彷徨える霧雨

作者:犬塚ひなこ

●翡翠の眸
 霧雨が降る朝、不思議な予感を覚えた。
 どうしても自分が行かなければならない。そんな思いを抱いたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は街外れの或る屋敷に足を運んでいた。
 薄い雨に視界が滲んだが、水滴を振り払ったカルナは廃墟屋敷の前に立つ。
「やっぱりこれはモザイクですね」
 門の奥は屋敷ごと不明瞭にぼやけている。間違いないと呟いたカルナはワイルドハントが潜んでいるかもしれないという読みが当たっていたと感じた。
 しかし、モザイクに覆われた領域は覗き込もうとしても何も見えない。
「少しは調査しておかないといけないでしょうか」
 カルナは門を開いてモザイクの中に足を踏み入れる。すると其処には元の地形や建物などがバラバラにされて混ぜ合わされたような奇怪な光景が広がっていた。
 周囲は纏わりつくような粘性の液体に満たされていたが、不思議と呼吸や動きの制限はない。一先ずは仲間にこの場所を報せようか、とカルナが考えた矢先――。
 突然、蒼き竜が彼の目の前に現れた。
「此処を見つけられるなんてね。お前、この姿に因縁のある者なのか?」
 此方を見遣った竜は忌々しげな口調で問いかけてくる。目を瞬かせたカルナは答えられず、相手をじっと見つめた。
「因縁? 僕は……」
 淡い水の粒を纏った竜の眼差しとカルナの双眸が交差する。その色はどちらも新緑を思わせる翡翠の彩を宿しており、竜翼も似通った形をしていた。
 そのとき何故か普段から胸の裡に沈んでいる喪失感がひときわ強くなった気がした。胸を押さえたカルナが僅かに俯くと、竜が激しい咆哮をあげた。
「ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないよ。お前はワイルドハントである僕の手で死んで貰わないといけないな」
 刹那。牙を剥いた竜はカルナに飛び掛かり、そして――。

●ワイルドハントの襲撃
「皆さま、たいへんです。カルナ様がドリームイーターの襲撃を受けたみたいです!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は集った者達を見渡し、カルナに危険が迫っていると伝える。
 彼は巷を騒がせているワイルドハントの調査に向かい、その先で敵と遭遇した。
 ドリームイーターは事件の場所をモザイクで覆って内部で何らかの作戦を行っていたらしい。このままでは一人きりで戦うカルナの命が危ないと語り、リルリカはケルベロス達をヘリオンへと誘った。
「ここからは飛行しながら話しますです。皆さま、よく聞いていてくださいませ!」
 空を翔けるヘリオンの内部にて、説明されたのは以下のことだ。
 敵はカルナの暴走時の姿をしている。
 門の内側はモザイクに包まれた特殊な空間ではあるが戦闘に支障はない。また、敵はカルナの別の姿ではあるが、内面や攻撃方法、能力などは全くの別物。
「ワイルドハントは見た目通りの攻撃を行ってきます。竜の力を宿した吐息に、爪での一撃、それから尻尾で薙ぎ払ってくるので気を付けてください」
 やがて、ヘリオンは件の屋敷の上空に到着する。
 このまま降下して門を潜ればカルナの居る場所へ辿り着くことが出来る。リルリカはお願いします、と告げて降下準備を整えてゆく。
「ヘリオライダーのリカたちでも予知できなかった事件をカルナ様が調査で発見できたのは、敵の姿とも関連があるのかもしれませんですね。いえ、今はそれよりも……」
 彼を助けて欲しい、と告げたリルリカは真剣な眼差しを向ける。
 ワイルドの力とは何なのかも気になるが、先ずは戦いに勝利しなければならない。今、仲間を救えるのは此処に集った者達だけなのだから――。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)
