●潰れた野球部の忘れ形見
教室が夕焼け色に染まっても女子高生たちは帰らず、下校を促すチャイムを聞きながら会話の花を咲かせていた。
新たなメンバーが加わったのはチャイムが鳴り止んでから少し経った後。彼女は楽しげな笑みを浮かべながら、落ち着いた調子で話題を切り出していく。
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
どことなく不穏な雰囲気を前に気圧されたか、女子高生たちはこくりと頷いた。
「だったら聞いて欲しいな。こんなお話があるの……」
――怨念渦巻く部室棟。
体育館の隣りにある、今は使われていない部室棟。使われなくなったのには様々な理由があったのだが、最大の要因は死亡事故。
殺人と言ってしまっても良いかもしれない。
昔、この高校は野球の強豪校として知られていた。野球部員には厳しい練習が課されており、脱落者も頻繁に発生していたという。
しかし、厳しい練習を旨とする監督は脱落者に罰を与えた。
部室棟の使われていない一室に一晩中監禁する……そんな罰を。
考えを改めた者もいた、ついていけないとやはり辞める者もいた。学校に訴える者もいたけれど、結果を残している野球部に逆らえる教師はいなかった。
罰が繰り広げられた果て、ついに、部室棟に閉じ込められた野球部員が死亡するという事件が起きる。
それがきっかけで調査のメスが入り、野球部は取り潰され部室棟も閉鎖された。
けれど……死亡した野球部員は戻って来ない。
恨みを抱えたまま、部室棟の一室に刻まれた様々な怨念と混じり合い、野球部関係者に復讐しようとしている。
もっとも、様々な怨念と混じり合った結果、判断能力を失ったのか……無差別に襲いかかる化物となってしまっているのだけれど……。
「……」
話が終わってしばらくの間、女子高生たちは震える手を取り視線を交わしあっていた。
最初に気を取り直した者がそれが本当なのかどうか語り部の少女に問いかけようとしたけれど、もう、そこには誰もいない。
小首を傾げながら、女子高生たちは再びおしゃべりへと戻っていく。
「怖かったねー」
「でも、本当のことなのかな?」
「野球部があったってことは聞いたことあるけど……」
「ねえねえ、今から見に行ってみない? ちょっと気になるし」
「えー、でも……」
●屍隷兵討伐作戦
足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていくイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)。
メンバーが揃ったことを確認した上で、説明を開始した。
「ドラグナー・ホラーメイカーが屍隷兵を利用して事件を起こそうとしているみたいなんです」
ホラーメイカーは作成した屍隷兵を学校に潜伏させた後、怪談に興味のある中高生にその屍隷兵をもとにした学校の怪談を話して聞かせ、その怪談に興味を持った中高生が自らその場所に来るよう仕向けているらしい。
「学校の怪談を探索して行方不明になった方々もいるみたいで……早めに解決する必要があると思います」
今回、ケルベロスたちが赴くのは共学の私立高校。
一晩部室棟の一室に閉じ込めるという体罰を受け命を落とした野球部員が、その場所に閉じ込められた事のある人々の怨念と混ざり合い無差別に人を襲うようになった……そんな怪談だ。
「ですので、この学校の部室棟の一室……2階の4番部屋ですね。ここに行けば、屍隷兵に襲われるみたいです」
故に、怪談話を聞いた一般人が事件現場に現れないように対策しつつ、怪談話に扮した屍隷兵の撃破することが目的となる。
「続いて、戦闘状況について説明しますね」
戦場となるだろうその部屋は狭く、様々な物資が置かれている。多人数による近接攻撃に関しては少し工夫が必要になるかもしれない。
屍隷兵の総数は3体。力量は低いが、部屋の中に潜伏しており奇襲をかけてくる可能性がある。
戦闘方針としては妨害を主軸としている。使ってくるグラビティは三種。
叫び声を上げ複数人を麻痺させる。
噛み付いてトラウマを呼び起こす毒を送り込む。
相手の足に飛びつき動きを制限する。
「これで説明は終わりになります」
イマジネイターは現地の地図などを含めた資料をまとめ、締めくくった。
「とても危険な状況です。被害をこれ以上広げないためにも……どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334) |
不知火・梓(酔虎・e00528) |
