滝から流れた水流が、一つの岩を囲んで静かに渦を巻いていた。
その上で瞑想をしている修行中の武闘家が目を開く。
大きな鍵を手にした奇妙な少女が彼を眺めていたが、彼女がその鍵をかざした時、武闘家の身体に異変が起きた。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
糸に引かれたかのように武闘家は少女の前へ飛び上がり、自らの意思に反して攻撃を始めてしまう。
「な……!? こ、これは」
細い少女の身体に連撃を食らわせ、3つ呼吸を置いた所で拳が止まる。
武闘家は一瞬少女を案じたが、何一つダメージを受けていない様子に身の毛がよだった。
「お前……私に何をした!?」
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
少女は言葉の最後で鍵を振り上げて武術家の胴を貫くと、意識を失った彼から抜け落ちるようにドリームイーターが現れ出た。
ドリームイーターは足下で渦巻く水流をにらみつけ、掌で輪を描く。すると水の流れは押し戻され、逆に滝へと向かっていった。
それを傍らで眺めていた幻武極はフと微笑む。
「お前の武術を見せ付けてきなよ」
武術家ドリームイーターは視界の端に少女をとどめ、歩を進める。
その殺気に満ちた視線の先には、山の麓……人々の暮らす町があった。
室内には言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)と、サポートの日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)が待っており、皆の到着早々ヘリオライダーの説明に入る。
「武術を極めんとする修行中の武術家が、ドリームイーターに襲われる事件が起こっております」
奴の名前は幻武極。
自分に欠損している『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしているらしい。
「どうやら今回襲撃した武術家の武術ではモザイクは晴れないようですが、代わりに、武術家のドリームイーターを生み出して暴れさせようとするらしいのです」
出現するドリームイーターは、襲われた武術家が目指す究極の武術家のような技を使いこなすようで、なかなかの強敵となるだろう。
幸い、このドリームイーターが人里に到着する前に迎撃する事が可能なので、周囲の被害を気にせずに戦う事が出来るようだ。
敵のドリームイーターは1体のみで、配下などは存在しない。
「今回被害に遭われた武闘家の方は、鏡撃流という武術の使い手であったようです。このあたりは吟醸が詳しいようなので、説明を」
「敵の使う技は、相手の技を鏡のように返す鏡撃拳なるもので、それを使われるとちょっと厄介でござる。撃ち込んだら、そのまま技を転じて同じものを撃ち込まれちゃうでござる!」
「どうすれば敵に攻撃を読ませないで戦えるか……そこを考えてみるのがよいようですな」
相手の技が鏡のような効果を発揮するならば、その鏡となる技に何も映らなければ、敵は攻撃を反射することもできないと、そう言いたいのだろう。
「そうですなあ……例えば、視覚をどうするか、アイテムを駆使する、一人よりも二人で仕掛けるなどして、敵を翻弄してみるのも面白いかもしれませんな」
「みんなで色々考えてみるでござるよ。きっと相手の技に対抗する策が見えてくると思うでござる!」
「このドリームイーターは、自らが進んだ武道の真髄を見せ付けたいと考えているようですな。戦いの場を用意すれば、あちらから戦いを挑んでくることでしょう」
「心ない拳にされ、被害者の武闘家の人は嘆いているに違いない。こんな偽物を武闘家とは呼べないでごさる! いざ、とっちめでござる!」
その悪しき鏡を砕いてやろう。
参加者 | |
---|---|
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447) |
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145) |
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343) |
レティシア・アークライト(月燈・e22396) |
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315) |
如月・環(プライドバウト・e29408) |
鈴原・葉月(魂喰魔・e29469) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
●滝の音がする森
滝を目印にヘリオンから降下したケルベロスを待ち受けていたのは、マスター鏡撃拳ドリームイーター一体。周囲に人影はない。
彼らが空から来たのを目にして、戦いの場に引き寄せられたのだろう。
足を止めた敵を前に陣形を整えると、まずはお互い無言のままにらみ合う。
ドリームイーターの視線が武術を嗜む者に流れ、剣術を嗜む者に流れ、一般人にしか見えない者に流れ、最後にレティシア・アークライト(月燈・e22396)の細いピンヒールにたどり着いた時、その眉間に深い皺が刻まれる。