シグリット・グレイス(闇夜のスナイパイー・e01375)
メリノ・シープ(スキタイの羊・e02836)
華輪・灯(遅刻の堕天使・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
佐久間・凪(無痛・e05817)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)

■リプレイ

●氷盤の絶零竜
 蒼き竜が吼え、猛る。
 繰り出される爪を杖で受け、瞬時に弾き返す。しかし即座に身を翻した竜の尾が肩を穿ち、重い衝撃が身体中に駆け巡った。
「……っ! その姿は……やりにくいです、ね……」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は痛みに耐え、一歩後退る。
 敵はワイルドハント。頭では分かってはいるが、自分の裡に眠る力を写したものだと考えると何とも居心地が悪い。
 其処から容赦なく続く攻防。竜爪からは流れる重い一撃を受け、カルナは苦しげに眉を顰めた。その様子に気付いた蒼竜は双眸を細めて牙を剥き出した。
「そろそろ死ぬ覚悟が出来た?」
「いえ……だからといって易々と殺されてあげるほど、僕もお人よしじゃないんですよ」
「減らず口を。黙って倒れるといい!」
 カルナが痛みに耐える中、宙を舞った蒼竜は勢いよく尾を振り下ろした。
 このままでは大打撃を負うとカルナが覚悟した、その瞬間。
「――カルナ様、助太刀、いたし、ますッ!」
「残念、黙ってなどいられないな」
 リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)とネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の声が響き渡る。更にはライドキャリバーのベガーが敵とカルナの間に割り込み、尾撃を受け止めた。すぐにリラが光の盾を具現化させ、ネロは禍呪を纏って身構える。
 続けて狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)と華輪・灯(遅刻の堕天使・e04881)が布陣し、カルナを護る体勢を整える。
「無事だったみたいっすね。楓さんが助けに来たっすよー!!」
「もー安心です。ふふん、遅れずにやってきましたよ!」
 二人の明るい声を聞き、カルナは顔をあげた。皆さん、と呟いて双眸を細めた彼に灯が癒しのマカロンを渡し、楓は敵に螺旋の軌跡を描く手裏剣を放つ。
「カルナさん、大丈夫?」
「敵は引き付けます。今のうちに援護をお願いするのです!」
 メリノ・シープ(スキタイの羊・e02836)と佐久間・凪(無痛・e05817)も其々回復と攻撃に入り、カルナを案じた。凪が流星の蹴りを見舞って敵の機動力を削ぐ中、メリノは淡い癒しの霧を周囲に満たしてゆく。
「新手か。邪魔をするな!」
 ワイルドハントが憤る様を見遣り、シグリット・グレイス(闇夜のスナイパイー・e01375)は不敵に笑んだ。
「後は任せろ。この俺がスナイパイーとしての実力を見せ……あっ」
 だが、良い場面であるはずの状況でシグリットは盛大に噛んだ。本当はスナイパーと言いたかったらしき彼はわざとらしく咳払いをして誤魔化す。
 そして、シグリットは敵を見つめた。
「あれがカルナのワイルドハント……氷盤の絶零竜か」
「なるほど、ブリザード・ドラグーンですか! 相手にとって不足ありませんね!」
 灯も真面目な表情で標的を観察した。因みになんとか絶零竜とやらはカルナが過去に名乗った、いわゆる中二病ネームらしい。
「わぁぁぁ――!!」
 受けた傷の痛みも何処へやら、カルナは叫んで聞こえないフリをした。だが、名に反応したのは彼だけではない。
「この姿ってそんな恥ずかしい名前だったのか!?」
