ワイルドローズ

作者:つじ

●薔薇と芍薬
 何かに導かれるように、メイド服のレプリカントはその場所に至った。
「まさかと思って来てみたけれど……大当たりね」
 山間にある、今は寂れたキャンプ場。調査の末、そこに行きついた橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)が、咥えていたタバコの火を揉み消す。
 整備を放棄されたその場所には、伸びるに任せた雑草と、朽ちかけの設備だけが存在する……はずだったのだが。
 彼女の従えたサーヴァント、九十九も不思議そうにそちらに目をやっている。
 その先にあるのは、一帯を包むモザイク。不可思議なそれにより、ここからでは中の様子は分からない。
「虎穴に入らずんば、ってやつかしら。仕方ないわね」
 意を決して踏み込むと、その中には予測された風景を切り刻んで混ぜ合わせたような、奇怪な光景が広がっていた。
 空気の代わりに満ちているのは、纏わりつくような粘性の液体。例によって呼吸や、動きが制限されることはないようだが。
「このワイルドスペースを発見できるとは……この姿に関係のある者なの?」
 そんな彼女の前に、赤い影が姿を現す。
「……!」
 フルフェイスのヘルメットから零れる赤い髪、そしてヘルメットと同色のスーツに身を包んだライダー。一見はそんなところだが、芍薬はその姿に、どこか覚えがあった。
「けれど、今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないの。ワイルドハントである私の手で、始末させてもらうわ」
 ヘルメットの奥の瞳が赤く燃える。仕込み武器の類か、肘、そして踝からブレードが飛び出し、芍薬へと向けられた。
「……良いわよ、相手してあげる」
 何となく、気に食わないし。そんな剣呑な気配を滲ませて、芍薬もまた愛用のリボルバーへと手を伸ばす。
 戦闘の口火を切ったのは、ほぼ同時だった。

●発見ワイルドスペース
「申し訳ありませんが、急いで集合していただけますかっ」
 ハンドスピーカーを手にした白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が、ケルベロス達にそう呼び掛ける。
 いつもよりも慌てた様子だが、それもそのはず、ワイルドハントの調査に出ていたケルベロスが、ドリームイーターの襲撃を受けているのだという。
 芍薬が敵と遭遇したのは、とある寂れたキャンプ場。ドリームイーターはその場をモザイクで覆い、何かの作戦を行っていたようだが……。
「調査も大事ですが、このままでは芍薬さんが危険です! 急ぎ救援に向かい、ワイルドハントを名乗るドリームイーターを撃破してください!」
「敵、ワイルドハントは赤い接近戦型のダモクレスのような姿をしています。仕込み武器らしきブレードを多用した格闘戦を仕掛けてくるかと思われますので、近付く場合は注意してください!」
 脅威となるのは刃とその格闘術。そして他にも炎を操って攻撃を仕掛けてくるという。
 なお、このワイルドハントと芍薬は既に交戦状態にある。ヘリオンから降下し、モザイク内に入ればすぐに両者を発見できるだろう。
「芍薬さんの実力に疑いはありませんが、単独で戦うにはかなり厳しい相手です。合流からのフォローを速やかにお願いします!」
 彼女を救い、共にワイルドハントを撃破してほしい。そう言って慧斗はケルベロス達をヘリオンへと導いた。


参加者
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)
サイファ・クロード(零・e06460)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)

