アリス・イン・デュエルフィールド

作者:弓月可染

●アリス・イン・デュエルフィールド
 さて。
 人は誰しも意外な一面を持っている、という真理は、アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)にも例外なく当てはまる。
 彼女が醸し出している、物静かな読書家、という雰囲気。あるいは、年相応に甘いものが大好き、という事実。いずれにせよ、友人たちが抱くのはすべからくインドアな印象だ。
 だが、昨年の誕生日頃に彼女が始め、周囲の誰もが驚いたスポーツチャンバラの道場通いは、十分に意外な一面と称していいものだろう。
 そして、一年の後、アリスは更に意外なことを言い出したのだった。

「戦い方を教えて欲しいんです。いつか、それが必要になる時もあるかもしれませんから」
 そう告げたアリスへと、集まったケルベロス達は一様に戸惑った表情を見せた。
 もちろん、言葉の意味は理解できる。ヘリオンを駆って彼らを送り届けるヘリオライダーが、決して安全という訳ではないことも。彼らそれぞれのやり方をマイルドにして、『訓練』めいたことをするのも難しくはない。
 しかし、本質的にヘリオライダーの戦闘能力は皆無である。一般人に訓練を施し立派な武器を持たせたとて、デウスエクスと渡り合うことなど出来はしないのだ。
 それに、ヘリオライダーの危険とは、すなわちヘリオンの撃墜である。その前提に立てば、生身の彼女が死力を尽くすシーンなど、まず起こり得ないことは明らかだろう。
 だが、それでも。
「ほんの少しでも、出来る事はやっておきたいんです。……それと」
 ――叶うなら、皆さんの戦うところをこの目で見られれば、って。
 いつも、記録映像だけですから。そう言って目を伏せたアリスに、ケルベロス達は彼女の本当の願いを――常に彼らを死地に送り込むことしか出来ない彼女、その想いの一端を覗き見る。
「……じゃあ、あんたの代わりに俺達が『訓練』でもしようかね」
「いきなり飛び込んでも怪我するだけよ。見学、って言葉もある。まずは、見て感じるといいわ」
 だから、視線を交わした彼らは、アリスの不安を晴らすべく言葉をかける。しょうがないなとばかりに大きく肩を回し、早速準備運動を始めるケルベロス達。
 そして。
「それに――たまにはいい機会だよね。僕ら同士でやり合うだなんて」
 誰かが漏らした一言に、彼らは得たりと笑みを浮かべるのだった。


■リプレイ


 二人の間に言葉は無い。眼を交わし雄敵と見定める。ただ、それだけで十分だった。
 得物を投げ捨て、躍りかかるマサヨシ。蒼き拳を幾度も突き入れる。小柄な相手なれど、決して容赦はしない。そんなつまらない事をする筈がない。
「流石ですな――セイッ!」
 腕と拳で凌ぐイッパイアッテナが、ぐ、と距離を詰める。身体に染み付いた鍛錬と本能が解き放つ、横合いからの一撃。回転を乗せた腕がみしりと突き刺して。
「良い攻撃じゃねぇか、効いたぜぇ?」
 だがマサヨシは獰猛に牙を剥く。初撃は避けないと決めていた。そして、重い拳がイッパイアッテナを穿つ。
「味な真似を……!」
「クハハハ! 楽しいなァ!」
 誕生日おめでとうと言った先から殴り合い。そんな二人を、アリス・オブライエンは目を丸くして眺めるばかりだった。
「ほっほ、あの二人が気になるかの?」
「え、ええ、びっくりして……」
 白髭に付いたケーキのクリームを舐め取り、問いかけるソルヴィン。もっとも、観戦を決め込んだ彼も、少々派手な衣服だけではその肉体を隠せてはいない。
「あの二人はなかなかのものじゃよ。他にもな……」
 その指さす先には、相対するカタリと竜人の姿。彼女の振るう剣は重く、対する彼は攻めあぐねているようだったが。
「秘剣、手加減突!」
 斬撃の連打によるカタリの攻め手が、ここにきて変わった。す、と構えた水晶の刃。刹那の呼吸、煌く刃が光と化して竜人へと突き入れられる。
「舐めんな、腐ってもドラゴニアンだ……!」
 斬撃から突きへの変化。けれどそれは、膂力と手数での圧倒を一瞬でも止めるという事。それに気付いた彼は、突きの間合いの内側に身を躍らせ、彼女の眼前に拳を突きつけて。
「ちっ、女のツラを思う存分殴るわけにもな」
「……参りましたわ」
 カタリにため息をつかせるのだ。
「演武、桜花の型!」
 ハルゼーの刃、茉鯉の拳。攻撃を受け流し合う二人の戦い。それが言葉通りの演武である事は明らかで、けれど、観戦者達はそれでも圧倒されていた。
「タイミング合わせて、いくよ、茉鯉!」
「心得た。しくじらん様にやってみるさ」
 ちらり目配せして頷きあう。次の瞬間、ハルゼーが高く跳ね、大きく得物を振り被り。
「さぁ、御覧じろ!」
 唐竹割りに振り下ろす。それを迎え撃つ翡翠の瞳。
「――ここだ」
 ぱん、と音が鳴る。打ち合わされた掌、受け止められた刃。演武とは言え命を懸けた挑戦の果て、彼女はぞくりと背を震わせて笑みを浮かべた。

