受難の奇花

作者:のずみりん

 攻性植物『鬼縛りの千ちゃん』が郊外の果樹園に出現、農家の娘を攻性植物に変化させる。

 パッションフルーツの名の由来は『受難』であるという。
 時計にも見える花弁と雄しべ雌しべを十字架と聖人に見立て、西洋の故人はその名を付けた。
「ひっ、や……何これ……あなたっ、誰っ! 助むぅっ!?」
「助けてはないでしょー。手塩にかけて育てた大事な子でしょ?」
 雄々しく伸びた蔦が叫ぶ女性の口を塞ぐ。幾本も伸びる蔦触手が四肢へと伸び、作業着を引き裂きながら肌を食む。
 塞がれた悲鳴に、果樹を変異させたもの……ツーテールの少女が場違いな能天気さで抗議する。
 蝶の羽めいた葉をパタパタと動かし、異形の少女は千切れた名札を手に笑う。
「だって愛し合うもの同士、一つにならなきゃ。んーっと……ミノリさん? 人は自然に還るのが一番なんだから、相性もバッチリよ」
 呼びかけられた犠牲者から返事はない。由来は見立てでなく、現実となった。
「それじゃ、お幸せにー」
 立ち去る少女を後にパッションフルーツだった怪物が動き出す。
 宿主を縛り上げた花を誇らしげに掲げ、更なる受難をまき散らすために。

「首都郊外の果樹園に、パッションフルーツの攻性植物が出現した」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)が集めた情報によると、植物を攻性植物に作り替える人型の攻性植物の一体『鬼縛りの千ちゃん』による事件らしい。
「現場では攻性植物化を促す胞子を浴びたパッションフルーツが、近くにいた職員の女性に寄生して行動を開始しようとしている」
 このまま攻性植物が市街地へと進出すれば惨劇は不可避だ。距離のある今のうちに駆け付け、攻性植物を倒さなければならない。

 攻性植物を倒すにあたり、問題となるのは宿主の女性の事だ。
「パッションフルーツの攻性植物は宿主を花に掲げ、またそこから攻撃を仕掛けてくる……そして受けたダメージは宿主にも及ぶ」
 宿主は花部分に露出しているが、そこを避けても同じだ。何処を攻撃しても例外なくダメージは宿主にも及び、攻性植物が死ねば女性も死ぬ。
「女性を救出する場合、攻性植物をヒールしながらダメージを重ねる必要がある……デウスエクスへの致命傷だけを残し、負傷は治すという理屈だな」
 グラビティの攻撃にはヒールグラビティでも治癒できないダメージが何割かだがある。それを積み重ね、攻性植物だけを撃破する。言うは易く、行うは難しだ。
 リリエの見立てでは、攻性植物自体はそれほど頑丈でも内容なのがせめてもの救いだろうか。
「ただしそのぶん……なのかはわからないが、グラビティの威力は非常に高い。注意して戦ってくれ」
 攻性植物の武器は二種類の蔦と、花から放つ熱光線。絡みつく太い綱は捕縛、地面から襲い掛かる細い蔦は広範囲への催眠効果。花からの光線は際立って威力が高く、更に対象を炎上させる効果まである。
 優先目標は攻性植物の撃滅であり短期決戦が最善だが、女性の救出も試みる場合は綱渡りを強いられることになるだろう。

「彼女も被害者だ、助けられるに越したことはないが……」
 判断は任せる、とリリエは言葉を濁す。
 立ち去った人型の攻性植物の消息は気になるが、まずは現場だ。災厄をこれ以上広めるわけにはいかない。


