コワシテミル

作者:遠藤にんし


「あ、ああ……」
 呆然と呟くのは、初老に差し掛かったあたりの女性。
 目の前には破壊された破片が散らばるばかり。ペットボトルの空容器やテープなどの脆いもので作られていたからこそ、それらの破壊は容易だった。
「私の花壇……あの子たちが、作ってくれたのに……」
 その目に浮かんだのは涙。
 二十年も昔、今は亡い娘と一緒に作ったプランター……拙い出来でも、娘との数少ない思い出だった品だ。
 今はもう影も形もなく、破片を全てかき集めたところで、直すことはできないだろう。
「私達のモザイクは晴れないけれど、あなたの怒りと」
「悲しみ、悪くナカッタ!」
 言葉と共に、心臓に突き刺さる鍵。
 ――倒れた女性の元に生まれたドリームイーターは、幼い子供の姿をしていた。


「ひどい……」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)から現場の状況を聞いて、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)は思わず呟く。
「人の気持ちを何だと思っているんだろうね。こんな奴ら、倒してしまうしかない」
 ドリームイーターは二体、いずれも小さな女の子の姿をしているが、その体のほとんどはモザイクで覆われているらしい。
「鋏やテープといった、子供が工作で使うような道具で戦うらしい」
 怒りを語る少女は前衛に、悲しみを語る少女は後衛に。
 それぞれの感情を語り、戦うことしか二人はしないだろう。
「……女性は、きっと彼らが倒されるまでは目を覚まさない」
 自宅の庭先で女性は倒れており、ドリームイーターは今は空地となっている隣の敷地にいる。
 そこでなら、何も気にせず戦うことが出来るはずだ。
「奴らのしていることは、許されてはいけないことだ。……どうか、奴らを倒してきてほしい」


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
暁・万里(呪夢・e15680)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)
フィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)

■リプレイ


 怒りと悲しみを携えて、ドリームイーターは立ちふさがる。
(「今は、みんながいないけど……」)
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)は思って、息を吸う。
 カト☆エトのみんながいた戦いが近しいからこその気持ちだったが、それでも共に戦ってくれるケルベロスたちがいる。
 胸には希望。それを届けるべく、ヴィヴィアンは歌を口にする。
「これから進む未来はきっと明るい光が差してる」
 唇が歌を刻むたびにこぼれる薔薇の花びらを、ボクスドラゴンのアネリーがブレスで噴き上げる。
 ドリームイーターは飛び跳ねるように駆け、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)は正面からぶつかるように立ち向かう。
 手には凝骨斧セザルビル――輝く呪力を叩きつけられたドリームイーターは短く叫び、モザイクが錆のように浮いた鋏を掲げる。
「嫌なの! 壊したの! 嫌なの! 壊したの!」
 叫び声に、しかし悠仁は何の感情も動かない。
 口に出ている怒りも悲しみも、ドリームイーターは騙っているだけ。本当にその感情を持っているのは、倒れた女性の方なのに。
「さて、俺も行こうかな」
 呟いて接近するのは叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)。
 宗嗣が死黒装を纏うためかエアシューズの軌跡は黒く、浮かぶ星々を映えさせる。
 ドリームイーターを吹き飛ばしただけでは飽き足らず、宗嗣の脚は地を削る――反動による衝撃は、ペインキラーのために分からなかった。
 駆けるドリームイーターは両腕を広げて無邪気な様子を装うが、そんなのが表面だけなのは誰もが分かっていること。
(「必ず、助けるからね」)
 シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は思いと共に光の盾を展開する。
 日だまりのように柔らかな光を瞬かせたのは、天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)の作りだした爆煙だ。
「めいっぱいやってしまってね」
 言葉を受けたライドキャリバー・ジゼルカはタイヤの隙間から炎を生み出し、全身をドリームイーターへと叩きつける。
 戦場を幾何学的に切り分ける閃光は暁・万里(呪夢・e15680)のライトニングロッドから。
 迸る眩しさに目を細める音無・凪(片端のキツツキ・e16182)の方を向き、万里は笑みのまま口を開く。
「なっちゃんとの共闘は何気に初だねー。お手並み拝見と行きましょうか、格好いいとこ見せてよね?」
 凪は肩をすくめ、視界を塞ぎそうなほどの雷光の中へと手を差し伸べる。
「ちょいと邪魔させてもらうぜ?」
 放たれた黒の地獄炎が光をかき消し、世界を陽炎のように変えてしまう。
 眩しかったのに急激に視界が黒ずむが、それに惑うのは敵ばかり。
 おろおろと戸惑う様子が子供じみていて、でも愛らしかっただろう顔はモザイクのせいで潰されている。
「可愛かったはずなのに、モザイクでぐちゃぐちゃだね」
 呟くフィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)がドラゴニックハンマーを構えれば、チョーカーを飾る真珠が揺れる。
「その分やりやすいけどね!」
 声の勢いに乗るかのように、砲撃が風を切った。


