神座の森に光無く

作者:七凪臣

●祈るもの、祈られるもの
 ――おれのワイルドハントと出会うかも。
 興味と期待に駆られたバレンタイン・バレット(ひかり・e00669)の足が向いたのは、深い深い森の奥。
 小柄なウサギの少年は、秋めいてなお鬱蒼と茂る木々の合間を軽やかに跳ねた。
 目的地は定まっていない。
 ただ心の赴く侭に、少年は森を行く。まるで祈るような心地で。
 会ってみたい。
 年相応の胸に膨らむ想い。だがそれに、不安や恐れが一切混ざらぬのかと問われれば。答を知るのは、行く手を阻むように広がるモザイクを見つけたバレンタインのみ。

 これは新月の夜だ。
 モザイクの内に踏み入ったバレンタインは、まずそう思った。
 切り取られ、張り合わされ直した空間には月が無かった。いや、小さく小さく分かたれて、夜露の煌きにも及ばぬ程に成り果ててしまったのだが。
 然して、闇。
 空間を満たす液体と同じく、粘度の濃い暗闇にバレットは一人佇み。そして、二つの光を見出す。
 それは半人半獣の姿をしたモノの瞳だった。
 満月を嵌め込んだような、白くまぁるい耀き。
「……っ、おまえ」
「おまえは、この姿に因縁のあるモノなのだろう」
 バレットと『それ』の声が重なる。
 バレットを見下ろす位置に居たそれの姿が何なのか、バレットは本能で悟った。
 半人半獣でありながら、上半身にもバレットの裡に潜む獣として兎の質を多く留めしモノ。ただし頭には鹿のものとも牡牛のものとも、或いは森の賢者の象徴とでも言うような立派な角があったけれど。
 だがバレットの驚嘆を他所に、『それ』は高みよりバレットを睥睨する。
「なぜなら、おまえはこのワイルドスペースを発見できたのだから」
 光で溢れる眼でバレットを見遣り、バレットが求めたワイルドハントは淡々と言う。
「しかし今、ワイルドスペースのひみつを外へ出すわけにはいかない。だから――」
 首に、腰に、背に、豪奢な衣のように緑を纏い。青く輝く石を頂く杖を持ち、祈られる事に慣れた神の如き威厳を放ち、バレットの対はバレットに宣誓する。
「おまえは、オレの手で死ぬのだ。いま、ここで」

●ワイルドハント遭遇、バレンタイン・バレットの場合
 また一体のワイルドハントを名乗るドリームイーターが発見された。
 現場となる深淵の森をモザイクで覆い何らかの作戦を行っていたと思しきそれは、バレンタインのもう一つの側面の姿を写したもの。
 このままでは邂逅したバレンタインの命が危うい。
 急ぎ現場に向かって下さいと、バレンタインの調査をフォローし、予知を実らせたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はケルベロス達に助力を求める。
「現在、バレットさん達が居るのは、夜の森の風景が斑に張り合わされたような空間です」
 月のない夜の風景。
 空を覆う闇と地を覆う緑が万華鏡のように絡み合う幻想世界。
 そこでバレンタインと彼のワイルドハントは対峙しているとリザベッタは説き、戦闘に支障は一切ありませんと前置いて、敵の能力について紐解く。
「体から生えた植物を蔓のように延ばし、此方の身を縛めて来たり。四本の脚で軽やかに戦場を駆け、角で起こした風の刃を放ったり。掲げた杖より月の光の欠片を降り注がせたりするようです」
 相手は一体だが侮ってはいけないとリザベッタは念押し、ケルベロス達をヘリオンへと誘う。
「バレットさんがワイルドハントと出会えたのは、敵の姿とも関係があるもかもしれません。けれど因果より何より大事なのはバレットさんの命。皆さん、お願いします」


参加者
バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
角行・刹助(モータル・e04304)
シド・ノート(墓掘・e11166)
花露・梅(はなすい・e11172)