 獣人が二人と妖精が一人。共通点は、危険な男達だという事だ。
「速攻で行くぞ」
 朱黒い刃が唸りを上げる。その使い手たる遊鬼が選んだ標的は、ゆらりと立つ銀の狼――結城だ。
「……っ、相変わらず派手に動きますね」
 雑に動く、とまでは言わないのが優しさか。最小限の動きで避け、手にした模造刀で防ぎ、逆襲の糸口を探る結城。能力と経験が釣り合っていないのか、リスクを取って攻めようとはしない。
 だが、この瞬間に限ればそれは誤りではなかった。何故ならば。
「ほら、俺とも遊んでくれよ。なぁ?」
「ぐうっ!?」
 横合いから割って入った紫音が、二刀を手に遊鬼へと斬りかかる。勿論、牙を剥いた黒猫はいつまでもその場にはとどまらない。刀と目尻、二つの朱が尾を引いて。
「背中ががら空きだぜ。もっと警戒しねぇとな!」
「ははっ、面白い……!」
 結城に強烈な蹴りを一つくれ、その勢いを借りて紫音へ向き直る遊鬼。その手には、黒き粘液が鞭の様に揺れていた。
「ハートレスだ。時間を貰う――勝ち星もな」
「よろしくおねがいしマスッ!」
 かたや精悍なる兵士、かたや狂乱たる少女。向かい合うはレプリカントの二人。先手を取ったアリャリァリャが、眼を見開いて飛び掛かった。
「ギヒヒヒ!」
「速度、衝撃のデータを上方修正――そうこなくては」
 乱打。乱打。引き際となれば跳び退り、間を置かずもう一度迫る。しかし。
「だが、それは覚えた」
 躍りかかる彼女を熱線が穿つ。次いで、踏み込んでくるハートレス、そして感情のない刃。
「タノシイ、ウチは愉しいナ!」
 程なく少女は膝をつく。それでもしぶとく耐えた彼女に、良い戦いだった、と彼は告げた。
「すまぬが、手加減は苦手だ」
「もっちろん! 私も手加減は苦手なのっ!」
 むしろ嬉しそうに宣って、フィアールカは加速する。咄嗟に沙門が当てに来た肩を掻い潜り、低い位置から裏拳一閃。
「まだなの!」
 顎に決めるも音が軽い。そのまま腕を固めようとした彼女だが、そこまでは沙門も許しはしなかった。
「ふんっ!」
 腕を掴み返し、地面へと投げ飛ばす。だがフィアールカは足を伸ばし、頭を挟み込もうと試みた。決まればエビ固めだが――。
「爽快な戦いに感謝するぞ!」
 腰を掴み、力任せに叩き付ける沙門。流石の彼女も力尽き大の字になって。
「ここまで本気で闘える人もいないのっ! スパシーバ!」


「訓練とはいえ、勝負事で負ける訳にはいかんな」
 バンリは言うに及ばず、他の二人と比べても晟の身体は一回り大きい。そんな彼が翼を広げて迫るならば、相手からは壁としか見えないだろう。
「間合いを取るんだよ」
 飛び込みたがる少女を制止し、迫る壁を模擬槍で牽制するガロンド。力比べで負ける気は無いが、組み合いは避けたい理由がある。
「距離は取らせんよ。さあ行けっ!」
「了~解っ!」
 晟の背中を蹴り、要が跳ぶ。それこそが、ガロンドの警戒する飛び道具。
「砕けろっ!」
 狙うはもう一人の敵――バンリ。後衛である彼女を接近戦で仕留めれば勝利は揺るぎない筈だ。普段より荒々しい気合と共に、要は拳にオーラを纏う。
 だが。
「今だバンリさん!」
「ラジャーであります!」
 地を蹴ったのはバンリも同じ。要の一撃をもろに受けながらも、臆する事なく顎にアッパーを決めてみせる。
「一撃が重い……けれど、振り返ればそうガロンドさーん!」
 彼女に呼応し、要を追撃にかかるガロンド。無論、晟が黙って行かせる筈もない。
「体勢を立て直せ一式君。その間は何とかしてみせよう」
 蹴り、次いで尻尾。竜人同士の激突は、まさしく重機がぶつかるような迫力で。
「へっ……要さんもそんなもんでありますか?」
「……本気で言ってるの?」
 残る二人もまた、火花を散らす。