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841) |
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227) |
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288) |
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323) |
櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625) |
ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080) |
●怪談への好奇心
夜の帳が空を染め、世界から熱を奪い始めた夜の頃。
私立高校の体育館へと繋がる渡り廊下にて、着物を着こなす櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)はラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)らと共に、数名の女子生徒たちを呼び止めた。
「君たち、ちょっといいか?」
「あ、はい」
背筋を伸ばし、振り向いていくる女子生徒たち。その真っ直ぐな視線を受け止めながら、少しだけ咎めるような声音を紡いでいく。
「もう、すっかり暗くなっている。とうに下校時間は過ぎているし、そろそろ帰った方がいいんじゃないか」
「あ、はい……」
頷きながらも、視線をそらしていく女子生徒たち。
すかさずラリーが前に出て、快活に言葉を響かせる。
「Curiosity killed the cat、好奇心は猫を殺す、実はイギリスのことわざだって知ってましたか!?」
「……はい?」
戸惑う様子を前にしても気にせずに、ずずいっと体を寄せていく。
「何かに対する探究心、すてきな事です! お姉さんは応援します!」
「は、はい」
至近距離から見つめられ、一人の女子生徒は困惑の表情を浮かべながら体をのけぞらせた。
どことなく緊張が緩み始めたタイミングで、悠雅が仕切り直しとばかりに一度咳払い。
「噂は私も知っている。命の危険があるかもしれない。だから、引き返して欲しいんだ。何があったかは、後で教える事を約束する。ゆえに、今は帰ってもらえないか?」
「今回はご協力願います! わたし達が扱うれっきとした事件なので!」
悠雅が丁寧に言葉を重ねた後、ラリーはケルベロスカードを提示していく。
合点が言ったのだろう。女子生徒たちは顔を見合わせた後、姿勢を正して頭を下げた。
「わかりました。それでは……お願いします。後で、何があったのか教えて下さいね」
先頭に立つ少女の言葉に誘われ、他の女子生徒たちも願いの言葉を口にしていく……。
裏門からこっそりと下校していく女子生徒たちを見送った上で、悠雅たちは部室棟の前に集まっているケルベロスたちと合流した。
無事に帰宅させた事を伝えたなら、メイド服姿の蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)が小さな息を吐き出していく。
「怪談になるような場所は危険な所も多いですしね、好奇心で近づき取り返しのつかなくなるような事にならないで良かったです。……まあ、そんな好奇心を利用するデウスエクスなどなおタチが悪いのですが」
「2階の4番部屋だったかしらぁ。その、怪談の舞台って」
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)が、部室棟を見上げながら唇に指を当てていく。
頷き、凛子は口にする。
罰として閉じ込められた末に命を落とした野球部員の亡霊が、数多の怨念と同化し人を襲うようになった……そんな、作り出された怪談を。
「こういう話ってどこにでもあるのですかねぇ……? 今回のはホラーメイカーの作り話なんでしょうけど」
「好きじゃないけどねぇ……やりすぎな体罰も、それで生まれた怪談も……」
目を伏せ、胸の下で腕を組んでいくペトラ。
うんうんと頷き、大きなうさみみをはねさせているチェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)。
「ボクも閉じ込められるのはきらーい! でもでも! 暗い部室、カビ臭い香り、なんか男の子って感じするよねっ! きゃー!」
おどけるように跳ね回りながら、部室棟の側面に設けられている階段へと足を向けた。
