●常ならぬこと
厚い雲に空が覆われた夜、その少女が外へ飛び出したのは父宛の手紙を盗み見たからだった。
送り主は、少女が幼い時分に家を出た母だった。
自分勝手な都合で家族を捨てた女、此方の意向など伺いもせず離縁を書面で申し出て来た女、ろくでもない女。そう聞かされて育った母だった。
けれど少女の心には、優しい母の笑顔が残っていた。
だから、だから。
娘に会わせて欲しい。この日、この時間、ここで待っている。
そう記された文字を見た瞬間。何事かと問う祖母や祖父の声を振り切り、家を出た。
街灯に照らされ流れる見慣れた筈の風景が、いつもと全く違うように見えた。
無駄に息が上がり、足が縺れた。それでも少女は懸命に走って走って走って……長い下り坂を転げ落ち、電信柱で頭部を強打した。
悲運の果ての、痛ましい事故だった。
けれど、そんな少女の顛末など死神エピリアにとってはどうでもいいこと。
死の香りに惹かれ現れた冥府の人魚は、慣れた手つきで少女を屍隷兵へと変える肉塊を埋め込もうとして――常との違いに気付いた。
「まだ、死んでいないの?」
そう、呼吸は止まっていたが、心臓はまだ微かに脈打っていたのだ。
「……」
エピリアは刹那、逡巡した。
このまま捨て置くか、少女が完全に死ぬのを待つか。
『逢いたい』という強い気持ちを持つ、素晴らしい素材であることには間違いない。
それに程なく事切れるのも間違いない。
しかし。
その僅かの間が、エピリアにかつてない出逢いを齎す事になる――。
●結実
大半の人は住処へ戻り、深夜残業が当たり前の人々くらいがようよう帰路につくかつかないかの頃合い。
とある街の片隅で、一人の死した少女が死神エピリアによって屍隷兵に変えられようとしている。
「皆さん、今すぐ現場へ急行して下さい」
語る暇も惜しいとばかりにケルベロス達をヘリオンへと促しながら、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は早口で状況を語り出す。
いつも通りに、死んだばかりの人間をエピリアは屍隷兵へ作り変えようとしていたのだが、対象者の命が完全に潰えていなかったせいで、エピリアに常ならぬ間が生まれた。
この間こそ、リザベッタが予知し得た決定的チャンス。
「祝部さんが懸命にエピリアの行方を追い続けて下さっていたお陰です」
奇跡は偶然に起きたのではない。
全ては祝部・桜(玉依姫・e26894)の献身の賜物。桜がエピリア撃破の為に、その足取りを追い続けたが故の好機。
「皆さんが現場に到着するのは、少女の命が完全に潰えるのをエピリアが見届けた直後になります」
つまり、少女の命を救う事は叶わない。
されどその命を代償に、ケルベロス達はエピリアを討つ機会を得るのだ。
「敵はエピリア一体ですが、多くの屍隷兵を生み出して来た死神だけあって、余裕をもって戦える相手ではありません」
小さなミスや不和が戦況に大きく影響しかねないということを暗に伝え、リザベッタはケルベロス達へ命運を託す。
現場は夜の交差点。
人除けや交通規制は此方が引き受けるので、ケルベロス達は戦いへの専念が可能。
街灯があるお陰で、視界の確保も問題なし。
「エピリアは血濡れた爪で引き裂くと同時に此方の強化を解除したり、尾鰭で巻き起こす毒の嵐で麻痺させたり、怪しげな歌で自分を回復したりするようです」
そして隙あらば、逃げ果せようとするのが厄介だと付け足し、リザベッタはケルベロス達をヘリオンに乗り込ませながら短く締め括る。
「これ以上、死の尊厳を踏み躙られる人を増やしてはいけません。皆さん、宜しくお願いします」
参加者 | |
---|---|
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023) |
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039) |
