星へ還るもの

作者:犬塚ひなこ

●還るべき処
 星が瞬く空の下、不思議な感覚が巡った。
 まるで其処に呼ばれているかのような、妙な予感めいた思いが胸の裡にある。柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)は目の前に広がる荒野を眺め、その先を見据えた。
「やはりか。この一帯だけモザイクに包まれているな」
 近頃起こっている事件に目星をつけた史仁はこの付近一帯の調査を行っていた。その最中、何かを感じた方角に来てみたら見事にモザイクを発見したのだ。
 史仁は臆さず、調査の為に妙な空間に踏み入る。
 すると其処には元の地形がバラバラにされて混ぜ合わされたような奇怪な場所になっており、纏わりつくような粘性の液体に満たされていた。
 そのとき、史仁の前に影が射す。
「この場所を発見できるとは……まさか、この姿に因縁のある者なのか?」
 突如として目の前に現れたのは奇妙な姿をした者だった。
 深く被ったフードの中は流れ落ちる砂めいたもの。まるで地に還りたがっているかのような砂粒は流動し続けている。
 また、その服装も史仁がよく着用している星図柄のローブと同じ。黒い星のようなものを手にした『それ』は史仁の姿によく似ていた。
「まあな。因縁があるから来れたんだろう。というかその姿、ワイルドハントがどうこうという前に既にモザイクっぽいな……」
 史仁は驚くことなく、肩を竦めて溜息を吐く。
 この相手はワイルドハントに間違いない。現在巷で騒ぎを起こしているドリームイーターを見つめ、史仁は再び口をひらいた。
「しかし偽物か。少しやり辛いが仕方ないな」
「く……今ここでワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかない。丁度良い、お前は俺の手で殺してくれよう!」
「はたして出来るかな! 本物には勝てないってことを教えてやるぞ」
 敵が戦闘態勢を取ったと同時に史仁は杖金剣を鞘から抜き放ち、身構える。天に遍く星の下、仄かに明滅した剣の切っ先が向けられた。そして――戦いの幕があがる。

●ワイルドハントの襲撃
「皆さま、聞いて下さい。史仁様がワイルドハントを発見しました!」
 或る夜、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に仲間の危機が迫っていることを報せた。
 かの夢喰いは自らをワイルドハントと名乗っており、モザイクで覆った内部で何らかの作戦を行っていたらしい。このままだと一人で敵と戦う史仁の命が危険だ。急いで救援に向かって欲しいと願い、リルリカは仲間達と共にヘリオンに搭乗した。
 そして、飛行するヘリオンの中で詳細が語られる。
 向かう場所はモザイクの粘液のようなものに包まれているが、呼吸や動作、グラビティなどすべてにおいて支障はない。現場に踏み込めばすぐに敵と戦う史仁の姿を見つけることができるはずだ。
「敵は砂のような……少し変わった姿をしています。それも史仁様の力の一部なのかもしれませんが、敵は姿が同じだけの別物なのでございます」
 ワイルドハントは不利益を与える事を得意としており、催眠や心的外傷を与える攻撃を行う。その他にも砂めいたものによる激しい攻撃も行うので注意が必要だ。
 また、到着した時点で史仁はかなり疲弊していると予想される。彼をどのようにフォローするか、どう戦うかも重要になってくるだろう。
 そして、リルリカは現場に着いたと仲間達に告げて降下準備を整えた。
「ここから先は皆様のお力次第です。どうか無事に史仁様を救って、ワイルドハントを撃破してきてくださいませ!」
 きっとケルベロス達ならば仲間を救える。
 そう信じた少女は真剣な眼差しを向け、戦いに赴く者達の背を見送った。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
