野生に狂う水月

作者:雷紋寺音弥

●禍月
 山間の谷を吹き抜ける風は、既に秋を通り越して、冬の気配を含んでいた。
 東北地方に位置する限界集落の一つ。既に過疎が進んで久しく、今では数人の老人だけが、細々と農業を続けているだけの場所。
 そんな場所に、何か惹かれるものを感じ、レイヴン・クロークル(水月・e23527)は独り調査に訪れた。だが、本来であれば小さな集落があるはずの場所は、今や完全に不気味なモザイクに覆われていた。
「なるほどな……。俺の中の血が騒ぐわけだ」
 見上げれば、夜空にはもうじき大潮を迎えようとする美しい月が。後、二日ほどもすれば、見事な満月を迎えるはず。
「……背を向けて帰るわけには、いかないようだな」
 意を決し、レイヴンはモザイクに覆われた集落の中へと足を踏み入れた。瞬間、粘性の高い液体に包まれたような感触に、彼は思わず顔を顰めた。
 ほんの数名の老人が住んでいるだけの集落だが、その姿は酷く狂っている。何もない空間に家が浮いているかと思えば、畑の中には唐突に巨大な木が生えている。そして、何よりも奇怪だったのは、池に照り映える月の姿。空にあるはずの月が見えず、しかし池にはしっかりと映っている。
「ほう……このワイルドスペースを発見できるとは、よもやこの姿に因縁のある者か?」
 突然、後ろから声がした。ふと、振り返ってみれば、目の前に立っているのは血に飢えた白狼のような男。
 種族としては、ドリームイーターで間違いない。だが、その姿はレイヴンに生き写し。
「こいつは……月の夜に狂う、俺の姿か」
「ふふ……残念だが、この空間を発見した時点で、貴様の命運は尽きたも同じだ。この池に照り映える月の姿が、この世の見納めであると知れ!」
 ドリームイーター・ワイルドハント。その名に違わぬ凶暴な野性を剥き出しにし、獲物を狙う爪がレイヴン目掛けて放たれた。

●ワイルドに狂う
「召集に応じてくれ、感謝する。ワイルドハントについて調査をしていたレイヴン・クロークル(水月・e23527)が、東北地方の限界集落で襲撃を受けたようだ」
 状況は一刻を争う。取り急ぎ、現場に向かってレイヴンに加勢し、敵を撃破して欲しい。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達を前に説明を始めた。
「レイヴンを襲撃した敵は、ドリームイーターのワイルドハントだ。限界集落をモザイクで覆って何らかの作戦を行っていたようだが、詳細は不明のままだ」
 それについて調べるために内部へと侵入したレイヴンへ、敵は攻撃を仕掛けて来た。こちらでも最大限のフォローは行うので、まずは彼と合流し、敵を叩くことが先決だとクロートは告げた。
「敵のドリームイーターは1体のみで、配下の類は連れていない。モザイクに覆われた現場は奇怪な空間になっているが、戦闘そのものにも支障はないようだな」
 特に邪魔が入ることもないので、レイヴンと合流後、戦闘に集中できるのは幸いだ。既にレイヴンは戦闘に入っていると思われるが、こちらもそれほど間を置かずに到着できる。
 もっとも、敵に先手を取られている上、1対1ではいかに彼とて分が悪い。単に加勢するだけでなく、その後の立ち回りもしっかりと考えておく必要がある。
「敵の姿はレイヴンに似ているが、その性質は飢えた狼そのものだ。レイヴン同様、ウェアライダーとブレイズキャリバーのグラビティに相当する技を使用し、おまけにかなりの俊足を誇るぞ」
 無策で挑めば一方的に攻撃された挙句、泥沼の持久戦に持ち込まれてしまう。
「この敵の姿は、レイヴンのもう一つの姿といったものなんだろう。だが、その戦闘力は本人以上だ。かなり好戦的な相手のようだが……真正面からの力押しに走るのは得策じゃないぜ」
 各々の強さから予想される攻撃の手番、使用するグラビティなどから陣形を決め、それぞれが自身の役割をしっかりと果たすこと。数の利を活かしたチームワークこそが、狂える獣に打ち勝つ鍵だ。