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763) |
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658) |
祝部・桜(玉依姫・e26894) |
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315) |
●渇望
「『逢いたかった』わぁ、エピリア!」
羽虫が群がる街灯の下。少女へ肉塊を埋め込もうとしていた白い人魚――死神エピリアは、唐突に響いたペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)の尾を引く甘い声に肩を跳ねた。
「私を呼ぶのは、だぁれ?」
ゆるり振り返った人魚の赤い瞳は、飛び交うヒールドローンを見る。直後、葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)の明日への気合いが転じた溶岩がエピリアの真下から噴き上がった。
「、っ」
驚愕と衝撃に、血濡れた手で握っていた肉塊がぐしゃりと潰れる。それはケルベロス達が回収を目論んでいたもの。だが潰えてしまった事など微塵も気にせず、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)は死神の懐へ飛び込み、夜天へ高々と掲げた。
「思念よ……意志を、貫け」
逆巻く嵐の如く拳に集約させたのは、意識の奔流。迷わずエピリアへ叩き込めば、精神を捕らえて砕く。
「そう、追いついたの。ケルベロス」
事態を察したエピリアの尾鰭が大きく空を掻いた。しかし『逃げ』が形になるより、形なき宙階段を蹴った峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が頭上に迫る方が早い。
「抜けると思ったら大間違いだぜ!」
撓る黒鎖がエピリアを縛り上げるのに合わせ、風流もヴァルキュリアの証である光の羽を背に広げた。
何処へ行こうと。例え飛ぼうと。絶対に追いかけ、追い詰める。
伝わる気迫に刹那、エピリアの瞳が奪われた。その横顔に、竜砲弾が爆ぜる。
「外道が……! 必ずここで仕留めてみせましょう!」
幼い体躯をものともせず振り抜いた巨大槌を再び構え直し、幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)が激情を吼えた。常は淡々と語り振る舞う少女の裡にあるのは、灼熱の怒り。
「ようやく辿り着きました」
桜舞う夜にぽかりと浮かんだまぁるい月。それを求めて跳ねる兎を描く優美な着物の裾を払い、祝部・桜(玉依姫・e26894)も黒髪で風を切る。
死神たちの屍隷兵研究の一端を掴みたい気持ちもあった。でも、もっと成したい事がある。成さねばならぬ事がある。
「必ずや、ここで……!」
飾り気のない一振りを鞘から抜き、桜は花を刈らんと軌跡で月弧を描く。傍らではウイングキャットのノラが、桜らへ清く羽ばたく。
「そう来るの。なら――」
「残念過ぎる程に予想通りです――ゴースト、あのこを護ってください」
纏わりつく雑多な気配にエピリアが喉を震わせ歌う。けれどそれさえも此方の思惑通りと宣じ、コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)は銀の粒子をノラに倣って放ち、従うシャーマンズゴーストを動かぬ少女の元へ馳せさせた。
「エピリア、お前には何ひとつ渡しませんよ。今も、この先も」
(「痛かったよな、……無念だったよな」)
冷たいコルトの声を耳に、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)は祈る神霊が背に守る少女に視線を落とす。
まだ温かそうだった。今にも駆け出しそうだった。母を、求めて。
