鬼灯の夜、通りあめ

作者:七凪臣

●鬼灯の夜
 鬼灯を模した明りが道の端を彩る夜道を、繰空・千歳(すずあめ・e00639)は息をひそめて歩いていた。
 何かに呼ばれるように訪れた名も知らぬ小さな町は、秋祭りの真っ最中。
 ころり、ころり。
 転がる燈火は飴玉にも似て愛らしいのに、千歳の心は浮き立つよりもざわめきを覚えて止まない。
 ――そして。
「待って、鈴」
 人波が途絶えた細い路地の奥。行く手を遮るモザイクに千歳は足を止め、まろび進もうとするミミックの鈴をそっと制する。

(「ああ、やっぱり」)
 自分の予感は正しかったのだ。
 外側からでは様子を窺えないモザイクの中へ足を踏み入れた千歳は、得心に胸を撫で下ろす。
 否、相対する『それ』に鼓動はますます高揚を刻んでいるけれど。
 驚きはあった。
 けれど、邂逅を果たしてしまえば、語る口調は穏やかなれど、好戦的で強気な内側を有する女の肝は据わるというもの。
「このワイルドスペースを発見できるなんて。あなた、この姿と因縁でもあるのかしら」
 不可思議な液体で満たされているにも関わらず、平然と千歳へ語りかけてくるのは、左腕は鈍い色合いのガトリングガン。右腕は赤い紐を結わえた鋭利な刃となっている女。
「けれど今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないの」
 機械の右脚に、チューブやコードを束ねたような頭部飾りをつけた冷たい瞳の彼女の宣戦布告を、此方も自在に動ける千歳は静かに聞く。
「あなたには死んでもらうわ。ワイルドハントである、私の手で」
 幾らか形状は異なるものの、同じ鋼の左手と右脚を持つ女――己が裡に秘した姿を持つドリームイーターを前に、斑に田舎町の街並が切り取られ鬼灯の明かりが鬼火のように揺れる世界で、大切な人に『心』を与えられ今を生きる千歳は身構える。
 『敵』が振るう力の幻影に、鈴とよく似た面影を見乍ら。

●ワイルドハント遭遇、繰空千歳の場合
 ワイルドハントの事例が報告されるようになって暫し。
 今度はとある地方の山村を調査していた千歳が、『それ』を発見したようだとリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は語り出す。
 現場をモザイクで覆い何らかの作戦を行っていたらしいドリームイーターは、ワイルドハントを名乗り。千歳が相対す敵は千歳の暴走姿を成している。
 逐次行っていた千歳の調査フォローと、予知から得た情報を元に、リザベッタはケルベロス達に助力を請う。
 急ぎ千歳の元へ救援に向かって欲しいと。さもなくば、千歳の命が危険に晒されると。
「現在、繰空さんがいらっしゃる空間は、不思議な液体で満たされていたり、周辺の風景がバラバラに切り取られて再構成されたような景観になっていますが、戦闘には一切の支障はありません」
 未知の場所ではあるが、やるべきことはいつもと同じと前置いて、リザベッタがワイルドハントの戦闘能力にも話を及ばせる。
「左腕、右腕。そして右脚。その全てが戦闘用に特化している仕様と判断しました。左腕は広範囲へ被害を及ぼす銃弾を、右脚は同じく広範囲へ累を及ぼす衝撃はの蹴撃を。対し、右腕からの一撃は対象は一体のみのようです」
 されどその攻撃にはミミックのような幻影が現れ、一点突破の高火力を叩き出す恐れがあると付け足し、リザベッタはケルベロス達へ命運を託す。
「敵はワイルドの力を調査される事を恐れているのやもしれません。だからこそ、操空さんの命を奪おうとしているのかもしれませんが――そんな事、させるわけにはいきません。どうか皆さん、宜しくお願いします」


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)

