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床には、ガラス片が散乱していた。
「あ――ああ、あ――」
男性はガラス片――かつてガラス製のティーセットだったそれの中に手を突っ込み、手足が傷つくのも厭わずにその破片をかき抱く。
二ヶ月前に事故で亡くなった恋人。その人との思い出を奪われた痛みに比べれば、ガラスに手足を切られることなどなんとも思えなかった。
……そんな男性を見つめる二体のドリームイーターの手には、鍵。
「モザイクは晴れないけれど、その怒り」
「ソノ悲しみ、悪くナイナ!」
突き立てられる鍵――ガラスの中に突っ伏す男性の傍らに、ドリームイーターが誕生した。
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パッチワークの魔女が破壊したものは、恋人の遺品だった……そう聞いて、神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)は悲しそうな表情。
ウイングキャットのクストはクールな表情を変えはしないが、尻尾がぴくっと反応している。
「かけがえのない思い出を破壊する所業、放ってはおけない。こんな奴ら、すぐに倒してしまわないとね」
高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言って、状況の説明に入る。
「男性は、独り暮らしのアパートの中で倒れている。ドリームイーター自体はアパートを出て、駐車場にいるようだ」
平日の昼間ということもあり、駐車場に車はない……人通りも少ない道なので、戦いの上で障害となるものは少ないだろう。
「『怒り』のドリームイーターは巨大なティーポットの形を取り、『悲しみ』のドリームイーターは、女性の形をしている」
女性系ではあるが、ガラスで作った置物のように輪郭線があるのみのようだ。
「ティーポットが女性を守るような形で戦うらしい……悪趣味な敵だ、さっさと倒してしまいたいね」
冴は言って、ケルベロスたちを見送るのだった。
参加者 | |
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ミライ・トリカラード(獄彩色鉄鎖・e00193) |
テオドール・クス(渡り風・e01835) |
尾守・夜野(ライアー・e02885) |
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956) |
伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000) |
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784) |
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イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は全身に殺気を滾らせ、銀槌を掲げる。
(「ひとの心を奪い、利用し、大切な思い出を踏み躙っていく」)
そんなものが許せるわけはない――思いを込めて、加速する一撃がティーポットを捕えた。
打たれた瞬間噴き上がる湯気。伏せることで身をかわしたイルヴァの代わりに伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)は受け止めると鮮やかな煙の充満で自らの身を守り、これから続く戦いへと備える。
満ちる彩りに全員の視界が埋め尽くされるが、ウイングキャットのビタが晴らす。黒翼をはためかせるビタは、静かな瞳で戦場を見渡していた。
「じ、ご、く、に――落ちろおおおおおっ!!」
いなせの爆煙から破壊の力を受け取って、ミライ・トリカラード(獄彩色鉄鎖・e00193)はケルベロスチェインを振り回す。
風を切るたび纏う地獄。三本爪の全てに炎が宿された時、鎖はポットの注ぎ口へと手を掛けた。
思い切り腕をこちら側に引けば、地面に引きずりおろされるティーポット。それを見下ろす遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)の視線は、やがて指を飾る鬼牡丹の護りへと移ろう。
(「恋人との思い出の品……」)
