武とは、矛を止めると書く。すなわち武術とは攻める事でも、奪う事でもない……受け止める事である。暴力の痛みを知り、それを振るう者にも暴威の苦痛を身を以て教える。その果てに、諍いを止める。それが武術の始まりであると悟ったのは、一体何時ごろであっただろうか。
「ぐっ、ふっ……はぁっ!」
静かな林間に、殴打の音が響き渡る。秋も深まりつつある富士山を望む樹海の中、壮年の男が自らの体を丸太で打ち据えていた。長年、絶えず自らの体をそうしてきたのだろう、男の体は分厚く硬質化した皮膚に覆われ、周囲にはへし折れた丸太が何本も転がっている。
「痛みを知り、苦しみに耐え、それがもたらす結果を知らねば……武など、力など振えたものではない」
丸太が負荷に耐えきれずへし折れる。男は残骸を放ると、ごつごつと尖った岩で覆われた地面へと勢いよく身を投げ出した。硬くなった皮膚すらも貫く痛みに、男の顔に脂汗が滲む。
「お、おおっ……まだ、まだ……!」
「へぇ、それがお前の武か?」
「む……」
と、そこへ声がかけられる。男が身を起こすと、そこには大きな鍵を手にした少女の姿があった。否、その身に帯びるモザイクが示すのは。
「ドリームイーター……デウスエクスか!」
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
デウスエクスがそう言うや否や、驚愕する男の体が操られたかのように動き始めた。自らを攻撃させるような動きに、男も逆らわずに身を任せる。
「デウスエクスめ、貴様らが与えた痛みを身を以て知るがいい!」
剛拳、重脚……早さこそないが、一撃一撃が必殺の威力を持った攻撃が繰り出される。だがそれは人間相手の話。ケルベロスで無き身では、有効打を与える事は出来ない。
「んー、僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
「何を……ぐぅ!」
暫しの交戦の後、ドリームイーターは男の胸に鍵を突き立てた。それまで猛然と攻めたてていた男は急に脱力すると、ばったりと地面へ倒れ込む。代わりに、鋼の如き肌を持つ隆々とした男……新たなドリームイーターが現れた。
「さ、お前の武術を見せ付けてきなよ」
言葉を受け、ドリームイーターは自分の体の丈夫さを確かめるように木々をなぎ倒しながら、外界へと走り出すのであった。
●
「今回のドリームイーターが狙うのは、一人で修行中の武術家っす」
集まったケルベロスたちへ、開口一番オラトリオのヘリオライダー・ダンテがそう告げる。
「武術家を襲うのはドリームイーターで、名前は幻武極。自分に欠損している『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしているらしいっす」
だが、今回襲撃した武術家相手ではモザイクは晴れないようだ。代わりに、生み出したドリームイーターをひと暴れさせようという魂胆らしい。元となった武術家のように、ドリームイーターも相応に武術を身に着けているようで、なかなかの強敵となるだろう。
「幸い、このドリームイーターが人里へ落ちる前に接触出来るっす。もともと生み出されたのが人里離れた場所、周囲の被害を気にすることなく戦えるはずっす!」
事件発生地点は静岡県、富士山を望む深夜の樹海である。そこで修行していた武術家が今回狙われたターゲットだ。
「どうやら彼は『痛みを知らねば武を極められない』との信念を持っていたみたいっす。敢えて相手の攻撃を受け止め、その攻撃ときっちり同程度の攻撃を返す……そんな武術を目指していたらしいっすね」
他者に与えた痛みを、周囲に振りまいた苦痛を、そのまま振るった者へと叩き返す。その信念の元に鍛えた武術も、デウスエクス相手には分が悪かった。
「その考えを反映してか、ドリームイーターにも特性が加わっているみたいっす」
ドリームイーターは全身の皮膚が鋼となった筋骨隆々の男の姿をしている。動きは鈍いが、耐久力と筋力は折り紙つき。相手の攻撃を受け止めてからのカウンター、やや変則的な後の先取りである。
「さらに、自分の受けたダメージに比例して攻撃力が上がっていく、という能力を持っているみたいっす」