卯京・若雪(花雪・e01967)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)

■リプレイ

●砂の人形
 星は足元に、地面は空へ。
 モザイクに覆われ、上下左右が不規則に入り乱れる不可思議な領域。
 その最中。剣と魔力を交差させ、対峙するのはふたつの人影。片方は砂の人。もう片方は黒髪のドワーフ、柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)だ。
「大人しく死ぬがいい!」
「悪いな、そう簡単にはやられないぞ」
 既に幾度か攻防が巡り、双方は互いに距離を計っている。刹那、敵から流砂の一閃が放たれ、史仁は杖金剣でそれを受け止めた。
 重い衝撃が身体を包み、纏わりついた砂が痛みを齎す。何とか衝撃に耐えた史仁は、まさか自分と戦うことになるなんて、と独り言ちた。
「面白い、めったにない機会だ」
 だが、その表情に不安や焦燥の色はみえない。戦言葉を口にした彼は己に力を宿し、襲い来る敵の猛攻に耐えようと決めた。
 まもなく仲間が助けに来る。
 心から信じた史仁が今一度敵を睨み付けた、そのとき――。
 周囲に黄の花弁が舞い散り、無音の剣舞と共に白へと変わった。同時に強烈無比な火炎と閃く雷が轟き、拳打となって放たれる。
「柳橋殿、助太刀に参りました」
「フミヒト、大丈夫だった?」
 敵を引き付けるようにして割り入り、鋭い一閃を見舞ったのはアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)と朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)のふたり。幻想花の舞が敵の動きを阻んでいく中、仲間達は史仁を守る形で布陣する。
 卯京・若雪(花雪・e01967)は空や地面が混ぜ合わされたような周囲の光景を見渡し、敵の姿を瞳に映した。
「澄んだ星夜に、奇妙なモザイク……嫌な暗雲が立ち込めたものですね」
「チッ、新手か……」
 敵は馳せ参じたケルベロス達に舌打ちし、構えを取り直す。
 深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)は敵に向け、べー、と舌を出して挑発した。
「雨音、ここ嫌いにゃ。史仁ちゃん、みんな、早くここから出ようにゃ」
 史仁は雨音の言葉に頷く。だが、その身体には幾つもの傷が見受けられる。
 鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)は砂の魔人めいた姿の敵を訝しげに眺め、眉を顰めた。妙な感覚をおぼえたが、今はただ仲間を守るのみ。
「史仁さんの傷をまずは癒しましょう」
「はい、痛みはないほうがいいですから、ね」
 紗羅沙が生み出した幻影から見えざる導火が広がっていく中、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)も胸に溢れる想いを紡ぐように歌う。光を惹き寄せて小花を模れば、癒しと目覚めの花束が仲間に贈られた。
 その間にミミックのバイくん仲間の前にまわり、しゅしゅっとファイティングポーズを取る。更にフューリー・レッドライト(赤光・e33477)が紙兵を放って援護にまわった。
「ワイルドハントだかなんだか知らんが、その姿はデウスエクスごときが真似していい姿ではない。早々に砕かれ消えろ……!」
「不思議なドリームイーターで、よくわからない存在です、ね」
 フューリーとメリノの視線に気付いたワイルドハントは頭を振るような仕草を見せた。
 史仁は皆からの援護を受け、体勢をしかと立て直す。そして、頼もしい仲間達に笑みを向けて言い放った。
