図書館に潜むもの

作者:夏雨


「もうそろそろ受験じゃん? ババアが勉強しろ!ってうるせぇんだよなー」
「うちも同じだわー、うざいよなぁ」
「今日、どうする? カラオケでもいく?」
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
 放課後の中学校。駐輪場にたむろしていた男子3人組は、唐突に会話に入ってきた人物に一斉に視線を向けた。その人物、ホラーメイカーは質問の返答を待つように、3人を射るような視線を向けている。
 ホラーメイカーの無気味な雰囲気に圧倒されながらも、
「……怪談? なにそれ?」
 1人の男子が聞き返した。
 ホラーメイカーはこの中学校の図書館にまつわる怪談を語り出す。
 図書館の本棚には、いじめを苦に自殺した男子が描いた絵本がどこかに紛れ込んでいる。その絵本の内容は、いじめっ子たちが夜の学校で醜く恐ろしい怪物に惨殺されるというもので、自殺した男子の願望が込められた救いようのない内容である。
「その絵本には男子の強い怨念が取り憑き、深夜になると絵本の中の怪物が実際に図書館から出てくるそうよ」
「うちの学校に自殺したヤツとかいるの?」
「いつの話だよ……」
「聞いたことないんだけど……あれ?」
 3人が顔を見合わせていたほんのわずかな間に、ホラーメイカーは姿を消していた。
「カラオケで時間潰したらさ、肝試しでもやってみねぇ?」
「え……あんなの嘘に決まってるだろ」
「はーん? お前ビビってんのかよ。雰囲気満点だからやる意味があるんだろ」
「び、ビビってねーし!」


「『ホラーメイカー』というドラグナーが、とある中学校に屍隷兵を潜伏させていることがわかったっす」
 招集されたケルベロスたちに向けて、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はホラーメイカーの企てについて詳細な説明を始める。
「ホラーメイカーは学生たちに学校にまつわる怪談を話して聞かせ、興味を持つように仕向けてくるっす。それで肝試し感覚で怪談スポットにやって来た学生たちが、屍隷兵に襲われてしまう……そういう展開を狙っているんすよ」
「その自殺した男子生徒の怪談というのは……作り話なのでしょうか?」
 静かに説明に耳を傾けていたリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)はダンテに尋ねた。
「そういうことになるっすね。学校に潜伏させた屍隷兵の存在を活かすためだけの作り話……生徒の興味を引きつけて誘い出すことが目的なんすよ」
 図書館は校舎とは別の建物になり、正門からまっすぐ向かって1番奥の場所にある。屍隷兵はその図書館から外へと出てくるが、夜に近くで人の気配を感じない限り中に引きこもっている。
 醜くおぞましい怪物の姿、屍隷兵は『怨霊が取り憑いた絵本の怪物』に打って付けの姿といえる。ケルベロスであろうと人を見つければ襲いかかり、3メートルはある巨体を駆使して相手をひねり潰そうとする。
「襲わせたいのなら、なんだか少し回りくどいような気もしますが……」
 リュセフィーの疑問に対し、ダンテは考えを巡らせながら答えた。
「その分、被害は防ぎやすいすっけど……怪談で怖がらせるのが好きなだけかもしれないっすよ?」
「怪談を聞かされた生徒たちが来ないとは限らないのですよね? そちらも何か対策しないといけませんね」
 『そうっすねぇ……』とつぶやいたダンテは、ふとリュセフィーのミミックに視線を向けると、
「夜の学校に行って、物影からミミックが飛び出してきただけでも飛んで逃げ帰りそうっすね」
「私たちがイタズラしてるみたいじゃないですか……でも、それで帰ってくれるなら――いえ、まあ、能力に頼るのが手っ取り早いでしょうね」


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
橘・クレア(アイアンライブラリアン・e19423)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)

