月夜に咲いた

作者:遠藤にんし


「怪談話は好きかしら?」
 ホラーメイカーに問われ、思わず中学生たちは頷いてしまう。
「月夜にお団子を持って屋上に行くと、赤い目の女がいて……」
 日が落ちるのも早くなっているせいで、外は暗い――窓の外の景色が、ホラーメイカーの言葉を不気味に引き立て。
「……あなたたちごと、お団子を喰ってしまうのよ」
 ひっ、という引きつった声は誰が上げたのか。
 彼らがその声の方を見た一瞬の間に、ホラーメイカーは姿を消している。
「――マジなのかな?」
「知らねーけど、でも、月見の時期だしな……」
「行ってみてもいいかもな……まあ、俺は全然怖くないけど!」
 口々に言いながら、教室を出る。
 ちらちらと屋上を気にしながらも、彼らは校舎を後にした。


「ホラーメイカーが、屍隷兵を利用した事件を起こすようだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言って、その学校の見取り図を取り出す。
「『夜にお団子を持って屋上へ行くと、赤い目の女にお団子ごと喰われる』というのがホラーメイカーの言い出した怪談だ」
 この噂の通りの行動を取れば、待ち構えていた屍隷兵に襲われる……という流れらしい。
「この噂を聞いてしまった一般人もいる。彼らはまだ学校には来ていないようだから、来ないように対策を練る必要もありそうだね」
 現れる屍隷兵は、三体。
 どれも怪談話の通りに赤い目をした女の姿をしているらしい。
「黒いワンピース、白いワンピース、セーラー服と着ているものが違うから、個体は見分けやすそうだね」
 ホラーメイカーは既に姿を消してしまっているが、屍隷兵と一般人が遭遇する前に、すべて撃破してしまいたいところだ。
「しかし、この日は月が綺麗みたいだ……戦いの後は知り合いを誘って、月見をするのもいいかもしれないね」
 言葉に、ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)は笑みを浮かべ。
「終わらせちゃったら、お団子食べましょ!」


参加者
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)
レヴィア・リヴァイア(海星の守護龍・e30000)

■リプレイ


 月は美しく、屋上を煌々と照らしていた。
 屋上へと歩みを進める志藤・巌(壊し屋・e10136)の手には鍵束。ここへ来るまでの間で可能な限り施錠をしてきており、人払いは万全だった。
 ほかのケルベロスたちもそれぞれに工夫を凝らしていた――ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)に至ってはグラビティで屋上に続く階段まで破壊している。
「わ、わた……ボク、怖いのきらい……」
 満月のせいで欠けてしまった理性が完膚なきまでの破壊を成し遂げたのだが、後でヒールすれば問題はないだろう。
 さらに巫・縁(魂の亡失者・e01047)がキープアウトテープまで張れば、屋上は誰も訪れることのない場所へと変わった。
「バッチリだにゃ!」
 アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)が取り出したのはお団子。
 空には月が輝いており、屋上にはお団子がある……この状況であれば、屍隷兵は姿を見せるはず。
「エット……。御団子、好きなのデショウか」
 首を傾げるレヴィア・リヴァイア(海星の守護龍・e30000)は丁寧に包装を解き、お団子を箱から出す。
 携えた水筒には緑茶。せっかくお団子を食べるのなら美味しく食べたいと思い、用意したお団子もそれなりの品だった。
 流水・破神(治療方法は物理・e23364)はチェーンソー剣片手に周囲を眺めていつでも攻撃に移れるよう警戒態勢。大人のチョコシガレットを砕く音が、静けさの中に響いた。
 周囲を見張るのは八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)も同じ。紫の髪を微風に揺らし、視線をぐるりと巡らせる。
 静穏は、しかし長く続くものではない。
 揺らぐ影がどこから現れたものなのかは定かではないが、それらは月を背に、ケルベロスたちと対峙しており。
「来ましたね!」
 真っ先に声を上げたのは宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)――ルーンアックスを掲げ、日出武は屍隷兵へと肉薄する。
 戦いは、月下にて始まった。