「俺が許す! あの砂人形野郎、ぜひ全力でぶっ叩いてくれ!」
「ええ、許可があると分かれば十二分に」
「わかったにゃ。めいっぱい頑張るにゃ!」
 若雪が少し冗談めかして応え、雨音も気合いを入れて尻尾をぶんぶんと振る。アルルカンと斑鳩も視線で合図を交わしあい、次の一手に備えた。
 相対するは砂の影。
 偽物になど負けはしないと誓い、番犬達は夢喰いを鋭く見据えた。

●星を穢すもの
 流れ落ちる砂がさらさらと風に揺れ、惑いの星が放たれる。
 その狙いが未だ史仁に向かっていることを察したフューリーは素早く身を翻し、仲間を守る為に立ち塞がった。
「……偽物などに、俺達の仲間は殺らせはせん」
 星の煌めきが身を貫いたが構うことなく、フューリーはアームドフォートの主砲を一斉発射していく。其処へ斬霊刀、凛月を構えた雨音が追撃に走った。
「そこの砂人間! あんたの相手はこっちにゃ!」
 雨音は刃の切先で足元の石を掬い上げ、礫として一気に放つ。砲と礫がほぼ同時に敵を貫く最中、斑鳩も続いた。
「奇妙な空間も相まって、味方とよく似た姿っていうのはどうにも不思議な感覚だね」
 しかし、たとえ姿が同じだとしても相手はドリームイーター。本人じゃない、と確かめた斑鳩は脚に炎を纏い、敵を蹴りあげた。
 相手が僅かに揺らいだ隙を狙い、メリノは傍らのミミックに攻撃を願う。
「史仁さんを倒されるわけにはいきません。ね、バイくん」
 相棒に呼び掛けたメリノは美しく舞い踊り、仲間を癒やす花の気を降らせてゆく。それに合わせたバイくんはくるくると回りつつ前に飛び出し、敵に喰らいついた。
 砂の身体に感触はあるのだろうか。そんなことを考えながらアルルカンは其々の陽と月喰らう獣の牙を逆手に握る。
「中身は別物とはいえ、自分の一側面に似た敵を相手取るというのは……」
 人によって思う所もあるのでしょうね、と独り言ちたアルルカンはひといきに刃を振るった。斬り裂く牙が敵の砂を散らしていく様を見遣り、若雪は星座の陣を地に描く。
 だが、地面といっても周囲は景色が入り混じった空間だ。妙な気持ち悪さがあると零した若雪は頭を振る。
「皆で本来の天の下に帰る為、僕も最善を尽くしましょう」
 柳橋さんの尽力をこの先に繋ぐ為にも、と願ってから掌を握った若雪は守護星座の加護を広げていった。
 其処へ駆けた史仁は敵に肉薄し、稲妻の突きを放つ。
「そいつの着心地はどうだ?」
 どうせならもっと肉感のある体を選べばよかったのに、と皮肉交じりに告げた彼は悪戯に双眸を細めた。対するワイルドハントは静かな声色で呟く。
「俺達はもう望まない、求めない――」
 その言葉を聞いた紗羅沙は首を傾げ、意味が解らないと疑問符を浮かべた。
「本当によくわからない存在が相手ですね~」
 しかし、銀狐の巫女としての初仕事を無事にこなすと決めたのだ。紗羅沙は黄金の果実をみのらせて守護の力を高め、仲間達を後押しする。
「よくわからにゃいけど、とりあえずぶっ飛ばせばいいかにゃ?」
「その通りだ。ガワを引き剥がしてやる……!」
 雨音が再び敵を睨み付けると同時にフューリーが剣を構えた。斬霊の一閃がワイルドハントを斬り裂き、更に達人の一撃が重ねられる。
 斑鳩は仲間達の連携が見事に決まったと察し、自分も、と前に踏み込んだ。
 電光石火の蹴りで敵を穿ちながら斑鳩はふと思う。
(「もし、自分のワイルドハントに出会ったら…どんな感じがするんだろうな」)
 ドッペルゲンガーのように、もう一人の自分に出会ったら死ぬなどという迷信も聞いたことがあるが、その正体がドリームイーターなら納得はする。なんて、と目の前の敵を蹴りあげた斑鳩は身を翻して距離を取った。
「く、う……何て力だ」
 砂の粒を散らせ、敵はよろめく。
「いいえ、未だこの程度では終わりません」
 若雪は刃を切り返し、即座に狙いを定めた。歪んだ地を蹴った彼は緩やかな弧を描く斬撃で以て標的を斬り裂く。
