お子さまランチを食べたいか。

作者:砂浦俊一


 朽ちた倉庫の中で、全身に羽毛の生えた異形のビルシャナが10名ほどの信者たちの前に立っていた。
「我はお子さまランチが大好きだ。諸君らはどうか!」
「大好きです!」
「大人になってもお子さまランチを食べたいか!」
「食べたいです!」
 教祖であるビルシャナの叫びに、信者たちが続く。
「我らはお子さまランチが大好きだ。新幹線や自動車の形の楽し気な器に盛られたハンバーグにスパゲッティ、旗の立ったピラフが大好きだ。人間の一生は有限、つまり食べられる食事の量も有限。ならば、お子さまランチを命ある限り食べ続けようぞ! それに量の少な目なお子さまランチなら、大人となった今なら2人前3人前余裕である!」
「教祖さまの言う通りだ!」
「お子さまランチをたらふく食べるぞー!」
 熱狂する信者たちにビルシャナは満足げな顔だ。
 しかし、まだまだ足りない、もっと信者を集めねば、とビルシャナは奮起する。


 悟りを開きビルシャナとなった者の信者が、悟りを開いて新たなビルシャナとなり、独立して自分の信者を集める事件が起きていた。
「六道衆・餓鬼道という『生きることは食す事、命ある限り思う侭に喰らうが正しい在り方』という教義を持つビルシャナの信者からビルシャナ化したらしい……んスけど、この信者というのが大人になってもお子さまランチが大好きな人間で、レストランで外食の際には常にお子さまランチを注文していたみたいっス」
 オラトリオのヘリオライダーの黒瀬・ダンテが、出現したビルシャナの説明をする。
 大人になっても童心を忘れずにいる、と言えば聞こえは良いが、このビルシャナは少々拗らせてしまっているようだ。
 だからビルシャナ化してしまったのかもしれない。
「このビルシャナが朽ちた倉庫を占拠して信者を増やしているっス。ビルシャナの攻撃方法は、ビルシャナ閃光、浄罪の鐘、清めの光。信者の数は10人で戦闘時はビルシャナの配下になるっス。彼らは『大人だけどお子さまランチを食べたい、でも他人の目が気になって注文できない』っていう人たちばかりだから、ビルシャナの教えが正しいと思っているっス」
 普通の人間だから戦力としては弱い。
 しかし、できればビルシャナから解放してやりたいところだ。
「ビルシャナの教義を覆すようなインパクトのある主張をすれば、信者も目が覚めて敵の数が減るっス。もし効果がなくても、ビルシャナさえ倒せば配下の信者たちは元に戻るので救出は可能っス。この配下の生死は問わないので、救出できたら良い程度に考えて欲しいっス」
 理屈だけの説得では信者たちの目を覚まさせるのは困難かもしれない。
 重要なのはインパクト、そのための演出が必要になってくるだろう。
「ビルシャナ化した人間は救えませんが、おかしな騒動が拡大しないように、撃破をお願いしたいっス」
 これを放置すれば、信者たちの中から新たなビルシャナが生まれかねない。
 ビルシャナを討伐するべく、ケルベロスたちは出発する。


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)
愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)
リリー・リー(輝石の花・e28999)

