美貌は青く燃ゆる

作者:白石小梅

●蒼炎、麗しく燃えよ
 そこはリゾートホテルに作られたフランス式庭園。
 うら若いモデルの青年がカメラに向けて誘うように手を差し出し、薄く微笑む。
 柔らかくも漆黒の髪、陶器のように白い肌。長い睫毛は煌めいて震え、くびれた腰にしなを作り、唇に指を這わせて見せる。
 その妖艶さは、見る者を問わず息を呑ませるほど。
「撮影お疲れ様でした、クリスくん。今日も素敵だったね」
「当たり前のこと、いちいち言わないでくれる?」
 マネージャーの男に差し出されたタオルをひったくり、氷のように冷たい声音でモデルの青年は言う。
「ご、ごめん。あの、今度の予定……」
「仕事後にキミの声なんか聞きたくない。後でメールして。あ、それと次のオーディション。あれ、ボクが取るから。必要なら審査員に金を積んで。なんなら寝たっていい。もし落ちたらキミ、クビね。じゃ、ボクその辺で涼んでからホテルに帰るから」
 困り顔のマネージャーを追い払い、全てのスタッフが撤収すると、青年は脇の林の散歩道へと歩いていく。
 薄暗くなっていく林の中で、青年がため息を落とした……その時だった。
「ん、陰湿な野心に、磨き抜いた美貌。いいわね」
 耳慣れぬ声に振り返ると、青い炎を揺らめかせた娘と目が合った。
「さあ、死者の泉よ! その力を、ここに!」
 そして、声を出す間もなく青年の体は青い炎に包まれる……。

 絶叫さえも焼き尽くした青い火柱。
 それを断ち割って現れたのは、背に光輪を背負った輝かしい漆黒の鎧の美丈夫。
『ボクの名は……勇者、クリストフ』
「わお。これは良い見た目にできたわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見にはこだわらないとね」
 頷きながら独りごちた娘の前で、美丈夫は冷えた目で力漲る己自身を見つめている。
「といっても見掛けだけじゃ駄目。さ、あなたは変化の為にグラビティ・チェインはほとんど使い尽くしているはずだから、人間どもからごっそり奪って来てちょうだい」
 首尾よく行けば迎えに来る。そういう娘に、美丈夫は高いヒールを履いた脚を組むと、恭しく頭を下げた。
『任せてよ。ボクの力を、見せてあげる』
 そして、艶やかに輝ける鎧の勇者が解き放たれた……。

●勇者現る
「有力シャイターン、五人の『炎彩使い』が起こす事件を察知いたしました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は蒼い炎を操る女の絵と、ファッション雑誌の表紙を飾る美貌の青年の写真を出す。
「今回、現れるのは『青のホスフィン』。売れっ子のモデルであった吉谷・クリスさんを殺害。死者の泉の力を操り、その場でエインヘリアルへ転生させます。彼女らはそれぞれ異なる『勇者の素質』を見出すようで、ホスフィンは美貌に秀でた人物を転生させているようですね」
 ホスフィンの凶行は止めるのはもう間に合わない。到着時、彼女はすでに撤退しており、補足は不可能だ。
 対応すべき問題は、エインヘリアルの方。
「エインヘリアルは『勇者クリストフ』を名乗り、変化の為に使い果たした力の補給、及び戦果獲得のために、そのまま現地で虐殺を行います。今回の任務は、クリストフの凶行を阻止し、撃破することです」

 素体のクリスは元々、高すぎるほどの自尊心と野心を抱いた歪んだ人格であったようだが、今は人の理からも解き放たれ、他者を虫けらのように殺戮するという。
「ですが美貌とは心技体の全てを駆使して花開かせるもの。人格にこそ問題があっても、鍛え上げた素質と能力は本物であったということでしょう。強大な実力の勇者として転生しています」
 戦術はどんなものなのか、と、誰かが問う。
「癒しと浄化の光を操ります。輝きに身を包むほどに加護を重ねて強大になり、またその光をこちらに向ければ、こちらの加護さえ打ち払います」
 なるほど。敵は自己愛に塗れただけの凡愚ではないようだ。
「戦場となるのはリゾートホテルのフランス式庭園です。今から飛べば、庭園内でクリストフと向かい合う形で降下できるでしょう」
 庭園はこの日、撮影のために貸し切りだったため、人はいない。闘うにも十分な広さがあり、一般人を巻き込む心配はない。