 ワイルドハントに関しては不明瞭なことばかり。されど良からぬ事を成そうとしていることだけは確かだ。姿こそ似ていても、想いは別。――ならばと、心苦しさを押し込めた若雪はしかと敵を見据えた。
 しかし、砂の影も反撃に移ろうとする。
 逸早くそのことに気付いたメリノはバイくんに史仁を守って欲しいと告げた。ミミックはエクトプラズムを盾の形に変化させながら駆ける。
「くらえ!」
 だが、それよりも一瞬だけ敵の方が速かった。解放された星の光は史仁に向けられ、黒きオーラが周囲を包み込む。
「……俺、は――」
 幻に囚われた史仁は何かを言い掛けたが、それを隠すようにフードを勢いよく引き下ろした。その奥に滲む涙に気付いた雨音がはっとする。
「史仁ちゃんが危険にゃ。誰かお願いにゃ!」
「はい、任せてください」
「こういうときの為の銀狐の巫女ですよ~」
 その声に即座に反応したメリノと紗羅沙が其々に癒しの力を放つ。祈りの詩から紡がれた花束と幻楼燈火が仲間の傷と心的外傷を取り払ってゆく。メリノは敵を見つめ、今一度問いかける。
「もう一度、聞きます。なぜ、その姿を選ぶのでしょうか」
「答えると思ったか?」
 だが、予想通りに敵は面倒そうにあしらうだけ。アルルカンは片目を瞑り、軽く肩を竦めた。ケルベロスの姿を映し盗る敵は一体、何を考えているのだろうか。
「倒して分かることなら存分に牙を振るうと致しましょうか」
 翳した刃に惨劇の鏡像を映し込み、アルルカンは敵に心傷を見舞い返す。若雪と斑鳩は次の手を見極めるべく敵を注視し、紗羅沙も気合いを入れて両手を握った。
「お味方に危害を加えるおつもりでしたら容赦は要りませんね?」
「ああ。……消し、飛ばす!」
 駆けたフューリーは鉄塊剣『激昂』を振るいあげ、その刃を敵に深々と突き刺す。砂の感触は妙だったが、破壊の力を流し込んだ彼は敵を蹴り飛ばす。その勢いに任せて剣を抜き取ったフューリーはふと感じた。
 敵の力はあと僅か。間もなく戦いが終わりを迎える、と――。

●砂の隠者
 戦いは巡りゆき、緊張感で空気が張り詰める。
 敵も厄介な不利益を与えて来るが、メリノと紗羅沙がしかと皆の癒しに努めた。
 斑鳩は着実に敵を穿ち、アルルカンと雨音は攻勢に出続ける。史仁とフューリーは果敢に攻撃を続け、若雪が敵の動きを封じてゆく。
「ええい、ちょこまかと。この狸め!」
 敵は翻弄されまいと雨音を振り払い、あろうことか彼女を狸扱いした。すると雨音は尻尾を逆立て、怒りのままに低い声で唸る。
「レッサーパンダにゃ! 激オコもふもふ尻尾ビンタの刑にゃ!」
 お前なんて史仁ちゃんと全然似てないくせに、と告げて素早く立ち回った雨音は尻尾で超高速の往復ビンタを繰り出した。
 すごいです、と仲間の猛攻に目を奪われた紗羅沙も意気込み、再び巫女の秘術で加護を宿していく。
「最後まで、皆を導く燈火となりましょう」
 淡い声が紡がれ、秘法の癒しはアルルカンの力を増幅させた。
 紗羅沙に視線で礼を告げた彼は構えた獣の牙を握る手に力を込め、地面を蹴る。一瞬で相手の背後に回り込んだアルルカンは刃を振り下ろす。
「不愉快な輩には消えて貰いましょう」
 金銀花葬。白から黄に変わる花弁の幻想が閃く中、フューリーが武装砲を展開した。
「――吹き飛べ!」
 全てを灰燼に帰すべく、発射された一閃が敵を真正面から貫く。フューリー達の連撃を見届得桁メリノも最後の援護に入ろうと決めた。
 ぽちりとメリノが爆破スイッチを押せば鼓舞の爆風が戦場を彩る。終始、援護に徹した彼女の分まで、というかのように意気込んだバイくんは具現化したエクトプラズムの刃で敵を滅多刺しにしていく。
「いずれにせよ、違う存在でありながら真似られるのはいい気がしません、ね」
「そう。僕達は簡単にやらせる気も、やられる心算もないよ」
 頷いた斑鳩は天空より力を纏い、拳撃を矛のように差し向けた。其処から放たれた炎と電撃はワイルドハントを鋭く打ち貫く。
