常しえに沈み

作者:秋月諒

●赤口
 ひたり、ひたりと闇が迫る。
 朝の遠い秋の夜空は静けさに満ちていた。妙な静けさと、藤守・つかさ(闇視者・e00546)は思う。一度、音を探るように伏せられた漆黒の瞳が、硬い音を聞いた。
「……」
 鋼の音。剣戟とは違う。
 刀のそれとも違う音を、青年の耳は聞き分ける。キン、と高く響く音に視線を巡らせ足を向けた夜の森で見つけたのは不可解な空間であった。
「ーーやはり、あったか」
 モザイクに覆われた空間だ。
 一帯を喰らうかのように展開された、その中がどうなっているのかは流石に外からでは分からない。この規模であれば不思議もない結論か。小さく、息を落としてモザイクの中に足を踏みれればーー景色がぐるり、と変わった。
 ひどく、暗かった秋の夜空に鮮やかな花が咲く。古びた家屋の二階がねじ曲がり、他の建物と縫い合わされたかのように歪んでいる。空に花があるかと思えば、足元に夜空が見えた。
「また、随分とおかしなことになっているな」
 元の地形や建物がバラバラにされて混ぜ合わされているのか。その上、空気が重い。
「ーーいや、何か液体だな」
 すい、と伸ばす手、グローブに覆われた指先が僅かに重さを捉える。纏わりつくような謎の液体が、この空間を満たしているのだろう。それでいて、言葉を発することは可能で感覚的な重さも、違和感の程度だ。
(「数に入れておけば問題はないな」)
 あるとすれば、とつかさは息を吸う。
 はた、と黒衣が揺れる。頬に風を感じる。あの時聞いた音が耳に届きーーふと、気がつく。歪んだ空間の中、折れた刀が混じっていることに。光一つ返さないそれがーーだがつかさに違和を伝える。
「ーー誰だ」
「は、このワイルドスペースを発見できるとは」
 振り返った先、最初に見えたのは赤い爪であった。
 一撃、まっすぐに首を狙って来た切っ先が止まりーーふ、と笑う声がつかさの耳に届いた。果たしてあれが爪であるのか。鋼のような音を零しながらすり合わせ『それ』は口の端を上げる。
 己と、同じ顔をして。
「これはこれは、驚いたな。この姿に因縁のある者なのか?」
 漆黒の髪は結われることはなく、靡く黒衣の端は綻びーー血に濡れていた。赤々とした血に。つかさを見据える瞳は、鈍い赤を見せる。
「二度目は無い。ーー何者だ」
 己で無いことは分かっている。
 己の姿と似て違う『もの』ワイルドハント。
 その上で、何者だと問うているのだ。
「今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかない」
 ゆるく、つかさの姿をしたワイルドハントは笑う。
「答えはひとつだ。お前は、ワイルドハントである私の手で死んでもらう」
「ーー」
 は、と笑いをこぼしワイルドハントはつかさに襲い掛かった。

●宵闇に手を伸ばし
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。ワイルドハントについて調査していたつかさ様が、ドリームイーターの襲撃を受けたようです」
 唇を引き結び、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は真っ直ぐに集まったケルベロスたちを見た。
 時刻は深夜。朝にはまだ早い、深い夜のーー闇の時間だ。
「ドリームイーターは、自らをワイルドハントと名乗っています。『事件の場所』をモザイクで覆って、その内部で何らかの作戦を行っているようです」
 つかさ様はその場所を発見され、掴みました。とレイリは言った。掴んだからこそーー襲撃を受けたのだ。
「つかさ様は、現在敵ワイルドハントの襲撃を受けています。このままでは命が危険です。急ぎ救援をお願いいたします」
 そしてワイルドハントを名乗るドリームイーターの撃破を。