「歪んだ人物とは言え元人間……だが救出する術はなく、手心を加えられるような相手でもない、か。やるしかないのだな」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196) が立ち上がる。
「ええ。避難は間に合いません。ホテルの人々は遠目に皆さんの闘いを眺めて勝利を祈るしかないのです。容赦は無用。全力で敵を叩き潰してください」
 それでは、出撃準備をお願い申し上げます。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
エリカ・アルゲントゥム(風に舞う白銀の花・e24421)
キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)
武田・静流(折れない槍・e36259)

■リプレイ


 夕日に照り映える広大な広場。
 囲むように植えられた針葉樹と、一段低く掘られた地面が視野を立体的に広げ、中央噴水からの水路や花壇は幾何学的かつ整然と組み上げられた、典型的なフランス式庭園。リゾートホテルを背負う豪奢な景色が、夕日に美しく照り映える。
 番犬たちは、額縁のように切り取られたその地へと、降下していく。
「エインヘリアル化の成功例……炎彩使いか。まぁ連中には接触も見込めない。なら、請けたこの仕事をこなすまでよな」
 今回は、偶然にも女性ばかりの布陣。唯一の男性であるスウ・ティー(爆弾魔・e01099)が飄々と言う。
「それにしても、シャイターンが勇者の選定に成功するとは思ってもみなかったな……でも元は人間だろうと人に危害を加えるようなら、見過ごすわけにはいかないね」
「ええ。こんなことをするシャイターンがヴァルキュリアに代わって魂の選定者となるなんて……許せません。彼らの凶行は、必ず止めて見せます」
 戦乙女の誇りを胸に頷き合うのは、エリカ・アルゲントゥム(風に舞う白銀の花・e24421)とキアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)。ビハインドのヘザーもまた、主人の決意に従うように口を結ぶ。
 その時、アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が、言う。
「庭園に人影を確認した。奴だ。皆、準備はいいか……!」
 言われるまでもない。全員が武装を引き抜き、着地する。
『……!』
 殺気を察知した巨漢は、人間離れした反射神経で飛び退いた。
 同時に、庭園のレンガが砕け散る。
 舞う土煙の中、巨漢の前に居並ぶは、九人の番犬とその従者たち。
 フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)が、一番に立ち上がって。
「ここから先へは行かせませんよ……貴方が真に勇者だと言うのなら、私達を倒してそれを証明してもらいましょう」
 続いて白波瀬・雅(サンライザー・e02440)が、相手の胸倉を指さして立ちはだかる。
「ええ。悪いけど……光の勇者の名前は返上してもらうよ! その名前を、人の希望を掻き消す為に使われてたまるものか!」
 派手な登場と豪快な名乗りには、意味がある。相手も、そしてホテルの人々の視線も釘付けにしなければならないからだ。
 芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)が、その隙にさっと振り返って。
「デウスエクスが現れました! 今からケルベロスが戦闘行動を開始します! 近寄らないでください! ホテルには絶対に、向かわせません!」
「皆さん、パニックを起こさず、落ち着いて!」
 エリカも協力して呼びかける。前庭が戦場となれば、裏口を知らない人々は逃げる方角を見失う。協力してパニックを抑え込まねばならない。
『へえ……? ここでショータイム? ま、いいか。ランウェイには相応しい場所だし、観客も沢山だし。望み通りお見せするよ。光の勇者、クリストフの力をね』
 そしてこちらも、自分たちとの闘いに集中させる必要がある。幸いなことに、敵は雅やフィルトリアの挑発に乗ったようだ。その目は、尊大な自信に満ちている。
「貴方のような性根の腐った殿方が勇者ですか……魔族の戦士とでも名乗った方がよろしいのではなくて?」
 シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)はそう言って目を細め、相棒の竜シグナスは軽く唸ってそれに追従する。
 冷ややかな対応に勇者クリストフはせせら笑い、背負った金輪を輝かせた。
 互いの構えに隙はなく、殺気が交差しあう。
 武田・静流(折れない槍・e36259)がにやりと笑んで呟いた。
「まるで太陽のような熱光……曲がりなりにも勇者を名乗るだけあるということですか。ふふ。良いですね。自分の覚えた技を惜しげもなく振るって闘えるのわ」
 そして、一瞬の沈黙の後、全員が同時に跳躍する。
 闘いが始まった。


