ミッション破壊作戦～邪炎を断て！

■リプレイ

●秋田県秋田市、川反通り上空
「人類の生活圏を奪還する為にも、頑張らないといけないわね」
　ラピス・ウィンディア（ビルシャナ絶対殺す権現・e02447）が、眼下を見て呟く。
　肌を撫でる冷たい風は、客足乏しい歓楽街の寂しさを伝えてくるようだ。
　それは魔空回廊を砕かぬ限り止むことなく。むしろ日毎に強さを増して、やがては街そのものに死をもたらすのかもしれない。
「人に紛れるかたちの脅威も、恐ろしいものですね」
　罪咎・憂女（憂う者・e03355）が誰に向けるでもなく言えば、それを耳にしたシヴィル・カジャス（太陽の騎士・e00374）はグラディウスを握りしめて思った。
（「一度目の作戦で、魔空回廊を破壊できていたなら……」）
　二ヶ月ほど前。当地に対する最初のミッション破壊作戦に臨んだシヴィルは、回廊を守るバリアを破れないまま撤退を余儀なくされている。
　それから今日に至るまでの間。この地を拠点とするシャイターンは、また幾ばくかの人命を奪っただろう。
　許しがたいことだ。シヴィルだけでなく、居並ぶケルベロスたちは皆、卑劣なデウスエクスに怒りを燃やしている。
　とりわけ、クオン・ライアート（緋の巨獣・e24469）の心中に湧き立つものは強く。
（「嘗ては我らヴァルキュリアの同胞を弄び、そして今は、この街にて人々の命を弄ぶ、か……」）
　――全く、どこまでも。あの濁った目と翼を持つ奴らは不愉快極まりない。
　連中を灰燼に帰すため、胸奥より出づる炎が役立つならば。
　クオンは小剣に目を向けて、小さく頷く。
　その横顔を眺めていたクリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）も、今一度、覚悟を決め直した。
　秋田市に住まう、或いは川反通りを訪れる人々を護るべく。
　武器も想いも、準備万端。
「では、今度こそ破壊させてもらうとしよう！」
　騎士団の長たる威風を纏ってシヴィルが宣する。
「ええ。必ず、砕きましょう」
　憂女が答えて、両手に力を込める。
　そして八人のケルベロスたちは、宙へと舞った。

●降下
　落ちていくにつれ、鮮明になる街の姿。
　同時に視えてくる、人々が住まう地にあってはならないもの。
　紛うことなき侵略の証、強襲型魔空回廊。
　それを通じて現れる赤い頭巾の少女たちが、この地で密やかに暴虐を尽くしてきた。
「ああ、全く。模ったのが童話の似姿ってのは、ちょいとばかり趣味が悪すぎるねえ。こんなのを寝物語にした日にゃ、夢見が悪くてしょうがない」
　程なく出会う敵を想像して、エリシエル・モノファイユ（銀閃華・e03672）が叫ぶ。
「……悪夢をもたらす原因は、ジャハンナムの彼方まで吹っ飛んで消えろっ！」
「人々の営みを脅かすデウスエクス……その橋頭堡を潰す事は大きな一歩……！　あのような悲劇……繰り返してなるものかぁっ！」
　続けてラピスも声を上げ、二人は小剣をドーム状のバリアへと突き立てた。
　剣先からは炎と雷が溢れ出し、次第に薄煙が立ち込めてくる。
　その中へ紛れるようにして、天壌院・カノン（ペンタグラム・e00009）も障壁にグラディウスを叩きつける。
「たとえ寂れつつある町であっても、無くなって良い命など一つもありはしません！　それが観光客であるならば尚更です！」
　不運にもシャイターンの餌食となり、燃え逝く人々の苦しみを想えば。カノンの胸は傷み、今にも張り裂けてしまいそうになる。
　その感情を、剣に込めて。願うは、この地の奪還。
「……私は輪廻の秤を正す者。天壌院・カノン、推して参ります！！」
　刃を両手で押さえ、カノンはさらに魂の叫びを注ぐ。グラディウスもそれに応えて、より強い熱と光を放つ。