 戦場となるのは、モザイクで覆われた特殊な空間の中だ。まとわりつくような粘性の液体に満たされているが、戦闘に支障は無い。
「息をすることも、勿論会話も動きにも問題はありません。外は真夜中ですが……中は明るくなっているようです」
 灯などを持ち込む必要もなく、事前の人払いも必要ないだろう。
 レイリはそう言って、顔を上げた。
「敵ワイルドハントについてですが、姿形は、つかさ様に似ています」
 武器は長く伸びた鋼に似た赤い爪。黒衣を靡かせ、雷光を操り攻撃を行ってくる。特別防御力が高いわけではないが、その動きは素早い。多少のダメージはドレインで回収してくる。
「やりにくい相手かもしれませんが、相手はつかさ様の姿をしているだけのワイルドハントとなります」
 ただ、とレイリは言葉を切った。
「ヘリオライダーの予知でも予知できなかった事件を、つかさ様が調査で発見できたのは何か……敵の姿とも関連があるのかもしれません」
 その上、相手はすぐに敵対行動に出た。ワイルドの力を調査されることを恐れているのかもしれない。
「ですが、全てはつかさ様を救えてからのことです」
 頂いた情報、全力でバックアップ致しますとも。
 そう言ってレイリはケルベロス達を見た。
「参りましょう。つかさ様の元へ。そしてワイルドハントの撃破を」
 皆様に、幸運を。


参加者
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)

■リプレイ

●宵にて一人
 気配がひとつ、先にあった。隠す気の無い殺気、足音はなくーーだが確かに迫る『それ』に藤守・つかさ(闇視者・e00546)はナイフを立てた。
「ーーハ」
 一撃に音はなくーーだが、衝撃と笑い声が共に来た。己に似た顔が笑い、地面から突き出された無数の刃がナイフを滑り胴に届く。
「時間をかけさせるものだな。受け流すとは」
「……」
 ワイルドハントの言葉に、つかさはとん、と距離を取り直した。目に入るのは、この不可思議な空間とワイルドハント。空には鮮やかな花が咲き、足元は夜の空がちらほらと見える。
 そこに、血が落ちていた。
 己の流した血だ。胴から足を伝い、足元の夜空に落ちる。
「だが、私の刃は届いた。どれほど受け流そうと足掻いたところで結果は変わらないというのに」
「変わらない、か」
 息を吐く。ただ呼吸を整える為だけに。ナイフを握る手は血に濡れていた。痛みはあれど、持ち込んだ回復で炎は払えている。
 そも、今を劣勢などとつかさは思ってはいない。血は流したが動ける範囲。故の受け流しと回復だ。強いて言えばーーそう、少し楽しくなってきていた。自分の暴走した姿を摸した敵との戦闘。苛烈な戦況に変わりはなくーーだからこそ、口元は笑みをしく。
 敵は一体。
 何者なのかと、聞くだけ無駄なのは分かっている。
「さっさと倒して違う方向から謎は解くことにするさ」
「倒す?」
 は、と笑う声が落ちる。淀んだ空気に、小さく光が爆ぜた。指を鳴らす音、呼び寄せられたは雷か。
「ここで散るだけのこと」
「——」
 黒雷が来る。避けるには距離が足らないか。ならば、とナイフを構えた瞬間つかさの視界に白が、生まれた。
「此の花、開演の音を聞け、舞い吹雪け」
 馴染みのある声。幾分か低く苛立ちを滲ませるそれと共に舞うは夜色の焔。
「な……!」
「其れで俺の唯一を真似たつもりか、笑わせる」
 驚愕の声は眼前の敵から。
 藤の花びらと化した焔が舞い踊りー雷光が、つかさの前で受け止められた。