彼女に誘われ、ケルベロスたちは現場に向けて歩き出す。
2階の4番部屋へと辿り着くと共に、ラリーだけが扉の前へと移動した。
「それでは行きましょう!」
鍵を解き、扉を開け放つ。
迷うことなく足を踏み入れれば、暗闇が体を包み込み――。
●怪談を騙り潜む者
――風の音も遠くに聞こえる閉ざされた空間に、ラリーの足音が響いていく。
紛れるように聞こえてきたのは、何かを引きずりながら歩いているような音が3つ。
ラリーが立ち止まる共に、その3つの音は一斉に床を鳴らした。
すかさず凛子が割り込んで、右側から飛び出してきた屍隷兵の体を鞘に収めたままの刀で押し返していく。
「出ましたね」
「っ、そうですね。全力で正義を示しましょう!」
ラリーもまた、正面から覆いかぶさろうとしてきた屍隷兵を刃にセイヨウサンザシのレリーフが刻まれている十字架を模した槍を横に構えて押し返しながら、オーラを放出して左側にいた屍隷兵をはねのける。
もっとも、使われていない練習器具やボールなどが置かれている室内は狭く、大勢が満足に立ち回れるような空間は生まれない。
構わぬと、不知火・梓(酔虎・e00528)は長楊枝を吐き捨て正中に黝い刀を構えていく。
「我が剣気の全て、その身で味わえ」
全剣気を刀身に溜め、ラリーと凛子に間にある僅かな空隙に沿うように一閃。
薄紙1枚の隙間を潜り抜けた剣気は立ち上がろうとしていた屍隷兵の体を斜めに切り裂いた。
「崩壊せよ、物質体」
のけぞる屍隷兵の周囲が、ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)の言葉に誘われるかのようにして爆発する。
生まれし光が映し出したのは人間の体をした何か。
ケルベロスたちは各々遠くから攻撃を飛ばす手段も用意し、この戦いに挑んでいた。そのため、場の狭さを苦に感じることはないだろう。
逆に、自分たち防衛役以外に殆どの攻撃を流さなくて済むと、凛子は鞘に収めたままの刀を握る手に力を込めた。
「私たちが健在な限り、皆さんへは手出しさせません」
「全力で支える。与えるは邪を払う加護」
万が一に備え、悠雅が自分を含めた後衛に悪しき力に抗う加護を与えていく。
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)は少しでも凛子たちの負担が減るように、強引に室内へと割り込んだ。
「こうも狭いとやり難いが……戦う方法などいくらでもある」
虹を導きながらの飛び蹴りを左側の屍隷兵へと刻んだ後、凛子たちの頭上を飛び越え元いた位置へと舞い戻った。
その輝きに揺さぶられたか、左側の屍隷兵がアインの後を追いかけようとする素振りを見せた。
すかさずラリーがオーラで牽制し始めたけれど、虚ろな瞳には変わらずアインだけが映されている。
このまま気を引き続けることができたなら、凛子たちの負担を大きく軽減することができるだろう。
「いかに狭かろうと、対処出来る余裕があれば狼狽える事もあるまい」
再び仕掛ける隙を伺う中、右側の屍隷兵が凛子の足元に飛び込んできた。
鞘で小突き押し返した凛子は、流れるような動きで奥の方へとずれていく。
今まで彼女がいた場所を、一筋の光が駆け抜けた。
「がっしがっし攻撃していくよ!」
担い手たるチェリーが見つめる中、屍隷兵の額には灰色のシミが生まれ始めていく。
その時、耳をつんざくような叫び声が響き渡った。
体中から絞り出すかのように叫び続ける正面の屍隷兵を見つめながら、アインは再び2人の頭上を飛び越える。
「隙だらけだ」
着地とともに回し蹴りを放ち吹っ飛ばす。
大きな音を立てて棚が崩れていくさまを横目に、凛子たちの間をくぐり抜けるかのようにして後ろへ下がった。
地の利を利用し、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
それが、勝利への近道だと信じて。
アインに倣い、梓が踏み込む。
刀の切っ先で床を示し、正面の屍隷兵の懐へと。
「切り結ぶ、太刀の下こそ、地獄なれ、踏込みゆかば、後は極楽、ってなぁ」
弧を描き、振り上げられた右腕を切り飛ばす。
「今だ!」
「おう!」
勢いのままラリーたちの頭上を飛び越えれば、部屋の中はソルヴィンが導くがまま凍てつくような冷気に満たされた。
屍隷兵たちの体が凍りついていく。
正面にいる個体は攻撃を受け続けただけ強く、固く。
「あらあら、こんなに固くなっちゃって……ねぇ」
くすくすと笑いながら、ペトラが指先で虚空に大きな円を描き記した。
ピンク色の円は魔力で作られたレンズとなり、数多の光を集め始めていく。