■リプレイ

●ワイルドスペース
 モザイクに包まれた空間で、二つの赤が交錯する。奔るブレードを銃身で受け止め、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は一度大きく飛び退いた。
「ちっ、見知った姿とやり合うのって何かやりづらいわね」
 負った傷をカバーすべく九十九が流す動画を横目に、小さくこぼす。耳ざとくそれを捉えた敵、ワイルドハントは、バイザーの奥で目を細めた。
「そう、やはりこの姿は……だとしたら、随分変わったものね」
「放っといてくれる?」
 彼我の戦力差を吟味しつつ、芍薬が答える。軽口を投げつつも、敵が足を止める様子はない。果たして、いつまで持ちこたえられるか……。
「つれないわね。まぁ、どうせ貴女はここで死ぬのだけど」
 前に身体を傾けた一瞬の後、敵は急加速し、芍薬へと迫る。肘に仕込まれていた刃が飛び出す風切り音。
「させませんっ!」
「取り込み中悪りぃが、邪魔するぜぇ!」
 だが、その刃をエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)が受け止める。ヘリオン降下からの全力ダッシュが功を奏したか。
 そこにエステルに続いて踏み込んだ難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)が、やればできると信じる心を得物に込めて打ち込む。
「チッ……嫌な展開ね、これは」
 足からのブレードでそれを蹴り払い、ワイルドハントが一歩退く。その間に、駆け付けたケルベロス達は行く手を塞ぐように布陣した。
「ご無事ですか、芍薬さん!」
「よく耐えたよほんと」
 傷口を押さえたエステルと、村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)のケルベロスチェインが二重の魔法陣を描き、敵味方を隔てる線を引く。
「どうやら間に合ったようですね。慧斗さんには感謝しなくては」
 抜刀したイピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)と弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)、そしてサイファ・クロード(零・e06460)が構えるのを見て、芍薬はここでようやく息を吐いた。
「……サンキュ、助かったわ」
 ところどころ傷付いたメイド服が、ここまでの防戦の程を示している。そちらを気遣うように一瞥した後、レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)は敵の方へと銃口を向けた。
「さあ、反撃と行こうか」

●咲く花二輪
「無駄に鼻の利く番犬どもめ……」
 相対する敵に向け、気を引く意味も込めてサイファが不敵に笑って見せる。
「秘密を知る者が増えちゃったな。さてどーする? 全員口封じしとく? それとも――」
「迷うまでもない」
 だがサイファが他の案を提示してやるよりも早く、前者を選び取ったワイルドハントが赤い旋風と化す。前衛を薙ぎ払うように吹いた剣風が、行く手で火花と血飛沫を散らし、最後に芍薬の喉元を掠めて通り過ぎた。
「ちょっと待て直情的すぎない? どうなってんのシャクヤク」
「私のせいじゃないってば。でも気を付けて、そいつ速いから!」
 話にならない、と如意棒での反撃に出るサイファに、警句を飛ばしつつ芍薬がブレイブマインを発動する。
「シールド展開! ……まぁ、そう簡単には喋らないよね」
 分かっていたことだろう、と話を合わせて柚月も前衛のカバーに回る。芍薬、九十九は共に見過ごせない程度の傷を負っている。このまま前衛を張らせる以上、当面は回復し、支える必要があるだろう。
 とはいえ、その辺りは壁役と癒し手に限った話。
「首だけあれば喋れるでしょうし、さっさと斬り落とされてもらいましょう」
 赤い風を追うように翼を振るって加速し、イピナが如意棒の先を突き込む。
 背後からのそれを掲げた腕で受け止め、ワイルドハントは力の向きに合わせて再度加速。モザイクで細切れになった建物を蹴って、ターンしてくる敵を注視し、イピナはそれを迎え撃つべく構える。
「戦場に言葉は不要……とは言っていられませんけどね」
「同感だよ。でも――」
 抜き撃ちの要領で牽制の弾丸を放ち、レスターがイピナの言葉に頷く。敵の視線はバイザーで隠れているものの、明確な殺気は痛いほどに届いてくる。方針も恐らくは彼の予想通りだろう。つまり、『弱った所から食い破る』。
 放たれた光線に片腕を弾かれつつも、再度地面を踏み込んだワイルドハントが真っ直ぐに芍薬に迫る。
「この……ッ」
「倒させはしない! 私が相手だ、この偽物野郎!」
 割り込んだのは、今度もエステルだった。頭に浮かぶのは、ケルベロスとしての依頼をこなす中で戦いを共にし、幾度も助けられた経験。エステルにとって、これはようやく巡ってきた『恩返し』の機会でもある。
 突きこまれた刺突の一撃を受け流し、エステルが中空に踊る。弧を描いた右足が虹の軌跡を生み出し、ワイルドハントの脳天に炸裂した。
「ッ――おのれ!」
 怒りを煽られ、ワイルドハントの目が赤く燃える。駆り立てられるままに刃を振るうのに合わせ、『彼女』と同色の髪が翻った。
「偽物……で、良いんだよな?」
 その様子を目で追い、仕掛けるタイミングを計りつつサイファが口を開く。敵の全身を覆う赤い衣服に、ヘルメット。メイド服姿の芍薬とは明らかに違う見た目だが。
「あー……あれは『前』の私よ」
「なるほどね」
 芍薬の答えに、同じ疑問を抱いていたレスターが頷く。暴走時の姿、それは芍薬が心を得てレプリカントとなる前、ダモクレスであった頃と同じ姿、というわけだ。
 仁王の仕掛けたストラグルヴァインは、しかし脚部に仕込まれていたブレードにより切り裂かれる。中身は別物と言えど、スペック自体は本物にも劣らないだろう。
「こういう場所じゃなければ、『後継機が作られたか』って疑うところなんだけどね。……あんまりまじまじ見ないでくれる?」
 黄色だったり青だったり、それぞれ花の名前を冠した姉妹機達を思い返し、芍薬が複雑な表情を浮かべる。
「そう言われてもな」
 視線を切らぬまま、サイファが前へ。芍薬との間柄は顔見知りの冒険仲間といったところだろうが、それでもなお、敵の姿に心がざわつく瞬間があると、そう彼は自覚していた。
 その辺りはレスターも同感のようで。
「ヘルメットをしていてくれて、助かったよ」
 素顔が隠れていることに感謝を抱きつつ、彼もその後を追った。