　そこに加わるのは、クリームヒルデ・ビスマルク（自宅警備ヒーラー天使系・e01397）。
　移動中には「秋田といえばきりたんぽ。熱燗に合いそうだぜ」「家呑み派だけどたまには店もいい」「奢りならなおよし」などと宣っていた彼女も、この一時ばかりは鮮烈な一面を見せた。
「閃かせ、征伐の刃を！　期は熟した。今こそ、かつての栄華を取り戻すために彼の地を解放する時！」
　言の葉を消し飛ばさんばかりに、剣から灼熱と閃雷が迸る。十二分な手応えを得て、しかしクリームヒルデは、なお哮る。
「川反通りに溢れた人々の笑顔と歓声を、再び我らの手に！　必要なのは火付けのマッチ棒でもコールタールでもない。人々の心に火を灯し、熱く燃え上がらせる解放の凱歌を……高らかに響かせん！」
　途端に一際強烈な炎が噴き上がり、巨大な障壁の一角に打ち掛かった。
　その迫力満点の光景に負けじと、罪咎・憂女（憂う者・e03355）も続く。
「炎は奪うためではなく照らすためにある。危険でもあるが、人の生活に寄り添う灯だ」
「その通りであります！」
　声を合わせたのは、クリームヒルト。
「炎は人々の生活に欠かせぬものでありますが、それは正しく扱ってこそであります！　そして放火というのは、直接的に人々を傷つける以外にも住んでいる場所、そして大切な思い出までも奪う悪辣な手段であります！」
　悪辣、の二文字に頷き、憂女もさらに想いを紡ぐ。
「積み重ねてきたものを焼き払うような真似は不愉快だ。街の歴史を土足で踏み荒らすことは認めない」
「炎を悪用し、人々の幸せを奪う貴女方は許せないであります！」
「この一太刀で、穏やかな日々を取り戻させてもらう！」
「全身全霊の一撃で以って魔空回廊を打ち砕き、この地に住む人々を護るであります！」
　言葉が折り重なるごとに溢れる力は増し、爆炎と雷光で障壁を襲う。
　そして残るグラディウスは、あと二振り。操るは、シヴィルとクオン。
「同じ魂の叫びを二度も繰り返すのは、見た目の良いものではないのだがな」
　微笑みながら言ったシヴィルは、すぐさま表情を引き締める。
　確かに同じ言葉を繰り返すだけであれば、それは作業のようにも見えるかもしれない。
　しかし己にとっての確固たる信念、回廊を破壊するため必要な叫びの核であるならば。
　臆することはない。今日こそ必ず破ると誓って、その想いを何度でも剣に注げばいい。
　グラディウスの力を発揮させるのは、何よりも強烈で、明確な叫びなのだ。
「わざわざ貴様のような少女からマッチを買ったということは、憐憫の情を覚えてのことだろう」
　シヴィルは立ち込める白煙の先。何処かにいる赤い頭巾の少女に向けて言い放つ。
「その親切心を仇で返すとは、シャイターン許すまじ！」
「……ああ、決して許すことなど出来ん！」
　騎士と連れ立って、クオンも吼える。
「貴様がマッチを売るというのなら、私が全て買い取ろう！　御代に関しては心配するな、我が刃にて存分に払ってやるッ！」
「遠慮はいらん！　この太陽の騎士の刃も受けて、果てるが良い！」
　八本の小剣から迸る力が、次第に一つとなっていく。
　最後にもう一押し。渾身の力を注ぎ、クオンは擦り切れんばかりに叫んだ。
「我は巨獣！　この地に居座る悪しき邪精の領域を破壊し！　蹂躙し！　無へと還す！　この地を人々の下へ解放し、明日を照らす太陽を掲げる緋の巨獣なり！！」
　瞬間、爆炎と雷光が打ち乱れ、辺りを白煙が覆い尽くしていく。

●戦果
　地に降り立ったケルベロスたちは、放出した力の名残を五感で感じつつ彼方を見やる。
　その先に障壁と、侵略の柱たる魔空回廊の姿は――ない。
　川反通りを蝕むものは、跡形もなく消え去っていた。
（「……今回は破壊できましたか」）
