鎌倉ハロウィンパーティー~猫魔女はママの夢を見る

作者:黄秦


 ケータイが鳴ってる。
 出なくても相手は分かってる。
 今日、ハロウィンパーティに一緒に行くことになっていたお友達のママだ。
 ベッドの中で黒猫のぬいぐるみを抱いてじっとしていると、留守電に切り替わった。
「『みゆちゃん、まだハロウィンパーティに行く元気、出ないかな? 仮装の準備は手伝ってあげるから。まだ間に合うからきっと来てね』
「『みーゆー、早くおいでよー! あたしの仮装、すごくカワイイんだからー』」
「『みゆちゃんの仮装も見たいよー』」
 想像通り、ハロウィンパーティへのお誘いだ。電話の向こうの声に、みゆと呼ばれた少女は、はますます布団を深くかぶる。
 みんなが気遣ってくれているのは分かっていたけれど、それが余計につらくて、聞きたくない。

 ハロゥインパーティは、みんな自分のママやパパと行くことになっていた。
 みゆの母は普段は夜遅くまで働いていて、彼女が眠った後に戻ってくることも珍しくない。休日だって働いているくらいだから、みゆは最初、参加を諦めていた。
 だけど、母親は休みを取って一緒に行くと約束してくれたのだった。時間をやりくりして仮装の衣装を揃え、黒猫のぬいぐるみも買ってくれた。だからみゆは嬉しくて、嬉しくて、ハロゥインパーティの日を指折り数えて待ったのだ。
 なのに、急に仕事が入ったからと、母親は今日になって出かけてしまった。
 『本当にごめんね。お友達のママに、一緒に行ってもらうようにお願いしたから、みゆは楽しんでらっしゃい。後でいっぱいお話聞かせてね』
 ――ママと行きたかったのに。

 電話が切れて、あたりはまた静まり返る。
 布団をちょっとだけ持ち上げて、今日着るはずだった衣装を見た。ハンガーに吊るした魔女っ子の黒衣と三角帽子が、涙に滲んで、もやもやと黒い。
 本当は、行きたい。いっぱい楽しんで、悪戯しちゃうぞってお菓子もらって、写真も撮って、ママにいっぱいお話したい。
 でも、一人じゃ楽しくない。みんながママとはしゃいでいるのを見るのも嫌だ。
 滲む黒にぼんやりと赤が混じりった。徐々に広がる赤は、赤い頭巾をかぶった少女の姿になり、ベッドの横でみゆを見下ろしていた。
「ハロウィンパーティーに行きたいのですね……。その夢、かなえてあげましょう。世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 驚いて起き上がるみゆの心臓に、少女は赤い鍵を突き立てた。

 崩れ落ちるみゆと入れ替わりに、魔女服の少女が立っている。
 地味なローブなんかじゃなくて、フリルをあしらった可愛いドレス仕立てだ。大きな三角帽子からは猫の耳が生えて、ぴくぴくと動いている。スカートの下、膝小僧のあたりからは黒い猫の尻尾が覗いていた。
 『みゅう?』
 全身をモザイクに包まれた魔女娘は、小首をかしげて小さく鳴いた。
 彼女がひょいと窓から飛び出していくのを見送って、赤い少女も姿を消した。

