ああ、お好み焼き

作者:大亀万世


 黒々とした鉄板が熱く熱せられ、その上には円形にまとめられた様々な具が練り込まれた生地が焼かれている。
「人が一生に食える量は有限! ならば好きなものだけを食うのが幸せと言うものではないかね! すべての食事をお好み焼きに!」
 集まった信者を前に、鳥頭に袈裟を身に着けたビルシャナが軽快なコテ捌きでお好み焼きをひっくり返す。
「そうだそうだ!」
「お好み焼きだけ食べていれば幸せなんだ!」
 崩れかけた室内は、鉄板と信者たちの熱気で、夏のような暑さになっていた。


「悟りを開いてビルシャナ化した人が信者を増やそうとしている事件が判明しました」
 ビルシャナ化してしまった人間の言葉には、強い説得力があり、このままでは沢山の一般人がビルシャナの教義に染まり、配下となってしまう。
「そうなる前に、ビルシャナが集会を開いている所に乗り込んでビルシャナを撃破してしてください」
 現在も10名ほどの信者がビルシャナと共に居るようだが、彼らの目を覚まさせるようなインパクトのある説得が出来れば、彼らの目を覚まさせる事もできるだろう。
「でも……」
 説得に失敗しビルシャナと共に戦うことになった場合には、彼らの攻撃はケルベロスも傷つける事が出来るため、油断できない相手となるだろう。
「元凶になったビルシャナを倒せれば、ほかの方は目を覚ましてくれるはずです……出来れば言葉でわかってほしいですね」
 心境的にも、数の上でも戦う相手は少ない方が良いと、アイリス・フロスト (シャドウエルフの刀剣士・en0254) は言った。
「ビルシャナが広めようとしているのは、食事はすべてお好み焼きにするべしっと言う内容になります」
 アツアツの鉄板を持ち込んだ室内では、教義を広めるとともにいつ終わるとも知れないお好み焼きパーティが続けられている。
「信者さんの数は10人。元からお好み焼きが大好きな方ばかりのようです」
 アイリスが、ホワイトボードにお好み焼きをひっくり返すコテの絵を描く。
「ビルシャナはこのコテをナイフのように巧みに操ります。そして炎の鳥や協議の内容に満ちたお経での攻撃もしてくるみたいです」
 配下の10人も同時に相手にすることになれば、ケルベロスといえども苦戦するかもしれないと、心配そうに彼女は言う。
「信者の方を説得するには、理屈よりもインパクトが大事になるみたいですね。あっと驚くような思いをすれば信者さんの目も覚めるかも知れません」
 そして彼女も愛用の刀の鞘を握る。
「ビルシャナになってしまった方を戻すことはできません。ですが、これ以上の被害を出さないためにも、皆さんの力を貸してください」
 ぺこりと頭を下げ、アイリスはケルベロス達をじっと見つめるのだった。


参加者
フィオリナ・ブレイブハート(インフェルノガーディアン・e00077)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
エレノア・エリュトゥラー(渡り鳥・e15414)
浅葱・ミク(クルーズナビゲーター・e16834)
崇田・哀音(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e29878)

■リプレイ


 曇天の下で異様な熱気に包まれた廃寺の扉を、ケルベロスが勢いよく開くと。
「うっ……これって」
 寺内から流れてくる濃密な油とソースの香りに、フィオリナ・ブレイブハート(インフェルノガーディアン・e00077)が、思わず足を止める。
「間違いないね。お好み焼きの匂いさ」
 彼女自身もお好み焼き店を切り盛りする、崇田・哀音(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e29878)はその香りに頷く。
「日本の食べ物はおいしいですから、やみつきになっちゃうのも分かりますけど……」
 油が染みつきテカテカになった床や柱を見渡して、エレノア・エリュトゥラー(渡り鳥・e15414)はその奥で鉄板を囲む集団に目をやる。
「……ビシャルナってなんでこう、螺子のはじけ飛んだのしかいないんだ?」
 モクモクとお好み焼きの焼ける煙に包まれたビルシャナ達に、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が呆れた様に言葉を吐く。
「お好み焼きも好きだけど、そればっかりってのもなんかさみしいよね、だからちゃんと教えてあげないとね!」
 その一方で、山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)は信者たちに向けて語りかけようと寺の中へと踏み込んでいくのだった。
(「インパクトのある説得か……。前に読んだ料理漫画のムカつくほど偉そうな美食家キャラになりきって説得してみるわ」)
 浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)はお好み焼きに夢中な信者たちの背後に立つと、大きく息を吸い込む。
「ここの料理長はどいつだ!」
 突然背後から怒鳴られ、振り返った信者たちはようやくケルベロスの侵入に気が付いた。
「料理長……自分で焼いて食ってるし、誰だ?」
「まぁ……私、かな?」
 突然の事に信者たちは首を傾げ、ビルシャナも迷いながら顔を上げる。
「貴様! お好み焼きを作って何年になる。これはお好み焼きを不味くする調理方法だ! 本格的なお好み焼きを食べられると楽しみしてたのにがっかりだ……」
「そんなの、好きに焼いて食えばいいではないか」
 今食べている物を悪しざまに言われムッとする信者を響花が睨む。
「 楽しければ良いだと……馬鹿者! 学生じゃあるまいし、お好み焼きが好きなら至高の味を目指すのが当然だろ!」
「うぐ……確かにより美味しいお好み焼きを食べてみたいとは思う」
 彼女の言葉に迷う信者にやれやれと、響花は首を振る。
「今日はもうお帰り下さい。明日、究極のお好み焼きをご馳走します」
「美味い作り方は気になるが、明日食えるなら今日はもうこのままでいいかな……」
「えっ」
 信者を追い払ってしまおうとする響花だったが、そのままお好み焼きを食べ続ける信者たちに、思わず作った強面が剥がれて声が出てしまう。
「お好み焼きいといっても色々とありますよね」
 じゅうじゅうと焼けるお好み焼きを覗き込み、風魔・遊鬼(風鎖・e08021)も信者に声をかける。
「焼き方だけでも広島・大阪・遠州etc」
「ああ、お好み焼きの幅はとても広いな」
 うんうんと、遊鬼の言葉にうなずく信者に、鬼人も言葉を続ける。
「お好み焼きは好きか! なら、広島焼きはお好み焼きに入るのか?!」
「そりゃはいっ……!?」
 スパーンッ! と小気味よい音を立て、何か言いかけた信者の頭を鬼人のハリセンが叩く。
「そんな言葉で語れる程度で、粉物の全てを悟ったかの様に振舞うなど、言語道断!全てを食べつくしてから、語るべきだ!」
 何か信者が反論しようとする度にハリセンで黙らせ、鬼人はお好み焼きに関するうんちくを披露し続けるのだった。