　憂女はグラディウスをベルトに差しながら、胸を撫で下ろす。
「魔空回廊、破壊完了であります！」
　クリームヒルトが戦果を噛みしめるように言って、ケルベロスたちは僅かばかりの安堵を覚えた。
　しかし、浮かれて両手を突き上げたりはしない。若干一名、祝杯を何であげるか考えているような者がいたが、それはさておき。
「……来るぞ」
　いち早く気配を察知して、シヴィルが呟く。
　そしてケルベロスたちは、彼女の声を聞く。
「――マッチを買ってもらえませんか？」
「お断りよ」
　ラピスがグラディウスをショルダーシールドに収めつつ、拒絶を示した。
「時代に即応出来ないビジネスなんて先はないわ」
「ひどい……」
　少女は微笑を陰らせて俯き――。
「私はマッチを……マッチを買って貰いたいだけなのに……！」
　そのか細い声とは似つかわしくない素早さで腕を振るうと、シャイターンらしくタールの翼を広げて炎を起こす。
　瞬く間に肥大化する青い炎は、魔空回廊を破壊された恨みつらみを糧に轟々と力強く燃えて、前衛のケルベロスたちに襲いかかっていく。
　後がないからこそ、敵も攻めに全力を傾けているのだろう。
「悪いが、貴様らの相手をするのは二度目なのでな。私に同じ攻撃が二度も通用――」
　シヴィルが盾たる務めを果たすために進み出て、真っ先に業炎の餌食となった。
「え……いや、ちょっと！　え！？」
　自身を含めた後衛の者たちに、癒しの力を引き出す祈りを込めた歌を聞かせようとしていたクリームヒルデも、さすがに驚きを隠せない。
　威勢こそ良かったが、シヴィルの騎士鎧は魔術的なものへの耐性を持たなかったのだ。
　強気な台詞もかき消されてしまった。そして炎は、なおも獲物を求めて荒れ狂う。
　対してケルベロスの盾は、他に一枚。
「フ、フリズスキャールヴ！　いくであります！」
　クリームヒルトからの慌ただしい主命に応じて、テレビウムが飛び出す。ラピスを攫う寸前だった炎を肩代わりして燃えたフリズスキャールヴは、それでも甲斐甲斐しくシヴィルの傍にまで向かうと、彼女を応援するために動画を流す。
　それほどまでに、太陽の騎士はよく燃えている。しかしテレビウムとて、魔法じみた炎に耐性を持つわけではない。
　他にも半数ほどは、少女の炎に関わりない防具を身に着けていた。
　それだけで即、敗走とはならないだろうが……しかし。
　これでは敵の残党が来るまでもなく、壊滅しかねない。一刻も早く少女――もとい、マッチ売りの悪女を倒さねば。
「……元よりそのつもりだ、一気に仕掛ける！」
　気を取り直して、クオンがパイルバンカーを構える。力を溜めだした彼女に先んじてラピスが跳び上がり、右手に携えた細く長い太刀を突き出す。
「螢惑火徳星君よ、火徳を以って灼き斬らん――ッ！　オオオオオオォォッ！」
　唸るような声と共に、刃には腕までも消し炭にしてしまうほどの劫火が宿った。
　その圧倒的な熱量を以ってすれば、如何に炎を司るシャイターンと言えど断ち切ることができるだろう。
　もっとも――当たれば、の話である。ラピスの放った一撃は、今日扱える最大威力であるがゆえ、戦い始めから攻撃の中心に据えられるほどの精度は持ち合わせていない。
　マッチ売りの悪女は微笑みながら、ひらりと踊るように刃を躱してしまう。
「……マッチを買ってくれないからよ。マッチさえ買ってくれるのなら」
「なんと言われても買う気はないのであります！」
　敵の足を止めるため、クリームヒルトが宙から蹴りを打つ。
「攻撃こそ最大の防御！　今日のボクは護るために攻めるであります！」
　槍のように真っ直ぐ。狙い定めて打たれたそれは、見事にシャイターンを捉えた。