■リプレイ


「人間の一生は有限、すなわち生涯の食事の回数も有限。諸君、お子さまランチを命ある限り食べ続けようぞ!」
 朽ちた倉庫の中で、いつものようにビルシャナは自らの教義を唱えていた。
「ねえねえ、ここでお子さまランチを食べさせてくれるの?」
 倉庫の扉を開けるなり、リリー・リー(輝石の花・e28999)は明るい声を響き渡らせた。彼女を先頭に、ケルベロスたちは続々と倉庫内に足を踏み入れる。
「入信希望者か?」
「ほう、8人も増えるとは喜ばしい。いよいよ我が教えも世間に広まってきたか」
 彼女らの姿にビルシャナや信者たちは喜色満面の表情だ。
「リーさん、残念ですがここは大人になってもお子さまランチを食べたい残念な大人たちが集まっているだけの場所ですので、お子さまランチは食べられないと思いますよ」
 じゅるり、と垂れてきた涎を拭いているリリーへ、佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)が横から声をかけた。
「残念とはなんだ!」
「私たちはお子さまランチを愛しているんだ!」
 喜びも一転、残念と言われたことに信者たちは腹を立てた。
「そうやってムキになって怒るところが残念なのです……」
 怒れる信者たちへと、愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)が鋭く指摘する。
「お子さまランチ、大人の方が食べるの、ちょっと変、だと思います」
「だよね。お子さまランチってお店もいっぱいは作れないし、おもちゃも付くし、たくさん食べちゃうと子どもの分がなくなるし、お店も困っちゃうよね」
 メンバーの中では最年少の相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)が小首を傾げ、隣で三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)が頷く。
「こんな小さな子どもたちの方が分別ってものをわかっているじゃないか。童心を忘れないのはともかく、過激派になっちゃ周りも迷惑だよ」
「確かに。子どもの模範となるべき大人がこれとは情けない。ほとほと呆れてしまうな」
 眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)は愛といさなの頭を撫でてやりながら信者たちを挑発、アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)は冷たい視線を彼らに向ける。
「入信するなら快く出向かえたというのに。これは我が教えを説いてやらねばならぬな」
 憤然とした顔で、ビルシャナが信者たちを押し分けて前に出てくる。
「教え、ですか。其方も人々の先頭に立ち、率いる立場。どのような教えか聞いてみたいものですね」
 高貴な生まれであり、かつては護るべき国と民を持っていたメルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が、ビルシャナへ毅然と言い返した。


「ならば聞かせてくれよう。新幹線や自動車の形の器に盛られたハンバーグやスパゲッティ、旗の立ったピラフ、見た目に楽しく、料理もバラエティ豊か。大人であれば2人前3人前は余裕であるから、腹が満たされるまでお子さまランチを堪能できる。諸君、そうであろう!」
「ピラフの代わりにケチャップライスやオムライスでもいいです!」
「チェリーの乗ったプリンも大好きだ!」
 ビルシャナに続き、信者たちが賛同の声を上げた。
「お子さまランチといえば、いま挙げられたもの以外にもエビフライ、唐揚げ、フライドポテトあたりですか。確かデザートも付きますね。それぞれが少量でも、それを2、3人前も。貴方がたはカロリーというものをご存知ないのですか?」
「まあ健康的ではないな。そもそもお子さまランチはセットメニューの一つ。子ども用のそれにいつまで釣られているのだ?」
 ビルシャナたちの言い分にメルカダンテとアインが真っ向から反論した。
「いい大人がお子さまランチとは恥ずかしいですね。大人なら大人さまランチを食べればいいのに。お子さまランチの正統進化形である大人さまランチなら、一食で量も充分。お子さまランチ好きのあなた方なら当然、ご存知ですよね?」
「大人さまランチ……だと?」
「いや待て、逆にお子さまランチへの冒涜じゃないのか?」
 みのりの言葉に信者たちの間に動揺が走る。
「うんうん、みんなは本当にお子さまランチが好きなんだね。でもね、色々なものを少しずつ食べたいならビュッフェってものが大人にはあるのね? あれは自分の好きなもの、なーんでも取れるのよじゅるり」
 と、リリーがまた垂れてきた涎を拭った。
「なので、大人の方でも、楽しめるお料理、作ってきました!」
 愛が荷物の中から取り出したのは、複数のタッパーに入ったスペインの小皿料理、タパスである。肉や魚介のマリネ、パテの乗ったカナッペ、イカのリング揚げ、海老のフリッター、アンチョビのピンチョス等、香辛料の効いた香りが信者たちの鼻をくすぐる。
「こういう小皿料理は、お子さまランチと同じぐらい、わくわくします、よね。お酒とも合う、らしいので、大人のお子さまランチ、みたいなもの、ですっ!」
「こ、この香りは酒が欲しくなる……」
「お子さまランチだと、お酒って気分にはならないものな……」
「惑われるな! アルコールが入らない分、お子さまランチは健康的であるぞ!」
 アルコールへの誘惑に揺れる信者たちを、ビルシャナが一喝した。
「お子さまランチをたらふく食え、と説いてる奴がそれ言う? 笑っちゃうね」
 健康と言い出したビルシャナを、戒李が一笑に付す。
「あのさ、お子さまランチって明確に食べる対象を絞ってるよね。だからこそ、料理人は自分が心を込めて作る料理を子どもが食べると信じて疑わない。渾身の出来だと思ったそれを大人が食べている。もし、そんな光景を見てしまったら……」
「どんな気分になるかな? 料理を作る人の気持ちも、大事なんだよ!」
 戒李はいさなとともに料理する側の気持ちを説いたが、ビルシャナは反撃とばかりに笑い返した。
「ふははは、それこそ笑い話だ! 心を込めて料理を作ろうとも、舌に合うか合わぬかは結局は食べる者次第! ならば料理人はその仕事に対して責任とプライドを持って料理を提供さえすれば良い! まあ舌に合わぬお子さまランチだったら、ちと悲しいがな。だが美味いお子さまランチを作る店を探すのも楽しみの――」
「あなたは、お子さまランチの本質がなんたるかをわかっていないのです……!」
 ビルシャナの言葉をミライが遮った。
 爆発寸前の感情を押し殺した声だった。