 全員が初手を奪い合う濃密な一瞬。半歩を先んじたのは、キアラ。
「あなたなど……エインヘリアルとして認めません……! 魂を狩られて生まれたのなら、せめてこの手で討ち、浄化してあげます……!」
 札から飛び出すは、胡蝶の群れ。雪月胡蝶は吹雪の如く戦場を舞い、勇者の前に壁の如く煌めく。それは、術者本人の吐息も白む零下の一撃。
『へえ。蝶々? 虫けらの割に、可憐だね。キミたち、女の子も多いし、ショーの彩りにはちょうどいいや』
 勇者は鼻で笑うように、光輪の熱で蝶を払う。だがキアラは初撃から、致命傷を狙ったわけではない。
「さあ、今です!」
 合図に合わせ、高く飛んだりぼんが、その手のスイッチを押し込む。
「速攻で押し切る事こそ一般人を守る事に繋がります! さあ! 派手にいきますよ!」
 庭園の床が弾け飛び、色とりどりの爆風が仲間たちを加速する。それに乗って一気に跳躍するのは、雅。
「私たちをただの虫けらと侮っているなら、痛い目を見るよ……! 勇者を名乗るなら、全力で掛かって来い!」
 勢いを増した飛び蹴りは、思わず防いだ勇者の腕を打ち据える。
 勇者は身を捻るが、そこを追い討つのはエリカ主従。万が一にも、脇を走り抜けさせたりなどさせないという決意も露わに、風を呼び寄せる。
「……見た目は光の勇者でも、その中身は闇の悪魔そのものだね。あなたに勇者だと名乗ってほしくないな。……南風よ! 嵐となって敵をこの場に留めよ!」
 呼び掛けに応えた暴風は、ヘザーの放つポルターガイストを巻き込んで、勇者の体を小竜巻の中へと押し込める。
『ふん、小技の連携ばかり? 力と美とは、こういうものだよ!』
「危ない……! シグナス!」
 竜巻の中で輝きを増した光輪が、一気に光を迸らせる。己の属性を活性化したシグナスが前衛に飛び出し、シアライラが星辰の剣『Oratrio Eurydice』を高く掲げる。爆流の如く迸る閃光に対し、星辰の加護の癒しがそれを抑える。
「どうにも……女性を蔑ろにするような男は好きになれませんわ。この光は私が抑えます。行ってくださいませ……!」
「もちろんよ。美女に囲まれて肩身の狭いことだが、エスコートはしっかりせんとな」
 シアライラが光で押し合う横から、飛び出したのはスウ。敵の頭上を飛び抜けた時には、すでに無数の水晶体が中空に浮かんでいる。手の内のスイッチを押し込めば、起きた爆発は敵の肢体を吹き飛ばした。
「見てくれは劣っても、お前さんみたいな男にはなりたくないんでね」
 そういうスウは、帽子越しににやりと笑んで見せる。
 度重なる挑発。目元を歪ませて勇者が起き上がっても、攻撃の手は緩まない。
「畳みかけてくれ……! 援護する!」
 飛んでくる矢は、アメリアの援護射撃。言い終わるより先に、その懐には二つの影が飛び込んでいる。
「敵に背を向けないところは評価いたしましょう。しかし、勇者の素質とは誰かを守るため、どんな相手にも怯まず立ち向かえる強い心だと私は思います。あなたには、それがない」
 フィルトリアは銀の拳を真っ向から敵にぶつけ、静流は『北落師門』を稲妻の如く突きこんでいく。二対一の激しい打ち合い。互いに一歩も引かぬ強引な前進で馳せ合った刹那、敵の頬を一撃が裂く。
『……っ! これだから女はキライだ。お綺麗な言葉を真顔で吐く。穢れのないツラしてさ。どんな穢れも呑み込む執念こそ、実力の条件なんだよ!』
 その全身から迸った光が、押し寄せていた仲間たちを弾き飛ばす。次の瞬間、勇者の身に走った傷も、鎧に穿たれたへこみさえも、瞬く間に元通りになっていく。
「目的の為なら手段を選ばない……なるほど。生きる為には正しいのでしょう。でも、人としては………少し考えさせられますね」
 敵の回復力は、九人がかりの攻撃を無に帰さんとせんばかり。だが静流は胸元を押さえて軽く咳を払い、隙なく構え直す。
「癒しに一手を消費するなら、押し切るのみです。さあ、人を殺す前に、歪んだ生を終わらせましょう」
 りぼんとシアライラの癒しを背に、番犬たちは再び向かい合う。
 遠くホテルの人々が固唾を呑んで見守る中、夕日がゆっくりとホテルの背後へと沈んでいく。