 怒りに駆られてエステルを狙うワイルドハントに、イピナが日本刀を向ける。
「よそ見ばかりして、首と胴が泣き別れしても知りませんよ?」
 あえての大振りを見せての牽制。狙いを引いてやりたいところはこちらも同じと、そこにサイファが切り込んだ。
「全員平等に相手してくれないと、秘密が漏れちゃうよ?」
 からかい、煽るような言葉と共に、炎を纏った赤い靴底を叩き込む。そして立ち上る赤に合わせて、上方向から黄色い弧を描くルーンアックスが振り下ろされた。
「オラオラァ! いくぜぇ!」
 ナナコによるスカルブレイカーが決まり、受け止めたワイルドハントの上体が沈む。……が、しかし。
「やってくれるわね」
 体を炙るものとは別の、新たな炎がワイルドハントの腕から生まれる。反撃に叩き込まれた腕が燃え上がり、それはナナコの胸元で爆ぜた。
 描き出された炎の薔薇に吹き飛ばされ、体勢を崩しながらもナナコが着地する。
「味な真似をしやがるぜぇ……!」
 懐のバナナが良い具合に焼けた気がするが、それはともかく。
「しっかし、妙なドリームイーターもいるもんだな」
「ワイルドハントってのはそういう集団なのかもね」
 ナナコへの追撃を阻むように、入れ替わりでレスターがスターゲイザーを放つ。足止めの一撃。接触したついでに、一つ問いを投げてはみるが。
「キミたちは、一体何を守っているんだ?」
「答える必要あるかしら?」
 予想通りの返答に溜息をつき、レスターはブレードの射程から逃れるべく距離を取った。
「とにかく、この場を切り抜けましょう」
 仁王の轟竜砲で牽制している間に、後方から柚月がマインドシールドを芍薬に施す。
「そろそろ、いけるか? 自分の暴走姿と戦う、ってのは……どんな気分か想像もつかないけど」
「こればっかりは直面しないとわかんないと思うわ」
 味方の奮戦により、芍薬と九十九のみが狙われる状況は既に変わっている。楽観視は全くできないものの、回復に徹する必要はなくなったと言えるだろう。
「決着を付けてやるわ! このパチモン!」
 高らかな宣言と共に、彼女の拳銃が火を噴いた。