「お子さまランチは子どもの時に、家族と一緒に食べるからこそ価値がある、そこから目を背けてはいけないのです! 今の皆さんは、どうですか? 無理して注文すれば、確かに出てくるのかもしれません。でも、あの日、レストランでお子さまランチを一緒に食べたお父さんもお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんもそこにはいないのです……! あの頃と同じ味には、ならないのです! 食べたらがっかりしちゃうのです! お子さまランチの思い出を汚すなんて、お子さまランチ好きにできるのですか?」
 話しているうちにミライの感情が爆発し、その迫力に倉庫の中が静まりかえる。
「えー、皆さん。今なら引き返せますけど……どうします?」
 みのりの声に促された何人かの信者が、思いつめた顔で口を開いた。
「家族と一緒に食べたお子さまランチ。一人で食べても、あの頃の味には戻らない……」
「もう私たちは家族へ、子どもへお子さまランチを食べさせる側だものな……」
 彼らの口から、そんな言葉が漏れ出す。
「な、何を言っているのだ。皆はお子さまランチが好きだからこそ、我の下へ集ったのではないのか? よし、再び結束するために、これから皆でお子さまランチを食べに行こうではないか」
 信者たちの翻意にビルシャナは狼狽を隠せず、彼らの心を繋ぎ止めようと試みる。
 しかし、一度動き出した流れは止まらない。
「すみません教祖さま、お子さまランチは好きです……でも自分の子どもがお子さまランチを食べる顔を見る方が、もっと好きです……」
「私たちには、お子さまランチの思い出を汚せません……」
 信者たちがビルシャナから離れていく。
 この状況に、ビルシャナは怒りで全身の毛を逆立たせた。
「我から信者を奪ったな! 生かしては帰さぬぞ、小娘ども!」
 ビルシャナの全身から滲み出る殺気に、前衛組は仲間たちの盾となるように立ち、中衛組は武器を構えた。後衛組は、ビルシャナから離れた信者たちを倉庫の外へと逃がしていく。
 まだビルシャナには3名の信者が残っていた。お子さまランチへの食い意地が張った彼らはビルシャナの配下となり、先陣を切って襲いかかってくる。
「何事も、たらふく食べるものではない。ましてや、それが生きることだと思うなら」
「言ってわからないなら実力行使あるまで」
 メルカダンテとアインは襲ってきた2人の信者を脚払いで転倒させると、そのまま床に組み伏して昏倒させる。
 瞬く間にやられた仲間の姿に驚き、残る配下の足が止まる。その頭へと戒李のエアシューズの踵が落とされた。
「さて。はた迷惑なビルシャナはもう二度と現れないように、ここでしっかり倒しておこうか」
「は、はいっ」
 戒李の脇を駆け抜けた愛がビルシャナへとスターゲイザー、次いで盾役のいさなとリリーが駆ける。
「お子さまランチを食べたければ、もう自宅で自分で作れば良いんじゃない?」
「ピラフの旗が大事なら、リィが作ってあげるのね?」
 ビルシャナはガードを固めて2人の旋刃脚に耐える。
 だが続くみのりとミライの攻撃が直撃し、たまらずビルシャナは後ずさった。
「おのれ……外で食べるお子さまランチなればこそ特別なメニューなのだ! 自宅では特別感に欠けるわ!」
 かっと目を見開いたビルシャナの背後に、巨大なお子さまランチの幻像が浮かび上がった。