戦闘序盤こそやや強めというだけの攻撃が、戦闘終盤では一発一発が必殺の威力を発揮するだろう。体力が回復したり、防御力が上昇するわけではないので、そうなれば一気呵成に攻めたてて沈めてしまうのが最善。長期戦は思わぬ被害を生み出しかねない。
「一応、それ以外には自分に攻撃を行うよう周囲の意識を惹きつけるという技以外に、特殊な行動や搦め手を使ってくることはないみたいっすけど……単純だからこそ厄介っすね」
とことん自分を攻撃させ、返す刀で打ち倒す……そういう戦い方がメインらしい。
このドリームイーターの行動原理は『自らの武を誇示したい』という欲求が核となっている。戦いの場を用意してやれば必ず食いつくはずだ。
「元となった人の想いとは違う形での武術披露……そんなの、絶対に阻止しなきゃならないっす」
そう話を締めくくると、ダンテはケルベロスたちを送り出すのであった。
参加者 | |
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霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
壬育・伸太郎(痕業訃壊・e00314) |
芥川・辰乃(終われない物語・e00816) |
連城・最中(隠逸花・e01567) |
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
ルナ・カグラ(蒼き銃使いの狂想・e15411) |
リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663) |
●死闘、開幕
月夜の富士樹海。煌々と月光の照らす森は静寂に包まれていた……今はまだ。枝葉のさざめきに混じるのは、ケルベロス達の声量の抑えられた声。
「敵に出会うまで深夜の樹海をハイキング、なんざ……冗談じゃねーぞ」
「深夜の樹海って、気分が滅入りそう……相手が倒せるものだから、怖くはないんだけど」
葉が落ちるにはまだ早い季節。月が出ていると言っても、枝葉に遮られて辺りは暗い。嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)とアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は辺りの様子をしきりに伺っていた。
「相手の移動経路は分かっているんです。ここで待っていれば、そう歩き回らずには済むでしょう」
その傍では連城・最中(隠逸花・e01567)が霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)と共に周辺へ置き型のランプを設置していた。これならば、視界が効かない為に攻撃を見逃す様な事はないだろう。
「可能であれば、もう少し開けた場所が在れば良かったが……」
奏多達の布陣しているのは、樹海の中で比較的木々の密度が低い地点であった。他の場所のように密集していて身動きが取れないという程ではないが、それでも障害物である事には変わりない。
「ま、贅沢は言えないよね。出来る限りのことをするしかないんだからさ……っと。こんなもんかな」
リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)は手持ちの灯りを全て設置し終えると、ざっとそれらを一瞥し問題ないか確認する。複数人で持ち寄り、周辺一帯に設置した為、戦闘の余波で幾つか壊れても不都合は無さそうであった。
「後はドリームイーターが来るのを待って……っ、これは」
準備は万端。あとは相手が来るのを待つだけ、というタイミングで壬育・伸太郎(痕業訃壊・e00314)の耳が異音を捉える。何かが折り砕かれ、巨大なモノが倒れる音。それが徐々に近づいてくる。そんな騒音を発する存在など、一つしか無かった。
「どのような道も、弛まぬ研鑽の先に悟りがあると。その研鑽の方向に私は挟む口を持ちませんが……悪夢は覚まして差し上げませんと」