彼と彼女の間にある物語は、彼と彼女だけのもの――腕を纏う鎧へとオウガメタルを変形させ、鞠緒はティーポットへと腕を向ける。
ヴェクサシオンの風の中、オウガメタルとティーポットの衝突する硬質な音が響いた。
硬い音を立てるのは、舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)がライトニングロッドを地面に打ちつけたからでもある。
小さく二回ノック、瞬間に展開された雷は放射状に広がって、仲間の背後と側面を守る壁として展開された。
女性の姿をしたドリームイーターは何も言わず涙を落とすばかりだが、落ちたモザイクの雫は戦場を蝕んで、ケルベロスたちを苛むものへと変わる。
「キミは……とっても悲しいね」
呟くのは尾守・夜野(ライアー・e02885)。
元凶となるドリームイーター、第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテは許せない。
でも、悲しみのままに立ちすくむこのドリームイーターは、在るだけで悲しい。
思わず攻撃の手が鈍りそうだと感じて、夜野はこの気持ちを抑え込むように腕を突き出す。
生み出されたのは炎。燃え盛る炎の中を突っ切ってテオドール・クス(渡り風・e01835)はティーポットへと迫って。
「オレたちの『怒り』も、存分に味わうといいよ」
言葉と共に突き刺さる蹴り。大腿から爪先までを伸ばしての蹴りは槍のように鋭く、逆方向からはアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が迫っているから逃げ場もない。
刺突に吹き飛ばされたティーポットをアルシエルのナイフが受け止めた、かと思えば一閃。
アルシエルが握る惨殺ナイフの刃がティーポット自身を映し、刃に映る方のポットだけが粉々に割れた。
●
「さて わるいわるーい狼さんはチョッキンしちゃおうね!」
夜野のオウガメタルが作りだした鋏が動くたび、呪詛が溢れ出る。
溢れた呪詛はティーポットへ纏わりつき、同様に夜野へも傷痕を刻んだ。
「っこんなの あの人の受けた悲しみや怒りに比べたら……」
傷痕は所詮、見た目だけのものでダメージにはならない。
這いずる呪詛の合間を縫ってイルヴァはティーポットの取っ手を握り締め、底面を幾度も鋭く蹴りつける。
蹴りつけるたび、底面からは熱を感じる。その熱が徐々に強まっていることを察知して、イルヴァはひと息に跳んで敵から距離を取る。
直後、焼けるような液体がティーポットから噴出した。
中身は水のようで水ではないのか、温度はゆうに百を超えているだろう。飲もうなどとは決して思えないが、飲んだところで味も香りも吹き飛んでいることは想像に難くない。
真っ向から浴びればどれだけのダメージになっただろう――庇ったビタは平然とした表情ではあるものの浮遊の高度を落とし、羽ばたきで自らの癒しを行う。
ヴェクサシオンはビタの鼻先に鼻を寄せた後、何かを探すように宙をぐるっと見回す。そこにどんな考えがあったのかは分からないが、とりあえず攻撃に移ることにしたようだ。
「対処、助かる」
瑠奈は呟くと何度目かの雷の壁を生み出す――幾重にも張り巡らせた壁が、女のドリームイーターの恨めし気な視線を阻んだ。
「ヘルズゲート、アンロック!」
ミライの作りだした魔法陣は、炎で出来ており。
「コール・トリカラード!」
声に応じて生み出された鎖は、異なる色を持つ。
迫る三本の鎖に気付いてかティーポットは逃げ出そうとするが、執念深く追いすがる鎖は逃走を許すわけもない。
一本の鎖が届き、二本三本と後に続けば雁字搦め。引きずり込まれたティーポットは、魔法陣と共に消え去った。
鞠緒のファミリアはヴェクサシオンを追うように女性型ドリームイーターへ向かい、いなせが顎をしゃくってやれば、攻性植物もまた猛然とドリームイーターへ走る。
絡み付く攻性植物に締め上げられ、細い皺が幾重にも刻まれるドリームイーター。その様子を眺めているいなせは、息と共に言葉を吐く。
「人の傷口に塩塗りこんでんじゃねェよ」
ようやく解き放たれたドリームイーターが体勢を立て直すことを、アルシエルは良しとはしない。
すぐさまゲシュタルトグレイブのひと突きをお見舞いしたかと思えば槍を回し、突きによる深い傷を更にえぐるアルシエル。
容赦ない攻撃に傷痕は乱され、回復しようのない無惨なものになった――テオドールは後に続けと、オーラを立ちのぼらせ。
「これはどうかな?」
靄のようだったオーラが圧縮され、弾丸となって飛び出した。