皆の背後に身を潜めている日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)が小声で口を開いた。
「……先に言ったとおり、相手は鏡撃拳なる技を使うでござる。相手の技を利用して技を返してくるから、うかつに仕掛けちゃダメでござるぞ」
中性的な物腰のウイングキャット『ルーチェ』を横に、レティシアが頷く。
「私が敵の視線を引きつけてみます」
「面白い技術ではあるけど、まともに付き合う必要も無いだろうしね。私は死角を狙ってみよう」
そう言ってシェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が深く深呼吸すると、因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)がニッと歯を出して笑った。
「じゃあ僕は挑発係ってことで」
確認したい事は残ったが、戦いの時間が来たようだ。敵が型を取り、動作の呼吸を始めると場の空気が変わった。
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)がフンと鼻を慣らす。
「……鏡撃拳か。一対一ならともかく、この人数を相手に、何処まで返せるか、見ものだな」
「面白いな……その武術、撃ち破らせて貰う……!」
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)の声と共に、一斉に攻撃が開始された。
●鏡の向こう
数名が異常状態回避のために技をかけた後、ディフェンダーが前へ出る。
攻撃の要が間合いを詰め、その隙を狙った後衛と、サポートに徹する者達が足早に次の陣形を作った。
敵は目だけを動かし、視線でそれらを捕らえているようで、妙な動きはしてこない。
「死角を狙うにも、まずは相手を翻弄させなくては無理か……」
シェイがギロチンフィニッシュをけしかけ、続いたセイヤも敵の脇にスターゲイザーをたたき込む。
二人が引くタイミングを作る隙を狙って双牙が蹴り込んだ後、そこで初めて敵が大きく動いた。
双牙のスターゲイザーを食らった直後、その足を囲むように瞬時に拳を回し、身体を回転させて彼のボディめがけて鏡撃拳を放ったのだ。
「キタ! やばいでござるぅ!」
吟醸の声に白兎が飛び込み、ドラゴニックミラージュを食らった敵は大きく距離を置く。
「大丈夫ですか!?」
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)が倒れた双牙にかけより、如月・環(プライドバウト・e29408)とウイングキャットのシハンがそれをかばうように前に立つ。
痛みに顔をゆがめる双牙に、風流がヒールを施しながら様子を覗っている。
「ク……、毎度鏡撃拳のがまだやりやすいぞ……」
「拳法ですから、何でもかんでも跳ね返すはずはありません。構えや動作にきっと秘密があるはずです」
それを聞いた環が憤る。
「跳ね返る前に、ばんばかこっちがやっつけりゃあいいんスよ!」
ウイングキャットのシハンが脳筋の相棒にため息をついた。
「オラあくびすんな! 気合入れて皆を護って回復をしっかりと行うんスよ!」
あくびじゃなくてため息だと言わんばかりに、シハンが環の額に猫パンチをお見舞いする。
そこで風流がピタリと手を休めた。
「ま、まさか……流石に回復技までは返したりはしない……ですよね?」
「だだだ大丈夫なはず……! 相手にかけてないし!」
orヒールをかけていたらどうなっただろうと考えると、吟醸が青ざめて震えた。
地面を焼いていた炎が消えると、鈴原・葉月(魂喰魔・e29469)が身構える。
「翻弄してみます」
よしキタと環が葉月にメタリックバーストを施し、命中力をあげた彼女は思い切り敵の前面に飛び込んだ。
ドリームイーターは大きくジャンプした葉月の残像を追い、その動きを読もうと自らも飛躍する。が、突然視界に暗闇が広がり、それを避けようと体勢を崩した。
葉月は咄嗟にオウガメタルを眼前に展開し、それを足掛かりにして更に大きく飛び上がっていたのだ。
完全に敵の視界から外れ、降魔真拳は見事に敵の頬にめり込んだ。
「……グッ!?」
「こっちだけに目を向けていたら、痛い目見るよ!」
突破口が開けた。これから続く火力ラッシュに環が拳を上げる。
「ばんばかいくぞー!」
●割れた鏡
葉月の攻撃で敵は視界がチラつくのか、着地した足下が怪しくよろめいた。
すかさずルーチェが『俺に任せろ』と言わんばかりに先行し、敵の視界を遮るように回転を始める。そこへレティシアがしなやかに破鎧衝をたたき込み、後方によろけたドリームイーターをシェイが死角をついて黒竜剣・幻刃を食らわせた。
「ちゃんと見ないと危ないよ……っと!」
舌打ちした敵のすぐ横にセイヤは滑り込み、自らが立つ足場に思い切り拳をたたき込む。風圧が土を巻き上げ、目を開けていられなくなった所で漆黒のオーラを全身に漲らせると、その一撃を土埃の向こうにたたき込んだ。
「させるか!」