障害物をものともせず一直線に迫り来る相手に、芥川・辰乃(終われない物語・e00816)は元となった武術家の執念と、その歪められた在りように痛ましげな声を上げ、傍らに控えたボクスドラゴンはピンと翼を張りつめさせる。各々が得物を構え、緊張が最高潮に高まった瞬間、それは暗がりを破って現れた。
「おお、居たぞ、居たぞ! 武器を持つ者か、痛みを与える者か!?」
灯りを反射する鋼の皮膚に、分厚い筋肉に覆われた巨躯。所々にモザイクを纏わせたドリームイーターはケルベロス達を見つけるや、目的の相手が見つかったと歓喜の雄叫びを上げる。
「さぁ、打ち掛かってこい。俺に痛苦を叩き込むが良い。その全てが己に返るのであると教えてやろう!」
「男の人は誰でも一度は最強を夢見るものでしたっけ? 最高の武術がこんな悪夢になるとは、皮肉なものね。良いわ、痛みを知りたいと語るならいくらでも教えてあげましょう」
回転式拳銃を抜き放ち、狙いを定めるルナ・カグラ(蒼き銃使いの狂想・e15411)の言葉に、ドリームイーターは臆するどころか満面の笑みを浮かべた。
「それでこそだ! さぁ、我が武を存分に見せ付けようか!」
そう言い放ち、全身を見せ付けるようにポージングを決めるドリームイーター。その身体より放たれた攻撃誘引のオーラが、戦闘開始の合図となった。
●痛みを求むる
ドリームイーターによる攻撃誘引の闘気により、前に出ていた者達に強烈な攻撃衝動が付与される。ダメージと引き替えに攻撃力の増加を狙う一手に対し、アイシスフェイルはその衝動に抗うことなく、攻撃を敢行する。
「こちらの狙いは短期決戦……攻撃して良いというなら、むしろ好都合。反撃の隙なんて与えないわ」
紡がれる詠唱によって呼び出されるは氷河期の精霊。強烈な吹雪が、鋼の皮膚を瞬く間に凍らせて動きを封じてゆく。
「あんな風に己の信念を利用されて……武、とは果たして、何なのだろうな……」
「内容に差違こそあれ、頂を目指すべく人は努力を重ねています。その尊い努力を、悪用はさせません。守りは頼みましたよ、棗」
動きが止まった一瞬を狙い、奏多と辰乃はほぼ同時に攻撃を放つ。精神力を集中させた奏多の念動爆破が相手の全身を飲み込み、一拍遅れて凍気を纏った辰乃の鉄杭が追撃を叩き込む。濛々と土煙が立ちこめる中……。
「中々の威力……では、返礼といこうか!」
「っ!」
鉄杭を両手で掴み取るドリームイーターの姿があった。杭を掴んだまま、反撃の重脚が繰り出される。辰乃は吹き飛ばされるものの、咄嗟に身をねじ込ませたボクスドラゴンが盾となり直撃を免れた。
「紛い物に名乗りは不要でしょう。さぁ、かかって来るといい。耐久勝負です」
「その意気や良し! 武のもたらす理不尽を知るがいい!」
相手の注意を惹き付けるべく、前へ一歩踏み出す最中。これ幸いにとドリームイーターは拳を握り込み、小細工無しの正拳突きを放つ。重々しい一撃は攻撃力の上昇が無くとも強力だ。
「信念無き敵の矛が生むのは痛みと悲しみだけだ。必ず、此処で止める」
「俺は武術だなんだってのには興味ねぇけどよ。何でもかんでも攻撃を受けるってのは、ちぃと考えが足りねぇんじゃねぇか、オイ?」
無論、それは攻撃が直撃すればの話だ。最中が事前に地面へ展開していた鎖による魔法陣が攻撃に反応、相手の両足を絡め取り、更にはタツマが視界外より投擲した鎖が上半身を縛り上げた。周りの木々を支柱にした拘束は、さしものドリームイーターも容易くは破れない。
「的になることが武術なんて、とんだマゾヒストね。この状況は本懐なのではなくて?」
トドメとばかりに、ルナのバスターライフルから放たれた凍結光線により、ドリームイーターの全身が霜で覆われてゆく。度重なる攻撃に凍り漬けにされ、四肢の自由を奪われたドリームイーター。
「ああ、凍えるぞ、指先がもげ落ちそうだ。全く、何という苦痛だ……ほんとうに」
相手は自らの身体を見下ろし、嘆息と共に呟きを零す。だが大人しくなったと思ったの一瞬だけ。
「何と応報しがいのある暴力であろうか! さぁ、自らの所業を思い知るが良い!」
氷を砕き、鎖ごと木々をへし折り、ドリームイーターは攻撃を叩き返さんと猛然と突進してくる。
