予感

作者:沙羅衝

「……あった」
 大山猫のウェアライダー小車・ひさぎ(二十歳高校二年生・e05366)は、目の前にある小屋程の大きさのモザイクの塊を見て呟いた。ここは昔、彼女がお気に入りだった場所の一つ。兵庫県の山奥にある小さな場所だ。
 ひさぎはワイルドハント事件を聞き、予感が走ったのだった。ひょっとするとあそこなら、と。果たしてその予感は当たり、目の前には目的のモザイクが存在していた。本来ならこのモザイクの奥には登山客が訪れる小屋があるはずだ。もうすぐ夜になろうかという時刻で、木々の影で光はあまり入らず、知っている人間でなければ、ここを見つけることは出来なかっただろう。
「ふぅ……」
 一つ息を吐き、意を決してモザイクに進入する。
 モザイクの中は周りの木々がバラバラに、無造作に切り刻まれたような空間だった。息は出来るが、粘性の液体が身体を包み込んでいる。ひさぎは意を決して見覚えのある小屋の扉を開ける。すると、聞き覚えがある声が聞こえてきた。
「誰だ!? ……まさか、この姿に因縁がある者なのか?」
 その者の声はひさぎにとって、どこか懐かしいようで、しかし記憶を辿っても思い出せないと言った奇妙な感覚であった。それもそのはず。目の前で発せられた声は、ひさぎの幼少期の姿をしていたのだ。人を呪うような眼。寂しいようで、かまってほしいようで。しかし攻撃的な眼だ。少女の両手にはリボルバー銃が握られている。
「久しぶり……なのかなー。なんだろ、この感覚……」
 目の前にいるのは自分。しかし、調査の事を聞き、それがドリームイーターであるという事は分かっていた。昔の自分の声をしてはいるが、口調そのものが違う。明らかに別人だ。
 すると、その少女は手に持った銃を構え、口を開いた。
「……今ワイルドスペースの秘密を漏らす事は出来ない。ワイルドハントである私の手で死んでもらうぞ!」
 そして、銃声が響き渡ったのだった。

 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が慌てた様子で、ケルベロスの前に走って現れた。
「みんな大変や! 小車・ひさぎちゃんがどうやらワイルドハントの襲撃を受けるみたいやねん!」
 ワイルドハントと聞き、ケルベロス達は直ぐに状況を把握した。
「せや。ひさぎちゃんは兵庫県の山奥で、ワイルドスペースを単独で調査していたみたいでな、そこを探りあてたらしい。ワイルドハントはここをモザイクで覆って内部で何か作戦を行っているみたいやってんけど、そこに、ひさぎちゃんが現れたということや。
 このままやったら彼女の命が危ない。今から行ったら間に合う。急いで救援に向かって欲しい!」
 絹の頼みに、頷くケルベロス達。まずは落ち着いて詳細を求めた。
「ありがとう。えっとな、この場所はまだよう分かってへんのやけど、特殊な空間らしくてな、妙な液体で満たされてるけど、息はできるし、声も出せる。周りは山奥で暗い場所やけど、相手の姿ははっきり見えるし、戦闘に支障はないやろ。ただ、見つけにくい場所やから、近くには降ろせるけど、うちの言う場所の事はしっかり覚えとってな。ちょっとした灯りなんかもあったほうがええと思う。
 んで、相手の攻撃方法は、麻痺の攻撃と催眠、それに武器を封じてくる。その辺り、気をつけてな」
 絹が説明した場所は、ひさぎしか知らない場所であり、到底自分達だけではたどり着く事が出来ないような場所にあった。
「まあ場所についてはうちに任しとき。絶対に連れてったる。せやから、ひさぎちゃんの救出、頼んだで!」
 こうしてケルベロス達は、急ぎへリオンに乗り込んだのだった。


参加者
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
小車・ひさぎ(二十歳高校二年生・e05366)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
巽・清士朗(町長・e22683)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)