参加者
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)
八尋・豊水(ハザマに忍ぶ者・e28305)
嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●実りの秋、攻性植物の秋
「おーすげえ、面白え花だな」
 鋼の拳を握る尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の感想は、その笑顔のようにシンプルだ。
 今、攻性植物と化した目の前の花に人々は様々な姿を重ねてきた。時計、十字架に架せられた聖人……本来は見る人により様々な表情を見せる特徴的な花だが、目前の怪物にはそんな面影もかすんでしまう。
「やることは変わりない、とはいえ……秋は、攻性植物が活性化する季節なんでしょうか?」
「困るのよね、こういうのだけ四季に合わせられても」
 縛鎖の結界を展開した据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)の首をかしげた姿に、螺旋を蓄える八尋・豊水(ハザマに忍ぶ者・e28305)がボヤく。
 二人のやりとりにビハインドの『李々』がクスリと微笑むのと、開幕は同時。
 にじりよる攻性植物、宿主から解かれた触手がすべてを埋め尽くさんと広がるのに、待ったをかけたのは李々の放つ苦無雨。
 後の先を取られた攻性植物は広がったままに金縛られ、蔦の森に道ができた。
「直ぐに終わらせるから……じっとしていて」
 口元を覆うスカーフに静かな怒りを隠し、豊水は駆ける。
「……見えた! 雉も鳴かずば撃たれまい!」
「被害者は、返してもらうぜ」
 打つはパイルバンカーの一打。回転する鉄杭の螺旋を叩き込み、動き出す触手を足場に交代跳躍。入れ替わったすぐ後ろ、広喜の握りしめた拳が連撃する。
「壊れんなよ!」
 矛盾めいた掛け声で、薄青に輝く氷の篭手に回路にも似た光が走る。咆哮を上げる打撃に苦悶の声が二つ。
「うぉっ……やりすぎちまったか?」
 笑顔を張りつかせたまま、広喜の声に戸惑いが混じる。
 攻性植物への打撃は、そのまま宿主へも伝わってしまう。承知のこととはいえ、こう反応されるのは始末に悪い。
「まだ大丈夫……けど、いい気分じゃあないわね。紫御センセ!」
「私達が今から助けます! しばらく我慢してください!」
 豊水に応え、卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)が攻性植物へと分身による癒しを施す。癒したいのは攻性植物ではないが、宿主を助けるにはこれしかない。
 攻性植物本体へのわずかなものを除き、ほどなく傷は消えていく。
「意識は……ないようですね。辛いでしょうが、少しの間堪えてください。ケルベロスが必ずあなたを助けますゆえ……」
「赤煙先輩、危ない!」
 せめてもと『ペインキラー』を鍼打つ赤煙。
 それを狙う蔦を間一髪、皇・晴(猩々緋の華・e36083)の『天之瓊矛』が絡み受けた。腕が、神話の名を冠した鉾槍の柄がきしみをあげる。
「失礼……助かりました」
「大丈夫、僕の役目です……ここはっ」
 吹きかけられるシャーマンズゴースト『彼岸』の炎に助けられ、何とか二人は身を離した。痺れた腕を意地で支え、晴はポジションを何とか保つ。
「御無理はなさらず。トラブルは時として避けえぬものですよ」
 息の荒い少女へ、淡々と空木・樒(病葉落とし・e19729)は薬匙の雷杖を振るう。相手は『毒なし』、彼女としては当然の態度である。
「とはいえ……」
 雷壁へ青臭く焦げ付く葬送の蔦にも動じぬ彼女だが、ただ一つだけため息。
「屍隷兵だのワイルドだの出てきてますけど、植物も利用されたんじゃ、こう……カバー範囲広すぎませんかね?」
 まぁ、強い相手と戦えれば私は構いませんけど。後を継いだ嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)は味方へ向きかけた腕を逆手で掴み、地獄の炎の平手打ちで有象無象の蔦を焼き払う。
 下半身を締め付けるこの威力に催眠は驚異だが、ストレートな強さと言い難い。
 人質とする意図あってではないにしろ、無謬の民へ寄生する姿は、燈家・陽葉(光響射て・e02459)に嫌悪と使命を抱かせる。
「悪趣味で……厄介です」
 そのような敵に罪なき人の命をくれてやるなど、到底許せることではない。決意を込めた陽葉の『ブラッドスター』が果樹園へと響き渡った。