■リプレイ

●かみさま
 ある夜。森を冒険していたウサギは、出逢った森の賢者のつもりなフクロウに出逢いました。
『ホホーッ。伝聞でよければ……』
 ウサギが教えを請うたのは、かみさまの事。
 そしてウサギは知りました。
 かみさまは、立派な角と、満月の瞳、体に草を生やしていて、キレイな杖を手にしているということを。

 そして――。

(「どうして、どうして? どうしておれのワイルドハントが? おれは、おれは。おれは、ただのウサギだったハズなのに」)
 バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)は現れた『姿』に慄いた。だって、それは。故郷の友達に教えて貰った『かみさま』そのもの。
 満月を思わせる瞳に、目も合わせられない。
 まばゆくて、こわくて、畏れ多くて。いつも勝気に立っている耳が、ぺたりと垂れてしまう。気のせいか、頭を巣代わりにしている青い鳥も、身を縮こまらせているよう。
(「だいじょうぶだ。おれは、強い子だもん。よいこだもん」)
 バレンタインは懸命に、震える手を抑える。
 その時。
「神を騙ったところで行うところの何と浅はかな」
 声という優しい光が、モザイクの闇森に差し込んだ。

●ともだち
 元より小さな体を更に縮めて震えるウサギ獣人の少年の様子に、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は鍛え上げた肉体に力を込める。
「仮にその姿が本意ではないとしても、それこそ讀神行為であると心得なさい――夕映え輝く空に、」
 バレンタインにとって天啓にも等しい調べになったとは露も気付かず、ギヨチネは『敵』へ対し一気に加速すると結界を展開した。
「燦たる不浄の断末魔を識る」
 内に封じるのは己と死を与える対象のみ。出し惜しみはしない。初手からの渾身は、バレンタインが神と視た相手へ、終焉の幻想を与え精神を裡から砕く。
 しかし聖なる獣はひるまず。闇夜に割り入る輩を一瞥すると、狙いを定めて青く輝く錫杖を振り上げた。
「、っ」
「ふわっ、お月様の欠片が降って来たのでございますっ」
「……成る程」
 降り注ぐ光の礫に花筐・ユル(メロウマインド・e03772)は唇を噛み、花露・梅(はなすい・e11172)は被った帽子をぎゅっと押さえ、角行・刹助(モータル・e04304)は覚悟の得心を頷く。そしてもう一人――ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)も落ち着き払い、ウィッチドクター専用の得物を掲げる。
「そう来るだろうと思っていた」
 女性の器と心を持ち乍ら、どこか紳士めいたジゼルは抑揚なく言い放ち、刹助を中心に雷の壁を築く。
 賢い相手だと聞いていた。ならば癒し手を早々に落とそうとするのは必定。故にジゼルは、呪縛に秀でる相手に対し、厚い自浄の加護を仲間へ授ける。
「ジゼルちゃんったら、準備万端さんね」
 ジゼルとは日々、闘技場で切磋琢磨する仲な鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は同輩の先読みを讃えると、駆け抜け間際にバレンタインへ安息の声を投げた。
「夜遊びは程々にね、小さなうさぎさん――なぁんて、調査お疲れ様よ」
 助太刀に来たわ。
 少し砂糖多めなミルクティーのように囁き、しかし振り被り、振り抜く如意棒の威力は苛烈。泣くかの如き唸りを上げて空を過った一閃は角を掠め、獣の頭部を強かに打ち据える。
「ワイルドスペース、ねぇ。モザイクが邪魔する此の空間は、まるで迷いの森の様だけど」
 体勢を整え直したユルが、バレンタインに駆け寄り、その背を撫でた。
「……知りたいものは見つかったかしら」
 ――迎えに来たわ、バレくん。
(「あぁ、おれ、は」)
 慈しみと愛に満ちたユルの言葉に、バレンタインはゆっくりと顔を上げた。