 闘いが始まって、一瞬のようにも、永劫のようにも感じる。
 庭園を砕き散らす苛烈な攻めと、瞬く間に破壊を再生する癒しの応酬。落日に長く伸びた樹々の影さえ、勇者の放つ閃光にかき消され、時間の感覚はすでにない。
「くっ……!」
 アメリアの放った射撃が払われ、勇者は雄叫びと共に光の一閃を放つ。それを庇ったシグナスの姿が、光に呑まれるように消えた。
「シグナス!」
 せせら笑う勇者を、シアライラの瞳が睨み据える。
『遂に崩れ始めたか……随分、粘ってくれたがもう終わりだ……死――!』
 だがその侮蔑は横合いから突進してきた光によって阻まれた。エリカのヴァルキュリアブラストだ。
「見た目の綺麗さに騙されそうだけど攻撃は陰湿、性格は残忍。それで勇者なのかな? まあ今は、その見た目にも土がついたけど。……ヘザー!」
 地に転がった勇者が起き上がるのを許さぬとばかりに、ヘザーの金縛りが勇者の神経を掻きむしる。
「隙あり!」
 飛び込んで来た静流が放つのは、水の流れのように無駄のない突きと払いの三段攻撃。
(「激闘はいつも心を満たしてくれますが……惜しむらくはこの胸の痛み。仕方ないとは言え、悔しいですね。ですが……勝つのは私たちです」)
 如何に癒しを重ねても失った血までは戻らない。今や勇者の動きは目に見えて遅くなり始めている。尤も、それは静流も同じこと。
 静流は息を切らしながら、僅かばかり胸元を庇いつつ。勇者は般若の如き表情で、蒼白な顔色のまま打ち合う。押し切ったのは、静流の無双三段。
『くそっ……くそっ! 一気に潰してやる!』
 望むと望まざるとに関わらず、互いに泥に塗れながらの消耗戦。
 敵は一気に流れを引き寄せる算段か。攻める前衛を、目を焼くほどの輝きが打ち据える。
 だが、流れを掴まんと火中に手を伸ばすのは、敵だけではない。広がる閃熱の中、仲間を庇いながら、フィルトリアが突進する。
「申し訳ありませんが、私たちは貴方を助けることが出来ない……綺麗ごとだけの女と責められても、仕方がないのかもしれない。ならせめて、美貌でも力でもない勇者の素質を、私が自身で示しましょう……!」
 守りを捨て、その身に走る火傷も物ともせず、復讐の乙女が旋刃脚を巨体の脇腹にめり込ませる。走る痺れと衝撃。勇者は遂に血を吐いて片膝をついた。
「こっちの女の子たちの気迫を見誤ったみたいだな。悪いね。お前さんに恨みはないが、道理を外れるなら仕方ないことさ。わかってくれよ」
 脇を走る影の如く、刃物が一閃する。スウのナイフ『Laurenz』が放った一撃は、その脇腹を掠める。致命傷には程遠い、浅い一撃。だが。
『この程……っ……!』
 端正な顔が、走った痺れに歪む。番犬たちの怒涛の攻めは遂に、敵の癒しと浄化を上回った。打ち込まれた麻痺の呪いが、スウの一撃で全身に回ったのだ。
 もはや後ろは振り返らない。痛みを振り払い、番犬たちは一気に攻勢に転じる。
「その才能故に狙われた青年……歪んだその野心を逆手にとられたことは哀れに思いますが……だからこそ、ここであなたを浄化することこそ私達の使命です!」
 そう言うのは、キアラ。
 敵は歪んだ人格なれども、人のままであれば殺人など冒すこともなかっただろう。その人生を捻じ曲げ、歪な勇者へと変貌させたシャイターンへの怒りを炎に変えて、熾炎業炎砲がその胸倉に炸裂する。
 衝撃と爆炎に血を吐いて、勇者は泥に塗れながら這いつくばる。痺れを祓い傷を癒そうとも、それももう限界に近い。
 流れは、決したのだ。
 だが勇者は顔を跳ね上げると、背の光輪を爆発的に輝かせる。癒しをかなぐり捨て、最後の力で輝かんとばかりに。
「……!」
『ボクは……舞台の上で、誰よりも輝いて見せるんだ……! 刺し違えてでもなァア!』
 ホテルの人々も、闘いは大詰めだとわかったのか。危機に対する声援とも悲鳴ともつかぬ叫びを、番犬たちへと投げかける。
「最後の足掻きが、道連れとは。ですがシグナスの働きに応えるためにも……これ以上の被害は出させません。貴方はすでに潰えた命。私たちで、引導を渡させていただきます……!」
「その執念。そして実力。確かに才能があるがゆえに選ばれたのでしょうね! だとしたら哀しいはずなのに、あなたからはそれを感じません! 勇者クリストフ! あなたがオーディションに合格出来るか、私たちが試しましょう!」
 それは、シアライラの護殻装殻術とりぼんの気力溜め。二人の力は鎧となって、最後の一撃へと走り出す影を包み込む。
「「行ってください!」」
 勇者は、雄叫びと共に最後にして最大の閃光を撃ち放つ。癒し手二人分の加護を受け、その中を突っ走るのは、雅。
「確かに、貴方の言う自身の美しさって輝きじゃ私は勝てないのかもしれない……だけど! 私は皆の光に支えられて立っている。一つ一つは小さくても、皆の光が集まれば貴方の欲望の光になんて負けはしない……最後の、勝負だ!」
 灼熱の閃光を突き破り、乙女の一撃が勇者の胸倉を貫通した。
 硝子の砕けるような音と共に、勇者の左半身が光となって散る。
 勇者はよろめきながら二、三歩をさがり……。
『なん、だよ……他人の舞台で結局、相手を食うぐらい輝いてさ……これだから女って……キライだ……』
 割れるように、砕け散った。