■リプレイ

●琴線
 唸りを上げるガトリングガンが無尽とも思える弾を吐き出し、波状の雷撃のように仲間を撃つ。
(「意外に、こう。感慨深いなんてことも、無いものね」)
 同じ貌が成す凶行に、しかし繰空・千歳(すずあめ・e00639)の心は冷めていた。
 否、冷めているのではない。
 酷似した器が、琴線に触れないだけ。
 代わりに純然たる怒りが、千歳の温かな心を灼く。
(「許せないわ」)
 ――許せない。
 自分の見目を持ちながら仲間を傷つける事だけは、絶対に。
 四方に転がる鬼灯の火に、甘い色をした千歳の髪が赤く燃える。

●友軍参陣
 千歳と鈴と、もう一体と。そこに鈴によく似た幻影が現れかけた瞬間、閉じた世界に賑やかな波紋が広がった。
「まったー! 千歳はおまえには手をださせないぞう」
 文字通り、頭から飛び込んで来たバレンタイン・バレット(ひかり・e00669)の長いウサギ耳が勢い余り気味に視界を横切り、
「ワイルドスペース……ねぇ。モザイクだらけの中で一体何がしたいのやら、まったく」
 肩を聳やかせた疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)の背に広げられた翼から発った羽根が、呼吸も行動も妨げぬ液体の空をすいと泳げば、千歳を見ていた瞳も奪われもする。
「新手!?」
 意識したのではない、人間じみた反射の動作。けれどそこに生まれた隙を見逃す千歳ではない。
「鈴、あなたも出てくるようよ? あんな偽物、止めちゃいましょう」
 繰り出したなら、繰り出し返されるのは承知の上。負担をかける事になるのは心苦しくもあるが、鈴も仲間の一人であり立派な戦力。
「あんなのに負けるの、悔しいでしょう?」
 全てが白の穢れなき刃は腰に佩いたまま、鍔に三つ鈴の家紋が彫られた日本刀を千歳が抜く。さすれば心得たのよと言わんばかりにミミックがまろび出る。
 攻防は瞬きの間。空の霊力を纏う剣閃が、千歳の鏡像を捉え。それに現実へ呼び戻された姿写しの敵は、即座に黒味を帯びた祝樽を実体化させきると右腕を構えた。動きを封じようと飛び掛かってくる闇の鈴。対した千歳の鈴が我が身を全てに晒して盾となる。
 張り裂けそうな気迫の衝突。
「わかりました。千歳君を庇った方の鈴君を連れているのが本物の千歳君ですね」
 しかし二者を見比べるダリル・チェスロック(傍観者・e28788)の口調は、礼儀正しくも悠長なもので。全身を光の粒子に変えた突撃さえも余裕の様で、千歳の口の端が上がる。
「ダリル、間違えて攻撃してきたら遠慮なくやり返すから。覚悟していてね?」
 嘯きは軽やかに。だが鈴が負わされた傷は本物。でも、それさえ憂慮の暇は不要。
「ボクに任せて。今すぐ癒すよ」
 先達が成した流れに身を任せ、アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)がウィッチドクターとしての本領を如何なく発揮する。展開された緊急オペは淀みなく。その手際の良さとクールな物言いに、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)は傍らを駆け抜けながら感嘆した。
「あたしみたいに勇ましいお嬢さんだ」
 間違いのない称賛。だがただ少年めいた少女とは違い、ハンナの男前度は年季も気合も違う。
「――何かしら」
「いーや、何でも」
(「やれやれ、一人で祭か……そんなに寂しい女だったかい」)
 友へ投げた一瞥は意味あり気。だのに千歳の応えにはひょいと返し、
(「まぁ、折角だ。ご一緒しよう」)
 ハンナは敵の胸倉に掴みかかるようにオーラの弾丸を放つ。
「っ、無駄に増えて」
 挨拶代わりの重いハンナの一撃に、ワイルドハントが鑪を踏む。
 崩れかけたバランス。そこを見逃さず、ヒコが流星の蹴りを呉れたのが波濤の始まり。
「ふふん! おれたちがきたからには、絶対にだいじょうぶなんだぞ! やあ、ワイルドハントとやら。千歳だけじゃなく、おれたちも相手になってやる」
 ヒコを追って跳躍したバレンタインも、間髪入れずに夢喰いの頭上から襲い掛かる。
「戦いがスキなんだろう? そうみえるぜ」
 躱す動作を逃さず捉え、足元を穿ったウサギ少年は、知った顔を見上げて不敵に笑う。
「そうね。そう見えるのなら、そうなのでしょう」
 だが立て直しを計る相手も、個体比較なら格上存在。醸すゆとりに、火急の突入でずれた帽子を被りなおしながらルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)も白い天使翼を羽ばたかせた。
「格好良いのは変わらない、か」
 世の中に美人が増えるのは良い事だけど。こういう形は遠慮したい。
 しみじみ抱えたものは胸に仕舞い、ルードヴィヒはヒコ、バレンタインに続く足止めの一撃を夢喰いに見舞う。
 その連撃の効果は凄まじく、早くも鈍り始めた敵の動きにニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は子供らしくことりと首を傾げた。
 優先するのは『当てる』こと。だが、今ならどの技も外れる気がしない。
「ワイルドスペース、不思議なものだね」
 ボクらケルベロスに似た存在が居て、何やら怪しげな事を企んでいる此の世の何処とも知れぬ世界。
「キミ達が隠そうとする秘密、是非教えて欲しいものだよ――ね、マルコ?」
 最後の訊ねはリボンで腰に結わえた親友こと、ピンクのくまのぬいぐるみへ。かくてニュニルもダメ押しとばかりに不可思議な宙へ舞う。
 優美な蹴りは、過たずデウスエクスを貫いた。