しかし彼女はもう骸。
「……っ」
込み上げそうな呻きを、アカと名付けたネズミが姿を変えた杖を強く握り締めて堪え、ヒノトは光の雨をコルトらへ降り注がせる。
「目映い賦活の閃耀よ!」
賦活化の力が籠められた煌きが宿らせる自浄の加護を見止め、エピリアは薄い微笑でケルベロス達に向き直った。
「そういうことなら、暫し相手しましょう」
●人心
優雅なドレスのようなエピリアの尾鰭が、空を叩く。
「いくわよお、雅也ちゃん」
「ああ、任せとけ!」
吹き荒ぶ毒の嵐の狙いはヒノトとノラだった。しかし、そうはさせじとペトラが素足でアスファルトを蹴り、雅也は調子よく跳ねて体を開く。
張り付いたままの微笑に人魚の思考は現れぬ。だが消した傍から縛めてくるヒノトらを、鬱陶しいと判断したのは行動から明らか。
(「そう来ましたか――ですが」)
癒し手として最後方から戦況を読み解きつつコルトは、雅也らが被った傷を治す序にルチアナへも余剰効果で意識の集中を授け。シャーマンズゴーストは体力に余裕のないノラへ回復を施す。
「サンキュ、助かったぜ」
固い守りに礼を述べ、同時にヒノトは思う。
(「ただ、母さんに会いたかっただけなのに……再会を果たせるはずだったのに」)
なんでこんな事になってしまったのか。
エピリア包囲網をさり気なくコントロールし、戦闘に巻き込まずに済むようになった『少女』の渇望を考えると、ずきずきと胸が痛む。
何故、もっと早く到着出来なかったのか。どうして救えなかったのか。
取り零さざるを得ない運命だったと理解してはいても、心の摩耗は止められない。
「会いたかったぜ、エピリア。理由は当然、察しがついてるよな?」
様々が綯い交ぜになった感情ごと、ヒノトは対デウスエクス用のウイルスカプセルを死神へ投じる。飛翔が描く軌跡は、ほぼ直線。そしてその一心さに劣らぬ速度で風流も低空を低く翔けた。
「私たちは、人の逢いたいという気持ちを利用して来たあなたに会いたいという思いで集まったケルベロスです」
かつて邂逅を果たした宿縁の主が有していた大剣から打ち直した日本刀――『不乱辺流寿』を抜き、戦乙女は死神の懐の内で刃を捌く。
「この少女がもたらしてくれたこの機会、ヴァルキュリアとして絶対に逃しません」
月薙ぎの一閃が、エピリアの胸元に傷を刻む。
痛みは相応にあるのだろう。寄った眉根に苦痛が現れる。けれど『言葉』がエピリアの琴線を震わせた様子はない。
「さすがは死の神様ってことかしらぁ? アナタにアタシたちの痛みは分からないのかしらねぇ……でも、許してはあげないのよぉ」
金の眼差しに色香を忍ばせ、ペトラは死神へ死霊魔法を繰り始める。
「黄泉がえりしは水底の狩人。朽ちた躯に舞い戻りし蛇よ、その毒と牙を持って、彼の者に戒めを与えたまえ――っ!」
死者の泉より召喚される遺骸。仮初めの命を吹き込まれた海蛇は人魚に絡み付き、鋭い牙を鱗に突き立て麻痺毒を流し込む。
「しつこいのね」
「当然よ!」
絶えず纏わされる不快にエピリアが飽いて呟いた時、その傲慢さにルチアナが吼えた。
「初めてその事件を聞いたときの衝撃は今も覚えてるわ。死神エピリア、あなたの悪逆非道も今日限りよ!」
見舞う電光石火の蹴りに、ルチアナの怒りが共鳴する。だが少女の苛烈さに、エピリアは赤い瞳をぱちりと瞬いた。
「何をそんなに怒っているの? 私は死した命に手を差し伸べただけ」
エピリアの言葉は正論だった。確かにこの死神は一つの命も奪ってはいない。齎そうとした新たな死も、ケルベロス達によって防がれた。
――けれど。
「お前も俺とおんなじで、そーとーポジティブみたいだな!」
心底、理解に苦しむ風の死神へ刃を携え雅也が迫った。
「でもなっ、人の心はそういうんじゃないんだよ! 死と想いを利用する魚は、ココでキッチリとケリを付けてやる!」
空の霊力を帯びた切っ先でルチアナの蹴撃の痕跡を斬り広げ、雅也はエピリアを断罪する。
