●影
ハロウィンはいつのまにこんなにもメジャーなものになったのだろうかと、少女はひとり溜息を漏らした。
街を歩けば、カボチャや魔女、オバケのディスプレイが嫌でも目に入る。街全体が浮かれたような雰囲気に包まれていることが、決して憎いわけではない。ただ――。
(「賑やかすぎるのなんて、嫌いだし」)
それはある種の強がりであったのかもしれない。
ふと、少女は気配を感じ振り向いた。まさしくその瞬間であった。
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか。その夢、かなえてあげましょう」
「え、……え……?」
少女は驚愕に目を見開いた。一突きで、自らの心臓を穿った鍵。鍵を手に持った、赤ずきんの少女。
「世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
赤ずきんは口元に笑みを湛え、夢を奪われ気を失う少女が崩れ落ちるのを見つめていた。
少女の隣に現れたのは、顔の部分だけが丸くくり抜かれた、オバケのシーツ。
そしてそのくり抜かれた部分には、それがドリームイーターたる象徴――モザイクが、ゆらゆらと覗いていた。
●
黒瀬・ダンテの挨拶はいつも、割と軽い。今日も今日とて『ちっす!』と軽く片手を上げると、集ったケルベロス達に向け、口を開くのだ。
「藤咲・うるる(サニーガール・e00086)さんが調査してくれたんすけど、日本各地でドリームイーターが暗躍しているみたいなんすよ」
困ったもんっすね、と苦笑したダンテは続きを語る。
「出現しているドリームイーターは、ハロウィンのお祭りに劣等感を持ってる人達っす。んでもって、ハロウィンパーティーの当日、一斉に動き出すみたいなんすよ。仮にハロウィンドリームイーターって呼びますけど、そいつらが現れるのは、世界でもっとも盛り上がるハロウィンパーティーの会場! つまり! 鎌倉のハロウィンパーティーに他ならないっす!」
もうお分かりっすよね、とダンテは続け、そう、と頷いた。
「皆さんには、実際のハロウィンパーティーが開始する直前までに、ハロウィンドリームイーターを撃破してほしいっす!」
今回ダンテが説明するハロウィンドリームイーターの特徴は、こうだ。
顔のくり抜かれたオバケシーツを身に纏い、くり抜かれた顔の部分からは、モザイクが覗いている。一目で解るだろう、とダンテは言った。
「ハロウィンドリームイーターは、パーティーが始まると同時に現れるっす。なんで、パーティーが始まる時間よりも早く、あたかもパーティーが始まったように振る舞えば、ハロウィンドリームイーターを誘き寄せることができると思われるっす。どんちゃん騒いで明るく楽しく! ってことっすね」
そんなわけで、とダンテは笑う。
「ハロウィンパーティーを楽しむため! ドリームイーターは撃破しちまいましょう!」
参加者 | |
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ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399) |
天津・総一郎(クリップラー・e03243) |
ペシュメリア・ビリーフニガル(アヴァンツィアーモ・e03765) |
百鬼・澪(澪標・e03871) |
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036) |
ミリディア・ファームベルト(レプリカントのウィッチドクター・e06542) |
村雲・左雨(月花風・e11123) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
●
「ふっふっふ、私もケルベロスの端くれ、デウスエクスの侵略を防ぐため、ここは協力しようではないか!」
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)はどーんと胸を張って、輝く瞳を隠そうともせずにそう宣言した。頭上には小悪魔の翼と、角付きのヘアバンド。その手には、身の丈程の大きなフォーク。
「そんなわけで皆にも協力してもらう! トリックオアトリート! 小悪魔ソロちゃんだぞ♪ 食べられたくなかったら菓子をよこせーっ」
「あらあら、食べられてしまうのは困りますね。ふふ、悪戯の前にお腹はすいてませんか?」
ソロの言葉にくすりと笑って、両手に持ったカボチャを模した籠を、百鬼・澪(澪標・e03871)は軽く揺らした。女神に扮した澪と、天使の仮装を施された澪と共に行動するボクスドラゴンの花嵐。どちらとも、ハロウィンの仮装はばっちりだ。
ミリディア・ファームベルト(レプリカントのウィッチドクター・e06542)がする仮装はデュラハンのそれ。手作りのリアルな首を傍らに抱いて、本物の首はマントめいたそれを被って隠している。ミリディアのその姿に、村雲・左雨(月花風・e11123)は感心してみせた。黒いマントを羽織った左雨の仮装は、ドラキュラである。
「なかなか、リアルな仮装だな」