(「――二人とも頑張ってね」)
 障害物が配置された一角、互いに身を隠す樹と宵一を見下ろしながら、ヒメはもう自分の声は届かないだろうと悟っている。
 二人の感覚は、相手しか見えない程に研ぎ澄まされていた。潜伏に徹する樹と、足音を消して索敵に出る宵一。共通しているのは、鋭く張り詰めた緊張感だ。
 がさり、と。
 その空気を掻き乱す音。瞬間、その音の源に向けて弾が放たれ――。
 聞こえた金属音に、樹は自らの失策を知る。おそらく、あれはエアガンのマガジンか何かだ。
 ならば、次に来るのは。
「――っ!」
 横っ飛びに転がる樹を、ナイフが地に刺さる音が追いかける。
 身を起こし、気配だけを頼りに牽制代わりの弾幕をばらまいた。そのまま壁裏に滑り込もうとする一樹。しかし、そんな彼の後頭部に硬い物が押し当てられる。
「……フライドチキン、お忘れなく」
 二人の視界には、手を振りながら走って来るヒメが映っていた。きっと、お疲れ様、と彼女は微笑んでくれるだろう。
「お前の弓と俺の投げ槍、どちらが上か試してみようじゃないか」
「……いいだろう。弾き返してやる」
 降り注ぐ矢の悉くを叩き落したランサーの槍は、しかし真也の剣に防がれ命中に至らない。故に、互いの必殺で勝負を決めるのは当然の成り行きであった。
 バックステップで距離を取り、ランサーは自らの得物を握り直す。
「くらえ!」
 助走。高く跳んだ。頭上からの投擲。光線の如く槍が放たれて。
「ふっ!」
 穂先を正確に撃つ真也の一矢。轟音。土煙。それらが収まった時、槍は真也の僅かに右に突き刺さっていた。
「ちょっぴりのスパイスを、どうぞ召し上がれ」
 翠の魔女と森の魔女。二人の『戦い』は、カーテシーから始まった。
 地を叩く爪先を合図に、セスが袖に這わせた眩い緑が一斉に芽吹き、艶やかなる花を綻ばせる。そして、対するバンシーもまた彩の乱舞を競うのだ。
「かけてあげるわ。夢見るような魔法を」
 公爵夫人が描くは花の幻惑。セスが風に溶かした妖精の秘薬よりも嫋やかに、少女を惑わす事もまた魔女の特権と嘯いて。
「ふふ! バンシーはもう、わたしのとりこ!」
「ああ、セスさま、あなたをひとりじめ出来るのね」
 故に、この戦いに勝者はなく。
 ただ、戯れがそこに在るだけだ。

「やるなら精一杯、です!」
 予定外の参加だったアーニャだが、訓練の意義は理解しているし、銃把を握れば気分も上がるというものだ。
「敵回避予測……そこですっ!」
 無造作にばらまいた銃弾は、セイヤを追い込む為の罠。冷徹な計算の下、少女は狩りを組み立てる。
「フルバーストっ!」
「それでは俺を止められない!」
 だが、足元を掃う銃撃を飛び越えて距離を詰めるセイヤ。爆炎を妖刀で斬り裂いて迫り、強かに蹴りを見舞う。寸止めの拳は、ダメ押しの止めか。
 しかし次の瞬間、背中に殺気を感じた彼は、咄嗟に身を翻す。
「ち、じゃあ相手はセイヤかよ。アーニャを口説いてる方が幾らかマシだぜ」
「次はお前か」
 勝者には新たな戦いが待っている。二丁拳銃を無造作に構え、レイは悪友へと笑ってみせた。
「ま、やるからには手加減はナシ、だな」
 唸りを上げ迫る魔弾。それをあえて受けるセイヤ。そうでもしなければ、銀狼へと近づけはしない。
「仕留めてみせる、レイ……!」
「魔弾魔狼は伊達じゃねぇ!」
 一方、竜華とリーナの戦いもまた白熱していた。尤も、熱いのは竜華ばかりではあるのだが。
「さぁ、この一時の逢瀬、楽しみましょう?」
 八本の鎖が鎌首をもたげ、リーナへと襲い掛かった。しかし彼女も身軽さが身上、加速を重ね竜華を翻弄する。
「……一気に仕留める……」
 手にした漆黒のナイフは、いまや竜華を捉えようとしていたが。
「飛んで火に入る――ですわよ」
 鈍器の様に振るわれた大剣がリーナを迎え撃った。衝撃。力任せに叩き落す。
 ――いや。
「勝利のぶい……」
 それは一瞬の攻防。後ろに跳んでダメージを殺したリーナが、間合いの内側に飛び込み、竜華の喉に刃を突きつけていた。