 思わずワイルドハントも驚き、慄いた様子を見せていた。凪と楓はその光景に思わず微笑ましさを覚え、きょとんとしたメリノは首を傾げてじっと蒼竜を見つめる。
「もっとカワイイ格好なら良かったのに。ぬいぐるみとかモコモコとか……もこざーど・ふわるーんみたいなのだったらステキだね」
「もこもこ、ふわ、ふわ……」
 メリノの言葉から想像を巡らせたリラはきゅんとした。ネロもふむ、と口許に手を当てて考え、ワイルドハント改め氷盤の絶零竜を見遣る。おそらく彼女もぬいぐるみの竜を思い浮かべているのだろう。
「意外と悪くない。綿雲の縫製竜といったところかな」
「うわぁぁぁ――!!!」
 どう返していいか分からないカルナの叫び声が再び響き、戦場はなんやかんやで騒がしくなっていく。敵も焦りながら気持ちを落ち着け、此方を睨み付けた。
「た、戦おう! とにかく僕はお前達を殺す!」
「……そうですね。僕を騙るならば屠らせて頂くのみです」
 色々あったが双方の視線が交差した刹那、張り詰めた空気が巡る。同様に仲間達も身構え直し、ワイルドハントを見据えた。

●仲間の為に
 敵は氷盤の絶零竜。否、その身を騙る偽物に過ぎない。
「そこの竜、アナタが何者だとしても」
 灯はワイルドハントを瞳に映し、びしりと指先を突き付けて言い放った。シグリットも妹分の言葉に頷き、同様に敵を見つめる。
 胸に宿す思いはひとつ。目の前の敵を倒すということ。
「私の……私たちのっ、大事な友達の命を狙うならば覚悟して貰いましょう!」
 威勢のいい声と共に爆発が起こり、色とりどりの煙が仲間を鼓舞してゆく。其処に続いたウイングキャットのアナスタシアが尻尾の輪を飛ばした。
「ふん、やってみるといいよ」
 敵がリングを弾き飛ばして抵抗する中、メリノは援護に移る。
「怖いけど……カルナさんを守るよ!」
 怯えそうな自分の身をしっかりと支え、メリノは黄金の果実をみのらせた。その加護が巡る心地を感じたネロは小さく頷き、魔力を紡いでいく。
「此岸に憾みし山羊に一夜の添い臥しを――」
 詠唱を諳んじる最中、ネロはふと思う。相対する敵の本質は今まで相対してきたデウスエクスと変わらないのだろう。だが、それが己が宿す力の一部だとしたら。竜の姿の敵と対峙するカルナを見遣ったネロは首筋が粟立つ感覚をおぼえた。
 刹那、放たれた魔力は敵の存在そのものを捻り潰すが如く迸る。だが、ネロの様子に気が付いたリラが心配そうな視線を向けた。
「傷はわたしに、お任せ、を。皆さまは、どうぞ、前へ」
「ああ。一先ず、眼前の之を片付けねばな」
 その眼差しを受けたネロは大丈夫だと面を擡げる。リラはふわりと笑み、未だ傷の深いカルナへと医療魔術を施した。
 その間に凪とボクスドラゴンのガルムが動く。
「全力で行きます! ガルムは皆を支えてください」
 脚部に炎を纏った凪はひといきに敵との距離を詰め、蹴りを放った。その踵に鎖のように揺れる荊がしなり、風を切る鋭い音が辺りに響く。ガルムも白い毛並みをなびかせ、仲間に竜の力を宿していった。
 其処へ更に楓が踏み込み、腕の杭打ち機に螺旋の力を込める。
「カルナさんへのご恩と感謝、今こそ返す時っす!」
 雪さえも退く凍気で敵に氷を宿した楓は意気込んだ。彼はケルベロスになってすぐの頃に親切にしてくれた相手だ。絶対に助けたいという気持ちは揺らがない。
 しかし、敵はまだびくともしていなかった。
「その程度なの? じゃあこっちからもいくよ」
 氷盤の絶零竜は吼え、蒼の吐息を周囲に吐き出す。空気すら凍る程の冷たさが辺りに広がり、シグリットは身を震わせた。
 しかし、震えたのは寒さの所為だけではない。
(「自分の暴走した姿と同じ姿ってのは、どういう心境なんだろうな……」)
 俺には想像し難い、と小さく零したシグリットは黒液の槍で敵を穿ち返す。思うこともあったが口にはせず、シグリットはカルナを見遣る。