「溶かしてあげるわぁ。文字通り身も心も……ね」
収束した光は凍りついた屍隷兵を斜めに裂き、存在そのものを焼き払う。
残る二体へお視線を走らせる中、左側の屍奴兵がラリーへと飛びかかってきた。
「おっと!」
横に構えた槍で受け止め押し返し、僅かに感じた痛みを消すため気合を入れていく。
さなかには、ソルヴィンが右側の屍隷兵を指し示していた。
「次はあやつを狙っていこう」
言葉を終えるとともに爆発を巻き起こし、その屍隷兵の体を炎上させていく。
痛みか、苦しみか、炎の中で叫び声を上げてきたけれど、ソルヴィンが表情を変えることはない。
――死して既に魂はなく、ここにあるのはただの肉。何を叫ぼうがそれは肉の記憶にしか過ぎぬ。死者はそう簡単に……蘇らん。
ただ、サングラスの奥に隠す瞳を細める中、アインが再び距離を詰めた。
叫び声など物ともせず、放つは虹を導く華麗な蹴り。
屍隷兵の体を壁へと叩きつけたなら、ペトラが鎌を手に狙いを定めていく。
「ふふっ、随分と頑張ってきたみたいだけど……アタシたちには届かないわぁ。覚悟してねぇ」
手首のスナップで鎌を投げ、ラリーたちの頭上を超え屍隷兵の左腕を切り飛ばした。
叫び声は止まる。
倒れる様子はないけれど。
「ま、それも時間の問題、か」
梓が再びラリーたちの間を潜り抜け、左腕を失った屍隷兵の正面へと踏み込んでいく。
「……」
刃に虚ろなオーラを走らせて、横一文字に振り抜いた。
屍隷兵の体に新たな傷跡が刻まれていく中、悠雅は前衛陣の治療を行うために華麗なステップを踏んでいく。
「災いを払う。光の加護」
地の利を活かしたからだろう、大きな危機に陥ることなく戦うことができていた。この調子を保てば、きっと……!
●怪談の代わりに滅びゆく
チェリーの拳にふっとばされ、右側の屍隷兵は沈黙した。
「やった、倒した! 後1体!」
元気にラリーが抑えている左側の屍隷兵へと向き直り、先程まで別の屍隷兵がいた空間を通る形で距離を詰めはじめた。
さなかには、屍隷兵が倒れ込むようにしてラリーに襲いかかってくる。
今までと同じようにやりで受け止め、はねのけた。
のけぞる屍隷兵の脇腹に、一塊のオーラが噛み付いていく。
「さあ、畳みかけましょう」
担い手たる凛子が告げる中、屍隷兵がよろめいた。
体勢を整える暇など与えぬと、ケルベロスたちは畳みかけていく。
チェリーは屍隷兵の懐にてしゃがみ込み、膝の裏を狙った回し蹴り!
「やった!」
首尾よく転ばせ飛び退けば、もがく屍隷兵の体に黒色の魔力弾が打ち込まれていく。
「さあさあ、もうお眠の時間よぉ。あんまり我慢はしないでねぇ」
魔力弾の担い手たるペトラが微笑む中、ラリーの横を抜け飛び込んだのはアイン。
屍隷兵さえも飛び越えて、壁を背にした上で腰を落とす。
「終わらせよう」
立ち上がろうとしてもがいていた屍隷兵の背中に拳を放ち、仲間たちのもとへとふっ飛ばした。
屍隷兵は床に叩きつけられると共に叫び声を上げたけど、それは先程までと違ってひどく弱々しい。
治療すら必要のないままに攻撃を重ねた末、チェリーが高く高く飛び上がり。
「これで――」
落下の勢いを乗せ、身体の中心に……。
「――お終い!」
固めた拳を叩き込む!
全身を強く打った屍隷兵はエビ反りになった後、物言わぬ躯に回帰する。
怪談の舞台にされた部室棟には、あるべき静寂が戻ってきて……。
血糊を吹き、梓は刀を納めていく、
長楊枝を加えながら、部屋の中に視線を走らせた。
「んじゃ、とりあえず現場の修復でもすっかねぇ。嬢ちゃんらが笑顔でいられるよぅに、痕跡はなるべく消さんとなぁ」
「そうですね……」
頷きながら、ラリーは静かな祈りを捧げていく。
怪談が、真実であったのかはわからない。
それでも……いたかもしれない非業の死を遂げた少年が、安寧の中で眠ることができるように……。
一方、ソルヴィンは遺体に視線を送っていた。
「屍隷兵……まともに生き返らせれば……まぁ無理か」
その呟きは、吹き込んできた風に紛れて消えていく。
各々が思いを抱いたまま作業を進め、程なくしてすべての行程が終了した。
1人、また1人と部室棟から離れていく中、悠雅は裏門の方角へと視線を向けていく。
「彼女たちに知らせないと。そう、約束した」
事の顛末を知らせる事で、彼女たちの好奇心を満たす。そうすることで、きっと、事件を防ぐことにも繋がるはずだから。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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