 お好み焼きを焼く鉄板の片隅を、半球状の窪みが並んだ鉄板に取り替えた涼子は、そこにタネを流し込むと手早く具材を投入する。
 紅ショウガや小ネギ、そしてタコが沈められた生地はふつふつと沸き、千枚通しでひっくり返されれば丸いたこ焼きになる。
「粉ものはお好み焼きだけじゃない、こういうのもあるからもっといろいろおいしい面を知っておくべきだよ」
 焼きたてのたこ焼きを手渡された信者が、涼子の言葉に促され一つ口に運ぶ。
「はっふぅ!?」
 カリッとした皮を破ればトロトロ熱々の生地が飛び出し、熱さの中に噛みしめるタコのうま味が混ざり合う。
「確かに、これはお好み焼きでは味わえないトロトロ具合」
「さぁ、いっぱい焼くからね」
 お好み焼きを食べる手を止めて、信者達は涼子のたこ焼きへと手を伸ばし始める。
「生地だけではお好み焼きは完成しません、いろんな地域の、いろんな肉や野菜のおいしさに支えられて出来てるんです! それを知らずにお好み焼き好きを語るとは何事ですかぁーっ!」
 生地の違いにたこ焼きへの興味を持った信者の前に、今度はエレノアが野菜のこんもりと盛られた皿を置く。
「キャベツと玉ねぎのサラダ、それに豚丼にシーフードパスタ、これって」
「そうです、みんなお好み焼きで食べている物なのです」
(「だ、大丈夫だよね……」)
 自信満々と言った表情で信者達に料理を出しているエレノアだが、実は料理が苦手な彼女は必死で冷や汗を押し隠す。
「む、確かに野菜のままでも美味い」
「久しぶりに米を食った気がする」
 しかし、彼女の不安も美味しくなれと願うケルベロスの不思議なパワーで打ち消され、信者達はこぞって料理に手を伸ばす。
「他の料理も食べたりした方がソースの濃い味に慣れた舌の感覚が切り替わってよりお好みを美味しく食べられるもんだよ? ほら、実際に試してみな!」
 サラダの味に感動する信者の前に、哀音の皿が出される。
「出し巻き、サラダにこの炒め物は……豆苗か」
 ふわふわの卵に、しゃきしゃきの豆苗、どちらもソースのように濃い味付けではないが、だからこそ今の信者達の舌には新鮮な味わいに感じる。
「うまい、今までこんなに美味く感じたことなんて……」
「ヘイっお待ち!」
 2人の口直しの後に、哀音はソバの入った広島地方で好まれるスタイルのお好み焼きを焼き上げる。
「そうは言ってもお好み焼きの味が変わるわけが……っ! 美味い!」
 エレノアや哀音の料理のさっぱりとした味わいを呼び水に、今度はソースのガツンがより大きな波となって信者達の味覚を襲う。
「こちとらお好み焼き屋さ、 どうすればより美味しく食えるかに生涯かけてるからね!」
 美味い美味いとお好み焼きを頬張る信者に、哀音も満足そうに腕を振るう。
「お好み焼きは熱々が一番ですよね! お好み焼きの上で踊る鰹節は最高だと思います♪」
 鉄板の上で踊る鰹節を指差して、浅葱・ミク(クルーズナビゲーター・e16834)が、楽しそうに信者の隣に座る。
「そうだな、やっぱり熱々が一番だぜ」
 器用にコテでお好み焼きを頬張りながら、信者達はミクの言葉に頷く。
「そのため、お弁当には致命的に向かないのです」
 だが、次に続けた言葉に信者達がぎょっとしたようにミクへ視線を向ける。
 その信者達をぐるりと見渡して、彼女は言葉をつづける。
「お好み焼きは熱々を出来立てで食べるもの。毎食ではなく、その日一番の食事として食べるのが良いと思います!」
 力強く言い切ったミクに、信者達の間に動揺が広がっていく。
「ちょっと思い出してほしい。お好み焼きを食べるシーンを」
 フィオリナの言葉に、信者達は熱を上げ続ける鉄板を見つめここに来る以前の事を思い出す。
 親しい誰かとの夕食だったり、縁日でワイワイと食べたり、家族と一緒に鉄板を囲んだり。
 それぞれの胸に浮かぶのは、どれもちょっとした良い日。
 特別な日や大切な記念日、そんな風に大げさではないけれどもちょっと贅沢な日。
「鉄板を舞台にしたエンターテイメントがお好み焼き。だからこそ美味しく至高の料理になる!」
 焼いてもらうのも一緒に焼くのももちろん食べるのも楽しい料理だと、フィオリナの言葉に信者達は思い出す。
「つまり毎食お好み焼きをというのは、お好み焼きを貶めて価値を低くしていることに他ならない!」
 自信満々に言い切るフィオリナに、鉄板の前から離れようとしなかった信者達がふらふらと離れていく。
「ま、まて、お前らお好み焼きを食べ続けるのではなかったのか!?」
「偏食なんざ馬鹿のやる事! より美味く喰いたいのなら其れ以外のもんも喰ってこそ好物の美味さも際立つってもんさね!」
 信者達を追いかけようとするビルシャナだが、その前に哀音が立ちふさがり、ケルベロス達も好機と見て一気に襲い掛かった。