●雷鳴轟き
「レイヴン」
「ああ」
 応じる声は短くなった。は、と一度息を吐き、冷静沈着な己を一つ取り戻してレイヴン・クロークル(水月・e23527)は言った。
「待たせた」
「……、いや。ミュゲもありがとう」
 小さく、つかさは瞳を緩めた。レイヴンの足元、しゅんしゅんとテレビウムのミュゲが構えを取っていた。やる気は十分、だ。
「つかささん、回復するね」
 ハコ、と金の瞳を朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)はまっすぐ戦場に向けた。頷きの代わり、翼を広げたハコと共に、結は眼前の敵をーーワイルドハントを見た。
 その姿は、確かにつかさに似ている。似ているだけのもの。
「色々詮索してみたい気もするけど……それは後! 今は目の前の『ニセモノ』を倒さなきゃね?」
「……ッ増援など!」
 回復が、つかさに届く。その事実に、ワイルドハントが声を荒げた。
「この場で全てを排除するだけのこと」
「それが叶うかな」
 とん、と飛び落下の勢いを利用し、落とす蹴りで藍染・夜(蒼風聲・e20064)は残る間合いを詰める。——だが、敵の方が僅かに早い。
「避けたか」
「ハ、容易く届くと?」
 嘲笑うような声に、夜は静かに笑みを返す。一撃、外れたのであればそれ以上を選べば良いだけのこと。
(「姿を借りた偽物と知れども、克己を課せられるのはつかさ本人だけでなく彼と親しき者達の方もまた、かもしれぬな」)
 息を吸う。構えを取り直す。
「常しえの宵はない。新しい夜明けを迎える為に力を尽くそう」
「うん」
 応じる、声は横から。た、と前に出た娘の黒髪が揺れーー一気に、加速する。
「ねーさん」
 呼びかけに、ロシアンブルーに似たウイングキャットがゆるり、と尾を揺らす。ひゅん、と尻尾についた輪がワイルドハントの腕を撃つ。視線を向けた相手を前に、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)は飛ぶ。跳躍は上に、軽く浮かせた体からすらり、伸ばした足をーー落とした。
「……っく」
 ぐら、と一瞬体を揺らしーーだがすぐに、鋭い刃を持つ腕を伸ばして来た。
「っと、さすがに一回じゃつかないか」
 ダメージは入っている。だが、制約までは届かないか。それなら、またやるだけのこと。息を吸い、涼香はつかさに目をやった。
「ドッペルゲンガーは会うと本人が死んじゃうって聞いた事あるけど。……良かった。無事みたいだね!」
「あぁ」
 ぱち、と瞬いた男は、ふ、と吐息を零すように笑う。深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)はつかさとワイルドハントを交互に見た。
(「おー……マジでおんなじ顔してら、おもしれー!」)
「えっと、いつものつかささんな感じの人が本物で。髪ボサボサの何か赤いのが偽物! 覚えた!」
 きりっとひとつ指差して、蒼はひゅん、と手をあげる。放ったのは氷の針——だが、一撃を、偽物は避けた。
「お、早い」
 身を横に逸らし、避けた相手の動きを蒼は見る。あと少しあれば届く一撃ならば次に選ぶのはーー螺旋の一撃。
「何でそんな姿してんのかよくわかんねーけど。敵なんだから、とりあえず殴ればいいんだろ?」
「あぁ、そうだな」
 応じる声は、稲光と共にーー来た。
 飛鷺沢・司(灰梟・e01758)だ。
「!」
 身を低め、するり、と避けて行こうとしたワイルドハントへと鋭く突き出した槍が、ゴウ、と唸った。
「ッチ、邪魔を」
 払うように、鋭い爪が伸びた。喉元、狙うかのような刃に身を逸らす。
 仲間と同じ顔をしてるのはやりにくいが、躊躇いは彼の枷にもなる。
「手は緩めないさ」
 腰を低め、そのまま手に次の武器を落とした司を視界に、ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は揺れる黒髪を見た。
(「中身は別物とはいえ、自分の一側面に似た敵を相手取るというのは人によっては思う所もありそうっすね」)
 ケルベロスの姿でモザイクを埋めるような事をして、ドリームイーターは何を考えているのか。
 じゃらりと揺れるは猟犬の鎖。描かれるは前衛への加護をも齎す癒しの陣。
(「一先ずは置いといて、救出の為に頑張らせて頂くっす」)
 相手の動きは素早く、一撃一撃は重い。気を抜けば確かに奴の言う通り排除されるだろう。
 だが、と息を吐く。行く足音が、どろりとした不可解な空間の中、確かに届く。回復を受け、幾分か軽くなった体でつかさは小さく笑った。
「なるほど……これは負ける気がしないな」
「ハッ、所詮、羊が増えただけのこと!」
 全て、とワイルドハントは口の端をあげ低く告げる。
「この場で、終わりにしてやろう」
 声と同時に、足元の空が歪んだ。