●散華
「刃と銃弾……本当に強いのはどちらだろうね、試してみるかい?」
「良いわよ、後悔しないでね?」
 続く戦いの中、挑発的に笑ったレスターの元に、ワイルドハントが速攻をしかける。閃くブレードと銃弾がぶつかり、押し勝った刃がレスターの銃身に喰らい付く。技量差というよりはスタート時の間合いの差だろう。だがワイルドハントにしてみれば絶好の攻撃機会なのは変わらない。
「離れてください……!」
 そこに、両者を引き剥がす様にエステルが割り込み、刃へと身を晒した。
「湧き上がるは覚醒の熱波! 顕現せよ! ヒートエンジン!」
 それをカバーする意味も込めてだろう、『速駆心熱』、柚月の投げ上げたカードが赤く輝き、光の粉を降らせる。傷を癒すと共に、力を目覚めさせるその効力を受けて、芍薬の銃弾がワイルドハントへ喰らい付く。
「九十九さんも、やっちゃってください!」
 エステルによる分身の術を施され、テレビウムもまた凶器を手に敵の懐へ飛び込んでいった。
 彼等が攻撃に回れるだけの余裕ができたと見るべきか、他のメンバーが削られた結果と見るべきか。だが少なくとも、今優勢にあるのはケルベロスの側である。
「ヒャッハァ、アタイもいくぜぇ!」
 一歩遅れて突っ込んでいったナナコがバナナ型日本刀で敵の足を斬り裂く。
「鬱陶しいわね……!」
 続く追撃をかわし、即座に切り返したワイルドハントがまた大きく刃を薙ぐ。描いた大きな弧は前衛の姿勢を崩し、柚月等が積んだ効果を大きく弾き飛ばした。
 だが、しかし。『対応する側に回ってしまった』という戦況は変わらない。
「それなら、こっちはどうだ?」
 サイファがエクスカリバールの先端を負傷箇所へと叩き込む。燃え盛る炎、そして増大された悪影響の中でワイルドハントの身体が揺らいだ。これに対し、ワイルドハントの側は有効な切り返し手段を持っていない。この辺りは仲間の有無、連携の差が出た形と言えるだろう。
 仁王が轟竜砲を放つのに合わせ、彼のボクスドラゴンもまたブレスで追い打ちをかける。さらに大きく踏み込んだイピナが『春夏秋冬・夕立』を放つ。
「穿つ落涙、止まぬ切っ先」
 驟雨の如く、日本刀の切っ先が敵を貫いていった。
 体勢を崩しながらも踏み止まったワイルドハントは、即座に反撃の腕を伸ばす。だがその燃え上がる右腕を、赤熱する別の手が掴み取った。
「その姿を真似るなら、『心』も無くすべきだったわね」
「何を――!?」
 焦りに、怒り、ダモクレスならぬドリームイーターである敵の機微に、芍薬が言及する。
 心なき速さと精密さ。スペックはどうあれ、それこそが『彼女』の売りだったはずで。
「芍薬さん!」
「人の姿で好き勝手やってくれたこと、地獄の彼方で後悔しなさい!」
 一歩退いた芍薬の前で、エステルの放った鎖が走る。敵の身体を雁字搦めに、そしてその拘束が解けぬうちに追撃がかかる。
「もう少しだ! 一気に決めてくれよ!」
「ワイルドローズの蝶葬だ。華やかに散れ」
 柚月の手により、再度光の粒子が降り注ぐ中、レスターがライフルの銃身に口付ける。『最後の聖餐』、刺青として刻まれた鎖が銃弾へと魔力を伝える。
 呪いを施された弾丸は、確たる威力を以って敵の身体を食い破り――。
「これが……! アタイの……! バナナパワーだ!」
 その手にバナナを握り締めたナナコの拳が炸裂。力尽きたワイルドハントは、なすすべなくその場に倒れ込んだ。

●割れた鏡
 ワイルドハントが形を崩すのに合わせて、周りのモザイク、ワイルドスペースもまた消えてなくなる。ケルベロス達を覆っていた液体も、それは同様だ。
「ワイルドハントもワイルドスペースも、一体どこから来るのでしょうね?」
 奇妙な体験を思い返しつつ、イピナが言う。その辺りの推測は、今後に棚上げという形になるだろうか。
「それにしても妙な場所だったなぁ、まぁどこで喰ってもバナナは最高だけどな!」
 祝杯(バナナ)を上げるナナコの言葉に、サイファが微妙な表情を浮かべる。
「……そのバナナも、さっきまであの『液体』の浸かってたわけだろ?」
 得体の知れない液体は、どうやったって不安を煽るものだ。サイファとしては、脱出したことでようやく深呼吸できると安堵していたところだが……。
「あ、さっきの液体、もしかして体内に入っちゃってるのかな……?」
 あまり想像したくない。だが周囲の液体が消滅したことから、体内のそれも同じ道を辿っている……と、思われる。
 ケルベロスの暴走姿を取るドリームイーター、そしてこの不可思議な空間。謎はいくつか残ったままだが、ともかく彼等は敵を退け、仲間を救出することに成功した。
「今回は助かったわ、ありがとう」
「そんな、当然のことです……!」
 そんな彼女とエステルが言葉を交わすのを見て綻んだ表情を、レスターが引き締めなおす。
 ワイルドハントが、この場所だけで終わるとは限らない。また似た状況が見つかって、自分の姿を取った敵が現れたとしたら。
(「俺は、そいつを殺せるだろうか」)
 それに答えられるのは、きっと自分自身だけだろう。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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