 優先したのは、バレンタインとの合流と自陣内に取り込むこと。
 齢還暦超え。だがしがらみと共に過去の一切を喪失したドワーフな刹助は、バレンタインより小柄な体躯を若々しく撓らせ施術用も兼ねる電撃杖を高く翳す。
 目はもう闇に慣れた。森に紛れようにも輝く瞳が目立つ夢喰い目掛け、刹助は稲妻を迸らせる。
「……そうか」
 浴びせられた電撃に身を痺れさせつつ、ワイルドハントはケルベロス達を注視した。落としたかったのは癒しの要たる刹助だったが、付与された清めの加護が邪魔をする。それに、むしろ。この戦況をコントロールしているのは――。
「ちょっ。ホントにうさちゃんよりかしこいねー、このうさ鹿さん……!」
 液体の空を駆け来るデウスエクスの狙いを察し、シド・ノート(墓掘・e11166)は慄く素振りをみせた。けれど、あくまで素振り。
「俺が運動不足なの的確に見抜いてる気がするよ」
 四十に至れば体の各所にガタが出始めはするものの、灰色の髪を掻く男の口振りは軽やか。そしてのらりくらりとけしかけた攻性植物の威力も確か。
 何せ敵の十八番を奪う遣り口に長けた自分とジゼルには、既にジゼルから自浄の守りが与えられている。それに今の攻撃だって、前で体を張るギヨチネとユルの助手を務めるシャーマンズゴーストのカノが請け負ってくれた。
 既に此方の態勢はほぼ盤石。ジゼルが念の為にとギヨチネらの前方へ雷の壁を重ねれば、それはより堅固に。
「バレンタイン様の偽物が、攻撃力そのものに長けていないのは幸いでございましたね」
 敵の破壊力が大きければ後手に回る可能性もあったろう。しかしその懸念がないのに胸を撫で下ろし、梅は不安定な足元を蹴る。
「似た面差しではありますが、あれは夢喰いなのでしょう。でしたら惑わされてはならぬのです」
 忍として、バレンタインの友として。梅は梅は炎纏った足で宙を薙ぐ。
「こらしめて差し上げます! 花露の名の元にこの梅、心を鬼にして参りますとも!」
 放った炎弾は梅の心意気そのままに、激しい威力に赤々と燃え、ワイルドハントの身を灼いた。