「敵の狙いも気になるが、今はレイヴンの救出が最優先だ。ワイルドスペースの調査よりも、まずは目の前の敵を倒すことに集中してくれ」
 レイヴンの命運は、お前達に掛かっている。そう言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
シィ・ブラントネール(絢爛たるゾハルコテヴ・e03575)
小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)

■リプレイ

●魔狼
 山村を包む月影は、思いの他に静かだった。
「ケルベロスの姿を借りるなんて、入れ替わりでも狙ってるのかしら?」
 目的の場所に辿り着き、シィ・ブラントネール(絢爛たるゾハルコテヴ・e03575)は思わず空の上に浮かんだ月を見上げて呟いた。だが、雲の切れ間から降り注ぐ月光は、彼女に何も答えてはくれず。
「うーん、自分の姿の相手と戦う、かぁ……。割と面白そうなんやけどなー、見た目だけやもんなぁ」
 所詮は偽り、歪んだ姿。鏡写しの戦いを期待する猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)にとっては、ワイルドスペースも彼女の好奇心を満たすには足りないといったところか。
「余計な詮索は後回しです。事態は一刻を争うのですから」
 そこまで聞いたところで、仲間達を制すルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)。目の前に広がる不気味なモザイク。なんとも嫌な空気が漂っているが、躊躇っている場合でもないのだ。
 意を決し、ケルベロス達はモザイクの中へと足を踏み入れた。瞬間、周囲の空気が粘つく液体のように纏わりつき、心なしか身体が重たく感じられた。
 秋も深まってきた時期だというのに、まるで真夏の熱帯夜に逆戻りしたかのような不快感。ワイルドスペースが異空間だとは聞いていたが、まさか空気まで違うとは。
「レイヴンさまは御無事でしょうか……」
 ふと、薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)が耳を澄ませば、畑の向こうから聞こえてくるのは拳と拳がぶつかる音。
「褐色イケメンが二人いるっすね、どっちがレイヴンくんっすか? ……じょ、ジョーダンっすよぉお!」
 周囲の仲間達から睨まれ、小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)が思わず小さくなった。その間にも、畑の向こうでは一進一退の攻防が続けられ。
「ふふ……どうした? 貴様の抵抗は、それで終わりか?」
 指先に付いた血を軽く舐め、白狼の腕を持つ青年が問う。その傍らで膝を突いているのは、他でもないレイヴン・クロークル(水月・e23527)だ。
「……舐められたものだな、俺も。この程度でくたばるほど、柔な相手だと思ったか?」
 口元の血を拭い、レイヴンはハンマーを杖代わりにして立ち上がる。だが、彼が追い込まれているのは、傍から見ても一目瞭然。
「愚かなものよ。無駄な抵抗で死出の旅路を引き延ばすだけ、余計に苦しむのは必然であろうに……」
 レイヴンの似姿を取るワイルドハントが、冷たい輝きを宿した瞳をレイヴンへと向けた。
 これで終わりだ。遺言があるなら、聞いてやろう。冷徹な笑みを浮かべ、腕を振り下ろさんと迫るワイルドハント。だが……その爪がレイヴンの喉笛を掻き切るよりも早く、異筋の流星が戦場へと舞い降りた。
「……ぐっ! 何奴!?」
 脇腹を蹴り飛ばされ、ワイルドハントが畑に転がり思わず叫んだ。見れば、レイヴンの周りには、いつしか駆け付けた仲間達の姿が。
「無事か、クロークル? 怪我の程度はどんなモンだ」
「……掠り傷だ。大したことはない」