■リプレイ

●仲間
「ぐっ!!」
 切り刻まれたモザイクで出来ている空間で、小車・ひさぎ(二十歳高校二年生・e05366)は必死にもがいていた。既に彼女の左肩と右足からは血が流れ出ていたが、それでも何とか距離を取とうと跳躍する。ついでに、小屋の一部にあった椅子を蹴り上げた。
「ほう……。まだ動けるのか……。だが、少し足元がおぼつかないようだな!」
 自分に向かって飛んできた椅子を最小限の動きで弾き、リボルバー銃を構えるドリームイーター。
 パァン!
 その椅子と入れ違いで、ワイルドハントを名乗る者が放った銃弾が、今度は彼女の右腕を襲う。
(「……ちょっと、ヤバめ、かなー。でも、きっと……」)
 ひさぎは眼前に向かってくる敵をしっかりと見据え、腹に意識をこめて気合の声をあげる。そのおかげで何とか流血は止まり、少し感覚がなくなっていた箇所から、再び自分の体温を感じることができた。
「……ねえ。その姿は誰の見立てよ? ケルベロスのものだって知ってたのん?」
 ひさぎは強気に聞く。
「さあ、なんの事かな。まあ、今から死ぬ者に答える義務も、義理もあるまい」
 ボッ!
 ドリームイーターは、そう言いながら、自分の周囲に浮遊している炎をひさぎに放つ。
 ボウ……。
 その炎はひさぎの足元に絡みつき、彼女が履いているエアシューズの動きを阻害する。
 それでもひさぎは、その金色の眼を曇らせることは無かった。
「……目障りな眼だ。まあいい。終わらせる」
 少女の姿をしたドリームイーターは、そう言ってガチャリと銃を構えた。
 バァン!!
 しかし次の瞬間。聞こえてきたのは銃声ではなく、扉を蹴破る音と、彼女にとって待ち望んでいた声だった。
「無事かひさぎ!」
 龍の姿をとった紙兵をばら撒きながら走ってくる巽・清士朗(町長・e22683)を先頭に、次々と雪崩れ込んでくるケルベロス。
「清士朗さん! モカに朔夜! それに、皆も!」
 見知った顔。彼女にとっての今の居場所の仲間達。その頼もしい面々に、心のそこから嬉しさがこみ上げ、力が抜けて座り込む。
「チッ! ケルベロスか!」
 突然現れたケルベロスに向かって銃口を向けるドリームイーター。
「おら、よそ見してる暇はねぇぞ!?」
 狼森・朔夜(迷い狗・e06190)が、その狙いの隙を発見し、素早い動きで真横から飛び蹴りを放つ。
「ひさぎさん!」
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)がひさぎに持参した水筒を投げ渡し、螺旋を籠めた掌で牽制する。
「おっととっ」
 ひさぎは予想していなかった水筒という物体を危うく取り落とす所だったが、なんとかそれを受け取ることができた。
「小車どの。初めまして。っと、大分ダメージを受けているみたいだねぇ。まずは治療だよ。それ!」
 二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)が、そう言ってグラビティ強引にひさぎに押し付ける。そのショック打撃の勢いに、モカから受け取った水を少し噴出してしまうが、それでひさぎの傷は完全に塞がった。
「とりあえずは無事……というわけではなさそうだが。何とか間に合ったようだな。だが、そのまま座っている暇はないぞ?」
 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)がボクスドラゴンの『ラグナル』に、後衛に下がるように指示し、自らはずいと前に出る。
「そうだな。まずはこの夢喰……ワイルドを名乗る者を、片付けることだな」
(「『ワイルド』か……。どんな意味が秘められているのだろうな」)
 晟の横に並ぶ笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)。その大柄な二人が完全にひさぎの姿を隠し、鐐のボクスドラゴン『明燦』が、ひさぎに属性を注入する。そして、彼らの間から、ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)が姿を見せる。
「まあ神崎くん。まずは落ち着こう。……ああそれと」
 ガロンドはミミックの『アドウィクス』と並び、ゆっくりとパイルバンカーを構えて言う。
「彼女を殺したければ、まずは僕達を越えてみるんだねえ……。出来るものなら、だけど」

●今と昔
 絹から情報を得たケルベロス達の行動は、見事なものだった。
 ヘリオンから飛び降り、地に降り立った瞬間、それぞれが何をすべきか連携し、あっという間に目的の場所を探り当てたのだ。
 もしこの場所にたどり着くのが遅ければ、ひさぎの傷はもっと酷いものとなっていた可能性が高かった。