●ひかり
 町のお医者さんなシドのモットーは、病は殴れば治る。だからという訳でもないが、工具に似た得物で敵を殴りつけながらふと思う。
(「暴走した自分と会うなんて。まったく、悪い夢のようだねえ」)
 盗み見たバレンタインの顔色は、まだまだいつもの溌剌さとは程遠く。ニコチン切れを装い、シドは憂くため息を零す。
 この病の患部は、早めに殴り消すのが一番。だのに、戦況は半ば膠着。負ける要素は皆無だが、一気に事を進めるだけの決め手に欠いていた。
 だが、そんなシドの見立てを読んでか、それともただの偶然か。絶好のタイミングでユルが――正しくは、カノが――突破口を開くこととなる。
「ねぇ、ワイルドハントさん。アナタに用はないのだけれど……これ以上、この子を困らせる様な真似をするのならば――仕置きが必要ね?」
 気怠げに緩くウェーブの掛かった髪を肩口で揺らし、敵に肉薄したユルは力任せに槍斧を喰らわせた。その一撃に、纏う緑の衣が爆ぜ飛んだのが『タイミング』。
「――喰らい付きなさい、カノ」
 主の言葉に、炎の意を有すシャーマンズゴーストが爪の実体化を解く。愛嬌ある紳士な側面は一時鳴りを潜め、強面通りの凶撃が月の瞳を襲う。
「お前、何を」
 刻まれた怒りに、ワイルドハントの威厳が薄らぐ。
「まぁ、俺は口を挟むつもりは無かったんだがな」
 剥がれおちかける化けの皮を前に、刹助は冷静に繰る力を択ぶ。
「黙って聞いていれば、死ねとか……随分な言い草じゃないか?」
 取り出したのは、古のドワーフ族がアスガルドより持ち出したと伝わる霊薬の一種。
「分を弁えろよ、ワイルドハント。不相応な力だ。定命種の心の有り様を漁る貴様等にはな――洒落た台詞は必要ない」
 定められた手順を踏み希釈されたそれは、仲間の攻撃力を上げる可能性を内包する。運命の女神の微笑みを確信した刹助は、その恩恵を最前列に在る者らへ齎した。
 裡に宿った熱を胸に、ギヨチネはバレンタインを窺う。同じ盾を担う少年とは、かつて互いに信じる神を語り合った仲。彼の懸命に勇気を振り絞ろうという姿に、何がなんでも守り救わねばという使命感を駆り立てられ、ギヨチネは神殺しの城塞とも称する竜のハンマーの柄を握り締める。
「あなたにバレンタインの命を奉じるわけには参りません」
 重量級の得物を扱う負担に、全身の筋肉が悲鳴をあげていた。にも拘わらず、ギヨチネは迷わず巨大な武具を振り上げ、振り下ろす。超重の一撃に、生命の進化さえ凍てついた。
 けれどワイルドハントがこのまま倒れる筈もない。守りの要として腹を括るギヨチネは、破壊の余韻を身に残したまま疾風の獣の爪に我が身を晒す。
 敵の狙いは、思考による選択から、衝動による反射に変わっていた。要するに、狙われ始めたのはカノ。崩れた均衡は戦いを加速させ、収束へと直走る。
「小さき隣人たち、その矢尻の秘蹟を此処に――他のワイルドスペースにも、私達の味方が向かっている。こんな調子でハロウィンに間に合うのかい、ワイルドハントの亡霊さん?」
 ダメージが集中し始めたのを見定め、大樹の妖精を招く精霊魔法で仲間を癒したジゼルが投げたのは、打ち返されるのを期待しない球。
「亡霊か。如何に捉えるもお前たちの自由」
 然して敵は思惑に乗らず、神の泰然さでケルベロス達を睥睨した。この在り様に、纏も仕掛ける。
「仮装にしては本格的だけど、不快なの。このねとねとした空間もだけれど……」
 よりにもよって、『かみさま』の姿を紛うなど。
 けれど神を模した夢喰いは、振る舞いも神の如く。地上の声を意に介さぬ態度に、纏は「そう」と短く結び、全ての注意を戦いへと切り替えた。
「此処は、貴方のための世界。貴方が物語を紡ぐ場所。読み解く者が不要というなら、永久に内に在り続ければいいわ――逃がさない」
 詠唱に応えショルダーバックより飛び出す一冊の絵本は、薫風と共に文字を羽ばたかせ。新たに組み上げる物語となって、敵の命を纏の命へと還元する。
 破壊者たる纏の一撃は痛烈。常に鋭くワイルドハントの命を削っていた。纏の力が及ばなければ、戦いはもっと長引いたたろう。
(「バレンタイン様よりかしこいかもしれませんがっ」)
 情にも勢いにも流されず、虎視眈々と勝機を伺っていた――けれど付加された一手に全てが崩れた相手を前に梅は思う。
 確かにバレンタインより優れた敵かもしれない。ならば、尚の事。
「バレンタイン様の偽物は成敗です。どれほど賢くても、わたくしの知るバレンタイン様はただ一人! かしこくても負けません!! 忍法・春日紅!」
(「……っぷ」)
 巻き起こした小振りな紅の花弁の嵐に紛れ、神々しさに怯まずデウスエクスへ跳んだ梅に、バレンタインが小さく吹き出す。
 そうだ。おれは強い子だ。みんながいるから。みんなの声が、背を押してくれるから。
 みんなが、おれのひかりになってくれるから!
「いけっハレルヤ! マジックミサイルだぜ! おれががんばっているんだ、おまえもすこしは働くべきさ!」
 小柄なウサギは背筋を伸ばし、ぴんと耳を立て。同じく縮こまっていた青い鳥に発破をかけると、杖へと転じさせて無数の魔法の矢を『かみさま』へと放った。
 歳の離れた弟のようにも思う少年の真っ直ぐな眼差しに、ユルは胸裡で安堵する。
 もう、大丈夫。そしてこの相手に、用は無い。
「アナタのお陰でまた少しあの子を知れたけれど……もうお仕舞にしましょうか」
 大丈夫。痛みは一瞬だと囁き、ユルは儚くも美しい白薔薇を生成し。瞳を奪い、呪毒の花弁と凍て付く棘で敵を覚めぬ眠りに誘う。
「にしても。これがうさちゃんの暴走した姿なんだよね? そうかそうか、これが……ほんとうにー?」
 ちらり、ちら。二者を見比べ首を捻ってみせたシドに、バレンタインが文字通り跳ねる。
「うっさいぞ! ほんとうだー!」
 その威勢の良さにシドはにぃと笑い、偽神へと走り出す。
「なら、こういう輩には拳固できっついお灸を据えたげよう――歯ァ食いしばれや」
 振るう力は文字通りの拳固。殴られる方も痛いが、殴る方も同等の痛みを感じる情の籠った一撃を、シドは夢喰いの頭の天辺へと呉れてやった。