「フレーッ、フレーッ、皆さん!」
「がぁんばってぇー」
 ミシェルの可愛らしい応援に続く野太い声。周囲の反応を面白がるサイガは、ふと横に並ぶ僚友に囁きかける。
「にしても、アンタはサボりかよ。俺の刀は敵しか斬らぬ的なアレ?」
「抜刀が面倒なだけさ。抜いて斬らねば刀が不満がる」
 人を食った夜の返答。もっとも、俺はお勉強さ、というサイガも大概うさん臭いのだが。
「しっかり見学しますっ」
 そう言い募るミシェルには、二人とも目を細めるのだ。
「ではシィラくん、ガンガン行こうゼ、である」
「はいっ、ガンガンいこうゼなのです、一十さん!」
 斧槍を手にした一十と、銃を構えるシィラ。間合いを取る気満々の二人に、対するティアンは先手を打って距離を詰めようとする。
「ティアンくんか。ならば、上から参ろう!」
 白銀の刃を閃かせ、頭上より振り下ろした。だが、彼女は籠手を頭上に掲げ、正面から一十とぶつかり合う。
「踊りならティアンの得意だ」
 斧槍を弾いたかと思えば、姿勢を低くして躍りかかるティアン。そのタックルめいた動きに、一十は敵手の意図を悟った。
「シィラくん、キソラさんを警戒だ!」
「いやァ、遅いよカズ」
 腕を伸ばそうとした一十をステップを踏んで躱し、走り抜けるキソラ。狙うは無論、白き銃士――シィラだ。至近距離で吐き出される銃弾、それすらも彼は潜り抜けて。
「でもシィちゃん、こーゆーのもお好きデショ?」
「ええ、腕が鳴りますね」
 へらりと笑うキソラ、なれど底知れぬ瞳の青。一切の躊躇いなく振り下ろした拳を、シィラは咄嗟に銃把の底で受け止める。
「けれど、やはり私は鉛の雨が向いている様です」
 跳び退るシィラ、一瞬遅れてその空間を薙ぐ一十の長柄。たまらず避けたキソラの代わりに、突き放されたティアンが再び飛び掛かる。
「――止まるものか」
「根競べである。派手に踊ればいい」
 一方、ミシェルは戦いに息を呑みながらも、手帳への記録を続けていた。
「お勉強してるなぁ」
「強くなりたいんです……お二人みたいに」
 サイガの問いに、どんな努力も厭わないと答える少年。そんな彼の頭を、夜はぽんと撫でながら。
「その心意気が充分に強い。あと、どうせ見習うなら、イイオトコも付け加えてよ」
「ベスト尽くしゃいいんでねーの。その笑えるのは置いといて」
 そう煙に巻く二人に、ミシェルは憧憬の視線を投げるのだ。