 ドンドン!!
 少女はひさぎに向けて、狙い済ませた銃弾を放つ。
 だが、それを鐐がバトルオーラで軽く弾き、あらぬ方向へと飛ばすとそのまま飛び上がり、美しい虹を描きながら蹴り付ける。
「姿が姿。ちとやり辛いと思ったが……成程、その口調。どうやら中身はまったくの別物か」
「……しかし、我が友人の姿を騙るのは感心しない」
 清士朗とモカが、仲間全員に何枚もの紙兵を憑かせる。敵の攻撃やパターン、能力を鑑みてまずはその攻撃の能力を削ぐことが目的だった。
「私が知る小車・ひさぎという人物は唯一、ひとりだけだ!」
 ケルベロス達の気迫は、ドリームイーターの想像を遥かに超えていた。
「おらぁ!」
 如意棒をヒットさせる朔夜。だが、その自らの攻撃により傷つく相手は、仲の良い友人の幼少の頃の姿。
「くそ、やり辛ぇな……」
 気分が良いはずが無い。彼女は舌打ちをしながらも、相手の動きを観察する。狼狽、そしてそこから導き出される答えは怒りだ。
「確かに、子供に攻撃するというのは若干気は引けるが……。むざむざやられるわけにはいかんのでな」
 晟が口から蒼い炎を見舞い、ガロンドが杭を打ち込む。その二つの攻撃で、炎と氷が同時に発生する。あわせてアドウィクスが噛み付き、それらの傷をラグナルのブレスが広げていく。
「いやあ、お見事だねぇ」
 その連携の見事さにたたらは感心し、鐐にバトルオーラから気力を飛ばす。たたらが回復そのものに専念できるのも、清士朗とモカが展開した紙兵が、完全に敵の能力を封殺しているからだった。
「ねえ、その姿の事。どこまで知ってるのん? 例えば、その服。何の服か知ってる?」
 ダメージから回復したひさぎが、前に出ながら話す。
 ドリームイーターの姿は、彼女の大切な思い出だった。自分の過去にある一番最後の記念日の姿。思い出したり、忘れようとしたり、気持ちは何時も違う。辛いと思えば辛い。でも漸く最近、その心の蓋をほんの少しだけ、そっと開けては蓋をするという事が出来るようになった。ひさぎは目の前にいる過去の自分の姿を見て、眼を細める。
「……」
 ひさぎの問いに答えないドリームイーター。代わりにその眼からモザイクが討ち放たれる。
 ひさぎはそれを避けようとはしなかった。
(「大丈夫」)
 バシュ!
 龍の姿をした紙兵が、信頼している仲間の力が、自分を護ってくれる。
「やっぱり大事なことは言わないよねえ、あたしの姿してるんだもん! そんなトコまで真似なくったっていいのに!」

●ごえん猫
「その格好で何企んでるか知らねぇけどな、小車に手ぇ出したこと、絶対ぇ後悔させてやるからな?」
 ドリームイーターの動きを確認していた朔夜が全員に視線を飛ばす。どうやら、敵の力はあと少しのようだった。
「ラグナル、行くぞ!」
 ラグナルがタックルで突っ込むと、晟がチェーンソー剣『蒼竜之鎖刃【灘】』で力任せに叩き伏せる。
「生きたいという欲望を否定はしない。夢喰よ、我々の元に下るという選択肢もあるのだぞ? 利害関係の一致による共生には一考の余地があるはずだ」
 鐐が最後に聞きたかった答えを求め、問う。
「……ほざけ」
 だが、ドリームイーターはよろよろと立ち上がりながらも、銃を放つ。
「残念だ」
 鐐はその攻撃を難なく弾き、明燦と共に突っ込み、ドリームイーターから立ち上る炎と氷を倍増させる。
 すると、アドウィクスが少女の動きを阻害すべく、その左脚に齧りついた。
 ガロンドが左上腕の攻性植物に、自分の血を与え、金色に変化させると、龍の頭のような形状を持つ黄金の果実が出現する。
『もうひとりの相棒の出番だねぇ…いけ!黄金龍の果実(ドラゴンフルーツ)!!』
 その黄金の龍の頭がアドウィクスとは反対の右足に噛み付く。
「では、自分も……」
 たたらが、グラビティチェインを全身に絡みつかせ、自分の身体そのものを強化させる。そしてそのまま流れるようにドリームイーターに近寄り、足を広げて拳を突き出す。踏ん張った足から腕へと力が移動し、拳に伝わって行く。
『――必殺。』
 ドウ!
 その拳の力で、吹き飛ぶドリームイーター。
『私の前に立ち塞がるならば、全力で斬り刻む!』
 だが、モカがその周囲に張り付き、手刀を振るう。
『喰らえ』
 立て続けに、朔夜の地獄化した右腕から発生した獣の顎の様な炎が牙をむく。
「別と判れば情けは無用。……俺の猫を嬲ってくれた礼はきちりとせねばな」
 ずいと進む清士朗。オーラを纏った掌が刀と化し、ドリームイーターを貫いた。
「ひさぎ、自分の因縁に決着を」
「……うん」
 清士朗に言われ、自分の過去の姿と対峙する。
「……バイバイ」
 そっと彼女の胸に手を当てる。
『爆ぜろ、"凍星"』
 そして、その手から放たれた御業がドリームイーターを覆い、凍り付かせる。
 バリン。
 その氷にひびが入り砕けていく。
 ひさぎは、自分の過去の姿が霧散し、消滅していく事をしっかりと眼に焼き付けた。