「ねむです! こんにちわです!」
 こんにちわです。
「せっかくのハロウィンなのに、大変なのです!藤咲・うるる(サニーガール・e00086)ちゃんが調査してくれたのですが、日本各地でドリームイーターが暗躍しているようなのです。
 出現しているドリームイーターは、ハロウィンのお祭りに対して劣等感を持っていた人で、ハロウィンパーティーの当日に、一斉に動き出すようです。
 ハロウィンドリームイーターが現れるのは、世界で最も盛り上がるハロウィンパーティー会場、つまり、鎌倉のハロウィンパーティーの会場です。
 皆さんには、実際のハロウィンパーティーが開始する直前までに、ハロウィンドリームイーターを撃破して欲しいのです!」
 ハロウィンドリームイーターは、ハロウィンパーティーが始まると同時に現れる。
 だから、ハロウィンパーティーが始まる時間よりも早く、ハロウィンパーティーが始まったように楽しそうにしてたら、ハロウィンドリームイーターを誘き出すことができるだろう。
 このハロウィンドリームイーターは、親子連れや家族連れを特に狙ってくると言う。逆に恋人、友達同士に見えると狙われにくい。本当の親子でなくても、そう見せかければ、上手くおびき出せるかもしれない。
 そうして見つけた標的に、悪戯を仕掛けて怒らせたり、悪夢を見せる攻撃をして、ドリームエナジーを奪うのだ。
「みゆちゃんは寂しかっただけです。彼女の心を惑わし、ハロゥインの邪魔をするドリームイーターを許しちゃおけねえ! なのです!
 撃破されたドリームイーターの死体は、消滅する場合もあるけど、ハロウィンのカボチャや飾り付けに変化して、パーティー会場の飾りの一部になる場合もあるみたいです。
 どうせなら、ハロウィンパーティーを楽しませるものになってもらって、罪滅ぼししてもらいましょう! みなさん、頑張ってください!」
 そう言って、ねむは元気に手を振り上げたのだった。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
新条・あかり(金色の楯・e04291)
神白・鈴(天狼姉弟のお姉ちゃん・e04623)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
安詮院・薊(ウタカタルサンチマン・e10680)
ノア・ウォルシュ(異邦人・e12067)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)

■リプレイ


 古都として名高い鎌倉も、今日ばかりは陽気で騒がしい雰囲気に溢れている。
 世界からも注目を浴びるハロウィンパーティの会場周辺では、祭りの始まる直前の、熱を帯びた空気に満ちていた。
 たくさんのオバケたちは、念入りに準備をして、どこかで解放の時を待っている。
 もうじき、まだまだ。そんな中、ドリームイーターは音もなくある家の屋根の上に顕れた。
 猫耳をぴくぴく、黒い尻尾をふりふり、黒い魔女服をきたその全身はモザイクで、どんな顔をしているのかもわからない。
 『みゅう?』
 それでも、小首をかしげてしきりにきょろきょろと、何かを探しているだろうことは間違いなかった。屋根から屋根へ、軽やかに飛び移っては探している。
『カアサン』
 どこからか聞こえた言葉に、耳をぴくぴくと動かして声のした方を見る。見つけたのは、獣人の親子。真黒なパパ、真っ白の子供に、リンゴ色のママ。
 あっちには、サムライみたいなパパと、白い羽にエプロンドレスの……お姫様? 手を繋いでるのはわんこなママだ。
『みゅう!』
 求めていた物を見つけて、猫魔女は駆けだした。顔は見えなくとも、嬉しがっていることはその足取りでわかる。
 早く手に入れなくちゃ、そしてハロウィンに行かなくちゃ。隙間を埋めなくちゃ、はやくはやく、はやく!
 心を抉る鍵を握りしめ、高い高い屋根の上から、ふわり、猫魔女は軽やかに飛び降りた。

 通路のあちこちにキラキラ灯りが点り、カボチャのランタンがそこここで笑っている。街路樹に飾り付けられたハロウィンのオバケたち。
「がぉー、ママは鎌倉を守ってくれたケルベロスさんだよ アリスちゃん」
 犬帽子をかぶった神白・鈴(天狼姉弟のお姉ちゃん・e04623)、両手につけた犬マペットを動かし、がおーと吠える。
「わあっ♪ おかあさま、ケルベロスさんですっ♪」
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)きゃっきゃとはしゃぐ 。その拍子に、さっき買ってもらったオバケカボチャの風船を手放しそうになり、慌てて糸を掴む・
 そんな2人の少し後ろを歩く流浪人がいる。
(「ハロウィンか……薪に火を灯して十字に吊るした罪人を焚き火す……あれ、違うか?」)
 いろいろ間違った知識に首をひねる、安詮院・薊(ウタカタルサンチマン・e10680)。彼はアリスの父親役だ。
「がぉー!」
「きゃあ、おとうさま助けてくださいー♪」
 おどけて後ろに隠れるアリスの頭を、薊は優しく撫でた。
「隠れてもだーめ!」
 捕まえたアリスをぎゅっと抱きしめ、えへへーと笑う鈴。
「ねね、アザミ、わたし達の娘、怖いくらい可愛いよね?」
「ああ……そうだな」
 薊が頷いてやると、鈴はアリスにほおずりをした。
「アリスちゃんだーい好き」
「おかあさま、おとうさま、だ~い好き♪」
 アリスもそういって抱き返してくる。
 少し気恥ずかしかったけれどとても微笑ましくて、こんなのも時には悪くないと薊は思うのだった。