 敵を蹴り飛ばした天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)の問いに、レイヴンはいつもの調子で返した。もっとも、それが強がりでしかないことは、誰から見ても明白だった。
 ワイルドハントの攻撃は、相手の魂を食らい糧とするもの。1対1の殴り合いを続けていれば、レイヴンの方が一方的に不利となる。
 正直なところ、テレビウムのミュゲの応援がなければ、ここまで持ち堪えられたかも怪しかった。防御に特化した陣形を選択してはいたが、それでも耐えるのには限界がある。
 だが、それもここまでだ。味方が揃った以上、ここから先は好きにはさせない。四方から敵を取り囲んだところで、朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)がレイヴンにブレスレットを手渡した。
「レイヴンさん、これ。『ちゃんと返しに戻ってこい』って伝言も一緒に預かってきたよ」
「……そうか」
 それだけ言って、レイヴンは結の頭に軽く手を置いた。気の利いた言葉を考えて選ぶのではなく、行動で労いを示すのが、彼のやり方らしかった。
「これは、これは……。仲間がいるとは予想外だったが……」
 揺らりと立ち上がるワイルドハント。常人であれば肋骨を粉砕されてもおかしくない蹴撃を受けていながら、まるで動じる様子も見せず。
「この空間に足を踏み入れた以上、貴様達の命運は全て同じだ。今宵、この場所で、我の血となり肉となるがよい!」
 両腕を高々と振り上げ、ワイルドハントはケルベロス達へと襲いかかる。歪んだ世界の中心に、魔狼の雄叫びが響き渡った。

●絶影
 異形の様相と化した村を、疾風の如く駆ける影。
 ドリームイーター・ワイルドハント。レイヴンの似姿を取る偽りの魔狼は、その身に違わぬ俊敏性で、ケルベロス達を翻弄する。
 狙いをつけているはずなのに、まともに攻撃が当てられない。その俊脚を止めようにも、初撃が当たらねば意味を成さず。おまけに、敵の鋭く重たい一撃は、食らえば骨の髄まで響いてこちらの狙いを定め難くする。
「所詮は、数ばかり集めただけの烏合の衆よ! ワイルドの力を持つ、我の敵ではないわ!」
 響き渡る魔狼の咆哮。あれを食らえば、こちらは動きが取れなくなる。
「「……!?」」
 草の先を揺らして迫り来る方向を前に、壁として立ちはだかったのはレトラとぶろっこりーだった。
 衝撃に身体が揺れ、足が止まる。本来であれば複数人が受けるはずだった攻撃を、たった2体で纏めて受け止めているのだから当然だ。
 もっとも、これはチャンスでもあった。まともに攻撃して当たらないのであれば、強引に狙って当てればいい。
「行くぜ、クロークル。……解ってんだろうな?」
「当然だ。まずは奴の脚力を削ぐ」
 にやりと笑って問い掛ける陽斗の言葉に、レイヴンはまったく表情を変えずにハンマーの柄を構える。雪豹と白狼が紡ぐ雄叫びは、強烈な衝撃を生む砲弾と化して解き放たれ。
「くっ……! この程度で、我の足を止められると……!?」
 敵が攻撃に怯んだ一瞬の隙を突いて、後ろに回り込んだミュゲが凶器で敵の頭をカチ割った。仲間が完全に揃った以上、回復支援だけに特化する必要もない。
「甘いで! もう一発、おまけや!」
 寝ぼけたような動きから一転。高々と跳び上がり、顔を上げたところを狙って千舞輝が鋭い蹴りをお見舞いする。顔面を蹴り飛ばしたところで間合いを取り、千舞輝は相棒のウイングキャットである火詩羽へ目配せした。
「背中は任せたで、火詩羽」
 場合によっては、長期戦も覚悟せねばならない戦い。そのための準備を怠ることなく、火詩羽を仲間達のフォローに回らせ。
「能力的に格上でも、動きが鈍ければ攻撃し易いですわね」
 網状に展開された怜奈の霊力が、覆い被さるようにしてワイルドハントを捕縛する。自慢の俊脚を封じた今、これで戦況は五分と五分。
「時間を稼いで、ハコ!」