続く鳳琴も、髪を翻し疾駆した。
強がりな鳳琴の脳裏に過っていたのは、幼い日々。亡くしてしまった両親。母に逢いたいと思ったこともあった。
「お前のような奴を潰す為に、私達は在る!」
そういう心の柔らかい部分を利用する輩を屠らんと、鳳琴は固めた拳でエピリアの横っ面を張り、放出した霊力の網で死神の身を縛める。その隙に、桜は訥々と謳い上げた。
「かあさん、かえらぬ、さみしいな。金魚をいっぴき、突き殺す。まだまだ、かえらぬ、くやしいな。金魚を二匹、絞め殺す」
稚児じみた聲で紡がれたおどろおどろしいわらべうた。成された力は昏き底より鬼を呼び、空泳ぐ人魚を喰らう。されど、与えたダメージより翻された爪に桜は鋭く反応する。
「させません!」
大技の余韻を振り切り桜は走り、爪の前へ己が身を差し出す。
「、っ。ノラ、ちゃんっ」
ヒノトは庇えた。だが翼猫への斜線は防ぎきれなかった。しかし案じる必要は皆無。
「大丈夫です。誰一人、欠かしません。小人は武人ではなかった、小人に――」
遥か彼方、巨人族に挑んだ小人達を描いた戦記を紐解き、コルトはノラの怪我を一息に消し去る。包囲網を維持する為にも、誰一人戦線離脱を許すつもりは無いのだ。
「愛情を知らぬ哀れな死神。お前は此処で終わらせる」
決して逃がしはしないというコルトの布告に、エピリアはなおも余裕を笑む。
「でもそちらも苦しそうよ」
そう。桜は肩で息をしているし、長期戦にヒノトの表情は徐々に曇り始めている。他の面々も、明らかに疲れた様子をみせていた。
しかし。
エピリアからこの言葉を引き出した瞬間、ケルベロス達は心の中で快哉を叫んでいた。
●無還
――私は、エピリアと出会ってはいけなかったのかもしれない。
生け簀のような狭い囲いの中、泳ぐ人魚を眼に映し風流は思う。
(「今でも、あなたに逢いたいと思ってしまう時があります」)
この気持ちにエピリアが惹かれるかは分からない。だが、風流は今『此処』に立っている。
(「あなたの形見と共に……」)
佩いた日本刀を一撫でした風流は、ドレッドノートの歯車で作られたチェーンソー剣を握り敵へ襲い掛かる。
「傷口を抉る残酷な技ですが、これも命をかけた闘いなので許してください」
駆動する刃を生々しい傷口に押し当て、更に深く引き裂いた。
「何故? 何故、倒れないの」
「それはねぇ」
死神の唇が零す苦悶と疑問に、ペトラは艶めく笑みをくふりと漏らすと、相手の間合いへ飛び込む。
「ぜぇんぶ、演技だったからよぉ」
叩き付けたエクスカリバールでの人魚の鱗を砕き、ペトラは種明かし。
対エピリア用に揃えた防具、盾を多く配する布陣で長期戦を凌ぎ切った。でも、ペトラの言うように全てが演技だったわけではない。耐える時間が伸びた以上、ケルベロス達も当然消耗した。だからこそエピリアは『逃げる機を逸しさせる』という罠にかかったのだ。
それに何より。
「ここで……潰す!」
仲間の位置を素早く確認し、鳳琴はエピリアの右斜め後方へ走る。そこは包囲の網が最も薄くなっていた場所。
「輝け! 私のグラビティ。我が敵を――砕け!」
そこから足に龍状に輝くグラビティを纏い、鳳琴は鋭い蹴りを死神へ見舞う。
そうだ。こうして陣を崩さず、攻撃の手を休めなかったのが最大の勝因。途中、機動力を削ぐ目的で尾鰭を狙う等してみたが、効果がないと分かると即座に気持ちを切り替えたのも正解だった。
「お前の動きは、全て見ていたのです」
被害の大小は関係ない。許せないものは許せず、逃せぬものは逃せない。
「謀られたということ……」
「それにあなたみたいな相手との戦いのシミュレーションは出来ていたんだもん!」
鳳琴の気勢に押されたエピリアへルチアナが畳み掛ける。ルチアナにとってエピリアは、闘技大会でまみえる強敵にも似て。故に日々の研鑽が活きる高揚も、終わりの知れない死合の支えとなった。
「だから、わたし達の勝ち!」