「困るんですよ勝手をされては。弱い者いじめしか出来ない奴らが……無様に地を這い死ぬと良い」
突進を止めるべく、伸太郎が否定の言葉と共に素早い抜き打ち射撃を放つも、勢いが衰える事はない。膝や足首といった関節を打ち抜かれようと、無理矢理身体を動かし突き進む。
「……痛みなんて嫌いなんですけどね」
懐深くまで踏み込まれるのは危険と判断した最中が、迫り来る巨躯を足止めに掛かる。対するドリームイーターも、今度こそ己の拳を叩き込まんと腕を振りかぶった。
「ーー因果応報拳!」
「く、ふっ……っ」
鎖による防御陣を展開した最中だったが、受けた威力は予想以上であった。パイルバンカーで防いだにもかかわらず、腕の筋繊維が潰れる不快な感覚が駆けめぐる。衝撃を殺しきれず、靴裏がガリガリと地面を削った。
「ふははははは! これこそが応報。痛みを知り、暴力を知らしめる、我が武術だ!」
「ふぅん。なるほど解るよ。痛みを知らずに力を持ってるやつなんて危険だしね」
予想外の一撃に、咄嗟に仕込んだ爆薬を起爆させ、色とりどりの爆煙で仲間達の姿を隠しながら、リュイェンは相手に視線を投げかける。
「でもさー。お前は違うわ。痛みに耐える体と心、その上っ面だけって……どんなに威力が在ろうと、マネッコですらないよねお前」
「なぁに、ならば証明すればよい。我が武術こそが真だとな」
「……誇りを馬鹿にするのも大概にしとけよ、ぽっと出の偽物が」
苛立たしげな言葉に対する返答は、更にリュイェンの怒りを助長させるだけだった。斯くして戦いは佳境へ突入する。ドリームイーターの拳は、もう既に必殺の威力を発揮し始めているのであった。
●因果応報
「さぁさぁさぁ、我が武の真髄はここからぞ! 誰ぞ打ちかかってはこないのか!」
「しつこい人ね。いいわ少し付き合ってあげる。お望み通り拳でね」
全身を膨張させ、攻撃を誘うドリームイーターへ、爆煙を突き破ってルナが応じた。相手の攻撃力が上がっているということは、それだけ体力が失われているという証拠でもある。であれば、ここからはいかに迅速にそれを削りきるかの勝負となる。
「……私が撃ち抜くのは弾丸だけではないの」
巨躯の懐深くまで潜り込み、放たれる拳の一撃。身長差を物ともせず、顎へと吸い込まれた一撃により、重量級の肉体が僅かに浮く。
「……応報!」
渾身の一撃に対する応撃もまた渾身、腰から下をひねらせた回し蹴りがルナを吹き飛ばし、樹木へと叩きつけた。骨に罅の入った嫌な音が耳を打つが、防御を意識した戦い方でなければこれで勝負が決まっていただろう。
「これが我が武だ、これこそが真の武だ!」
「下らない下らない下らない。木偶の坊の嘘つきめが、盗んだ主義を振りかざす紛い物が、何かできると思うな」
無自覚に偽りを吐き続けるドリームイーターへ、伸太郎は幾度目かになるか分からぬ冷凍光線を放つ。相手の戦意が高いゆえに判断しづらいが、こちらの妨害は相手へ着実に蓄積し続けている。激しい動きでも剥がし切れぬ霜や氷が、巨体をじわじわと苛んでゆく。
「わずかばかりの勇気ですが、どうせ他に使いどころはありません……行きます!」
辰乃の声に合わせ、ボクスドラゴンが地面を駆ける。下から箱に身を収めたサーヴァントによる体当たりで注意を引き、木々を駆け上がった辰乃が頭上より重力蹴りを叩き込む。上下二方向からの攻撃は、防がれる事無く命中する。
「ほう、それが貴様の全力か?」
「貴方、わざと攻撃を受けて……!」
防御や回避を行えば、すぐさま攻撃には移り難い。ドリームイーターはダメージと引き換えに、攻撃直後の辰乃へと拳を振るう。必殺の威力が必中の軌道で迫り……。
「三度目の正直です……返しきれない程の痛み、その身に刻んでみせよう」
その腕を鉄杭が真一文字に貫いた。強引に割り込んだ最中の姿に、さしものドリームイーターも目を見開く。
「無粋な……!」
「――咲き誇れ、紫電の花よ」
鋼に包まれた内部へ迸る強烈な電流に、ドリームイーターの肉体から火花と煙が立ち上る。流石のドリームイーターも、これには一瞬反応が遅れた。
「……偽物はいつか本当に塗りつぶされる。三日天下ですらないよな、お前。さぁ、クライマックスだ! 1人も倒れないでステージを終えよう!」