 獣人姿の親子が手を繋いで、大通りを歩いている。。
「ノーグ、暗いから足元に気を付けるんだ……のよ」
 豹の仮装で息子を気遣う母親を演じている新条・あかり(金色の楯・e04291)。
「母さんこそ、そんなカッコして転ぶなよ」
 ちょっと生意気な返事を返す、息子役のノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)。少しパンクの聞いた黒のジャケットや首輪で、狼男の仮装だ。
「お母さんは若いな、ノーグと並ぶと姉弟みたいだ」
 襟の外套を羽織る獣人、父親役の玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はそれらしく褒めてみた。
「もう……あなたったら、いつもお上手なんだから」
 あかりがはにかんで言う。
 いつも陣内をからかってくるあかりが、今日はいつもと違う態度なもので、陣内はなんだか不思議な気持ちで落ち着かない。……ので、なんとなくはぐらかすように陣内はノーグに話を振ってみた。
「ノーグ『Trick or Treat』って知ってるか?」
「ハロウィンの挨拶ぐらい知ってる」
 塩対応であった。だが、思春期の男の子はこんなものなのだ。 
「いやあーハロウィンでござるなあ!」
 二組の親子の間を行き来してちょっかいを出すカボチャ男は、友人担当のラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)だ。
「ノーグ殿、相変わらずちびっこでござるなぁ~」
 ラプチャーの軽口は、ノーグを素に戻す。
「だれがチビっこだ! 小さいとか豆とかいうんじゃねえ!」
「……言ってないでござる」
 
 そんな風に和気あいあいと、彼らはハロウィン会場に向かっている。
 まだ始まっていないから、会場付近にそれほど人は多くない。そこいらを歩いて、祭り前の雰囲気をまずは楽しんでみる。
 やがて、ラプチャーは一通り家族を弄って気が済んだように離れていった。
 はしゃぐ子供と見守る両親。そんな幸せそうな親子の後ろに、黒い小さな影が、音もなく現れた。
 『みゅう』
 尻尾をフリフリ、猫魔女は考える。2人もいるママ、どちらを先にもらおうかな。ネズミを狙う猫のように、狙いを定める。
 最初はわんこなママにしようと決めて、ドリームイーターは鍵を振りかざした。