 日は、沈んでいた。
 目を焼くような輝きは途絶え、優し気な闇が辺りに戻る。
 そしてホテルから、感動と安堵の歓声が響き渡った。
「終わりましたね……歪んだ人物ではあったようですが、なるほど。美貌とは心技体を高めて得るもの。あの実力を鑑みれば、その才能は本物であったと称えておきましょう」
 激しく脈打つ胸の痛みを抑えつつ、静流は庭園の脇に座り込む。長い吐息に少しばかりの弔いを込めて。闘いの熱で火照った胸には、秋風が気持ちよい。
「ええ……例え被害者の人格に問題があったとしても、理不尽に命を奪われていいはずがありません。今はこの庭園が、彼の墓標……少しでも安らかに眠れるように、祈りましょう」
 フィルトリアはそう言って、庭園を癒し始める。元よりここはフランス式庭園。ヒールによる幻想化を受けても、その見目の美しさはそれほど変わらずに戻っていく。
「待った待った、フィルトリアちゃん。現場のヒールも大事だけれど、まずは自分だろう。その火傷も浅い傷じゃないんだ。全くみんなストイックだねえ……敵さんも、最後は認めざるを得なくなってたよ」
 そう言って仲間の治療を始めるのは、スウ。
「手伝おう。ホテルの人達や警察もすぐに来る。騒がしくなるだろうし、早めに終わらせよう」
 そう言ってアメリアが振り返れば、ホテルからやってきた人々が、すでに仲間たちを囲み始めている。
 感謝や感動の言葉が、次々に投げかけられて。
「……ええ。私たちは例え倒れたとしても、皆さんの声援がある限り立ち上がります。応援、よろしくお願いします!」
 派手にとどめを刺した瞬間が注目されたのか、雅はそう応えながら、遠巻きの人々にはVサインで応じる。
 その中にいた撮影スタッフの袖を引いて、今回のエインヘリアルが彼らの撮影モデルであったことを伝えるのは、りぼん。
「そんな! 彼は……酷い人でしたが、人殺しなんかじゃ……」
 そうショックを受けるスタッフたちが、口々にどういうことかと尋ね始める。
 助け舟を出したのは、シアライラ。
(「シャイターンに怪物に変えられ洗脳された、とでも話しましょう。確かに他者を蔑ろにする性格を色濃く受け継いだエインヘリアルでしたが、素体の人を不当に貶めるわけにはいきませんし」)
 そう耳打ちされ、りぼんは頷きながら説明する。
「えーっとですね……つまり、こういう悲劇でして、彼の意志ではなかったのです! 私たちも仕方なくですから。今日見たことはあまり拡散しないようにしてくださいね」
 そう注意をするものの、拡散するなというのは無理な話だろう。
 だが、人であったころの青年の名誉は、これで最低限は守られる。
 彼の死を、悼む者もいるのだ。キアラもまた、その一人。選定者ヴァルキュリアであった記憶を持つ以上、その気持ちは人一倍だ。
「このような凶行を許すわけには参りませんが……見知った人を亡くした人々を見るのも、無理矢理にエインヘリアルにされた人を討つのも、やはり心痛いものです」
「うん……そうだね。それにしても、炎彩使いとはいったい何者なのかな? また事件を起こすだろうから用心しないとね。こんな悲劇を繰り返させないためにもさ」
 エリカがその肩を優しく叩く。
 事件の元凶への想いを新たに、番犬たちは現場を後にする。

 この日、番犬たちは燃え広がんとする青い炎を食い止め、人々を窮地から救った。
 だが、背後に蠢く五色の炎は、その侵略の手を緩めることはない。
 歪んだ才能は次々と焼き尽くされ、新たな刺客となって番犬たちの前に立ち塞がるだろう。
 次に現れる勇者は、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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