●『千歳』
 隠したい秘密は、暴きたくなるもの。
 いけないことをしているみたいで、ちょっぴりドキドキもする。
「ワイルドハント。キミ達は何者? 千歳の姿をしているのは偶然、若しくは必然?」
 知りたいのは相手の正体。敵と交錯する最中、ニュニルはビビットピンクの瞳で注意深くワイルドハントの様子を窺いながら問うた。
 しかし、答は冴えた眼差し。
「知りたいの? なら、あげるわ」
 正直に応える義務も義理もないデウスエクスは無造作に右脚の蹴りを放つ。最も警戒すべき一点突破の一撃ではないが、防御を解かれるのは嬉しくない。けれどニュニルが身構えるより早く、ダリルが少女たちの前へ出た。
「千歳君や鈴君ばかりに無理をさせる訳にはいきませんから」
 引き裂かれた黒衣の裾を軽く叩き、シルクハットを被った背後を振り返る。塞ぎ切った斜線はニュニルに対するものだけ。千歳や鈴、そしてハンナも余波を喰らっていた――ならば。
「天地の理、遡及せし」
 静かに唱えたダリルの背に現れたのは、幻の白き翼。累々と流れる律を阻み、知と技と人理を以て時を巻き戻し、得た力によってダリルはハンナの傷を癒す。
 加えられ、そして遠退く痛み。そこから敵の力を推しはかり、思い至った結論にハンナは千歳を見遣る。
「別人とは言うが……勝気な性格がリスペクトされてるだろ、この威力」
 素直な感想。続くのは千歳を知るが故の疑問。
「あと。何怒ってんだよ、お前。しかめっ面は似合わないぜ」
 指摘され、千歳も自分の眉間に寄った皺に気付く。えぇ、そう。確かに、自分は苛立っている。
「因縁、ですって? それは私が聞きたいわ。どうせ真似事するならこちらの私の方が美人だったんじゃあない? その姿は少しばかり不快だわ」
 ――悪いんだけれど、さっさと消えてくれないかしら。
 矢継ぎ早に友の口が紡ぐ不平に、ハンナはにっと笑い敵の懐へ飛び込む。
「その願い、叶えてやるぜ。悪いな……あたしは素手の方が強い」
 全ての得物を収め、叩き込むのは素の拳。だが50口径の銃弾をも凌駕する一打は、偽物の腹を重く鋭く打ち据えた。