「お子さまランチを否定した罪、死をもって償え!」
 反撃のビルシャナ閃光は、お子さまランチの巨大な幻像から放たれた。強烈な光のプレッシャーがケルベロスたちを襲う。
「リネット、回復をお願いなのね!」
 リリーは前衛にオラトリオヴェールを張り、サーヴァントに回復役を命じる。
「お、お子さまランチの否定、なんて、してませんっ」
「そうだ。否定されたのは、おまえの歪んだ生き様だ」
 盾となる前衛組に守られた愛が轟龍砲を撃ち、アインの絶空斬がビルシャナを斬り裂く。
 傷は深く、ビルシャナは嘴から血を吐き出した。
 さらにいさながエクスカリバールをビルシャナへと勢いよく叩きつけ、みのりのグラインドファイヤが迸る。
 全身を斬られ、炎に身を焦がされても、ビルシャナはまだ崩れない。
「くっ……我に説教したくば、お子さまランチを食べてから出直してこい!」
「お子さまランチを食べたことなんて、一度もないです……我が家は父子家庭なのです。どうせファミレスなんか行っても、幸せそうな家族連れを見て、辛い思いするだけですから。……憧れ、だったのです。それを! 踏みにじる貴方は! ちょっと反省すべきなのです!」
 半泣きのミライが、前衛組のクラッシャーたちへメタリックバーストをかける。
「ここはコンビネーション攻撃ですね、戒李」
「一気に決めようか!」
 大きく踏み込んだメルカダンテのスカルブレイカーがビルシャナに浴びせられ、その背後から跳躍した戒李の讐想裂日が放たれる。対象の中から引きずり出された罪悪感は無数の魔力の矢へと変換され――直後にビルシャナの体を射抜いた。
「わ、我に罪悪感だと……? 無理にお子さまランチのオーダーを通し、作らせていたことへの……? バカな、罪悪感など、あるわけないではないか……そんなものが……」
 瞳から光の消えたビルシャナは仰向けに倒れる。そして、その体が灰のように崩れていく。後に残ったのは、ビルシャナが懐に忍ばせていたものだろうか、お子さまランチのピラフに立てる小さな旗だけだった。
「このビルシャナも、お子さまランチじゃなくて、大人さまランチを食べに行っていればこんなことにはならなかったのかもね。そういうお店、あるって聞いたし」
 旗を拾い上げたいさなの言葉に、目を丸くしたのはみのりだった。
「本当にあるんですか、大人さまランチを出すお店って」
「えっ。でもさっき……」
「ふふっ。実はあれ、ハッタリだったんです。でも大人でも頼みやすいお子さまランチがあるのは素敵ですよね。私も結構好きだったので、お子さまランチ」
 思わず聞き返してきた彼女へと、みのりは微笑んでみせた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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