 重たい衝撃が走り、魔女の鍵が弾かれた。続けて弾丸が降り注ぐ。
 『みゅ!?』
 三角帽子に長いローブの魔法使いがいつのまにかそこにいた。裾から覗く砲台が煙を上げている。
「君が悲しんでいるのと同じくらい、君のお母さんも残念に思ってるんだけどね」
 言葉だけは猫魔女に向け、ここにいない少女にノア・ウォルシュ(異邦人・e12067)は語りかける。
「ともかく、全ては君の寂しさに付け込んだドリームイーターが悪いのさ!」
 ノアはそう言って、またアームドフォートを斉射した。弾幕に巻かれて戸惑う猫魔女に、カボチャ男が流星の煌めきを放ち飛び蹴りを炸裂させた。
(「黒猫の魔女っ娘でござるー!!」)
 猫耳と猫尻尾魔女と言う造形に、ラプチャーのテンションは上がりまくりだ。スターゲイザーのエフェクトも相まって、今、彼は最高に輝いてた。
 その輝く愛は華麗に躱した猫魔女だったが、陣内のウィングキャットにとびかかられ、鈴のボクスドラゴンにブレスで焼かれる。
 怒涛の急襲に慌てたモザイクの猫魔女は、後ろに跳んで、一つ高い場所に逃れた。千切れたドレスの裾が風に飛んだ。
 『みゅう?』
 どうして邪魔するのかと、そう問いたげな仕草をする。しかし猫魔女は、邪魔者よりもママを手に入れる事の方が大事だった。
 リンゴ色のママへと目標を変えた猫魔女は、音もなく跳んで、その心臓めがけて鍵を突き出した。
 だけど、パパが邪魔をする。彼はママを抱っこして高襟マントの後ろに隠してしまった。
 陣内は外套を開き、ケルベロスチェインを伸ばす。蛇のようにうねり絡みつこうとする鎖を、猫魔女はくるくると後ろに回転してよけた。
「リリー、いたずらしちゃって下さい!」
 アリスの肩に乗っていた仔兎がぴょんと跳ねて猫魔女に体当たりする。
 『みゅう~!? みゅう~!!』
 兎は勢いよく飛んで、猫魔女の鼻柱を直撃した。モザイクとは言え顔面直撃だ。猫魔女は尻尾を逆立て顔を押さえてごろごろ転がった。
「トリック&ゴー!」
 あかりはその隙を逃さずブラックスライムを放ち、捕縛を試みた。絡みつかれて、引き剥がそうと猫魔女はもがく。
 その様子に、ラプチャーの中で何かのゲージがこっそり上がっていた。
 鈴は意識を集中すると、マインドリングから光の盾を具現化させた。
「リューちゃん」
 鈴の指示をうけてボクスドラゴンは魔女猫にタックルを敢行する。ピシ、と音を立ててぶつかった箇所が砕けた。ドリームイーターのモザイクの身体から、血は流れない。その代りに、傷付いた場所はただ、欠けて穴が開くようだった。
 ラプチャーがドラゴニックミラージュで攻撃すれば、猫魔女はドラゴンの幻影に驚き、炎に巻かれる。
 陣内は強く踏み込み魔女に肉薄した。絶空斬を開いた穴へ打ち込み切り広げれば、猫魔女からはがれたモザイクが跳ね飛んでは消えた。
 薊は両手にナイフを構えて斬りつける。正確に追い詰める切先を、魔女はちょいちょい、ひょいと躱していくが、ついに避けきれず切り裂かれる。
 ノアが時空凍結弾を撃ちだせば、その動きに合わせてライドキャリバーがガトリング砲を掃射して、猫魔女の身体にいくつもの穴を開けた。
 ノーグはけして絶望しない魂を歌い上げる。怒りを覚えさせる曲のはずだが、猫魔女は曲に合わせて踊っているように見えた。
(「? ダメージは入ってるみてぇだけど……?」)
 おかしな感じだとノーグは思った。なんだか、このドリームイーターは遊んでるようにも見える。猫の魔女と言う姿がそう錯覚させるのだろうか?

 踊りは、猫魔女の攻撃でもあったようだ。
 指を振り、てをくいくいとまげて、猫招きのポーズで奇妙な踊りを猫魔女は踊る。手招くたびに、モザイクが飛んで鈴を覆った。
 『ママ、こっちにおいでよ』と惑わせる。
「……っ」
 ふらりと鈴の足が、誘われるまま前に出た。
「だめです! お母さまはあげません!」
 アリスがオラトリオヴェールで鈴を包み、モザイクを払ってしまう。
「あ、ありがとうアリスちゃん」
 危うく踏みとどまって礼を言う鈴に、アリスは微笑み返した。
「トリックって言うには度が過ぎてるよ!」
 あかりは魔導書を同時に開いて触手を招来し、解き放った。うねる触手に思わずじゃれつき、まんまと絡めとられる猫魔女。
 無邪気に遊んでいるように見えても、ドリームイーターの本性はやはり、人の命を喰らうものだ。猫魔女は執拗に『ママ』を狙う。
 あかりへと突き出される鍵の、その前にはしかし陣内がが立ちふさがって通させない。
 鈴のボクスドラゴンも魔女にタックルを何度も繰り返し、魔女はそれ以上進めなかった。
「家族の絆に余計な横槍を入れる、ドリームイーターさんは許せません!」
 家族に会えなくなる悲しみを鈴は痛いくらい知ってる。本当のみゆにも、母親にも、そんな思いをさせたくはない。
「『生命に愛を、不死者に裁きを!』 」
 審判の矢がドリームイーターを貫いた。
 ラプチャーがファミリアシュートをぶつけ、ノーグは斬霊刀を振るい、斬撃を放つ。
 『みゅうう……』
 裁きの矢が貫いた場所を撃ち、斬り裂けば、ジグゾ―パズルのピースのようにモザイクが剥がれ落ちて、その度に猫魔女は欠けていく。