 牽制をボクスドラゴンのハコに任せ、蒼く燃える炎を紡ぐ結。その輝きは、やがて燃え盛る翼に変わり、狂える夜の闇を照らし出し。
「加護の翼、蒼き焔を纏って、ここに」
 咆哮に立ちすくんでいたシャーマンズゴースト達が、焔の輝きを受けて力を取り戻す。1つ1つの力は弱くとも、それを補う圧倒的な人数と手数。それらを巧みに組み合わせた、チームワークこそが勝利の鍵だ。
「贈り物よ、受け取ってくれるかしら?」
「緑の風の鎖がお前らを縛ってやるっすよ!!」
 シィの不敵に微笑みに合わせて空間が歪めば、カナンの紡ぐ不可視の風が、まるで流水の如く敵の手足に絡み付いて動きを封じる。時空の歪みより降り注ぐ攻撃の雨に敵の足が再び止まったところで、二人は示し合わせたようにシャーマンズゴースト達を向かわせた。
「今よ! 燃やし尽くしなさい、レトラ!」
「ぶろっこりーも、一緒にやるっす!」
 目には目を、歯には歯を、ワイルドの名を冠する者にはワイルドを。宵闇を貫く原初の炎。それは重なり、いつしか紅蓮の炎弾となって、ワイルドハントを飲み込んで。
「……笑止! この程度の炎で、ワイルドの力を語るなどと……ぐぁっ!?」
 片腕を振るって強引に炎を振り切ったワイルドハントだったが、そこから立て直すことはルイが許さない。視界が炎で塞がれた一瞬の隙を突き、一気に距離を詰めて加速したハンマーの一撃を叩き込んだのだ。
「貴様の目的が何であれ、倒すことに変わりはない。……さあ、戦いの続きと行こうか?」
 畑の中に突っ込んだワイルドハントへ、ルイは冷たく言い放った。その瞳には、一切の礼も情けもない。目の前の獲物を確実に仕留める猛禽の如く、黒き翼を左右に広げ。
「くく……やるな、貴様達。どうやら、我は少々見縊っていたようだ」
 魔狼が、ゆらりと立ち上がる。その身に無数の傷を刻まれながらも、瞳の奥底に光る獰猛な野生までは死んでいない。
「だが、これまでだ……。我が名はワイルドハント……。この空間に足を踏み入れた者は、何人たりとも返さぬが務め!」
 ワイルドスペースの中を満たす何かが、生暖かい風のようにケルベロス達の頬を撫でる。手負いの魔狼が高々と吠え、その爪と牙が新たな獲物を求めて空を切った。

●鏡像
 歪んだ空間で繰り広げられる戦いは、いつしか泥臭い命の取り合いと化していた。
 俊脚を奪われたワイルドハントは、持ち前の素早さを十二分に発揮できない。しかし、敵の命を喰らい糧とする術は健在であり、思わず辟易したくなるほどのしぶとさを持っていた。
「殴り合いってのは楽しくなくちゃならねぇ、命の遣り取りがなくっちゃ、な?」
「……笑わせる! 後ろに下がり、安全な場所から我を殴るだけの者が、戦いを語るでない!」
 陽斗の振り下ろした大鎌を左腕で受け止め、ワイルドハントは距離を取った。口では強気な態度を崩さないが、明らかに消耗しているのが見て取れる。どれだけ他者の命を啜り、自らの糧としようとも、ダメージの蓄積までは隠し切れない。
「貴様達の命、我が貰い受けよう! ワイルドの力、甘く見るな!」
 燃え盛る炎に腕を包み、ワイルドハントは自らの渇きを癒すべく、命を食らう一撃を繰り出して来た。
「……っ! 抜かれた!?」
 真横をすり抜けて駆けるワイルドハントに、シィが思わず後ろを振り向いて叫ぶ。ここに来て、こちらの防衛網を潜り抜ける凄まじい瞬発力。追い詰められたデウスエクスの、最後の力といったところか。
「ふはははっ! ……取った!」
 燃える爪突が空を裂き、正面から怜奈の胸元へと突き刺さる。飛び散る鮮血。誰の目から見ても、明らかな程に深い傷。致命傷をもらってしまったかと……そう、思われたのだが。
「そろそろシメますか? エルバイトシュトゥルム!」
 痛烈な一撃をもらったはずの怜奈は、何故か動ずることもなく笑みを浮かべて自らの力を解放した。極限状態まで活性化した静電気。それを突風に乗せ、至近距離から叩き付け。
「ぐはっ! ば、馬鹿な! 何故だ!?」
