残滓に群がるもの

■リプレイ

●
　ゆっくりと動き出し、刈り込まれた田んぼの中を突っ切ろうとする屍隷兵に、空中を泳ぐ死神たちは付き従う。
　右手に梨の入ったビニール袋をぶら下げていること意外は、人らしい断片は見当たらない。地を踏み締める巨体の濁った双眸はどこか遠くを見つめ、エピリアの思惑通りに最愛の者の元へと向かっていた。
　進み続ける屍隷兵の進路上に立つ影に、死神たちは気づく。
　屍隷兵を止めるべく、ヘリオンから降り立ったケルベロスたち。
「あれで間違いないですね」
　死神たちの姿を鈍い眼光の先に捉えるチャールストン・ダニエルソン（グレイゴースト・e03596）。
「空っぽの体を勝⼿に使って好き放題するなんて――」
　屍隷兵の醜悪な姿に目を細めるシンシア・ミオゾティス（空の弓・e29708）は、憤りを込めてつぶやいた。
「亡くなった人を弄ぶことは許されないんよ！」
　かつてハクロウキを取り逃がした後悔が西村・正夫（週刊中年凡夫・e05577）の表情を曇らせる。
　尖兵となる３体の死神はケルベロスたちの姿を認め、突き進んで来る様子がわかる。
　屍隷兵となった老人を止めることしかできない現状にもどかしさを感じつつも、
「これ以上、犠牲を増やすことは許せませんね」
　正夫は扇から幻影の能力を解放する。
　死神たちを迎え撃とうと最前線に赴く者たち。その１人であるミルカ・アトリー（タイニーフォートレス・e04000）は、
「死者は帰ってきませんが、せめて安らかな安息を」
　霊力によって飛び回る紙兵たちを周囲に散開させ、攻撃を後押しする態勢を整えた。
「……私たちが少しでも早く、休ませてあげるから」
　同様の思いでつぶやくカーム・コンフィデンス（静かなる自信と共に・e00126）は、攻性植物のツタを這わせる。ツタの先には見る見る内に黄金の果実が育ち、眩い輝きを放つ。味方へと行き届く神聖な輝きは、守護の力を授けていく。

