怒りを表す事しか出来ない。会話は成立しないんだ。残念だけど、倒すしかない。頑張って欲しい」
 最後にデュアルはケルベロス達に伝える。
「貴重な一瞬って、この世の中には一杯あるよね? それを写真に収めるなんて、本当に難しい事なんだ。だから、彼女は本当に辛い精神状態にある。だから……みんなもドリームイーターを倒すだけじゃなくて、彼女を励まして貰えると嬉しいな。……それも、かけがえのない一瞬だからね」


参加者
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
ブラック・パール(豪腕一刀・e20680)
アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)
カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)
貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)

■リプレイ

●二度とない瞬間を
 場所は個展等を開催できるギャラリー。被害者の香苗さんと、ドリームイーター達は、彼女が開催するギャラリーにいる。
 草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)とブラック・パール(豪腕一刀・e20680)とアルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)は、まずは職員達に事情を説明し、一般人の避難誘導も手伝う。
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)とカテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)は、更に館内放送の手伝いもお願いして、避難誘導をしていった。
 倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)と、立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)と貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)、そしてアルトのウイングキャットであるアイゼンが、展示室の中に入っていく。
 そこには巨大化した一眼レフのドリームイーターがさめざめと泣いていて、隣りに立つ夕やけを思わせる雲のドリームイーターが、明らかに怒った色をしていた。
「私の写真が壊されてしまったの……。本当に綺麗な夕焼けの写真……それがズタズタに引き裂かれてしまうなんて……酷い、酷すぎるわ……」
 一眼レフの姿をしているが、その言葉も姿も、本当に悲しいと感じるに十分な雰囲気をかもしだしていた。対する夕やけ雲のドリームイーターの夕焼け色は真紅に染まり、その怒りがどれ程のものだか分かる。
 しかし、この個展会場で戦うのは手狭。それに、他の展示品の写真も有る。どうにかして、このドリームイーターを引きつけて、もう少し広い場所に移動したい。話し合いも出来ないドリームイーターなので戦う事で引きつけるしかないだろう。
 まずは、柚子が虹を纏う急降下の蹴りを夕やけ雲のドリームイーターに叩き込む。更に念を押す様に、彩月も同様の蹴りを放った。
「貴方たちの怒りと悲しみを、私は否定するっ……!」
 一方、朔羅は言葉によって、挑発をする。
「……おのれ、いきなり攻撃してくるとはどういう了見だ! 我らの悲しみと怒りを理解出来ぬ者達には消えて貰う!」
 攻撃と挑発の言葉に、夕やけ雲のドリームイーターは、広い場所に走って行く三人を追いかけていく。それに合わせて、一眼レフのドリームイーターも追いかけてきた。
「さあさあ、私達はこちらですよ」
 追ってくるのを確認しつつ、柚子はドリームイーター達に声をかける。広い場所に出てきた所で、避難誘導していたケルベロス達もキープアウトテープを貼りながら合流した。
 とりあえず、個展で展示されている写真と香苗に被害の届かない場所に来れたのは、彼女の自身と彼女の写真を守る意味でも、成功だと言えるだろう。
 今にも襲い掛かってきそうなドリームイーター達に、ケルベロス達は構えた。