 容赦なく『敵』として眼前の相手を扱う者もいる。同時に、やり難さを覚える者もいる。
「鈴もセットで、千歳の姿って……」
「ハナシにはきいていたが、おもかげがこいしな。フム、これはすこし戦いにくいぞ」
 ルードヴィヒの躊躇いを聞きつけ、バレンタインもこくんと頷く。だが、彼らとて知っていた。
「しかし! そうはいっていられないし。おれたちは負けないのだ! だってさいごに勝つのは、いつだってホンモノだもんね!」
「そうそう。加勢すべきは誰か、見誤らないし。姿を真似ただけの奴には騙されないよ」
 ウサギと花隠しの天使は顔を見合わせ、不敵に瞳を輝かすと、それぞれのとっておきを発動させる。
「燃えろ、太陽!」
 先に形に成ったのはバレンタインの方。太陽の欠片とも言える炎の弾丸を編み上げ、ワイルドハントの心臓を穿ち。
「Imagination means nothing without doing.」
 追ったルードヴィヒは一陣の風を奔らせた。それはただの風に非ず、敵を斬り裂く姿なき刃。
 戦況は、ケルベロス達が押している。けれど覆し得る一撃を有す相手に、アキトはダメージを被り易くされているバレンタインとヒコに向かって浄化の力を練り始めた。
「ケルベロスの暴走した姿を模す敵、か。随分と良い趣味をしているものだね」
 途中、零れた呆れにヒコも片眉を上げる。
「ワイルドハントとやらは人真似でした表を歩けないのか」
 既に己の写し鏡と対峙した経験のあるヒコにとって、それは隠すつもりもない不快であると共に、純然たる不思議。
「何れにせよ、ボクたちは眼前の敵にあたるだけだ、ね」
 敵の企みが知れぬなら、答への一番の近道は一つ一つ問題を潰していくこと。アキトの結びに、ヒコも同意代わりの力を放つ。
「悪ぃが真似は所詮真似に過ぎない。覚悟も決意もあったとしても本物にゃ為れねぇよ――」
 翼を掻いて、空を翔け。涅槃西風を纏った一蹴でヒコはデウスエクスを白昼夢に誘う。続いたアキトは癒しの雨で、仲間に掛かった縛めを解く。これで破邪は成った。だが、この時。前に立つ者らには回復の不足が生じていた。しかし、アキトが迷わずヒコらを清めたのは――。
「えぇ、全くもってそうなのよ。機械の身体だけが武器じゃあないの。今の私には、仲間を癒す事だって出来るのよ」
 後に控えた千歳が戦場を舞って癒しの花弁を降り注がせるのが分かっていたから。
(「私の姿で友人を傷付けるなんて。そんな真似、誰がさせるもんですか」)
 確たる怒りに、鋼の左腕と右脚を持つ女は戦場に立つ。
 その真っ直ぐ伸びた背筋に、これが本物の千歳だと、ダリルは得心していた。
(「本人だけでなくサーヴァントの姿まで復元する……情報をどこで知り得たかは気になりますが」)
「猿真似は、ご遠慮願いましょう」
 解けぬ謎は棚に上げ、ダリルは魂喰らう拳で偽物の肩を殴りつける。
「思い切りやってくれていいのよ?」
「いえいえ。やはりそこは」
 顔を避けたのを見止めた千歳の冗句に、ダリルは笑みを投げ返す。