●
　デニス・ドレヴァンツ（花護・e26865）は殺界形成を使用し、戦闘域となる周囲に殺気の障壁を生み出し、
「ご老人……貴殿を行かせる訳にはいかない」
　次々と切り込む仲間の影に乗じて刀を構え、衝撃に弾かれて後退する死神の１体を狙い澄ます。獰猛に迫る狼のごとく、確実にデニスの刃の一閃は死神へと達した。
　裂傷を負うと同時に弾け飛ぶ死神の鱗。宙を舞った鱗が瞬時に凍りついたかと思うと、氷雪の暴風が死神へと叩き込まれる。
　氷の魔法を操るフィーラ・ヘドルンド（四番目・e32471）は死神たちを押しやると、
「おじいさんを、悪いひとには、させられない」
　電柱を支柱に伸ばした『キープアウトテープ』の包囲を完成させる。
　ボクスドラゴンのユルとカノン、ジャーマンズゴーストのマー君は死神たちを炎に包もうとするが、それを打ち消すように後陣の死神らは攻撃を撃ち込む。
　黒いオーラが集束された死神の砲弾は、地面をえぐると同時に禍々しい波紋を広げる。サーヴァントたちは炎の壁を作るように死神の攻撃に立ち向かうが、至近距離に迫った反動で後方へと吹き飛ばされる。
　サーヴァントたちのお蔭で波紋の影響はしのいだものの、死神は接近する機を逃さない。一気に距離を詰めるクローチェ・ドール（愛迷スコルピオーネ・e01590）へと鋭い牙をむき出すが、その鼻面を吹き飛ばす勢いでクローチェの蹴りが命中する。勢いよく蹴散らされる死神に続き、飛び出したクローチェの脚に噛みつこうとするもう１体。
　バスターライフルの照準を合わせようとしたミルカだが、反射的に死神の線上に進み出て攻撃を受け止める。銃身ではね除けようと試みたが、すり抜ける死神はミルカの腕に食らいつく。ずしりと食い込む重圧を引きずりながらも、ミルカは再び銃身を振り下ろす手に力を込めた。
　牙を引き抜くと同時に死神の側面へと打ち下ろし、目の前に相手を捉えたミルカの銃口は死神を撃ち抜いた。
　死神１体の戦力が削られる中、屍隷兵はひたすらテープの向こうを目指して進み続ける。
　屍隷兵を止めようにも、攻撃を潰しにかかる死神の存在が障害となる。
　扇を手にした正夫は、
「前の邪魔なのを先に何とかしましょう」
　扇の羽の一部をムチのように変形させ、向かってくる死神たちを打ち据える。２体の死神はそれにも構わず、ケルベロスたちの間へと突っ込んでいく。
　陣形を乱すように間を縫って泳ぎ回り、攻撃をかわしながらケルベロスたちを翻弄する。泳ぎ続ける死神の体は海中に沈むような水泡に包まれ、負傷の跡は塞がりつつあった。
　食らいつこうとする死神をかわし、弓を構えるシンシアは確実に相手を狙い打つ。放たれた矢は濁った魚眼を射止め、チャールストンは死神が身をよじった瞬間に銃口を向けた。自らのグラビティ・チェインから生成された弾丸は死神を捉え、チャールストンの一撃が２体目を葬り去る。
　ケルベロスらへと向かう１体に対し、攻撃を引きつけようとするマー君は立ち向かう。シュッシュッとボクサーのようにすばやく爪を突き出し、牙を向ける死神とけん制し合う。互いに一歩も譲らない動きを見せていたが、遂に死神はマー君の腕にかじりついた。
「しっしっ！　人様のマー君を勝手に食べないのっ」
　他の死神の攻撃を振り切り、シンシアはその死神を追い払おうと矢を放つ。マー君から離れた死神は矢を避けてみせるが、追尾能力を発揮するシンシアの矢はUターンしてくる。矢の軌道を読んだ死神はすばやく体を回転させ、鋭く翻る尾ヒレが向かって来た矢を弾いた。
「しつけがなってないペットだな」
　エピリアの指示を受けて動く死神をペット呼ばわりしたクローチェは、余裕を示すように弄んでいたナイフを構え直す。矢をはね退けた死神に息つく暇も与えず、クローチェの白刃の切っ先は死神の胴体を深くなぞる。それでも怯み切らない死神は、足癖の悪いクローチェを相手に反撃を試みる。が、案の定その鼻面に蹴り込まれる死神は否応なく押し戻された。

●
　ケルベロスたちには見向きもせずに移動を続ける屍隷兵を、正夫は一瞬視界に入れた後、
「さて、そろそろ止めさせてもらいましょうか」
　正夫の掌底打ちは蹴り込まれた死神の真横を捉え、その体を激しく突き飛ばした。
　宙を滑り出した死神はどうにか態勢を立て直すが、背面へと回り込んだフィーラはその直後を狙う。
　助走をつけて宙へと飛び出したフィーラは、死神を地面へと蹴りつけた。宙に浮いていた死神は、フィーラに踏みつけられるような形で地面へと叩きつけられ、地面をズザアァッと削った体は動かなくなる。
　死骸を何食わぬ顔で踏み越えたフィーラは、
「つぎは、あなたの番」
　屍隷兵の進路上に立った。
　自在に伸縮する鎖を操るカームは、足元を走る鎖に魔法陣の形を描かせる。残り２体の死神を残して屍隷兵へと挑む者らには、守護の力が満ちあふれた。
　先陣を切るチャールストンは、見上げるほどに遥かに大きい屍隷兵へと飛びかかる。胴体へと届く高さまで踏み出し、振り抜かれた蹴りを屍隷兵は受け止めた。
　交差させた太い両腕を掲げた屍隷兵は、迫り来るケルベロスらの攻撃に身構える。
　屍隷兵への攻撃を阻もうとする死神らだが、ユルとカノンは果敢にその行く手を遮った。
　正夫の意志により、黒光りする球面を成したオウガメタルからは黒い閃光が放たれる。直線状に到達した黒光は、照射された地面ごと屍隷兵を吹き飛ばした。巨体を揺るがすほどの衝撃を受け、手をついて倒れる屍隷兵に猛攻は続く。
　立て続けに入れ替わる攻撃を引き継ぎ、刀身をかざすデニス。一頻り攻撃を受け続けた屍隷兵は、刃を振り向けるデニスを捉えようと思いがけない瞬発力を見せる。
　屍隷兵の抵抗を警戒していたデニスは、飛ぶように引き下がると同時に、目の前へと迫った屍隷兵の手の平を斬り裂いた。
「これでも暗殺者の端くれだからね。簡単にはやられないよ」
　難なく屍隷兵の相手を務めるデニスに対し、牙をむく死神が接近する。それにいち早く気づいたシンシアは、捨て身の覚悟で死神の進路を塞ぎに回る。
　カームはその直後に１体の死神の動きを把握する。膨れ上がるオーラの弾丸が今まさに発射され、
「気をつけて――！」
　防ぎ切れない状況を悟り、声高に叫んだ。
　着弾した攻撃は後援に徹する者らに被害をもたらし、波紋のように拡散する死神のオーラは爆風となってカームやデニス、フィーラたちを襲う。
　爆風の中でせり上がる息苦しさに耐えながら、
「大丈夫、まだ……みんなのためにも、おじいさんのためにも」
　カームは強固な意志で完成させた鎖の魔法陣を崩さないように努めた。