●君在る森に光あれ
「借り物の姿に声真似。盗んだか写し取ったかかまでは知らんが、盗人猛々しいとはお前の事だ」
 拳を固め刹助は紛いモノへ肉薄する。
 どんな理由が有ってバレンタインの姿を写したかは知れぬ。憶測は幾らでも出来るが、大事なのはそこではない。
「それはうさぎにとって、何かしらの想いの形。部外者が土足で踏み込んでいい領分を越えている」
 過去、未来、願いの可能性を内包するその姿は、本来バレンタインだけのもの。そしてバレンタインは、この地に生きる同胞や友人を傷付けるような性質には見受けられないから。
「悪趣味、不愉快だぜ。消えろ、デッドコピー」
 癒しの担い手としての役目を終えた刹助渾身の、鋼の鬼と化した一撃に、写し神の満月に狂気が走る。
「……ならぬ、ならぬ。知られる訳には」
「っ」
 潰えきれぬ光を見つめてしまい、バレンタインの身が再び竦みかけた。が、やはり皆の声が少年を掬い上げる。
「ひかりなら、此処にあるさ」
 人に焦がれるジゼルが、とんと胸をさす。
「手が、必要かしら?」
 月が見れぬと言うなら、わたし達があなたの目となる――纏は、幕引きをとバレンタインを促し。
「代わりなら、喜んで」
 ユルは故郷の想いを傷付け嫌われる覚悟を胸に、身代わりを請け負う。躊躇いはなかった。此処はバレンタインが還る正しき場所ではないから。
 果たしてバレンタインは、優しさで胸を一杯にし自ら前へ出た。
「バレンタイン様、かっこよく決めて下さいませ!」
「ああ、まかせるんだぞ!」
 梅の励ましに、ウサギは駆ける。その逞しい背に、ギヨチネは祈った。
(「バレンタイン、貴方が見上げるべきは穏やかな月でございましょう」)
 抱くは異なる神。されど仰ぐ神を持つ男は誰よりバレンタインに近く、故に彼の決意を知るから。
(「疾く、終わりますよう。バレンタインの平和な日々が守られますよう――」)
「ここは負けないのだ! おまえは、かみさまじゃあない! 燃えろ、太陽!」
 闇夜の森に産声を上げる、鮮烈な太陽の耀き。月を呑み、赤々と盛る紅蓮は世界を刹那、昼へと変えて。
「……死すは、オレであったか」
 打ち込まれた光のかけらに仮初めの鼓動を焼かれ、写し鏡は静寂へと帰した。

『あのね。出会いそのものに意味がなくても。出会いのその先に、意味があるって俺は思うんだー』
 モザイクが解けた夜の片隅、こしょこしょ耳に忍び入るシドの声にバレンタインは擽ったそうに肩を揺らす。
『うさちゃんは、自分という壁ひとつを乗り越えたってことで。今夜はきっといい夢見れるよ』
「きっとそうなんだぞ! でも、なんで糸電話なんだ?」
 くすくす我慢は、やがて限界を超え。思い切り伸びをしたバレンタインは、自分を囲んでくれる温かな『ひかり』たちと快哉を笑う。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 15
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