 青白い火花を散らしながら、ワイルドハントが吹っ飛んで行く。その瞬間、全てを理解した。歪んだ夜空に存在しないはずの月が、怜奈に力を与えていたということに。
「あなた達の企みも成就なんてさせない。それに……誰も倒れさせないし、その為に私も倒れない! 私の矜持、舐めないで!」
 ルナティックヒール。満月にも似た形の光球にて、仲間の力を高める技。怜奈の胸元に爪が突き刺さった瞬間、結の投げた光の球が、その傷を瞬く間に修復していたのだ。
「結びし誓約の元、我が呼びかけに応えよ。東方を守護せし者、東海青龍王敖広」
 輝跡を残すルイの一閃に身体を切り裂かれ、大きく仰け反るワイルドハント。続けて、駄目押しとばかりに紅蓮の蹴りを叩き込んだところで、千舞輝が大きく伸びをして仲間達へと告げた。
「ん~、後は頼むで~」
「任せといて! 皆、一斉攻撃よ!」
 頷いたシィの言葉を皮切りに、無数の攻撃がワイルドハントへと降り注ぐ。竜の吐息が、猫の輪が、原初の炎が入り乱れ、硝子の魚が突撃れば、ハートの矢が深々と胸元に突き刺さり。
「レイヴンくん、今っすよ!」
「……言われるまでもない!」
 カナンの言葉が終わり切らない内に、レイヴンが颯爽と駆け出した。それに気づいたワイルドハントも、満身創痍でありながら魔狼の腕で迎え撃つ。
「彼奴に恥じぬ様に、誇れる様に! その為にも……偽者だとしても、俺は俺自身から目を背けない! もう二度と、狂った俺自身から逃げるつもりはない!」
「ほざけぇぇぇっ! 貴様のその力、全て我が喰らってくれるわぁぁぁっ!」
 ぶつかり合う獣の拳と拳。互いに一歩も退かぬ、一進一退の攻防戦。
 骨の軋むような音が響き、レイヴンの顔に一瞬だけ苦悶の表情が浮かぶ。だが、ワイルドハントが思わず勝利を確信した瞬間、レイヴンの背後から飛び出して来たのはミュゲだった。
「しまった! この間合いでは……!?」
 脳天に叩きつけられる凶器攻撃。正面のレイヴンに気を取られ過ぎていたことが災いし、避けるだけの余裕もなく。
「……不覚」
 力無く崩れ落ち、そのまま霧散して行くワイルドハント。その最後を見届けつつ、レイヴンは呟くような小声で告げた。
「残念だったな。今の俺は、独りじゃないのさ」

●幻夢
 戦いの終わった山村は、いつしか元の姿を取り戻していた。
「くぁ~、眠い……。ちと、夜更かしが過ぎたみたいやね」
「お疲れさま、ミュゲちゃん、ハコ! レイヴンさんも、お疲れさま」
 全てを終え、大きく伸びをしている千舞輝を横目に仲間達を労う結。しかし、未だ謎は残されたまま。あれから、ワイルドスペースを探索しようとしたケルベロス達であったが、程なくして歪んだ空間は消滅した。
 後に残されたのは、何事もなかったかのようにして眠る限界集落。家の中の様子までは解らないが、どうやら村人達も無事のようだ。
「ねぇレトラ、アナタの居たワイルドスペースと此処は同じモノなの?」
「ワイルドスペースってホントなんなんすかね? ぶろっこりーもそこから来たっすから、なんか喋るっす!」
 真相を探るべくシィやカナンが問い掛けるが、シャーマンズゴースト達は困ったように首を傾げるだけだ。恐らく、彼らにとっても『解らない』というのが正直な感想なのだろう。
「それにしても……あまり無茶をされるものではないですよ」
「……考慮しておこう」
 嗜めるようにして告げられたルイの言葉に、レイヴンは苦笑を交えて返す。
「結局、ワイルドスペースとは、何だったのでしょうか?」
「さあな。デウスエクスの連中の考えなんざ、俺には良く解らねえな」
 怜奈の問いに、陽斗は空を仰ぎつつ答える。青白い突きの光が彼らを照らし、変わらぬ夜が山々の間に広がっていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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