ひとつの弾丸はドリームイーターの体に食い込む直前に二つに避け、顎門となって食らいつく。
深々と突き刺さったオーラが消えた時、そこには痛々しい傷痕だけが残っていた。
●
「生成ウィルス弾装填」
体力の回復は問題ない、と判断して瑠奈は攻撃に回る。
威力こそ強くはないが、這入りこんだ弾丸に潜むウィルスがドリームイーターを内部からかき回し、冒す。
ドリームイーターの内側へと攻撃を仕掛けるのは、鞠緒も同じだ。
「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
どうしてこんなことをするのか――知りたいと歌声を上げれば、こぼれるのは悲しみばかり。
ビタが風を吹かせれば鈴が涼し気に響く。ヴェクサシオンも風を吹かせ、巻き上がるそれらの中でいなせは腕にオウガメタルを纏わせる。
風に漂うオウガ粒子を腕に宿し、いなせはドリームイーターへと吶喊。
視線はブレることないまま拳が繰り出される。確かな手ごたえと共にドリームイーターは地に伏せ、立ち上がるより早くアルシエルが襲い掛かる。
立ち上がろうと地面についた手首へと刃が滑れば、モザイクの手首がすぱりと取れる。姿勢を崩しながらもドリームイーターは立ち、喉の奥からうめき声をこぼす。
「嫌な音だね」
思わず呟くアルシエル。ミライも同意なのかうなずいて、一気にドリームイーターとの距離を縮める。
駆ける脚には星々を伴って、力いっぱい振り上げれば突き刺さる。
星の輝きもドリームイーターにとっては暴力でしかなく、テオドールは星々の煌めきの中に身を潜めて背後を取り――首へと、ナイフを突き立てた。
人間ならば頸椎のある辺りへと深々と突き立てられた刃……抜けば溢れ出るモザイクごと、夜野は炎の中へと閉じ込める。
物はいずれ壊れる。それでも、それは今ではなかったはずなのに――思いを御業へ籠めれば、炎はさらに勢いを増し。
「――衝き穿つは闇をこそ。凍て果すは穢をこそ」
ひらり、イルヴァの姿がドリームイーターの視界からかき消える。
「破魔の蒼星、凍夜の閃軌」
かと思えばチラリと見えた、と思ってそちらを見れば、そこには既になく。
「凍て尽くし、裂き穿て!」
氷の魔力による衝撃は、背後からドリームイーターを襲った。
絶対零度に限りなく近い一撃は、肉体だけでなくその魂魄をも凍結させることが出来そうなもの。
淡い蒼光の中で、ドリームイーターの体はほどけるように失われた。
●
ミライはケルベロスチェインで陣を描き、傷だらけの男性を癒す。
――ほどなくして男性は気が付く。その様子を見て瑠奈はうなずくと、彼に声をかける。
「時間が経っていたから、こちらで処置をしておいた」
「あ……ありがとう、ございます」
ぼうっとした様子の男性だが、とりあえず命に別状はないようだ。
ならば出来ることはここまで――アルシエルは思って立ち去り、依頼成功の給金のみを望む瑠奈も現場を後にする。
「ティーセットは……ヒールするか?」
二人を見送った後で問いかけるいなせは、なんとなく言い出しにくそう。
男性の体の傷は癒えたが心の傷までは癒せないし、ティーセットだってヒールは出来ても復元は不可能。
完璧に直すことは出来ないのだと思うと、やるせない気分に襲われた。
ガラスは夜野が集めていた。素手で集めたせいで手には傷がたくさんついていたが、ハンカチに包まれたガラス片たちはきらきら光っている。
……それらを前にした男性は涙をいくつか落として、ポットを癒さないことを選んだ。
(「壊れたものに捉われ続けてほしくないけど……」)
形だけでも綺麗になれば何か変わるのではないか――テオドールはそう思うが、彼を尊重するためにそこはぐっと堪える。
鞠緒はガラス片の中のひとつを手に、歌を口ずさみながらペンダントを作る。
鋭利だったガラス片の角は丸く、男性を傷つけることはないだろう。
――仲間たちそれぞれの行いを、男性の姿を、イルヴァは黙って見つめていた。
小さな光、ガラス片は思い出のかけら。
思い出は心にも残るもの――心がある限り、男性の中にティーセットは永遠に残るはず。
(「だから、涙のあとにはまた」)
幸福な思い出を胸に、生きていけたらいい。
願いを抱いて、イルヴァは輝くペンダントを見つめるのだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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