●裂罅
 花散る夜の空を、雷光が引き裂いた。
 一瞬の眩しさの後、痛みが走る。落ちた血が足元の夜空を濡らしていた。
「解除する」
「ありがとな!」
 レイヴンにそうとだけ応えて、蒼はとん、と行く。詰める距離に警戒するように偽物は腰を低めた。するり、と身を逸らしてーー避けるか。その動きを、つかさは追う。追いつく。前に一歩、踏み込みと同時に抜かれた刀が、は、と顔をあげたワイルドハントへと届いた。
「ッチ」
「ハッ! それで終わりじゃあるまい?」
 切っ先が腕に触れ、踏み込みと同時に凍気がワイルドハントを襲った。
 バキン、と斬撃と共に生じた氷が偽物の腕を捉える。二度目の舌打ちと同時に、ぶわり、と空間が震えた。
 夜の森を来たというのに匂いはなくーーあるのは、血と鉄と炎と、仲間の声。
 戦況は、未だこちらに完全に有利とは言えないけど、あとちょっとかな、と涼香は思った。相手の動きは素早くとも、それが一度分かれば対策が取れる。何一つ届かない訳ではないのだ。その為の手を選んで来た。一撃が重くとも、結とザンニによる小まめな回復がある。ザンニが紡いだ盾の加護は仲間の防御力をあげーー攻撃は、結の紡いだ癒しが同時にその力を増幅させる。
「いくよ……!」
 夜へと、結の回復が届く。その加護に、気がついたようにワイルドハントが視線を向けた。
「余計なことを……!」
 ごう、と雷光が生じた。
 来る、と結は思う。だが、少女は臆することなく真っ正面からその殺気を受け止めーー言った。
「誰も倒れさせないよ! 倒れるのはあなたの方!」
「戯言を!」
「戯言かどうかは……」
 た、と足音ひとつ。結へと向かう一撃に、レイヴンが踏み込んだ。
「お前が決めることではない」
 庇い、受け止めた男は顔を上げる。ぱた、ぱたと落ちる血に視界が僅かに濡れていた。背に庇った少女は顎をひく。前を見る。頼もしい、と思いながらレイヴンはその拳を前にーー出した。
「……っく」
 叩きつけた拳。ガウン、と重い衝撃に僅かに浮いた体にひゅん、と蒼の手裏剣が突き刺さった。
「思ったより弱いんだな? つかささんのモノマネしてるなら、もっと強いのかと思った」
「なんだと」
 とん、と蒼が降りたのは敵の正面。挑発は敢えて、だ。最も、こっちも完全に引きつけられるとは思っちゃいない。一瞬、こちらに視線を貰えば、その間があればーー届くのだから。
「こんにちは……っと」
 落ちる影は、声と共にワイルドハントに落ちた。涼香だ。
「上か」
 偽物が身を逸らす。だがそこもまだーー涼香の間合いだ。向かう殺気を受け止め、高々と飛び上がった涼香はルーンアックスをワイルドハントに叩き込む。
「ーーっく」
 手に衝撃が返る。ぐん、とバネのように顔をあげた敵に、司の一撃が届く。突然生じた爆発にぐらり、と偽物は身を大きく揺らした。
「レイヴンさん、回復っす」
 ザンニの声が届く。
 光の盾がレイヴンの前に立った。光は癒しと共に、加護を紡ぐ。夜を照らす光に、偽物が唇を噛んだ。
「無駄なことを!」
 跳ねるように起した身が、踏み込む為に足を出す。癒し手を狙う気か。
「させると?」
 応じたのは夜であった。相手の踏み込みに、男は身を飛ばす。葬月、と刀の名を呼びーー抜く。漆黒の鞘から現れるは蒼銀の刀。
「ッチ」
 舌を打つ敵に視線を合わせ、夜は口元に薄い笑みを浮かべた。払うように動く腕ーーだが、一刀が早い。
「やっぱり」
 瞼は感情灯らぬ凍れた銀。静かに、夜は告げた。
「これが弱点のようだね」
「ーーな……ッ」
 緩やかに弧を描く斬撃。月光の名を持つ一撃に、ワイルドハントは大きく仰け反りーー影が、こぼれ落ちた。