●
　死神たちの行動に注意を払いつつ、
「アナタたちの番もすぐにやって来ますよ」
　死神に対してつぶやきながらも、チャールストンは銃口を屍隷兵に向ける。
「――その時を楽しみにするといいです」
　進むことをあきらめない屍隷兵を止めるべく、追撃は続く。極力相手の勢いを削ごうとする死神たちも牙をむき、ケルベロスたちに対抗する。
　邪魔なケルベロスたちを幾度となく薙ぎ払おうとする屍隷兵。丸太のような腕を振るう相手にも圧倒されることなく、食い下がるケルベロスたちは屍隷兵を追い詰めていく。
「フォトンフェイズ、モード・リヴァイヴ！」
　ミルカを中心にして、フィールド化されるグラビティ・チェインが展開される。先陣の勢いを維持しようとするミルカは、ヒールの能力を変換した再生フィールドにより域内の者の傷を癒していく。
　傷だらけの肉体を引きずり、なおもケルベロスたちを踏み越える屍隷兵に対し、フィーラは魔導書の術式を操る。
　地獄の狭間から這いずり出るように現れた、闇をまとうように黒い触手。その触手はフィーラの意志により、屍隷兵の足元に絡みつく。引き戻される屍隷兵は、最後の力を振り絞るように咆哮をあげた。
　クローチェの刃は淡々と標的に向かい、苦悶する屍隷兵に一言を手向ける。
「孫を⼿にかけるより遥かにマシだろう」
　老人の無念さを慮り、デニスは一瞬紫の双眸を伏せた。
　どれほどに愛おしかったのだろう。喜ぶ顔、⾒たかっただろうに。
「一気に、行こうか」
　心持ちを切り替えて臨むデニスの太刀筋は影のように潜み、不可視の存在となる刃は瞬時に屍隷兵へと到達した。
　くずおれそうになる体を支えて膝をつく屍隷兵に対し、正夫は掌底打ちの構えを見せる。
　屍隷兵にならなければ、家族に送り出してもらえたはず。この無残な最後を、私は覚えておかなくてはならない。
　正夫はその思いを一撃に重ね、
「貴⽅の⽣はこんな事の為にあった訳じゃないでしょう」
　空間ごと破裂される衝撃を、屍隷兵の胸元に叩き込んだ。屍隷兵は上半身をのけ反らせ、後方へと倒れた。目的を失った死神たちは、屍隷兵の周囲を落ち着きなく泳ぎ回る。
「絶対に負けたりはしないよ、死者の想いを利用するようなお前らには――」
　そう言って銃口を向けるミルカと共に、チャールストンは引き金に指をかけると、
「アナタたちのような存在は、アタシたちが止めましょう。それがケルベロスの、運命という名の道ならば――」
　堂々と最後まで歩き通してやりますよ。
　ケルベロスたちに包囲される中、追い詰められた死神たちは屍隷兵同様最後を迎えた。

　戦闘から落ち着き一服すると、チャールストンはビニール袋の落ちている場所を目指し始める。土にまみれてしまった袋の中には、潰れた手土産の梨があった。
　袋の中の梨の欠片に手を伸ばし、
「お孫さんに持っていこうとしたのもわかります。実においしい」
　チャールストンはその味を噛みしめる。
「忘れませんよ、この味。そして……アナタの存在もね、エピリア」

作者：夏雨	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。