「ふっふーん♪ お褒めに預かり光栄至極!」
左雨の言葉にミリディアはマントの中からいつもよりも少しばかり弾んだ声で応えた。
「さて、皆さんの準備は完璧なようですね」
ぐるりと各々仮装をエンジョイする仲間達を見回して、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)はひとつ頷く。
「――それでは、パーティーと参りましょう」
携帯した音楽プレーヤーから、色とりどりの音色が流れ出す。明るく賑やかなその音に合わせ、くるくるとコロポックルの仮装をしたアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)が回って踊る。
「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラするぜ!」
ド派手な羽飾りを頭に、アバンの言葉に天津・総一郎(クリップラー・e03243)は振り向いた。赤や橙、緑や青。虹を思わせる七色の小さなカボチャをその身に飾り付け、アバンに向けて差し出したのは――、こちらも色とりどりのマシュマロだ。
「お、マシュマロ」
「そう。マシュマロ。そのままでも、美味い。炙っても、美味い。……ダイジョウブ、天津、ウソつかない」
総一郎がネイティブアメリカンになりきって話すのを聞いて、アバンが吹きだす。アバンの手にマシュマロが乗ったのを確認し、総一郎は流れる音楽に乗せて踊り出す。
その場がハロウィンパーティーの会場だと言っても、誰も疑うことはないだろう。
ハロウィンのそれらしく、ペシュメリア・ビリーフニガル(アヴァンツィアーモ・e03765)が準備したカボチャのランタンが並び、テーブルのカボチャ籠の中には溢れんばかりのお菓子が盛られている。
「ふふ、皆さんの仮装、素敵ですね」
そんなペシュメリアの格好は、三角帽子の魔女姿。雰囲気に破顔したペシュメリアだったが、ふと、務めを、と背筋を正した。だがそれも僅かな間。
(「私まで強がってもしょうがないですわね」)
流れる音楽に身を任せ踊る数名に、ヒルメルは手拍子を鳴らす。ゆらゆらとリズムに合わせ頭を揺らせば、耳の上あたりにくっつけた、巨大なボルトが鈍く光った。
そうしてゆらりと、誘われるように現れた『それ』に、ヒルメルは逸早く気付く。
「……皆さん、本日のスペシャルゲストの到着です」
揺れるシーツに、揺れるモザイク。
あえて鳴らしている音楽は止めず、ヒルメルは続けた。
「楽しむ余裕があってこそ、作戦も功を奏すというものです。宴は、あなたが来てからが本番と言ったところ。――さあ、では、お付き合いいたしましょう」
●
「待ってたぜ、ドリームイーターのお嬢さん。ハロウィンパーティーへようこそ、だ!」
真っ先に仕掛けたのは左雨だった。黒いマントを翻し、余裕たっぷりの不敵な笑みをそのかんばせに乗せ、左雨は得物に炎を纏わせて強烈な一撃を放つ。
「前っ、前が見えな……よし、これでオーケー。常駐思考を戦闘モードへ移行……行きます!」
手作りの生首はテーブルの上に置いてマントをずりさげ本物の首から上を出し、ミリディアが攻撃態勢に移る。二振りの杖をオバケシーツのモザイクイーターに打ち付けて、爆発的な雷の気をドリームイーターへと食らわせる。
「も、もごっ……」
出遅れたのはソロである。
「でたら、どいーむえーたー。ここれあったらひゃくねんめら!」
口の中のお菓子をなんとか飲み込んで、ソロは氷の属性を宿す騎士のエネルギー体を召喚する。
「こんなに美味し……楽しいハロウィンの邪魔はさせない! 澪、合わせるぞ!」
「ええ!」
ソロの攻撃を援護するように、澪は微笑みを絶やすことなく応える。精神操作により鋭く飛ばしたケルベロスチェインが、柔らかなオバケシーツ姿のドリームイーターを捕える。
「たまには賑やかなのも、良いものよ?」
澪とソロの息の合った一撃に、ドリームイーターの動きが一瞬止まる。裾の破けたシーツが寂し気に揺れれば、次の瞬間には、その部位がモザイクに包まれた。
受けたダメージをゼロに戻したドリームイーターに、その場の全員が一気に気を引き締め直す。舐めてかかっていたわけではないが、油断も隙も作ってはならないことを改めて理解したからだ。
(「この一手が皆さんを支え、勝利の一助となる様に。……尽くしてまいりましょう」)
ペシュメリアが心の中で呟き、ふ、とひとつ呼気を挟む。そうして放たれたのは鎌の一撃。ブーメランのように回転しながら飛んだ鎌の刃が、ドリームイーターの一部を切り落とす。
「abi dierectus!」
総一郎が仕掛ける攻撃に、モザイクが揺れる。頭部目掛けて放たれたハイキックが、ドリームイーターに隙を作らせた。
「騒がしい、というのは、時として確かに不愉快なもの。しかしながら、楽しむべき祭りを忌むべきものにしてしまうのは、如何なものかと」
黒き鎖を精神力により動かしながら、ヒルメルは言う。モザイクが見え隠れする布の一部を引き裂けば、宙に舞った布は、はなからなかったもののように消え失せた。
●
オバケシーツのドリームイーターは、ゆらゆらとその身を揺らすとモザイクを飛ばした。平静さを喰らう一撃を受け、総一郎の動きが一瞬荒いものに変わる。