掌に思いの丈を集め、ルチアナはエピリアの元へ走る。本来は理に適う体捌きで敵を翻弄するのが赤毛の少女の格闘スタイル。しかし今日はどこまでも死神を追い、捕らえて、破砕する。破壊に長じたルチアナ渾身の一打に、エピリアの下半身がぐずりと爆ぜ崩れた。
「全方位予測済みだったんだよ!」
終局の奔流に乗り、雅也も白刃を抜く。皆の盾として振る舞い、仲間のサポートに徹した男の献身は、最良の形で実を結ぶ。
「足元がお留守だぜ! 足がないとか、言うなよな」
アスファルトを割って突き立てた刃を通し、グラビティに地中を奔らせ。エピリアの真下から放出させた力は、死神の喉を貫く。
重なる猛攻の波に、ヒノトは微かに苦く笑う。だってヒノトの場合、長期戦の不安は正真正銘の本物。青褪めた顔だって、演技の余裕はなかった。
けれど、その本質はやはり――。
「――」
幾度も気にして、でも矢張りどうする事も出来なかった少女へ悲しみの瞳を投げ、ヒノトは手向け代わりに、鼠の姿に戻したアカを敵へと放ち。ヒノトの心を抱いたアカは、常ならぬ威力で死神の腹を貫く。
死した命は、戻らない。
(「それは例え彼奴を斃したとして同じ事」)
逢いたいと願いながら死んでいった者がいる悲しみを胸に、桜は指に銀に輝く四葉の片割れをそっと撫でた。
逢いに行かせる行為が救いなるのではないか。その機会を奪う自分は正しいのか。
『それは違う。あんなのが救いなんて、ひどい』
苦悩する桜の背を押してくれた、宝物のような人から借り受けた刃を桜は構え。同じ人から貰った着物の袖を躍らせ、対の指輪を夜に煌かせて。桜は月の清廉さで死神を斬り伏せる。
「っ、っ!」
「コルトさんっ」
発する声を失くした人魚が悶える様に、桜は竜種の青年の名を呼んだ。
これで、終い。手繰り寄せられた機を前に、コルトは男とも女ともつかぬ表情に僅かな険を浮かべる。
(「僕は親を知りません――だから、逢いたいと願える心が少し、羨ましい」)
その羨望を、エピリアは踏み躙った。ならば掛ける情けは一切不要。
怨嗟の眼差しを寄越してくる死神を、コルトはただただ冷えた目で眺めた。藍の瞳に滲むのは、嗜虐の片鱗。されど気付いた者は、きっと皆無。
(「お前如きが人の心を利用しようなんざ、百万年早いんだよ」)
「滅びて下さい」
裡なる声をピリオドの宣誓に代え、コルトは黒き鎖でエピリアの身を幾重にも縛り――縛り尽くし、砂塵のように無へ帰した。
●無月の涯
「……逢いたかったですね」
せめて優しい夢をとコルトが歌う鎮魂に、鳳琴は耐えきれず涙を零す。
――逢いたかった、それだけだったのに。
願いは永遠に叶わず。残ったのは、悲しみだけ。それでも守られたものがあると信じ、風流は余計な傷を負わせずに済んだ少女の瞼を静かに閉ざす。
少女が握り締めた侭だった手紙から、『家族』と住まう家と『母』の居場所を知り得たヒノトと桜は、伝えるべき相手へ伝えるべき内容を報せる事にした。
「きっとこれで……」
「えぇ、えぇ」
ふさふさの狐尾と耳を萎れさせるヒノトの祈りに、桜もただ頷く。
だってそうしていなければ、また泣いてしまいそうだったのだ。
「さて、戻りましょうかぁ」
忌むべき敵は討ち果たしたのに鎮痛に沈む仲間を、包み込む姉の眼差しでペトラが促す。
大丈夫、胸を張って帰れば良い。
同じ悲劇は二度と起きないのだから。
少なくとも最後の少女の死の尊厳は守られたのだから。
「……お休みなさい」
コルトが紡ぐ旋律に、ルチアナも気持ちを重ねて歌い。雅也も冥福を祈る。
気が付けば空を覆っていた厚い雲の切れ間から、母の如きまろい光を届ける月が顔を出していた。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 16/感動した 14/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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