●夕やけ雲と一眼レフ型ドリームイーター
「許せない、許せない! 私達まで壊すのか!」
「壊さないで……。もう、私はこれ以上悲しい思いをしたくは無いの」
 夕やけ雲のドリームイーターは、周囲を朱色の世界に変える。その色は夕やけ独特のもので、とても美しく、カメラマンを目指している彩月の心を惹きこんでいく。それに連動する様に、一眼レフのドリームイーターは眩い光で、挑発してきた朔羅に向かい、視界を奪った。
「カイロ、一緒に頑張りましょう」
 柚子は、ウイングキャットのカイロにそう声をかけると、朔羅に向かって桃色の霧によって体の自由を取り戻す。カイロはあぽろ達に清らかなる風を送り、護りを固めていった。
 あぽろとブラックは夕やけ雲のドリームイーターの急所を狙って強く斬りつける。
「皆大好きにくきゅうぷにぷに、癒しの時間がやってきたぞー!」
 リーズレットは肉球グローブをつけると、彩月に肉球でぷにぷにと癒していく。そのお陰で、彩月は意識を取り戻す事が出来た。
「ありがとう、リーズレットさん」
 彩月はリーズレットにお礼を言うと、ブラック達へと、ステレオカメラを搭載したドローンを展開し、攻撃の助けとする。
(「ネットやパソコンとかのデータ現像は楽ちんだけど、フィルムからの現像って中々難しいって聞くし。しかもカラー現像だぜ?」)
 今回の写真がいかに難しいかを知っているアルト。香苗の悲しみは分かるつもりだ。だからこそ、このドリームイーター達を倒さなければならない。
「アイゼン、お前も頑張るんだぜ?」
 アイゼンに声をかけると、アルトは夕やけ雲のドリームイーターに向かって炎のオーラを纏ったドリル攻撃を行う。一方のアイゼンはカテリーナ達に清らかなる加護の力を送った。
 一眼レフの攻撃をそのままにする事に不安があるカテリーナは、忍法虚仮威しの術を使い足止めを図るが、その攻撃は夕やけ雲のドリームイーターに防がれてしまう。他方、朔羅は御業を放って、その夕やけ雲のドリームイーターを縛り上げた。
「酷い、酷い……。みんなして壊そうとする。私の大切な物を、みんなみんな……」
「絶対に許さない、許さない!!」
 夕やけ雲はその姿を鋭く変形させると、あぽろに向かって突撃していく。一眼レフの方もブラックに向けてフィルムを放った。
「あぽろさん、回復します」
「ありがとな。よし、お返しだぜ!」
 柚子は桃色の霧を使ってあぽろの傷を癒し、あぽろはお礼を伝えると夕やけ雲のドリームイーターに向かって御業を放ち縛り上げた。間髪をおかずに、ブラックの雷の霊気を乗せた鋭い突きを放つ。カイロは柚子達に清らかなる風を送っていって護りを固めていった。
「ブラックちゃんを回復するのだ!」
「ふぇ!?」
 リーズレットは友人であるブラックに肉球グローブでぷにぷにして回復をするのだが、それに驚いて、ブラックは思わず変な声が出てしまった。
「え? え?」
「い、いえ、なんでもないわ。回復してくれてありがとう」
 回復担当という事だけでは無く、ブラックに肉球による回復をしたいと思っていたリーズレットは、彼女の反応に驚く。それを見て、ブラックは慌ててそうお礼を伝えながら答えた。
「頑張って下さいね」
 彩月は、カラフルな爆発を起こして、あぽろ達の力の底上げをしていく。続き、カイトが赤い光を輝かせながら、夕やけ雲のドリームイーターに向かって重たい蹴りを叩き込んだ。
「今度は当ててみせるでござる!」
 カテリーナの放つ手裏剣は螺旋を描きながら一眼レフのドリームイーターに叩き込む。
「夕やけはもっと美しいもの。紛い物は消えてしまいなさい」
 朔羅は夕やけ雲のドリームイーターに向かって飛びかかると、魂を喰らう一撃を放った。
「許せない、許せない、許せない! これ以上、壊されてたまるか!」
「悲しい……これ以上、これ以上……壊さないで……」
 怒りで真っ赤な色に変わる夕やけ雲のドリームイーター。一眼レフのドリームイーターはさめざめと泣いている。どちらのドリームイーターも、全力で来る気満々になっていた。回復に等回らず、全ての力を以って戦う、と。
 夕やけ雲のドリームイーターの赤さは燃える様だった。それは恐ろしい程強いもので……このドリームイーターの秘密を暴こうとしていたカテリーナは、逆にそれに魅入られてしまう。
 続けて一眼レフのドリームイーターは、強力な光を放つ。それにより、再び朔羅の視界を奪っていった。
 柚子は不思議な魔法で踊り始める。それにより、カテリーナと朔羅に花弁が舞い散り癒し、カイロも清らかなる風を送と護りを更に固めた。
 その頃、あぽろは間髪入れず、夕やけ雲のドリームイーターの急所を狙って刃を突き立てる。
「避けて御覧なさい?」
 ブラックは強く地面を踏み込む。そして、全力の一撃を夕やけ雲のドリームイーターを振り下ろした。その強力な一撃を喰らって、夕やけ雲のドリームイーターは美しくオレンジの光となって消えていく。残るは一眼レフのドリームイーターだ。
「あああああ! 消えてしまった、消えてしまった! 壊されてしまった……!」
 一眼レフのドリームイーターは悲痛な声で泣き叫ぶ。そして、自らが倒れないように、自らを癒していった。
 悲痛な声は痛いけれど、それだからこそ倒さなくてはいけないのだ。
 まず、リーズレットは、美しいオーロラの力で、アルト、カテリーナ、朔羅達を清らかにしていく。ボクスドラゴンの響は、彩月の所に飛んで属性インストールを行った。その彩月は、アルト達にカラフルな爆発によって力を与えていく。
「戒めるは焔気、刻むは遺恨の傷、滅ぼすは怨敵! 『戒焔剣:焔讐』、斬り刻めェ!!」
 アルトは焔気を練り上げ、火魔術で炎の刃を作り上げると、一眼レフのドリームイーターに向かって放った。
「これを喰らうでござる!」
 カテリーナは螺旋の力で『DNA侵食毒』を作り上げると、それを内蔵した手裏剣を放つ。そして、ドリームイーターを強力な毒で侵していった。
「月の兎は暦の海を駆けていく。災いは此処に。幸いは此処に。和魂、荒魂、奇魂、分かたれたる魂よ、ここに集いて我が敵を撃て」
 幻の月の満ち欠けで硝子の華が咲き乱れ、朔羅はその破片を次々と飛ばし、食い込ませていく。
「悲しい……悲しい……全てが悲しい……」
 余りにも苦しい言葉。嘆く一眼レフカメラは、ブラックに向かってフィルムを放つが、それを柚子が庇う。
「ありがとう。片をつけるわ」
 柚子にお礼を伝えると、ブラックは雷の霊力を乗せて一眼レフのドリームイーターを激しく突く。
「怒りも悲しみも、コイツで光に還してやるッ! 『超太陽砲』!!」
 あぽろは太陽神『陽々(ひひ)』を自らに降霊させると、賜る膨大な太陽エネルギーと自身の魔力を練り込み掌から焼却光線を放った。その攻撃を受けて、一眼レフのカメラのドリームイーターは燃える様にキラキラと火の粉になり消えていったのだった。