 すると、体勢を完全に立て直した彼が灯の隣にしっかりと立つ姿が見えた。
「遅刻の堕天使さんが遅刻せずに来たことは褒めてあげましょう!」
「漆黒の堕天使です! 遅刻もしてませんからね!」
 もー、と怒る灯と軽く笑うカルナ。二人の様子からもう大丈夫だろうと判断したシグリットは安堵に似た気持ちを抱く。
 そして、手を掲げた灯が癒しのグラビティをカラフルなマカロンに変えていく中で、メリノとカルナが頷きを交わした。
「ダブルファミリアシュート、行きます」
「タルタリカ、お願……って、口に向かって突撃しないでぇ!?」
 カルナが白梟を放つ機に合わせてメリノが子羊のタルタリカを敵に向かわせる。だが、蒼竜の口に向けて突っ込んでいく子羊にひやっとしたメリノが叫ぶ。
「大和魂的なのを感じるような感じないような……」
「わぁ、ダブル攻撃ってすごくて羨ましいです!」
 そんな二人の光景に目を輝かせた灯。仲が良いな、と軽く笑うシグリット。戦いの最中だというのに明るい絆が見えた気がして、ネロの口許も緩む。
 だが、吼え猛る竜を思えば未だ釈然としない思いが胸を衝いた。
「己と縁のある姿、か。見たくないものを写す鏡の様で、ネロは怖いな」
 興味深くもあるが恐ろしくもある、と少しだけ顔を曇らせた彼女にリラもそっと同意する。ネロが刃を掲げて敵を斬り裂く間、リラはベガーに突撃を願った。
「ベガー、お願いします、すべてのものを、救うために」
 激しく唸るエンジン音が響き渡り、敵が穿たれる。そして、リラはふと考える。
 モザイク、因縁、ワイルドスペースの秘密。
 気になることは多々あれど、いまはカルナや仲間を支るのが先決。前をしかと向いたリラは光輝く粒子を解放してネロ達に加護を与えた。
 凪も相棒竜と連携し、次々と敵に打撃を与えていく。
「ガルム、一気に行きましょう!」
「楓さんもやるっすよー! わっはー!」
 凪が放った達人の一撃に白狼めいた匣竜の氷撃が重なり、更に笑顔を浮かべた楓が疾風の如き一閃を敵に浴びせる。
 その連撃に耐える敵はかなりの力を秘めているのだろう。だが、この場にいる誰もが挫けることなく果敢に戦っていた。
「カルナさん……じゃないっすけど、強いっすね! それでもまだまだっすよ!」
 楓の言葉に背を押された気がして、仲間達は視線を交わしあう。
 其々の瞳には強い意志。そして――勝利を信じる思いが宿っていた。

●揺らぐ記憶
 戦いは巡り、幾度も激しい攻防が繰り広げられる。
「くっ……しぶといな、お前達……!」
 連携を重ね、立ち向かってくるケルベロス達を睨んだワイルドハントは後退る。その様子から敵の弱体を悟ったシグリットは口元に笑みを湛え、鋭く双眸を細めた。
「逃げられる前に仕留めるか。けど無理するなよ、お前ら」
 皆に呼び掛けたシグリットは銀製の弾丸に古から伝わる退魔の呪いを込め、銃口を蒼竜に向けた。刹那、魔の銃弾が敵を貫く。
 しかし其処に続いた灯は、いいえ、と答えた。
「友達を助ける為の戦いです。無茶するなって言っても聞きませんからね!」
 ぐっと灯が掌を握ると翼猫も一緒に気合を入れる仕草を見せる。そして、同時に敵に狙いを定めた少女と翼猫が氷の一閃と爪の一撃を見舞った。
「私も、無茶くらいするよ。だって――」
 誰も失いたくないから、と勇気を振り絞ったメリノは周囲の植物に願う。
 それまではシグリットや灯の後ろに隠れていた少女は今、しっかりと敵の前に立っていた。メリノが敵を示すと、無数の根が地面から生えて蒼竜を包み込む。
「何だこれ!?」
「ふふん! 油断したらダメーっすよ!」
 慌てる敵の隙を突き、楓は螺旋の力を秘めた瞳を向ける。双眸から放たれた光は影を作り出し、瘴気となって敵を更に追い詰めてゆく。
 ネロは好機を感じ取り、再び魔女の力を収束させていった。
「影の煩いと呼ぶには、少し違うかもしれんが――」