●祭囃子
 鈴代、飴屋に代々伝わる日本刀。鈴白は、鈴代を真似た斬霊刀。今や己が大切な一部となった二振りを翳し、千歳は姿を写した敵と凌ぎ合う。
(「心のない機械と化した自分の姿なんて、今の私で勝って否定したいのよ」)
「折れなさい!」
「聞けないお願いねっ」
 唯一無二の一刃を、千歳は交差させた刃で跳ね返した。その攻撃の威力は、明らかに落ちていた。対し、すかさず跳ねて噛み付いた鈴が与えるダメージは上がっている。
「おして、おして。おしまくるのだぞう!」
 重力を宿したバレンタインの蹴撃に、更に鈍った敵の動きは、まるで錆びたブリキの玩具のよう。
「違う、私は負けない。死ぬのはお前たちっ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよっ!」
 縛霊手を真横に薙ぎながら、ルードヴィヒは千歳の紛いモノを観た。
 彼女は、皆が慕う大事な飴屋の『ご主人だんちょ』ではない。連れて帰るべきモノではない。
「僕らが大事なのは、大切な人から貰った『心』をもって、皆と生きる千歳本人だ――まぁ、本物の拳固のが痛いしね」
 最後は茶化し、けれど手心は一切加えぬ一撃に、夢喰いの躰が吹き飛ぶ。そこへゴシックロリータなドレスを翻しニュニルが走った。
「それは禁忌か伝承か。嗚呼どちらでもいい、その渇きを癒せれば」
 得物を薙いだ軌跡に悪霊の陰が映り込む。ずるり、冥府より這い出しは南瓜頭のマーダー。狂気に満ちたカレは、歓び勇んでデウスエクスを微塵に切り裂く。
「っ、ふぅ……」
 破壊を担うニュニルの痛烈な一撃に、ワイルドハントの膝が砕けた。
「――終い、ですか」
 必死に立ち上がろうとする様に、終撃を予見しダリルは一歩引く。とどめを任せたい相手は、ただ一人。
「真似た姿じゃ本来の力も出せぬだろう。飴を慈しまぬ千歳もどきにゃ用がない」
 それに、よく見りゃあんま似てないぜ、と叶わぬ再考を促しながらヒコが視線に哀れみと侮蔑を乗せれば、アキトはこれが最後と千歳へ癒しを施す。
 渾身の力で、砕けるよう。
「ほらよ。さっさとスッキリしろや」
 ハンナのシニカルな笑みに発破をかけられ、千歳は機械の左腕を同じ顔の相手へ向けた。
「最後に一つ、教えてあげましょう」
 僅かな身振りでガトリングガンへ姿を変えた左腕で、敵を捉えて千歳は言い放つ。
「私には、自慢のものがたくさん出来たのよ。もちろん、この機械の身体だってその一つ」
 機械の身体だけが武器なわけではない。でも、この身体だって今の千歳を形作る掛替えのないもの。鋼の側面のみを写し取った相手との違いを明確にし、千歳は千歳だから振るえる力を解き放つ。
 それは実に、飴屋の主人らしい。
「甘い甘い世界へ連れていってあげましょう」
「――ッ、そん、なっ」
 銃口から撃ち出すのは、カラフルな飴玉のような無数の弾丸。幻想的で可愛らしい光景を鬼火世界に花開かせ、千歳は己の紛いモノへ終焉を呉れた。

「おわったのだー!」
「存在の分身、風景の断片……意識、または情報の欠片……?」
 解けゆくモザイク世界にバレンタインは文字通り跳ね、ニュニルはぬいぐるみを抱き締めながら瀬戸際の考察に耽る。
「俺らは一廻りしてくる」
「余波で壊れた所があったらいけないからね」
「いってらっしゃい、気を付けて」
「手が必要でしたら呼んでください」
 周辺地域の損傷度合の確認へ赴くアキトとヒコを、ルードヴィヒとダリルは見送り――千歳は転がっていた黒ずんだ鈴蘭の花を拾い上げた。
「なんだ、それ」
 見止めて訊ねたのはハンナ。
「……何でもないわ」
 けれど千歳に答えるつもりがないのが分かると、一本の煙草を差し出す。
「お疲れさんの一服、どうだ?」
「――貰っておこうかしら」
 受け取り、伸べられた火も貰い受け、先にくゆらせ始めたハンナに並び、千歳は紫煙を肺に満たし、細く吐く。
 遠くに、祭囃子が聞こえる。戦いの最中は鬼火のようにも見えた灯も、今は艶めくリンゴ飴にも思えて。
「お土産でも、買って帰りましょうか。鈴も、欲しい?」
 迎えに来てくれた友人、仲間たちを眩く瞳に映し。足元に懐いてくる鈴へ甘い微笑を一つ落とすと、千歳は心に柔い明かりを点した。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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