「なんで、お前らって変な悟りを開くんだ?お前らの頭の中には、教義じゃなくて電波がながれてるだろ」
「我らの悟りを電波などと!」
 鬼人の攻撃をコテで受け止め、ビルシャナが吠える。
「鉄板の上は踏まないでね熱いから、そこにも食べ物があるから踏んじゃだめよ」
 仲間へ鉄板への注意を促し、響花が凍える温度のビームをビルシャナに浴びせかけ、遊鬼の研ぎ澄まされた一撃も合わさり急激に温度を下げたビルシャナに霜が浮く。
「いっくぞーっ!」
 氷に覆われたビルシャナを、ジェットエンジンで急加速した涼子の拳が正面からぶち抜いた。
「こ、こんな所で……っ」
「そうさ、アンタはここで終わりだよ」
 硬化した哀音の爪が、ビルシャナの羽毛を貫く。
「思う存分、暴れてみましょう! ですっ!」
 荒れ狂う竜巻に乗せて繰り出されるエレノアの鎖が、ビルシャナへ幾度となく叩きつけられる。
「こちらもいきます!」
 ミクの槍がフラフラになったビルシャナを貫き動きを止める。
「そこだっ」
 ケルベロス達の攻撃に翻弄されるビルシャナ、そのもっとも弱ったところ目がけてフィオリナが強力な一撃を叩き込む。
「ぐおぉぉ、最後にもう一枚……食べたかった」
 鉄板へと届かぬ手を伸ばしながら、ビルシャナは消え去っていくのだった。


 ビルシャナは消え去ったが、残された大きな鉄板は再び火を入れられていた。
「なかなか美味しいわね。味付けも良く出来てるわ」
 残されていたものや、説得にも持ち寄った具材で作られたお好み焼きを食べて、満足そうにうなずく。
「ふーっ、はい。美味しいよ」
 熱々のお好み焼きを冷まして、エレノアがナノナノのオリーブと分け合うと、ソースで口元を汚しながら、オリーブは嬉しそうに彼女をの周りを飛び回り次の一切れを催促する。
「ぷろでゅーさーはどうなんでしょうね。食べられるのかな?」
 もぐもぐとお好み焼きを食べるミクはテレビウムと視線を合わせてみるが、ぷろでゅーさーはこてんと首を傾げるばかりである。
「はふはふ、すごいこれご飯が入ってる」
「こういうのもいいだろ、ほら他にもあるよ」
 ソバの代わりにご飯が入ったお好み焼きに驚く涼子、哀音はそんな反応に楽しげに笑みを返すと、小海老や甘い豆などどんどん鉄板でで仕上げては仲間たちにふるまっていく。
「あ、俺、チヂミ持って来てるけど、食うか?」
「牛スジや牡蠣もありますよ」
 遊鬼は大阪風に、鬼人は鉄板ならとチヂミをとそれぞれの好み合わせて楽しむ。
「みんなで食べる日は特別ね」
 フィオリナの言葉通り、ワイワイと過ごすケルベロス達だったが、ふと響花が我に返る。
「ん……ちょっと待ってこの鉄板は誰が片づけるの…後、食器とか余った食材も」
 楽しいお祭りの後には片付けが待っているもの、ケルベロス達が去った古寺は綺麗に片づけられているのだった。

作者:大亀万世 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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