 ドリームイーターが消滅すると、モザイクは一気に晴れていった。
 現実への帰還は、あっという間だった。
 ケルベロス達が気がつくと、既にそこは現実の山小屋の中だった。
「……間に合わなかった」
 鐐は懐から水筒を取り出し、蓋を開けた姿で固まっていた。
「いやあ、消えるの早かったですねぇ。これでは調査のしようも無いですねぇ……」
 たたらはそう言って、何か残っていないかを見渡す。
「聞いた所によると、ここの空間はかなり小さなほうという事だそうだからねぇ……。そのぶん消滅も早かったのかな? ……あれ? 神崎くん。どうしたの?」
「いや、カメラを持ってきたは良いが……。どうやら光の量が足りないらしくてな……。残念だ」
「ああ、調査かい? 成る程」
 ガロンドは晟にそう言いながら、この場所を確認する。ひっそりとしていて、何処か落ち着く。
(「秘密の場所ってのはいいものだ。何かあったときに戻れば、自分が自分であることを取り戻せる。きっとここも、そういう場所なのだろう。自身の根源が眠る場所……」)
 ガロンドはそう思い、ここの場所を知っていた張本人を見る。
「さて、ひさぎ……好奇心猫を殺す、っていう諺、知っているか?」
「にゃ、にゃあ……。で、でも。お説教聞いてる時間はないのー、調査調査!」
「駄目だ。正座だ」
 清士朗の言葉にひさぎの耳は伏せられ、尻尾はだらりとしている。
「清士朗さん、反省しているみたいだし、そのくらいで。はい、これ飲んで」
 モカが胸元から栄養ドリンクを取り出し、ひさぎに渡す。ありがとと言って飲んだ味は、実に爽やかだった。
「まあ、なんにせよ無事で良かったぜ」
 朔夜は倒れたドリームイーターにそっと黙祷をした後、ひさぎにそう話す。
「そういえば清士朗さん、どうしてスーツ?」
「ああ、いや、良いんだ……。あ、そうだ」
 清士朗は大事な会議をドタキャンして向かってきた事を言わず、懐に手を入れる。
「約束は、ちゃんと守ってくれよ?」
 そして、満面の笑みを浮かべて一つのストラップを取り出した。
「あ……。やっぱり、見つけてくれた」
 それはひさぎが、万が一の為に小屋の近くにおいていた五円玉で出来た猫だった。これは以前清士朗がひさぎに贈った物だった。
「暗闇でキラリと光っていた。分かりやすかったが、心配もした」
 そう言って、ひさぎの手に猫のストラップを押し付ける。
(「……ありがと」)
 まだ、素直に声に出せない。その代わり、ひさぎは笑顔だけを返した。
「……良かった」
 清士朗の吐息と一緒に漏れた言葉は、一同を緊張から解き放っていった。

 こうして、ケルベロス達は山小屋に背を向けた。
 辺りからは秋の虫の大合唱が響き渡り、時の流れを感じさせた。
 ひゅうと駆け抜ける風が、戦闘で熱くなった身体を冷やす。
 ひさぎはその季節を感じながら、自分のお気に入りだった場所を振り返り、さよならを告げる。
 ちりんと鳴った手の中にある猫を、しっかりと握り締めながら。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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