 若雪は仲間達の声を聞き、ゆっくりと双眸を緩めた。
「僕達は絶望に包まれるつもりも、帰る希望を諦めるつもりもありません」
 凶星は此処で祓いましょう、と言い切った彼が放つのは花眩の舞。流れ、舞うように閃く刃が疵を残せば、幻の花が絡み咲く。優しく甘やかな花香が敵に眩瞑を齎す最中、若雪は史仁に止めを願った。
 いくにゃ、と雨音も彼の背を押し、アルルカンや斑鳩、メリノもその姿を見つめる。
 勿論だと返事をした史仁は敵を見据えた。
「おのれ、こんなはずでは……」
「その姿の意味が分からないなら教えてやる。そりゃあ俺の死にかけの姿。つまり、一番鹵獲されやすい姿だよ!」
 呻く敵との距離を詰め、史仁は屑星魔法を紡ぐ。途端に地面の砂から幾多の星形多面体が浮かび上がる。
 空に届かぬ星は軌道を描き、そして――。
「次はもっと寿命の長い姿を選ぶことだな。さあ本物の力だ、受け取れ!」
 真の砂の隠者が指先で敵を示した、刹那。
 星は偽の砂人形を巻き込みながら激しく爆ぜ、その命を奪い取った。

●星と還るもの
 偽者は崩れ落ち、その場に倒れ込む。
 フューリーは敵が完全に戦う力を失ったと感じながらも鉄塊剣を構え直し、何か異変はないかと警戒を続ける。だが、次の瞬間。
「……崩れて消えたか」
 敵が見る間に消失していく様を見遣り、フューリーは刃を下ろした。
 それと同時に変貌していた周囲の空間も何の変哲もない場所へと変わる。否、元に戻ったという方が正しいと感じ、紗羅沙はほっと胸を撫で下ろした。
「ヒールで周囲の地形を元に戻さなければ、と思っていましたが……」
「敵を倒せば戻るみたいだね。良かった」
 斑鳩はちいさく頷き、異空間が消えたことに安堵する。ぴょこぴょこと跳ねるバイくんも敵の討伐と異変の収束を喜んでいるらしく、メリノがふわりと双眸を細めた。
「皆さん、おつかれさまでした」
「柳橋殿に大事がなくて一安心というところですね」
 メリノの労いの言葉に笑みを返し、アルルカンは史仁の名を呼ぶ。
 すると、一瞬だけ間が空いて、ああ、という史仁の返答が聞こえた。皆も無事でよかったと答えた彼は、遠くを見つめるような瞳で敵が居た場所を見下ろす。
 その手には擦り切れたローブの端が握られていた。
「…………」
 暫し無言のまま、虚空を映す史仁は何かを思い返しているのだろう。若雪とアルルカンは心境を慮り、斑鳩もそっとしておこうと彼を見守った。
 だが、戦いの中で彼の涙を見てしまった雨音はどうしても放っておけなかった。
「史仁ちゃん、大丈夫かにゃ? 疲れてるよにゃ、ええと……」
 雨音はポケットの中をがさごそと探る。どうかしたのかと首を傾げる史仁に向け、雨音は満面の笑みを浮かべて飴玉を差し出した。
「甘いものを食べれば、きっと元気になるにゃ♪」
「すまない、気を遣ってくれたのか。その、なんだ……ありがとう」
 飴を受け取った史仁は礼を告げた後、小さく笑う。
 そうして、此処は既にワイルドハントの支配下から解放されたと判断した仲間達は帰路につくことを決めた。
 静かに歩き出すフューリーとアルルカン。ぴょんとジャンプして駆けていくミミックを追いかけるメリノ。待ってにゃ、とその後を付いていく雨音に、微笑む紗羅沙。斑鳩は頭上に輝く星を見上げ、史仁も倣って夜空を振り仰ぐ。
 そんな仲間達の後姿を見つめ、若雪は思いを言葉に変えた。
「モザイクの下に隠された真実……きっと、明るみに出してみせましょう」
 今はあの星々のように遠くとも――。
 いつか必ず、この手で全てを掴んでみせよう。
 星が瞬く空の下、そっと誓った思いは胸の裡に深く沈んでいった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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