「テメーら、人のもの壊しちゃダメって教わらなかったのかい?」
 小さい姿を見下ろして、凪は二体のドリームイータへ声をかける。
「ヒトを害するヤツは自身も害されるんだ、それをたっぷり叩き込んでやるよ」
「だって、だってだって悲しくて!」
「こんなにムカついて、だから!」
 口々に声を上げるドリームイーターは、しかし感情を叫ぶだけ。
 戦いが続けば続くほど、叫ぶ感情の空虚さが際立った。
「いくよー! 流れ星!」
 フィアが回し蹴りを放てば星型が飛び交う。
 軸足でくるりと回転してフィアは敵と距離を取り、ドリームイーターの持つ。先端からモザイクを滴らせるマジックペンのようなものを注視する。
 中身はただのデウスエクスだというのに、見た目は女の子の姿を取っている……ここでこの敵を取り逃がせば、おばあさんはどんな気持ちになるだろうか。
 ――それを考えれば、手加減しようなどという気持ちはすっかり失せた。
 攻撃の威力を子供らしいものにしよう、という考えはドリームイーターにも無いらしく、マジックペンをこすりつけての攻撃は力強い。
「……っ!」
 攻撃のひとつを受ける詩乃だが、真紅の外装甲『Daybreak』がどうにか持ちこたえてくれた――腕を突き上げて反撃し、攻撃の手が緩んだところで詩乃は敵と距離を取る。
 詩乃から庇いを厳命されていたジゼルカはスピン攻撃でドリームイーターを吹き飛ばし、シルディは呼び声でもって癒しを施す。
「集え地の魔力! 彼の者の穢れを取り払い、彼の者を護る内なる盾となれ!」
 心地良い風が詩乃の頬を撫でる――穢れを退ける力が備わったことに安堵しつつ、シルディは万里へ声をかけた。
「ヒールは大丈夫、攻撃をお願い!」
 返事の代わりに響いたのは、指を鳴らす音。
「開幕だ『Arlecchino』」
 道化の手がドリームイーターを掬い上げたかと思えば、その手の中で握り潰す。
 こぼれ落ちたモザイクを巨大な指でなぞって蝶を描き、砂塵として消えるアルレッキーノ。
 落下して地面に叩きつけられたドリームイーターへと、宗嗣は漆黒の刃を向ける。
 蛇のようにしなやかな刃がその身へと滑り込む――引き裂かれあらわになった内側からこぼれたモノで、地面は黒い染みを広げた。
 怒りのドリームイーターは身体を裂かれモザイクすら黒ずみ、それでも自分の鋏へと手を伸ばす。
「Tempus edax rerum.……Si sic, ede!!」
 そんなドリームイーターの様子に、悠仁は己の復讐心へと身を委ね。
「【Abyssus abyssum invocat】!!」
 踏み躙った意志、喰らった魂、吸った血、砕いた骨――それらの全てによって、悠仁は蹂躙の限りを尽くす。
 そこにあるのは破壊の願望。偽善の衣に血ともモザイクともつかないものが跳ねかえろうと、その動きは止められず。
 ようやく悠仁が動きを止めた時、そこには原型も留めぬ何かが転がり落ちていた。
 ――牽制をお願いしていたCrimson Roseへとヴィヴィアンが視線を向ければ、薔薇の蕾が一斉に開く。
 急激に成長したのは花だけではない。棘は鋭さを増し、蔓は勢いよく伸び始める。
 アネリーの箱ごとの激突に押されるようにして、ドリームイーターは蔓の中へ倒れ込んだ。
 薔薇の揺籃に閉ざされたドリームイーターへと、ヴィヴィアンは告げる。
「大事なものを奪って……許せないよ」