■リプレイ


 夜の某中学校。
 街路灯に照らされた3人分の人影。
 3人の男子生徒は戸締まりされている正門を乗り越え、正面玄関を横切ろうとしたところで、
「こんな時間にどうした?」
 警備員に扮した萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)に唐突に声をかけられ、心底縮み上がった。
「⽤が無いのであれば早く帰るんだ」
 いつから警備員を雇っていたのかと一抹の疑問は抱いたが、警備員らしい言動の楼芳にどぎまぎしながらも言い訳する生徒たち。
「いや、ちょっと、駐輪場に忘れ物を……」
「忘れ物? 図書館の近くで人影を見たのだが、あれも君らの連れか?」
 奇妙な偶然におののく生徒たちの前に、楼芳が背にした校舎の影に隠れていたミミックと眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)は飛び出してくる。
 頭から全身を覆う白い布をかぶった戒李は、「わああっ!」と両手を広げて襲いかかる素振りを見せた。ミミックもリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)の指示通りに、相手を威かくするようにガタガタとフタを開け閉めしてみせる。
 わかりやすい悲鳴をあげて逃げ出す3人。
 非常階段の影に隠れて待機し、逃げ帰る3人の様子を見守るサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)はつぶやく。
「全員全⼒でビビってんじゃん。あっ、こけた」
 サイガらと隠れる相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)は生徒らの悲鳴にすらビクつきながら、橘・クレア(アイアンライブラリアン・e19423)にぴったりとくっついている。
「そ、それにしても、夜の学校って怖い、です……」
 愛の一言に「子どもらしいですね」と思いつつも、クレア自身も苦手であることは悟らせないよう冷静に振る舞う。
「確かに、夜の学校というのはどうにも不気味な……。いえ、怖くなどありませんが」
「知らない学校に、しかも夜に忍び込むなんてドキドキしますよね」
 まだ小学生の風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)は、場所が中学校というだけでも緊張気味に話す。
 その時、チェーンソーの刃を回転させるような激しい駆動音が一帯に響き渡る。愛は「ぴぃっ」と短い悲鳴をあげ、泣きそうになりながらクレアに縋りつく。同時にクレアの体も脅威を感じてわずかに跳ね上がった。
 『何やってんだ?』と目を凝らすサイガは、暗がりから街灯の光が届く範囲に出た人首・ツグミ(絶対正義・e37943)の姿を認める。
 ツグミはチェーンソー剣を手にし、ホラー映画では定番のホッケーマスクを身につけ、正門を乗り越えようとする生徒らへと迫っていく。
 『ボクよりも本格的!?』と呆気に取られる戒李は、近寄り難い姿のツグミを離れて見ていた。
 ツグミの方を顧みた生徒らは絶叫し、半泣きになりながら正門を乗り越え、外に停めていた自転車を必死にこいで逃げ去った。


「す、素晴らしい脅かしぶりでした……」
 図書館へと向かいながら、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)はツグミを労う。
「脅かし甲斐がある反応でしたねーぇ」
 ツグミの言動はどこか満足そうに見えるものがある。
 各々が持ち寄った光源が足元を照らし、本気で怖がる愛はクレアのそばを離れられずにいた。
「ツ、ツグミさんのおばけ、すごく怖かったです」
 ツグミが握るチェーンソー剣を見つめながら愛は言った。
「えぐいトラウマになった気もすっけど、おつっしたー」
 罪悪感の欠如した、中学生らを案ずるサイガの一言。
「夜の学校……図書館まで嫌いになったら、全部ホラーメイカーのせいです」
 司書でもあるクレアは並々ならぬ思いでホラーメイカーへの憤りをつぶやく。
 リュセフィーはツグミから視線をそらして、
「そうですよね、私たちは危険な目に合わないようにしたかっただけですから……」
「萃さんも、幽霊だと思われても不思議じゃないですよーぉ?」
 警備員らしく振舞っていた楼芳のことを話題にあげるツグミ。羽菜は自然と浮かんだ配役を口頭にのぼらせる。
「きっと昔、怪物の犠牲となった警備員さんですね」
「死してなお生徒を脅威から守ろうとしている警備員さんですか、いいお話ですね」
 勝手に生やされた設定に感じ入る素振りを見せるクレアを見て、悪乗りするサイガは言った。
「楼芳の仇がこの先で待ってるぜ」
「勝手に殺すな」
 流れるような楼芳のツッコミを受けて、戒李は笑いをこらえながら言った。
「僕らのお話は『めでたしめでたし』で終わらせないとね」