 宜しくないものである事は確かだもの、と告げたネロが禁果の術式を解放する。その瞬間、竜の翼が捩じ切られた。
 凪はあと少しで敵が倒れると察し、地面を蹴って跳躍する。
「これで終わりにしましょう! ――風の牙『懺血』!」
 蹴りの一閃が全てを引裂く風の牙となって迸り、敵から鮮血が溢れた。
 ガルムが追撃を入れる様に合わせ、ベガーも勢いよく突撃していく。リラも攻勢に移るべきだと感じて星の煌めきを矢へと変えた。
「さようなら、美しき、蒼の竜。夢幻は、もうお仕舞」
 ――在るべき場所へ、お還り。
 甘やかなリラの声が紡がれ、星々の謳が標的を貫く。その光景を見つめた灯は次の一手が全てを終わらせると察して攻撃に向かおうとするアナスタシアを止めた。
「今回、おいしい所は譲ってあげます! 今です!」
 カルナに呼び掛けた灯は爆破スイッチに手をかけ、鮮やかな爆風の彩を巻き起こす。その鼓舞を受けたカルナは拳を握り、静かに頷く。
 仲間と共に戦う最中、彼は妙な感情を必死に押し殺していた。
 戦いに集中している間は感じない筈の喪失感が強く存在を訴えていのは、目の前の敵があのような姿をしているからだ。
(「この感情は一体。僕は、記憶を失う前、もしかして……」)
 何かを思い出せそうで思い出せない、強い焦燥感に駆られる。だが、顔をあげたカルナは決して敵から目を逸らすまいと決めた。
 シグリットに灯、メリノ、そしてリラとネロ。楓や凪。皆が見守ってくれている今こそ、決着を付けるべき時だ。
「考えるのは後でいい。今はただ――この戦いを終わらせます!」
「待て、まだ僕はやるべきことを……」
 蒼竜が何かを言った気がしたがカルナは止まらない。一瞬で敵との距離を詰めた彼は魔力を圧縮して形成された不可視の魔剣を振りあげる。
 刹那、鋭く疾い刃が振り下ろされた。

●霧雨は晴れて
 そして――蒼竜は倒れ込み、その姿は瞬時に消え去る。
 領域内に満ちていたモザイクや異変も元に戻り、辺りは普通の状態になったようだ。リラは周囲を見渡してみたが、何の気配も感じられない。
「ただの、廃墟、ですか。何も、残らなかった、ようですね」
「残念ですね、降魔の力もこういうときは役に立たないようですし……」
 凪は敵が倒れていた場所を見下ろし、掌を握る。己の力で魂を取り込む隙もなく敵は消失した。回収できたとしても情報は得られないのだが、凪は悔しさを噛み締める。
「何か持ち帰れるものとか……うーん、ないっすね」
「手掛かりでもあればと思ったんだが、仕方ないさ」
 楓が肩を落とし、ネロも首を横に振る。しかし、簡単に何かが見つかるわけはないと考えていたので落胆はしていなかった。
「それじゃあ、特に後片付けはいらないね」
 メリノは怖々と廃墟を見た後、お疲れ様、と皆に告げる。
 おう、と頷いたシグリットも皆に労いの言葉を掛け、灯の頭をぽんぽんと撫でた。
「しかし、本当に遅刻しなかったのは偉いぞ」
「だから、遅刻じゃないとあれほど!」
 灯は頬を膨らませてシグリットに反論するが、特に抵抗はしない。和やかな空気が流れる中、カルナは仲の良い二人を見て目を細めた。
 現れた敵の姿に心を掻き乱されそうになったが、今は落ち着ている。
 明るい会話を聞いたことでやっと日常が戻って来たのだと実感できた。カルナは緩やかに息を吐き、皆を呼ぶ。
「では、戻りましょうか。僕達の帰るべき処へ――」
 気が付けば来た時に周辺に満ちていた霧雨は薄らいでいた。
 雲間からは晴れた青空がのぞいている。空を見上げて思うのは謎に包まれた敵の存在に己の記憶。様々な懸念はあれど、傍には頼もしくて賑やかな仲間達が居る。
 薄く笑んだカルナは皆をいざない帰路についた。
 今だけは何故か、あの空のような晴々と気持ちでいられる。そんな気がした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。