 鈍い輝きの斧が振り下ろされれば、重い音が追随する。
 日出武が狙ったのは黒いワンピースの女。ひらりと揺らいで致命的な一撃をかわした女は、すれ違いざまに日出武を見つめて眼を燃やす。
 視線の軌跡上に浮かぶ紅は女自身の血液。女の口の端から耳元までを引き裂いたオルトロスのアマツは床に降り立つと、油断なく敵へと目を配る。
 縁は斬機神刀『牙龍天誓』を大地に叩きつけ、声を上げる。
「奔れ、龍の怒りよ! 敵を討て! 龍咬地雲!」
 縁の周囲に生まれる衝撃波は、斬撃を受けて飛ぶ。
 不可視の攻撃に襲われてなすすべもなく尻もちをついた屍隷兵を、巌は胸倉を掴んで起こし、殴る。
 拳を打ち据えた瞬間、隕焔の篭手から炎が噴出した――巌自身の腕すら舐める炎に呑み込まれ、屍隷兵は炎の中でもがいた。
 ミリムは月を直視しないようにとサングラスをつけ、薄暗くなった視界の中で屍隷兵を見つめる。
 色のほとんどない服を纏いながらも目と口ばかりが赤く、仕草の一つひとつにまで異形の趣がある。カタカタと小刻みに膝が揺れるが、ミリムはバスターライフルを手に。
「ぶっ倒せるのなら怖くないのだぁあ!!」
 口の中を満たすお団子の甘さもまた、ミリムに勇気をくれた。
 凍結の光線に足元を取られてかふらつく屍隷兵の様子が気にくわなかったのか、破神は口の端を吊り上げ。
「おら、グラビティチェインが欲しいんだろうが、もうちっと気合い入れて来るんだぜ。もっと俺様を楽しませろ!」
 重く、屋上全体が揺らいだ――重圧を含む一撃にフェンスの一部が吹き飛び、床がひび割れた。
 その場にいる全員に等しく襲い掛かる揺らぎの寸前、レヴィアは尾で床を叩いて跳躍していた――襲い来るものから唯一逃れたレヴィアは、一瞬のうちに黒の女へと肉薄し。
 眼前にまで迫った時、エクスカリバールを真正面へと突き出す。ぐしゃ、という確かな手ごたえはあったが、残念ながら急所からは外れてしまったようだ。
 しかしその分だけ鎮紅は敵を狙いやすい。逸らした体めがけて腕を振れば、左腕から伝わる紫炎が刀身へと迸った。
 アイクルが腕を広げて一回転すれば、どこからともなく紙兵が出現し。
「いくにゃ!」
 声を上げると飛び交って、仲間たちへの護りへと変わる。
 ライドキャリバーのインプレッサターボも掃射で牽制を行い、支援した。
 ――戦いはまだ始まったばかり。
 負けるわけにはいかないと、ケルベロスたちは深紅の瞳を見つめ返した。