 くるくるくるくる。猫魔女は踊る。欠けていくのも構わずに『ママ』を手招きする。
「……悪いけど、ね」
 あかりは、首を振り、その誘惑を拒絶する。同時に影が疾る。密やかな斬撃は、猫魔女に何も悟らせず、その胸を大きく斬り裂いていた。
 そこへ合わせて、陣内が気咬弾を放てば、オーラの弾丸が猫魔女を食い破る。
 ばっくりと大きく開いた胸の中、本当なら心臓があるはずのそこから、詰まっていたモザイクが零れ落ちる。
「悪夢の扉を開いて、みゆさんを惑わす悪い夢を…浄化します!」
 アリスはファミリアロッド、『クイーンオブハートキー』を手にする。
 空色の【地獄】を纏わせたそれを、猫魔女に突き立てかちりと回せば、空色の焔がドリームイーターの内側へ流れて灼滅した。
 ノアはバスターライフルを構え、フロストレーザーを撃つ。熱を奪われて、白く凍えるドリームイーターへ、炎を纏ったライドキャリバーが突撃した。避けることもせず、猫魔女はすさまじいスピードで迫る鋼の塊をまともに受けた。
 それなのに、魔女の身体は、吹き飛ばされることもなくその場に立っていた。ただ、あちこちが壊れて砕け、その体の半分以上が消失していた。
 黒い尻尾がしゅんと垂れた。どんどん欠けていく体を不思議そうに見回している。
「『此処に在るは死天の欠片、力の末端―――。だがこの戦力(りょう)で十分だ』」
 薊が空間を歪ませ捻れを作りだす。無数に武器を射出し投擲し、ドリームイーターを刺し貫けば、それがとどめとなった。
『みゅう』
 ほとんどが消えかけた猫魔女は残った手を上げる。そしてケルベロスたちに、向けて手を振った。
 ……それは攻撃のつもりだったのだろうか。けれど、手招きと言うよりも『ばいばい』と手を振った……ように、みえた。
 モザイクの身体が完全に消え去り、中身を失った黒い魔女服がばさりと地面に落ちる。それもすぐに、風に舞い散り消えた。

 その後に、ハロウィン飾りがぽつんと残された。それは箒に乗った少女魔女のシルエットを象ったもので、柄の先に、黒猫がちょこんと座っていた。


 どん、と大きな音がして、夜空がパッと明るくなった。ハロウィンパーティの開始を告げる花火が上がったのだ。
「ハッピー、ハロウィン!」
「ハッピーハロウィン!」
「トリック・オア・トリート♪」
 ジャックランタンの灯りがそこかしこで笑う闇の中に、オバケたちが溢れだす。音楽と歓声が空まで響いて震わせる。夢もうつつもごちゃまぜの、騒々しい夜がやって来た。

 ケルベロスたちも、ハロウィンパーティを楽しもう……でもその前に、もう一仕事。
「みゆちゃんにも楽しんでもらいましょう!」
 ママと一緒のハロウィンを過ごさせてあげたいと、皆考えていた。
「アリスと俺でみゆちゃんを迎えに行くよ」
 陣内が言えばあかりが笑う。
「タマちゃん、しっかりやるんだよー?」
「タマって呼ぶな!?」
 条件反射的に返してから、いつもの彼女に戻っていると気づいて、陣内は不思議な安堵を覚える。
 どうしてなのか、上手く説明できないのだけれど。

「俺たちは、二次会の準備をしよう」
 ノアはもう始めるつもりだ。心の隙間を埋めたいのはみゆだけじゃない。きっと母親もだから。
「素敵なパーティにしましょうね」
 鈴は、ドリームイーターの変化したハロウィン飾りを手にして、ラプチャーに微笑んだ。
 そんな彼女に曖昧に笑い返して、ラプチャーは、自分の荷物を気にしていた。鈴と、もう一人へのプレゼントをこっそり持っているのだった。
(「後で、必ず渡すでござる」)
 だけど今は、少女とその母親のために。彼らはパーティの支度にとりかかるのだった。

「……上手くいくといいけどね」
「大丈夫だろ」
 上手く母親を呼ぶことは出来るだろうか? そんな薊の不安に、ノーグが答える。そっけない口調にも、彼の気持ちは滲んでいた。
 今日と言う日を楽しみにしていたのは親子とも同じなのだから。
 大丈夫、夜はまだまだ長い。
 小さな魔女と魔女のママの楽しい時間を思い描いて、オバケルベロスたちはハロウィンの夜へと溶けていくのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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