●闇視
 夜空を足場に、戦場は加速する。
 傷は多かった。誰もが。それでも一人も倒れてはいないーーいや、倒れさせない。
 息を吸い、結は顔を上げる。
 敵の攻撃は強力でも、戦線は維持できている。狙われるという意味で言えば癒し手か。だが、盾役の二人とミュゲのお陰で保てていた。レイヴンも蒼もまだ倒れてはいない。包囲するようにとった布陣、相手に逃げる様子は無い。
「下からだ……!」
 ぶわり、空気が震えた。
 司の警戒が響くと同時に、ワイルドハントが地面に手をつきーー刃が生まれた。
「くっ」
 瞬間、得物の刃を振るい弾く。1本、2本ーーだが防ぎきれない。
 刃弾く火花と鮮血が、戦場を彩った。前衛を襲った一撃に、流れた血にあの偽物がせせら笑う。
「ワイルドスペースの秘密を漏らしはしない」
 此処で、と偽物は言った。
「全て、切り捨てる」
「そうは行くかよ!」
 振り払うように、蒼の声が響きーー瞬間、凍気が生じた。
「凍てつき止まれ薄氷の壱式、氷魔針!」
「……ッな、体が」
 地を蹴り上げるつもりのワイルドハントの体が、止まった。制約だ。重ね紡いできたものが、今、偽物の足を縫い付けたのだ。回避を失敗した相手に蒼の氷の針は突き刺さる。
 今此処に、制約は成った。
「間もなく終焉、いや終演かな。影役者殿はもう降板とのト書きを見なかった?」
 夜は告げる。足元、満天の夜空を踏み抜いてーー行く。不可思議な空間は、空に花を写し、足元、落ちた赤さえかき消して行く。
「ッく、このような!?」
「言ったでしょう。倒れるのはあなたの方!」
 結は告げる。
 伸ばした指先、少女の背には蒼く燃えるグラビティの翼が顕現する。
「加護の翼、蒼き焔を纏って、ここに」
 その癒しは、前衛へ。地を蹴る体が、軽くなる。
 駆ける仲間の姿を瞳に、時が来たとザンニは思う。これが最後の攻撃になる。先の一撃、受けて尚仲間が動いたのは最初程の威力が攻撃には無くーー盾も効いていたからだ。だからこそ、ザンニは今援護の一手を選ぶ。
「行くっすよ」
 向けた銃口。銃弾がワイルドハントを撃ち抜く。
「っく、邪魔を!」
「――奔れ、白翳」
 欠けた白い月光をナイフに宿し、踏み込んだ司が腕を振り上げる。赤く煌めかせ弧を描く一閃が身を逸らす偽物をーー切り裂く。
「っく、ぁあ……!」
「さぁ、光射さぬ黄泉路へと疾く帰れ」
 ぐらり揺れたその体に、抜刀の音は届いたか。見抜いた弱点を抉るように、夜の刃がワイルドハントに沈む。
「こんな、こんなことが!」
 払う腕を、だが刃が滑り火花と共に追撃が落ちた。
 流星の輝きを思わせる剣の軌跡。偽物から影がこぼれ落ちる。
 剣戟に火花が散り、戦場は熱を帯びる。穿ち出される一撃を時に交わし、飛び越え、その腕を赤く染めながらケルベロスたちもーー行く。
「終わりにするよ!」
 踏み込んだその間合いで涼香は拳を握る。鋼の鬼が、偽物へと拳を叩き込みーー刃を砕いた。
「っく、ぁ」
「ねーさん!」
 涼香の声に、破片を飛び越えて、ねーさんのリングが飛ぶ。
「悔いる暇を与えるつもりはない。……失せろ、紛い物の夜」
 僅か息を飲む『者』にレイヴンは告げた。叩き込む拳が、容赦なく偽物の胴を打てば、ぐらり、と身を揺らした偽物が雷光を、呼ぶ。
「っくそ……ッ黒雷よ!」
「此の花、雷を纏い」
 ゴウ、と唸る雷があった。
 ひとつはワイルドハントの手に。あとひとつはーー藤の花弁舞うつかさの元に。
「咲き乱れろ」
 月色の雷を纏い一撃はーー行く。放たれた黒雷を砕きワイルドハントへと。
「終わりだ」
 届いた。
「こんな、こと、が」
 ぐらり身を揺らしたワイルドハントは驚愕をその瞳に乗せたまま、崩れ落ちた。

 戦いが終わればこの空間は崩れ去るらしい。溶けるように開けて行く夜の空に、結は安堵したように息をついた。
「お疲れさま、だよ。……? 蒼くんは…おねむ?」
「んー……」
 ふわ、と欠伸一つ。応える蒼に、結は頷くように息をついた。
「最近夜の依頼多いもんね……」
 真夜中も良い所だ。終われば眠くなるのもよく分かる。
 皆の安堵を一歩離れて眺め、夜は微笑みを零した。
「無事で何より」
 紡いだ言葉が夜の森へと返る。多少の傷はあったが、重傷という程重くはない。
「外の世界に帰ろうか。早く原因をつきとめないとね」
「そうっすね」
 司の言葉に、ザンニが頷く。それじゃぁ、と振り返ったつかさが夜風に黒衣を靡かせーー告げた。
「帰ろうか」
 歪んだ秋の夜空が溶けてゆく。見れば、夜空には美しい月が姿を現していた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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