ドリームイーターは咄嗟にその場から飛び出し、セイヤの拳を避けるとケルベロスたちの間合いから外れて距離を置く。
「ちっ……意外にすばしっこい奴だ」
良い戦法であったが、惜しくも命中率で外れてしまった。だがそろそろ足止めが効いてくるはず。
ここで白兎が前へ出た。
首を右に傾け、左に傾け、態度が悪い。敵が鋭い目でにらみ付けてきたが、お構いなしに挑発を続けている。
「こうやって自分と同じ性質の技の使い手だと、動けないよね? そんな欠陥だらけの技ってどうなのさ?」
彼が持つ技の一つ『螺旋忍術・でっどこぴーの術』なるものは、敵の鏡撃拳と類似した要素を持つ『コピー技』である。精神攻撃に分類され、かなりの挑発が期待できる。
だが敵も鏡撃拳だけが持ち技ではない。白兎めがけて鏡烈派を放ち、その知識を吸収しようと試みた。
すかさず白兎が対応し、先に見たスターゲイザー『もどき』のデッドコピーを敵の脇腹にめり込ませる。お互いの技を同時に食らい、両者は激しく背後に吹き飛んだ。
「白兎!!」
駆け寄ろうとした風流に手を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「ほら……中身の伴わない攻撃だからすぐ真似できる。技のクオリティで言えば、螺旋忍軍の月華衆の方がまだ上だね」
自らの武道の真髄を愚弄され、怒りを煮えくりかえすドリームイーターは地面を蹴り上げて飛びかかろうとしている。
「おーっと!! そうはいかねーッス!」
環が両者の間に滑り込み、ガッチリ攻撃をガードした後、反動で圧された勢いを利用して大きく飛躍する。
そのまま傷ついた風流の近くに着地し、サキュバスミストをかけてから体勢を整えた。
カツカツと高い音が背後から迫り、敵は勢いよくそちらに肘を突き出したが、円を描くように頭上を越えてヒールをするレティシアに目を奪われる。
「いくらやっても無駄よ、回復は追いついてるわ!」
ディフェンダーはメディックと共にしっかり回復をしてくれている。それが敵にはうっとうしく感じるのだろう、レティシアのピンヒールの音に苛々した様子を見せたのを察したシェイが、たたみかけるように煙幕を投げつけた。
白い煙の中、気配を消したまま自らの横を通り過ぎて行く仲間にシェイの口元がほころびる。
完全に視界が遮られ、粘り着くように身体を覆ってくる煙幕を振り解こうと敵がもがいていた時だ、死角から頭部を押さえつけられ、双牙がフと鼻をならす音が聞こえた。
「さっきはよくもやってくれたな。鏡のように、か。ならばこれはどう返す? 貴様が鏡だというのならば、掴んで、叩き壊す……それだけだ!」
敵は雄叫びを上げたが、双牙の巨狼の焼印押しが先に入り込んだ。
鏡に映す間もなく、背後から後頭部を膝で割られたドリームイーターは、そのまま煙幕と共に煙となって消え去った。
●真実を捕らえる
戦闘によって破壊された箇所をヒールして回りながら、滝の近くで倒れていたマスター鏡撃拳を介抱にかかる。
マスターは岩場に崩れ落ちて意識を失っていたが、倒れる寸前に受け身をとっていたのだろう。怪我もなく、さすが日々訓練を続けているだけのことはあった。
ただ、ドリームイーターに簡単に技を盗まれたことにひどくショックを受けており、そちらのダメージが大きいらしい。
「はい、どうぞ」
葉月が持参したスポーツドリンクを差し出してやると、マスターは静かに礼を言ってそれを受け取った。
「あんな技術があったなんて驚きです、他にも色々な戦闘技法があるんですよね」
「だが悪用されてしまった」
頭からタオルを被ったままうつむき、それだけ言うと口を閉ざしてしまう。
レティシアが歩み寄り、慰めるように言った。
「でも、貴方はそれを望んではいなかった」
それにシェイも続く。
「中々手強い相手だったよ。今回は悪用されちゃったけど、これを極められたら凄いだろうね」
「本当、不思議な武術でした」
フフ、と小さく笑うレティシアと、それに同意なセイヤが満足げに頷いている。
どうしようもないことなのだ。相手はデウスエクス。グラビティを持たない普通の人間には、対処できないことだったのだから。だからケルベロス達が存在する。
マスターは渦を巻く水流を眺めながら、交わる点を見つけて立ち上がった。
「ありがとう。ケルベロスたち」
念のためということもある。病院にみてもらおうと一同が下山を始めた時、双牙がポツリと吟醸にもらした。
「修練もうかつに一人で出来ないというのは、武術家にとっては災難だな、本当に」
「そうでござるなあ。他にも似たような事件が起きているようだし、ドリームイーターはタチ悪いでござるからなあ……」
白兎がピョンと横につく。
「まあ、その分おちょくり甲斐があるんだけどねー」
幻武極の技は厄介である。今回の事件は解決したが、再びどこかで悪の芽を蒔いていることだろう。今後も引き続き調査が必要となる。
だが、新たな戦いのために今日はよく休もう。
作者:荒雲ニンザ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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