 図書館の入口付近を中心に、殺気の障壁が戦闘域と日常の領域とを隔てていく。
 図書館の前へとやって来たケルベロスたち。
 リュセフィーは他の皆同様、戦闘態勢を整えながら、
「さあ、出てきてもらいましょうか」
 図書館の出入り口を見据えるが、中で動く気配を感じることもなく、夜の静けさだけがひしひしと伝わる。
 待ち切れずに出入り口へと一歩踏み出すサイガ。しかし、次の瞬間には内側から突き飛ばされたドアの片面がサイガの方へと向かってくる。そのドアをサイガの大剣は真っ二つに切り落とした。
 サイガは飄々としたペースを崩さずに、剣を構え直しながら、
「なにこいつ、ドアの開け方も知らねーの?」
 巨体を屈めながら窮屈そうに館内から出てくる屍隷兵。醜悪な怪物に見下されて震え上がりながらも、「だ、だいじょうぶ、こわくない、怖くない……」と愛は自身に言い聞かせる。
「その大きさでどんなスペースに隠れていたかは知りませんが――」
 そう言いながら、リュセフィーは構えたロッドに紫電を迸らせる。
「ホラーメイカーの思い通りにはさせないよ!」
 戒李はそう言い放ち、真っ先に屍隷兵へと挑む。
 戒李が鋭い一蹴りを放つ直前に、リュセフィーの操る雷電が屍隷兵へと落ちた。感電し硬直した瞬間の屍隷兵の体を突き崩そうと、戒李は全力で振り切る。
 屍隷兵は地を踏み締めながらも、追撃を避けようと引き下がる。次々と押し込まれる屍隷兵だが、鈍い反応から一転してケルベロスたちへつかみかかろうとする。陣形を大股で踏み抜き、屍隷兵は校舎側から校庭側へと抜けていく。