銀色の翼をはためかせ、高らかに歌い上げられるリュイェンの歌。僅かでも攻撃に耐えきれる可能性を高める為、そして偽りを吐き出すドリームイーターを打倒すため、彼女は全身全霊を込めた歌声を紡ぐ。
「さっきからご高説を垂れているがよ……やり返されるからやらない、なんて後先考えてる奴ばかりじゃあないんだよ」
声援を背に、タツマはゆっくりとドリームイーターへ正対する。拳を思い切り握り込み、グラビティチェインを結晶化させ拳へと纏わせる。
「俺から言えんのは単純明快だ……釣りはいらねぇ、遠慮せずくたばれ!」
「ぐ、ぐぐ……ごぉ!」
繰り出されるは単純明快な殴打。拳撃が皮膚を穿つたびにクレーターの如く凹みが生まれ、衝撃に耐えきれぬ結晶が砕け綺羅と舞う。ドリームイーターは歯を食いしばり耐えるも、僅かずつ交代を余儀なくされる。
「おおおおおおおおっ!」
だが、ドリームイーターは残りわずかな体力をかき集め、筋肉へと力を籠めて拳を跳ね返す。返す刀でタツマの側頭部へ足刀を叩き込むと、そのまま力任せに薙ぎ払い、地面へ転がす。
「それを分からせるための武、その為の応報……身を以て知らしめるべし!」
「そういうのは、因果応報って言うんじゃ無ぇ。ただ誰かを傷付ける為に振るう力なぞ、手前勝手と言うんだよ」
ギリギリまで精神を研ぎ澄まし放たれた銀の弾丸。着弾と共に閃光が解き放たれ、設置した明かりよりもなお眩い輝きが闇夜を塗りつぶした。視界を奪われたドリームイーターに、奏多の言葉へ反論する余裕などない。
「あぁ、目が、視界が! おのれ、代わりに貴様の両目も潰して……っ!」
「……金から水銀に至り、血を啜りて破滅を望め。抱く蒼星、竜の悪夢」
悶えるドリームイーターの耳に届くのは、怜悧な詠唱。もし視界が回復していれば、左手に輝く翼竜の紋様を浮かべたアリシスフェイルの姿を捉えたであろう。
「Nemo me impune lacessit――狂葬の翼」
我に牙を剥く者、何人であれ報復を免れる者は無く。奇しくもどこか内容の似通った一節と共に、白銀の刃による刺突攻撃が無防備なドリームイーターの胸板を貫いた。
「あ、お……因果に、報い……を」
零れ落ちた末期の言葉も、内側で弾けた魔力によって途切れる。ドリームイーターが消滅した後には、ただ戦闘の傷跡のみが残るだけであった。
●夢は醒め、道は続く
「う、ここは……」
「あ、気が付きましたか。お怪我はありませんか?」
戦闘から数十分たったのち、森深くから保護され、辰乃に介抱されていた武術家が目を覚ました。困惑する男へケルベロス達が事情を説明すると、深々と頭を下げる。
「……まことにかたじけない。皆さんはまさに恩人です」
「御気になさらず。それに二人ばかり、既に帰ってしまったけれどね」
そう苦笑するアリシスフェイルの言う二人とは、タツマとルナである。武術家の無事を確認すると、タツマは武の道に興味が無いと言い、ルナもかける言葉はないと足早にその場を後にしていた。
「しかし、本当にご迷惑を……」
「……貴方は愚直です。それもまた在り方でしょう。偽りなく愚直のままなら、いいのでしょう」
「おっちゃん。気落ちせず頑張りなよ。ケルベロスでなくたって、おっちゃんは凄いやつだ」
迷惑をかけたと気落ちする武術家へ、伸太郎は静かに、リュイェンは笑顔で言葉を掛ける。
「ああ……ありがとう。そう言って貰えると救われるよ」
「問題ないとは思うが、万が一もある。念のため人里まで送ろう」
「つくづくかたじけない。厚意に甘えさせて頂こう」
武術家は穏やかにほほ笑むと立ち上がり、ケルベロスと共に人里へと歩き始めた。先を行く武術家の背を見つめながら、最中は徒然と思考を巡らせる。
(「痛みを知り人は強く優しくなると聞く。時に必要なもの、なのでしょう」)
けれど、それでも。少しでも傷付く人が減るように、そう祈りながら、ケルベロス達は森を後にするのであった。
作者:月見月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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