「大丈夫。今、回復します……」
そのことを直ぐに察知したペシュメリアが、澪と視線を交わした後、具現化させた光の盾を総一郎へと送る。
「っと……さんきゅ」
正気を取り戻した総一郎の礼に、ペシュメリアはにこりと微笑みを向けた。頼れる後衛達の動きににっと総一郎は笑い、その視線をドリームイーターへと向け直す。
「お前に言ったところで、お前を作り出しちまった子には、届かないだろうけど。――覗いてみるだけでもいいから、パーティーに来てくれよ。損はさせないぜ?」
ドリームイーターのシーツが揺れた。テレビに写るノイズのように、モザイクもまた揺れていた。
「花嵐!」
澪が相棒の名を呼ぶ。放たれるブレスに香るのは花のそれ。次にからりと鳴ったのは高下駄の音。
「冥府に舞いし魔蝶の一軍よ、闇に燻る魂を照らし、儚き夢の終わりを告げよ」
ソロの周囲に魔力の風が巻き起こる。青い髪がふわりとたなびいて、ソロは詠唱中に伏せていた眼差しをドリームイーターへと向けた。
「――『胡蝶乱舞』」
魔力により生み出された蝶の群れが、ドリームイーターに襲い掛かる。オバケシーツに次々に開けられるからっぽの穴に、アバンは少しだけ表情を顰めた。
「見えるのはモザイクだけか。……なんか、寂しいやつだよな。お祭りに劣等感なんて、抱かなくていいはずなのに」
僅かに唇を尖らせたアバンは、その直後に何かを思いついたようだった。
口角が上がる。
「こいつ倒したらさ、こいつを作り出しちゃった子もパーティーに誘いに行こうぜ!」
「ああ、それはいいかもしれないですね」
アバンの言葉に頷いたミリディアが言った。
「騒がしすぎるのが苦手なら、私達と一緒にいる程度にしておけば、少しはパーティーを楽しめるかもしれません」
そうと決まれば、とミリディアは言葉を口にする。
「早く終わらせなければなりませんね」
「ああ。ハロウィンパーティーとくれば、賑やかになるのはもう少し後の時間だろう。十分に、間に合うさ!」
左雨が、ドリームイーターとの距離を測った。一気に息を吸い込み、そして吐き出すのは灼熱の炎のブレス。
「仮にパーティーに来れなかったとしても、お菓子のお土産くらいは持って行ってやりたいしな」
口内に残った僅かな火をふっと横に吐き出して、左雨は言った。
●
ドリームイーターが飛ばすモザイクを幾度となく避け、時には受け、その都度傷を癒し、反撃を叩き込む――。ドリームイーターに表情などは見て取れなかったが、ケルベロス達もドリームイーターも、双方共に消耗しているのだろうことは解っていた。
「誰も、手折らせなどしません――花車、賦活」
澪が仲間に向け送るのは、生命を活性化させる微弱な電流。
ドリームイーターがゆらりと距離を置こうとすることを、総一郎は許さない。
「――ヒールで色々直しても、そこに住む人たちの心も治さなきゃ意味がない」
総一郎は呟くように言葉を紡ぐ。
「その為に俺に何ができるかは分からない。でも自分には何もできないと悩んでいたら、ずっと分からないまま。人は結局、自分にできる何かをするしかない。……そしてその結果が、いいことに繋がればいい」
攻撃を叩き込みながら言えば、ケルベロス達はその言葉に微笑んだ。
「……って、師匠が前に言ってた」
「あら。素敵なお師匠様ね」
ペシュメリアもまた微笑む。
「さあ、ショーの時間は終わりにしましょうか。パーティーに遅れるわけにはいかないでしょうから」
ヒルメルが告げた。各々が頷き、ドリームイーターとの距離を測り、攻撃態勢に移る。不利を悟り逃げ出そうとしたのだろうドリームイーターの動きを、しかしケルベロス達は許さない。
次々に叩き込まれる強烈な攻撃に、ドリームイーターは己を治癒する間もなく、その動きを止めた。
シーツに覆われていたモザイクが、テレビに映るノイズのようにぶれて、消えていく。モザイクが消失し、ふわりと一瞬宙に舞ったシーツもまた、霧が晴れるそのときのように、ゆっくりと消えていった。
ことが済んでしまえば、ハロウィンパーティーの始まりは、もう、すぐそこにあった。
「勝利記念に! トリックオアトリートっ!」
「ふふ、悪戯はさせてあげません」
アバンの声に、ペシュメリアはポケットに忍ばせておいた飴玉を差し出した。
ちぇ、と飴玉を口に放り込んでアバンは笑う。
招かれざる客はそうして消え、そのドリームイーターを生み出してしまった少女もまた、どこかで目を覚ましただろう。彼女が会場に来るかどうかは解らないが、彼女がほんの少しでも笑顔になれたならと、ペシュメリアは思うのだ。
そうして鎌倉市で開かれるケルベロスハロウィンでは、お決まりの言葉が飛び交うことになるだろう。
――トリックオアトリート。
――お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ!
作者:OZ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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