●撒かれる受難
 地の蔦を払う雷の壁、響く歌声を疎ましそうに攻性植物の花弁が輝く。
「樒さん、後ろへ」
 奇花の受難は宿主のみならず、挑む者にも等しくふりまかれた。
 陽光を集束した熱光線が身を晒す陽葉を焼く。
 受け流すゾディアックソード『鎖理獲』が熱を帯び、刀身そして鎖が赤熱していく。
「く、まだ……!」
「えぇ、まだです。わたくしの前で倒れ伏すなど、決してさせたりは致しません」
 声と共に、背中にちくりと刺さる感触。陽葉は焼けるような痛みがすっと引くのを感じた。
「皮膚生薬、それと痛み止めをやや強めで処方しておきました。火傷の被害は抑えられるかと」
 樒の作り出す『王薬【elixir】』は錬金術に由来する名の通り、千変万化。卓越した薬師の腕をもって見極めた症状へ瞬時に調合される万能薬である。
「救出は少々厳しい戦いになりそうです、お気をつけて」
 しかし一方でそれは命を慈しむという感情に繋がることはなく、むしろ逆。距離を置いているがゆえ、樒は淡々と現実を評価し、警鐘する。
「重々承知です。計算が狂わないよう、万全の体制を整えましょう」
 それでもケルベロスたちの闘志は揺らがない。紫御の『憑依活性気穴術』が、蔦に締め上げられる麻代に放たれ、五針が活力を注入する。力の拮抗が服を、肌を裂くのも構わず、麻代はその身を大きくひねった。
「強敵けっこう! どちらかが絶えるまでの命懸けの根競べ! 楽しもうじゃないないですか!」
 拘束を引き千切り、流星のごとき蹴りが攻性植物の花弁を切る。
 根っからの快楽主義者。戦いも、窮地も、麻代にとっては心地よい悦楽だ。
「と、いっても、聞く耳持たれてないですよねぇ。少しだけ寂しいです」
「自前の耳口はなさそうだしな……けど、語るモンはあるようだぜ?」
 言うや、広喜はまくった腕からマルチプルミサイルを放つ。怒りを体現するように数と勢いを増した葬送の蔦茂みに。
「拳……いや蔦で語る、というわけですか!」
 迫る蔦を回し蹴りで狩り飛ばし、晴は『菖の唄』を舞う。己の傷も嵩んでいるが、それ以上に危険なのは攻性植物の宿主だ。
 菖蒲色の花弁に血を散らしながらも、今は耐えて一歩下がる。自分たちには背を預けられる仲間がいる。
「なかなか洒落た言い回しだ。ならば私らは……このワザで語りましょうか」
 赤煙はそう答えた。少々痛みますが、と一声から渾身のウィッチオペレーション。晴たちの後ずさった地面には、既にケルベロスチェインの結界が万全の準備を整えていた。

●真に愛するものならば
「厄介でしたね……自力の癒しを持たない相手というのも」
 精神を集中させ、紫御は宿主を掲げた時計のような攻性植物を見やる。癒しに一手を使ってくれない相手というのは厳しいものだ。
 だが、それもここまで。焼き付いた手を掲げ、紫御は確信をもって呼ぶ。
「晴さん、お願いします」
「心得ました!」
 瞬間、爆発。
 宿主にほど近い雄しべが吹き飛び、鮮血じみた体液が飛ぶ。直後、晴の投げるオーラが傷口を塞ぐ……が。
「やっぱり……ヒールの効果が鈍くなってきています! 皆さん、力加減には注意して……あと少しです!」
「流石は先生、輝いているわね♪ それじゃ、もうひと頑張り……っと」
 言って豊水はブラックスライムを拡散する。紫御を襲う迫る蔦の怒涛を切り裂き、庇い立つ。
「あなたは私が守るわ。危なっかしいもの」
「すいません、お世話になります」
 恐縮そうな少女に無事を見せ、再び豊水が飛ぶ。鎖と雷、多重の結界の守られたケルベロスたちには葬送の蔦も恐れるものでは最早ない。
「大丈夫、何度だって癒してあげる……あなただけをね」
 ここまで追い込めば遠慮は無用だ。陽葉の吹かせる『葉風の紗幕』の中をケルベロスたちは駆けぬける。
「癒しは続けてますが、気を付けて!」
「あぁ、うっかり壊さないように気をつけねえとなあ……!」
 晴に応えた広喜は、かわせない熱光線を、大胆にも正面から突破した。換装用パーツが焼け、四肢を赤熱させながらも、凌駕した魂の飛び回し蹴りが雌しべを砕く。体液に染まった宿主の身体が大きく揺れた。
「あと一つ……っ!」
 焼けついた笑顔が振り向く、いや咄嗟に身をかわす。それは宿主は渡さんという怒りの意志か、伸びる蔦はビームの如く晴を捕らえ、締め上げる。
「ねばりますねぇ……いや! アレだ、アレです。少しそのまま!」
「なに……いえ、それですか!」
 このままでは引き千切られるという危機、だが麻代は叫び本体へと走った。一見にして不可解、しかし晴の理解は早い。
「耐えてみせましょう……彼岸!」
「……!」
 呼びかけに表現しがたき声で、付き従う相棒は加勢した。晴の膂力に霊魂を裂く爪腕、命がけの綱引きが攻性植物を守る蔦を拘束する。
「く、ぅ……っ」
 荒い息の晴が膝をつく。長くはもたない、だが十分だ。
「取りました、よ……っ」
 振るった空の霊力が、最後の雄しべを正確に切る。攻性植物の巨体が痙攣し、女性の身体が跳ね飛んだ。
「勝負あり、ですな」
「後始末はお任せを……ご存分に」
 赤煙の言葉に頷き、樒は短くうながす。
「それじゃあ」
 勝負は決まった。残すは始末のけじめのみ。
「あら、それじゃ遠慮なく……オン・ゴウ・ニン!」
 言うと同じく、傷ついた豊水の血液が超高密度の螺旋を呼ぶ。鮮血を塗り込むかの如くつかみかかる豊水、彼から放たれる紅の螺旋は竜巻を描き、全てを止める錐揉みへと攻性植物の巨体を投げ飛ばす。
「雉も鳴かずば撃たれまい……真に果実を愛する者なら、育て慈しむ姿勢で示すものよ」
 螺旋の渦に消える攻性植物に、美しき忍者は小さく告げた。