 時が流れるごとに、戦いは苛烈さを増す。
 黒いワンピースの女にアマツはぴたりと張り付き、攻撃のほとんどを受け流す。
 そうしながら地獄の瘴気を女へ振りまいて女は全身に浴びた毒に一歩、よろめく。
 瘴気の中、縁の纏う白銀のケルベロスコートはよく映える。一瞬のうちに女へと肉薄した縁の手には、地獄を纏うゾディアックソード『デウスフォビア』があり。
 ――真正面へと突き出す、女の胸を破る感触がある。
 刺突の衝撃に吹き飛ぶ女――後を追う縁は、フェンスを失った屋上の淵のぎりぎりのところで踏みとどまる。
 中空に放り投げられたのは女だけ。地へ落ちるより早く、その体は崩れ去った。
 一体を撃破され、残された二体が不快なひきつり笑いを上げる。不快な音をかき消すように声を上げたのは、アイクルだ。
「ボエ~」
 響き渡る不協和音。インプレッサターボに騎乗して屋上を駆け抜けながらの歌が残された女を苛み、笑い声を止めさせる。
 笑うのをやめた女たちは大口を開け、ケルベロスたちへと突撃する――前衛へ、そして後衛へと刻まれる歯型を受け止めた鎮紅は、ダガーナイフへと魔力を与え。
「其の歪み、断ち切ります」
 ひと息に切り裂いた。
 こぼれる淡い光を瞳に移す鎮紅は、受けたダメージのために息が荒い。日出武はそれを見て取ると、自分の指を鎮紅の額に当て。
「新しい秘孔の究明だ」
 ひと突きすれば、不思議とみるみる傷が治る……その様子にうなずきつつ、日出武は小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)にも呼びかける。
「アキヒトはキュア頼みます」
「ああ、分かった!」
 癒やしに専心する二人がいるから、ケルベロスたちのダメージが溜まり続けることはない。
 回復手のお陰で攻撃にも専念出来る――重ね合う攻撃が、屍隷兵らから確実に体力を奪い続け、
「深海より御出でませ。慈愛の刃、海竜の背鰭よ、愚にも付かぬ者共を千々に千切りて散り散らし給え」
 レヴィアの声に従って生まれた深海水の刃が、セーラー服の屍隷兵を寸断した。
 圧縮され刃となった水が解けて水滴に戻り、レヴィアの髪から滴る。
「終いも近い。与えたものと同じだけの恐怖を持ち、死ぬが良い」
 告げる横で破神は跳躍、全身を使って白いワンピースの屍隷兵に一撃を叩き込む。
「死体とやらもまあまあじゃん、殴り心地は悪いけど遠慮しなくた済むぜ!」
 イキモノを相手にしている時ほどの楽しさはないが、手応えはある。
 鎖骨の辺りを踏みつけて見下ろし、目元を歪めて破神は笑む――かと思えば、ひらりと身を翻し。
『お仕置きだニャン』
 場違い、と思えるような声が聞こえたかと思えば砲撃が放たれる。
 ミリムは砲撃のために構えていた魔法少女ミリにゃん専用装備お仕置きハンマー♪を下ろすと、チョーカーの辺りに溜まっていた汗を指先で拭い取る。
 ――度重なる攻撃が屍隷兵から体力を奪っていた。
 巌は今こそ好機と見て取って、最後の屍隷兵へ迫る。
「地獄の底まで落ちていけ」
 眼差しはいつにもまして鋭く、地獄を孕んだ両腕は凶暴に猛る。
 織りなす多段攻撃は幾重もの蹂躙。翻弄される屍隷兵の肉体からは、徐々に力が失われていき。
「じゃあな、赤目女」
 脳天への一撃――叩き込まれたそれに、ついに全てを奪われた。


 戦いが終われば、あとはお月見の時間。
「アオォーン!!」
 ミリムは遠吠えの後でお団子に向き直り、ぴょこっと耳を揺らす。
 月の影響もあるのか、そわそわもじもじ落ち着かない様子。我慢ならずにお団子へ手を伸ばしたのをきっかけに、一同もお団子を食べ始める。
 破神はそんな様子をちらと見やってからチョコシガレットを噛み砕き、お団子を口に運ぶ。
(「ま、たまには良いだろうぜ、こういうのも」)
 穏やかで、静かな時間を過ごすというのもたまには悪くない……思う破神の隣、日出武は烏龍茶を手に呟く。
「月が綺麗ですね」
 特に深い意味はないお約束の言葉を口にする日出武。
(「やっぱりウサギには見えないんですよねえ」)
 じっと目を凝らしてみるが、やはり月は月のようだった。
 死体が原料の屍隷兵――大嫌いな死神と重なって見えて気が立っていた巌も、戦いが終われば少し落ち着きを取り戻す。
 噂話と屍隷兵、果たしてどちらが先だったのかも分からない。
 それでも、死体で遊ぶ奴が現れるならば、これからもぶっ壊すだけだった。
「御茶でも淹れますね」
 鎮紅は温かい茶を淹れてケルベロスたちへ差し出し、夜風に体が冷えないように気を配る。
「にゃんとにゃく歌いたくなるってもんにゃ」
 地底暮らしが長く、月見どころか月すら知らなかったアイクルは月を見上げ、立ち上がる。
「つーことで。あたしの歌を聞けぇ~!」
 調子外れな歌声に、レヴィアは手拍子を合わせる。
 夜の空は深いのに黒より青に近く、全てが蒼褪めた海と空の世界を彷彿とさせる――僅かばかりの微笑は、想起と美味しい御茶とお団子、どれに宛てたものだったのか。
 縁にお団子を差し出され、アマツはもくもくと食べている。
 縁はしばらくぼうっと月を見上げていたが、やがて思い出したようにスマートフォンを空へと構える。
 シャッター音は小さく、小さな画面には月と空が切り取られた。
 ――やがて朝が来れば、今日の月は二度と訪れない。
 この戦いの記憶を刻むように、縁はもう一度シャッターを切るのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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