「ちょっと、こんなのってないわよ!」
「ホレホレどうした。相手はババアじゃぞ」
 ババアだからじゃない、と悪態をつくアリス・セカンドカラー。際どい衣装もセクシー真拳の神髄も、全ては美少女や美少年と汗を流す為なのに。
「フォフォフォ。お手柔らかに頼むぞい」
 御年何百才っぽいトキが、妖怪みたいな顔でずんずん迫ってくるのだ。しかもこの婆さん、本気を出せば目を剥くほど素早い。油断を誘うとかいうレベルの話じゃない。
「この杖が刃であったなら、どうなっておったかのォ。ほれ、魂まで吸い尽くしてあ・げ・る、んじゃろ」
「チェンジよ! チェンジを要求するわ!」
 そんな怪獣大決戦の横では、皮肉にも少女が求めた桃源郷があった。
「手加減は無しだからね」
「ええ、八極拳系幸家……鳳琴、参りますっ!」
 スピードを活かし掻き乱すシルと、格闘戦に持ち込みたい鳳琴。シルがラッシュから回し蹴りを見舞えば、鳳琴の蹴りがシルの脚を掃う。
 ぐらり、とシルが体勢を崩したその時。
「シルさん……これが私の、一撃必殺ですッ」
 好機と見た鳳琴が、背中を投げ出す様に体当たりを敢行する。小柄な身体なれど気は十分、ずんと地を踏みしめて。
「肉を切らせて骨を断つ!」
 受けて立つシル。激突する二人。そして――立ち続けたのは鳳琴。横たわる恋人に、彼女はそっと口付けたのだった。
「今回は格闘技での戦いだけど、覚悟してね」
「侮るな」
 苦笑交じりに言い捨てて、創英はカレンの足技を捌き切る。だが、攻撃を見切って蹴りを叩き込むその小回りに、彼は内心舌を巻いていた。
「速さなら負けないよ」
「ならばこうか。刀が無くても――俺は出来るぞ」
 カレンに匹敵する速さで不規則な軌道を描く創英。すれ違い様に膝を蹴りつけ、そのまま脇腹に一撃、止めに側頭部への回し蹴り。流れる様な三連に、少女はのけぞって。
「でも、まだ!」
 だが、彼女はただでは倒れない。スカートから伸びた脚を高く掲げ、振り下ろす。そのお手本の様な踵落としは、創英の頭を強かに捉えていた。

 心に燃える不滅の炎は天下御免のフランドール、とラハティエルが高らかに名乗るのをアリスが聞いて、結構な時間が経っている。果たして、帰還した彼は既に疲労困憊ではあったが。
「判ったか? 必要であれば逃げに徹してもいいのだ。ましてや、ヘリオライダーなのだからな」
 彼のプレゼントであるオペラグラスで戦いを眺めていたアリスには、彼の言わんとするところが理解出来ていた。何とかしようとあがくより、逃げてしまうのが一番だ、と。
「何、我々が必ず守る。戦術的に……フッ」
「さあ、ポップコーンやジュースがあるよ。どうぞ召し上がれ!」
 そこに顔を出したのはアリル。今はお金を貯めるのに夢中な彼女は、商魂たくましく今日も屋台を開いていて。
「どっちが勝つかも賭けよう、賭けよう」
「賭け事は駄目ですよ」
 しっかりとアリスに突っ込まれるのである。
 ゼレフと景臣、二人の戦いは随分と長引いていた。実直に過ぎる剣筋故に。知り過ぎた手の内故に。
「さあ、本性見せてみなよ」
「……まったく、味方なら心強いのに」
 挑発を受けて振るう景臣の刃はいとも簡単に防がれる。だが、それは想定内。不意に彼が放った蹴りが、容易くゼレフの胴を捉えた。
「この程度ですか?」
「痺れるね……お返し!」
 対してゼレフの放つのもまた蹴撃。だが、これは実戦初披露の技。爪先が蹴り抜いたのは、景臣が得物を握る手の甲だ。
「ええ、もっと遊びましょう!」
「良い牙してるじゃないか!」
 熱を喰らう獰猛な笑み。そんな友を前に、ゼレフもまた唇の端を釣り上げる。
「トーマはにょきにょき伸びすぎです」
 久しぶりの手合わせで実感したのは、頭一つ分も違う身長差。技の切れでは負けずとも、ティルエラは酷く違和感を感じていた。
「奥義・何ちゃら剣!」
「何ですかそれは」
 そして、それはトーマも同じ事。目の前の少女は、こんなにも小さかっただろうか。
 けれど、手加減は無しと決めたから、彼は鍔迫り合いに持ち込み、力で押して。
「――ってそっちも分かってンだよなァ!」
 首筋をかすめる蹴りから、一気に体勢を崩される。倒れ込むトーマ。その肩を、マウントを取ったティルエラの膝が押さえ込んで。
 ぐっと、距離が詰まる。
「やっぱ普段からやってねェとダメだ――もう少し付き合ってな?」
「――付き合いますよ。私も同じですから」
 少年を見下ろしながら、将来どの位の差が付くのでしょう、とぼんやり少女は考える。
 それを二人が知るのは、もう少しだけ未来のお話だろう。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月10日
難度:易しい
参加:49人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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