　少女の姿がくの字に折れて、歓楽街を転がっていく。間髪入れずにエリシエルも跳んで、敵を杭で打つように真上から蹴りつける。
「マッチ売りの少女が一種の放火魔状態か……」
　あの物語を生んだ者だって、この様を見れば助走をつけてぶん殴りそうだ。
　そんなことを考えつつ視線を下げれば、エリシエルに押さえつけられた悪女は懸命にマッチを擦ろうと藻掻いていた。
　なんとも度し難い。さっさとケリをつけてもらうべく、エリシエルは器用な足捌きで悪女の身体を掬い上げる。
　そこに突撃をかけてきたのは、超金属の杭に凍気を纏わせたクオン。
　真正面から撃ち放たれた杭に土手っ腹をぶち抜かれ、悪女はマッチを落として呻く。
　さらに続けて。
「貶めている童話も返していただこうか。…………疾ッ！」
　翼で滑るようにして彼我の距離を一息に縮めた憂女が、すれ違いざまに深い菫色の刀を抜き、少女の身体を穿ち。
　カノンが読みかけの本に挟んだ『蒐の栞』と、挟まれていた頁まで全ての記録を糧にエネルギーを生み出して、撃ち放つ。
　その尋常ならざる破壊力を秘めたエネルギーもまた、高い精度は有してはいない。
　しかしエネルギーそのものに付与された追尾の力と、先に打たれた二発の蹴りが力を懐まで運ぶ手助けとなり。直前に憂女の放った斬撃が、より多くの傷を与える切っ掛けを作り出していた。
　凄まじい衝撃波が起きて、歓楽街そのものが煽られる。
　この分なら、先に敵を攻め落とせるだろうか。
　戦況を見るクリームヒルデの前で、漸く炎を振り払った人影が、己の傷を癒やすべく闘気を練り上げていた。

●撤退
　しかし心意気ばかりでは限度がある。クリームヒルデから真に自由なる者のオーラで何度も癒やされたが、互いに守りなどかなぐり捨てたような応酬を続けるうち、シヴィルはついに燃え尽き、倒れ伏してしまった。
　フリズスキャールヴも後を追うように消えていたが、むしろ耐久性に長けているとは言い難いサーヴァントの身で、よく戦線を支えたものだと称えるべきだろう。
　そして炎を遮る盾がなくなり、いよいよ戦いは、守るべき街並みすら焼き払わんばかりの勢いになっていく。
「貴女のマッチの火なんか、私の火の前には蟷螂の斧でしかないわ」
　ラピスは平然とした様子で言い放ち、再び太刀に劫火を乗せて斬りつけた。
　刃は今度こそ、動きの鈍くなった敵を捉える。しかし代償として、ラピスにもマッチの煙から生まれた幻影が、亡者の如く群れて襲いかかる。
　それを払うには、押し切ってマッチ売りの悪女を打ち倒すしかない。
「さあ、終焉の時だ！」
　これで終わらせると意気込み、クオンが自身の背後に顕現させた巨大な太陽から、己が手に携えるエデンの剣へと力を注ぎ込む。
「廻れ！　楽園の太陽よ！　この地に蔓延る、暗く、穢れた炎を打ち祓い！　燦然と輝く明るき未来をこの地に照らせ！」
　回廊を砕いたときと同じように叫んで、真正面から放つ斬撃。
　その力に呑み込まれた悪女は、立ち尽くしたままうわ言を口走る。
「……マッチ、を。マッチ……を……」
「――くどいな」
　吐き捨て、憂女が背から刀で穿つ。合わせて挟み込むように、一気に加速したエリシエルが業物を閃かせる。
　そしてようやく、邪な炎を生み出すシャイターンは形を失った。
「さてと、長居は無用だ。とっとと三十六計決め込みますかね」
　飄々とエリシエルが言って、一目散に撤退を始める。
　仲間たちは倒れた騎士を担いで続き――やがてミッション中だったケルベロスたちとの合流を果たして、どうにかこうにか、逃げおおせたのだった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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