●その先へ
 周囲をヒールで直してから、個展会場にいる香苗の所に向かう。ヒールをかける事で気が付いた香苗に、ケルベロス達は一連の事情を伝えた。
「……そう、なんですね……。あの写真は……もう戻らないのですか」
 落胆した声は震えていて、香苗の悲しさが痛い位伝わってくる。
「アンタの無くした写真は、凄え出来だったんだろうな……。でもアンタ、それを撮ったからもうこの仕事は終わり! てワケじゃなかったんだろ? これから先もその写真を超えるような風景を求め続けて、個展だって何度も開くハズだ」
「そうですよ。わたしもプロのカメラマンを目指しています。写真はダメになったけどカメラは壊されてないんです。カメラがあればまた撮れる。今日良い写真が撮れたなら明日はもっと良い写真が撮れますよ」
 あぽろの言葉に続けて、同じくプロのカメラマン志望の彩月が香苗に精一杯の想いを込めて伝える。彼女の気持ちがとても分かるから。
「……そうね。確かにカメラは壊れていない。それに、あの写真は素晴らしいもので誇りに思っていたけれど、それに満足して写真を撮る事を辞めるつもりはなかったわ。……あの写真が……私の励みになっていたのは確かだけれど」
 確かに香苗は、あの写真で満足しきっていた訳では無い。でも、それは今後の励みになっていた事は確かで……直ぐにカメラを構える事に関しては辛そうな表情だ。
「夕やけ……もっと凄い夕焼けや天使の梯子が、撮影を待ってるかもでござるよ」
「貴方が見た空とは違った美しさがある場所を知っています。よければ来てみませんか?」
 カテリーナと朔羅は、壊された写真がどんなものなのかは分からないけれど、美しい夕やけはまだある事を伝える。まだまだ、素敵な夕やけは沢山ある事を知って欲しかった。
「誰でもくじけたりする事はあるけど、カメラを置くつもりがないなら、顔だけは上げておきなさい」
「そうそう! そうだ、折角だから私達と再出発の意を込めて一緒に写真撮ってみるのからスタートするのはどうだ?」
 ブラックとリーズレットも、励ます様に香苗に声をかける。
「……顔だけは上げて……。そうね……いつまでも引きずっていたら駄目ね。……でも、ごめんなさい。……でも、もうちょっとカメラを構えるのには時間がかかりそう……」
 やはり、直ぐには立ち直れない様である。それでも、香苗の言葉は少しずつ力を取り戻していて、きっと彼女は再びカメラを手にしてくれる。そう思えるものだった。
 柚子は無事だった写真達を見回す。飾られている写真は、どれも美しく心惹かれるもので……。
「他の作品を、じっくり見させてもらっても構いませんか?」
「え? ええ。その写真達も、私が出会う事が出来た写した瞬間。一番の目玉は無くなってしまったけれど……見てもらえるのなら……嬉しい……」
 少し、香苗に笑みが浮かんだような気がする。
 ケルベロス達は、他にも飾られている写真達を鑑賞する事にした。……どれも、綺麗な一瞬を留めたもので……。
「この個展に集められた写真は、どれも貴方の心が感じられて好ましい、です」
「……ありがとう」
 朔羅の言葉に、今度ははっきりと香苗に少しだけ笑みが浮かんだ。それを見る事が出来て、ケルベロス達は安心と共に嬉しくもなる。
「なあ、聞いても良いか?」
 少し元気になったような香苗に、アルトがサバトラ風味のマンチカン姿のウイングキャット、アイゼンを抱いて話しかける。
「こいつ、写真を撮ろうとすると逃げるんだけど、なんとかならねぇかなァ?」
「この子?」
 香苗はアイゼンを撫でてやる。
「……もしかしたら、カメラを構えられているのを見るのが苦手なのかもしれないわ……。まずは、カメラに慣れて貰う事が必要かもしれない。今は……気がつかれないように撮るしかないかもしれないわね……」
 カメラの撮り方を話す香苗は、確かにカメラマンの顔をしていた。きっと彼女は立ち直ってくれるだろう。そして、また、見つけていくのだろうと思う。
 二度とない瞬間を――。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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