 校舎側のケルベロスたちに向き直る屍隷兵に対し、攻撃を誘う楼芳。楼芳は屍隷兵から伸びる拳を素手でさばくように構え、
「穿て、『四奪』!」
 衝撃を打ち消し合うように互いの体は弾かれる。同時に楼芳が生成した杭状のグラビティは屍隷兵の腕に深く突き刺さっていた。
 屍隷兵は楼芳へと追撃を試みたが、両手の扇を音を立ててばっと広げる羽菜の動きに身構える。
 その隙につけ入るクレアは、
「図書館から出てきましたか……」
 屍隷兵の右肩を穿つように放つ拳で屍隷兵を突き飛ばす。
 衝撃に耐えながら地を踏み締める両足は後方へと滑り、屍隷兵は身構えるケルベロスたちを見据えた。
 攻撃をつなげるタイミングを窺うクレアはつぶやく。
「図書館で戦う事になれば、少なからず蔵書にも被害が出るでしょうし、その点では助かりますね」
 屍隷兵と共に広い校庭側へ踊り出る8人とミミック。でかい的ではあるものの、大きさに圧倒される要因もあり、巨体へと接近する一撃は幾度となく弾かれる。足元を駆けるミミックも、屍隷兵の攻撃を引きつけようと果敢に挑む。
 苛烈さを増す屍隷兵の勢いをくじこうとする戒李だが、スピードを上回る屍隷兵の猛攻に防戦を強いられる。流れが変わる前に攻撃を仕掛けようとする戒李は、捨て身の覚悟で構えた。
 自らのオーラを集束させた戒李のエネルギー弾はまっすぐに屍隷兵と向かうが、相手は傷を受けようが勢いのままに戒李を狙う。
 一連の動きを注視していた者らは示し合わせ、大剣を構えた楼芳は戒李へ向かう攻撃を自ら受け止めようと動く。自らの忍術を具現化させる羽菜は、少しでも耐え得る余剰の力となるよう、分身の幻影を楼芳にまとわせた。複数にぶれる楼芳の姿に対し、屍隷兵は力業でねじ伏せようとする。
 楼芳が持つ剣の刀身へとつかみかかる屍隷兵だが、右手は楼芳の方へと向かう。右手が触れた瞬間楼芳の表情は歪み、その直後に屍隷兵の膝蹴りに襲われる。
 はね飛ばされた楼芳は地面に切っ先を突き立てた剣で体を支え、血がにじむ脇腹を押さえた。
 親指の付け根から伸びる、錐のように鋭い骨。屍隷兵の右手からその骨が血を滴らせるのを認めながら、サイガは屍隷兵へと飛びかかる。
 鋼の爪を備えたサイガのガントレットは、突き出た屍隷兵の骨とかち合う。軋む骨の継ぎ目に爪が触れた瞬間、骨肉の間へと送り込まれるサイガの気。
 屍隷兵の中へと巡る気は青黒い炎へと変化し、その体を蝕んでいく。屍隷兵の右手からは青黒い火の粉が舞い上がり、苦痛に悶え始める様子が露わになる。
 屍隷兵は目の前のサイガを薙ぎ払おうと踏み出すが、ツグミが振りかざした刃はわずかに鈍い動きへと変化したその巨体を捉える。チェーンソーの刃はえげつない音を立てて屍隷兵の上半身を斬りつけ、まさにホラー映画の様相を呈する。その一場面に対し愛は涙目になりながら、
「……やっぱりこわーい!!」
 チェーンソー剣の一撃を受けた屍隷兵を追撃する。
 愛の手の平から現れた燃え盛る炎は龍の姿へと変化し、屍隷兵を燃やし尽くそうと襲いかかった。内と外の両側から炎に攻め尽くされ、屍隷兵は苦悶の声をあげながらも立ち続ける。
 決着が覗く戦局に気負うそれぞれの一撃が容赦なく屍隷兵を攻め立てる中、楼芳を中心にしてオーロラのように輝く光が降り注ぐ。光を操るリュセフィーは言った。
「もう一息です! ですが、無理は禁物ですよ――」
 傷の治癒を促す神秘的な光に包まれ、楼芳は発奮する叫びと共にすべての痛みを吹き飛ばした。
 リュセフィーの一言に応じるクレアは、
「もちろんです。ですが、遠慮は入りません。サポートはお任せを」
 自身の周りに集束するオーラを操り、負傷する者に向けて痛みからの解放を促す。
 広げた扇を構えて立ち回る羽菜は、鋭い感覚で相手の動きを見極める。
 流麗な動きを見せる羽菜の扇は、雷光に似た光をまとい出す。すると、扇からは複数の光線が迸り、1つの光線となって屍隷兵を穿った。
 破壊の奔流を受けた屍隷兵は、堪らず後方へと倒れ込んだ。腕をついて起き上がろうとする目前に、
「――図書館に戻る必要はない、これで静かに眠れるよ」
 宙へと躍り出る戒李の影が迫る。全力で振り抜かれた戒李の蹴りは、一瞬にして屍隷兵の体を沈めた。
 反応はないだろうと予想しながらも、サイガは問いかけた。
「⼆度も殺される気分は如何、御伽噺の怪物サン?」
 やがて永遠に反応は返らないとわかる。
 すでに右手は黒く変色し、屍隷兵の中でくすぶり続けていた炎はその肉体を灰へと変えていった。
 ホラーメイカーの怪談は、灰燼と化す最後を迎えた。

作者:夏雨 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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