 悠仁がブラックスライム『凝魂塊マスカルウィン』で地を叩けば砂が舞い、それらは地獄の炎を纏ってドリームイーターへと殺到する。
「感情を模した紛い物の塵を抱えたまま、死ね」
 霰のように降り注ぎながらも冷たさなどなく、焼き尽くす炎弾。見つめる悠仁の右目で、蒼い地獄が瞬いた。
 地獄を携えるのは凪も同じ。装甲を纏う腕で閃く刃は鋭く、滑空する鳥を思わせた。
 詩乃は自らの胸に手を当て、内蔵されたマニピュレーターを起動。
「内蔵兵装起動、魔術回路と接続……完了。対象の身体状況をスキャンします…………完了」
 目指しているのは最大効率。やるべきことは治療強度の増大だ。
「待ってて、今治すから!」
 A.A.code:ALNAIRの癒しを受け、ヴィヴィアンは歌を紡ぐ。
 奏でる調べは博愛と希望。パールホワイト・ギターのボディに手を添えて、ヴィヴィアンは幸福の唄を歌う。
 たくさんの思い出を傷付けたドリームイーターのことは許せない。でも、怨念や怒りのままに声を上げることは、今のヴィヴィアンには出来なかった。
 アネリーのブレスに香りを乗せるヴィヴィアンの歌。
「今度はボクが攻撃だねっ!」
 シルディは星型の鉄球に力を込め、勢いよく砲撃。
 シルディの髪とドラゴニックハンマー『まう』の柄を飾る揃いのリボンがふわっと揺れる――そんな愛らしさとは裏腹に、一撃は苛烈だった。
「私だって、たまには頑張る!」
 突き出されたフィアの拳が狙うのは、モザイクに包まれたドリームイーターの胸元。
 力を込めた拳を受け、ドリームイーターはギリギリのところで踏みとどまった……だが、限界が近いのは誰の目にも明らか。
「悪い夢は終わりだよ」
 フィアの呟きに、刀を手にした宗嗣がドリームイーターへ歩み寄った時、ドリームイーターが鋏を手にして。
 瞬間、ジゼルカの掃射がドリームイーターに降り注ぐ――だがドリームイーターも最期の力を振り絞り、宗嗣の腹へと鋏を突き立てた。
 ずぶり、という鈍い音と共に溢れ出る――息を詰まらせる面々の中で、しかし凪は焦る様子もない。
 淡い色彩の刃を手に、万里が宗嗣へと向かうだろうと分かっていたからだ。
 更に深く傷が開かれる――桜吹雪の幻影が舞ったかと思えば傷は既に閉ざされて、万里はドリームイーターへと目だけを向ける。
「モザイクのおチビちゃん達は、怒りも悲しみも無い思い出の中に、お帰り」
 先ほど負った傷を思わせないほど淀みなく、宗嗣は逆巻く炎を集わせる。
「俺の隠し玉だ……その魂、貰い受ける……!」
 剣閃。
 腹部を貫かれたドリームイーターは炎に呑まれ、それきり帰ってくることはなかった。


 目を覚ました女性へと、詩乃はそっと呼びかける。
「大切な思い出の品を守れなくてごめんなさい」
 ドリームイーターを打ち倒せても、破壊されたものは戻らない。その事実にか、彼女の瞳には涙の膜が張られる。
 ヴィヴィアンはヒールではなく手作業で庭を直しながら、自分の育った教会のことを思う。
 おばあさんの守り育んできた庭はどこか懐かしく、教会の庭を思い出させた……どうしても放っておけなくて、ヴィヴィアンは丁寧に直していく。
「済まないね……そっくりそのまま、とはいかないのが、俺達の辛いところだけども……」
 宗嗣は言いつつ周囲の状況を確認。荒れてしまった場所の見落としは無いようだった。
 フィアも周囲を見回すが、それは魔女が隠れていないかを探すため。
「ま、いるわけないよねー」
 予想通り姿は見えず、フィアも庭を直す手伝いへと移る。
「……破片、集めるお手伝いを致しましょうか」
 ヒールで直しても幻想が混じり、元には戻せない。
 それでも思い出は残しておきたいだろうからと、悠仁はペットボトルやテープの破片を拾い集めた。
「今からだと何が良いのかな?」
 壊れてしまった花壇はあっても、花を芽吹かせることは出来る。
 新たに植える草花について考えるシルディとおばあさんへと、ヴィヴィアンはスノードロップを提案した。
「花言葉は『希望』……娘さんたちと作ったプランターでたくさんの花を育てた土は、まだ生きてるもの」
 プランターが壊されてしまっても、土が、思い出を持つおばあさんが生きる限りは、全てが破壊されたわけではない。
「おばちゃんはどんなのが良い?」
 首を傾げるシルディを、「こら」と女性は叱る。
「『お姉さん』でしょ、ねえ?」
 言いつつも表情はつられたような笑顔。
 凪もおばあさんの隣に行き、声をかけた。
「……なぁ、娘さんと花壇作った時の話、聞かせてくれないかい?」
 モノは奪われても、記憶を奪うことは出来ない。
 語る女性、頷く凪とシルディ。
 ――過去は過去と割り切って前を向くことが出来る二人と、壊れたものしか見えない自身。
 その違いへと思いを馳せて、万里はその対照性を改めて感じるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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