●その果実の味は?
「う、ん……え?! だ、誰!?」
「あぁ、気がつかれましたか。お元気そうで何より」
 跳ね起きるなり声を上げた果樹園の主に、赤煙はやんわりと告げた。
「デウスエクス、攻性植物の仕業です。何か言われたかもしれませんが、あまり気にしすぎない方がよろしい……あぁ、私は赤煙。ケルベロスで、及ばずながら医の術を志しております」
「あ、はい……えと、ミノリと申します」
 渡されたケルベロスカードと、うさんくさくも紳士的なドラゴニアンを何度も見比べ、きょとんとした様子で女性は自己紹介をかわす。
「毒、鬱血の様相はなし。貧血の症状も回復されたようですね。栄養を摂取して、一晩も休息すれば体力も戻られるでしょう」
「ありがとうございます。では……はい」
 ウィッチドクター二人の診断を医療機関へと伝え、紫御は携帯電話を置く。場合によっては緊急搬送も必要だったかもしれないが、その道の専門家が呼ぶまでもなくいてくれたのは実に心強い。
「私の専門からは、少々外れてますけれど」
「……一応、勝手ながらかかりつけの病院にはご連絡しましたので。何かありましたら、そちらへ」
「え、あっはい……ありがとう、ございます」
 見透かすような樒の一言に、ふと陽葉は紫御の後を継ぐ。闇に生きる毒使いの内をミノリは知らないだろうが……自分が宿すならエグい毒使い等とでも、彼女は考えているのだろうか。
「回復されたみたいですね、よかった」
「こっちはもうちょっとね。まったく、迷惑千万なデウスエクスだわ」
 妙な空気を断ち切ってくれたのは、果樹園を見回り、ヒールを行ってきた晴と豊水。果物好きな豊水にとって、かのデウスエクスは不倶戴天もいいところだ。
「パッションフルーツは私の夏の楽しみなんだから。来年の夏も実をたくさん作ってもらわないと困るのよ!」
「……こういって下さる方もおりますし。どうか、この災難に負けることなく農業を続けてください」
 赤煙に励ましに、ミノリは自分を取り戻した様子でしかと頷いた。
「……勿論。楽しみに待っていてください」

「あー……話の腰をおっちまうけど。これの実って食えるのか?」
 話が落ち着いたところでそっと尋ねたのは広喜。ダモクレスであった彼に……いや、この植物に馴染みのない多くの人々に、それは然るべき疑問だろう。
「ふふ、試してみます?」
 聞かれ慣れた様子でミノリは悪戯っぽく笑う。
 パッションフルーツ。奇妙な雄しべ雌しべを花咲かせる受難の果実は、和名でクダモノトケイソウという。
「……って、アレ今食えるんです?」
「旬はやっぱり夏ですけどね。最近、ちょっと作ってみまして……」
 麻代に答えたミノリが指し示したのは、テントじみた建物。夏の花は実らないというパッションフルーツだが、気候を制御できるハウス栽培なら話は別。
「あら、ステキ。生もいいけど、ちょっと凍らせてお風呂上りも、いいのよねぇ」
「おぉー!」
 語る豊水に、広喜も笑顔を輝かせた。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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